「……っ、ぐ」
「大和殿!? 目が覚めたんですか!?」
激痛に顔をしかめる大和の視界に広がったのは、見慣れぬ天井とセラスの顔だった。
「ここは……」
「オスティアの艦の中です。戦いが終わった後、一番近くにいた艦隊に救助を求めました」
「他の奴らは……戦いはどうなった?」
「覚えていないのですか?」
そう聞かれ、大和に最後の記憶が蘇る。
——ナギの槍が、『造物主』を貫いたことを。
「そうか……俺達は、勝ったのか」
「はいっ。『造物主』を倒した後に魔力無効化の力場が展開されましたが、それも反転術式で抑え込みました!」
大和は起こしかけていた体をベッドの上に落とす。
痛む両腕で顔を覆った。
「終わったのか……」
「はいっ……」
セラスの目から涙が溢れる。
「全てが終わりましたっ……」
「そうか……」
「世界は救われました……」
「ああ……」
「私が今ここにいるのも、貴方のおかげです」
「……」
「本当に、ありがとうございました」
ベッドの上の大和に、深々と頭を下げる。
純粋な感謝の眼差しを向けられ、大和は気まずそうに顔をそらした。
「いや、別に……」
「いえっ、貴方に抱きかかえられたり、庇われたりしなかったならば、私は確実に死んでいました!」
自分で言いながら少し恥ずかしかったのか、赤面するセラス。
二、三回ほど深呼吸をして、心を鎮める。
「あのっ、その、それで、べ、別に吊り橋効果とかそんなんじゃなくてですね! わ、私は——」
その時、部屋の扉がコンコンとノックされた。
身を乗り出した体勢でフリーズするセラス。
「入っていいぞ」
「うむ、失礼する」
扉を開けて入ってきたのはアリカだった。
「よう、久しぶりだな王女さん」
「ああ。今回の戦いではお主のおかげで、兵達の犠牲がかなり減らされた。礼を言う」
そう言ってアリカは大和に頭を下げる。
それを見た大和は照れくさそうに頬を掻く。
「……さっきも言おうと思ったが、俺は自分のために戦ったのであって、別にお前らのためじゃ……」
「それでもじゃ。民の犠牲が減ったことには変わりない」
一国の王女が頭を下げ続けるという場面を見せられて、セラスの頭の中はパニックになった。
(え、ええええええええ!!?? こ、これってどういうこと!? 大和殿も平然としてるし!? 二人は以前からの知り合いだったの!?)
内心でテンパっているセラスを見て、アリカは咳払いをする。
「すまんが、少し席を外してもらえぬだろうか」
「へ、あ、はいっ」
いくらアリアドネー部隊の隊長といえども、王女に席を外せと言われて否とは言えない。
頭の中が疑問で埋めつくされ、フラつきながら部屋を出ていった。
セラスが出ていったことを確認した二人は話を再開する。
「他の『紅き翼』達は無事なのか?」
「うむ。ジャック・ラカンと青山詠春が重傷ではあるが、命に別状はない」
「そうか。そいつはなにより」
そう言って、大和は体を起こす。
「——で、本題はなんだ?」
「……」
「アンタが戦後処理を放って、わざわざ俺のところまで来たんだ。なんかトラブったんだろ?」
「……その通りじゃ」
アリカは話す。
自分達の勝利、それがどんな代償の上に成り立ったのかを。
「なるほど……オスティアの崩落か」
「ああ、わらわは世界を救う代わりに自国を滅ぼす」
「……そうか」
まともな判断力を残した人間ならば、当然の決断だ。
そもそも反転術式を発動させなければ、そのままオスティアは滅びていた。
最善の道は、あの時点で存在しなかった。
アリカは次善の道を即座に選んだだけだ。
アリカに責任などない。
「アンタ、それでいいのか」
「……いいわけ、なかろうがっ!」
オスティアの王女が吠える。
「わらわとて、最後まで他の道を探した!」
「誰が好き好んで自国の民を死なせようか!」
「だが、他の道など存在しなかった!」
「これしか、これしかなかったのじゃ……!」
言い切ったアリカは、俯いて肩を震わせる。
それを見た大和は一つの決意をした。
「なあ王女さん。一つ、とびっきり素敵なプランがあるんだが、乗るかい?」
大和の語る作戦。
それは悪魔の契約。
契約したが最後、二度と安らかに過ごせる日は来ない。
そして、アリカは——
セラスは艦内を散策していた。
大した怪我はしておらず、部隊の指揮権もアリアドネーからやってきた援軍に譲渡済み。
ぶっちゃけ暇だった。
しかし、セラスは悩んでいた。
(王族であるアリカ殿に、敬語も使っていなかった……や、やっぱり二人はただならぬ関係!?)
まるっきり見当違いである。
(どうすればいいのでしょう……アリカ殿に勝てる要素がまったく見当たりません)
セラスは悩み続ける。
一人で百面相をしながら廊下を歩くセラスだったが、通りかかった人が避けていることに気づいてはいない。
(うう、このままじゃ落ち込むばかりです。外に出て頭を冷やしましょう……)
トボトボと歩き続ける。
セラスが大和を憧れるようになったのは、グレート=ブリッジの戦いよりさらに前だった。
アリアドネーに所属しているセラスは、闘技場の警備を担当したことがある。
その時に見てしまったのだ。圧倒的強者というものを。
氷の竜を操り、ジャック・ラカンを子供のようにあしらった大和。
衝撃を受けた。
自分と大して年が変わらないというのに、彼はどれほどの高みにいるのだろうか。
それからというもの、セラスは大和の噂を追いかけ始める。
グレート=ブリッジで『紅き翼』を撃破した。
当然だろう。
テオドラ第三皇女の護衛として、闘技場から引き抜かれた。
彼ほどの力ならば、国も放っておくまい。
そして、彼を追いかける理由は、少しずつ変わっていき——
甲板に出たセラスは新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
この艦は王都オスティアに向けて飛行中であり、眺めも最高だった。
いい場所を見つけ、思わず顔を綻ばせる。
しかし、次の瞬間に凍りついた。
「や、大和殿!? どうしてこんなところに!?」
——自分の想い人であり、命の恩人でもある五木大和が甲板にいたからだ。
「ん……ああ、セラスか」
大和はボンヤリとした目をセラスに向ける。
「どうしてこんな場所に来ているんですか! 貴方は今絶対安静なんですよ!?」
「ああ、悪い悪い。すぐに戻るよ」
「……大和殿?」
ここで、セラスはようやく大和の様子がおかしいことに気がつく。
大和は一瞬だけセラスに目を向けたものの、またすぐに外の光景を眺め始めた。
だが、セラスが違和感を感じたのはそこではない。
今の大和は、隙だらけなのだ。
それこそ、セラスですら倒せそうなほどだった。
いつもは抜き身の刀のような雰囲気を放っていたにも関わらず。
「どうか、なさったのですか?」
「いや、ちょっと外の空気を吸いたくなっただけだ。今から戻る」
そう言って、大和は甲板の手すりから離れた。
そのままセラスの横を通り過ぎ、艦内に戻ろうとする。
「ま、待って下さい!」
大和が自分の横を通り過ぎようとした時、セラスは思わず大和の手を握りしめた。
「……なんだ?」
「え、あ、その」
思わず止めてしまったものの、セラスにこれといった用事はない。
強いていうならば大和の様子が気になったからなのだが、流石にそれは用事としては苦しい。
(な、何を言えば……)
さらにテンパる。
そして、反射的に口から出てしまった。
「好きです!」
「え……?」
大和がセラスの顔を見る。
そして、セラスは自分が何を言ってしまったのかをようやく自覚した。
(あわわわわわわわわ!!?? わ、私は一体何を!?)
だが、時既に遅し。
吐いた言葉は飲み込めない。
(ああ、色々と終わりました……)
雰囲気もなにもあったものではない。
こんな告白が受け入れられるはずもないだろう。
セラスは目を閉じ、大和の言葉を待った。
しかし、予想とは違って、頭に手の感触。
「え……」
しばらく硬直してから、ようやく頭が回りだす。
(頭、撫でられてる……?)
恐る恐る目を開ける。
すると、本当に大和に頭を撫でられていた。
「ありがとな」
大和は、笑顔だった。
「お前の気持ちは素直に嬉しい」
しかし、セラスにはやはり違和感しか感じない。
「でも、すまない」
まるで今にも泣きだしてしまいそうな、そんな顔。
「俺なんかのことは忘れて、新しい出会いを探してくれ——」
——振られたことよりも、大和がそんな顔をしていることの方が、心に刺さった。
『紅き翼』の面々の治療は終わり、ラカンと詠春も出歩けるほどには回復した。
その後、離宮島にて終戦の式典を執り行い、オスティア市民の大部分がナギ達を祝福してくれた。
——ただ、その場に大和の姿はなかった。
ナギ達は現在、離宮島をぶらついている。
「ははは。ボロ雑巾みたいだぜ、ジャック」
「ま、俺と詠春はヤツの攻撃を至近距離で食らっちまったからな。名誉の負傷ってヤツだ」
「それにしても、ゼクト殿のことは残念だったな……」
「戦争だったんだ、そういうこともあるだろ。敵も味方も大勢死んだ」
「……いや、お師匠は」
ナギはゼクトのことを話そうとしたが、アルビレオに止められる。
(今はまだ話すなってことか……)
「おいナギ。それより姫さんとはどうなったんだよ?」
ラカンが暗い空気を変えるためか、おどけた調子で聞く。
「……別に、なんもなかったっつの。式典が終わってからは一度も会ってねえし」
「本当かー?」
「暑苦しいから顔を寄せんな」
「詠春、貴方の刀はずっとその形態のままなのですか?」
「ああ、コイツは常時解放型というタイプらしくてな。正直持ち運びに苦労している」
そんなやり取りをしていると、近くの建物に備え付けられたモニターが目に入った。
(あれは……今回の戦いでの戦死者のリストか)
人の名前が順番にスクロールされている。
気がつけば、いつの間にか周囲の人たちは黙祷を捧げていた。
ナギ達もそれに習う。
——ニコラス
——ヒューバート
——ネヴィル
——シーザー
——エドワーズ
——ルーファス
——ゼクト
その名前が出た時、『紅き翼』のメンバーは皆、顔を伏せた。
(お師匠……)
ゼクトがどうなったのか、本当に知っているのはナギとアルビレオだけだ。
しかし、もうゼクトが戻ってこないという意味ならば、ラカン達も間違ってはいない。
『紅き翼』もオスティア市民も、英雄を失った悲しみに心を痛める。
だが、その次にスクロールされた名前に、『紅き翼』は目を見開いた。
——五木大和