月影永理の暴走   作:黄衛門

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第51話 童の夢

 廃寮というのは、いつ来ても不気味である。まだ二回目しか来ていないが、十代はおっかなびっくり暗い廊下を歩きながら思う。

 まだ廃寮になって二年しか経っていないらしいが、とてもそうは思えない荒廃具合だ。窓ガラスは所々割れているし、床に穴も空いている。二階の手すりには埃が積もっており、喘息持ちであれば咳き込みすぎて過呼吸で死んでしまいそうだ。

 だが、こんな場所だからこそ人を隠すには最適というものだ。

 誰も寄りつかないというのであれば、人を攫い隠す時は誰だってここを選ぶだろう。逆に人の多いところに隠そうと思う奴なんてのは、永理ぐらいのものだ。

 ……いや、永理に誘拐なんて出来る気はしないが。まず小学生に力負けるし。

 

「えっと、『こちら十代、廃寮内を探索中。トラトラトラ』……っと。送信」

 

 十代がPDAで文章をSNSのグループチャットに打ち込む。すると即座に既読が一つ付いた。

 神楽坂が常に、携帯を充電しながら監視しているのだ。もし仮に何かしらの異常――即ち、行方不明になったりとかがあったら、すぐに警備員に通報できるようにする為だ。

 その場合、またしても制裁デュエルをしなければならなくなるが……万丈目とコンビを組めばなんとかなるだろう。永理の場合も、なんやかんや合わせてくれそうな気がする。変なデッキで。

 

「しかしまあ、なにも変わっていないなマジに。現場検証の時に軽く掃除していると思っていたんだけどなぁ」

 

 怖さを紛らわす為にブツブツと独り言を呟く十代。端から見たら不気味な事極まりないが、今この場にいるのは十代と、十代の精霊であるハネクリボーだけだ。

 しかし、『なにも変わっていない』というのはちょっと見てみただけの話だ。ハネクリボーが「クリクリ~」と十代に、床に懐中電灯を向けるように仕向ける。

 十代は少し首を傾げながら床に光を当てる。よくよく目をこらしてみれば、うっすらと埃に、まるでべちゃっとした雪を踏んだかのように靴跡が残っているのが見えた。

 誰かが入っているのは間違いないようだ。最も、よく目をこらして見なければこの暗さでは、きっと気付く事は無かっただろうが。

 

「どうやら、俺のところが『当たり』みたいだな……万丈目に自慢してやろっ」

 

 万丈目はとにかく強いデュエリストと戦いたがる、十代以上のデュエル馬鹿だ。故に万丈目が大徳寺先生捜索に協力しているのは、大部分がセブンスターズとデュエル出来るかもという不謹慎的観測からによるものが大きい。 勿論心配故の善意もちょっぴりはあるだろうが。

 

「ハネクリボー、足跡を追うぞ! この先にきっと、多分! 大徳寺先生は居る!」

 

 半ば確信に近い予想で、十代は足跡を、出来るだけ消さないように追う。仮に足跡を辿っていった先に敵が居て、それを倒したとしても、無事に帰れなければ意味はないからだ。

 そして十代は廃寮の奥へ、ずんずんと突き進んでいく。

 そして、タイタンと戦った地下へ通じる階段の横、床にごつい南京錠と鎖が落ちている部屋で、足跡は無くなっている。

 つい最近に開閉されたかのように、床の埃がこそげ落ちている。つまりは、ここになにかが居る事は明白。中に誰が居るのか、誰が敵なのかは分からないが、十代は意を決して、扉を開けた。

 するとそこには、静かに佇む男がいた。

 男は閉じていた眼をゆっくりと開くと、十代に語りかける。

 

「来たか」

 

「……誰だお前は」

 

 窓際に立つ、月光を浴びる男。背は高く、茶色い儀式めいた服を着ている。長い銀髪の下には、顔を覆い隠す無表情な仮面。

 女性が見たら神秘的と評価しそうではあるが、生憎十代はこれを見ても不気味だとしか思えなかった。

 

「お初にお目に掛かる、精霊の申し子。我が名はアムナエル。セブンスターズが最後の一人、錬金術のアムナエル」

 

「……つまり敵でいいんだな、お前は!」

 

 十代はデュエルディスクを展開する。問答無用にぶっ飛ばす、という意思表示のようだ。

 アムナエルは不敵に笑い、袖の中からデュエルディスクを展開。十代と同時にカードを引く。

 

「デュエルを始める前に聞こう……クロノス先生はどこだ?」

 

「ああ、奴なら私が作り出した異世界で眠ってもらっているよ。私を倒せば帰してやろう」

 

 その言葉が嘘であれ本当であれ、十代はそれが本当だと信じるしかない。全ての選択肢は、相手が握っているのだ。

 であれば、答えは簡単。十代は永理ほどではないが、難しく考えるのは嫌いな性質(たち)だ。

 

「「デュエル!!」」

 

 デュエル開始の宣言と同時に、二人の足下に闇のようなものがまとわりつく。

 思えばまともな闇のデュエルは久しぶりだな、とどこか呆けたように思う。確か最後にやったのが……あの遺跡での儀式だっただろうか。

 

「先攻は私が貰おう! ドロー!

 永続魔法、次元の裂け目と墓守の使い魔を発動。モンスターをセットし、ターンエンドだ」

 

 次元の裂け目はモンスターカードを除外する効果を持ち、墓守の使い魔はデッキトップを一枚墓地へ送らなければ攻撃出来ないというデッキ破壊効果を持っている。

 それぞれの効果はそれほど目立たないが、カード同士の組み合わせが途轍もなく厄介なのだ。墓守の使い魔の、墓地へ送らなければ攻撃出来なくするという効果を、除外によってそもそも発動できなくする。

 よって、魔法・罠カードの除去が無ければ割と面倒なのだ。

 

「俺のターン、ドロー!

 ……魔法カード、予想GUYを発動! デッキからレベル4以下の通常モンスターを特殊召喚する! 俺はデッキから、E・HEROスパークマンを特殊召喚! 更に手札からエアーマンを召喚し、効果発動! このカードを除くHEROの数だけ、相手の魔法・罠を破壊する! 裂け目を破壊しろ、エアーマン!」

 

 スパークマンに続き現れたエアーマンの羽から、カードを引き裂く風が吹き荒れる。それによりアムナエルの次元の裂け目は破壊された。

 

「これでロックは解除された! 攻撃は通る! エアーマンで伏せモンスターを攻撃! エアーシュート!」

 

 エアーマンは高く飛び上がると、追い風を自らに浴びせ勢いよく伏せモンスターに攻撃する。

 しかし突如光の壁が現れ、エアーマンをはじき飛ばした。

 

「伏せモンスターは光の追放者……守備力は2000だ」

 

 エアーマンの蹴りが、青と黄色を基調にした儀服に身を纏った番人が両手から展開した光の障壁によって防がれ、はじき飛ばされてしまう。

 閃光の追放者、墓地へ送られるカードを全て除外するという厄介な効果と、高い守備力を持った面倒なモンスターだ。特に、十代のデッキは墓地を軸として動くタイプ。それ相手にこのカードは、もはや嫌がらせのようなものだ。

 

「カードを一枚セットして、ターンエンドだ!」

 

「私のターンだ、ドロー!

 ……正直驚いているよ、たった一ターンで攻撃を行ってくるとは。しかも墓守の使い魔の効果で墓地へ送ったのは、ネクロ・ガードナーだろう? つくづく素晴らしい強運だな、羨ましいよ」

 

「その割には余裕そうだな、アムナエル」

 

「当然だ。何せ君は、折角ロックを破ったのにまた攻撃を封じられてしまっているのだからね……墓地アドバンテージを欲張らずに、墓守の使い魔を破壊しなかったのは君のミスだ」

 

 プレイングミス、悔しいがアムナエルの言うとおりだ。十代は少し、欲張ってしまった。普通の除外デッキとは戦い慣れていないせいだ。

 永理のデッキが奇想天外すぎて、それに慣れてしまった弊害、というべきだろう。除外デッキであれば、警戒してしかるべきのモンスター。ついつい除外デッキ相手には、永理に対する戦い方をしてしまう。

 

「おかげで私は、一方的に君を殴れるというものだ! 私は手札から魔法カード、手札抹殺を発動! 手札を三枚捨て、デッキから三枚ドローする!」

 

 十代も同じ、手札交換。だが閃光の追放者の効果によって、十代の墓地アドバンテージは取り上げられたも同然。

 対してアムナエルはそもそも除外デッキ、墓地ではなく除外されて効果を発揮するカードばかりだ。

 

「更に魔法カード、魂の解放を発動する。私は墓地の次元の裂け目、君の墓地のネクロ・ガードナーと予想GUYを除外する! ……私の墓地にカードが存在せず、私のカードが四枚以上除外されている場合、このカードを発動できる! 魔法カード、カオス・グリード! カードを二枚ドローする! 更にもう一度、カオス・グリードを発動!」

 

 一気にアムナエルの手札が四枚まで回復した。これは非常に不味い。除外場も十分肥えており、動ける準備はとうに終わらされていた。

 

「私は紅蓮魔獣ダ・イーザを召喚! 除外されているカードの枚数は八枚、よって攻撃力は3200だ!」

 

 永理と同じ――否、闇のように黒い炎を巻き上げ現れる、永理の代名詞とも言えるカード。

 それが十代を殺す為に、悪魔の雄叫びを上げる。

 やはり、強い。永理には無い安定性と、堅実なデッキ運び。爆発力こそ無いものの、最低限の手間で最大級の動きができるようによく吟味されているカード達。

 

「バトルだ! まずはスパークマンから破壊しておこう、憤怒の炎!!」

 

 ダ・イーザの腕から放たれた黒い炎は、スパークマンに抵抗する間もなく飲み込み、焼き尽くした。その余波が、十代の身にも降りかかる。

 炎が、十代の視界を覆い尽くす。咄嗟に目元を腕でガードするが、熱は容赦せず全身を、突き刺すように焼き尽くす。

 

「ぐっ、あああああ!!」

 

「カードを一枚セットし、ターンエンドだ。さあ、どう動く。遊城十代」

 

 アムナエルは嫌らしく笑みを浮かべる。

 闇の決闘特有の痛みに、十代はすぐに動けない。

 だが気合いで、傷む身体を無理矢理動かす。

 

「……ドロー!

 ッ、モンスターをセット、エアーマンを守備表示の変更。カードをセットしてターンエンド」

 

 エアーマンが腕を前で十字にクロスさせ、姿勢を低くする。

 今打てる最善手を、ちまちま打っていくしかない。後手に回ってしまうが、今はそれがベストな選択だ。

 

「ふん、守ってばかりでは勝てないぞ。ドロー!

 魔法カード、闇の誘惑を発動。カードを二枚ドローし、手札の闇属性モンスター、ネクロフェイスを除外する。ネクロフェイスのモンスター効果により、お互いデッキトップからカードを五枚、除外する!」

 

 除外デッキのエンジンともいえるネクロフェイス、やはり入っていたようだ。

 カードを除外場から展開するのではなく、除外することに意味のあるデッキ。上級者向けなデッキではあるが、これ以上に相手をしていて嫌な相手はいないだろう。

 故に、だからこそ――

 

 そこに付け入る隙がある。

 

「魔法カード、次元の歪みを発動。墓地にカードが存在しない場合、除外場のモンスター一体を特殊召喚する。私は除外したネクロフェイスを特殊召喚!」

 

 赤ちゃん人形の頭に無数のたこが生えたような化け物が召喚される。

 永理もよく使う、グロテスクな人形。効果は除外によるデッキ削りだけではなく、除外されているカードを戻すデッキ回復能力も持っている。

 だが、それは通常召喚しての話。特殊召喚では、何の役にも立たないモンスターだ。

 ……だからといって、全く以て安心であるという訳にはいかない。

 

「私はネクロフェイスを生け贄に捧げ、黄金のホムンクルスを召喚する!」

 

 ネクロフェイスのプラスチックが弾け、中のグロテスクな肉塊が、まるでなにかに吸い込まれるように圧縮されていく。

 やがてぶちゅり、と音を立てて潰れ、どろりと、古びた布のような色の脳みそが垂れ落ちた。

 脳みその混じった肉塊は細かく震えたかと思うと、剥き出しの骨と筋肉が突如として生え、不格好な人型を形作っていく。

 さながらゴリラのように巨大な胸と手足、それと相反するように小さな腰。現存する生物とは全く異なる骸骨。

 それらの骨から、筋肉からしみ出してくるように、黄金色の皮膚が張られていく。

 腕も足も、その形そのままに皮膚が、黄金色に輝く皮膚が張られていく。

 だが、頭部だけは違う。皮を剥がした男が苦しんでいるような顔の下には、なにもない能面。

 やがて額の男はぎょろりと十代を睨むと、ねっとりとした厭らしい笑みを浮かべた。

 

「攻撃力1500……? いや、なにか効果があるんだな」

 

「その通り。このモンスターの攻撃力・守備力は、除外されている私のカードの数×300ポイントアップする。

 除外されたネクロフェイスの効果でデッキトップからカードを五枚除外する。これで除外された私のカードは十九枚。よって黄金のホムンクルスの攻撃力は7200! もっとも、ダ・イーザの攻撃力は7600だからそれほど高くは感じないだろうが……全く、度しがたいほど火力の出るカードだな、永理君のカードは」

 

 思わずといった感じに出た、小声での呟き。

 その言葉に、妙な違和感があった。十代では上手く表現できないが、なにか見逃したら行けない違和感が……。

 

「バトルだ! 紅蓮魔獣ダ・イーザで伏せモンスターを攻撃!」

 

 ダ・イーザの腕が大きく開き、一千度を超える火炎放射を放出する。

 炎の悪魔が伏せられているモンスターに襲いかかろうとした瞬間、十代はカードを発動させた。

 

「罠カード発動、マジックアーム・シールド! 相手モンスター一体のコントロールをエンドフェイズまで奪い、攻撃してきたモンスターと強制的にダメージ計算を行う! 俺は光の追放者のコントロールを得る!」

 

 十代の足下から伸びたアームが光の追放者の胴体を掴み、伏せモンスターの前に、壁のように叩き付ける。

 ダ・イーザは慌てて炎を弱めようとするも、時既に遅し。黄色いローブが炎に包まれ、おぞましい断末魔を上げながらボロボロと崩れていく。

 

「どうだ! ロックを破ってやったぜ!」

 

「だが、私の場には依然としてダ・イーザと黄金のホムンクルスが存在する……忘れてもらっては困るな。ホムンクルスよ、伏せモンスターに攻撃せよ! ギガント・フック!」

 

 黄金のホムンクルスが右腕を大きく振り下ろす。ただのストレートではあるが、黄金という質量から繰り出される一撃は、それだけで戦術兵器級の破壊力を生み出す。

 通常モンスターよりも、置いておいたら厄介かもしれない伏せモンスターを警戒したのだろう。だが、結果的にではあるがその選択は、アムナエルの首を絞める結果となった。

 拳から壺の割れるような音が鳴り響いたかと思うと、ゆっくりと引き上げた巨人の腕に、ケタケタと笑う泥のようなものがへばりついていた。

 

「伏せていたのはメタモルポットだ! 効果は……言わなくても分かっているよな?」

 

「くっ……」

 

 アムナエルは思わず苦い顔をする。

 デッキ枚数が残り少ないというのもあるが、相手に十分な手札を補充させてしまったことによるものだ。

 手札は無限の可能性、それを多く取ったものはそれだけ有利に動くことができる。

 アムナエルの狼狽える様に、十代は首を傾げた。初対面だというのに、自分が手札を補充したのを異様に警戒していたのに。

 

「まあ、良いだろう。ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!

 俺はデブリ・ドラゴンを召喚! 効果により墓地の沼地の魔神王を特殊召喚する!」

 

 異様に細いドラゴンと、藻に塗れた魔神が現れる。

 十代の必勝パターン。だが、アムナエルの表情に変化は無い。

 十代は、自分の勘が外れていたと判断し、そのまま動いた。

 

「レベル3沼地の魔神王に、レベル4デブリ・ドラゴンをチューニング!

  氷結界に封じられし暴力を司る龍よ、今一度結界より解き放たれ、我が敵を滅ぼせ! シンクロ召喚! 氷結界の龍グングニール!」

 

 天高く上った光が瞬時に凍結し、氷片をまき散らし現れる四つ足の龍。

 十代が最も信頼する、最も愛用するシンクロモンスターだ。融合のフェイバリットカードがシャイニング・フレア・ウィングマンならば、シンクロのフェイバリットカードはこのカードだと言えるだろう。

 

「グングニールの効果発動! 手札を二枚まで捨てることで、相手場のカードを捨てた枚数分破壊する!

 俺は手札を二枚捨て、ダ・イーザと伏せカードを破壊!」

 

「ダ・イーザを対象に速攻魔法発動、禁じられた聖衣! 攻撃力を600下げ、カードの効果による破壊を無効にする!」

 

 ダ・イーザが薄い光の膜に包まれると、グングニールの口から放った冷気をはじき飛ばす。

 600下げようと、攻撃力7000の壁を越えるのは不可能だ。

 ……だが、十代は不敵な笑みを浮かべた。

 

「魔法カード発動! 大欲な壺! 自分または相手の除外されているカード三枚をデッキへ戻し、自分はカードを一枚ドローする! 俺はあんたのネクロフェイス、闇の誘惑、手札抹殺をデッキに戻し、カードを一枚ドローする!」

 

 あえてドローソースと除外ソースを戻したが、アムナエルは迂闊にそれらのカードを使えない。デッキが少ない現状、手札に来たとしても一か八かの賭けに使うか、邪魔になるかしかないからだ。

 休みの時間、永理相手にしていて思いついた手である。アムナエルの歯噛みした表情から察するに、そこそこ効果はあるようだ。

 ついでに、除外されていたカードが三枚減ったことにより、黄金のホムンクルスは900、ダ・イーザは1200攻撃力が下がった。とはいえ、それでも攻撃力6300と5800なのだが。つくづく馬鹿げた火力だ。

 

「まだまだァ! 速攻魔法、異次元からの埋葬を発動! あんたの除外されている魂の解放、次元の歪み、次元の裂け目を墓地へ戻してもらう!」

 

「二枚目だと……!?」

 

 除外されているカードが三枚減ったことにより、黄金のホムンクルスの攻撃力は5600、ダ・イーザの攻撃力は4900まで落ちた。

 ここまで下がれば、十代のデッキであれば届かない領域では無い。

 

「魔法カード、ミラクル・フュージョンを発動! 場のスパークマンと墓地のスパークマンを融合! E・HERO Theシャイニングを融合召喚!!」

 

 まずはじめに光の中から浮かび上がったのは、太陽を思わせる円と、八つのパネルだった。

 やがて光が収まっていくと、赤いオーブを付けた、太陽の塔を思わせる白さを持ったヒーローが現れる。

 除外されているHEROの数は十体。5600の攻撃力となった。現状のダ・イーザ程度なら倒せる火力だ。

 

「馬鹿な、属性HEROだと!?」

 

 アムナエルはそのヒーローを見て、あからさまな動揺を見せた。

 明らかに不自然な動揺。十代はカードを持つ手を止め、アムナエルに問いかける。

 

「なあ、あんた……俺を知っているな。他のセブンスターズとは違う……誰だ?」

 

「……なんのことかね?」

 

「思えば、最初から不自然だった。普通のセブンスターズは、七精門の鍵の保有しているかを知っていても、名前までは知らない。だというのに俺がクロノス先生の所在を問いかけた時、あんたは迷い無く『異空間に閉じ込めた』と答えた」

 

 そう、思えば最初から不自然だった。

 普通のデュエリストというものは、相手が有名人かもの凄く印象に残る奴でもない限り、名前を覚えているものではない。

 だがこの男、アムナエルはクロノス教諭の名前を知っていた。

 

「デュエル前に名を聞いただけだ」

 

 なんとでもないように、アムナエルは答える。

 確かに、それならば覚えている可能性もあるかもしれない。

 最も、それ以上に分からないことが……否、正体を判明させるための失言があった。

 

「ならなんで永理の名前を知っている? それも、あいつのエースモンスターまで」

 

 十代の言葉に、アムナエルは沈黙で返した。

 そう。この男と永理との接点が無いのだ。交友関係においては訳の分からないくらい手広くやっている永理ではあるが、もし奴の友人であれば、そう答える筈。

 だというのに押し黙ったということは……十代の頭の中で、徐々にピースが埋まっていく。

 アムナエルはそっと、自らの顔を覆っている仮面に手をかけた。

 

「……十代君は馬鹿では無いがデュエルに特化した、それ以外を気にしない人間だと思っていましたが」

 

「誰が妖怪首置いてけか」

 

「いやはや、永理君の名前を出したのは失敗でしたにゃ~……」

 

 そう言って仮面を外したアムナエルは、その素顔を外気に曝す。

 猫のように細い瞳、いつもの眼鏡をかけたその姿は、十代のよく知る人物だった。そして、探していた人物でもあった。

 

「大徳寺先生……一体、なにが目的でこんな……はっ、まさか女装の黒歴史を消したいが為に!?」

 

「いやそれは違いますにゃよ!?」

 

 まさかの方向からの考察に思わず突っ込みを入れてしまったアムナエル。

 こほん、と一つ咳払いをしてから、話を変える。

 

「……それに答える前に一つ、質問しても良いですかにゃ~? 何故、今の今まで属性HEROを使わなかったのか。単純に手に入らないから、では無さそうですが」

 

 大徳寺先生、否アムナエルの目つきが鋭くなる。

 そう、不自然なのだ。十代のデッキは。今やHEROデッキといえば属性HEROを使うのが一般的な環境において、十代は昔ながらの、素材の決められたHEROばかりを使用している。

 今や昔ながらのHEROを使うのは、そもそも属性HEROが手に入らない人間か、それともいわゆる懐古主義かだ。

 だが、大徳寺先生という立ち位置から見て、十代はそのどちらでも無いように見えた。家はそこそこの中流家庭、懐古主義という訳でも無く新たな要素であるシンクロも積極的に取り入れている。

 では何故、と疑問に思うのは当然だった。

 十代は、その理由をぽつりぽつりと語っていく。

 

「……いつだったか忘れたけど、昔テレビ番組で決闘王武藤遊戯と、伝説のライバル、海馬瀬戸のデュエルが放送していた時にですね……神が召喚された時に、ふと夢を抱いたんですよ」

 

 十代はそこで言葉を句切り、目を瞑った。昔を思い返す。

 まだ現実もなにも見えていない、純粋に夢だけを追い続けていた昔を。

 

「神のカードを見た時、みんなは『かっこいいな』とか、『使ってみたいな』とか思いましたよね? でも、俺だけ違くて、『いつか倒してみたいな』って思ったんですよ。そのためなら、属性HEROだと駄目だと。こいつらじゃ、効果じゃ倒せないと思ったことがきっかけ……ですかね? そのためにとにかく、火力だけを追い求めていたら、いつの間にか……まあ高くてちょい手が出しづらかったってのもありますけど」

 

 十代の言葉は、当時としては――幼い子供の考えとしては、異端だった。『伝説に憧れる』ではなく『伝説を超える』という夢。

 終着点が神のカードに認められ使う、ではなく、その打倒。彼は、その夢をずっと追い続けたのだ。

 確かに、効果は強いがステータスは控えめな他の属性HEROではたどり着けない境地だ。ただ純粋な力のみが求められる世界、そこにたどり着くための課程で現在の遊城十代があるのだろう。

 ――その為ならば十代は、どれだけだって貪欲になれる。

 

「……神を超えたがる愚者か、それとも本当に超えられる選ばれし者か。ならば十代、最後の授業だ。まず手始めに、この私を超えてみろ!」

 

「ああ、手始めに超えてやる! 俺はTheシャイニングで、ダ・イーザを攻撃! アルティメット・オブ・サン!」

 

 背中のパネルが神々しく輝く。ダ・イーザはそれに対抗しようと腕から炎を出すが、太陽には届かない。

 やがてドロドロと、肉が溶け始めた。発火を超えた温度、プラズマを巻き起こしながら溶けていくダ・イーザやがてそこには、所々に真っ赤な肉が残った、真っ白な骨だけが残った。

 

「カードを一枚セットし、ターンエンド!」

 

 形勢逆転、手札こそアムナエルの方が多いが、墓地にカードがあるせいで手札の次元の歪みが腐ってしまっている。

 現状、手札で使えるカードはたったの三枚のみ。ならばいかにして除外数を増やすべきか。まずはそれを考えなければ動けない。

 

「私のターン、ドロー! ……そういえば答えていなかったですにゃ、なぜ私がセブンスターズだったのか……。

 今回、セブンスターズ事件の首謀者である影山は私の友人ですにゃ。彼は永遠の命を求めて、このような凶行に走った……のですが、どうも矛盾しているんですにゃ」

 

「矛盾? あと大徳寺先生、その格好でその語尾は似合わないぜ」

 

「……私と影山は、既に永遠の命を、仮にではあるが実現している」

 

 若干アムナエルを意識した大徳寺先生の口から出たのは、衝撃的な一言だった。

 永遠の命。過去から現在に至るまで、数多の人間が夢見、実現しえなかった永遠の課題とされていたもの。それが既に可能としていたなんて、到底あり得ない話……ではあるのだが、不思議と十代はそれを、すっと受け入れた。

 喋る妖刀に、仮面に操られていたという明日香の兄。そして何より精霊界という異世界。それらの非現実のおかげだろうか。

 

「だというのに『永遠の命』を求めて、今更あの男がこのようなことをしでかすとは、私には到底思えない。それに……闇に囚われた人間を引き出すならばともかく、既に死んだものに肉体を与え、永続的に生かすなんてのは、未だ私でも実現し得ない神の御業だ」

 

「……それって、どういう」

 

「ふふっ、自分で考えたまえ。バトル! 黄金のホムンクルスで、グングニールを攻撃! ギガント・フック!」

 

 自重で足を沈めながら、ゆっくりと向かってくる黄金の巨人。グングニールは口から冷気を吐き出し応戦するも、全く意に介さない。

 やがてグングニールの前で腕を大きく振りかぶると、勢いよく右ストレートを放った。グングニールの氷が砕け、飛び散った血と肉片が瞬時に凍る。

 その衝撃は後方にいる十代にも通った。ガラスのように鋭い氷が、十代の身体を切り刻む。

 

「がっ、あああああああ!!」

 

「ターンエンドだ、さあ魅せてくれ十代君。……もう私の先は長くない。君とのデュエルを、中途半端で終わらせたくない」

 

 パンパンと手を叩き、急かすアムナエル。

 質問は受け付けないと、暗に言っているようだ。結局十代には、何故大徳寺先生が、アムナエルがセブンスターズに入ったのか理解出来なかった。

 だが、なにか言えない理由があるのだろう。そうでなければ、ここまでしない筈だ。

 

「……俺のターン、ドロー」

 

 視界が霞む。血を流しすぎているのだろう。既に全身に突き刺さった氷は溶け、血液と一緒に足下に流れ出ている。

 頭がクラクラし、足が震える。考えがまとまらない。

 何故セブンスターズについたのか。何故不死の存在だというのに、寿命が迫ってきているのか。なにも分からない。

 身体が冷える。寒気が走る。視界の端でハネクリボーが心配そうに声を掛けてくるが、それに応える余裕が無い。

 

「どうした遊城十代。……君が目指した神は、君が戦いがっている神とのデュエルは、こんなものではないぞ。それとも……未来の事を考えれば、ここで死ぬのが温情とも言えるかな」

 

 どこか遠くから聞こえてくるような、アムナエルの言葉。その言葉を、十代自身の夢を聴き、気を持ち直す。

 だが相変わらず、視界は霞む。足下がふらつく。

 十代は拳を握りしめ、思い切り自分の頬を殴った。

 

「……ありがとよ、大徳寺先生。おかげで戻って来れたぜ」

 

「そうだ、それで良い! ここで死んでは、死より恐ろしい残酷な未来を乗り越えられんぞ!」

 

「なら見せてやるぜ、死よりも恐ろしい現実って奴をな! カードガンナーを召喚し、効果発動! デッキトップからカードを三枚墓地へ送り、攻撃力を1500ポイントアップさせる!

 バトル! Theシャイニングで黄金のホムンクルスを攻撃!」

 

 Theシャイニングは、ダ・イーザにしたものと同じ熱をホムンクルスに与える。

 だが表面の黄金が少し溶けるだけ。対しホムンクルスは大きく助走を付けてTheシャイニングへ向かって飛び上がった。

 迫って来るホムンクルス。Theシャイニングは咄嗟に太陽エネルギーを自らの身体に集中させ、ソーラービームを放とうとする。

 だが放つ直前、巨大なエネルギー塊にホムンクルスが直撃し、膨大な爆発を巻き起こし、両者共に粉微塵となった。

 

「Theシャイニングが破壊され墓地へ送られた時、除外されているE・HEROと名の付いたモンスターを二体まで手札に加える! 俺は除外されているスパークマンとクレイマンを手札に加える!

 カードガンナーで直接攻撃!」

 

 Theシャイニングの余波で少し溶けているが、カードガンナーはアムナエルへ照準を合わせ、両手から三発ずつ発砲する。

 弾がアムナエルの肉体を貫き、血しぶきが舞う。骨が砕け、飛び散った肉片が床を汚す。

 だが、まるでガラスで固定しているかのように、腕は空中に浮いていた。

 

「……どうした。それで終わりか、遊城十代!」

 

「いいや、とっておきのだめ押しってやつだ! 速攻魔法発動、覇道融合! こいつは俺のバトルフェイズにのみ手札、場のモンスターを対象に発動できる融合カード! 俺は手札のクレイマンとスパークマンを融合! 来い、E・HEROサンダー・ジャイアント!」

 

 十代の場に現れたのは、下半身は細いくせに上半身はかなりごつい、電気を操るヒーローだ。

 両腕に電撃を纏い、いつでも攻撃態勢に移れるようになっている。

 アムナエルは諦めたように眼を閉じた。そして、十代に宣言する。

 

「私は必ず戻って来る! だからこの熱を、私に刻み込んでくれ! 十代君!」

 

「……戻ってこなかったら、一生恨むからな! 大徳寺先生! サンダー・ジャイアントでトドメだ! アルティメット・スパーク!!」

 

 サンダー・ジャイアントの腕に纏った電気が、胸のオーブにいったん吸収されたかと思うと、膨大な質量を持った光の槍となった。

 サンダー・ジャイアントは大きく振りかぶりそれを投擲する。電撃はアムナエルの胸を貫き、そのまま全身に電気を流す。

 一瞬龍の痣が出来たかと思うと、すぐに炎が上がり始め、アムナエルの全身を包んだ。

 

 十代は、そんなアムナエルの姿を視界に収めながら、ゆっくりとその場に倒れ込んだ。

 

「……クソッ。動け……動け……」

 

 全身が鉛のように重い。視界はもはやまともに機能していない、なにも見えない。真っ暗闇。

 

《――十代》

 

 そんな中、焼けるような声が頭の中に響く。少し意識を向けると、アムナエルの方向から聞こえているようだ。

 幻聴だろうか。だが、今はそれでも良かった。意識を少しでも、現世に繋ぎ止めなければならないから。

 

《――月影永理に、気を付けろ》

 

 アムナエルはそう言い残し、灰となって崩れ落ちた。

 月影永理に気を付けろ。アムナエルの最後に残した言葉。言葉の意味は分からない。もはや、頭もまともに働かない。

 だが、何故か伝えなければ、と十代は思った。

 最後に振える手でPADを取りだそうとするが、指に上手く力が入らない。

 

 なんとか取ろうとしていると、不意に誰かの手が重なった。

 

「しっかりするノーネ、ドロップアウトボーイ! ここで死んではいけませンーノ!!」

 

 誰かの声がする。が、十代にはもはや分からない。

 だけど、伝えなければならない。友達に危機が迫っているかもしれないから。

 震える口を、なんとか動かす。か細い、少しの風音でかき消えそうな声を振り絞る。

 

「伝……きゃ……、みん……えい……」

 

 不意に、身体が浮く感覚がした。

 かすかに香る、チーズとワインの臭い。誰か、自分以外の体温。思えば、久方ぶりのおんぶかもしれない。

 昔を思い出す。祭りの帰りに、父親におぶさってもらっていた過去を。

 ワイン好きの父親の、暖かく頼りになる背中を。

 十代は幸せな記憶を思い出しながら、そっと意識を手放した。




 セブンスターズの数=北斗七星。
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