——大戦より十数年後。
京都、総本山にて。
「長、お願いします! 私に神鳴流を教えて下さい!」
「刹那君……」
「私はこのちゃ……お嬢様が川で溺れた時、何もできませんでした……だから、強くなりたいんです! 次は守れるようになりたいんです!」
近衛家の屋敷にて、桜咲刹那が詠春に頭を下げていた。
「……刹那君、貴方は木乃香の友としてよくやってくれていると思います。しかし神鳴流を修めるとなると、木乃香との時間もあまり取れなくなるでしょう」
「はい」
「神鳴流の修行は厳しい。途中で断念する者も、残念ながら少なくありません」
「はい」
「それでも、決心は揺るがないのですか?」
「はい!」
ついこの前、木乃香が川で溺れるという事故があった。
幸い命に関わるものではなかったが、その時の無力感は今でも刹那を苛んでいる。
(もう、あんな思いは二度としたくない……!)
刹那の決意の固さを感じ取ったのか、詠春は目を閉じたまま頷いた。
「わかりました。刹那君にはこれから神鳴流の一員として、修行に参加してもらいます」
「ありがとうございます!」
刹那はより一層深く頭を下げる。
「……貴方になら、託してもいいかもしれませんね」
「え?」
ここで待っていて下さいと告げ、詠春はその部屋を後にする。
数分後に戻ってきた詠春は、その手に一本の刀を携えていた。
その刀はあちこちが古びていたものの、汚れや埃は無く、入念な手入れがされていることを伺わせる。
詠春は刀を刹那の前に置いた。
「この刀は私の友がかつて使っていたものです。年代物ですが、造りは頑丈ですので受け取って下さい」
「そ、そんな貴重な刀を私などに渡してよろしいのですか?」
「貴方は木乃香を守ると誓ってくれた。私の友もまた、人を守ろうとする誇り高い人物だったのです。この刀は貴方にこそ相応しいでしょう」
刹那はおずおずと刀を手に取る。
子供の手にはずっしりと重く、ゆっくりと引き抜かれた刃は差し込んだ陽光を反射した。
(綺麗や……)
思わず見蕩れてしまう。
「あの、この刀に名前はないのですか?」
「名前は付けられていませんでしたが……刹那君が名付けますか?」
詠春に問われ、刹那は少し考え込む。
「失礼ですが、この刀を使っていた人の名前を聞いてもいいでしょうか?」
「……大和、という名です」
「ならば、私はこの刀の名を『大和』としたいと思います!」
何故だろうか。
——まだこの刀に主として認められていないと、刹那はそう感じた。
「私、一生懸命修行します! そしてこの刀に相応しい剣士になって、お嬢様をお守りしてみせます!」
だからこそ宣言する。
たとえ今は弱くとも、いつか必ずこの無骨で、そして美しい刀に認められるような使い手になってやると。
刹那が出ていった後の部屋で、詠春は願った。
「大和君……どうか、彼女達を見守って下さい」
その願いは、未来で確かに聞き届けられる——
《第一章 終》