「おはようございます、泊地さん」
ハッと目が覚める泊地。
「お、おはようございます」
枕元にいたのは、泊地そっくりの人物、ブリュンヒルデであった。
HCLI社の別荘に来て、疲れてそのまま居間で大の字になっていたはずだったが、
気が付いたら布団の中にいたようである。
「あの…ブリュンヒルデさんが?」
「はい。畳の上じゃ風邪をひきますので、お布団の所まで運ばせていただきました」
「そうですか…すいません」
謝る泊地。
「朝ごはんを用意しておきました。自由におくつろぎください」
しばらく病院食ばかりで、食事っぽい食事は摂っていなかった泊地である。
少しよだれが出そうにある。
もともと食は細かったが、さすがに病院食ばかりで、
そろそろ味の濃いものが食べたかった所であった。
食堂に到着する泊地とブリュンヒルデ。
椅子に腰かけると、メイデンの1人が食事を運んでくる。
「なんか、申し訳ないですね。セルフサービスでもよろしいのに」
「遠慮しないでください。泊地さんはお客様でもありますので」
味噌汁をずずっとすする泊地。
やはり病院の味噌汁とは違う。
ここで使用されているのは、かの有名な鎮守府味噌であろうか。
深海自治区でも愛されている味噌である。
思えば、鎮守府と深海自治区の間には経済的および文化的交流があり、
人が行き来する事もままあった。
ごはんをもぐもぐする泊地。思いっきりほおばっていて、
まるで何か小動物のようである。
「そういえばブリュンヒルデさん。
鎮守府の学校について色々と知りたい事があるのですが、何か御存じでしょうか」
同じく肉じゃがをもぐもぐほおばるブリュンヒルデ。
本当に双子の姉妹の様にも見える。
「みなさん、大変だと聞きます。特に鎮守府学園への入試は、
まさに受験地獄となっているようです」
「そうですか…」
うつむく泊地。
鎮守府学園。艦娘になるための登竜門である。他の一般的な学校の、
中学校に位置する学校である。
「この学園入試で、艦娘になれるかどうかが決まります。みなさん、必死です」
泊地も、噂には聞いていた。鎮守府学園に入り、艦娘になる。
それは学生にとっても彼女たちの家にとっても、最高の栄誉である。
学費も寮費も無料、さらには給料まで支給される。
そしてゆくゆくは鎮守府を守るエリート部隊として、最前線で活躍することになる。
貧しい田舎の学生の中には、3食おにぎりをほおばりながら、
必勝のお守りを握りしめて受験しにくる子もいるそうである。
「無人戦闘システムの件、親御さんたちは猛反対だそうですよ。それも当然でしょう。
艦娘の仕事が消えるかもしれません」
ブリュンヒルデがたこ焼きをつまみながら言う。
朝ごはんにたこ焼きがでると言うのも、変わった別荘である。
「私は深海自治区で小学校教師をしていました。ただ、勉強する事は楽しいこと、
そう生徒達に教えてきました」
難しい顔をする泊地。
「それに、鎮守府学園の入試についてもですが…。
艦娘になれるか否かは、生まれた時にだいたい決まっているという噂も聞いています。
そして大変な競争率。努力すれば誰でもなれる、
子供達はみなその言葉を信じています。それは残酷な言葉です」
少し考え込むブリュンヒルデ。
「私は、深海棲艦と戦うために、深海棲艦として作られました。
そして、生まれた時から貴方とほぼ同等の能力を持たされています」
朝ごはんを食べ終わり、別荘内をぶらぶらと歩く2人。
「ちょっと外の空気を吸いにでかけましょうか。と言っても、別荘のベランダですが」
ブルンヒルデが泊地をベランダに招く。
眼下に海が広がっているのが見える。
心地よい風を感じる泊地。薄紫色の豊かな髪が風になびく。
「本当は外に出かけたいのですが…。外はあまり安全ではありませんので…」
同じく薄紫の髪をなびかせるブリュンヒルデ。
泊地が空を見上げる。青い空。海の青さが空に映し出されているようにすら思える。
海と空。どちらが先に生まれたのだろうか。泊地には、よく分からなくなってきた。
「諸君、良い眺めですね」
背後から男の声。泊地とブリュンヒルデが振り返る。
「社長…」
頭を下げるブリュンヒルデ。
「こんにちは、泊地さん」
背の高い、白髪の若い男。
「HCLI社長、キャスパー・ヘクマティアルと申します。キャスパーでいいですよ」
キャスパーが丁寧にお辞儀する。屈託のない笑顔。
「こちらこそ…」
泊地も軽くお辞儀をする。
「さて、おおかたの話しはブリュンヒルデから聞いているとは思いますが…」
おおかたの話。つまり、M計画についての話であろう。
少し身構える泊地。
「いやぁ、本家本元は素晴らしいですねぇ。色、つや、コシ、
いずれをとっても一級品だ」
「ゴホン。贋作で申し訳ありませんね」
咳払いをするブリュンヒルデ。
「いや、すまん、すまん。君も十分美しい。そう、妹には妹の良さがある」
ブリュンヒルデは自分のコピーなどではない。1人の人間だ。
泊地が不満に思うのは、その人格を持った、命を持った1人の人間を、
使い捨て同然の道具のように扱う、この男の思考回路についてであった。
「まぁ、そりゃあ、納得いかないですよね」
キャスパーが苦笑いしながら言う。
「7体。鬼頭教授が鎮守府大学で管理しているメイデンです。
いずれ鎮守府に納品する予定です。
さらにHCLI社には10体のメイデンがいます。
こちらは鎮大にも鎮守府にも伝えてない、極秘のメイデンです」
不敵の笑みを浮かべるキャスパー。
「我々HCLIは、メイデンの量産化に着手しています。
いずれは30体近くにまで量産する事になるでしょう」
30体。戦慄する泊地。1体だけでも泊地棲姫とほぼ同等、
つまり姫クラスの力を持つ深海棲艦である。
「深海自治区を滅ぼすには、そこまでの戦力は不要のはずです」
泊地が疑問を呈する。
「飛行場姫。鎮守府から入った情報では、彼女がMI海域に出現したとの事です。
従来型の艦娘ではかなり苦戦するでしょう。
そこで、鎮守府はメイデン・システムを実戦投入する予定です。
7体のメイデンにて、飛行場姫を迎えうちます」
飛行場姫とは泊地の仲間である。
目的はおそらく、ヲ級と同じく泊地の奪還であろう。
「私がMI海域に赴きます。そして飛行場姫に会います。
そうすればこの戦闘は回避できます」
泊地が提案する。
「…」
しばらく考え込むキャスパー。
「何とか鎮守府と交渉していただけませんでしょうか?
飛行場姫は私達の大切な仲間です。彼女に手を出すなら、私は許しません」
キャスパーをにらむ泊地。
「参ったなぁ…」
頭をぽりぽりかくキャスパー。
「そうですね…何とか鎮守府に掛け合ってみましょう。
しっかし、メイデンの開発にものすごい費用つぎ込んだからなぁ。
こりゃウチ会社、倒産ですよー」
「社長!」
ブリュンヒルデがガツンと言う。。
「分かった、分かった。お前たちを外に出したくないというのも本当の気持ちだ。
泊地さんとブリュンヒルデくんを一緒にいさせてあげたい。
それに…」
不敵な笑みを絶やさないキャスパー。
「30体のメイデンを所有する、それもアリかもしれませんね」
もしそれが実現すれば、この男はどれだけの力を持つことになるのだろうか。
背筋が寒くなる泊地。
「とりあえず、まずは鬼頭くんに事情を説明してからですね。
いますぐ鎮大病院に向かいます。3人とも、早く支度をして」
スーツの襟元をただすキャスパー。
「ありがとうございます、社長」
安堵の表情を浮かべるブリュンヒルデ。
4人は別荘を出発し、鎮大病院へと向かう。
「あぁ、そうだ。泊地くんが動いてくれる。ウチらとしては泣きそうになる案だが、
やむを得まい。戦争回避だ。
それに、うまく行けば、僕たちは神に近い力を持てるようになるかもしれない」
フフフと笑うキャスパー。
社用車が鎮大病院につく。玄関には鬼頭が4人を待っていた。
「お疲れさん、キャスパー。じゃあ、私の部屋へ」
鬼頭が案内する。
教授室で説明を受ける鬼頭。
「いいのかい、キャスパー。HCLIは倒産間違いなしだぞ。私もこれで解雇だ。
どうするこれから。何か別の商売でも始めるか」
肩を落とす鬼頭。
「ボクと君が組めば、いくらでも良い商売ができそうだがね。
そうだ、たこ焼き屋でも始めるか?」
笑顔のキャスパー。
「鬼頭先生、ありがとうございます」
深くお辞儀をする泊地。
「感謝します」
同じくお辞儀をするブリュンヒルデ。
「では、泊地さん、海岸までご案内いたします。飛行場姫によろしくお伝えください」
キャスパーが手招きする。
ゴンゴンと教授室のドアを叩く音がする。
息を殺す4人。
「…入りたまえ」
座っている椅子をぎいと正面に向ける鬼頭。
「失礼します」
驚く鬼頭。リーダーらしき艦娘が、数名の艦娘を引き連れて一斉に部屋に入ってくる。
「これは…どういう事ですか?長門秘書官」
鬼頭が長門に問う。
「鎮守府大学教授、鬼頭。HCLI社長、キャスパー・ヘクマティアル。
両名を、治安維持法違反で逮捕する」
両手をあげる鬼頭とキャスパー。
「貴方たちは…!」
泊地が見たものは、砲をこちらに向ける吹雪、睦月、夕立であった。
「ごめんなさい」
「これは任務なんです」
「本当は、やりたくないっぽい」
如月の病室にいた仲良し3人組である。
鎮守府の食事処であんみつを食べようと約束した子達である。
「陸奥、大和、ただちに拘束しろ」
2人の艦娘が手錠を手に近づいてくる。
苦笑いするキャスパー。
「これは、これは、長門殿。それに、陸奥殿、大和殿まで…。
しかし、これまた大げさですな。鎮守府の最高戦力が一体何用で?」
鬼頭とキャスパーに手錠がかけられる。
ブリュンヒルデが即座に艤装し抜刀する。
同じく艤装し、砲撃態勢をとる泊地。
「泊地さん!ブリュンヒルデくん!」
キャスパーが制止する。
「今回は分が悪い。武器を納めたまえ」
顔を合わせる泊地とブリュンヒルデ。
「HCLIが深海棲艦をメイデン化するのには、訳があります」
話し始めるキャスパー。
「鎮守府との協定により、艦娘のメイデン化は固く禁じられています。
それは、艦娘に対する人権侵害にあたるからです。
そして、ビッグ7、とりわけ大和殿のメイデン化は、
絶対に侵してはならない禁忌です」
「禁忌…?」
キャスパーに泊地が問う。
「それはつまり、大量破壊兵器の製造およびその量産は許されない、という事です」
しばらく考え込んでから、艤装を解除する泊地とブリュンヒルデ。
「そもそも、深海棲艦をベースにしたM計画自体、
市民団体からの反発は必至でしょう。
艦娘の人的損害をなくすための、極めて平和的なプランなんですけどね」
キャスパーが答える。
長門はいたって冷静な様子である。敵意はそれほど感じられない。
「鬼頭教授、キャスパー社長。この度の非礼をお詫び申し上げます。我らとして、
このような事はしたくない」
何かをこらえている長門。
「提督からの指示ですか」
問う鬼頭。
「提督も戦闘回避を望んでおられる。つまり、これは提督の本意ではない、
それだけは分かってもらいたい」
心痛な表情をする長門。
「他のメイデンズに伝えてもらいたい。
鬼頭教授とキャスパーの身柄は鎮守府が預かる。
泊地棲姫およびメイデンズ、君達にはHCLI社の別荘にて待機してもらう。
何か不穏な動きがあれば、2人の身柄は保証できない」
長門が釘を差す。
こうして、鬼頭とキャスパーの2名は鎮守府の収容施設へ連行され、
泊地とブリュンヒルデは数名の艦娘とともにHCLIの別荘へと、
移動させられる事となった。