泊地棲姫の空   作:たこ焼きうどん

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大好きな空

とある田舎の小学校。

ところどころ黒くなった木造の建物である。

壁は白く、ひび割れている箇所が見える。

燃費の悪そうなストーブが置いてあり、

天井からはプロペラのような扇風機がぶら下がっている。

教室からは、緑の木々が涼しい風を受けてさらさらと流れているのが見える。

木々の向こうには青い空、白くてもくもくした雲。明るい陽射しが教室に差し込む。

その自然溢れる教室の中で、小さな子供たちが一生懸命に机に向かっていた。

「はい、今日はここまで」

教壇の上に立っている女の先生が、

生徒たちの方を見てにっこりしながら教科書を閉じる。

やや背の高い、薄紫の長い髪をした、色白で細身の先生である。

紅のルビーのような瞳。青く海のような和服。レモン色の帯を腰に巻いている。

静まり返っていた教室が、ガヤガヤと賑やかになる。

「先生!」

1人の女の子が教壇に駆け寄ると、先生に抱き付いた。

ぎゅーっと先生を抱きしめて、顔を先生のお腹にうずめる。

先生がその女の子の頭を優しく撫でる。

まるで仲の良い親子のようである。

しかし泊地先生は、親と呼ばれるほどの年齢ではない。

先生になりたてほやほやの新米教師である。

夢と希望に満ちた時期、そしてそれを打ち砕く日々が続く時期である。

「泊地先生、折り鶴うまく折れたよー!」

女の子が先生に折り鶴を見せる。

小さな折り鶴。大きな折り鶴よりも折るのが難しい。

子供の小さな指だからこそ、このような小さな折り鶴が折れるのかもしれない。

「あら、かわいい鶴ね」

教室に涼しい風が吹き込み、泊地と女の子の髪をふわふわと泳がせる。

折り鶴。平和の祈りが込められている。病気の人を勇気づける力も持っている。

この子は何かを祈っているのだろうか。

先生は、折り鶴を手にして、両手のひらで包み込む。

「みんなが幸せになれますように」

じっと目を閉じて、祈っている先生。

その姿は気品にあふれ、何か菩薩様か女神様のようである。

「ううん、先生、私もう幸せだから」女の子が言う。

色んな背景を持つ生徒達がいる。家庭環境に恵まれた生徒もいれば、

毎日を不安と苦悩の中で過ごしている生徒もいる。

この女の子はどちらだろうか。先生にはそれを知る由もない。

家庭訪問で触れる事ができるのは、ほんの表層的なものだけである。

どの家も自分の家の恥を他人に晒すような事はしない。

「そうね、じゃあ、みんなの幸せがずっと続きますように」

先生が微笑みながら、折り鶴を女の子に返す。

 

泊地棲姫。この先生の正式な名前である。

生徒たちみんなから慕われている小学校の新米先生であった。

先生も生徒たちも、この町に住んでいる人は皆、深海棲艦と呼ばれる人達である。

生前はおそらく何らかの艦船であったらしい。

その時の記憶はほとんど残っていない。

今は外見も内面も人間そのものである。

海中で呼吸する事もできない。泳ぐのが下手な深海棲艦もいる。

しかし、深海棲艦の多くは、自分が深海棲艦である事を誇りに思っている。

それは、自分たちが海に近い種族である証しだからである。

深海棲艦は海と共に生き、いずれは海に還っていく。

それが深海棲艦としての生き様である

「みんな休み時間だよー。次の授業まで、しっかり遊びましょうね」

泊地はそう言うと、女の子の肩をぽんと叩いた。

女の子は泊地の腰から両手を放すと、友達の所へと走っていった。

泊地は教材を携えて教室を出た。

学校の廊下では生徒達がわいわいと騒いでいる。

廊下を歩く泊地。

「先生-!」

生徒とすれ違うたびに、声かけを受ける泊地。

どこに居ても、泊地先生は人気者である。

泊地にとって教師とはおそらく天職なのであろう。

しかし、常に人の歓声を受け続けるのは、

嬉しい事ではあるが、やはりどうしても疲れが出てくる。

もともと泊地は、1人で本を読んでいるような、真面目で大人しい人である。

泊地は校舎の中央部の噴水の見える方に向かって歩いていく。

彼女にとって一番安らげる場所、校舎の中庭だった。

中庭の中央部には噴水があり、その周りにベンチが並んでいる。

噴水の影に隠れれば、生徒達からは見えない。

生徒にはちょっと悪いけど、1人になれる環境が欲しい。

泊地はベンチに腰かける。少しほっとする。そして空を見上げる。

空、泊地棲姫の好きな青い空。ときおり雲が太陽を隠し、日陰が生じて、

また雲が太陽を通り過ぎて陽射しが差し込む。

涼しい風が通り抜ける。

少しうつむき加減になる泊地棲姫。彼女は、先日ある重大な連絡を受けていた。

 

「鎮守府による漁場海域の再設定」

 

深海棲艦が属する自治体である深海自治区は、混乱に陥っていた。

彼ら深海棲艦は、主に漁業により生計を立てていた。

しかし、ここにおいて鎮守府から深海自治区に対し、

漁場海域を再設定したいという話が出たのである。

鎮守府の主張はこうである。

 

「深海自治区が管轄する漁場海域が広すぎるため、

鎮守府にとっては不平等な設定となっている。

加えて、深海棲艦による乱獲が生態系を破壊している。

そこで、現在の管轄海域を適正な範囲へと再設定し、公平な漁業活動の実施、

ならびに海洋における生態系の保護を行いたい」

 

 

深海自治区にとって、これは受け入れがたい要求であった。

つまるところ、深海自治区の管轄海域を縮小せよという意味である。

鎮守府にとって漁業は数ある産業の1つでしかないが、

貧しい深海自治区にとって、漁業は唯一の収入源であり、

漁場海域の縮小はまさに死活問題であった。

「鎮守府は俺たちに餓死しろと言っているのか!?」

深海自治区、代表者会議。自治区幹部が怒りを込めて吐き捨てるように言う。

自治区長が険しい顔をしながら腕を組む。

「鎮守府は人口が増えており、

食糧需要が日増しに大きくなっているとは聞いておる」

怒号が飛び交う。

「だからといって、一方的に海域再設定だと!?ふざけるな!」

「なあに、相手にする必要はない。要求は無視、今まで通り漁業を続ければよい」

「そういう訳にはいかん。すでに周辺海域には、連中の走狗…艦娘が展開しておる」

「座して死を待つか?」

「いや、これは事実上の宣戦布告だ! 我らの力、向こうに思い知らせてやれ!」

代表者会議は、鎮守府と交渉を行うという穏健派と、

武力行使を主張する強硬派との間で意見が分かれる形となった。

それから数日後、深海自治区から特使を鎮守府に送ることとなった。

「いいな、わしらは最低限の漁業海域があればそれでよい」

強く念を押す自治会区長。 

「分かっています。衝突回避へ全力を尽くします」

特使が答える。

その時、自治区幹部の1人が汗だくになりながら走り寄ってきた

「区長!」

きょとんとする区長。

「なんだ?どうした?」

「まずいことになりました、強硬派の連中が艦娘に手を出したもようです!」

幹部が答える。冷や汗を流す区長。「あのバカどもが!」

 

深海自治区率いる深海棲艦と、鎮守府率いる艦娘との間の突発的な武力衝突は、

やがて全面戦争を呈するようになった。

しかし、艦娘の圧倒的な武力の前に、深海棲艦たちは、次々と轟沈していった。

深海自治区に対して海上封鎖が行われ、自治区は急速に物資不足に見舞われていった。

 

 

「どうか、この子たちをお助け下さい」

避難所で祈りをささげる泊地棲姫。身を寄せ合う子供たち。

しかし戦火は避難所の近くにまで及ぼうとしていた。

「よいしょっと」

重い砲身を背負う泊地棲姫。

「いかないで、先生」

泣きながら生徒が泊地棲姫にしがみつく

「大丈夫、またすぐに戻ってくるからね。それまでお留守番お願いね」

よしよしと生徒の頭をなでる泊地棲姫。

「うん先生、約束だよ」

生徒が涙をぬぐう。

空を見上げる泊地棲姫。灰色の空。「神様、どうかこの子達をお守りください」

表へ出る泊地棲姫。目の前には、大勢の艦娘が並んでいた。

艦娘の砲身が泊地棲姫に一斉に狙いを定める。空にはたくさん戦闘機が飛んでいる。

「せめて、時間稼ぎだけでも」

泊地棲姫は対空砲火の構えを取る。戦闘機から機銃が放たれる。

即座にシールドを張る泊地棲姫。深海棲艦に備わった生来の防御能力である。

戦闘機を次々と打ち落とす泊地棲姫。

しかし爆撃機による爆弾が何発も投下され、シールドにヒビを入れ始める。

「多勢に無勢…か」こらえる泊地棲姫

何発もの爆弾がシールドに直撃し、ついにシールドが破れる。

静かに両手を目の前で交叉する泊地棲姫。そして両手を思い切り左右に開く。

渾身の力を振り絞り、迎撃を行う。目の前に水柱が立つ。

「…!」

魚雷が泊地棲姫に命中し、思わず足から崩れそうになる。

しかし、ここで倒れるわけにはいかない。子供たちが待っている。

空を見上げる。いつも見上げていた空、大好きな青い空は、そこにはなかった。

黒い空。

その黒い空から、何かが泊地棲姫に向かって落ちてきた。黒いもの。大きな爆弾。

彼女の薄紫色の瞳に、その黒い爆弾が映る。彼女は眼をそらさなかった。

ただ、祈った。

「神様、どうか子供たちを…」

 

鎮守府は戦闘終了を発表。艦娘による海域の保護は達成され、

鎮守府はさらなる発展を遂げていくことになる。

 

 

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