月影永理の暴走   作:黄衛門

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第48話 ナイスパンツ

「ううっ、負けちゃった……」

 

「ボンバツァンね、これじゃ」

 

 三沢の嫁によるメドローアによって、なんとツァンの頭はアフロになってしまっていた。ソリットビジョンはたまに現実にも影響を与えてしまうので、こうなったのだろう。

 プスプスと煙をくすぶらせながら、十代側に戻るツァン。がっくりと頭を下げて、かなりしょげちゃっている。

 十代はそんなツァンの頭に手を乗せると、優しく撫でた。

 

「よく頑張ったな、ツァン」

 

「えっ、ボクの事……名前で……」

 

「ん? 嫌だったか?」

 

「ううん! 別に、嫌ではない、……フフッ♪」

 

 なんともまあラブコメちっくなアモトスフィアを出す二人、明日香は(勝てば褒めてもらえるし、負ければ撫でてもらえる。どっちでも美味しいわね)と一人、うふふと邪まな考えを巡らせていた。

 対して永理側、勝利者である三沢は清々しいほどの笑顔で、永理と翔にサムズアップしている。

 

「どうだ、ナイスパンツだったろ」

 

「ナイスパンツ」

 

「ナイスパンツっす」

 

 ちなみにヒータは無地の白パンツ、ピケルはイチゴ柄だった。当然、これらは予期せぬ幸運の計算外で、ぶっちゃけ原因は風系の罠を使ったツァンにあるのだが、だとしても軽蔑の眼を向けてはならないという理由にはならない。

 というよりこの三人、既にそのような眼は慣れっこだ。永理なんかは少しばかり快感を感じちゃっている。大人になるのは悲しい事だが、こんなのになってしまった息子を見る母親はそれ以上に悲しい事だろう。

 十代側と永理側の格差が物凄い事になっているが、観客達の期待はどちらにも向けられている。十代側は普通に強いが、永理側は動きが見えない。どちらのデュエルタクティクスも高校生としては異常な程。まあ応援する客の落差も割と酷いのだが。

 

「それじゃ、次は私ね。相手が誰だろうと、勝ってみせるわ。見ててね、十代」

 

「……次鋒は負けフラグッスけど、まあいいッス」

 

 露骨に十代にアピールする明日香と、それとは対照的にマッドサイエンティストチックに眼鏡を光らせ、口端を引きつり上げる翔。片や高嶺の花、片やマジキチスマイル。水と油どころか聖水VSバイオ液のような絵面である。

 翔を纏う変な空気を感じ取ったのか、明日香は気を引き締める。翔はオシリスレッドで、元々のデュエルタクティクスは小学生にも劣る粗末なものだったが、永理が関わったおかげ(というより、せい)で、その腕は右斜め上に上達していた。ぶっちゃけて言うならば、コンセプトとかしっかりしている分デッキパワーは永理より上と言えるだろう。

 

「じゃ、やるッスよ。僕のブラマジガールの、触手プレイの為にもッ!!」

 

「……翔君、絶対君には負ける訳にはいかなくなったわね」

 

 明日香は若干引きつった表情で、翔はギラリとロボット物でありがちな科学者のように眼鏡を光らせながら互いに、カードを五枚引く。

 そして、デュエルの火ぶたが切って落とされた。

 

「「デュエル!!」」

 

「私の先功、ドロー!

 私は手札から、マンジュ・ゴッドを召喚!」

 

 ドロドロに溶けた鉄の千手観音像のようなものが現れる。それが浮かべる表情は憤怒、見る者全てを恨むような憤怒の表情だ。しかし攻撃力は1400、リクルーターにも負ける。

 

「効果により、デッキから儀式モンスター、または儀式魔法を手札に加える! 私はデッキから影霊衣の万華鏡を手札に加え、発動! このカードは儀式召喚するモンスターと同じレベルになるように場・手札からモンスターを生け贄に捧げるか、エクストラデッキのモンスター一体を墓地へ送り、任意の枚数儀式召喚する事が出来る! 私はエクストラデッキから虹光の宣告者を墓地に送り、ユニコールの影霊衣を儀式召喚!」

 

 花の様に広がった鏡から現れたのは、狼のような尻尾を付けた、灰色の髪の青年。長い髪を一括りしており、しかも顔はイケメンである。

 青いマントの下には白い服、赤い腰掛け。更に靴にはニワトリのなんか出っ張ってる足のような棘が膝辺りに付いた足甲。手には神々しく輝く、白を基調とした矛が握られている。

 無駄にイケメンである。

 

「更に虹光の宣告者の効果発動! このカードが墓地へ送られた事により、デッキから儀式モンスター、または儀式魔法を手札に加える! 私はデッキから、トリシューラの影霊衣を手札に加える! ターンエンド!」

 

「うわあ……面倒なカードッスね」

 

 翔の言葉に、明日香は少しばかり眼を丸くした。昔の翔はカードをあまり知らなかったからだ。

 だが翔は、永理&三沢&亮の三馬鹿の影響によって、割とカード知識も増えてきたのだ。まあ、知識の贅肉もかなり付いているのだが。

 というか贅肉九割だ。

 しかしそれでも、翔の実力は確実に上がっている。贅肉の中に隠れた筋肉は、爪を研ぎらせ隠れているのだ。

 

「僕のターン、ドローッス!

 僕は手札を一枚捨て魔法カード、カード・フリッパーを発動ッス! 場のモンスター全ての表示形式を変更!」

 

 突如現れた糸が操り人形のようにユニコールの影霊衣とマンジュ・ゴッドにまとわりつくと、明日香の指令も聞かず、されるがまま防御姿勢を取らされてしまった。

 

「あっ」

 

 ヤバッ、という感じの顔を思わずしてしまう明日香。トリシューラの影霊衣は影霊衣と名の付くモンスターが効果の対象になった際、それを無効にする効果がある。しかしアースクエイクは場全体に発動する効果、故にトリシューラの影霊衣の効果は使えない。

 そして、ユニコールの影霊衣の守備力はたったの1000、攻撃を受けさせるには少し──いや、かなり足りない数値だ。

 

「更に、自分場にモンスターが存在しない場合、手札からSRベイゴマックスを特殊召喚するッス! このカードの召喚・特殊召喚成功時、デッキからスピードロイドと名の付くモンスター一枚を手札に加えるッス。僕はデッキからSRダブルヨーヨーを手札に加えるッス!」

 

 翔の場に現れたのは、赤いベイゴマだ。それが十三ずつチェーンのように繋がっており、一番先端には二枚の刃が覗いている。

 ロイドと名は付いているが、明日香はこのカードを知らない。当然だ。スピードロイド、SRはシンクロがメイン主軸のデッキなのだから。

 

「そして場に風属性モンスターが存在するので、手札からSRタケトンボーグを特殊召喚!」

 

 次に翔が召喚したのは、黄色い竹とんぼだ。それががしゃこんと変形して、トンボのような青い目玉をした、胸や腰が青く塗装されている人型の小さなロボットに変形した。

 

「タケトンボーグの効果発動! このカードを生け贄にする事で、デッキからスピードロイドと名の付くチューナー一体を特殊召喚するッス!

 僕はデッキからチューナーモンスター、SR三つ目のダイスを特殊召喚!」

 

 タケトンボーグが急に接続部分から分解され、がらりと落ちるとその中から、正四面体の青いサイコロが現れた。

 そのサイコロは一つの面から炎を出して、さながらガメラのように回転する。ぎょろり、と覗く赤い眼が酷く不気味だ。

 

「最後に、SRダブルヨーヨーを召喚し、効果発動ッス! このカードの召喚成功時、墓地からレベル3以下のスピードロイド一体を特殊召喚するッス! 僕は墓地からSR電々大公を攻撃表示で特殊召喚ッス!」

 

 まず翔の場に現れたのは、ローラーのように回転する二つの棘付きヨーヨーだ。それがマウスのような形の部分に接続されており、さながらパンジャンドラムのように回転する。

 そしてその隣に現れるは、少し気取った王子様風の玩具。中に針金が詰まっているだろう細い手足に似つかわしくない、ピエロが履くような大きな靴に大きな手袋。顔の下半分を隠す赤いマント、そして貴族のように気取った、黄色いもわもわがふんだんに盛られた黒い帽子。そして手には赤い紅葉が描かれた、大きな電電太鼓。

 

「さて、バトル! まずはSRベイゴマックスで、ユニコールの影霊衣を攻撃ッス!」

 

 ユニコールの影霊衣の首にベイゴマックスが巻き付く。

 ユニコールの影霊衣はそれを引きはがそうとするも、その締め付ける力は緩む事無く、むしろどんどんと強くなっていくばかり。

 そして限界を迎えたのだろう、ユニコールの影霊衣の首からゴキッ、と音が鳴り、首の骨が折れた。だらんと、まるで蛇のぬいぐるみのように垂れる首。ベイゴマックスはそのまましゅるしゅると翔の場へと戻った。「次! 電々大公でマンジュ・ゴッドを攻撃ッス!」

 

 万手の腕で防御姿勢を取っているマンジュ・ゴッドの防御は一見硬そうに見えるが、その実は1000である。故に、電々大公が電電太鼓を鳴らすと、突如曇りはじめ、雷雲から青白い稲妻がマンジュ・ゴッドに落ちた。あまりの熱量にドロドロに溶けるマンジュ・ゴッド。

 

「ラスト! ダブルヨーヨーで直接攻撃ッス!」

 

 二つのヨーヨーのノコギリめいた刃から突如火が出たかと思うと、まるでロケットのように推進力が働き、明日香に勢いよく突っ込んできた。

 流石に明日香もこれにはビビり、少しへっぴり腰になってしまう。

 

「割と怖いわねこれ……」

 

「さて、バトルフェイズ終了ッス。

 これで邪魔物は消えたッスね……レベル3三つ目のダイスに、レベル3ベイゴマックスをチューニング!

 死の雨打たれし異端者の殲滅者よ、ソウルを取り込み世界を殺せ! シンクロ召喚! レベル6、スターダスト・チャージ・ウォリアー!」

 

 ドラゴンのような全面を隠す兜、星の様に青い鎧を身にまとった戦士が、足甲を鳴らし現れる。何故か両腕を上げ、Yのようなポーズを取っていた。太陽の光が腰当の横に伸びる六本の排気口に反射する。

 永理はこのモンスターが現れた瞬間、思わず「太陽万歳!」と同じようなポーズを取った。

 

「スターダスト・チャージ・ウォリアーのシンクロ召喚に成功した際、デッキからカードを一枚ドローするッス!

 はいもう一丁、レベル3電々大公に、レベル4ダブルヨーヨーをチューニング! さあ謳おう、戦い続ける喜びを! シンクロ召喚! レベル7、クリアウィング・シンクロ・ドラゴン!」

 

 翔の場に現れたのは、白いドラゴンだ。足の無い、巨大な腕を二つ持ったドラゴン。腰に付いた四枚と、背中に羽のように広がる、緑色に光る、見るからに身体に悪そうな結晶。

 本来は翔のデッキには入っていない筈なのだが、どういう訳か翔がデュエルしたら出てくるカードの一枚である。

 

「カードを二枚セットして、ターンエンドッス!」

 

 シンクロモンスターがたった一ターンで二体も揃えるというのは、中々出来る事じゃない。とはいえどういう訳か新しい概念に関しては、オシリスレッドの方が使いこなしているのだが。オシリスレッドには柔らかい思考の人が多いのだと言う。永理曰く。

 まあそれはともかく、明日香と翔の形成が完全に逆転してしまった。二体のモンスターがどんな効果は解らないが、とはいえメインフェイズ2に出したのだ。何か厄介な効果を秘めているに違いない。

 じわりと嫌な汗が、背筋を濡らす。翔のデッキもさることながら、それ以上の不気味さ。翔を中心に、まるでどろりと空気が濁っているようだ。

 

「私のターン、ドロー!

 墓地の影霊衣の万華鏡の効果を発動! 自分場にモンスターが存在しない場合、墓地からこのカードと影霊衣と名の付くカードを除外する事で、デッキから影霊衣と名の付く儀式魔法を手札に加える! 私はこのカードとユニコールの影霊衣を除外し、二枚目の万華鏡を手札に加え、発動! 融合デッキの始祖竜ワイアームを供物とし、トリシューラの影霊衣を儀式召喚!」

 

 三つに分かれた角が特徴的な氷製の兜と、氷の鎧を身にまとった赤髪の少年。トリシューラと同じような尻尾が揺れ、ドラゴンのようなブーツが地面を凍らす。その少年が持っている武器は、まるで氷内部の白い結晶体をそのまま具現化させたような、引き抜いた際にずたずたに肉をそぎ落としそうな剣。

 強力過ぎるほど強力な効果、しかし翔は焦りもせず、ただにやりと笑う。

 

「トリシューラの影霊衣……効果はよく解らないッスけど、大方トリシューラと同じ効果なんだろうと推察は出来るッス」

 

「なら、説明する必要は無いかしら? そのデカいドラゴンには、氷河期に帰ってもらうわよ!」

 

 トリシューラの影霊衣が剣をびゅん、と振るうと、突如舞い起こった吹雪の渦がクリアウィングを取り囲む。

 あわや万事休すか、と思われた瞬間、突如クリアウィングの周りを緑色のバリアが取り囲む。そして――急激に収縮し、爆発した。

 緑色の楕円形バリアが、まるで核爆発のように大きく膨らむ。そして、その中から現れたどろどろに溶けた緑色の腕がトリシューラの影霊衣の腕を、脚を掴む。

 

「なっ、何が起こっているの!?」

 

「クリアウィング・シンクロ・ドラゴンの効果ッスよ。一ターンに一度、このカード以外の場の、レベル5以上のモンスター効果を無効にし破壊する!」

 

 そのままトリシューラの影霊衣は緑色の腕に、爆発するバリアの中心に引きずり込まれてしまった。断末魔を上げ、明日香に必死に手を伸ばす。しかし、届かない。決して遠くは無い距離、だというのに――。

 現実は非情に無情に、トリシューラの影霊衣を、肉片一つ残さず消し飛ばした。

 

「そしてこのクリアウィングの効果で破壊したモンスターの元々の攻撃力分、このカードの攻撃力をアップするッス! 攻撃力2500に2700加えての5200!!」

 

 許しは乞わん恨めよ、とでも言いたげに明日香を見下すクリアウィング。その緑色の身体に悪そうな結晶体が一際大きく、緑色に光る。そして周りに謎の粒子を垂れ流す。

 雪のように深々と、蛍のように輝きながら落ちる粒子。あからさまに身体に悪い。

 

「……厄介ねその能力。でも――」

 

 所詮一回きりよね。

 そう囁くような声が、氷塊に熱した鉄球を落としたように入ってきた。ぞわり、と翔の産毛が栗立つ。不気味さと妖艶さ、十代に猛アピールするようになってから更にそれが研ぎ澄まされている。

 

「墓地のトリシューラの影霊衣と影霊衣の万華鏡を除外し、デッキから影霊衣の万華鏡を手札に加え、発動! 融合デッキのスケルゴンを墓地へ送り、ブリューナクの影霊衣を儀式召喚!」

 

 鏡の中から現れた巨大な氷塊がひび割れ、その中からブリューナクを催した氷の鎧を身に纏った少年が、両手剣を振り、ダイヤモンドダストを振り払いながら現れる。

 ブリューナクの影霊衣が背中に付いた氷の翼を羽ばたかせると、クリアウィングの足下から徐々に凍っていく。

 

「ブリューナクの影霊衣は融合デッキから特殊召喚されたモンスターを手札に戻す! クリアウィングとチャージ・ウォリアーには融合デッキで眠って貰うわ!」

 

「クリアウィング!」

 

 翔がクリアウィングに命令する、抵抗しろと。クリアウィングの羽が緑色に輝き、プラズマのように輝く粒子でバリアを作る。

 しかし、それすらもまるで無力。バリアがまるでただの光のように、何の抵抗もなくクリアウィングの脚は、下半身は凍っていく。凍り付き、動かなくなった。

 チャージ・ウォリアーは「寒いのは敵わん」とでも言いたげに側索と姿を消していた。

 

 そう、クリアウィング・シンクロ・ドラゴンの第二の効果。これはレベル5以上に対する効果を無効にし破壊するものだが、それが適応されるのは一枚限定。

 例えば今回のブリューナクの影霊衣のように、一枚以上を対象に出来る効果の前には無力。何の抵抗も出来ず、消えてしまう。

 

「これでもはや打つ手なし、かしら? バトル!」

 

 明日香は勝利し褒められる自分の姿を幻視し、思わず頬が緩む。しかしそれは、敵である翔からしてみれば、さながらライオンの笑み。笑うとは本来攻撃的なものであり、獣が牙を剝くのが原点である。

 即ち、今の翔が見ているものは、明日香の笑顔は攻撃的な笑みなのだ!

 ――しかし、だからといって翔もやられっぱなしという訳では無い!

 

「ブリューナクの影霊衣で直接攻撃!」

 

 ブリューナクの影霊衣が右足を大きく踏み込み、剣を逆袈裟に振り上げる。冷気をさながらロケットのように噴出させながら迫る刃。しかし翔は冷や汗を流しながらも、笑みを浮かべ罠を発動させる。

 

「ははっ、はははっ! この程度、想定の範囲内ッスよぉ! 罠カード発動、ダイスロール・バトル! 相手の攻撃宣言時、墓地のスピードロイドモンスターを対象に発動! そいつと手札のスピードロイドのチューナー1体を除外し、エクストラデッキからシンクロモンスターを特殊召喚するッス! 僕は墓地のダブルヨーヨーと手札の三つ目のダイスを除外! 吹きすさべ死と発展の粒子よ! まき散らし世界を汚染しろ! クリアウィング・シンクロ・ドラゴン!」

 

 またしても死と発展、戦争の粒子をまき散らしながら現れる白き竜。それが、ブリューナクの影霊衣の前に立ちふさがり、剣を防ぐ。

 ブリューナクの影霊衣は咄嗟に後ろへと飛ぶ。すると先ほどまで彼の居た場所に、緑色の粒子の塊が放出された。ドロドロに溶けた地面が、泡を作る。

 

「どうするッスか明日香さん。攻撃力はこっちの方が上ッスよ?」

 

「……攻撃は続行するわ」

 

 明日香は迷う事無く、再度攻撃の命令を出す。ブリューナクの影霊衣は頷き、剣を水平に構え、地を蹴った。

 相手は竜、それも攻撃力では負けている。だというのに、真っ直ぐに走る。ただひたすらに、勝利しか考えずに。

 明日香の選択に、命令に迷いは無かった。

 クリアウィングが迎撃しようと粒子の塊をはき出すが、ブリューナクの影霊衣はそれを意図も容易く避ける。横に飛び、前転し、先を読んだ攻撃を読みあえて移動せず。

 そして素早くクリアウィングの足下に潜り込むブリューナク、その剣に青い鱗の、両腕にレーザー砲台のようなものを取り付けたリザードマンが宿る。

 

「手札のディサイシブの影霊衣を墓地に捨て、攻撃力を1000ポイントアップする!」

 

 剣が青白く光り輝く。クリアウィングの翼すら覆い隠さんばかりに、神々しく。

 雄叫びを上げ、勢いよく振り下ろす。するとクリアウィングの胴体は翼ごと真っ二つに裂け、内部の緑色の粒子が大きく吹き出し、空を覆う。

 バチバチと切断された内部のコードがスパークし、生身の部分の断面から赤黒い液体が溢れ流れ出る。

 

「……マジッスか、ちょっと想定の範囲外ッスねこりゃ」

 

「常に想定を上回っていくのがデュエルの醍醐味よ。カードを二枚セットしてターンエンド」

 

 明日香の場には攻撃力2300のブリューナクの影霊衣、一見すると有利に見える。が、しかし、それでも簡単に、たった一枚のカードでひっくり返るのがデュエルというものだ。

 そして翔は永理の、あの永理の友人である。それも同じ深淵を覗く同志だ。戦局をひっくり返すようなキーカードは、きっと何枚も組み込んであるだろう。

 

「僕のターン、ドロー!

 ……やっぱりだ」

 

「やっぱり?」

 

「最後に勝つのは、最後に笑うのは僕自身だ! 魔法カード、スピードリバースを発動! 墓地のスピードロイドと名の付くモンスター一体を特殊召喚する! 僕は墓地のベイゴマックスを特殊召喚! 効果により、デッキから赤目のダイスを手札に加え、召喚するッス!」

 

 連なったベイゴマの隣に現れる、黄金立方形のサイコロ。ぎょろり、と不気味な血のように赤い眼が明日香を睨む。

 周辺に浮かぶ赤い宝石は赤目のダイスを離れ、ベイゴマックスの周りを旋回する。

 

「赤目のダイスは召喚・特殊召喚に成功した時、場のスピードロイド一体のレベルを1~6までの好きなレベルにするッス! 僕はこれでベイゴマックスのレベルを5にする! レベル1赤目のダイスに、レベル5ベイゴマックスをチューニング!

 南西諸島の海の地の底に眠る竜よ、鉄と重油と戦争の臭いを嗅ぎ付け目を覚ませ! シンクロ召喚!」

 

 光の中に現れる、数多の船の残骸(スクラップ)。それらを翼を広げぶち壊しまき散らし姿を現す、珊瑚色の、蛇のような下半身の龍。

 さながらミノカサゴを龍化させたような外見の龍は、鉄より固い鉛の鱗をまき散らし、天に吠えた。

 

「瑚之龍!」

 

「シンクロモンスター……本当、ぽんぽん出すわね」

 

「運の良さは兄さん譲りなんスよ。瑚之龍の効果発動! 手札を一枚捨て、場のカード一枚を破壊する! 僕は明日香さんの伏せている、右のカードを破壊!」

 

 瑚之龍の身体が一瞬震えたかと思うと、棘のように尖った鱗が明日香のカードをずたずたに引き裂く。

 破壊されたのはトラップ・スタン、罠カードの効果を無効にするカードだ。強力ではあるが、今の状況では無力。

 

「バトル! 瑚之龍でブリューナクの影霊衣を攻撃ッス!」

 

 瑚之龍は地面に、槍のような両腕を突き刺し大きく跳躍した。そして自重に任せてブリューナクの影霊衣に飛びかかる。

 しかしブリューナクの影霊衣は剣で、逆に相手の首をたたき切ろうと振りかぶった。

 びゅん、と空気の切れる音。ブリューナクの影霊衣が剣を振るった時には既に瑚之龍は居らず、強い衝撃と共に背後から腹にかけて、熱のようなものが差し込まれる。

 ぽたぽたと、赤い雫が地面に落ちた。呆然と、腹に突き刺さった棘を見るブリューナクの影霊衣。遅れて傷みが全身に走り、からりと剣を落とす。

 瑚之龍はそのままブリューナクの影霊衣に体重をかけ押し倒し、何度も何度も腕で腹を刺突する。そのたびに口から赤い泡が吹き出し、身体が痙攣する。鎧と瑚之龍が真っ赤に染まり、内臓がぐちゃぐちゃのミンチになってからようやっと、ブリューナクの影霊衣は消滅した。

 会場はシン、と静まりかえっている。

 

「……グロ過ぎない?」

 

「そうッスか? ターンエンドッス」

 

 ちょっと吐き気を抑えながら、明日香はカードを引く。

 

「……正直、ここまでやるとは思っていなかったわよ翔君」

 

「そりゃどうもッス。でも、次のターンで明日香さんは終わりッスよ。たった二枚のカードで何が出来るんスか?」

 

 明日香の手札はたったの二枚。そう、翔の言うとおり、これはもはや詰みに入っている。

 翔のシンクロデッキや万丈目のパワーシンクロデッキならばいざ知らず、明日香のデッキは手札消費の多い儀式デッキ。供物にしても何にしても、とにかく手札を消費するデッキだ。

 それが、たった二枚で何が出来るというのか。翔は、勝利を確信していた。勝ち誇っていた。

 

「そこがまだまだね翔君! 私は魔法カード、儀式の準備を発動! デッキから儀式モンスター一体を手札に加え、墓地の儀式魔法をサルベージする! 私は墓地からトリシューラの影霊衣を、そしてデッキから影霊衣の降魔鏡を手札に加える! 墓地の影霊衣の万華鏡とディサイシブの影霊衣を除外し、デッキから影霊衣の反魂術を手札に加える!

 影霊衣の降魔鏡を発動! 手札のシュリットを供物とし、手札のトリシューラの影霊衣を儀式召喚!」

 

 またしても現れる、赤髪の少年。そして、今度は効果を発揮出来るからか、どこか表情は得意げだ。

 トリシューラの影霊衣が剣を振るうと、即座に瑚之龍の身体は凍り付き、粉々に砕け散った。

 

「トリシューラの影霊衣は儀式召喚に成功した時、場・手札・墓地のカードを一枚ずつ除外する! 場の珊之龍に墓地のクリアウィング、そして手札を一枚除外してもらうわ! そしてシュリットの効果で、デッキから影霊衣と名の付く魔法カード、影霊衣の降魔鏡を手札に加える! 更にリバースカードダブルオープン、罠発動、無欲な欲張り! カードを四枚ドロー! 更に暗黒界の取引を発動! 互いにカードを一枚ドローし、一枚捨てる!」

 

 無欲な欲張りは次とその次のターンのドローをロックするという弱点こそあるものの、手札二枚という即効性のアドバンテージを得られる。いわば株でいうところの、信用取引のようなものだ。

 つまり、これで決められると、決める事が出来ると確信出来た時に発動すれば、そのデメリットは存在しないものとなる!

 翔もそれを察知していただろうが、しかし打てる手は全くなかった。手札誘発効果のあるモンスターは存在せず、場はがらんどう。もはや、勝てる見込みはない。

 

「儀式魔法影霊衣の反魂術を発動! 手札の影霊衣の戦士エグザを供物に、墓地からカタストルの影霊衣を儀式召喚! そしてエグザの効果でデッキから魔法使い族の儀式モンスター、二枚目のカタストルの影霊衣を手札に加える!」

 

 両腕に機械のアームを付けた二足歩行で歩く竜人種(リザードマン)が、ぎらぎらと青い鱗を光らせて現れる。魚のような背びれが、ひらひらと風に揺れる。

 機械のアームは白い装甲に被われており、肉を引き裂く刃は黄金色に輝く。

 

「さあバトルよ! トリシューラの影霊衣、カタストルの影霊衣で直接攻撃!」

 

 トリシューラの影霊衣は身体を前方に倒し、地面を強く蹴る。そして矢の如き早さで翔に肉薄すると、一気に袈裟へ切り上げた。

 翔は咄嗟にそれに、半ば条件反射的に両腕で身を庇う。しかしその上から、カタストルの影霊衣の黄金色に輝く人工爪が振り下ろされ、翔のライフは跡形も無く削られた。

 

「……かっ、勝った、の?」

 

「……なーんで勝者である明日香さんの方が、ぽかーんとしてるんすか」

 

 




 待たせたな!!
 とりあえず文化祭分だけは終わらせます。かなりお待ち下さい。ヘルシングのOVA最終巻よりは早く出るかも……遅く出るかも(ボソッ)

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