泊地とブリュンヒルデは、複数の艦娘に連行されながら、
HCLIの別荘へと移動していた。
鎮守府のバスに乗りこみ、30分ほど揺られた後、別荘の前に到着する。
あまりにも信じがたい事が次々と起こり、
泊地は心身の限界へと達しようとしていた。
杖をつくやいなや、つまづき、転んで倒れ込む泊地。
「泊地さん!」
吹雪とブリュンヒルデがかけより、泊地を抱きかかえる。
「車いすを用意するわ!」
睦月が車いすを用意し、ブリュンヒルデと夕立が一緒に泊地を抱きかかえる。
「せーの!」
「ぽい!」
泊地を車いすに乗せる。
吹雪が車いすを押しながら別荘の玄関へと入っていく。
艤装したメイデン達が廊下に並んでいる。
「…」
何も言わず艦娘たちを見つめるメイデン達。
泊地と同等の戦力を持つ10体の戦闘兵器たち。
しかし鬼頭とキャスパーを人質に取られている以上、
何も手出しをする事ができない。
「みんな…」
小さな声をあげる泊地。
泊地の頭の中を、昔の記憶が駆け巡る。
「初めまして。深海棲姫、泊地と申します。みなさまよろしくお願いします」
学校で自己紹介する泊地。
泊地は深海自治区で生まれた深海棲艦にして、鎮守府の学校に通う事となった。
生まれながらの姫。
鎮守府と深海棲艦との橋渡しという親善大使の役割を期待されていた。
同時に、鎮守府にとっては人質をとっておきたいという思惑もあった。
鎮守府大学附属アドミラル学園、お嬢様が通う学校で泊地は学生生活を過ごす。
「あの…艦娘とはどういった人達なのでしょうか?」
泊地がクラスメートに問う。
「そうね、私達のために汗水流して戦って轟沈していく…立派な人達たちよ」
平和な学生生活を過ごし、平和な人生を保証された人達がそこにはたくさんいた。
一方、難関の試験を突破した艦娘が、戦争の最前線で轟沈していく。
エリート部隊とおだてておけば、一番危なくて嫌な仕事もよろこんで受けてくれる。
「泊地さんは、生まれながらのお姫さまなんですってね。
しかも艦娘さんたちが束になっても敵わないほど既に強い」
「やっぱ、将来は外交官?ここには色んなトップの子息がいるからねぇ。
私は芸術の道に進みたいわ。会社の経営は兄さんたちに任せて、
私は自分の夢をおいかけるの」
「作家なんて仕事もよさそうね。私は表現の道を追求したいわ
旅館で缶詰なんてそれっぽくて憧れるわぁ。今度やってみようかしら」
色んな想いを胸に抱える泊地のクラスメート達。
教育とは何なのか。学校とは何なのか。泊地は徐々にに疑問を持つようになっていく。
平和な生活を送る人は最初から決まっている。
艦娘になれる子は生まれながらの素質でだいたい決まる。
そして、死にもの狂いで努力をする人がいる。
深海自治区に住む多くの深海棲艦もまた、
自分達に与えられた役割を全うしようとしていた。
深海棲艦の多くは、その出自ゆえに鎮守府の学校に通うことはできず、
限られた教育資源の中、限られた人生を歩む事が決定されていた。
「いいのかね、泊地くん。せっかくの大使職だよ。
君にはその能力があると見込んでの事なんだが」
「すいません。私は深海自治区で教職に就こうと思っています。
ここで学んだ最先端の学識を生まれ故郷に持って帰りたいのです」
「そうか…」
鎮守府からの誘いを断り、泊地は深海自治区へと赴任する事となった。
深海自治区には鎮守府でいう中学や高校に該当する教育機関は存在せず、
小学校教育が教育のメインとなっていた。
「初めまして。深海棲艦の泊地と申します。みんなよろしくね」
泊地の元には、父兄から色んな要望が出された。
「先生、うちの子にハイレベルな指導をしてやって下さい!
何とか艦娘にしてやりたいのです!どんなスパルタでも構いません!どうか!」
「いやぁ、鎮守府育ちの姫様から教育をして頂けるなんて、なんと光栄な事か!
いくらでも金を出しますよ!
深海自治区の教師じゃやっぱダメだねぇ。
だから、うちの子の成績が上がらないんだよ」
泊地は、その要望をとりあえずは聞きいれた上で、
自らの教育をこっそりすすめようとしていた。
「じゃあ、皆さん、空を見上げる時間ですよ」
授業の最後に、芝生に寝そべって、10分ほど空を見上げる。
自由参加ではあるが、この時間は、とにかく空を見上げなければいけない。
子供達には、空を見上げる時間と場所がない、そう泊地は考えていた。
「先生、なんか雲がもくもくしてるよ」
「わたがしみたい」
「雲と雲がくっついたよ」
「お腹空いた」
「あの雲おいしそう」
「どんな味なのかな」
「やっぱわたがしみたいに甘いんじゃないかな」
ぼーっと空を見上げながら、子供達がわいわい言い合う。
「そうね、たぶん甘いんでしょうね」
にこにこ笑う泊地。
泊地がふと思う。
鎮守府には有料自習室というものがあった。
家で勉強できない、かと言って図書館は満員、
かといって食事処であんみつ食べながら勉強する訳にもいかない。
何より、あんみつは高い。
そこで勉強するためにお金を払って場所を借りるのである。
それくらい、勉強をする場所が少なすぎる。
そして…子供たちには、空をゆっくり見上げられる場所が少ない。
そのうち有料空見上げ室なんてのが出てきて、大ヒットするのではないか…
…と泊地はふと思ったりする。
子供たち、いや大人たちも含めてだが、
彼らがただぼーっと空を見上げるような時間と空間、社会はそれさえも許さない。
いっそ深海自治区と鎮守府の全住民を対象に、抜き打ちテストをしてやりたい。
そこで「今日の雲はどうでしたか」という問題をだしてみる。
何人が答えられるだろうか。そんな意地悪をふと考えてしまう泊地。
泊地には、深海自治区に戻ってきたもう1つの理由があった。
彼女は学園での生活の中で、上層部の不穏な動きを感じていた。
海域画定に関して深海自治区と交渉を行っている事は前から耳に入ってはいた。
ニュースでは、深海棲艦による一方的な鎮守府への海域侵害が、
繰り返し報道されていた。
食卓からあんみつが消える、という、
センセーショナルの記事が新聞の見出しに書かれている。
世論は、海域への艦娘の展開と、深海棲艦との交渉継続に2分されていた。
「…気にする事ないわよ。私は貴方の味方だし、
仮に何かあっても、貴方と自治区の人達じゃあ扱いが違うから…」
クラスメート達は、そういって彼女を元気づけてくれていた。
しかし、だからこそ彼女は深海自治区に戻ってきた。
いくら鎮守府に強硬な世論があれど、姫のいる自治区には手を出さないだろう、と。
しかし彼女の思いをよそに、
鎮守府は艦娘による連合艦隊を結成。
深海自治区周辺ではたびたび連合艦隊による大規模演習が行われ、
自治区側もいざという時に備え、防備を固めつつあった。
そして、鎮守府は深海自治区に対する海域の再画定を通知。
深海自治区は深海棲艦の死活問題としてこれを拒否。
しかし一部の強硬派が艦娘に対して攻撃を実施。
鎮守府は正当防衛として連合艦隊に出動を命じ、ここに戦争が開始される事となった。