廃寮というのにいざ足を踏み入れてみてまず感じたのは、埃っぽいというやや在り来たりな感想だった。十代との廃寮探索を断り、わざわざ秘密裡に亮と共に来たのは、一つの目的がある。
苔の生えた壁、穴だらけの床に天井。照らす光は馬鹿馬鹿しいぐらい真ん丸満月、歩くたびにぎしりぎしりと音が鳴る。窓ガラスは全て割れており、獣のような爪痕が残り、床には花瓶らしき残骸がある。これでまだ廃寮になって数十年と経っていないというのだから驚きだ。
廃寮は二階建てになっており、今永理達が居るのは一階だ。広いロビーの四隅には古び少しばかり頼りない梯子がかけられており、絨毯はボロボロ。ボサボサになっている。
「しかし埃っぽいな」
「……やはり、お化け屋敷に使った時のままだったのは駄目だったか」
行方不明スポットで何してたんだ、と永理は亮をじとりと睨み付ける。右手には警棒のように殴れるぐらい大きな懐中電灯、左手にはいざという時の為に殺虫剤を装備。まるで痴漢されるのではと恐れている女子のようだが、永理は男だ。それも女には見えない。
足元を照らしながら、慎重に進む。天井のランプが今にも落ちてきそうなのがとても怖い。
しかし、怖い思いをして態々入ったのには理由がある。それは一般人から見ればとても小さくくだらない理由だが、永理と亮にとっては大きな理由となる。馬鹿馬鹿しいと誰もが笑い、そして女が聞けばきっと幻滅するだろう。永理の方は既に下がるような株は無いが、亮の場合それはとても大きい。
「精霊ならレイプしても犯罪じゃないんだ、頑張って探すぞ」
「……本当、不純だよな俺ら」
というか亮なら女には困らないんじゃないか、という言葉を永理は飲み込んだ。亮にとって理想の女性とは、口説いたらキュベレイ乗って攻めて来る女とか、二股かけたら唄歌いだして五百万隻の艦隊が寝返ったりする女とか、御前試合終わったら即自決する女とかそういったまず現実には居ない女性が好みなのだ。そして機械、ストライクゾーンが広い処が異次元にあるような男だ。
故に亮は、二番目の好みである機械に手を出す為に、どうしても闇のアイテムが必要なのだ。
闇のデュエルとは、攻撃が実体化する闇のゲームである。モンスターも、魔法も、罠も実体化する。これらから導き出される答えはつまり、遊戯王カードと触れ合う事が出来るという事に他ならない。
そして永理の元居た世界で幽霊をレイプしたからといって裁かれる法律が無いように、この世界でも精霊をレイプしたとしてもそれを裁く法律が無い。
何とも最低な発想ではあるが、モテない男ならまず第一に思い付く事だ。
そしてそのヒントが、この廃寮にあるらしい。永理としては十代達と合流してしまう前に、何としてもそれをゲットしたい所だ。それが無かろうと、とにかく見つからないうちにトンズラこきたい。流石に肝試しを断っておいて廃寮に居ましたってのは、十代でも許してくれなさそうだからだ。友情にヒビを入れるのは魔法カードを発動された時だけでいい。
「しっかし亮、お前の友人も行方不明になってるんだろ? こんな事して心痛まないのか?」
「友情と性欲を天秤に掛けたら、勝つのは性欲だ」
永理に負けず劣らず、清々しい屑っぷり。故に永理と波長が合うのだ。何とも馬鹿馬鹿しい話ではあるが、これが友情なのだ。こんな友情いらないとか言わない。
さて、と気を取り直し、探索する。二階へ一度上り、足元に気を付けながら亮の後を追う。永理は知らなかったが、亮は元々特待生だったらしい。故にこの寮の構造も、ある程度は覚えているのだとか。もう入ったのが二年前なので記憶はおぼろげのようだが、だとしても何も知らず入るよりは何倍もマシだろう。
ふと、足元に落ちていたカードを拾う。二枚のカード、終わりの始まりと闇の誘惑。永理の愛用しているカードだ。とはいえ凡庸性のいい(終わりの始まりは使うデッキを選ぶが)カードが、廃寮にあったとしても何ら不思議はない。元々ここで、人は暮らしていたのだから。
それをポケットの中に入れ、探索を続ける。ネコババではない、ここに放置されてるという事は既に所有権を放置している事になるのだから。
「悪い亮、便所行きたい」
「ホールを下りて右側にある筈だ、まだ水は通っていた筈だから……まあ、少々汚いが機能には問題ないだろう」
亮に教えてもらった通りに階段を降り、ホールの右手側をキョロキョロと探す。あった、薄暗闇の中でもしかと見える男と女を現す記号の付いた看板。そこへ少々急ぎ足で向かい、トイレの中に入る。
トイレの中はかなり汚れており、苔や埃が積もっている。それでもって小便臭く、更にイカ臭い。やはり青姦スポットになっていたようだ。
急いで小便器の方に行き、チャックを下す。しばしの解放感、小便をしている時が一番気持ちいのだ。
「しっかし、臭いなここ」
独り言を呟き、ボタンを押す。すると水がちゃんと流れる。亮の言ったように、まだ水は通っているようだ。蛇口をひねり、手を洗う。石鹸が無いのが少々不満な点になるが、だとしても水だけでも手を洗えるだけいくらかマシだろう。
蛇口を締め、右ポケットの中にあるハンカチで手を拭きながらトイレを出る。
「んっ?」
「おやぁ……」
トイレを出た直後、巨大な男が目の前に居た。
黒いコートを羽織り、黒いハットを被り、更に仮面をかぶった巨大な男。ベルトには胸のデュエルディスクを起動させる為のバッテリーが取り付けられている。
それが、金髪ボインの姉ちゃんである天上院明日香。を肩に持って、永理の方を見ていた。
しばし、時間が止まる。
「……こんばんは」
「こんばんはぁ……」
渋い声だ。
取りあえず夜に出会ったので、永理は挨拶をする。挨拶はニン……デュエリストの中では絶対の礼儀であり、しない者は大変失礼とされムラハチにされる。嘘である。
何故自分は見ず知らずの不審者に挨拶をしているのだろう、と永理は咄嗟にした自分の行動に疑問を持つ。恐らく相手もそうだろう、何処か困惑しているようだ。
しかし、今永理はディスクも持っていない。デッキは例のロマン昆虫族。デュエルで勝てる見込みはあまり無い。あのサイバー流デッキを操った神楽坂に勝てたのは、完全にまぐれだ。で、あるならばどうするべきか。
足も遅く、力も無い。大声を出すのもぶっちゃけ苦手だ。で、あるならば。痛い眼に合わない為にどうするべきか。
「貴様、こんな所でなぁにをしている?」
「闇のゲーム、それにまつわるアイテム探し」
そう、変に抵抗せず、素直にいう事を聞く事だ。実際それが一番安全策である。生きる為なら虫にだってなってやるのだ。最終的に生きて帰って、ダラダラとゲームが出来ればそれでいいのだ。
男はじろりと、永理の全身を見る。赤い制服、ひ弱そうな腕。少し痩せすぎではないかと誰もが思うような細い顔。眼の下には濃いくま。
「遊城十代、という男を知っているかね?」
「ええ、友人ですよ」
永理はここで、やっちまったと後悔してしまう。恐らく彼が担いでいる明日香は、十代を釣る為の餌。その為なのだろう、態々カードをヘンゼルとグレーテルで道しるべに置いてきた石のように置いている。飛んで行かないのか、と思うが割と飛んで行かないのだ。こう、なんやかんやで引っ付いているのだ、床と。
「では私に付いてきてもらおう。餌は多い方がいい」
「かしこまり」
永理は思わず、自分の不運を呪った。
だが、素直に付いて行けば暴力を振るわれないので、まだラッキーかと思い直すのだった。
道すがら男の名前を聞くと、タイタンとだけ言われた。永理はすぐに偽名だと思ったが、まあこれで呼ぶのに困る事は無いだろう。
それ以外にも色々と雑談をしていたのだ。タイタンには一人息子が居り、最近は『満足』が口癖だとか。手札を〇にして効果を発揮するモンスターが好きだとか、ファッションセンスが少々ダサいとか。色々だ。
男に連れてこられたのは、広いホール。元々デュエルフィールドとして使われていた所だろうか。しかし、地獄風にアレンジされたのか、柱にはまるでサーベルタイガーの牙のようなものが取り付けられている。床は比較的綺麗なのは、床が固い材質で作られているからだろうか。
明日香は棺桶の中に、永理は両手首を後ろに縛って逃げ出せないようにされている。とはいえそれは見かけだけで、実際はかなりゆるゆるだ。ちょっと工夫すればすぐに抜け出せる。
コミュ力高くて助かった、と永理は安堵している。首をトンとして気絶させるあれは、下手すれば植物状態になりかねないほど危険なのだ。なので誰も真似をしないように。
「待っていたぞ、遊城十代……」
「永理、何故ここに!?」
「なーにやってんすか、永理君」
十代が本来居ない筈の永理の姿を見て驚き、翔と隼人がその後ろで呆れている。
永理は速攻目を逸らす。流石に、妖精レイプする為に廃寮来ましたとは口が裂けても言えない。当然だ、明日香の意識がもしかしたらあるのかもしれない。そんな状況でそんな事を言ったら、ただでさえ低い永理の株がストップ安を超えて倒産の域にまで達してしまう。
永理はアイコンタクトで、とっとと進めろとタイタンに送る。
「……それよりもだ、十代。あの棺桶を見ろ」
「明日香! お前、明日香に何をした!?」
ただ眠っているだけなのだが、タイタンは一応闇のデュエリストという設定だ。故に演技力もかなり高い。相手を騙す為には必須らしい。
タイタンはくつくつと笑いながら、ディスクを起動させる。
「この女を助けたくば、私とデュエルしろ。最もこのデュエル、ただのデュエルではない。闇のデュエルだ。怖気づいて逃げてもいいぞ。まあその場合、あの娘の命は保障しないが……ね」
タイタンはコートの裏から、紐に繋がれた黄金逆三角形の物を取り出す。中心部分には眼が一つ。本来であればその眼の下にぐにゃりとした何かよく解らない模様がある筈だ。更にパズルらしいつなぎ目も無い、エジプトで売っている土産物だ。
千年パズルの所有者は武藤遊戯、その人の姿はテレビで毎週のように報道されている。首にかけている千年パズルも一緒に、だ。故にそれを真似した、所詮土産物が大量に溢れかえっているのだ。この世界では。
この世界では縁日に行けば見る事が出来る、見慣れたものだ。とはいえ雰囲気を整えれば、ちゃんとそれっぽいのは流石だと永理は思う。
「……いいぜ、受けて立つ! 隼人!」
隼人がバッグからデュエルディスクを取り出し、十代に投げ渡す。そして十代もさも当たり前のようにそれを装備。デュエルディスクは精密機械をとにかく押し込んだような物だ、故にかなりの重量があるのだが、それを片手でキャッチするのは……やや人外染みている。
まあとにかく、二人はデュエルする事になったのだ。この世界では命懸けの争いもデュエルで解決出来る。海馬剛三郎が聞いたら卒倒しそうな話ではあるが、何やかんやあの人も遊戯王世界の住人なので適応しそうだ。
「「デュエル!」」
まず動いたのは十代だ。最近は融合に加え、シンクロを利用した手札補充ギミックを取り入れている。段々と十代のデッキが融合から融合シンクロに移り変わって行ってるのだ。
とはいえ、初手で出来る事はたかが知れている。
「俺の先功、ドロー!
手札から永続魔法、補給部隊を発動! 更にカードガンナーを召喚し、攻撃力500以下のカードガンナーを対象に魔法カード機械複製術を発動! デッキから同名モンスターを二体、特殊召喚する!
更にカードガンナーの効果を発動! デッキトップからカードを三枚まで墓地へ送る。この効果で墓地へ送ったカードの枚数×500ポイント攻撃力をアップする! カードを二枚セットし、更に一時休戦を発動! 互いにカードを一枚ドローし、次の相手ターン終了時まで互いが受けるダメージは0になる! カードを一枚セットし、ターンエンド!」
十代の場に三体のおもちゃのような戦車が現れ、ターンが終わる。手札は一枚、だがカードガンナーと補給部隊があるので実質的に手札は四+され五枚に相当する。
流石のタイタンもこれにはちょっとびっくり、というか引いている。が、気を取り直しカードを引く。胸に憑りつけてある場所から引くのは少々やり辛そうだが、恰好付けというのも闇のデュエリストには重要なのだ、見た目で重圧感を与える為に。
「私のターン! 魔法カード、トレードインを発動! 手札のプリズンクインデーモンを墓地へ送り、カードを二枚ドロー! 更に手札のジェネラルデーモンを墓地へ送り、デッキから万魔殿-悪魔の巣窟を手札に加え、発動!」
デュエル場の姿が、一気に変わる。床はゴツゴツの階段状になり、六本の柱が生えその上には見下すように悪魔の像。中心部分には生け贄を捧げる為の祭壇が、血を求め光っている。それに施された眼の模様と、永理は目が合ってしまった。
「シャドウナイトデーモンを召喚!」
左手に禍々しき鍵爪を付け、右手が先端が赤みを帯びた剣になっている、黒い鎧を見に纏った悪魔が、黒い翼を翻し現れる。
カードの対象になった際、運が良ければそれが無効化される効果を持った、攻撃力2000のそこそこ強いモンスター。しかし相手に与えるダメージは半分になってしまう欠点を持つ。
「シャドウナイトデーモンで、カードガンナーを攻撃!」
シャドウナイトデーモンが地を蹴り、一気に剣を振り下ろす。しかしその直前、突然カードガンナーが爆発した。他の対象にされたカードガンナーもだ。
「罠カード、ハイレート・ドローを発動! 場のモンスター全てを破壊し、破壊された機械族一体につきカードを一枚ドローする! カードを三枚ドロー! 更にカードガンナーの効果で三枚ドロー! 永続魔法、補給部隊の効果で一枚ドロー!」
一気に十代の手札が、八枚まで膨れ上がる。何ともまあ馬鹿馬鹿しくなるドロー加速だ。
タイタンは思わず苦い顔をする。そりゃそうだろう、いきなりこんなドロー加速を見せつけられたら誰だってそうなる。
「ぐっ……直接攻撃に変更!」
シャドウナイトデーモンはその場で右脚を軸に回転し、十代に剣を薙ぎ払う。
シャドウナイトデーモンの効果で受けるダメージは半分となる。そして今現在のシャドウナイトデーモンの攻撃力は2000、よって受けるダメージは1000。
「私はカードを一枚セットし、ターンエンドだ」
「俺のターン、ドロー!
魔法カード、融合を発動! 手札のスパークマンとクレイマンを融合し、E・HEROサンダー・ジャイアントを融合召喚!」
十代の場に、いつもの上半身と下半身のバランスが取れてない雷のヒーローが現れる。毎ターン相手モンスターを、攻撃力2400以下だけとはいえ破壊出来る効果はそこそこ強い。
十代は迷いなく、手札を一枚捨てる。
「サンダー・ジャイアントの効果発動! 手札を一枚捨て、このカードの元々の攻撃力以下のモンスター一体を破壊する!」
「シャドウナイトデーモンの効果発動! このカードが相手のコントロールするカードの効果の対象になり、その処理を行う時にサイコロを一回振る!
3が出た場合、その効果を無効にし破壊! ダイスロール!」
シャドウナイトデーモンの前に、黒いサイコロが現れる。模様は禍々しい悪魔の顔。それが回転し、徐々に止まる。サイコロの目は3、よってサンダー・ジャイアントの効果は無効となり破壊される事になる。
サンダー・ジャイアントの胸の中心部分にあるコアから発射された雷を紙一重で避け、左手の爪でそのコア部分を抉り取る。赤い液体と共に電撃が噴き出す。
「ぐっ、補給部隊の効果でカードを一枚ドロー! これが通らないか……ならデブリ・ドラゴンを召喚! このカードの召喚成功時、攻撃力500以下のモンスター、沼地の魔神王を効果を無効にして特殊召喚する!」
十代の場に頭が尖っており、胸と肩に黄色い琥珀のようなものが埋め込まれた水色のドラゴンが、自重を持ち上げる事は出来ないであろう小さな翼を羽ばたかせながら現れ、ついでにその横から緑色の泥を集めて作ったような、丸い人のような何かが現れる。永理は思わず、腐れ神か何かかと思った。
「レベル3の沼地の魔神王に、レベル4のデブリ・ドラゴンをチューニング!
氷結界に封じられし暴力の龍よ、その力で我が敵を氷像に代え力を示せ!」
デブリ・ドラゴンが光の輪となり、その中を沼地の魔神王がくぐる。魔神王の身体を身体たるものにしていた物が弾け、その中から三つの光が出てくる。
その光は輪の中で七つに分かれ、一筋の光と化す。
「シンクロ召喚! 氷結界の龍グングニール!」
十代の場に現れたのは、氷を思わせるほど冷たい色合いの龍だ。白い冷気を発し、パキパキと羽に付いた氷を剥し、赤く眼を光らせ、四つの足に力を籠め雄たけびを上げる。四足の龍、狂暴性で言えばトリシューラに負け、強さで言えばブリューナクにも負ける不遇枠だが、今はかなり強くなっている。
とはいえ氷結界の中で言えば一番安いシンクロモンスターだ。
「グングニールの効果発動! 手札を二枚まで墓地へ捨てる事で、捨てた枚数分相手のカードを破壊する! 手札を二枚捨て、伏せカードと万魔殿-悪魔の巣窟を破壊!」
「甘い! 罠カード、和睦の使者を発動! このターン受ける私の戦闘ダメージを0にし、モンスターは戦闘によって破壊されない!」
グングニールが羽ばたき、冷気の塊を伏せカードとフィールド魔法にぶつける。一瞬で万魔殿は凍り付き、粉々に砕け散る。ダイヤモンドダストのように、宙を舞う。
十代の手札はまだ四枚、手札補充カードをまだ握っているのか、それとも墓地のモンスターを素材に融合召喚出来るカードを握っているのか。どちらにせよ、相手からすればたまったものではない。四枚もあれば、大抵の事は出来るのだ。
「カードをセットし、ターンエンド!」
「私のターン、ドロー!
スタンバイフェイズ、シャドウナイトデーモンの効果によって、900ライフポイントを払う……ぐっ」
タイタンがライフを払うと、タイタンの身体の一部が透けた。それに対し翔と隼人、十代も驚く。永理は一度闇のデュエルをした事があるので、さして驚かない。
「なっ、お前……なんで身体が消えて……!?」
「闇のデュエルでライフを失った者は、その分だけ身体が闇に食われる……負けた者はこの世から、一切の痕跡を残さず消えてしまうのだ」
しかしそれで最初に失ったのが、闇のデュエルを仕掛けたタイタンとは……しかし、タイタンの心に死ぬという不安は無い。何せこのデュエル、消えているように見せているのはタイタンの手品だからだ。
そして人間は思い込みが激しいと、それが嘘でもまるで本当かのように感じてしまう。
目隠しをしてメスを当て、切ったように錯覚させ水滴を落とす。それだけで人は簡単に死ぬのだ。似非闇のデュエルも、種さえバレなければそれは本物。そう錯覚し命を奪う。痕跡はデュエルデータのみだが、それだけでは殺人を立証する事は不可能。永理はGXの世界の知識は無いが、初代遊戯王の知識はある。故にタイタンが持っている千年パズルは、すぐに偽物だと判明した。
しかし、それを知らぬ十代は動きを止める。敵とはいえ命を奪うのにはやはり抵抗があるようだ。たかが一介の高校生に、命の奪い合いをしろという方が酷というものだ。
「それじゃあ……俺が勝ったら、お前は」
「ああ、消えてしまう。しかし負けんよ、私はね。装備魔法、デーモンの斧をシャドウナイトデーモンに装備! これによって、攻撃力を1000ポイントアップ!」
シャドウナイトデーモンの手に、緑色の肌をしたおっさんの顔が浮かび上がっている大きな斧が現れる。それの使い心地を確かめるように、頭上の上で扇風機の羽のように回す。
攻撃力3000、社長の嫁こと青眼と相打ちする事が出来る攻撃力と化した。シャドウナイトデーモンの剣に悪魔の顔が描かれたハートマークが浮かび上がり、そこから赤いオーラを出す。それはシャドウナイトデーモンの全身に行きわたり、身体を活性化させる。筋肉が一瞬、大きくなったような気がした。
「バトル! シャドウナイトデーモンで、グングニールを攻撃!」
「チッ、迎え撃て! グングニール!」
まず注意を引き付ける為、シャドウナイトデーモンは斧を投げる。ぐるぐると回る斧を、グングニールは羽ばたきによって速度を無くさせ、地面に落とす。
そしてグングニールはシャドウナイトデーモンを睨み、冷気のビームを口から吐き出す。一本の氷にまとわりつく様に、螺旋状にシャドウナイトデーモンに向かうビーム。しかしその動きは少々遅い。その前に、シャドウナイトデーモンは動き、グングニールに向かって駆けて行った。急いで射線をシャドウナイトデーモンの方に修正。しかしシャドウナイトデーモンは右手の剣でそのビームを斬り、弾き飛ばす。そのまま地を勢いよく蹴り、剣を突き立てながら突撃。ビームを真っ二つに引き裂き、徐々にグングニールの顔に近付いていく。顔に剣が突き刺さり、口の中でビームが暴発。大きく爆発し、より一層冷気が濃くなる。着地と同時に地面に突き刺さったデーモンの斧を引き抜き、バックステップでタイタンの元へと戻る。
しかし、十代の受けたダメージはたったの150、効果によって与えるダメージ量はごく少ない。
「メイン2。シャドウナイトデーモンを生け贄に、迅雷の魔王-スカル・デーモンを召喚!」
タイタンの場に、巨大な魔王が現れる。デーモンの召喚、初期に現れた攻撃力2500の通常モンスターで、永理の中ではブラック・マジシャン以上に武藤遊戯のエースカードの印象があるカードだ。
それのリメイクカード。骨の様な鎧を見に纏い、その裏には皮を剥したかのように赤い筋肉の塊。敵を引き裂かんという巨大な爪は稲妻を帯びており、黒き羽には魔界の戦闘で傷ついたのであろう細かな傷跡が残っている。
何故、デーモンの斧を装備させたシャドウナイトデーモンを墓地へ送ったのか。これはプレイミスではない、タイタンの性格により現れた欠点だ。デーモンの斧は装備魔法である、故に破壊されたら攻撃力2000へと逆戻り。そしてHEROは融合主体のデッキ、更にシンクロも組み合わされているのだ。故にそれを警戒し、攻撃力が500高いスカル・デーモンにしたのである。それにライフコストも、こちらの方が少なくて済む。
「カードを二枚セットし、ターンエンドだ」
「ああっ、アニキの右肩が消えかかってるっす!」
「何言ってるんだな翔、十代の左脚が消えてるんだな」
どうやら二人で、消えている箇所が違うようだ。十代は思わず振り向き、二人の顔を見る。嘘をついているようには見えない。
念の為、十代はタイタンの足元で縛られている永理にも確認を取ってみた。
「あーっと……左脇腹辺りが消えているな」
「って事は……この闇のデュエル、インチキだな!」
タイタンが苦虫を噛み潰したような顔になる。表情が少しばかり、表に出過ぎなのではと永理は思ってしまう。が口には出さない。下手な発言は面倒事を巻き起こすだけだからだ。
十代は何処か安堵しているようだ。自分が誰かを傷つけている訳ではない、と解ったからか。良い子やなと永理は他人事のように思う。
「俺の身体が上手く動かないのも、消える手品のタネも、その千年パズルにあると見た!」
「ば、馬鹿が! これは正真正銘、本物の千年パズルだ!」
「それが本物か偽物か、こうすれば解る!」
十代は千年パズル目がけて、カードを投擲。真っ直ぐ飛んだカードは偽千年パズルの眼の部分に突き刺さる。瞬間、十代の身体から消えている箇所が無くなった。
「それが本物なら、闇のデュエル中デュエル以外の妨害は受けない筈だ!」
「ぐっ……バレてしまっては仕方がない! ドロンパァ!!」
タイタンが偽千年パズルを地面に叩き付けると、もわもわと白い煙が部屋を包み込んだ。ついでにどういう訳か、足元の永理を脇に抱えタイタンは逃げ始めた。うええええと情けない悲鳴を上げる永理。ガクガクに揺らされて少し気分が悪い。
「逃げ切るまでは共に居てもらうぞ、後で詫びにパックをあげるからな」
小声で永理にそう言うも、肝心の本人は全く聞いて居ない。ただただ揺らされるだけだ。
ホールを出て、エントランスへ向かう為階段を上る。その後を十代が追ってくる。揺れは激しさを増し、永理の脳みそを容赦なくシェイクする。
タイタンがエントランスの真ん中に描かれた丸い模様からあと一歩出ようとし、十代が足を踏み込んだ瞬間、よく解らない透明の何かにぶつかったのか後ろに思い切りこける。その際もしっかりと永理の顔が地面にぶつからないようにしてくれた。なんだかんだ優しい人だ。
「なっ、なんだこれは!?」
「うっ……酔った、俺あんまり酔わない体質の筈なのに……」
足元に、突如として眼のマークが現れる。そしてそれを取り囲むように、タイタンと十代は初めて体験し、永理は二度目になる霧。紫色の霧が永理と十代、そしてタイタンを完全に包み込む。
十代は辺りを見渡し、その霧に警戒を強める。タイタンは動揺しきり、狼狽えている。一方永理は不思議なぐらい平然としていた。二度目だからだろうか。
「おいお前、今度は何をしやがった!」
「ちっ、違う! 私じゃあないんだ!」
「……またかよ」
視界が完全に霧に包まれる前に、PDAからメールの着信音が鳴る。
永理はもう諦めたかのように、そのメールを開く。亮からだ。
<探索しても何も見つからなかったから先に帰るわ、気を付けてな>
永理は思わずPDAを地面に投げつけようかと思ってしまった。
タイタンと十代が変に冷静な永理を見る、その視線に気付いた永理はこの状況に対して説明せざる得なくなってしまった。
永理の眼に、まだ召喚していない筈のハネクリボーが見えた。十代の側に居る。
「恐らくだが……これは本物の闇のゲームだ。どちらかが死ぬまで、決して元の世界に戻る事は出来ない」
しかし、その説明に二人は返答を出さない。変わりに永理を、正しくは永理の後ろを指差す。
永理もそれに気付いたのか、ゆっくりと振り返る。するとそこには、蒼色の羽を生やし、蒼い眼をした永理のフェバリットカード、究極完全態・グレート・モスの姿が。
『プヒィィィップ!!』
夢なら覚めてくれ、と永理は思わず天を仰いだ。
はい、という訳で永理の精霊が初めて姿を現しました。他の作品ではアイドルカードやらマスコットカードやら、擬人化させるのが殆どでしょう。しかしこれではあえて、この作品ではあえてそのままの姿でやります。需要なんて知りません、永理は永遠非リアです。