——ならば、私はこの刀の名前を『大和』にしたいと思います!
——私、一生懸命修行します!
——そしてこの刀に相応しい剣士になって、お嬢様をお守りしてみせます!
それが、俺と桜咲刹那の出会いだった。
この身が刀となって、幾年が過ぎただろう。
最早時間の感覚など消えていた。
時折詠春さんが現れて、刀の手入れをして去っていく。それだけだった。
——だというのに。
「ざんがんけん!」
《ちょ、待て! 今のお前にそんな技を出せるわけが——』
俺の静止も聞かずに、小娘は硬そうな岩に刀を叩きつける。
「てやあぁっ!」
《ああああああああ!! 少し刃が欠けたああああああ!!??》
「た、大変や。長に貰った大事な刀なのに……」
《だったら少しは大事に扱えや!!》
——幼い娘一人に翻弄されていた。
「そ、そうや! こういう時は研いで直せば……」
《ああその通り! だから今すぐ詠春さんを呼んでこい!》
「ちょっと待っといてな。今すぐに直すから」
そう言って小娘は俺を茂みに隠し、駆け出していった。
数分後、戻ってきた小娘はどこから持ってきたのか、砥石を脇に抱えていた。
周りに詠春さんの姿は見えない。
(おい、まさか……)
俺の本能が警鐘を鳴らす。
この類の直感は外れたことがない。
すると案の定、小娘は俺の横に座り込むと、砥石を地面に設置して——
「うう、ごめんな。ウチが未熟なせいで……」
泣きながら、自らの手で俺を研ぎ始めた。
だが、こんな小娘に研ぎの技術があるはずもなく。
《ぐああああああああああ!!! ちょ、お前、それ側面を削ってるだけががががががががが!!!》
……こんな記憶はさっさと消去したい。
桜咲刹那はハーフである。
俺がそのことを知ったのは、小娘に引き取られて直ぐのことだった。
どうして俺がそんなことに気がついたのかと言うと——
「ふん、ふふん♪」
《……普通、刀を風呂場に持ち込むか?》
今現在、こんな状況だからだ。
小娘は風呂の中だからか、緩みきった顔で翼を洗っていた。
いくらなんでも油断しすぎだろ、と思わなくもない。
(ロリコンだったら喜ぶ光景なのかもな……)
だが生憎と俺はノーマルだった。
小娘の裸体如きに欲情するわけもなく、むしろ湿気による不快感に顔を歪めていた。
……顔など無いが。
その時、体を洗っていた小娘がシャワーのバルブを一気に開いた。
水が勢い良く溢れ、小娘の手から跳ねて飛ぶ。
「あ」
《ぎゃあああああああああ!!! 錆びるううううううううううう!!??」
……どうして詠春さんは、こんな子供に俺の刀を託したんだろう。
「ほらほらせっちゃん。今ええとこやでー」
「いやや! 怖いの見たない!」
《へえ、最近の映画はよくできてるな》
詠春さんの娘、名を木乃香と言ったか。
今はその娘と一緒にホラー映画を見ているのだが、中々の胆力だ。
この映画はかなりリアリティがあり、大人でも少し怖がるであろう場面ですら笑顔を絶やさない。
だが、
「うう……もういやや……」
俺の主は、半泣きで必死に画面から目を逸らしていたのだが。
俺は小娘と木乃香が共にいる所をあまり見ない。
いや、木乃香の方はなんだかんだと理由をつけて小娘と一緒に遊ぼうとする。
しかし、小娘が適当な言い訳を出して断ってしまうのだ。明らかに用事がなくとも。
小娘の寝言や、影で飛び交う噂話から判断するに、どうやら以前木乃香が川で溺れた時に、小娘が助けることができなかったらしい。
その体験から、普通に接することに罪悪感を抱いている、といったところか。
(馬鹿かお前は……)
気がつかないのか?
お前が誘いを断る度に、木乃香が悲しそうな顔をしていることに。
最近では、お前に話しかけることにすら勇気を振り絞っていることに。
——お前のその態度が、何よりも木乃香の心を傷つけていることに。
「あ、またあの幽霊が出てきた」
「いやあああああああああああ!!」
今日こうして一緒に映画を見ることも、木乃香が強引に約束を取り付けたからだ。
周りの大人達の話を盗み聞くに、どうやら木乃香は転校を控えているらしい。
その前にできるだけ、たくさんの思い出を作りたいという考えの現れなのだろう。
「もう勘弁してえなああああああ!!!」
「うふふ、怯えるせっちゃんもかわえーなー♪」
……多少、趣味が歪んでいるかもしれないが。
「すぅ……すぅ……」
《……暑い》
現在、俺は寝ている小娘に抱き枕のようにしがみつかれていた。
別に、寝ている時に何かに抱きつく癖があっても俺は気にしないが、その対象が刀とあっては流石に呆れざるをえない。
というか、そんな所を誰かに見られたらどうするつもりだ、この小娘は。
《ったく、布団を蹴飛ばすな。腹を冷やすぞ》
「ううん……」
俺の忠告を右から左に聞き流し、小娘は寝返りをうつ。
——俺の声は、誰にも届かない。
禁術とされる鬼道を使ったことにより、体の全てが消失。
魂だけギリギリ残ったものの、意識があるだけで何もできやしない。
刀を自分で動かすことなどできないし、ましてや声すら出せない。
今の俺は、正しく抜け殻だ。
力は無いし、理想も叶えてしまった。
もう俺には人を救う力など残ってはいないのに、どうして意識だけ残ってしまったのかと、考えることもあった。
「ぐう……むにゃ……」
——そんな考えが変わってきたのは、つい最近のこと。
(もう、この小娘が刀を託されてから三年か……)
どちらかというと、短かったと思える。
この小娘の起こす行動にはハラハラさせられっぱなしだった。
神鳴流の修行は苦しい。
基礎訓練をしている風景を眺めては、いつ諦めるのかとボンヤリ考えていた。
しかし、コイツは耐えた。
大の大人ですら音を上げるような苦行にもついていった。
——その光景を見て、頑張れ、と思うようになったのはいつ頃だっただろうか。
過去に思いを馳せていると、急に小娘が苦しそうな声を上げた。
「この、ちゃん……」
《……》
きっと、木乃香を助けられなかった時のことを夢に見ているのだろう。
寝息は乱れ、顔は苦渋に染まっていく。
見ている方が苦しくなるような表情だった。
だが、
「次は……絶対守るから……」
《……》
思わずため息をつく。
もしも俺に口が残っていたならば、きっと苦笑が浮かんでいただろう。
《まったくコイツは……》
——どうしてこうも、放っておけないのかね。
俺の意識が残った理由。
それはまだ分からない。
しかしその鍵は、ひょっとしたらこの小娘が握っているのかもしれないと、俺は思った。
「むにゃむにゃ」
《って、ヨダレを垂らしてんじゃねええええええええええええ!!!》