泊地棲姫の空   作:たこ焼きうどん

2 / 12
白い世界

真っ白な部屋。真っ白なカーテン、真っ白なふとん、真っ白な人。

ありとあらゆる物が真っ白な空間。

しかも、不気味なほどに静かである。

風は無い。全くの無風。少し生温かい空気。何か濁ったような空気。

 

「ううん…」

 

泊地棲姫が目を覚ます。

入ってくる感覚が荒々しく溶けあい、

今まで感じた事の無い混迷に襲われる。

自分の置かれた状況が分からない泊地。

ここは深い海の底であろうか。

しかし、海の底はこんなに白い場所ではないはずである。

 

彼女は艦娘の爆撃を受け、轟沈した。はず、だった。

しかし、自分がいまだ生きている事に驚く。

「泊地さん、お目覚めですね」

泊地棲姫の目の前に白い服を来た女性が立っている。

その衣装からすると、おそらくは看護師である。

彼女は深海棲艦であろうか、それとも鎮守府の人間であろうか。

ただ、敵ではなさそうである。

 

「ここはどこですか…? 私は確か…」

「はい、確かに轟沈されました」

 

看護師らしき女性が答える。

 

「ここは、鎮守府大学附属病院、集中治療室です。

 

何週間もお目覚めにならなかったので、すごく心配しておりました」

 

「そうですか…」

 

天井を見つめる泊地。何か嫌な夢を見ているようである。

生徒たちは無事であろうか。自分だけが助かったのではないだろうか。

この世界にただ1人取り残されたような感覚。

やはり自分の人生は一度終わり、

気分の悪い夢の中に投げ出されているのではないだろうか。

泊地がふとベッドの右横に視線を向ける。

小さな少女が、マスクをしながら眠っている。体中にコードが繋げられている。

胸がかすかに上下している。

 

「…彼女は?」

 

泊地が看護師に問う。

もしかすると、見失った生徒達のうちの1人かもしれない。

助かったのかもしれない。

しかし、このような状態で、無事助かったと言えるのだろうか。

いや、自分が受け持っていた学生ではないかもしれない。

どちらにせよ、ここは喜ぶべき所なのかもしれない。

いや、悲しむべきなのか。

ただひたすら困惑する泊地。

看護師がその女の子を見ながら、その表情を曇らせる。

 

「彼女はW島攻略作戦で轟沈した艦娘です。

 何とか一命は取り留めたのですが、まだ意識が…」

 

言葉が出ない泊地。

艦娘、と言う事は、おそらく深海棲艦との戦いで負傷したのだろう。

泊地の仲間の誰かがこの女の子に瀕死の手傷を負わせた、その可能性もある。

もしこの子の意識がずっと戻らなかったらどうすれば良いのだろうか。

 

「泊地さん、自分を責めないでください。艦娘も深海棲艦も、

 同じ命に変わりはありません。私達は、ただ救う事だけを考えています」

「…」

「では、失礼いたします」

 

看護師が部屋を後にする。

隣の少女の名札を見る泊地。

 

「如月…か」

 

学校に行ってるくらいの年齢の子である。

こんな年齢の子まで戦場に出されている…鎮守府は何を考えているのか。

起きようとする泊地。

 

「…!」

 

身体全体に痛みが走る

両手を上に挙げる泊地。そして両手をグーパーする。

指が少し動かしづらい。

 

「チョークが…持てない」

 

肩を落とす泊地。

その時、病室のドアをゴンゴンとノックする音が聞こえる。

何も言葉が出ない泊地。どう話せば良いのか、どう動けば良いのか、

それすらも記憶から失われたような感覚。

ガラガラとドアが開く。

白衣を来た、長髪の男が入ってくる。

 

「気分はどうかね、泊地くん」

「あなたは…」

 

おそらく泊地よりもずっと背が高い男である。

青いネクタイが冴えて見える。

首から聴診器を掛けている所からして医師なのだろう。

その背の高い医師が深々と泊地にお辞儀をする。

 

「救急救命医、鬼頭と申します」

 

鎮守府には、昨今の経済発展も相まって、ありとあらゆる産業が集中していた。

医療産業も例外ではなく、人的資源、物的資源の宝庫となっていた。

病院は各診療科に分かれ、

それぞれ専門の医師が大勢の医療技術者と共に医療にあたっていた。

深海自治区にも、鎮大病院の救命ヘリが飛んでくる事が時々ある。

鬼頭を見上げる泊地。泊地も小さくお辞儀をする。

そこに小柄な医師が汗だくになって駆け寄ってくる。

 

「き、鬼頭先生、そろそろ教授会が…」

 

この医師は鬼頭の部下なのだろうか。おそらく大勢の医師が詰めているのだろう。

どうやら鬼頭は教授のようである。あまり教授という雰囲気ではない。

腰が低く、特に威圧感というものは感じない。

 

「ったく、ヤニ臭くてイヤなんだよな、あそこ。あ、そうだ、サボっちまおうぜ」

 

面倒くさそうな顔をする鬼頭。

 

「せ、先生、それは、さすがに…」

 

あたふたする小柄医師。

 

「あ、そこ君、名前なんだっけ? まったく君は幸運だよ、

 なんたって、鬼頭先生のオペを受けられたんだからね!

 鎮大病院の若きエースの先生だぞ!じゃなければ君は今頃…」

 

言いかけた小柄医師の頭をぺしっと叩く鬼頭。

まるで漫才のようにも見える。鬼頭教授は突っ込み役のようである。

 

「ヤブ医者ですまんな。その証拠に、君の隣にいる少女はまだ救えていない」

 

鬼頭が如月をじっと見る。

 

「泊地くん、君の容体についてなんだが…」

 

険しそうな顔をする鬼頭。

ごくりと唾を飲む泊地。

 

「爆弾の直撃で、背骨が部分的にダメージを受けてしまっている。

 頸椎…つまりクビのあたりだな。脊髄は、切れてはいない。あくまで部分損傷だ。

 歩けるようにはなるだろうが、足腰に力が入りづらくなるかもしれない。

 腕の筋力もいくらか落ちる可能性もある。指も動かしづらいだろう。

 それに…」

 

泊地の手をつかむ鬼頭。

泊地が暗い顔をする。

 

「両腕…とりわけ、指先の感覚が鈍くなっている。

 まぁ、いずれも時間がたてばある程度は回復するだろう。あとは天命に任せる」

 

右手を振って病室を後にする鬼頭。小柄医師があわてて鬼頭の後ろを追いかける。

 

「天命…かぁ」

再び静かになった病室。白い天井。隣で眠る如月。

泊地の目に涙が浮かぶ。

人生は色んな事が起こる。

自分だけは関係ないと思っていた事が、突然起こる。

山あり谷ありとは言うが、いとも簡単に谷に落ち、

谷の奥にはさらに深い谷が待っている。

今は一番深い谷底なのであろう。しかし、おそらくこれで終わりではない。

必ずもっと深い地獄の底が待っている。

安らげる日などない。

 

「あの子たちは… あの子たちは今頃…」

それでも、小学校の子供たちのために生きている泊地の姿があった。

彼女にとって教師は天職であり、生徒たちは希望の光であった。

病院の外はすでに暗くなっていた。

泊地が窓の外を眺める。

無数の街の明かりが浮かび、

1つ1つが宝石のようにキラキラと輝いている。

街の光は、暗い夜空を照らし出し、いまにも満月をも飲み込もうとしている。

たくさんの人が確かにそこにいて、住んでいて、生きている。

しかしそれでもなお、泊地を取り巻くのは、世界の一切と断絶されたかのような、

孤独の極致であった。泊地にとって、窓の外に見える煌びやかな夜景は、

あたかもビデオのレンズを通してみたかのような、現実感のわかない映像であった。

病院は消灯時間を迎え、泊地、そして如月、そこに住まうだれもが、

闇の中へと消えていった。煌々と輝く街の宝石たちは、

暗く深い海の底のような白い病院の建物を、悲しげな光で照らしだしていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。