SIDE:紅き翼
現在、ナギ・スプリングフィールドは欲求不満だった。
ただし、エロい意味ではなく、強者との戦いに餓えているという意味だが。
自分の力を試すために故郷を飛び出し、連合側として戦争にも参加しているが、未だに心が奮えるような戦いは経験していない。
そして、そのことを仲間たちに相談すると、サムライマスターこと青山詠春が野営地で聞き捨てならないことを言った。
「圧倒的強者か・・・・・・俺には一人、心当たりがあるな」
「マジか詠春!?」
「ああ。俺と同郷でな、年下なのに結局一度も勝てなかった」
「貴方が一度も、ですか?」
流石にその事実にはアルビレオ・イマも聞き逃せなかった。
詠春の実力は仲間である彼らも十分把握している。
リーダーのナギには一歩劣るが、それでも実戦形式の模擬戦をすれば五回に一回は詠春が勝つ。
その彼が過去一度も勝てず、しかも自分とそう変わらない歳だと聞いたナギのテンションは上がった。
「なあなあ、もっとそいつのこと教えてくれよ!」
「そうですね、私も興味があります」
「お前らな・・・・・・ゼクト殿のように食料調達してこいとまでは言わんが、少しくらい野営の準備を手伝ったらどうなんだ」
ちなみに詠春は先程から鍋料理の支度をしている。
「わかったって。後で俺たちがテント作るからよ、今はそいつのことを教えてくれ」
そう言われ、詠春は少し考えて説明した。
「俺の住んでいた京都では『鬼道』『白打』『歩方』そして『斬魄刀』という四種類の戦い方があってな、その中の一つでも極めれば一流と言われている」
「ふむふむ」
「そして彼、五木大和はその全てを極めたらしい」
詠春がそう説明すると、アルビレオは『ああ。なんだ、ただのバグか』という顔をした。
「そしてその中でも『斬魄刀』というのは特殊でな、五木家にのみ伝わっている戦闘技能だ。解号を唱えると、その解号の種類によって刀の性質が変化する。この性質変化には二段階あって、一段階目の性質変化は『始解』、二段階目の性質変化は『卍解』と言われているんだ。彼はここまで到達したらしい」
「ほうほう」
「ちなみに『始解』の状態で既に手が付けられないから、俺は『卍解』を見たことがない。戦闘力が五倍から十倍に変化するらしいが」
詠春がそう説明すると、アルビレオは『ああ。なんだ、バグじゃなくてチートか』という顔した。
「なるほどなるほど」
「・・・・・・ナギ、貴方は本当に理解しているのですか?」
「おう! とにかく強いんだろ!?」
アルビレオはため息をつき、詠春は『俺は説明が下手なのだろうか』と落ち込んだ。
「喜べお主ら、美味いドラゴンが狩れたぞ・・・・・・って、何じゃこの空気は」
そしてこの数十分後に新たな仲間、ジャック・ラカンがやってくることを、まだ誰もしらない。
SIDE:大和
「おいヤマト! あれは何なのじゃ!?」
「あれはホットドック屋。安くて、早くて、まずい。俺もよく世話になった」
「そうですね、私も給料日前にはよく助けられました」
大和とテオドラと女騎士は城下町をぶらついていた。
大和が皇帝直々に依頼を受けてから、既に一ヶ月が経過している。
いくら戦争中といっても、皇女の身が危険に晒される事態などそうそう起こるはずもなく、これは楽な仕事を手に入れた、という大和の考えは初日に潰された。
もちろん、どこから捻り出してんだ、と言いたくなるほどの元気であちこちに引っ張り回すテオドラのせいである。
別に子供が多少やんちゃするくらいならば、大和にとってはどうということもないが、テオドラのそれはそんな可愛いものではない。
(龍樹に向かって石を投げた時はマジで頭を握り潰そうかと思ったな)
ちなみに龍樹というのはヘラス帝国の守護聖獣であり、まごうことなき最高戦力だ。
なぜこんなことをしたのかと優しく(頭をわしづかみしながら)尋ねると、大和の氷輪丸と龍樹が戦っているところを見たかったらしい。
正直に答えたのでデコピン三発で許してやった。半泣きになっていたが。
「おお? あの看板が裸の女性の店はなんじゃ?」
「はっ、み、見てはいけませんテオドラ様ー!」
「ああ、あの店は」
「ヤマトさんも説明しないでくださいっ!」
一通り町を見て回り、疲れたから背負ってくれというテオドラの要求を却下して喫茶店で休むことになった。
そこそこの値段の料理をバイキングの如く食べ散らかすテオドラと、『大丈夫・・・・・・きっと経費で落ちるはず』と呟いていた女騎士の表情が対照的だった。
(こんな時間も久しぶりだな・・・・・・)
大和にとって、この国での生活は路銀を稼ぐためのものであり、今日のように観光気分で町を歩いたことはない。
そのせいか、半年も暮らしていた町だというのにどこか新鮮に感じていた。
皇帝の策に嵌まっている自覚はある。
だが、それでも、大和はこの国とテオドラたちに、愛着のようなものを持ちはじめていた。
(間抜け)
自分を罵倒しても何も変わらない。
ふと、大和は周りから向けられている視線に気がついた。
大和たちのテーブルは周りから浮いていた。
闘技場チャンピオンと、騎士と、フードファイトの如く食べ物を飲み込む少女が同席しているのだから、ある意味当然とも言えるが。
「テオド・・・・・・テオ様、あまり急いで食べられるとお体を壊されますよ」
「むぐむぐ」
「いや、むしろとっとと食え。速攻で食い終われ」
「むぐ?」
「ヤマトさん!」
「周りの奴らに注目されてる。このままじゃばれるぞ」
「むぐ」
状況を理解したのか、スパートをかけるテオドラ。
しかし、
「むぐっ!?」
「わっ、テオドラ様ーっ!? 誰か水をーっ! テオドラ様に水をーっ!!」
おいなんかやばいぞ待てあれってテオドラ様じゃないのか本当か俺にも見せろ間違いないあの騎士もテオドラ様って言っていたぞ。
見事に喉を詰まらせたテオドラを中心に、騒ぎが広まっていく。
(なにやってんだ、俺は……)
どうしてこうなった。
「ん・・・・・・う、ん?」
「やっと起きたか」
「ヤマト・・・・・・? あれ、わらわは城下町をぶらついて・・・・・・」
寝起きでボーッとする頭を振る。少しして記憶が段々と戻ってきた。
そして今の自分の状況に気づいて愕然とする。
男としては小柄だが、意外と筋肉質な背中。それが目の前にあった。
ようするに、大和に背負われている。
「ん、これか?あの女騎士に『貴方のせいなんですから、責任取ってください』って言われてな」
「……そういえば、シレーヌはどこなのじゃ?」
「シレーヌ? 誰だソイツ」
「お主は一月も共に行動しておいて、名前も知らんかったのか……」
「ああ、あの女騎士か」
もう既に大和の中では女騎士で定着していた。
「あいつなら店で騒いだ謝罪とかしてる。お前が皇女だってこともばれたからな」
で、と大和は続ける。
「あー、その、あれだ……悪かったな。けしかけたりして」
「……」
テオドラに、喉を詰まらせた時以上の衝撃が走った。
皇族に対しても普段の調子を崩さぬ、この不遜な男が、普通に謝っている。
「……」
「……」
「……何か言えよ」
「お主、大和の偽者か?」
大和は脱力した。
(久しぶりに素直になってみればこのザマだ……)
やはり自分にこういうのは似合わない。そのことを再認識した。
そのままなんとなく会話がなくなり、無言で城へと歩き続ける。
「なあ、テオドラ」
「なんじゃ?」
素直になったついでに、前から疑問に思っていたことを尋ねることにした。
「お前、俺に戦場に行けって言わないんだな」
「ああ、そのことか」
ふむ、とテオドラは考え込む。
「そうじゃな、言ってみれば勘じゃ」
「勘だと?」
「うむ、わらわの女の勘が告げるのじゃ。お主を安易に戦場へ連れて行くべきではないとな」
「……」
唖然とした。そして、そのすぐ後には笑いがこみ上げてきた。
「ふっ、くく」
「ヤマト?」
「い、いやなんでもない。それにしても勘か……そうか」
「む、からかっておるのか?」
「いいや。素直に、お前は凄いなって思っただけだ」
背中でまたテオドラが驚いたのを感じる。
「今日はよくヤマトに驚かされる日じゃな……」
「お互い様だろ」
そのまま二人して笑い合う。
「一回だけ」
「え?」
「一回だけ戦場に出よう。なんだっけ、『紅き翼』だったか。そいつらを一回だけ追っ払ってやる」
「……本当か?」
「嘘は言わん」
少しの間、沈黙が二人の間を支配した。
そして、
「頼む」
テオドラは頭を下げる。愛すべき民のために。