泊地棲姫の空   作:たこ焼きうどん

6 / 12
別荘

「おはようございます、泊地さん」

ハッと目が覚める泊地。

「お、おはようございます」

枕元にいたのは、泊地そっくりの人物、ブリュンヒルデであった。

HCLI社の別荘に来て、疲れてそのまま居間で大の字になっていたはずだったが、

気が付いたら布団の中にいたようである。

「あの…ブリュンヒルデさんが?」

「はい。畳の上じゃ風邪をひきますので、お布団の所まで運ばせていただきました」

「そうですか…すいません」

謝る泊地。

「朝ごはんを用意しておきました。自由におくつろぎください」

しばらく病院食ばかりで、食事っぽい食事は摂っていなかった泊地である。

少しよだれが出そうにある。

もともと食は細かったが、さすがに病院食ばかりで、

そろそろ味の濃いものが食べたかった所であった。

食堂に到着する泊地とブリュンヒルデ。

椅子に腰かけると、メイデンの1人が食事を運んでくる。

「なんか、申し訳ないですね。セルフサービスでもよろしいのに」

「遠慮しないでください。泊地さんはお客様でもありますので」

味噌汁をずずっとすする泊地。

やはり病院の味噌汁とは違う。

ここで使用されているのは、かの有名な鎮守府味噌であろうか。

深海自治区でも愛されている味噌である。

思えば、鎮守府と深海自治区の間には経済的および文化的交流があり、

人が行き来する事もままあった。

ごはんをもぐもぐする泊地。思いっきりほおばっていて、

まるで何か小動物のようである。

「そういえばブリュンヒルデさん。

鎮守府の学校について色々と知りたい事があるのですが、何か御存じでしょうか」

同じく肉じゃがをもぐもぐほおばるブリュンヒルデ。

本当に双子の姉妹の様にも見える。

「みなさん、大変だと聞きます。特に鎮守府学園への入試は、

まさに受験地獄となっているようです」

「そうですか…」

うつむく泊地。

鎮守府学園。艦娘になるための登竜門である。他の一般的な学校の、

中学校に位置する学校である。

「この学園入試で、艦娘になれるかどうかが決まります。みなさん、必死です」

泊地も、噂には聞いていた。鎮守府学園に入り、艦娘になる。

それは学生にとっても彼女たちの家にとっても、最高の栄誉である。

学費も寮費も無料、さらには給料まで支給される。

そしてゆくゆくは鎮守府を守るエリート部隊として、最前線で活躍することになる。

貧しい田舎の学生の中には、3食おにぎりをほおばりながら、

必勝のお守りを握りしめて受験しにくる子もいるそうである。

「無人戦闘システムの件、親御さんたちは猛反対だそうですよ。それも当然でしょう。

艦娘の仕事が消えるかもしれません」

ブリュンヒルデがたこ焼きをつまみながら言う。

朝ごはんにたこ焼きがでると言うのも、変わった別荘である。

「私は深海自治区で小学校教師をしていました。ただ、勉強する事は楽しいこと、

そう生徒達に教えてきました」

難しい顔をする泊地。

「それに、鎮守府学園の入試についてもですが…。

艦娘になれるか否かは、生まれた時にだいたい決まっているという噂も聞いています。

そして大変な競争率。努力すれば誰でもなれる、

子供達はみなその言葉を信じています。それは残酷な言葉です」

少し考え込むブリュンヒルデ。

「私は、深海棲艦と戦うために、深海棲艦として作られました。

そして、生まれた時から貴方とほぼ同等の能力を持たされています」

朝ごはんを食べ終わり、別荘内をぶらぶらと歩く2人。

「ちょっと外の空気を吸いにでかけましょうか。と言っても、別荘のベランダですが」

ブルンヒルデが泊地をベランダに招く。

眼下に海が広がっているのが見える。

心地よい風を感じる泊地。薄紫色の豊かな髪が風になびく。

「本当は外に出かけたいのですが…。外はあまり安全ではありませんので…」

同じく薄紫の髪をなびかせるブリュンヒルデ。

泊地が空を見上げる。青い空。海の青さが空に映し出されているようにすら思える。

海と空。どちらが先に生まれたのだろうか。泊地には、よく分からなくなってきた。

「諸君、良い眺めですね」

背後から男の声。泊地とブリュンヒルデが振り返る。

「社長…」

頭を下げるブリュンヒルデ。

「こんにちは、泊地さん」

背の高い、白髪の若い男。

「HCLI社長、キャスパー・ヘクマティアルと申します。キャスパーでいいですよ」

キャスパーが丁寧にお辞儀する。屈託のない笑顔。

「こちらこそ…」

泊地も軽くお辞儀をする。

「さて、おおかたの話しはブリュンヒルデから聞いているとは思いますが…」

おおかたの話。つまり、M計画についての話であろう。

少し身構える泊地。

「いやぁ、本家本元は素晴らしいですねぇ。色、つや、コシ、

いずれをとっても一級品だ」

「ゴホン。贋作で申し訳ありませんね」

咳払いをするブリュンヒルデ。

「いや、すまん、すまん。君も十分美しい。そう、妹には妹の良さがある」

ブリュンヒルデは自分のコピーなどではない。1人の人間だ。

泊地が不満に思うのは、その人格を持った、命を持った1人の人間を、

使い捨て同然の道具のように扱う、この男の思考回路についてであった。

「まぁ、そりゃあ、納得いかないですよね」

キャスパーが苦笑いしながら言う。

「7体。鬼頭教授が鎮守府大学で管理しているメイデンです。

いずれ鎮守府に納品する予定です。

 さらにHCLI社には10体のメイデンがいます。

こちらは鎮大にも鎮守府にも伝えてない、極秘のメイデンです」

不敵の笑みを浮かべるキャスパー。

「我々HCLIは、メイデンの量産化に着手しています。

いずれは30体近くにまで量産する事になるでしょう」

30体。戦慄する泊地。1体だけでも泊地棲姫とほぼ同等、

つまり姫クラスの力を持つ深海棲艦である。

「深海自治区を滅ぼすには、そこまでの戦力は不要のはずです」

泊地が疑問を呈する。

「飛行場姫。鎮守府から入った情報では、彼女がMI海域に出現したとの事です。

従来型の艦娘ではかなり苦戦するでしょう。

そこで、鎮守府はメイデン・システムを実戦投入する予定です。

7体のメイデンにて、飛行場姫を迎えうちます」

飛行場姫とは泊地の仲間である。

目的はおそらく、ヲ級と同じく泊地の奪還であろう。

「私がMI海域に赴きます。そして飛行場姫に会います。

そうすればこの戦闘は回避できます」

泊地が提案する。

「…」

しばらく考え込むキャスパー。

「何とか鎮守府と交渉していただけませんでしょうか?

飛行場姫は私達の大切な仲間です。彼女に手を出すなら、私は許しません」

キャスパーをにらむ泊地。

「参ったなぁ…」

頭をぽりぽりかくキャスパー。

「そうですね…何とか鎮守府に掛け合ってみましょう。

しっかし、メイデンの開発にものすごい費用つぎ込んだからなぁ。

こりゃウチ会社、倒産ですよー」

「社長!」

ブリュンヒルデがガツンと言う。。

「分かった、分かった。お前たちを外に出したくないというのも本当の気持ちだ。

泊地さんとブリュンヒルデくんを一緒にいさせてあげたい。

 それに…」

不敵な笑みを絶やさないキャスパー。

「30体のメイデンを所有する、それもアリかもしれませんね」

もしそれが実現すれば、この男はどれだけの力を持つことになるのだろうか。

背筋が寒くなる泊地。

「とりあえず、まずは鬼頭くんに事情を説明してからですね。

いますぐ鎮大病院に向かいます。3人とも、早く支度をして」

スーツの襟元をただすキャスパー。

「ありがとうございます、社長」

安堵の表情を浮かべるブリュンヒルデ。

 

4人は別荘を出発し、鎮大病院へと向かう。

「あぁ、そうだ。泊地くんが動いてくれる。ウチらとしては泣きそうになる案だが、

やむを得まい。戦争回避だ。

 それに、うまく行けば、僕たちは神に近い力を持てるようになるかもしれない」

フフフと笑うキャスパー。

社用車が鎮大病院につく。玄関には鬼頭が4人を待っていた。

「お疲れさん、キャスパー。じゃあ、私の部屋へ」

鬼頭が案内する。

教授室で説明を受ける鬼頭。

「いいのかい、キャスパー。HCLIは倒産間違いなしだぞ。私もこれで解雇だ。

どうするこれから。何か別の商売でも始めるか」

肩を落とす鬼頭。

「ボクと君が組めば、いくらでも良い商売ができそうだがね。

そうだ、たこ焼き屋でも始めるか?」

笑顔のキャスパー。

「鬼頭先生、ありがとうございます」

深くお辞儀をする泊地。

「感謝します」

同じくお辞儀をするブリュンヒルデ。

「では、泊地さん、海岸までご案内いたします。飛行場姫によろしくお伝えください」

キャスパーが手招きする。

 

ゴンゴンと教授室のドアを叩く音がする。

息を殺す4人。

「…入りたまえ」

座っている椅子をぎいと正面に向ける鬼頭。

「失礼します」

驚く鬼頭。リーダーらしき艦娘が、数名の艦娘を引き連れて一斉に部屋に入ってくる。

「これは…どういう事ですか?長門秘書官」

鬼頭が長門に問う。

「鎮守府大学教授、鬼頭。HCLI社長、キャスパー・ヘクマティアル。

両名を、治安維持法違反で逮捕する」

両手をあげる鬼頭とキャスパー。

「貴方たちは…!」

泊地が見たものは、砲をこちらに向ける吹雪、睦月、夕立であった。

「ごめんなさい」

「これは任務なんです」

「本当は、やりたくないっぽい」

如月の病室にいた仲良し3人組である。

鎮守府の食事処であんみつを食べようと約束した子達である。

「陸奥、大和、ただちに拘束しろ」

2人の艦娘が手錠を手に近づいてくる。

苦笑いするキャスパー。

「これは、これは、長門殿。それに、陸奥殿、大和殿まで…。

しかし、これまた大げさですな。鎮守府の最高戦力が一体何用で?」

鬼頭とキャスパーに手錠がかけられる。

ブリュンヒルデが即座に艤装し抜刀する。

同じく艤装し、砲撃態勢をとる泊地。

「泊地さん!ブリュンヒルデくん!」

キャスパーが制止する。

「今回は分が悪い。武器を納めたまえ」

顔を合わせる泊地とブリュンヒルデ。

「HCLIが深海棲艦をメイデン化するのには、訳があります」

話し始めるキャスパー。

「鎮守府との協定により、艦娘のメイデン化は固く禁じられています。

それは、艦娘に対する人権侵害にあたるからです。

 そして、ビッグ7、とりわけ大和殿のメイデン化は、

絶対に侵してはならない禁忌です」

「禁忌…?」

キャスパーに泊地が問う。

「それはつまり、大量破壊兵器の製造およびその量産は許されない、という事です」

しばらく考え込んでから、艤装を解除する泊地とブリュンヒルデ。

「そもそも、深海棲艦をベースにしたM計画自体、

市民団体からの反発は必至でしょう。

 艦娘の人的損害をなくすための、極めて平和的なプランなんですけどね」

キャスパーが答える。

長門はいたって冷静な様子である。敵意はそれほど感じられない。

「鬼頭教授、キャスパー社長。この度の非礼をお詫び申し上げます。我らとして、

このような事はしたくない」

何かをこらえている長門。

「提督からの指示ですか」

問う鬼頭。

「提督も戦闘回避を望んでおられる。つまり、これは提督の本意ではない、

それだけは分かってもらいたい」

心痛な表情をする長門。

「他のメイデンズに伝えてもらいたい。

鬼頭教授とキャスパーの身柄は鎮守府が預かる。

泊地棲姫およびメイデンズ、君達にはHCLI社の別荘にて待機してもらう。

何か不穏な動きがあれば、2人の身柄は保証できない」

長門が釘を差す。

こうして、鬼頭とキャスパーの2名は鎮守府の収容施設へ連行され、

泊地とブリュンヒルデは数名の艦娘とともにHCLIの別荘へと、

移動させられる事となった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。