ネギま!で斬魄刀   作:こごろう

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第十話

 

刹那は悠然と立ち構えている鬼に向け、走り出す。

 

鬼の目と鼻の先にまで迫った瞬間、大和が合図を出した。

 

 

《今だ! やれ、刹那!》

 

「縛道の二十一——赤煙遁(せきえんとん)!」

 

 

刹那の両手から赤い煙幕が吹き出し、鬼の視界を遮る。

 

煙幕により刹那は覆い尽くされ、鬼は攻撃目標を完全に見失った。

 

「くっ、まさか鬼道も操るとは……!」

 

鬼は即座に視覚を遮断。

 

その代わりに他の感覚をフル動員させて、刹那の動きを感知する。

 

刹那が鬼を倒せる唯一の手段である、参の舞——白刀。

 

いくら鬼でもあの技を喰らえばただでは済まない。

 

よって、鬼は研ぎ澄まされた感覚を使い、刹那の迎撃にその全神経を傾ける。

 

(どこから来る……右か、左か……上の可能性もありじゃな……)

 

時間が引き伸ばされていく感覚。

 

刹那が今の鬼に不用意に仕掛ければ、即座に反撃を貰うであろう。

 

この鬼はやはり、幾戦もの戦いをくぐり抜けてきた猛者であった。

 

一秒、二秒と時間が流れる。

 

そのまま数秒が過ぎ、鬼はようやく気づいた。

 

 

(あの娘の気配がしない……?)

 

 

鬼は目を開ける。

 

流れてきた風により煙幕が晴れ、そして鬼は自らの失態を呪った。

 

 

「やられたのう……」

 

 

煙が晴れた先に刹那の姿はなく、そして木乃香の姿もまた消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木乃香は刹那に横抱きにされ、森の険しい道を移動していた。

 

大の大人でさえ登るには難しい山道を、刹那は人一人を抱えたまま走って登る。

 

「せっちゃん……その髪の色……」

 

「……」

 

木乃香は混乱の極みに達していた。

 

ついさっきまで二人楽しく遊んでいたというのに、そこに絵本から飛び出てきたような鬼が現れ、そして自分の親友がその鬼と戦うという異常事態。

 

いくら木乃香がおおらかであるといっても限界がある。

 

既に木乃香の頭はパンク寸前だった。

 

「そ、そうや! せっちゃんはあの鬼に吹き飛ばされて、怪我を……急いで治療せな!」

 

「このちゃん、聞いてください」

 

親友の落ち着いた声。

 

その透き通った声色は、木乃香のパニックを一時停止させるには十分だった。

 

「今、ウチらはあの鬼に狙われてます」

 

「う、うん」

 

「鬼のこととか、ウチのこととか色々聞きたいことはあると思うけど……お願いします。今はウチのことを信じて、何も聞かないでください」

 

「……」

 

「絶対にこのちゃんはウチが守るから……!」

 

刹那の決意に満ちた表情を見て、木乃香は何も言えなくなる。

 

ただ、木乃香の中でこれだけははっきりしていた。

 

 

——自分を守るために、親友が傷つくのはいやだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《そろそろ追いつかれる。急げよ、刹那》

 

「はい!」

 

獣道すら無い山の中、刹那は『仕込み』を始めていた。

 

刹那の最終目標は木乃香を無事に連れて帰ること。

 

そのためには戦闘を避けて逃げ切れれば最善なのだが、それは不可能だった。

 

いくら気で強化している肉体といえど、人を抱えていれば逃げる速度も落ちる。

 

いざとなれば羽を出して逃げるという手もあるが、幼い刹那の翼では木乃香を抱えて飛ぶことは無理だ。

 

 

つまり、木乃香の安全を確保するには鬼を倒すしかない。

 

 

この『仕込み』もそのためのもの。

 

準備を終えた刹那に、大和は語りかける。

 

《戦いの前にこんなことを言うのは本意ではないが……木乃香への説明はどうする気だ?》

 

「……それは」

 

《目の前でこれだけドンパチやらかしたんだ。いくらなんでもCGで言い訳できる範囲を超えてる。……まあ、そんな言い訳する奴もいないだろうが》

 

大和は、刹那の迷いを見抜いていた。

 

木乃香に対し、今回の件をどう説明するのかという迷い。

 

正直に全てを打ち明けるのか、それとも記憶を消すなどして先延ばしにするのか。

 

迷いを抱えたまま刹那に戦ってほしくなかった。

 

《俺としては木乃香に説明すべきだと思っている。関西呪術協会の長である詠春さんの一人娘だ。先延ばしにするのも限界がある》

 

「それは……」

 

刹那は即答することができなかった。

 

無論、刹那もしたくて隠し事をしているわけではない。

 

洗いざらい告白して、楽になりたいという思いもある。

 

事実、裏の世界に関することだけであれば木乃香に教えた方がいいと考えている。

 

 

——それでもやはり、刹那に自らの出自を話す勇気はなかった。

 

 

「……すみません。今はまだ、決められそうにないです」

 

《別に、お前が謝るようなことじゃない。これは詠春さん達も含めた問題だしな》

 

こんなことを言い出してすまなかった、と大和は言う。

 

《俺が言ったことは忘れて、今は戦いに集中しろ。ここで木乃香が連れ去られたら元も子もない》

 

「はい……」

 

 

刹那は結局、迷いを振り払うことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

鬼は道なき道を登りながら、刹那達を探していた。

 

子供の足ではそう遠くまでは逃げれない。

 

鬼は刹那の足跡を辿りながら、もう少しで追いつけることを確信していた。

 

「さて、どんな策を用意しておるのか……」

 

戦いをすっぽかされたことに関して、鬼は刹那を恨んではいない。

 

油断した自分が悪いのであるし、それに逃げ切れないことは刹那も重々承知のはずだ。

 

つまり刹那は逃げたのではなく、自らを打倒するために策を張り巡らしているのだろう。

 

その策を鬼は正面から打ち破りたかった。

 

(ワシの悪い癖じゃが……もう直しようもないからのう。恨むなよ、狩谷)

 

鬼はさらに歩き続ける。

 

そしてある程度森が開けた場所まで来て、鬼はようやく見つけた。

 

木の陰から僅かにはみ出ている着物。

 

それは確かに木乃香の着ていたものだった。

 

「……」

 

鬼は無言で近づいていき、陰から見える着物に手を伸ばす。

 

そして手が着物に触れる瞬間、刹那の声が響きわたった

 

 

「縛道の一——塞!」

 

 

伸ばしていた右手が不可視の力により引き戻され、両腕が腰の後ろに強制的に回される。

 

さらに追い打ちをかけるかのような声が鬼の耳に届く。

 

 

「縛道の四——這縄!」

 

 

鬼の頭上より気で編まれた縄が現れ、鬼の体を拘束していく。

 

数瞬の内に鬼の体は這縄で雁字搦めにされて、その自由を失った。

 

鬼は頭上を見上げる。

 

そこには左手に這縄の先を持ち、右手に袖白雪を構えた刹那の姿。

 

木の枝から飛び降りた刹那は逆手に構えた袖白雪で、今まさに鬼を貫かんとしていた。

 

 

木乃香を囮にして、その隙に鬼道で拘束。

 

そして袖白雪で止めを刺すつもりなのだろう。

 

 

完全に動きを封じられた鬼は、刹那の奇襲を目の当たりにして、つまらなそうに呟いた。

 

 

「——所詮、子供の浅知恵じゃの」

 

 

鬼は二重にかけられた縛道を、いとも簡単に引きちぎる。

 

刹那の年齢で鬼道を扱えるのは驚嘆に値するが、それだけだ。

 

構成が甘く、鬼道衆のそれと比べてひどく脆い。

 

鬼の腕力を塞き止めるほどの力はなかった。

 

そして、空中にいる刹那は完全に無防備。

 

刹那の攻撃はいとも簡単に避けられ、代わりに鬼の右腕が刹那に叩き込まれた。

 

「っ、く!」

 

短い悲鳴と共に刹那は吹き飛び、二転三転と地面を転がってようやく止まる。

 

手応えは完璧。

 

カウンター気味に入った右拳は、刹那の体内に全ての衝撃を与えた。

 

一番最初のダメージも含めると、最早刹那に立ち上がるだけの力は残っていないだろう。

 

倒れ伏した刹那を見て、鬼は僅かに落胆の表情を見せる。

 

(どんな策かと思えば、ただの奇襲であったか……少し買いかぶりすぎたようじゃな)

 

鬼は刹那の下へと歩きだす。

 

たとえ子供といえど、戦士の目を宿していた者を見逃す気はない。

 

刹那に止めを刺すべく、一歩一歩近づいていく。

 

しかし、鬼と刹那の間に人影が割り込んだ。

 

 

「や、やめて! せっちゃんに手え出したらゆるさへん!」

 

 

木の陰に隠れていた木乃香が両腕を開いて鬼を止めようとする。

 

目に涙を溜め、必死に恐怖を誤魔化している姿を見て、鬼はため息をついた。

 

「嬢ちゃん。悪いことは言わん……下がってろ」

 

最後の台詞は殺気と共に発せられた。

 

大人ですら気絶しそうな程の、物理的圧力すら伴っている言葉。

 

木乃香は気を失うことは無かったものの、足の震えにより立っていることすらままならなくなった。

 

地面にへたり込んだ木乃香を悠々と跨いでいく鬼。

 

そして地面に倒れる刹那の前まで来て、鬼は口を開いた。

 

「何か言い残すことはあるかの?」

 

「っ……!」

 

地面に倒れ伏す刹那の目は、まだ死んでいなかった。

 

刹那は必死に立ち上がろうともがく。

 

しかし、右手に掴んだ『大和』を杖にする力すら残っておらず、虚しく地面に転がったままだった。

 

その刹那の姿を見た鬼は数秒瞑目する。

 

そして、心の中の躊躇いを消すと同時に右手を振り上げた。

 

 

一瞬の後に、刹那の命の灯火は消える。

 

それは、変えようのない運命だ。

 

ピンチの際に都合良くヒーローが現れるのはお伽噺の中だけ。

 

刀子は全力でこの場所に向かっているが、到着には十分はかかる。

 

どう転んでも間に合わない。

 

 

 

しかし、運命は覆される。

 

奇跡などではなく、他ならぬ刹那と大和の力によって。

 

 

 

「——ウチらの、勝ちや!!」

 

 

 

鬼の腕が降り下ろされる寸前に、刹那のボロボロの腕が持ち上げられる。

 

そして刹那は渾身の力を篭めて、袖白雪を地面に突き立てた。

 

 

 

——その瞬間、鬼を中心とした円が浮かび上がる。

 

 

 

落ち葉で巧妙に隠されていたその円は、青白い光を放ちながら鬼を包囲した。

 

「これは……まさかっ!?」

 

鬼にはこの現象に心当たりがあった。

 

自分の予測が正しいのならば、この場所にいてはただでは済まない。

 

鬼は咄嗟に脱出を試みる。

 

しかし、完全に油断していたがために初動が致命的に遅れてしまった。

 

 

——そして、鬼は巨大な氷柱に囚われる。

 

 

(やはり月白! まさか、遅延発動するとは……!)

 

 

初の舞——月白(つきしろ)

 

刀で地面に円を描き、その内部の天地全てを凍らせる技。

 

攻撃範囲がかなり特殊であり、使い所が難しい技でもある。

 

 

刹那はこの技を罠として使うことを考えついた。

 

 

あらかじめ刀で円を刻んでおき、範囲内に入った瞬間に発動。

 

口にするのは簡単だが、可能かというとそうでもない。

 

まず、鬼が円の範囲内に入らなければ意味がない。

 

大和の類い稀な戦術眼がなければ、ここまで正確に鬼を誘い込むことはできなかっただろう。

 

その上、ただ罠として設置しても反射的に避けられる可能性も高い。

 

だからこそ刹那は鬼の攻撃を甘んじて受けた。

 

相手が完全に勝負がついたと考えて、油断するのを待つために。

 

 

——しかし、それでも鬼にとって致命傷には成り得ない。

 

 

並の相手ならば簡単に凍てつかせ、粉々に砕く技だ。

 

だが、この鬼にとっては数秒間拘束されるだけに過ぎない。

 

すぐに鬼は内部から氷柱を破壊し、自由の身となるだろう。

 

 

 

 

「う、あああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

——目の前で立ち上がり、再び刀を構える存在さえなければ。

 

 

 

 

刹那はボロボロの体を無理やり起こす。

 

たった一度のチャンスを活かすために。

 

親友を、守り抜くために。

 

 

(見事じゃ……今度は味方として戦場に立ちたいものじゃのう……)

 

 

鬼の腹部に、袖白雪が突き立てられる。

 

体の内部が凍てついていく感覚を味わいながら、鬼はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼の輪郭が薄れ、消えていく光景を見て木乃香はようやく我を取り戻した。

 

「せっちゃん! 返事をしてえな、せっちゃん!」

 

木乃香は泣きながら、倒れている刹那にすがりつく。

 

刹那の髪は元の色に戻っており、直ぐ側に落ちている刀も以前の色彩を取り戻していた。

 

だが、その身に刻まれた怪我まで元通りになったわけではない。

 

鬼の油断を誘うために受けた傷は、深く刹那の体に刻まれていた。

 

「こういう時はどうすれば……そ、そうや、まずは血を止めんと!」

 

木乃香はうろ覚えの知識を使い、必死に応急処置を施す。

 

自らの質の良い着物を惜しげもなく破り、刹那の傷口に巻きつけていった。

 

溢れ出る血によって、着物は即座に赤く染まっていく。

 

それを見た木乃香はパニックの悪循環に陥っていった。

 

(どうすれば……どうすれば……!)

 

 

 

——だから、気づけなかったのだろう。

 

 

 

「おいおい、慙愧の旦那がやられたってのはホンマやったんかいな」

 

 

 

——自分達を取り囲む、鬼の群れに。

 

 

 

「え……?」

 

木乃香が気づいた時にはもう遅い。

 

見渡す限り完全に包囲されており、逃げ道などどこにもなかった。

 

「慙愧の旦那をヤッたんは倒れとる方みたいやけど……末恐ろしい子供やで」

 

「まだ十歳ぐらいやん。ホンマにこの子の仕業かいな」

 

「その刀に旦那の気が残っとる。間違いないやろ」

 

木乃香には、鬼達の会話をどこか別世界の会話のように感じていた。

 

ついさっきまで刹那と一緒に笑いあっていたというのに、あの鬼が現れてから全てが狂いだした。

 

まるでタチの悪い夢を見ているかのよう。

 

これが誰かの脚本だとしたら、書いた人はどれだけ意地が悪いのだろうか。

 

 

 

「——旦那を倒したやつを始末しろっていう契約やしな。こんな子供を手にかけるんは気い引けるけど、それもしゃあないか」

 

 

 

そう言って、巨大な刀を持った一体の鬼が近づいてくる。

 

木乃香は咄嗟に刹那と鬼の間に割り込んだ。

 

鬼の眼光を直視するのは二回目だが、たった二回で慣れるわけもない。

 

木乃香の足はすくみ、意思の力だけで立っているような状態だった。

 

そんな木乃香の姿を見て、鬼はため息をつく。

 

「嬢ちゃん、アンタを傷つけるのは依頼外やけど……別に、無傷で連れてこいって言われてるわけちゃうねんで?」

 

遠回しに、邪魔をするなら無理やり排除する、と告げる鬼。

 

刹那と戦っていた鬼ほどの威圧感ではないが、それでも九歳の子供に耐えられるものではない。

 

この鬼もまた、直ぐに道を譲るか、気を失うかのどちらかだろうとタカをくくっていた。

 

 

「いやや! 絶対にせっちゃんには手を出させへん!!」

 

 

しかし、木乃香は刹那を庇う体勢のまま、一歩も動かなかった。

 

 

木乃香は雰囲気を察するのが上手い。

 

それ故に、今回の件で刹那が怪我をしたのは、自分を助けるためだと正しく理解した。

 

正直な所、鬼だの魔法だのとファンタジーなことはよくわからない。

 

自分の親友が超常の力を操っていたことに、多少のショックもある。

 

ただ、木乃香の中で一つだけはっきりしていること。

 

刹那は自分を助けるために、巨大な鬼に立ち向かった。

 

ならば、自分もその思いに応えるべきだと。

 

木乃香はそう思い、刹那の側に落ちていた刀を拾う。

 

初めて持った真剣は想像以上に重く、プルプルと震える腕で持ち上げるのが限界であった。

 

その様子を見た鬼達から失笑が漏れる。

 

 

木乃香の頭に声が響いたのは、そんな時だった。

 

 

 

——聞こえるか、近衛木乃香。

 

 

 

「え……?」

 

木乃香は周囲に目を配るが、周りにいるのは鬼ばかり。

 

今日は理解できない出来事がたくさんあったが、とうとう幻聴でも聞こえるようになったのだろうか。

 

 

 

——時間がないので単刀直入に聞く。その小娘を守りたいか?

 

 

 

しかし、その内容は聞き逃せるものではなかった。

 

たとえ幻聴であったとしても、刹那を救う方法があるのならば何でも構わない。

 

必要とあらば、悪魔と契約するのも辞さない覚悟だった。

 

その思いを声の主に届けるように、必死に念じる。

 

 

(お願い! 誰でもいいから、せっちゃんを……)

 

 

果たして木乃香の願いは聞こえたのだろうか、小さく笑ったような声が木乃香の耳に届いた。

 

この場所に気の感受性が強い者がいれば、『大和』から気の糸が伸びていることに気がついただろう。

 

それは『大和』に残った最後の気で紡がれた鬼道。

 

縛道の七十七——天艇空羅。

 

 

 

——俺の名前は『■■』。

 

 

 

(最後が聞こえへん……?)

 

彼(もしくは彼女)の声は、何故か最後の部分だけかすれていて聞こえなかった。

 

まるでテレビの砂嵐のようだ、と木乃香は思った。

 

 

 

——クソっ、糸(パス)の無い状態で真名を教えるのは難しいか……相変わらず不便な体だ。

 

 

 

どうやら声の主に不都合が生じているらしい。

 

それが刹那の救出に影響しないか、木乃香は生きた心地がしなかった。

 

 

 

——悪いが、お前にも多少の代償は払ってもらう。お前の持っている刀に、自分の血を付けろ。

 

 

 

それを聞いた木乃香は、まったく迷う素振りも見せずに素手で刀身を強く握りしめる。

 

鋭い痛みと共に、木乃香の小さな手から血液が流れだして『大和』を紅く濡らした。

 

傍目からは何をやっているのかわからず、近づいてきた鬼も首を傾げる。

 

 

 

——イメージしろ。お前の、近衛家の血には特殊な力がある。それを強く認識するんだ。

 

 

 

近衛家の血に宿る力。

 

この世ならざるものを繋ぎ止める、『招喚』の能力。

 

本来招喚に必要とされる百の魔力を、一の魔力で済ませてしまう異能。

 

『リョウメンスクナ』すら単独で喚ぶことすら可能とするこの力は、生まれ持った莫大な魔力と合わせれば、まさに反則級である。

 

 

 

ドクン、と。

 

心臓の鼓動のような音が周囲に鳴り響いた。

 

 

 

「なんや、今のは……」

 

「エラい悪寒を感じたぞ」

 

鬼達も不審気な様子で目を合わせる。

 

その間も、鼓動の音は響き続けていく。

 

「ッ、嬢ちゃんの仕業かい!」

 

刹那達に近づいてきていた、巨大な刀を持った鬼が異変に気づく。

 

木乃香の持っている『大和』は薄く発光し、周囲に気をまき散らし始めていた。

 

「何企んでんのか知らんが、させへんぞ!」

 

巨大な刀を持った鬼は木乃香に向かって駆け出す。

 

彼の本能が、アレを放っておいてはいけないと警告していた。

 

十数メートルあった距離を瞬時に縮め、刀を振り上げる。

 

長の娘を殺してはいけない契約だったので、刀を返した峰打ちの体勢だ。

 

しかし、鬼の力でマトモに喰らえば、それだけでも致命傷になりかねない。

 

彼はそれほどまで焦っていた。

 

なんの変哲もない刀が放つ、恐ろしい威圧感によって。

 

 

 

——耳を澄ませろ! 今のお前には聞こえるはずだ!

 

 

 

木乃香は目を閉じる。

 

手に持った刀がとんでもない熱を持っていた。

 

刀から鳴り響く鼓動は早まり、痛いほどの圧力をぶつけてくる。

 

血液によって結ばれた簡易的の糸(パス)を通って、木乃香の魔力が吸い上げられていく。

 

目を閉じた木乃香に、鬼の刀が振り下ろされた。

 

 

 

——叫べ! 俺の名は……!

 

 

 

木乃香は叫ぶ。

 

喉がちぎれんばかりの大声で。

 

彼の名を喚んだ。

 

 

 

 

 

「『大和』!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄く目を開けた木乃香は、自分がまだ生きていることを確認する。

 

自分は鬼の刀の直撃を喰らっているはず。

 

それなのに、何故?

 

 

木乃香はゆっくりと顔を上げる。

 

そして眼前の光景を見て——驚愕した。

 

 

 

 

 

 

——先程まで自分の手に持っていた刀が宙に浮き、鬼の剣を防いでいた。

 

 

 

 

 

 

木乃香は現在、『大和』にまったく触れていない。

 

刀は完全に独力で宙に浮いて、鬼の刀から木乃香を守っていた。

 

 

「マジかいな……」

 

 

木乃香に向けて刀を振り下ろした鬼もまた、同様に驚いていた。

 

彼の刀は鬼専用のとんでもなく巨大なものだ。

 

大きさに見合った重量もあり、鬼の腕力で振りおろせば岩など粉々に砕く。

 

だというのに、木の枝のように細い刀一本により、彼の刀は完全に受け止められていた。

 

いくら力を篭めてもまったく動かない。

 

まるで地球に斬りつけているような感触だった。

 

木乃香はその光景を呆然と見つめ——気づいた。

 

 

自分を守る刀の柄に、誰かの右手が浮かび上がっていることに。

 

 

いや、右手だけではない。

 

 

右腕、右肩、背中、左腕、腰、両足、首、そして頭が順々に浮かび上がっていく。

 

 

全身が浮かび上がったその少年は、黒い着物を着ていた。

 

 

その服装は、先程刹那が纏っていた純白の装束の正反対である。

 

 

「ッ、なんやお前は!」

 

鬼は突如現れた少年に対し、再び刀を振り上げる。

 

それを眼前の少年に叩きつけようとして、いつの間にか少年の左腕が自分の脇腹に刺さっていることに気がついた。

 

 

「あ……?」

 

 

次の瞬間、鬼の体の穴という穴から蒼い波動が吹き出す。

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

鬼の苦痛に満ちた断末魔が響いた。

 

完全無詠唱によって放たれた鬼道——蒼火堕により、体の内側から焼かれたのだ。

 

思わず目を逸らしたくなるような光景である。

 

全身を炭化させた鬼は、その死骸を残さずに消えていった。

 

 

眼前の鬼を排除した少年は振り向き、そしてそのまま木乃香達に近づいてきた。

 

木乃香は目の前の惨劇により、腰を抜かしていて動けない。

 

そして少年が自分の顔に掌をかざした時、ああ、ここで自分は死ぬのだなとボンヤリ思った。

 

だが、

 

 

 

——すまない。怖い思いをさせたな。

 

 

 

(この声……さっきの)

 

薄れていく意識の中、最後に聞こえたのは確かに——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大和は木乃香を『白伏』で眠らせて、木にもたれさせる。

 

そして、倒れている刹那に近づいて治療系の鬼道を発動させた。

 

大和に治療系鬼道の適正はほとんど存在しなかったが、血反吐を吐くような修練により、一流のそれと遜色ないレベルで使用できる。

 

光に包まれた刹那の怪我はどんどん消えていき、完治とまではいかないが、命に関わるような傷はなくなった。

 

穏やかな寝息を立てる刹那をそっと抱え上げ、木乃香の隣にもたれさせる。

 

そこまでして、ようやく鬼の内の一人が我に帰った。

 

「おい坊主! テメェ一体どこから湧いてでやがった!」

 

「……」

 

「なんとか言えやコラ!」

 

「……最近の式神は高性能なんだな」

 

「ああ!?」

 

大和は喚き散らす鬼に向き直る。

 

そして、感情の篭っていない目で、こう告げた。

 

 

「——首が無いのに、喋れるなんてよ」

 

 

「はあ? コイツ、一体何を……言っ…………て……」

 

 

ゴロリ、と

 

 

喚いていた鬼の首が落ちる。

 

それを見て、鬼達はようやく戦闘体勢に移る。

 

今まであの少年を注視していたにも関わらず、いつ鬼の首を切り落としたのかまったく解らなかった。

 

 

 

「俺は今、ひどくイラついている。自分でも驚くぐらいに」

 

 

 

森の中、大和の声が響きわたる。

 

 

 

「お前らに八つ当たりすんのは筋違いってわかってるんだけどな。悪いけど、止まれそうにない」

 

 

 

大和は俯きながら、震えていた。

 

それは恐怖ではなく、むしろその逆——

 

 

 

「——テメェら、八つ裂きにしてやる」

 

 

 

 

 

限界まで抑えられていた殺気が、総本山全てを覆い尽くすほどに拡散する。

 

鬼よりも鬼のような形相を浮かべて、主を傷つけられた五木大和は怒りの咆吼を上げた。

 

 

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