月影永理の暴走   作:黄衛門

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第52話 深淵の底でゾディアックは嗤う(前編)

 暗い暗い森の中、一つの影があった。

 月明かりに照らされた影は一つ。だが、人の姿は三つあった。ついでに頭には虫が乗っていた。

 当然、月影永理と愉快な精霊たちである。

 一歩一歩、がさりがさりと、頼りない足取りで踏み歩いていく。 かさかさと物音がするたびにびくっとなりながら、歩いて小一時間程度。月明かりに照らされ神秘的な光景となっている滝つぼへと出た。

 永理はその場で大きく伸びをする。コキコキッ、と音が鳴り若干腰を痛めた。

 見上げれば、満点の満月。森の中は薄暗く危なっかしかったが、星空の下へと出られれば、そこは景色を楽しめるだけの明るさはあった。

 とはいえ、永理はその光景に全く興味を抱かないのだが。

 

「……熊とか襲ってきたりしないよな?」

 

『熊だって骨と皮だけの人間襲わないでしょ』

 

「んだとコラ、内臓脂肪の量半端ないからな俺」

 

 死霊伯爵の言葉に言い返す永理。それは全く褒められたものではないし、そもそも無い方が望ましいものなのだが。

 とはいえ、永理の心配はもっともだ。食べられるかどうかはともかくとして、もし遭遇してしまったら襲われる可能性はかなり高い。

 生きたまま熊に食われていたという案件が本当にあったのを思い出し、恐怖を感じてしまう。

 永理は軽い空腹を抑えるために、カロリーメイトを一口かじる。

 ふと、茂みの方に目を向け、永理は呟く。

 

「……クロノス先生、熊に食われていたとかそういう落ちないよな?」

 

『あっはっはっ、秋田じゃあるまいし……』

 

「だよな~!」

 

 アッハッハッハッ、と笑い合う永理と死霊伯爵。とはいえ、その顔は少し青ざめ、厭な汗を流していた。

 

「……サイコ・ショッカー。こう、透視的なこと出来ない? お前サイキッカーだろ?」

 

『機械族だが?』

 

「くっそ使えねーなこの超能力者!!」

 

 永理が思わず毒づき、地面を蹴る。

 すると突如、大きな地響きが鳴り響く。

 森が揺れ、木々で眠っていた鳥たちが夜の空へと羽ばたいていく。

 大地は裂け、水は闇に飲み込まれる。

 

「えっ、えっ? 何事!? これ何事!?」

 

『ふむ、どうも強いエネルギーを感じる。これは人為的な……』

 

『それは本当ですかショッカー君!?』

 

『いや適当に言ってみただけだ』

 

「もう黙ってろよエスパー伊東が!」

 

 慌てふためくも、ただ死なないだけの普通の高校生(馬鹿)がどうにもできるはずもなく。

 迫り来る地割れに、永理は為す術無く飲み込まれた。

 永理が天に手を伸ばし、最後に見たのは――北斗七星の横で、大きく輝く星だった。

 

 

『ぷひぃっ、ぷひいいいっぷ! ぷぴゅん、ぷひぃっぷ!!』

 

 ひたり、ひたりと、永理の額に生暖かい液体が垂れるのを感じて、永理は目を覚ました。

 胸元では涙を浮かべた(ように幻視するほど心配している様子の)グレート・モスがすがりついており、永理が目を覚ました瞬間、顔にダイレクトアタックを食らってしまった。

 永理はグレート・モスを適当に撫で繰り回してから、頭上を見上げる。

 

「こりゃまたえらい深いところに……いや、閉じてるのか?」

 

 天井は閉じているのか、それとも光の届かぬところまで落ちたのか、空は全く見えない。だがうっすらと、ゴツゴツとした岩肌が槍のようにぶら下がっているのが見えた。どこからか光が入ってきているのだろう。

 地面は不自然なほどに平らで、まるで大理石の床のような感触を感じた。

 なにか光になるようなものが無いか探していると、ふと足下になにかが当たった。それを拾い上げてみると、どうも懐中電灯のようだ。

 ふと、足下を懐中電灯で照らす。

 

「うおびっくりした!?」

 

 そこには、誰のともしれぬ足が転がっていた。

 自分以外に誰か落ちたのだろうか、と考えるも、流石にグロい姿は見たくないので、懐中電灯を他のところに向け直す。

 しばらく辺りを照らしていたが、どうも食べられそうな野草が生えている様子は無い。

 それどころか、植物やコケすら生息している様子は無かった。

 床はやはり大理石のようで、大量の血が溝に沿って流れている。壁は、床とは不釣り合いなくらい岩岩している。

 永理はPDAを取り出して見る。画面こそ割れているが、無事に電源は付いた。だがここまで電波は届いていないようだ。

 

「これ……所謂詰みって奴じゃねーか。ヤバいんじゃねーのこれ!? ショッカー!」

 

『風も来ていないな……だがなんだ? この、妙なエネルギーの流れは』

 

「エネルギーの流れ? 伯爵、そんなの見えるか?」

 

 永理の眼には勿論、尋ねてみた死霊伯爵も同じように首を横に振る。

 とはいえ、サイコ・ショッカーが言っているのだから本当なのだろう。と永理は納得することにした。

 だがそこで、ふと先ほどのやりとりを思い出す。強いエネルギーを感じるとか言ってたのに、その後すぐ『適当だ』と返された言葉を……。

 

「なあショッカー……まさかとは思うが……また適当、とかじゃないよな?」

 

『いいや、今回は違う。私でも感知出来るほど強いデュエルエネルギーを感じる……方向は、あっちだ』

 

 流石にこの状況では冗談を言わないようだ。

 サイコ・ショッカーの指差した先にライトを照らす。そこには、巨大な門があった。

 真っ黒な床とは正反対の、石像にでも使われそうなくらいの白い石で出来た扉。上の方にはなにやら赤い宝石がはめ込まれている。

 見るからに怪しい。というより、あからさまに怪しすぎる。

 とはいえ、ここで入らないという選択肢は無い。何故なら、ここでこのまま助けを待っていたとしても、いずれ飢餓してしまう。

 

「折角だから、俺はこの赤の扉を選ぶぜ」

 

 扉の中は、外に比べればまだ明るかった。暗闇の中かすかに見えていた可視光線は、わずかな扉の隙間から漏れ出ていたのだろう。

 とはいえ、それでも十二分に室内は暗かった。月の出ていない、日の出前を思わせるくらいには。

 ここにセブンスターズの誰かが住んでいる、というのは明らかだ。そこにあえて飛び込む。肝が据わっているのか、やけっぱちなのか。永理の場合は後者だろう。そのまま永理は、奥へ奥へと進んでいく。

 

「フッフッフッフッ、待っていたぞ」

「月影永理」

 

 ぼんやりと、聞き覚えのある男女の声が聞こえたかと思うと、突如として天井に光がともった。

 突然の光に、思わず眼を庇う永理。その前に飛び立つ、一人の影。

 

「我々は長年の刻を待った……あと数人というところで貴様に邪魔され」

「挙げ句の果てに惨たらしく潰され、封印された……あの恨み、決して忘れぬはせぬ」

 

 声は、目の前の一人から聞こえてきている。

 徐々に永理の目も慣れていき、声の主を見た。

 声の主はフードを深く被った、少年とも少女とも取れる年頃だ。一人では、これが男女か判別することは出来ない。

 これが言うには、永理は一度会ったことがあるらしい。だが永理には、こんな年頃の少年少女の知り合いに心当たりは無い。それも恨みを買うようなものは特に。

 故に、永理は首を傾げ、そして素直に疑問をぶつけた。

 

「どこかで、会ったことあったか?」

 

 永理が疑問を口にした瞬間、思い切り首を締め上げられた。

 

「我らを忘れたか、月影永理!」

「貴様にとっては取るに足らぬか、オベリスクブルーの威を借る狐が!」

 

 フードの者は、怒気を帯びた声で詰め寄ってきた。

 それ(・・)は、女のように白い肌を覗かせた手で、そのフードを取る。その姿を、その顔を見た瞬間、永理は鮮明に、これが誰なのか、なになのかを思い出した。

 

「きっ、貴様は!? ……あしゅら男爵?」

 

「「誰があしゅら男爵だ!? ええい、忘れたとは言わせんぞ! この顔を! この声を!」」

 

 男と女が同時に喋っているような声の主は、右半分が男で、左半分が女の、奇妙な出で立ちをしていた。

 顔は両方ともあどけなさを出しているそれ(・・)は、忌々しげに永理を睨み付ける。

 永理もその顔を見て薄ぼんやりと思い出してきていたが、どうも記憶が完全に出切らない。飴を全く溶かさずに飲み込んだ時のような違和感が喉でつっかえている感じがした。

 

「……いやこんな特徴的な顔見たら駅ですれ違っただけの接点だとしても嫌でも覚えていると思うが」

 

「「最初からこんな顔だとでも思うのか貴様は!?」」

 

「いや、ここまでは出かかっている。喉の十分の一と半分くらいまでは出かかってる感じがする」

 

「「全然出かかってないじゃないか!!」」

 

 叫び、それ(・・)は永理を奥へと投げ飛ばす。永理は数度バウンドして、坂道のボールのように転がり、柱に頭から強打して止まった。

 永理は頭を抑えながら柱に手を付け立ち上がると、デュエルディスクを起動させる。海馬コーポレーション製の丈夫さは明らかに異常であるが、永理は格段気にしないことにした。

 

「さて、レディース&ジェントルメン。名前を聞いておこうかな、挑戦者……君? それともちゃん?」

 

「……名は失った。ああ失ったとも。貴様のせいでな! 我々がこんな姿になってしまったのも、名を売るハメになったのも全部、貴様達のせいだ!!」

 

「て言われてもなぁ。俺はマジにあんたを知らない。んでもって恨まれるようなことをした覚えも無い」

 

 永理はやれやれ、と首を振る。

 あからさまに『知りません』とアピールしているように……実際に全く以てこれっぽっちも記憶に無いのだが。

 だが、それ(・・)は永理の行動を、挑発と取ったのだろう。

 それ(・・)もローブの袖からスライドしてきたデュエルディスクを起動させ、カードを五枚引いた。

 

「カードを取れ月影永理! 七精門の鍵の守護者であるのならば、我らの挑戦を受けよ!」

「でなければ貴様は永遠にこの暗き闇の孤独に囚われたままだ!」

 

「ちっ、勝たなきゃ出られないってことか面倒くせえ」

 

 それ(・・)の言葉に永理は舌打ちし、カードを引く。

 初対面相手に恨まれる覚えもないが、だからといって勝負を受けない訳にはいかない。相手はセブンスターズで、自分は七精門の鍵の守護者。そしてゲームも食べ物も無い世界から脱出するには、それ(・・)の言葉を信じるしかない。

 

「「「デュエル!!」」」

 

 こうして、最後の決戦の火ぶたが、切って落とされた。

「我らのターン、ドロー! 我らは魔法カード、テラ・フォーミングを発動!」

「我らはデッキから魔法都市エンディミオンを手札に加え、発動する!」

 

 それ(・・)がカードを発動させると、暗い無機質な大理石の床がせり上がり、煉瓦造りの家々が立ち並ぶ大通りへと変化した。空中には、奇怪に光る魔法陣が輝いている。

 魔法都市エンディミオン、魔法カードを使うたびに魔力カウンターが乗り、フィールド魔法のくせに恩恵は発動したプレイヤーしか受けられないカード。このカード一枚で、相手のデッキをある程度想定できる。

 魔力カウンターを多用する魔法使いデッキ。

 魔力カウンターを消費するカードは、えてして強力な効果であることが多い。

 そしてエンディミオンは、その消費を肩代わりできるカードだ。

 つまり、相手側だけ魔力カウンター消費モンスターの効果撃ち放題。という感じである。まあ永理のデッキに魔力カウンターに関するカードなんて一枚も入っていないので、仮にエンディミオンの効果が双方に発揮されていたとしても、何の意味もなかったのだが。

 

「魔法カード、魔力掌握を発動!」

「魔法都市エンディミオンに魔力カウンターを一つ乗せ、さらに魔法カードを使ったことによりエンディミオンに魔力カウンターを一つ乗せる! 更にデッキから魔力掌握を手札に加える! モンスターをセットし、カードを二枚セット。ターンエンドだ!」

 

 それ(・・)は不気味な笑みを浮かべながら、ターンを終了させた。

 永理とて魔力カウンターデッキの使い手とのデュエルは初めてではない。とはいえ、過去の相手はどれも違う軸のデッキだった。故に、まだ相手のデッキがどのような動きをするのかは分からない。

 だが、動くしかないだろう。攻めなければ場を整えられ、すぐに負けてしまう。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

「おっとこの瞬間、永続罠を発動させる!」

「永続罠、王宮の鉄壁! このカードが表側表示で存在する限り、互いにカードを除外することはできない!!」

 

 永理が今回使っているデッキは、墓地利用除外軸、いつものデッキだ。とはいえ永理のデッキは、それが改善化改悪かはともかくとして、常に改造を施されている。

 故に、除外メタに対する対策も一応講じてあるのだが……テストプレイはしていないので、うまくいくかは半々といったところだろう。

 もっとも、永理のメインドローソースである強欲で貪欲な壺は、この時点でただの紙札と化してしまったが。

 

「俺は手札抹殺を発動! 互いのプレイヤーは手札を全て捨て、捨てた枚数文カードをドローする!」

 

 永理はデュエルディスクのオーブに表示される、相手墓地の情報を確認する。上級・最上級モンスターの存在は確認できないが、生け贄にする分には問題ない、蘇生可能なモンスターは落ちていた。

 

「装備魔法、自立歩行ユニットを発動! 1500ライフを払い、お前の墓地からジェスター・コンフィを守備表示で特殊召喚する!」

 

 永理にまとわりついた黒い霧が全身を切り刻むが、永理は構わず、プレイを続ける。

 永理の場に、カボチャのように大きな、縞々の帽子を被った、太った男がニタニタ笑みを浮かべながら現れた。

 

「ジェスター・コンフィを生け贄に捧げ、人造人間サイコ・ショッカー召喚!」

 

 永理の場に現れる、緑色のサイバー服に身を包んだ、血管の浮き出た頭をしている男。

 除外メタで真っ先に投入される王宮の鉄壁を封じるために選んだ最善手。これを出せば、いつものような動きをすることができる。

 惜しむらくは、手札に強欲で貪欲な壺も、封印の黄金櫃も存在していないということだろうか。

 

「サイコ・ショッカーで伏せモンスターを攻撃!」

 

 サイコ・ショッカーが片手に黒い稲妻の塊を生み出し、それを伏せモンスターに向かって投げつけた。

 黒い稲妻の塊が伏せモンスターに当たると、一瞬だけ一つ目の入った壺が浮かび上がったかと思うと、破片となって砕け散る。

 

「メタモルポットの効果発動! 互いのプレイヤーは手札を全て捨て」

「五枚カードをドローする!」

 

 それ(・・)が発動させた効果に、永理は苦い顔をする。手持ちのカードにかなりの防御カードが固まっていたせいだ。

 対して相手は余裕の表情。墓地に行っても別に構わないカードだったのか、それとも墓地に行くことで真価を発揮するカードだったのか。どちらにせよ永理にとっては、不味い流れが来ている。

 

「チッ、カードをセットしてターンエンドだ!」

 

 場だけを見れば、永理の場には上級モンスターが一体。永理の有利に見える。だが実際のところ、デュエルモンスターズはたった一枚のカードだけで覆されることが多々あるものだ。

 故に永理は全く油断しない。最も、どんな相手であれ自分を貫くのが永理流なのだが。

 

「我らのターン、ドロー! クックックックッ、程よく墓地が溜まっているな……」

「感謝するぞ月影永理、貴様のおかげでかなり自由に動くことができる! 貴様は自分の行動で、自分を殺すのだ!」

 

 それ(・・)はくつくつと笑う。まるで壊れた人形のように、不気味に。

 男と女の半身合体、だというのに完璧に同じタイミングで表情金を動かしているからこそ、作り物ではないと分かる。分かってしまう。

 それ(・・)は一枚のモンスターを召喚した。

 

「「我らはマジカル・コンダクターを攻撃表示で召喚!」」

 

 緑色のローブに身を包んだ、黒い長髪の女性が現れる。額には金のティアラのようなものをつけており、腰のチェーンに繋がれた瞳がぎょろりと動いた。

 

「更にリバースカードオープン、魔法カードおろかな埋葬! 我らはデッキから混沌の黒魔術師を墓地へ送る!」「そして同時にマジカル・コンダクターの効果発動! このカードは魔法カードを発動するたびに、魔力カウンターを二つ置く!」

 

 マジカル・コンダクターの掌から浮かび出た二つのオーブが、彼女の頭上に燦然と輝く。

 魔法カードを使用するたびに魔力カウンターが増えていく。非常に厄介なカードだ。

 

「蘇生、なるほど……王宮の鉄壁はその為に。だがこっちにサイコ・ショッカーが」

 

「「速攻魔法、月の書を発動! サイコ・ショッカーを裏守備に!」」

 

 魔法カード多様の魔力カウンターデッキであれば当然入っている、優秀な防御カード。

 裏側表示にするだけでモンスターを処理はできないが、ある時はメタモルポットの再利用に、またある時は表側表示の場合に効果を発揮するカードの防御に使えたりと、汎用性はかなり高い。故にお値段も少し高い。

 これはかなり痛い。サイコ・ショッカーは裏側表示にされてしまえば効果を発揮できないのはもちろん、守備力もあまり高くない。守備表示にされてしまうだけで、ちょっとした下位モンスターに容易く破壊されてしまう。

 

「マジカル・コンダクターの効果発動!このカードに乗っている魔力カウンターを任意の個数取り除くことで、取り除いた数と同じレベルを持つモンスター一体を手札・墓地から特殊召喚できる!」

「そしてエンディミオンは一ターンに一度、魔力カウンターを取り除く効果が発動した時、代わりにこのカードの魔力カウンターで肩代わりすることが可能!」

「「我らはエンディミオンの魔力カウンターをすべて取り除き、墓地よりこのカードを蘇生する! 現れろ、闇紅の魔導師!」」

 

 マジカル・コンダクターは右掌に、エンディミオンがため込んだ魔力を凝縮すると、一気に地面へと叩きつける。すると六つの星が六芒星の魔法陣を地面に描き、深紅の光が放出される。

 その中からまず現れたのは、一本の杖だった。真っ赤なオーブを挟み込むような、三日月の形をした杖。それに闇紅の魔力が渦を巻く。

 やがて魔力が闇紅のブーツを、マントを具現化させていく。最後に、白い髪をした細い顔の男が現れると、その頭を、角のようにとがった兜が覆い隠した。

 召喚された際に魔力カウンターを自らに置き、魔力カウンターの数だけ攻撃力を上げるモンスター。だが特殊召喚の場合は、その効果は発揮されない。だが厄介なのは、マジカル・コンダクターと同じように、魔法カードが発動されるたびに魔力カウンターが補充されていくという能力。

 それ(・・)のデッキは魔法過多の構築の筈。であれば攻撃力を上げるのもあっという間だろう。

 

「我らは魔法カードを二枚発動させる! 成金ゴブリン! カードドロー!」

「更に魔法カード、暗黒界の取引を発動! 互いにカードを一枚ドローし、手札からカードを一枚捨てる! 捨てられた魔轟神獣ケルベラルの効果発動! このカードが手札から捨てられたとき、墓地からこのカードを特殊召喚する! 魔法カードが三枚発動したことにより、闇紅の魔導師にカウンターを三つ乗せる!」

 

 それ(・・)が新たに出したのは、三つの首を持った、赤毛の子犬だ。ぷるぷると首を振り、遠吠えした。

 比較的簡単な条件で出すことのできる、チューナーモンスター。攻撃力こそ無いものの、容易に特殊召喚可能というだけで非常に厄介なカードだ。

 そして地味に、闇紅の魔導師の攻撃力が2600まで上がっている。4000ライフポイントデュエルならば脅威となりえる攻撃力だ。

 

「「バトルだ! まずはマジカル・コンダクターで、伏せ状態のサイコ・ショッカーを攻撃!」」

 

 マジカル・コンダクターが掌に二つの球を出す。魔力が凝縮された球、それが伏せられているサイコ・ショッカーに向かって投げつけられると、サイコ・ショッカーの腹に穴が開き、爆散した。

 これで、永理の場に、壁となるモンスターはいなくなった。

 

「闇紅の魔道師で直接攻撃!」

「くたばれ、月影永理!!」

 

 闇紅の魔導師は杖に魔力を注ぎ込む。するとオーブから巨大な炎が噴き出したかと思うと、鎌のような形状へと変化した。

 闇紅の魔導師が永理に切りかかる。刃が肉に食い込み、ブシュブシュと音を立てて肉を焦がす。泥のような液体が、斬られた線に沿って黒く泡立つ。

 人間であれば痛みのあまり気を失うか、最悪ショック死してしまうだろう。どちらにせよ、普通の人間であれば、立つこともできない筈だ。

 

「……貴様、本当に人間か……?」

「化け物め……」

 

「毎朝コーンフレーク食べているんでね、体の丈夫さは筋金入りなのさ」

 

 闇のゲームの深さは、それを展開した者の闇の深さと直結する、といっても良い。

 死の世界から異端の力で蘇った者、強い恨みを持つ者、悍ましいまでの生への執着心を持つ者などの展開する闇のゲームは、常人であれば決して耐えられない苦痛と嫌悪の地獄となる。

 そして、それ(・・)の持つ闇は、異端の力で蘇り、生への執着と強い恨み。それだけでも十分驚異的なのだが、それが二人分。闇の力の二乗となると、マリクの展開した闇のゲームに相当する力を持つ。

 それを耐えきるどころか、涼しい顔をして受け止めた月影永理……だれがどう見ても、口をそろえて言うだろう。化け物だ、と。

 

「……ケルベラルで直接攻撃!」

「奴の喉元をかみちぎれ!」

 

 ケルベラルが四つ足で飛び、永理に向かって噛みつかんと迫ってくる。

 

「おっと、そいつは通せないな。永続罠発動、リビングデッドの呼び声!」

 

 永理の場にバチバチと巨大なプラズマの塊が現れ、その中から現れたサイコ・ショッカーがケルベラルの顔を掴み、投げ飛ばした。

 ケルベラルは空中で姿勢を整え着地すると、グルルと喉を鳴らす。

 

「「ふん、しぶとい奴だ。レベル4のマジカル・コンダクターに、レベル3魔轟神獣ケルベラルをチューニング!!」」

 

 ケルベラル場遠吠えを上げると、途端にその身体が三つの星となった。マジカル・コンダクターは弧を描く天上の星に手を掲げると、魔力を解き放つ。

 次第にマジカル・コンダクターの身体が透き通っていき、やがて消えた。代わりに天上に輝く星は七つとなっていた。

 

「かの者、司どりし起源は代償也」

「かの者、司どりし起源は破壊也」

「「魔を極めし魔導士は、天地万物を破壊せし」」

 

 七つの星がグルグルとめぐりだすと、その円の中心に細い光が現れたかと思うと、まるで爆発したかのように膨張していく。

 やがて光が晴れると、そこからゆったりとなにかが、大理石の床へと降り立った。

 それは、黒い装束に白いローブを羽織った、男とも女とも見える姿をした魔導士だった。

 

「「シンクロ召喚! 我に力を、アーカナイト・マジシャン!!」」

 

 アーカナイト・マジシャン、魔力カウンター×1000ポイント攻撃力を上げる自己強化効果と、魔力カウンターを取り除くことで相手のカード一枚を破壊できる効果を持つ。

 そして破壊効果なのだが、代償は別に、自分に乗っている魔力カウンターだけで無くても構わないのだ。つまり、エンディミオンが存在している限り、ほぼコスト無しで何度でも、効果を使用することが可能なのである。

 そして現在、エンディミオンに乗っている魔力カウンターの数は三つ。

 

「「アーカナイト・マジシャンの効果発動! エンディミオンに乗っている魔力カウンターを取り除き、貴様のサイコ・ショッカーを破壊する!」」

 

 明かりが少し暗くなったかと思うと、サイコ・ショッカーの体が、内側から膨張したかと思うと、そこらに血と臓物をまき散らしながら破裂した。

 

「「我らはこれにてターンエンドだ……さあ永理、精々あがいてみせろ!」」

 

 それ(・・)が高笑いを上げる。

 確かに、戦況は永理の劣勢といえるだろう。だが、永理の表情に焦りは全く無い。危機感すら無いように、いつもと変わらないようにカードを引く。

 引いたカードを横目見て、永理はわずかに首を傾げた。このカードを入れた覚えはないのに、なぜ入っているのか。

 いや、そもそも……なぜこのデッキをくみ上げたのか、その動機すら思い出せない。

 とはいえ、今はそれは重要なことではない。一度デュエルが始まってしまえば、重視されるのは勝利か、敗北かだけだ。

 

「……さて、細工は流流、後は仕上げを御覧じろってな! 手札からバイス・ドラゴンを特殊召喚! さらにこいつのレベルを一つ下げ、墓地からレベル・スティーラーを特殊召喚!!」

 

 永理の場に現れる、細い体と太い手足が特徴的な紫の竜と、背中に一つの星が描かれたテントウムシが現れる。

 

「魔法カード、デビルズ・サンクチュアリを発動! 俺の場にメタルデビル・トークンを特殊召喚する!」

 

 永理が魔法カードを発動した瞬間、地面に銀の果実がはじけた。

 どろりと粘着性のある液体は、まるで振動しているかのように震えている。薄っすらと浮かび上がる冒涜的な目玉はまるで深淵を覗いているかのような笑みを浮かべていた。

 

「このカードを入れた覚えはないけれど、まあ構わん! お前に見せてやるよ、神の力ってもんを!! 三体のモンスターを生け贄に捧げ、現れよ━━━━」

 

 永理の足元から突如伸びる、黒い墨汁を煮詰めたような泥が、レベル・スティーラーと水銀の塊を飲み込む。それから逃れようと必死に羽ばたこうとするバイス・ドラゴンであるが、泥の弾丸により羽に穴をあけられてしまう。

 口を開けて咀嚼するような音が、竜の叫び声━━断末魔と共に二重奏を奏でる。骨を踏みつぶしたような音がすると同時、竜が短く声を上げると、それっきり鳴かなくなった。

 永理の瞳が黒く変色し、肌が陶器のように白ばんでいく。

 

「なっ、なんだ、なにが起きている!?」

「貴様何をした!? 答えろ、月影永理!」

 

 永理はそれ(・・)の言葉も聞こえていないのか、くつくつと肩を震わせている。

 やがて泥が動きを辞め、ぴたりと静止したかと思うと、永理は真っ黒な目を大きく見開き、叫んだ。

 

「自壊せし泥の神、THE DEVILS ERASER!!」

 

 永理の叫びと共に、なにかが現れた。




 もうちょっとだけ続くんじゃ
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