京都、関西呪術協会の総本山のさらに奥。
とてつもなく広い屋敷の部屋の中で、一人の男が跪いていた。
「申し上げます。関西魔法協会の西洋魔法使い達は最終防衛線を突破。ここ、総本山に向けて進撃中であります」
跪いている男が、絶望的な状況を知らせる。
「敵の総数——およそ百」
その部屋の奥には簾に覆われた空間があり、そこから老人のため息が漏れた。
「……本国でAクラス、またはAAクラスによる混成部隊。儂らの小飼いの術者では足止めにもならんとはな……」
数日前、関西呪術協会の一員である天ヶ崎夫妻が、西洋魔法使いによって殺されるという事件が起こった。
メガロメセンブリアの魔法使いにより行われた犯行は、瞬く間に関西に衝撃をもたらし、元々険悪だった両者の関係に火種を放り込む形となる。
今回の事件は、メガロの元老院の一人が功を焦り、関西を滅ぼしたという功績をあげるために企んだものであった。
小康状態にあった両者の間で、西洋魔法使いが関西の術者を殺すという事件は、戦争のきっかけとなるには十分だった。
いたる場所で小競り合いが起きる。
やられたからやり返す。それの繰り返し。
関西呪術協会と関東魔法協会は、もう引き返せないところまで来ていた。
伝令が去った後、薄暗い部屋に残されたのは老人だけ。
「大和……大和はおるか」
「此処に」
その部屋に、五木大和がどこからともなく現れる。
「今の状況は把握しておるな」
「はい、当主様」
簾の奥に潜む老人、彼こそが現代の五木家当主、五木元蔵。
実質的な戦闘力は少なかったものの、その類い稀なる政治力を用いて五木家の地位を向上させてきた老獪。
そして、大和の実の祖父でもある。
「ならば話は早い。大和よ、お主の力で西洋の魔術師どもを蹴散らしてこい」
「……」
「どうした、何か不服でもあるのか」
跪き、下に顔を向けた大和は、苦しそうに声を出す。
「……戦いは、避けられないのですか……」
「無論だ。そもそも、先に手を出してきたのは向こうの方。今更矛を収めることなどできはせぬ」
「しかしっ!」
「一番最初に西洋魔法使いに殺された、確か天ヶ崎といったか? その娘も哀れだのう。葬式の時、二人の遺体に縋り付いて泣いていたそうではないか」
「……っ」
「大和よ、状況は最早引き返せぬところまで来ているのだ。奴らの狙いは青山家と近衛家、お主は青山の御三方と親しかろう。彼らを守るのがお前の役目だったはずだ。何を躊躇うことがある」
「それは……」
「詠春殿や鶴子殿はまだ未熟だ。今の彼らでは百のAクラス魔法使いを相手にするのは不可能。だが、既にいくつかの卍解にまで至ったお前ならば、西洋魔術師とも渡り合えるだろう」
詠春や鶴子は将来の武を約束されてはいるが、現時点では戦力として大きな期待はできない。
それ以前の問題として、彼らは青山家の者。
いわば総大将だ。
大将自らが戦争に参加するようなリスクの大きい行為、関西からしたら認め難く。
「……私の縛道を使えば」
「不可能だ。今回の敵は殺さずに済むほど甘くはない。そもそも縛道は敵を長時間拘束するのに向いてはおらん。そんなことはお主も重々承知のはずであろう」
「……」
大和は黙り込む。
なんだかんだと言い訳をしたところで、結局大和には人を殺すだけの覚悟が無いだけの話。
そして、それを見抜けぬ元蔵ではない。
「やはり、お前には甘い部分が枷となるか」
「……申し訳、ありません」
大和自身、自分が甘いことは自覚している。
自分が戦場に出なければ、他の誰かが代わりに戦場で死ぬことになるのだろう。
それならばいっそ、最初から大和が敵を皆殺しにすれば、少なくともこちらの犠牲は抑えられる。
——そこまで分かっていても、大和は人を殺すことを、受け入れることは出来ず。
「……今のお前を戦場に送ったところで、戦力としては期待できぬな」
思わず大和は顔を上げる。
「ふむ、まあ関西の今の勢力からいって、お前を無理に出す必要もないな。他の分家などから戦力を徴収すれば、十分に奴らに対抗できるであろう」
無論、犠牲は出るであろうがな、と言葉を続ける。
元蔵のその言葉を聞いた時、大和は不覚にも安堵した。
誰かを救いたいという願望は、確かにある。
だが、大和は未だ十三歳。
味方を守るために敵を殺せと言われても、簡単に頷くことはできなかった。
「お前は五木家の切り札でもある。そうおいそれと出すわけにもいかんしな。今回の戦では分家から兵を集めるとしよう」
大和は自己嫌悪に駆られながらも、異議を唱えることができない。
「それに、ここ最近の分家の成長振りならば、Aクラスの魔法使いと云えどもそうそう引けをとるまい」
……不意に、嫌な予感がした。
「彼らならば、その身に変えても京都を守護するであろう」
自らの第六感が叫ぶ。それ以上言わせるなと。
「ほれ、なんといったかな、急に力をつけてきた分家の娘」
だが、元蔵の言葉は止まらず。
「——葛葉刀子のような才能ある者達が集まれば、奴らに対抗することもできるであろう」
葛葉刀子。
ふとしたことから縁ができた女の子。
自分の修行場に迷い込み、泣きながら剣を振っていた。
最初は見てみぬ振りをしようとした。
しかし、滝の下で泣いているその子をどうしても放っておけず、つい声をかけてしまった。
葛葉刀子と名乗ったその子から話を聞けば、どうやら宗家である五木家からの八百長が絡んでおり、そのことで家族と衝突したという。
そこまで聞いた時、思い出したのだろうか、彼女は再び泣き出しそうになる。
なぜだろうか、出会って間もないにも関わらず、大和はその子の泣き顔が見たくなかった。
家に帰った大和は、宗家の嫡男であるという立場を利用して、試合を中止に追い込む。
今まで人の言うことには逆らわない、優等生だった大和の最初の反逆だった。
それからというもの、毎日その修行場に通いつめた。
彼女は青山家の三人とも打ち解け、身分の差など気にしない関係にもなれた。
共に修行し、共に遊んだ。
自らの夢も語った。
笑顔の似合う、優しい女の子だった。
その彼女が、戦場に出る?
自分が戦わないせいで?
Aクラスの魔法使い達と殺し合いをさせられるというのか?
大和はゆっくりと立ち上がる。
自らの策が上手くいったことを察した元蔵は、簾の奥でほくそ笑んだ。
「そこに戦装束を用意しておる。衝撃、防刃性能に優れた『死霸装』といわれるものだ。それを着ていくがいい」
その部屋の出口付近に、全てが黒に覆われた着物が置かれてあった。
大和は緩慢な動作でそれを拾い上げ、その部屋を後にする。
その背中に、声が投げかけられる。
「——お前の力は殺すためのものだ」
一瞬だけ、足を止める。
だが、大和は言い返すこともなく、そのまま歩いていった。
その集団は、夜の闇に紛れ、森の中を進んでいた。
「まったく、たかだか小国の土着勢力一つのために、オレらが動く必要あるんすかね?」
その中の一人、軽薄そうな雰囲気を漂わせた男が言った。
「任務中の私語は慎め。もうここは既に敵地だぞ」
先頭を歩く男、恐らくはこの中でのリーダー格であろう男がたしなめる。
「へーへー、お固いこって」
軽薄そうな男はあまり反省している様子はない。
だが、それは周りの男達も同様であった。
彼らはメガロに雇われた殲滅部隊。関西を滅ぼすために組織された手練たちだ。
Aクラス、もしくはAAクラスの戦力だけで集められた、一流の戦闘者達。
軽薄そうな男にしても、一人で村一つぐらいは焼き尽くせる程の力を持っている。
それほどの力を持った彼らだが、現在は大して緊張しているわけでもなく、どこか弛緩した空気が流れていた。
それもそのはず、彼らは既に関西の術者と幾度か交戦しているが、まったく手応えを感じなかったのだ。
こちらは一人で数人を相手にすることができる。
それほどの実力差があり、なおかつ、この山は百の味方が包囲しているのだ。
集中しろ、という方が無理な話である。
リーダー格の男が何度か注意を促すが、部下の男たちは大して聞いていなかった。
——なんの前触れも無く、リーダー格の男の頭が、吹き飛ぶまでは。
「……へ?」
首の無い体がゆっくりと自分達の方へ倒れてくる。
そしてその男から、思い出したかのように大量の血が吹き出て、後ろの男達の体を濡らした。
「お、おい……」
リーダーのすぐ後ろにいた、屈強な肉体を持つ魔法使いが呆然と近づく。
そして、今度はその魔法使いの胸に風穴が空いた。
「っ、敵襲だっ!!」
ここまでの時間、僅か数秒。
それだけの時間で魔法使い達は現状を認識し、戦闘態勢に移る。
「あがっ」
「ゴフっ」
だが、死の連鎖は止まらない。
何が起こっているのか把握する前に、体の急所のどこかが欠けていく。
しかも、立ち直りの早い、場馴れしている人間を優先的に狙っているらしく、魔法使い達はすぐに体勢を立て直すことができない。
「狙撃だ! 全員、円陣を組んで障壁を展開しろ!」
彼らが障壁を展開し、戦闘態勢に入るまでに、半数である六人の仲間が犠牲になった。
自分達にできる最硬の障壁を展開した瞬間、障壁に敵の攻撃が衝突。
(これは、雷の槍か!?)
彼らを襲っていた攻撃は破道の四——白雷。
雷の槍を相手にぶつけるという初級の鬼道であるが、その異常なまでの収縮率により、最早|電磁砲(レールガン)と言える代物になっていた。
おまけに完全詠唱破棄で放たれるので、発動を見極めた時には体に風穴が空いている。
その攻撃を見た魔法使い達は顔を蒼ざめ、慌てて障壁に追加の魔力をつぎ込む。
だが、
「ぶっ手切れ、馘大蛇(くびきりおろち)」
その声が聞こえるのと同時、大きい刃の突起が幾つもある巨大な刀が障壁を喰い破り、三人の首を飛ばした。
残り三人となった魔法使い達は呆然と目を見開く。
粉々になった障壁の向こうに見えるのは、真っ黒な着物を着た子供。
彼らの目には、その光景がひどく現実味のないものに映った。
子供の口が僅かに開く。
——九人
彼らはそれが、この少年が今まで殺した仲間の数だと理解した。
「う、うあああああアアアアアアアア!!!!!」
残り三人の内の一人が恐慌状態に陥る。
命の危機に瀕した男は、反射的に最も使い慣れた魔法である、魔法の射手を連続で発動させた。
「|魔法の射手(サギタ・マギカ)! 連弾(セリエス)・|光の30矢(ルーキス)!」
魔力によって編まれた光弾が、黒い着物を着た少年へと飛来する。
だが、当たらない。
見たことのないステップを踏み、曲線的な動きで光弾を回避していく。
あっという間に懐まで踏み込まれ、最後の足掻きとばかりに杖を振り回すが、スコッという間抜けな音と共に、刃の突起が頭に突き刺さった。
「『来れ雷精、風の精! 雷を纏いて吹きすさべ南洋の嵐! 雷の暴風!』」
その隙にもう一人が上位魔法を起動。雷と風の嵐が、少年を飲み込んだ。
「や、やった、これで終わ」
り、という前に、彼の首が飛ぶ。
少年がとった戦法は単純。かわして、回り込んで、首を切り落としただけである。
これで、残りは一人。
「……嘘だろ、なんだよ、この化け物」
最後に残った魔法使いである、軽薄そうな男が呟く。
彼が生き残ったのは単純に運だ。
立ち直りが早いわけでもなく、すぐに反撃したわけでもない。
そして運良く最後まで生き残った彼だったが、これからも殺されないほど運がいいとは思っていない。
即座に反転、自分の杖に跨り、脇目も振らずに逃走を図る。
——掻き毟れ、疋殺地蔵(あしそぎじぞう)
しかし、少年はそれを追撃。
さらに変化した斬魄刀にて、男の腕にかすり傷を負わせた。
男はかすり傷など気にも留めず、その場を飛び去ろうとするが、不意に手足に違和感を感じる。
(手足が、動かない!?)
男は杖のバランスをとることができず、木に衝突して地に落ちる。
それでも這いずって逃げようとするが、その足に刀が突き立てられた。
「づ、ああああアアアアァァァァァ!?」
おかしい。
手足が動かないのはまだ分かる。
斬られた時に麻酔かなにかを体に入れられたのだろう。
だが、それならば痛覚も消えるはずだ。
だというのに、彼の足は燃えんばかりの苦痛を訴える。
彼が混乱の極みに達していると、背後から少年の声が届いた。
「——お前らの勢力と配置を教えろ」
その声に、慈悲や慈愛は一切存在しなかった。
足に刀を突き立てられた男は、無意識に喋った。自分達の標的、勢力、その配置にいたるまで。
刀がゆっくりと引き抜かれる。
助かった、そう安堵する男の胸に、刀が突き立てられて——
——十二人。
「た、助けっ」
「ああああぁぁぁぁあああ!!」
その部隊はパニックに陥っていた。
——刈れ、風死(かぜしに)
その声が響いた瞬間、風切り音がしたと思えば、一対の鎖でつながった特殊な刃の形状をしている鎌が飛来。まとめて数人の命を刈り取った。
魔法使いとしてだけでなく、魔法戦士としても訓練を受けた男もおり、この攻撃に反応するものも確かに存在した。
高速回転しながら飛来する鎌を、引きつけてかわす。
その一連の動きは洗練されており、Aクラス魔法使いの実力の高さが垣間見える。
——だが、木の幹に鎖が引っかかり、大回りしながら戻ってきた鎌に、その首は刈り落とされた。
「どっから攻撃が飛んできているんだ!?」
「それよりも障壁を張るのを優先しろ!」
「だ、誰か、俺の腕が……」
風切り音がするたびに、確実に仲間が死んでいく。
そんな異常な状況に統制などとれるはずもなく、混乱が混乱を呼ぶ。
鎌は鎖を最大限に使い、不規則な動きで先読みを許さない。
気が付けば、一人の男だけが残り、その周囲の人間は全員命を散らしていた。
ヒュン、ヒュン。
「ひっ……」
戦意を喪失した男の耳に、死を呼ぶ風切り音が届いた。
咄嗟にその方向を見る。
そこには真っ黒な着物を着た少年が、まるで死神の如く鎌を回して立っており——
その瞬間、飛来した鎌に、命を刈り取られた。
——二十八人。
「おかしいな、他のグループと念話が通じない」
そのグループはかなりの大所帯だった。
補給、支援を専門としたメンバーが多く、その護衛も含めると三十人を超える。
その中で、連絡を担当している魔法使いが首を傾げた。
「念話が通じないだと?」
「ああ、スコットとアルクがリーダーの班だ。この二つの班に念話が届かない」
「ふむ、何かトラブったか、それとも戦闘中か……」
その二つの班の全員が殺されているなど、考えてもいない。
だが、その思考はすぐに覆される。
——卍解、狒狒王蛇尾丸
直後、巨大な蛇の骨がグループのど真ん中を突っ切り、その直線上にいた人間のことごとくを圧殺した。
二つに分断され、呆然と蛇の骨を見上げる魔法使い達だが、場馴れした彼らはすぐに正気を取り戻す。
「敵襲だ! 全員戦闘態勢に移れ!」
「ちきしょう、よくも仲間たちを!」
突如現れた蛇に対し、その胴体に向かって攻撃魔法を放つ。
『雷の暴風』『闇の吹雪』『魔法の射手』などの攻撃は、的確に骨の関節部分に命中し、バラバラにすることに成功した。
「やったぞ!」
蛇の骨を解体することに成功し、沸き立つ魔法使い達。
だが、その分かたれた関節部分が発光していることに気がついたのは、ほんの数人だった。
「おい、まだ終わっていない!」
「は?」
——狒牙絶咬(ひがぜっこう)
人の脊髄を模したかのような骨。
一つ一つの関節が人間サイズである。
その関節部分が、突如として近くの魔法使いへと飛ぶ。
「……あれ?」
呆然とした声が響く。
彼らの内の大多数が、骨の突起により心臓を貫かれていた。
解体された刀身を相手に突き立てる技、狒牙絶咬。
その技をかわすことができたのは、このグループのリーダーを含めた三人だけ。
彼らは発光する関節に脅威を感じ、一斉に空へと逃れたのだ。
だが、彼らに襲い来る脅威は、未だに終わってはいない。
「関節が、繋がっていく……!」
空から見下す彼らの目に映ったのは、地上でどんどん関節が結合していく蛇の姿。
「マズイ、地上に降りるぞ! ここじゃ的になる!」
リーダーの指示が飛び、残り二人の魔法使いもそれに従う。
しかし、時既に遅く、
「うあああっっっ!!」
「ぎゃあぁぁあぁぁ!!」
元通りに復元し、空中を泳ぐように移動する蛇に、一人はその胴体に薙ぎ払われ、もう一人は口に挟まれる。
凶悪なまでの顎の力により一瞬で魔法使いは咀嚼され、バラバラの手足が森へと落ちていく。
一人だけ残ったリーダーも、蛇のスピードには劣っており、地上に降りる前に顎にくわえられた。
「障壁……展開!」
それでも諦めずに障壁を展開し、咀嚼されるのを防ぐ。
彼の全魔力を注ぎ込んだ障壁は十二分にその力を発揮し、蛇の顎の力にも負けぬものだった。
このまま凌ぎきることができれば、と思考する男だったが、口の奥に、巨大な気の輝きを目にし、凍りつく。
——狒骨大砲(ひこつたいほう)
障壁などまったく意に介さぬ一撃が放たれ、死体も残さずに男は消えた。
——五十九人
「だめだ、他のグループと念話がほとんど繋がらない!」
「どうなってんだ! こんな島国にオレ達に対抗できるヤツらがいるなんて聞いてねぇぞ!」
総本山に侵入している魔法使い達も、ようやく異常事態に気がついた。
念話が通じないだけならまだしも、魔力を索敵できる人間が、味方の魔力反応がどんどん消えていくのを報告し、全体の指揮官を務める男は決断した。
分散していたいくつかのグループを集結させ、混乱を鎮めた。
現在は、全員で総本山の青山家と近衛家を目指している。
索敵要員に、限界まで周囲の警戒をさせ、不意打ちを防ぐためである。
不審な反応があれば、そこに向かって絨毯爆撃。
この作戦は功を奏し、報告にあった黒い着物の少年の迎撃に成功した。
隠れていた森ごと爆砕され、魔法使いの前へとその姿を晒す少年。
一定の距離を置き、少年と魔法使い達は向き合う。
「報告にはあったが、本当に少年だったとは……」
指揮官が思わずといった具合に声を漏らす。
こんな年端もいかぬ子供を相手に、自分達は半数以上の味方を失ったなどと、にわかには信じられることではない。
「大人しく投降してくれれば話は早いのだが……その気はないようだな」
「……」
少年は何も答えない。
ただ、髪の間から覗く目は、この不利な状況下においても、諦めの色を見せてはいなかった。
「全員、上位魔法起動用意!」
指揮官の指示を受け、戦闘要員の魔法使い達が、一斉に起動キーを唱える。
「——発射!!」
数十発の上位魔法が、まるで覆い尽くすかのように少年に迫る。
「縛道の三十九——円閘扇(えんこうせん)」
少年の前方に、気で編まれた円形の楯が出現する。
その楯を展開したまま、少年は上位魔法の嵐の中に突っ込む。
すべての魔法が集中する現在地点にいるよりも、それより前に突っ込んだ方がよいという判断だ。
「っ、くっ」
だが、それでも上位魔法の威力は凄まじい。
円閘扇はみるみるうちに削られていき、その身は焼かれ、焦がされ、傷ついていく。
体にいくつもの怪我を負いながらも、少年は魔法の嵐を突破した。
「打ち砕け、天狗丸!!」
少年の前にいるのは、魔法を放ったばかりで無防備な魔法使い達。
このチャンスを逃すまじと、少年の刀が変化、巨大なトゲ付きの金棒になる。
「う、おおおおおおお!!!」
それを全力で振り回し、敵を滅殺せんとする。
しかし、
「第二陣、障壁展開!」
突如として現れた障壁に、轟音を鳴らしながらも止められてしまう。
目を見開き、驚愕を顕にするが、敵はその隙をつかないほど甘くはない。
「『魔法の射手』、多重起動! この少年を寄せ付けるな!」
光、風、雷、炎、水、闇など、様々な属性を備えた魔力弾が少年へと迫る。
それらを薙ぎ払い、かわし、逸らしながら少年は距離を取らざるを得なくなる。
そして、この統制の取れたグループは、今までの敵とは違うことを感じ取っていた。
「今のもしのぐとは、末恐ろしいな」
指揮官が、しゃがみこむ少年に声をかける。
「だがこの人数差だ。いかに優れた戦闘力を有していようと、数の暴力には抗えん。降伏することを勧める」
指揮官の、冷徹な声が響きわたる。
「——青山家と近衛家の人間を引き渡せ。そうすれば、命だけは保証しよう」
少年は聞こえているのかそうでないのか、ゆっくりと立ち上がった。
少年の一挙手一投足に、全員が息を飲んで集中する。
そして、少年は刀を前方に突き出す。
思わず身構える魔法使い達だが、その予想は裏切られる。
少年は刀の切っ先を地面に向け、そのまま手を放したのだ。
(観念したか……)
思わず安堵する指揮官と魔法使い達。
しかし、彼らの予想はまたしても裏切られる。
地面に落ち、そのまま突き立つと思われた刀が、なんの抵抗もなく地面に吸い込まれていったのだ。
そして同時に、少年の気が爆発的に高まる。
——卍解、千本桜景厳(せんぼんざくらかげよし)
足元から巨大な千本の刀が立ち上るという絶景を目にし、魔法使い達は状況も忘れて魅入った。
「吭景(ごうけい)・千本桜景厳(せんぼんざくらかげよし)」
「——いかん、全員障壁展開しろっ!!」
真っ先に我を取り戻した指揮官。
彼は自らの第六感に従い、全方位に向けて障壁を展開させる。
——その直後、桜色の濁流が魔法使い達を襲った。
「な、なんだよコレはっ」
「ヤバい、障壁を抜かれちまう!」
最早彼らの目には桜色しか見えない。
三百六十度、球体の内部に包まれるかのごとく、無数の斬撃が覆い尽くしていた。
(不味い、このままでは術者の魔力が持たん! 一人でも力尽きればその時点で終わりだ! 何か、何か打開策は……!)
指揮官は必死に頭を回転させるが、このような状況は想定したことがない。
まさか子供がこれ程の力を持っているはずがないという、自らの思い込みが招いてしまったミスだった。
(一体、どうすれば……!)
考える指揮官の肩に、そっと手が置かれる。
振り返ってみればそこには、真剣な顔をした一人の男。
彼と最も長い付き合いである、この部隊の副官だ。
その副官が口を開く。
「——このままでは持ちません。せめて、貴方だけでも脱出してください」
「っ、ふざけるな! お前たちを置いていけるわけないだろう! 第一脱出する方法など、どこにも……」
「いえ、あります」
そう言って、副官は彼の胸に何かを押し付ける。
指揮官の胸元で発光する、その紙は——
「これは、転移魔法符!?」
「すみません。私には、こんな形でしか貴方に恩を返せない」
彼が子供の頃から面倒を見ていた男だった。
戦災孤児だったのを拾い、魔法の技術を教え込んだ。
戦闘者として、人を殺すことを強いてきた。
——ずっと、恨んでいるのだと思っていた。
「や、やめ」
「——生きて、ください」
副官の泣き笑いのような表情を最後に、彼はその場を飛ばされ、桜色の濁流が全てを飲み込んだ。
——九十九人
少年が飛ばされた指揮官を見つけた時、彼は夜空を見上げていた。
「来たか……」
「……」
少年は周囲を見渡す。
彼にとって、この場所は特別だった。
流れ落ちる滝、足元の砂利、周りの森も、昨日までと何も変わっていなかった。
「逃げようかとも思ったのだがね……逃げたところで、どうするのだと思い直したのだよ」
指揮官の男がこの場所に飛ばされたのは偶然だ。
しかし少年は、変わらない周囲の景色が、自分を責めているように感じた。
少年がゆっくりと口を開く。
「——降伏しろ」
「断る。私は一部隊のトップだ。降伏したところで、生きては帰れないだろう」
そう言って、指揮官の男は杖を構える。
「それに、今の私には形容しがたい感情が渦巻いていてな。君と戦わねば、それが収まりそうにないのだ」
攻め込んでおきながら、自分勝手だとは思うがね、と付け加える。
それを聞いて、少年は無言で刀を構える。
両者ともに動かない。
木々のざわめきだけが、周囲を支配する。
先に動いたのは指揮官の男。
詠唱を始め、攻撃魔法を発動させようとする。
だが、長年指揮ばかりを担当し、魔法を自ら使うことはほとんどない彼の詠唱は、悲しいほど遅く。
——少年の刀が、彼の胸に突き立つ方が、遥かに早かった。
ぽたり、ぽたりと、赤い雫が垂れる。
それは刀を伝い、少年の手をも赤く濡らす。
指揮官の男の体が、ゆっくりと傾いでいく。
やがて刀が抜け切る頃、男の口が僅かに動いた。
すまない、リオン——
彼の体は完全に倒れ、河原の石を赤く、紅く、染め上げていく。
「……」
血塗れた刀を持つ少年——大和は、静かに肩を震わせる。
結局、こうなってしまった。
お伽噺のように、ハッピーエンドになると思っていた。
しかし、これが現実。
人を救いたいだの言っておきながら、今日大和は百人の人間を殺した。
目の前に横たわるこの男にだって、大切な人はいたはずだ。
その証拠に、彼は誰かの名前を呼びながら死んだ。
不意に、元蔵の言葉が蘇る。
——お前の力は、人を殺すためのものだ。
「ち、っくしょうがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
思い出の場所を、血が染め上げていく。
——この日から、彼は人のために剣を振るうことをやめた。