第一話
桜咲刹那は葛葉刀子に連れられ、学園長に魔法生徒として協力する旨を伝えた後、自分に割り当てられた女子寮の部屋まで来ていた。
二人部屋であるこの部屋に住むはずの同居人の姿はまだない。
再会した木乃香は刹那からひと時も離れたくない様子だったが、自分の新しい部屋の荷物が片付いておらず、このままではルームメイトが迷惑するということで渋々引き下がった。
そのルームメイト、神楽坂明日菜という名前は木乃香からの手紙でも聞き及んでおり、この後折を見て紹介してくれると言う。
活発で明朗な少女で、木乃香の無二の親友であるらしいことから刹那も顔を合わせることを楽しみにしていた。
ここまでは順調。
何の問題もなかったのだが、割り当てられた寮の部屋で刹那は窮地に陥っていた。
「ど、どどどどうしましょう大和さん!? 今までウチにはこのちゃん以外に友達がいなかったから、同年代の人とどう接したらいいかわかりません!」
《……》
「ウチと同じ部屋の『りゅうぐう』っていう人、こ、怖い人じゃないですよね? 厳つい名字ですけどヤのつく自営業の人たちとは関わりありませんよね!?」
半泣きになりながら刀に助けを求める少女。
この姿をもし誰かに見られたならば、まず間違いなくその誰かは少女から距離を置くことを選ぶだろう。
縋り付かれている刀である大和は、少女に対して何も言うことができなかった。あまりにも哀れすぎて。
主を選ぶのを本気でミスったと思う大和だったが、いくら悔やんでも過去は変えられない。
この少女を選んでしまったのは自分なのだ。だったらその中で最善を目指さねばならないだろう。
そうだ、この小娘が未熟であることなど重々承知だったはずだ。今更焦るようなことではない。
大和は決意を新たに、刹那をどうにかして復活させようと試みる。
《おい刹那。色々言いたいことはあるが、とりあえずお前の同室になるのは『りゅうぐう』じゃなくて『たつみや』だ》
「うう……りゅうぐうさんにカツアゲとかされへんやろか……もしその刀をよこせとか言われたらどないしよう……このちゃん、ウチもう挫けそうや……」
《話を聞け! というかそこは悩むなよ!》
決意は一瞬で砕け散りそうだった。
(桜咲刹那か……女子寮に入れられると聞いた時は焦ったが、魔法生徒である分助かったと考えるべきかな。魔法バレを気にしなくてすむ)
大和がテンパっている刹那を宥めている頃、その刹那のルームメイトになる予定の女性である龍宮真名は女子寮へと向かっている最中だった。
数日前、龍宮は学園長室へと呼び出された。
女子中入学に備えて準備をしていた龍宮だったが、クライアントの命令は傭兵として無視することなどできない。
仕方がなく荷物整理を途中で放棄し、学園長室へと向かった。
そこで頭の形が少々可笑しい(誤字にあらず)学園長に告げられたのは、女子中学生専用の寮で生活してくれというものだった。
理由を尋ねたところ、学園長の孫娘が女子寮に入るにつき、その護衛をできるだけ対応しやすい場所で頼みたいとのこと。
さらに今年の新入生には訳ありの生徒が多く、場合によってはその娘たちの護衛も依頼するかもしれないとのことだった。
確かに護衛をするのならば、その対象のすぐ傍での方がなにかと都合がいい。
龍宮はその提案に乗るかしばらく悩んだものの、最終的に引き受けることに決めた。
だが、龍宮が引き受けた理由は効率のためだけではない。
現在、彼女は養子として身元を保証してくれている龍宮神社で暮らしているのだが、そこでの生活に限界を感じていたのだ。
別に虐待などの問題があるわけではない。むしろ龍宮家の人間にはこれ以上ないほど世話になっている。
孤児である自分を受け入れ、家族として扱ってくれている彼らには一生頭が上がらないだろう。
しかし、一つだけ問題がある。
彼らは魔法の存在を知らない一般人。もしも魔法バレをしてしまえば、裏の世界に引きずり込んでしまう。
しかも龍宮の武器は銃器。魔法使いの杖ならば子供のおもちゃとして認識されるだろうが、龍宮の場合は見つかれば洒落にならない。
バイアスロン部の備品として誤魔化しているが、流石にいつかは気づかれるだろう。
それに傭兵として活動してきた龍宮は少なからず恨みを買っている。
あまり近くで暮らすことは好ましくない。
これらの理由から一人暮らしを望んでいたのだが、それも不可能だった。
大学生顔負けの、女として誰もが羨むグラマラスな肉体を持つ彼女だが、それでも女子中学生。
中学生の一人暮らしなど中々認められるものではない。
さらに言えば、一人暮らしは寮生活と比べて金がかかる。
彼女にはできるだけ金を稼がなければいけない理由があった。傭兵という危ない橋を渡ってまで、金を欲する理由が。
よって、彼女が学園長の提案を呑み、入寮することは当然の帰結であったのだが——
「や、やっぱり何か貢ぎ物をすべきですよね!? 今からでもりゅうぐうさんに何か買ってくるべきでしょうか!? ウチどないすればええんやろう!?」
——新しく用意された部屋の前で、立ち往生していた。
「……」
確かに外見で同年代の人間から一歩引かれた態度を取られることはある。
自分の体つきと褐色の肌がこの国で悪目立ちしている自覚はある。
だが、会ってもいない人間にここまで脅えられるのは初めてだった。
(どうする……このまま何も聞かなかったフリをして部屋に入るべきか……でもなんか相手の声が聞こえないから独り言っぽいし、色んな意味で危ない人だったらどうすればいいのだろうか……しかも私の名前間違えてる)
龍宮は扉の前で十分ほど悩んだ。もちろんその間にも部屋の中から声が響く。
その声の主によれば自分は親がヤクザの大親分で、以前通っていた学校の番長を張っており、目が合った人間には必ず因縁を吹っ掛けるそうだ。ふざけるな。
これ以上延々と脳内妄想を垂れ流されていても精神によくないので、思い切って部屋をノックする。
「すまない、これから同室になる龍宮真名だが」
「ひゃい!?」
尻尾を踏まれた犬のような声が聞こえた。
そして、これからの寮生活に不安しか感じなくなった龍宮だった。
「こ、こんなに早く………………大和さん…………どうすれば…………」
声が控えめになり、慌てた様子で誰かと相談しているようだ。
しかし部屋の中に気配は一つしかない。
もしも携帯を使用しているのでなければ、これからの付き合い方を本気で考えなければならないだろう。
できるだけ落ち着いた声で、刺激しないように心がける。
「これから一緒に暮らすことになる桜咲だろう? 今日は挨拶と部屋の下見をしようと思ってきたんだ。できればここを開けてくれないだろうか」
「は、はいっ、いや……ゴホン、わかった、今開けるから待っていてくれ」
どうやら堂々とした態度を取り繕う選択をしたようである。
取り繕うのが少しばかり遅すぎるだろうと思ったものの、怯えられるよりかはマシかと思い、龍宮は扉を開けて部屋の中に入った。
部屋の間取りは中々広く清潔感に溢れ、生活に必要な家具、設備なども用意されていることから寮としてはかなり優遇されている。
そして部屋の中で竹刀袋を抱えた少女を見て、龍宮はかなり意表を突かれた。
凛とした、まるで研ぎ澄まされた一本の刀のような少女。
そう、そこにいたのは龍宮の予想とは大きく違い、まさに大和撫子といった風情をかもし出している少女だったからだ。
「はじめまして、私はこの春から京都より来た桜咲刹那。学園長から既に聞き及んでいるだろうが、これからはパートナーを組むことが多くなると思う。私の主な任務は木乃香お嬢様の護衛だが、魔法生徒としての活動も予定しているのでその時はよろしく頼む」
「あ、ああ」
そう言って刹那は右手を差し出す。
まさに一分の隙もない挨拶。
動揺している素振りなど微塵もない。
龍宮はその姿を見て、さきほどの声は幻聴だったのだろうか、などという思いに駆られた。
しかし、無意識に差し出された刹那の右手を取った瞬間、やはり聞き間違えなどではなかったという確信を得る。
なぜならば——
(手が……めちゃくちゃ高速で震えている……)
(が、ガン黒やあああああ!?? や、やややっぱりこの人不良なんや!! 助けて大和さああああああん!?)
(……どこで育て方を間違えたんだろうか)
これから先、中学校三年間同室となるこの三人の初顔合わせは、かなりカオスなものだった。