泊地の頭の中で、昔の記憶が流れていた。
鎮守府での学生時代の事。
小学校教師になって子供達と一緒に過ごした楽しい日々。
そして鎮守府連合艦隊による深海自治区への軍事侵攻。
艦娘達と戦い、轟沈し、そして鎮守府の病院へ。
病院のベッドで会った如月。
吹雪たちの優しい笑顔。
姉思いの妹、ヲ級。
鎮守府大学鬼頭教授とHCLI社長キャスパーの野望。
自分の生き写し、戦闘兵器メイデン、そしてブリュンヒルデ。
彼女達による無人戦闘システム。
そして迫る連合艦隊と飛行場姫との全面戦争。
今ここで倒れるわけにはいかない。
彼ら彼女らを止めなければいけない。
こうして寝ているわけにはいかない。
私は…
「先生!」
「私達だよ、先生!」
別荘のベッドで横になっている泊地のそばで、子供たちの声が聞こえる。
「あなたたち…」
泊地が目を開ける。
「先生!」
目の前には、目を潤ませた子供の顔があった。
子供が泊地の手をぎゅっと握る。
子供の手をぎゅっと握り返す泊地。
「大丈夫だったのね、良かった」
安堵の表情を浮かべる泊地。
艦娘による攻撃で離れ離れになっていた小学校の子供たちである。
「このお姉ちゃんたちが助けてくれたんだよ!」
子供の視線の向こうには、知らない顔があった。
なかなか思い出せない。何とか思い出そうとする泊地。
思い出せないのか、思い出したくないのか。
ぼんやりと記憶が戻りつつある。
そう、どこかで見た忌まわしい顔だった。
「貴方たちは…」
顔を曇らせる泊地。
そこには、彼女を、いや、彼女を含めた子供たちから、
平穏な日々を奪った憎い艦娘2人の顔があった。
1人は眼帯をし、1人は腕に三角巾を巻いている。
「赤城お姉ちゃんと、加賀お姉ちゃんだよ!」
にこにこと言う子供たち。
うつむく泊地。
「許してもらおうとは思っていません」
頭を下げる赤城。
別の艦娘が2人のそばに立っている。
「この子達を燃え盛る校舎から助けるために、
赤城さんは左目を、加賀さんは左腕の神経を失いました。
2人とも、もう2度と弓は持てません」
「瑞鶴…」
瑞鶴という艦娘が、赤城と加賀の現状について泊地に説明をする。
「これが私達の罪の形です」
赤城がいう。
航空母艦にとって、弓を持てないというのは死に等しい。
ぼうっとする泊地。
身体は休まっても、なかなか心が休まらない。
「ごめんなさい、もう少し横にさせてね」
泊地が子供達に言う。
「みんな、向こうでお姉ちゃんと遊びましょうか」
赤城が子供を部屋の外へ誘導する。
「では…」
頭を下げる加賀。
同じく頭を下げて部屋を出ていく瑞鶴。
「…?」
赤城が部屋を出るやいなや、動きを止める。
何か連絡が入ったようである。
「はい…分かりました。今すぐ伝えます」
「何かの指示ですか?赤城さん」
瑞鶴が赤城に聞く。
「いえ…」
2人の顔を見る赤城。
「鬼頭教授とキャスパー社長が解放されました。
長門秘書官、陸奥さん、そして大和さんが、
鎮守府の捕虜収容施設を急襲したとの報告です」
「長門秘書官が…」
「まさかそんな」
おどろく加賀と瑞鶴。
人質が解放されたとなれば、泊地達も自由である。
「そうですか、では私は今すぐ…」
ベッドから起き上がろうとする泊地。ベッドの手すりをつかむも、
そのまま手が滑って倒れ込む。
「泊地さん!」
泊地を抱きかかえる吹雪。
「もっと休んでるっぽい!」
夕立が泊地の肩をさする。
赤城がため息をつきながら話す。
「ひとまず、これで戦闘は回避されたと判断してよろしいでしょう。
早く飛行場姫さんに伝えなければいけません。
泊地棲姫さんは無事であること、
そして、泊地棲姫さんの体調が回復し次第、
深海自治区へ丁重にお送りさせていただくことを。
鎮守府の方は、あらゆる軍事行動をただちに中止しなければいけません」
「ただ、長門秘書官のとっている行動は完全にクーデターです。
軍法会議は免れないでしょう」
加賀が険しい顔をする。
「軍法会議…」
「私達も解雇よね…」
「解雇ですまないっぽい…」
吹雪、睦月、夕立が心配な顔をする。
「いえ…。長門秘書官は、今回の1件をあくまで、
提督や他の艦娘の意思ではなく、自分達3人の独断によるもの、
と訴えるつもりのようです
全責任を自分達で引き受けるつもりのようです」
「長門秘書官が…」
赤城の説明に加賀がうつむく。
泊地にも、鎮守府が戦争回避に動こうとしている事が伝わってくる。
鎮守府は、少なくとも提督率いる連合艦隊は、
深海自治区への攻撃に賛成してはいない。
そして、自分の身を省みず戦争回避へと全力を注いでいる人もいる。
にっこりする赤城。
「大丈夫よ。鎮守府最高戦力3人以下、全艦娘からなる連合艦隊総力。
鎮守府配備のメイデンさん7人。そしてここにもメイデンさんが10人。
しかもメイデンさん達1人1人が泊地棲姫さんとほぼ同じ戦力。
これらを全部押さえた上で軍法会議を開く。
そんな事が今の鎮守府上層部に出来るかしら?」
赤城の言う通りである。今の鎮守府上層部に彼女達を押さえる力は無い。
「軍事政権発足ね…」
睦月が難しい顔をする。
「艦娘にあんみつ1年分支給って法律つくればいいっぽい」
夕立が独裁者になっても、それほど害はなさそうである。
「それはともかく。今日は泊地棲姫さんにゆっくり休んでいただきましょう。
私達艦娘は、ただちに鎮守府に参ります。
吹雪さん、睦月さん、夕立さん。
貴方たちはここで泊地棲姫さんのお伴をしていて下さい。
では、加賀さん、瑞鶴さん、行きますよ」
「はい。吹雪さんたちよろしくね」
「私達は貴方の味方です、泊地さん」
赤城、加賀、瑞鶴はそう言うと、加賀たちを伴って部屋を出ていった。
「泊地さん…」
吹雪が泊地のベッドの側に置いてあった椅子に腰かける。
泊地が大変な思いをしてここに至っているのは、吹雪たち3人も良く分かっている。
「お姉ちゃんたちも艦娘なの?」
子供が吹雪たちに聞く。
「そうよ、艦娘よ」
睦月が答える。
「へえ~、そうなんだ。じゃあ、悪い奴らと戦ってるの?かっこいい~」
「ぼくたちもお姉ちゃんと一緒に戦う!」
「わたしも!先生を悪い奴らから守らなきゃね」
はしゃぐ子供たち。
「う、うん…」
吹雪がバツの悪そうな顔をする。
艦娘は、悪い奴ら、つまり深海棲艦と戦っている。
深海棲艦の子供たちはそれを知らない。
ただ、とにかく、先生の泊地棲姫を守るために、悪い奴らと戦いたいと言っている。
「吹雪さん、如月さんの体調の方は…」
「はい、今はもう杖ついて歩けるようになりましたよ。
泊地さんみたいな素敵な女性になりたいって、頑張っていました」
泊地の問いに吹雪が答える。
送迎バスの中で、バスが揺れるたびに、身体の痛みを訴えていた如月である。
その時は、ベッドから足を降ろすだけでも、大変な思いをしていた。
如月の回復は、泊地になによりも大きな希望を与えてくれた。
「泊地さん、今日は休みましょう」
ブリュンヒルデが泊地に布団をかける。
彼女もまた疲れた顔をしていた。
人形として作られた戦闘兵器、それは彼女達に対する人権侵害だろう。
吹雪たちは別荘の中にある1室で休むことになった。
ブリュンヒルデも他のメイデン達と一緒に休んでいる。
その日の夜は静かであった。
泊地は、いつか見たような景色を再び見ていた。
病室で見たのと同じような天井。
今回は如月の代わりに、吹雪たちがいる。
同じ景色でも、人がいるのといないのとでは大違いである。
人がいると、ほっとする。
でも、この日の夜は1人静かに過ごしたい夜であった。
そもそも泊地は、深海自治区にいた時から、いつも1人で夜を明かしている。
いつもの夜に戻っただけである。
そして朝。
吹雪達艦娘、ブリュンヒルデが泊地のいる部屋に集まり、
昨日と同じように待機している。
「泊地さん、調子はどう?」
「だいぶ疲れはとれたわ。足の動きも良くなったし、
手のグーパーも良い感じよ。じゃんけんしてみる?」
声をかけてきた吹雪に手を突き出す泊地。
その時、ドンドンとドアをノックする音がする。
顔をあげる一同。
「どうぞ…」
泊地がノックの主に言う。
「…!」
身構える吹雪達。
「姉さん、無事だったみたいだね」
入ってきたのはヲ級であった。
艦娘の前で両手をあげるヲ級。
「まぁまぁ、君達と戦う気はないヲ。そもそも戦う意味がないヲ。
私が鎮守府と飛行場姫姉さんとの間の仲介をやってきたヲ。
これでようやく戦闘は回避されたヲ」
ヲ級はおそらく飛行場姫と一緒に戦場にいたはずである。
飛行場姫が出動するという事は、
ヲ級を含めた大艦隊が結成されていたであろう。
ヲ級がやれやれといった表情で話を続ける。
「鎮守府側の連合艦隊だけど、…金剛の馬鹿力が旗艦をやっていたヲ。
どう投げ飛ばしてやろうか考えてた所に、いきなり戦闘中止のお知らせだヲ。
せっかく通信講座で合気術身に着けたのに、受講料が無駄になったヲ」
いや、無駄にはなっていない。マッスル町子姉貴を投げ飛ばすほどの腕前である。
ヲ級には武術の才能があるようである。
「まぁ、金剛との決着はまた別の機会にするヲ。ところで…」
もじもじするヲ級。
「間宮のあんみつってのを食べてみたいヲ」
こうして、泊地たちはしばらく別荘で待機し、泊地の体調回復を待つ事となった。
泊地たちの元には、鎮守府界隈の情報がちょくちょくと入ってきていた。
飛行場姫と長門秘書官との間で戦闘中止の合意がなされ、
続いて深海自治区長と鎮守府提督の間でトップ会談が行われた。
両者の間で和平協定が結ばれ、海域再画定は取りやめとなった。
軍法会議は見送りとなり、長門秘書官の取った鎮守府制圧クーデターは、
お咎めなしという事になった。
同時に、鎮守府はHCLI社のメイデン・システムを正式に導入。
使用は、災害救助などの、平和的用途に限られる事となった。