《全く、湖に投げ込まれたエクスカリバーもこんな心境だったのかね……》
「ほ、本当にごめんなさい。まさか貴方が前の持ち主の人やったなんて……」
《……別に、もう気にしていない。それよりも柄の中までちゃんと拭けよ。目釘の抜き方はわかるな?》
「は、はいっ」
現在、刹那は『大和』をバラバラに分解して河原に並べていた。
刹那は刀を滝壺にぶん投げた後に正気に戻り、詠春から託された大切な刀を捨ててしまったことに気がついた。
すぐに取りに行こうかと思ったがしかし、やはり怖いものは怖い。
結局、回収する決心をするまで十分程の時間を要した。
もちろんその間、大和は滝壺に沈んだままだった。
そして回収した後も問題発生。
大和に散々怒鳴られて、刀に頭を下げ続ける人間という珍しい構図を経た後、刀のあちこちに浸水していることが判明したのだ。
とはいえ、水の中に沈んでいたのだから当然とも言えるが。
このままでは錆び付いてしまうとのことで、刹那は刀のメンテナンスをすることを命じられたのだった。
「えっと、その、大和さん?」
《なんだ小娘》
「どうして刀になっているのか、聞いてもいいですか?」
《断る》
一刀両断。
即座に断られ、刹那は涙目になる。
それを見てさすがに哀れに感じたのか、仕方ないといった風に説明を始めた。
《……昔、俺が生きていた頃だが、その時に少しばかり無茶をしてな。その代償として体を全て持っていかれた》
「か、体全部?」
《ああ。だが、魂は代償の対象外だったらしく、それだけが残ったんだ》
「そ、想像もつかへん……」
一体どれほどの事をすれば、体を全て失うなどという代償を払わねばならないのだろう。
刹那はそれを聞いてみたくもあったが、何故か話してくれないだろうという確信があった。
《本来、魂だけ残ったところでそのまま消えるか、悪霊化するかのどちらかしかない。だが俺の場合、運のいいことに、すぐ近くにとり憑く対象があった》
「それがこの刀やったん?」
《そういうことだ》
「それって、やっぱり妖刀……」
《ああ?》
「はうっ、ご、ごめんなさい」
完全に立場が逆転しているが、それを突っ込む人間はこの場にいなかった。
「これでよしっ、と」
《刀の手入れの方法はちゃんと覚えておけよ。お前のは色々と順序が間違っていたからな》
「すみません……」
《……まあ、毎日欠かさずに手入れしていたことは褒めてやってもいい》
「え?」
人に褒められることに耐性の無い刹那は、それが自分に向けられた言葉だと気付くのに数瞬の時間を要した。
そして、気付くと同時に真っ赤になって照れる。
「あう、あうう」
《……調子に乗るな。言っとくが、普段のお前の刀に対する扱いは結構雑だからな》
「あ、やっぱりそうですよね……」
《ああもういちいち落ち込むんじゃねえ!》
「あうっ、す、すみません……」
しょんぼりする刹那を見て、大和はため息をつく。
もし体があれば、頭をがりがりと掻いていただろう。
そして刹那がふと、考える。
(あれ、普段のことを知ってるってことは……ひょっとして)
あることに思い当たり、刹那の顔が青ざめる。
「あ、あああの、大和さん」
《何だよ》
「ひょ、ひょっとして、私の普段の行動も、その、見てたんですか……?」
刹那は修行の時を除けば、常に『大和』を持っていた。
それこそ、肌身離さずと言っていいほどに。
もしも最初から全て見られていたとしたら——
《見てたぞ。この間、お前が詠春さんの器を落として割ったこととかもな》
大和がごくあっさりと白状したことにより、刹那の呼吸が止まる。
《俺の刀を受け継いだ日に、はしゃいで振り回した挙句に『ざんがんけん!』とか叫んで岩に斬りかかったことも忘れてねえぞ。オマケに斬れずに刃毀れしたもんだから泣き出すし》
「わあああああああああああああ!!!」
《そういや一昨日もホラー映画見て泣き喚いていたな、お前。詠春さんの娘は笑って見ていたのに情けない》
「いやああああああああああああ!!!」
これまでの人生における黒歴史を全て見られていたと知り、刹那は顔を真っ赤にして叫ぶ。
《ああそうだ。寝るときに俺を抱くのも勘弁してくれ。夏場は蒸し暑い》
「ひゃああああああああああああ!!!」
《それともう一つ。いくらなんでも風呂場に俺を持ち込むのはやめてくれねえか。湿気で錆び付きそうになる》
「——きゅう」
羞恥心が限界突破し、刹那は倒れた。
《本当に、こんなのが主でいいのかね……》
少し早まったかもしれない。
そう思った大和は二度目のため息を吐くのだった。
《腕の振りだけに頼るな。もっと膝を使え》
「えっと、こうですか?」
《肘じゃなくて膝だ! ちゃんと聞いてんのかお前は!》
「あううう」
数分後、気絶から目が覚めた刹那は河原で素振りをしていた。
何故こんな状況になっているのかと言うと、目覚めた刹那に対し、大和がこう言い放ったからだ。
——お前の剣術、俺が指導してやってもいい。
《また握りが甘くなっているぞ。正しい握り方は教えただろうが》
「は、はい!」
《たとえ今は窮屈で振りにくかろうと、しばらく振り続けていると慣れる。それまでその型を維持しておけ》
「わかりました!」
大和の指導を受けて、かれこれ数時間。
刹那の剣術は劇的に、とまではいかずとも、かなり改善されていた。
鳥族とのハーフであるが故に身体能力に優れ、剣術のセンスもあったのだろう。
幼い刹那は大和の教えをスポンジのように吸収していった。
《力を篭めることと力むことは別だ。基本は脱力、それを一気に爆発させるイメージを持て》
「……」
《どうした?》
「……あの、一つ聞いてもいいですか?」
《何だ、言ってみろ》
何か剣術でわからないことでもあるのか、と大和は考える。
しかし、刹那からの質問は予想外のものだった。
「——どうして、ウチにここまでしてくれるんですか?」
《……ああ? いきなり何を》
「だって、ウチは弱くて、刀の握り方すらよくわかってなかったし」
《おい小娘、お前》
「それに」
大和の言葉を遮って、続ける。
「今までの私を見てきたんなら、大和さんも知ってるでしょう?」
——ウチが、化け物ってこと。
その呟きは、やけに大きく響いた。
《……》
「だから、別に無理をして私に付き合ってくれなくても、長に言えばもっと強い人のところに……」
《馬鹿かお前は》
「……え?」
《ああ、そういやお前は馬鹿だったな。忘れていた俺のミスだ》
「ちょ、ちょっと、大和さん?」
刹那からすれば、かなりの覚悟を必要とした言葉だった。
それがあっさりと馬鹿呼ばわりされ、戸惑ってしまう。
《ホラー映画すらまともに見れないヤツが化け物だと? ふざけてんのか》
「え、あ、その」
《第一、その映画を見た晩にお前、少し漏ら》
「わああああああああああああ!!! それは言わんといてええええええええええええ!!!」
思いっきり叫び、ハアハアと肩で息をする刹那。
《そんなヤツをどうやって怖がればいいんだよ。言っておくが、生前の俺は山一つぐらい簡単に消し飛ばせるぞ》
「や、山って……」
自分の刀の前の持ち主が規格外の人だったと知り、刹那が驚愕する。
そして同時に気づいた。
——ひょっとして、自分は今、慰められているのだろうか?
《そんなへっぽこのくせに、自分が化け物だなんて生意気言いやがって。せめて神鳴流の技の一つくらい覚えてから——》
「……」
《……おい、小娘?》
「あ……」
咄嗟に我慢しようとしたが、ダメだった。
表情は変わらぬまま涙が溢れ出し、握りしめた『大和』の柄に落ちていく。
《お、おい、急にどうした》
「ち、違っ……ひっく」
《なぜ急に泣く!?》
一度自覚してしまえば、もう手遅れだった。
今まで、誰にも知られずにいた秘密。
それを初めて受け入れられた感動と、喜びと、様々な思いが胸の中で混ざり合う。
そして、それらの感情は涙となって溢れ出した。
《ああもう俺が言いすぎた! 悪かったよ! だから泣くな!》
「ちゃ、ちゃうんです、ぐすっ、その、知られてから、受け入れられたの、初めてやったから」
慌てる大和の声が耳に響く。
彼に感謝を示したいのに、自分の中で上手く言葉にならない。
色んな感情が混じり合って、もうぐちゃぐちゃだった。
刹那は泣き続ける。
両手で刀を握り締めながら。
——決してその手を離さぬように。