「さて、旅にでも出るか」
ヘラス帝国の某所にある宿屋、その二階の部屋で大和は決意した。
この国に来てからすでに半年ほど経過している。
初めて出た拳闘士の大会で優勝してからチャンピオンの座は譲っていない。そのおかげで得たファイトマネーはかなりの額になった。
旅の途中で路銀が尽きたことにより、この国で拳闘士なんていう職に就くはめになり、戦闘民族の筋肉ダルマに絡まれたりしたのも今ではいい思い出……になるわけがなかった。
「……さっさとこの国を出よう」
何故だか嫌な予感がするのだ。
筋肉ダルマにリベンジを挑まれてもめんどくさい。
手早く荷物を纏め、一階で宿屋の女将にチェックアウトしてもらおうと扉に手をかける。
コンコン。
今まさに扉を開かんとしたところで、ノックの音が室内に響いた。
「あのー、すみませーん。ここが五木様のお部屋だと聞いたのですがー」
「……」
嫌な予感がどんどん膨らんでいく。大和のこの手の直感は外れたことがない。
(さて、どうするかね……)
そして大和は決断した。よし、居留守を使おう。
抜き足でベッドまで移動し、寝転ぶ。
「あれー、いないんですか? 困ったなぁ、王様直々の招待なのに」
(王様直々の招待ぃ? 面倒ごとの臭いしかしねぇ)
その後、数分間ノックと呼び掛けが続いたが、徹底的に無視した。
時が経つほどに廊下からの声が涙声になっていったが、無視した。大和は図太い。
そしてやっと諦めたのか、鬱陶しいノックと声が消えた。
「さて、行くか」
扉を開けて廊下に出る。
階段を降りてチェックアウトをすまそうと歩きだした大和だったが、その階段から女将と騎士姿の女が上がってくるのを見て動きを止めた。
「「「……」」」
なるほど、女将の手にはマスターキー。それで開けようとしたわけね。
大和はUターンして部屋に入り、流れるような動作でベッド動かして扉を封じた。
「え、あ、ちょっと! 五木さーん! 五木さんですよねー!? お願いします、開けてくださーい!」
バンバンと叩かれる扉。知らねぇな。
「お願いしますー! 貴方を連れていかないと、今月のお給料カットされちゃうんですよー!」
へぇ、大変だね。
それじゃ窓から出るか。というよりなんで最初からそうしなかったのだろうか。
「来てくれないと、病気の妹の治療代にするはずのお給料がカットされてしまうんですー!」
「そうか、だが断る」
「ふえええええ!?」
宿泊費を部屋に残し、さあいざ脱出という段になった時、部屋の扉がベッドごと吹き飛んだ。
「くおらアンタ! こんなかわいい子泣かしてんじゃないよ! 男なら男らしくとっとと城にでも行ってきな!」
おい、女将がこんな武闘派だなんて聞いてねぇぞ。
——その後、紆余曲折を経て、結局俺は王城に行くことが決まった。
何なんだよ、あの女将の理不尽な強さは……。