帝国へと帰還した大和は、敵の情報収集などを全てをテオドラに任し、自分はその圧倒的なまでの戦闘能力を使うことに専念した。
大和ほどの力をもってすれば下っ端の敵など生け捕りにすることは容易かったが、それでも人質をとられるなどをして、自らの手を汚すこともあった。
人を斬った日、その夜は例外なく吐いた。
その度に、自分はなんと弱いのだろうと自嘲する。
その様子を見ていたテオドラも大和の身を案じ、もういい、戦わなくてもいいのだと言った。
だが、大和は諦めなかった。
むしろ人を殺すことに慣れるのを忌避していた。
人を殺すことに罪悪感は感じているし、それを許されようとも思っていない。
だが、胸の中に残る、一つの約束。
自分の夢。
大勢の人を救う、お伽噺の中の英雄になりたい。
——ただ、それだけは忘れないように努めた。
そして月日は流れ、とうとう運命の日が来る。
「不気味なくらい静かだな、奴ら」
「なめてんだろ。悪の組織なんてそんなもんだ」
オスティアの空中王宮最奥部『墓守り人の宮殿』。
それを一望できる崖の淵に立つ『紅き翼』に、セラスの伝令が届けられる。
「ナギ殿! 帝国、連合、アリアドネー混成部隊、準備完了しました!」
「おう、ご苦労さん」
「あ、あああのナギ殿! も、もしよろしければサインをしてはもらえませんでしょうか?」
セラスの催促により、ナギは淀みない動作でサインを書き上げる。
((((練習してたな))))
セラスは受け取ったサインを感動の目で見ていたが、ふと気付き、こう言った。
「『剣の王』は今回の戦いには参加しないのですか?」
その言葉に、『紅き翼』の面々は顔を見合わせる。
「アイツ、今は帝国の上層部に入り込んだ『完全なる世界』と戦ってるんだろ、お師匠?」
「そうらしいの。時間がかかりそうと言っておったし、来度の戦には間に合わなかったようじゃな……」
『剣の王』こと、五木大和の不在を知り、セラス達の顔が曇る。
だが、
「おいおい、俺がこんな大事な場面で来ないわけがないだろ?」
セラス達の背後から、いつもの飄々とした声が届いた。
「大和君、間に合ったのか!?」
「ええ。少し手間取りましたが、帝国にいた連中はほとんど逮捕しました」
黒い着物に、腰に下げた一本の刀。
以前とまったく変わらない様子で五木大和が合流した。
「ケッ、テメェなんざいなくても余裕だっての」
「久しぶりだな、四人共」
ナギの絡みを軽快にスルーし、『紅き翼』のメンバーに声をかける。
「まったく、こんなタイミングで登場とは、貴方も役者ですね」
「帝国での仕事を終わらせてから速攻で来たんだ。狙ってたわけじゃねえよ」
そこで大和は『墓守り人の宮殿』に目を向ける。
「……なるほど、召喚魔共がうじゃうじゃ出てきてやがるな。『紅き翼』が内部に突入し、周りの軍隊がそれを援護する作戦か」
「うむ、お主もワシらと一緒に来るか?」
ゼクトの誘いに、大和は少し考えてから首を振った。
あれほどの数の魔族と戦うとなれば、混成部隊にはかなりの犠牲者が出る。
大和はそれを避けたかった。
「いや、俺は周りの魔族達を全滅させてから合流する。それまで負けんじゃねえぞ?」
「テメェが来る頃には終わらしてやるよ」
「上等だ」
大和とナギは顔を見合わせて不敵に笑う。
それを見たセラスは、この二人がいれば大丈夫だという確信を持った。
「さて、まずはド派手に数を減らしてやるか」
——卍解、雀蜂雷公鞭(じゃくほうらいこうべん)
大和の右腕に、ハチの下腹部を模したような照準器付きの砲台が出現。
その異様な武器に、その場にいた全員が無意識に一歩後ずさる。
彼らの本能が『コレはヤバい』と警告していた。
大和はそれを、魔族の群れが守護する『墓守り人の宮殿』へ向ける。
「コイツは、二撃決殺の始解状態の時ほど甘くはねぇ」
金色の蜂の針が、ミサイルの如く飛翔する。
凄まじいスピードで飛ぶ砲弾は、魔族の群れを簡単に突破。『墓守り人の宮殿』に着弾した。
そして、
——一撃必殺。
その場にいた全員の髪を逆立てるほどの大爆発が起こった。
「わ、わっわわわ」
セラスは爆風に吹き飛ばされそうになり、咄嗟に近くの建造物にしがみつく。
あの『紅き翼』でさえ、今まで見たことのない規模の破壊力に瞠目した。
爆風による粉塵が晴れ、現れた光景に、全員の口があんぐりと開く。
——『墓守り人の宮殿』の三分の一が消滅していた。
それを見た大和は一言。
「……やりすぎた」
「「「「「「うおおおおおおおい!!??」」」」」」」
大和の額から一筋の冷や汗が流れる。
「いや、滅多に使わない卍解だったから手加減の仕方がよく分からなかったんだ」
「というか姫子ちゃんまで巻き込まれてんじゃねえだろうな!?」
「いや、まあ、魔法無効化(マジックキャンセル)もあるし、大丈夫じゃね?」
「大丈夫じゃねえええええええ!!!」
その頃の『墓守り人の宮殿』内部。
「くっ……申し訳ありません、どうやら私はここまでのようです」
建物内部にて、一人の男が倒れ伏していた。
水の使徒である彼は、強大な気の反応を感知すると同時に、転移魔法を多重起動。
自分と仲間の従者達、そして主を含む五人を爆発の範囲外へと飛ばした。
しかし、ただでさえ複雑な転移魔法を即座に、しかも五人もの人数を転移させた代償は大きく、彼は転移と同時に倒れた。
「おい、大丈夫か!?」
水の使徒と特に親しかった火の使徒が駆け寄る。
「……すまない、私はここまでのようだ。お前が、アーウェルンクス様をお守りしろ」
「そんなことを言うな! そんな、まるで最後の言葉みたいな……!」
火の使徒は必死に彼を抱き起こす。
そんな火の使徒の様子を見た水の使徒は薄く笑った。
「まったくお前は……いつまでたっても…………変わらな……」
その言葉を最後に、水の使徒の体から力が抜ける。
「う、お、おおおおおおおおおおおお!!!」
抱きかかえる体から力が抜けていくことを感じた火の使徒は、嘆き、怒りが篭った叫びを上げた。
それを見たアーウェルンクスはこう思った。
(いや、魔力が切れただけで、まだ死んでないけどね)
「ほら、お前らもさっさと行ってこい」
「色々と納得いかねぇ……」
ブツブツと文句を言いつつも、『墓守り人の宮殿」へと突入するナギ達。
大和の一撃により魔族達は数が激減していたが、それでも尋常ではない数だった。
「さて、俺はコイツらを掃除してからだな」
刀を天に向けて掲げる。
「——霜天に坐せ、氷輪丸」
その声と共に、戦場に闇が下りた。
「そ、空が……!」
セラスが、連合軍が、帝国軍が、アリアドネー軍が、魔族達でさえもが空を見上げる。
——天が鉛色の雲に覆い尽くされていく。
それは、まるで神話の中の出来事のようだった。
天相従臨(てんそうじゅうりん)。四方三里の天候を支配する、これこそが氷輪丸の真の力。
大和は振り返り、呆然としているセラスに告げる。
「援護はいいが、巻き込まれないように注意しろよ?」
そう行って、大和は獣のような笑みを浮かべる。
——卍解、大紅蓮氷輪丸。
「——最初から、全力で飛ばしていくからなッ!」
『墓守り人の宮殿』の内部にて、『紅き翼』とアーウェルンクス達が向かい合う。
「やあ『千の呪文の男』、また会ったね。これで何度目だい?」
今まで幾度となく杖を交わしてきた相手。
それを目の前にして、ナギは冷静だった。
「俺をその名前で呼ぶんじゃねえ。その名前はな、あの野郎をぶっ倒した時に改めて名乗る予定なんだよ」
大和との戦いの記憶は、ナギの中に色濃く残っている。
そして、その絶望感と反骨心は、確実にナギの力量を上げていた。
それはナギに限っての話ではない。
ラカン、詠春、アルビレオ、ゼクトもまた、かつての敗北を無駄にはせず、大和との戦いを通じて己を見つめなおしていた。
今の『紅き翼』は、才能にものを言わした戦闘集団ではない。
自分に出来ることを考え、どう動けばよいのかを即座に判断できるようになっていた。
「僕達もこの半年で君に随分数を減らされてしまったよ。それに、さっきの一撃で、僕の従者が一人戦闘不能になってしまったしね」
それを聞いたナギ達は目を逸らす。
アレを目撃してしまった彼らからすれば、かなり複雑な思いだった。
「五対四か。それじゃあ、お師匠は待機していてくれないか」
「確かにこちらの方が一人多いが……よいのか?」
「ああ、お師匠の手を煩わすまでもねえよ。俺たちの成長っぷりをしっかり見てくれ」
そう言って、ゼクトを除いた『紅き翼』が一歩前に出る。
彼らの顔を見たゼクトは、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
(まったく、いつの間にそんな顔をできるようになったのじゃろうな)
弟子と仲間達を案じる気持ちはもちろん存在する。
だがそれ以上に、ゼクトは彼らの戦いを見たくなった。
「無様な戦いを見せるでないぞ」
「おう、任しとけ!」
——今ここに、最終決戦の火蓋が切って落とされた。
「っ、危ないですね!」
アルビレオは、自らに向けて放たれた漆黒の豪腕をかろうじて回避する。
彼が戦う相手は影の使徒。
そして、自らにとって相性の悪い相手でもある。
なぜならば、影で作られる魔法には重量がほとんど存在していない。
アルビレオの重力魔法は物体の重さを数十倍にまで増やすことができる。
しかし、元となる質量がなければ、魔法はほとんど意味をなさない。
質量が存在しないのは火や風も同じだが、それらは大気ごと押しつぶすことで防ぐことが可能。
だが光や影といった魔法を重力で防ぐには、それこそブラックホール級の重力が要求される。
よって、敵の攻撃は回避か障壁で凌ぐしかなく、現在アルビレオは影の使徒を相手に苦戦していた。
「まったく、私は後ろでコソコソと戦うのが性に合っているのですけどね」
だが、軽口を叩くアルビレオの顔に焦りは無い。
彼もまた、大和との戦いを経験してから変わったのだ。
重力魔法は支援に向いているが、それだけではこれからの戦いで通用しないかもしれない。
そして、彼の選んだ方法とは。
「鬼道とは奥が深い。重力に特化した私ですら、この鬼道の習得に半年もかかりました」
アルビレオが詠唱を開始する。
「滲み出す混濁の紋章 不遜なる狂気の器 湧きあがり・否定し 痺れ・瞬き 眠りを妨げる 爬行する鉄の王女」
影の使徒がアルビレオの詠唱を止めるべく、影の巨人を生み出す。
影の巨人は質量こそ存在しないものの、魔力に覆われた腕を振り下ろされれば、それはそのまま攻撃力に変わる。
直撃すれば、体術の心得の無いアルビレオがどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
見上げんばかりの巨人が腕を振り上げ、アルビレオを圧砕せんと迫る。
「絶えず自壊する泥の人形 結合せよ 反発せよ 地に満ち己の無力を知れ」
だが、それよりも一瞬早く詠唱が終わり、
「破道の九十——黒棺」
突如出現した黒い長方体に、影の使徒も、巨人も、完全に呑み込まれた。
「時空が歪むほどの重力の奔流。大和直伝の鬼道です。あなたでは、理解することもできなかったでしょう?」
黒き棺が消えた後、巨人は消え去り、影の使徒もまた、全身から血を吹き出して倒れる。
——ここに勝敗は決した。
「神鳴流奥義、雷光剣!」
「『雷の暴風』!」
青山詠春と対峙しているのは雷の使徒。
神鳴流には雷を放出する技が多く、奇しくも雷を得意とする二人の対決となった。
大和には敗れたものの、詠春は青山家の中でも天才と呼ばれるほどの剣士であり、その技量は高い。
戦いは詠春が優勢のまま進んでいた。
「流石に手強いな、青山詠春」
「諦めて降参でもするつもりか?」
夕凪を青眼に構え、油断なく相手を睨みつける。
「いや、この短期間で腕を上げたことに感心しているだけだ」
だがな、と続ける。
「——強くなったのは、お前達だけではないぞ!」
叫ぶと同時、雷の使徒の体が発光する。
さらに体中から放電現象まで起き、魔力が全身に行き渡っていく。
青白く発光する敵に、詠春は警戒を強めた。
だが、集中していた詠春は、その知覚をあっさりと乗り越えられ、背後から一撃を食らった。
「が、はぁっ!」
背中に強い衝撃。
その衝撃は肺にまで届き、体の中の酸素を強制的に吐き出させられた。
ダメージは残っているが、詠春は現状把握を優先させる。
詠春はあの時、瞬きすらしていなかったにも関わらず、彼の目にはまるで敵が消えたように見えた。
次の瞬間に背後からの攻撃。
さらに、先程の魔力と放電現象を鑑みれば、答えは一つ。
「……雷化か」
「その通り。お前達に対抗するべく、私達も力をつけた」
言葉を交わす最中にも、詠春の身体には傷が増えていく。
雷のスピードは、音速などとは桁が違う。光速の世界だ。
常時雷化こそ会得していないものの、物理攻撃は通用しない。
攻防共に高いバランスのとれた術式だ。
向かい合う詠春と雷の使徒。
だが、その距離は最早ゼロと等しい。
幾多の怪我を負い、圧倒的に詠春が不利な状況だが、その目はまだ死んではいなかった。
「……気に入らん目だな。まだ隠し玉を持っているわけでもなかろうに」
「隠し玉ね……お生憎様だが、とっておきのが残っている」
「なに?」
「あの男に勝てたのは昨日のことだったからな。実戦でいきなり使うのは少し怖いが、それも致し方ない」
「……お前、何を言っている?」
もう詠春の耳に、敵の言葉は入ってこない。
自分の内に、深く、深く、沈んでいく。
その様子を見た雷の使徒は、絶好の機会だというのにも関わらず、一歩も動くことができなかった。
——まるで、目に見えぬナニカに、気圧されているかの如く。
詠春は夕凪を真っ直ぐに突き出す。
そして叫んだ。
「——『斬月』!!」
直後、膨大な量の気が詠春の体から吹き出した。
「むっ、ぐ」
詠春の気に押され、雷の使徒は後ずさる。
そして彼が目にしたモノは。
「なんだ……それは……」
詠春の持つ刀。ただの野太刀だったはずのそれが、変化していた。
柄が無い。鍔も無い。刀としてまともな形を成していない。
まるで、鍛え上げた刀をそのまま武器として鍛冶場から持ち出してきたかのよう。
どう考えても上手く扱えるはずがない。
あれならば、以前の方が刀として洗練されていた。
第一、雷化してしまえば一切の物理攻撃は効かない
——だというのに、何故、自分はあの刀を恐れているのだ。
詠春が刀を大上段に構える。
明らかに間合いの範囲外。そこから振ろうとも、絶対に当たらない。
だが構わず、上から下へと、真っ直ぐに振り下ろす。
「月牙天衝——」
刀が、詠春の気を喰らう。
そして斬月は、気を糧として巨大な斬撃を具現化する。
その光景たるや、まさに三日月。
雷の使徒は、自らに迫る脅威にようやく我を取り戻す。
(ッ、雷化!)
反射的に全身を雷へと作り替える。
自らを褒め称えたいほどのスピードでの発動だった。
この時点で雷の使徒には物理攻撃の全てが通用しなくなっている。
この斬撃がどれほどの威力を有していようと、当たらなければ関係ない。
雷の使徒は、斬撃が自分の身体を通り抜けていくであろう未来を確信した。
だが、その未来は、容易く打ち砕かれる。
「——弐の太刀」
いかなる防御も許さぬ三日月が、雷の使徒を圧砕した。
「私にも年長者としての意地がある。あの時のように、大和君にだけ全てを背負わせることはさせない」
「オラオラオラァァッッ!!」
「うおっ、コイツ気合がすげえな!」
拳打の応酬を繰り広げるのは、ジャック・ラカンと炎の使徒。
「よくも、よくもアイツをやってくれたなぁっ!!」
「アイツって、ひょっとして大和の攻撃に巻き込まれたってヤツか? 俺関係なくね?」
「やかましいわぁ!」
色々と誤解しながらの戦闘だったが、それでも火の使徒の怒りは確実に攻撃力へと変換されていた。
「うわっとっと、こりゃ結構ヤバい雰囲気だな」
一撃一撃が岩をも砕くような威力。それが雨あられとばかりに襲いかかって来る。
さすがのラカンも捌ききることができずに、数箇所まともに食らってしまう。
ちゃっかり同じ分だけやり返しているが。
「これはこれで楽しいけどよ、キリがねえな」
そう言って、ラカンはついこの間習得した必殺技を繰り出すことを決めた。
一度大きく下がって距離をとる。
「よっしゃあ、最後はカッコ良く決めてやるぜ!」
ラカンは腰を落とし、気を体中に送りつける。
火の使徒はラカンの尋常ではない気の量から、大技が来ることを予測し身構えた。
気合を溜めている間に攻撃することもできるだろうが、この戦いは火の使徒にとっては弔い合戦。
(主には悪いが、私はコイツらを正面から打倒してみせる!)
ラカンの気が爆発的に膨れがり、そして——
「……やべえ、必殺技の出し方忘れた」
沈黙が場を支配する。
ラカンは冷や汗をダラダラ流し、火の使徒は完全に無表情だ。
そして火の使徒は一歩ずつラカンに近づいていく。
——その両腕に、煉獄の炎を纏わせながら。
「ちょ、ちょっと待て! 今の無し! タンマ! やり方思い出すまで待ってくれよ!」
相変わらず無表情のまま火の使徒はラカンに近づく。
「ええいくそっ、アレはどうやって出すんだけっけか。えーっと、こうか!」
無意味に力を溜めたり、奇妙なポーズをとるラカン。
もう二人の距離は半分になっていた。
「だーっ! 俺様としたことがこんな所で凡ミスかよ! せっかくスゲェ技ができたのに!」
喚いても結果は変わらず、どんどん距離を詰められる。
そして、ラカンは結局、
「ああもう何でもいいからなんか出ろやぁぁっっ!!」
——ヤケになった。
しかし、元々ラカンは頭で考えて動く人間ではない。
新しい技に関しても同様、感覚を優先させたからこそたどり着けた。
火の使徒の拳が迫るその瞬間、ラカンは完全に適当に術を発動させる。
そして、ラカンの上半身の服が弾け飛び、火の使徒の拳を片手で止めてみせた。
「危ねえ危ねえ、やっと成功したぜ」
「なっ……」
火の使徒の口から驚愕の声が漏れる。
自らの拳を止められたことではない。
ラカンの背中と両肩に、恐ろしいほどの気が纏わりついている。
あまりの気の密度により、ラカンの上着が千切れて飛んだ。
「大和の鬼道を参考にして、それを拳に乗せれば俺最強じゃね? っていう発想から思いついた技だ。中々スゲェだろ?」
そう言って、ラカンは空いている右の拳を固めた。
彼の腕は白く練り上げられた鬼道で覆われている。
以前にこの技を見た大和は、呆れた声でこう呟いた。
——まさか、自力で『瞬閧(しゅんこう)』に至るヤツがいるとはな。
ラカンは右の拳を振り抜く。
彼の拳打からすれば、それはかなり緩やかな速度であったが、鬼道の方は違った。
ほんの少し指向性を持たされただけで、堤防が決壊するかの如く溢れ出す。
それは火の使徒を呑み込み、壁を破壊し、なお止まらない。
まさに形を持った『暴力』そのものだった。
結局、瞬閧は『墓守り人の宮殿』を突き抜け、外に出るまで止まることはなかった。
「さっすが俺様。これで大和にリベンジだな!」
「……あの馬鹿、瞬閧の先に人がいなかったからよかったものの、巻き込まれたらどうするつもりだったんだ」
自分のことは棚に上げて、大和は愚痴る。
現在、大和は魔族達の群れのど真ん中にいた。
それというのも、あまりにも敵の数が膨大だったため、一気に終わらせてやろうという考えだった。
「セラス! 全軍の撤退は完了したか!?」
「はい、この付近では私以外は撤退しました!」
「というかお前はなんで残ってんだよ! お前もそのまま退けばよかったろうが!」
「私はこれでもアリアドネー部隊を任されています! 貴方を見捨てるわけには……」
「今から大技放つから邪魔だって言ってんだよ!!」
怒鳴りつけながらも、セラスに群がっていた魔族達を蹴散らす。
そして大和はセラスを片手で抱き寄せた。
「ちょ、大和殿!?」
「黙ってろ。絶対に俺から離れるな」
憧れの英雄に抱き寄せられ、さらに『離れるな』などと言われたセラスは赤面する。
そんな状況ではないのだが。
大和は天に向けて、氷輪丸を掲げる。
——その時、戦場にひとひらの雪が舞い降りた。
その雪は風の影響を受け、まるで桜の花びらのように空を舞う。
そして、その雪が魔族に触れた瞬間、巨大な氷の華となり覆い尽くした。
セラスは大和の腕の中で目を見開く。
このような技は見たことも聞いたこともない。
さらに、天相従臨により現れた雲から、どんどん雪は降り続けていた。
雪の花びらは不規則な軌道を描き、触れた魔族達を瞬時に凍りつかせる。
セラスの目には、まるで花びらが魔族の命を吸い取り、花を咲かせているかのように見えた。
——氷天百華葬(ひょうてんひゃっかそう)
「すごい……」
確かにこれならば味方にも被害が出かねない。
セラスは自分がかなり危険な場所にいたのだと気付き、今更ながら顔を青くする。
そんなことを考えている内に、この周辺の魔族達は全て氷の華に覆われ、まるで氷のバラ園の中にいるかのような錯覚を抱かせた。
「ほら、今の内にとっとと部隊に戻って指揮をしろ。まだ遠くでは別の部隊が戦っているぞ」
「は、はい!」
大和の腕から脱出し、自らの指揮する部隊へと帰還しようとするヘラス。
それを見て、大和も別部隊の援護に向かおうとする。
その瞬間、『墓守り人の宮殿』から大和に向けて閃光が放たれた。
「ッ、やば」
一目見ただけで分かった。
この閃光は違う。
あのアーウェルンクスですら、この光を放つことは不可能。
もっと、そう、この光は別次元のものだ。
(だが、ギリギリかわせる)
大技を放った直後の気が緩んだ瞬間を狙ったのだろうが、それは計算違いだ。
この程度のことで油断するほど大和は甘くない。
瞬歩を使って回避しようと試みる。
「あ……」
だが、その直前で気がついた。
自分の後ろで、セラスが閃光を見て硬直している。
完全に固まっており、あの体勢からの回避は不可能。
この状況を打開すべく、大和の頭はフル回転を始める。
そして弾き出した結論は、
「破道の八十八——飛竜撃賊震天雷砲!」
防御も回避も不可能。
ならば迎撃により、少しでも威力を削る。
結論から言うと、その作戦はある程度成功した。
大和は背後のセラスを守りきることができた。
「大和殿!?」
——砕かれた氷の竜と共に、大和が堕ちていくことを引き換えにして——