るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第九十六幕『ルイズ対吸血鬼 前編』

 

「誰かぁぁぁ!」

「助けてぇぇぇ!!!」

 悲鳴を聞いて、ルイズはいの一番に駆け出した。幸いにも酔いはそこまで回っておらず、思考も安定している。

 立てかけた軍杖を手に、天幕を出たルイズに広がった光景。それは昨夜のように、獣と化した男が、腕を振り回し暴れている途中であった。

「ぐぅるうおおおおおおおおおお!」

 男は涎を垂らしながら叫ぶ。

「ど、どなたかメイジの方はいませんか!?」

 襲われかけている人がそう叫ぶ。ここは街の外。慰問隊が立てた場所だ。だが、ここに繰り出した軍人たちは皆酔っぱらっており、出てくるのが少し遅れた。

 なので、最初に屍人鬼と対峙したのはルイズとなった。

「がぁああああああああ!」

 屍人鬼の周りには、怪我をした人、血を流す人が其処此処に倒れている。怪物を止めようとしてこうなってしまったらしい。

「下がりなさい! わたしがやるわ!!」

 ルイズは勇んで一歩前に出た。腰に差した軍杖でメイジと見た市民が、ゆったりと下がるのが伝わってくる。

 本当に何やっているのよケンシン……! と己の使い魔がいないことに憤りながらも、実を言うとそこまで悲観はしていなかった。

 屍人鬼とは前に一回やり合っている。相手はどうやらメイジですらないらしい。元はこの街に住んでいた民間人だろう。

 武器も特に持ってはいなかった。身体を強化されているとはいえ、メイジの敵ではない。

 ルイズは懐に手を伸ばした。まだ下げた軍杖と契約成立していないため、子供のころから使っているタクト状の杖を取り出そうとしたのである。

 しかし、暫くしてルイズは騒然とした。

(えっ―――!?)

 そう、どこを探しても杖が見つからないのであった。

(杖が、無い……!)

 

 

 

 

 

第九十六幕『ルイズ対吸血鬼 前編』

 

 

 

 

 

「どうしたんだい!?」

 遅れて天幕から声が響く。事態を察したギーシュたちが現れたのだ。

「なっ、屍人鬼!!」

「野郎! また出やがったか!?」

 天幕を出て、ほぼ目の前に佇む屍人鬼を見て、学生組は一瞬臆するも、相手は杖を持っていないと見て、すぐに顔を綻ばせた。

「なあんだ、あいつ杖持ってないじゃん」

「じゃあ、ぼく達のあいてじゃな……うっぷ」

「おいおい、そんな様子で戦えないだろマリコルヌっぷ」

「げー」

 男共は銘々そんなことを呟く。さきほどまでしこたま飲んでいたのである。とても戦闘できるような様子には見えなかった。

 杖を取り出すも、狙いも口語も定まっていない。剣を取り出すも、やみくもに振り回して天幕を切ったり他の民間人を危うく切り掛けたりした。

 おばか! とルイズは内心叫びたくなった。何しに来たんだコイツら。

「もういいから下がってなさい! やっぱりわたしがやるわ!」

「お、お姉ちゃん、大丈夫!!?」

 その声に一瞬、ルイズはハッとして振り返った。エルザが何事かと天幕から現れたのだ。

 背後のシエスタが、必至になって戻るように叫ぶも、それを振り切ってルイズの元に駆け寄る。

「だ、駄目よ! 来ちゃ駄目―――!!」

 その時だ。

「ぐぅおおおおおおおおおおお!」

 屍人鬼は叫んだ。そして一直線にルイズへと向かってくる。

 ルイズは腰の軍杖を抜いた。もう一本の杖がどこかへ行ってしまった以上、頼れるのは魔法ではなく剣術。

 杖を失くしたことを一度頭の隅に置き、深呼吸して迎え撃った。

「がぁああああ!!」

「はぁっ!!」

 杖を両手で持ち、上段からの鋭い一閃。剣心も褒めた剣劇が屍人鬼を襲った。

「ぐぅおっ……」

 顔を杖にめり込ませた怪物は、一瞬怯む。しかし―――。

「がぁああああああああああ!!」

 再び叫び、杖を振り払った。最後の武器なのだ。ルイズは必死になって耐え、後ずさる。

 やはり、魔法が無いと決定打にならない。……そんな貴族ならば誰でも分かる『常識』に一瞬呑まれかけたルイズは、素早く頭を振った。

 

 そんなことないから、剣を振っているんじゃないの!!

 

 剣心の顔を思い出し、再び気力を振り絞るルイズ。屍人鬼は再び迫り来るも――、しかし、狙いはルイズではなかった。

「えっ――」

 こっちに来るとは思わなかったのだろう。シエスタは呆気にとられた。

「シエスタ!! 逃げ――」

 ルイズは叫ぶ。シエスタは恐怖で身を竦ませ目をつむった。

 しかし、屍人鬼の狙いはルイズでもシエスタでもなかった。

「きゃっ―――!!」

「エルザ!!」

 屍人鬼はなんと、少女のエルザを狙ったのだ。彼女を素早く小脇に抱えると、その強靭な脚力で天幕から姿を消した。

 

 

「エルザちゃん! エルザちゃあああああああああああん!」

 

 

 遅れて、シエスタの悲痛な叫びが木霊した。

「エルザちゃんが、エルザちゃんがぁぁぁ……!」

 ルイズもまた、慌てて彼女元へと駆け寄り、元気づける。

「安心なさい! わたしが助けに行くから!!」

 そう言いながらもルイズもまた、悄然としていた。改めて懐を探るが、やはり杖は見つからない。

 どこかで落としたの? と考えを巡らせるも、今日はずっと天幕にいたのだ。昼食の時は確かに持っているのを確認していたのだし、無いとするなら天幕内で落としたことになる。

 ルイズは一度、『魅惑の妖精』亭の天幕に入りジェシカに向け叫んだ。

「ねえジェシカ! わたしの杖知らない!?」

「杖ぇ!? いや知らないわよ!! 落としたの!?」

 驚きながらも、先程までルイズ達がいた卓や椅子の下を、素早く探すスカロンとジェシカ。

 しかし、帰ってきた答えは無情にも「やっぱり無いわよ」であった。

(嘘でしょ……、こんな時に杖を無くすなんて……!)

 今度は服についているポケットの中全てを探ったが、やはり目当てのものは出てこない。

 

 魔法は使えない、剣心はいない、学生組は役立たず。そして……考える時間すら今は惜しい状況。

 

 だが、ここで臆しては……今度こそ本当に、自分は貴族としてある意味を失ってしまう。

 メイジに殺され、天涯孤独となった少女を助けるのに、理由なんていらない。

 自分しか、今は動ける人間はいないのだから。

 ルイズは地面を見た。強靭な脚力故、足跡はくっきり残っている。まだ追える範囲内だ。

 ただ、雪が降っているせいでぐずぐずしていたらその跡が消えてしまう。

 ルイズは覚悟を決めた。まずジェシカたちに叫ぶ。

「わたし、エルザを助けに行くわ! ケンシンが来たら起ったことを伝えて頂戴!!」

「わかった! 気を付けてねルイズちゃん!!」

「わたしたちは引き続き杖を探しておくわ!!」

 そしてルイズは天幕を出ようとして……引き続き酔ったままのギーシュら学生組を見て、再びジェシカたちに告げる。

「あと、酔いを覚ます薬とかある? あるならあのバカたちに飲ませてやって」

「あるにはあるけどすっごい苦いわよ。貴族の方にそんな無礼をしていいのかしら?」

「女王陛下直属の女官として許すわ。やりなさい」

「了解」

 今度こそルイズは走り出す。

「ミス・ヴァリエール!! どうかお気を付けて……」シエスタは祈りながら、彼女の後姿を見つめていた。

 

 

「さてと」

 スカロンは引き続き、杖を探ろうと天幕の中へと戻る。一方のジェシカは薬を持ってギーシュたちの前に立った。

「まったくもう、貴族様って威張り散らしているくせに、こんな時に役に立たないんだから……」

「ああっ、そんなこといわないて……っぷ」

 マリコルヌが恍惚そうな顔で、上から睨むジェシカにそう言った。

「くそぉ、速く追わないと……! でっ!」

 一方のギーシュは、事態を重く受け止めているのであるが、身体が思うように動かない。

 立ち上がろうにもすっかり平衡感覚を失っている様子であった。

 どさっ……! と目を回して倒れる。呆れたような顔でジェシカは薬を取り出した。

「ほら観念してこれ飲みなさい。はしばみのエキスを百倍にして凝縮したうち秘伝の酔い覚まし薬だから。まあ代わりに苦みで死にかけるけど」

「いやだああ……、たすけてぇぇ……、っぷ」

 一粒の小さい丸薬から発する臭気ですでに気絶しかけている学生たちは、それはもう呻くように逃げ出そうとする。

 ジェシカはそんな学生たちに馬乗りに成りながら、まずマリコルヌに飲ませた。マリコルヌは気絶した。

「ひぃいいいい! マリコルヌぅぅぅ!」

「ほら逃げない。ルイズは一人で頑張ってるのよ。早く行ってあげなさいよ」

 ジェシカはそう言って、他の面々にも飲ませようと迫った。そんな時だ。

「よせ、ぼくがやろう」

 その声はアリィーであった。ジェシカの肩をつかみ彼女を下がらせると、懐から同じような丸薬を取り出した。

 ただ、こちらはジェシカのものと違い、特に臭気を発していない。

「飲め」

 一粒取り出し、ギーシュの口に入れる。噛まずに飲み込んだギーシュは、見る見るうちに快方に向かっていくのを感じた。

「おおっ! すごい! これなら酒も飲み放題だな!!」

「いやあ助かったよ!」

「マリコルヌの奴は災難だったな……」

 続いてレイナールやギムリも復活した。アリィーは特に感慨を見せない顔で、彼らを見やる。

「礼はいらん。それよりいいのか?」

「ああっ! そうだった!!」

 ギーシュは慌てて立ち上がり、アリィーに礼を述べると、一度天幕に入りデルフの柄を取った。

「どうした坊主? なにやら外が騒がしかったようだが、なんかあったのか?」

「説明は後だ! コーチの力が必要だ! 力を貸してくれたまえ!!」

 そう言ってデルフを肩に担ぐと、ルイズの後を追うようにギーシュ達も向かった。

 ちなみに気絶中のマリコルヌは、ギムリに背負われる格好となっていた。

 

 

 学生たちが去っていった後、おもむろにジェシカは、アリィーに尋ねる。

「それなに? 初めて見る薬だけど」

「まあ、秘伝の薬だ」

 エルフのことは言えないので、そうごまかすアリィー。実際、技術においても魔法においてもメイジたちの遥か先を行く彼らは当然、薬についても豊富な知識を蓄えている。これはその一端に過ぎない。

「ねえそれ、あなたの彼女さんには飲ませてあげないの?」

「ルクシャナのことか? 彼女はあのまましばらく寝てもらう」

 婚約者は今、完全にへべれけになって卓で寝ていた。顔を変える魔法はアリィーが作っているため、彼女が寝ようと効果は持続している。

 これからの動きを考えると、彼女はここに置いた方が、都合はいい。蛮人の天幕に放置するのは気が引けたが、今はやむを得ない。

「勘定だ。釣りはいらん。彼女をしばらく置いてやって欲しい」

 小さな砂金が入った袋を、ジェシカの手に渡す。中身を見たジェシカはしばし呆然とした。

「えっ! こんなにたくさんいいの?」

「かまわない。その代わりルクシャナを頼む」

 この『魅惑の妖精』亭にはそれなりの時間、不本意ながらいた。その時の会話で、ここの蛮人はあまり事情を詮索しないようなのは把握している。彼女を担いで、拠点用の結界を張っても良かったが、それだと手間や時間がかかってしまう。

 ギーシュ達を治したのは、別に親切心じゃなかった。目的があったからだ。

 

(蛮人共は気付いていなかったようだが、あの少女……)

 

 エルフたるアリィーは既に察していた。彼女は妖魔だ。それも飛び切り狡猾な……。

 それを知った時、蛮人たちはどういう風に戦うのか、それを遠目で見学したかったからだ。

 来るべき、虚無の担い手とその使い魔との戦いにおいて。観察と情報は何よりも重要だ。

(済まないが、精々利用させてもらうよ)

 鋭い視線を未だ隠さぬまま、アリィーは一人思案に耽っていた。

 

 

 

 降臨祭九日目、午後七時頃――。

 剣心は身を翻し、ようやく五芒星通り西口方面まで辿り着いた。

「はぁっ! はぁ―――」

 到着した剣心は、緊張と疲労で少し息を荒げる。無理もない。優に三時間以上走りっぱなしだったのだ。

 何度も何度も厳重な確認をしていたがために、そのぐらいまで遅れていた。無論最短経路を行くために、ずっと屋上を駆けていた。

 剣心は、昼頃に来た『第一候補』の坑道入り口にまで足を運ぶ。管理人はもういない。既に帰ってしまったようだ。

 しかし、入り口付近にあった採掘装置は見当たらない。加えて扉も開けっ放し。剣心は嫌な予感が膨れ上がるのを感じた。

「くっ――!!」

 一切の躊躇いを見せず、すぐさま地下へと潜っていく剣心。魔法のロウソクが灯すまばらな光を頼りに、疾風の如き速さでかけていく。

 やがて、暗がりが結晶の青白い光でまばゆく照らす空間にまで辿り着いた。そこで剣心が見たものは――。

 

「……侵入者、確認」

「お主ら! アルビオンの死兵か!!」

 ボロボロのマントを身に纏った兵たちが、虚ろな目で剣心に杖を向けていた。

 ここにきて剣心は、昼間アンリエッタに話したこと全てが的中したのだと悟る。

 逆刃刀を抜き放つ。剣心は激高の瞳で叫んだ。

「答えろ! エレオノール殿はどこだ!!」

「クロムウェル皇帝からの命令だ。『邪魔者は始末せよ』」

 その瞬間、この空洞内は魔力と殺意で満たされる。四大系統の魔法が襲い掛かる。

 空洞が、爆音と衝撃で揺れた。

 

 

「んむっ……!!」

 その衝撃音で、エレオノールは顔を上げた。

 諦めたようにずっと寝転がっていたのだが、今の音で誰か来たのではと、淡い希望を抱いていた。

「んぅぅ!! んむぅううん!!」

 猿轡越しに声を出すが、やはりくぐもった声の所為か遠くまでは届かない。嫌だ、死にたくない。エレオノール必死になって口元の布を取り払おうと躍起になって暴れた。

 周囲には、爆薬を包んだ大玉がいくつも転がっている。奴らはこのままこの穴をふさぐつもりらしい。自分もまきこんで――。

(お願い! 誰でもいいから助けて!!)

 死への恐怖で涙がこぼれる。顔を必死になって横に振った。その合間にも爆発音はひっきりなしに続いている。

 やがて、エレオノールの耳にもはっきりと、声が聞こえた。

 

「エレ―――ル殿―――どこ――――か!!」

 

 助けが来た。恐怖で流していた涙が歓喜に変わる。

 再び、エレオノールはあらん限りの力を振り絞った。そして、遂に口を縛っていた布が外れた。

 舌が自由になる。エレオノールはただ叫んだ。

「ここよ! お願い助けて!!」

 のどが潰れても構わない。このか細い希望の糸を必死に手繰り寄せるかのように、エレオノールはひたすらに声を張った。

 やがて、爆発音は徐々に弱まっていく。静寂が徐々に訪れていることに、エレオノールは不安で潰れそうになる。

 やがて、一瞬沈黙が場を支配する。しばし後。

 

 自分が監禁されている穴倉の隣から、突如爆発音が起こった。

 

 それは明らかに、火薬が炸裂していく音。

 敵たちが、遂に坑道を破壊しようと爆薬に手を付けたようだった。

「嘘でしょ! いや! 死にたくない! 死にたくない!!」

 だが、そんな叫びも衝撃音が上回るせいで、か細い声にしかならない。

 エレオノールは震えた。ついに死が、自分の足元まで忍び寄ってきた。

 

「いやあああああああ!! 誰かあああああああああああ!!」

 

 助けて! そう叫んだ時だった。

 今度は自分のいる穴倉のすぐ隣に、大穴が開いた。

 ガラガラ、と崩れ散る中現れたのは――当然、剣心だ。

「大丈夫でござるか? エレオノール殿」

「あ、あなた……っ!」

 エレオノールは一瞬、呆気にとられる。まさか自分を助けに来た騎士(ナイト)が、剣心だとは思わなかったからだ。

 剣心は相変わらずのほほんとした笑顔を向けている。自分の様子を見て、とりあえず大事ないかを確認しているようだった。

「良かった、怪我はないでござるな。遅れてしまい申し訳ない」

「えっ、あっ……」

「さっ、速くここから脱出するでござるよ」

 言うや否や、剣心はエレオノールを肩に担いだ。縄を解く暇を惜しんだ(後変に暴れられても困る)ということで、まだ彼女は縛られたままだ。

 普段の気丈な彼女なら、この状況に文句の十や二十は出ただろうが、今は非常事態。流石に自重する。

 ……というより、まだ剣心に助けられているという状況に慣れてない様子であった。

「ちょ、まっ……」

 しかし、エレオノールは次の瞬間、自分の視界が目まぐるしく変わっていった。

「あ―――――ああぁ――――!!」

 声すら置いてきぼりにするような勢いで、剣心は駆けだした。邪魔な壁は逆刃刀で容赦なく切り開いていく。

 そして次の瞬間、爆発の衝撃は頂点に達した。

 連鎖的に設置していた爆薬が、全て炸裂したからだった。

 

 

 爆破の音を最後に、壁や床や天井が岩で埋め尽くされていく。

 あと一歩遅かったら、エレオノールは天井からの瓦礫で埋め尽くされていたことだろう。

 そして今、剣心は坑道入り口への一本道を必死になって駆ける。

 後ろで担がれていたエレオノールの目線の先には、爆破の火や岩がこちらへ向かってくる恐怖が、映っていた。

 エレオノールは思わず目をつむった。次の瞬間、今度は身体を押し上げられる強烈な圧をその身に感じ、続いて浮遊する感覚を覚える。

 剣心が、出口に向かって一気に跳躍したからである。

 剣心とエレオノール、二人が外へ出た瞬間、送れて爆破と岩の二重連鎖が、辺りに響き渡った。

 

 

 降臨祭九日目、午後七時三分頃――。

「何だ! 何があった!?」

 爆発音の騒ぎを聞きつけ、巡邏の兵や一般市民が此方へ駆けつけてきた。

 剣心はエレオノールをひとまず降ろし、改めて縄を解いてあげた。

 ようやく自由にあったエレオノールは、未だ呆気にとられた目で剣心を見つめていた。

「本当に良かったでござる。エレオノール殿に何かあれば、拙者ルイズ殿やご家族に申し訳が立たぬ故」

 剣心はしゃがんで、いつも通りの微笑みをエレオノールに向けていた。

 一体何がどうなったのかはまだ、よく理解できてない。ただ、剣心に助けられたというのは、嫌でも理解できた。

「あっ、あなた……何で分かったの?」

「ああ、それは――」

 そう言おうとした時だ。「ええい下がれ下がれ!!」と、こちらを興味深げに見る観衆を掻き分けていく人影が見える。

「一体何ごとだ!? 何があった――」

 その人影はアニエスであった。彼女は剣心とエレオノール、そして瓦礫で埋まった坑道の入り口を見て、全てを察したかのような顔をした。

「その様子を見るに、どうやら間一髪だった……ということかな?」

「そういうことでござるよ」

 

 

 降臨祭九日目、午後七時十三分頃―――。

「そうか、では貴殿が昼間話していた敵の侵攻計画は事実であったという『裏付け』が、これで取れたわけだ」

「そういうことになるでござるな」

 十分近く時間をかけて、話のすり合わせをしていた剣心は、無残な姿となった坑道入り口を見やった。

 剣心達は確信した。敵は地中を掘って襲撃を駆けるつもりだったのだ。

 先にこの坑道を爆破したのは、エレオノールがいたせいで捨てざるを得なかったのか、最初から理由があったのか……。

 どっちにしろ、こうも簡単に捨てたということは、別の入り口も既に繋げているという可能性が高い。

「すぐ陛下にこのことを伝えねばな。……しかし、貴殿には本当に世話になりっぱなしだな。陛下に代わって、お礼を言わせてもらう。本当に忝い」

「いや、拙者は拙者の役目を果たしたまででござる」

「役目……か、それで貴殿は何度トリステインを救っているんだろうな。わたしよりも余程『シュヴァリエ』に相応しいよ……」

 アニエスは若干、憂いの表情を滲ませた。嫉妬……というよりは、自分と剣心を見比べて、そして自分のふがいなさを責めているかのような瞳。

「なにか、あったでござるか?」

 剣心も勿論、今の彼女の様子には気づいていた。疑問をぶつける。

 アニエスは「いや……」と手を出して制しようとするも、やがて考え直したのか、こう言った。

「すまないケンシン殿。貴殿が疲れているのは重々承知なのだが……もしよかったら明日、剣に付き合ってもらえぬか?」

「おろ?」

「安心してくれ。飛天御剣流を得たいとかそういうことではない。ただ――」

「大丈夫でござるよ。明日でござるな」

 剣心はすぐに快諾する。何かあったのは分かったからこそ、言葉ではなく、剣で語り合いたいと。

 そんな面持ちであることはすぐに察したからこそ、即答した。

 アニエスもまた、すぐに自分の心情を組み取ってくれた剣心に、内心感謝する。

「……済まない。本当に助かるよ」

「では明朝。場所は、水精霊騎士隊の陣幕でいいでござるか?」

「ああ、ありがたい」

 では……、と言って剣心は去ろうとする。その背中を見ていたエレオノールは、「待って!」と止めた。

「あなたは、あなたは一体何なのよ!! どうして、わたしを助け……」

 そこまで言いかけて、エレオノールは思わず顔を伏せた。死への恐怖から解放された反動からか、これ以上喋ると涙も出そうになったからだ。

 ただ、エレオノールはお礼よりも先に、剣心を誰何したかった。

 本当に彼はよく分からない。今まで侮っていた平民というのもあるのだが、今まで蔑んでいた自分をどうして必死に助けたのか、それを聞きたかった。

 一方の剣心は、一度足を止めると再びエレオノールの方に向き直った。

「拙者は流浪人、そして今はルイズ殿の使い魔。本当に、それ以上でも以下でもござらん。ルイズ殿の家族を助けるのに、理由などいらないでござろう」

 そして歩きながら、優しい声でこう続けた。

「エレオノール殿の気持ちも分かるでござるよ。大切にしていた末の妹を、拙者のような余所者に取られたことに、危機感を覚えたのでござろう?」

 えっ……と、エレオノールはきょとんとした。今まで澱のように溜まっていた気持ちを、言いようのない怒りを、剣心の方から言葉で表現してきたことに。

「口や態度ですごく分かるでござるよ。ルイズ殿のこと、裏では誰よりも想っていることは」

「え、……いや、え?」

 エレオノールは再び、言葉を失った。どこでどうしてそう思ったのだ? ルイズには厳しい態度しかずっと出してなかったのに……。

 横にいたアニエスはそんな彼女に「彼はそういうことを凄く察する人なのです」と、補足した。

 エレオノールは茫然とした。

 つまり、自分の面持ちなどすっかり分かっていたのだ。ルイズにさえ、ずっと悟らせなかった心情を……この男は的確にくみ取ってくる。

「ただ、もう少しだけ素直になってほしいでござるな。正直今のエレオノール殿はすごく損をしているでござる。ルイズ殿の将来を心から案じているのであれば、自分なりに必至で抗う今のルイズ殿を、素直な気持ちで見てあげて欲しいでござるよ」

 エレオノールは言葉に詰まった。彼の言葉に、気持ちに、心を打たれた。

 打たれはしたのだが……それはそれとして、やはり彼は、気に入らない。

 心の内をこうずかずかと入り込まれ、更にその指摘を認めてしまっては、自分のわずかなプライドが完全に屈服することを意味する。

 妹たちや両親が彼を認めているからこそ、自分は表面上は(・・・・)彼を認めたくはなかった。

「やっぱりあなた、気に入らないわ……」

「そうでござるか」

 エレオノールの拒絶にも、剣心はさして堪えなかった。彼女がそう言う風に返してくるのは、想定していたのもある。

 でも……と、エレオノールは続ける。顔を少し朱にしてこう続ける。

 

「助けてくれたお礼は言うわ。……ありがとう」

「おろ?」

 

 流石に想定外と言った様子をする剣心。非常につんけんしている彼女が素直にお礼を述べるとは、失礼ながら思ってなかったからだ。

 ただ、エレオノールもエレオノールで、先の剣心の言葉に胸を討たれたのは事実だし、彼が他の平民とはまるで違うというのも、嫌というほど分からされた。

 先の闘いで命を救われたこともあって、そこに対しては真摯に応えなければ、と思ったのだ。

 それはそれとして気に入らない。というのはあるのだが。

「まあわたしもちょっと大人げなかったし、もうあの子やあなたに何か言うのは止めにするわ。……けどね」

 そこですっくと立ちあがり、いつもの厳しい相貌をもって剣心睨み言った。

 

「あの子に何かあったら、わたしは絶対容赦しないんだからね! 分かった!!?」

「承知、したでござるよ」

 

 毅然とした様子で此方を指さすエレオノールを見て、つくづくルイズの姉だなあと、剣心は内心苦笑した。

 そして今度こそ、立ち上がって去ろうとした時だ。

 剣心の左目が、ルイズの視点へと変わった。そしてその内容を見た瞬間、剣心の表情は一瞬にして変わった。

「アニエス殿! エレオノール殿をたのむ!」

「えっ、えっ!!?」

「ど、どうしたのだケンシン殿!!?」

 アニエスとエレオノールは呆気にとられた表情をする。しかし剣心は逆刃刀を引き抜いた。『ガンダールヴ』の力を発揮するためだ。

「ルイズ殿が危ない!!」

「はっ、え、いきなり!?」

「だからそちらは頼む!!」

「わ、分かった。気を付けてくれ!!」

 それを最後に、剣心は跳躍。屋根の上に乗ってルイズの元へと駆けた。

 

 

 降臨祭九日目、午後七時三分頃―――。

 剣心が丁度、エレオノールを助けに坑道へと入り敵と戦っている頃。

「待ちなさい!」

 ルイズは一人、エルザを連れ去った屍人鬼の後を追った。

 敵はどうやら血を流しているらしい。足跡に血痕。何処へ逃げたのかは把握できている。

 ただ、そうやって追いかける内に森の中へと誘い込まれてしまった。ルイズは思わず辺りを見渡す。鬱蒼と生い茂る黒い木々が、いっそう不気味に感じられた。

 

「……っ!」

 ルイズは、軍杖を構えながらゆっくりと歩を進める。敵はいつどこから襲撃してくるか分からない。

 暗がりの中、たった一人。心が、不安で押しつぶされそうになった。

(ケンシン、本当に何やっているのよ……)

 心の中で、無意識に頼れる使い魔に助けを求める。いつもならこんな時彼はすぐに駆けつけてきたはずだ。結婚式の時も、船で攫われそうになった時も、屋敷の時もそうだ。

 でも、今回は来る気配がない。

 ルイズは思わず目を瞑る。すると自分の視界と耳が、彼のものと共有し始めていた。

 

「エレオノール殿!!? どこでござるか!!」

「侵入者発見、始末せよ」

「邪魔だ!!」

 

 それは自分と同じくらいに暗がりな場所。そこで長女の名前を必死になって呼びながら、アルビオンの死兵と戦う剣心の、今の目線だった。

(えっ、何でケンシン、姉さまを探してるの!?)

 さしものルイズも、長女が今囚われているなど想像だにしてなかったが、今の状況を見るに、緊急事態であるのは容易に想像できた。

(もしかして、姉さまに何かあったのかしら……?)

 だとしたら、あの手紙はそういうことなのだろうか?

 人知れず危機に陥っている姉を助けようと、今剣心は必死になって頑張っていると。

 剣心のことを信頼しているからこそ、ルイズは今、彼が必死になって別の場所で戦っていることを察したのだ。

 

(やっぱり、ケンシンは頼りになるわね)

 

 だが逆に言うならば、もう剣心の助けは絶対に期待できないということ。

 しかし、ルイズは不思議と、あの光景を見て勇気づけられた。

 剣心は自分よりも暗い所で、多数の死人を相手に頑張っている。姉を助けるために。それを思えば、自分の相手は屍人鬼一人。何を恐れることがあるのか。

 剣心の隣に立ちたい。彼とともに戦いたい。

 だからこそ、こっちは絶対に自分の力で成したい。そんな思いが、今は勇気となっていた。

 杖を失くして不安だったが、自分には剣術がある。少し前ならば、杖を失くした時点で何もできなくなる『ゼロ』だったのだ。

 

 だが、今は違う。

 杖が無くても戦える。もう『ゼロ』じゃない。

 それを剣心にも、何より自分自身に認めさせたい。『戦える』という勇気をこの手でつかみ取りたい。

「待っててエルザ、絶対に助けるんだから!」

 ルイズは声を振り絞って、再び足に力を込めた。

 

 

 やがて、森を抜けたルイズの視界は大きく開けた。

 そこにあったのは、広場のような花畑。まばらに石や岩が転がっている、小さな平原であった。その上空を、二つの月が躍っている。

 その中心、岩の上でエルザは一人泣いていた。特に拘束などはされていない。不安と恐怖で蹲っているようであった。

 

「助けて……お姉ちゃん……!」

 そんな声が聞こえてくる。ルイズは一度当たりを見まわし、誰もいないことを確認すると、エルザに駆け寄ろうとした。

「エルザ、大丈夫!! 今助けに―――」

「がああああああああああああああ!」

「ッ!」

 屍人鬼が背後から襲い掛かって来た。手には大斧が握られている。

 それを上段から振りかぶってくる。ルイズは紙一重でそれを避けた。

 ズシン!! と斧が自分の目の前に叩きつけられた。あと少し避けるのが遅れたら、真っ二つだったことだろう。

「……っ」

 ルイズは恐怖に負けそうになる。魔法が使えないだけで、これだけ手に汗を、心に緊張と恐怖を握ってしまう。

 昨夜もそうだ。鬼となった侯爵に止めを刺したのは、結局は虚無の魔法である。だが今はもう、その力にも頼れない。

 どこまでも純粋な剣技だけで、相手をせなばならなかった。

「があっ!!」

 屍人鬼は牙から涎を滴らせ、叫ぶ。教科書の挿絵でしか見たことが無い妖魔と今、自分は対峙している。

 だが、臆したくはない。臆してなるものか―――!

「はあっ!」

 今度は大振りからの横なぎだ。腕力は高く、恐ろしい速度で飛んでくる。しかし、向かってくる方向さえ読めれば、今のルイズの実力でもいなすことはできた。

 

(相手は重量武器、一撃は危ないけど、動きは単調だって、ケンシンは言ってたっけ……)

 

 剣心や、昔カリーヌに手ほどきを受けた時の知識を揺り動かしながら、ルイズは冷静に推察する。まずは投げやりにならず、冷静に状況を分析するのが大事という教えを、きちんと実践しているのだ。

 斧や大剣は、鈍重故打ちおろすか薙ぎ払うか、二つに一つ。攻撃は至極読みやすい。

 事実、溜める時の腕の方向である程度、どう動くかがルイズでも容易に読める。

「があっ!」

「たあっ!」

 冷静になって避ける。動きが単調だから、段々と避けるのに慣れが出てきた。やがて、反撃する余裕も生まれてくる。

 ルイズは、攻撃後の隙を見計らって、レイピア状の杖で相手を打ち据えていた。

 業物だけあって、素材自体は非常に頑丈だ、相手に手傷が増え始める。

 しかし、相手も身体能力を強化された化け物。鍛えているとはいえ、少女の腕力では決定打に賭ける。

 事実、屍人鬼は怯むことなく反撃をしてくる。斧の攻撃がかすり、胸に微かな傷がつく。

 一度でも捕まってしまえば、問答無用で死が待っている。その状況は変わらないのだ。

(焦るな、落ち着け、落ち着け―――)

 一度距離を取って汗をぬぐう。その合間にも屍人鬼は斬りかかってくる。

 一撃一撃が決定打にならない。ならばどうするか。

(急所! どこでもいい、そこを狙えば――)

 そう思案した時、ルイズは本能的に行動に移していた。電光石火の早業で、相手の股間を蹴り上げたのである。

「ごめんなさい!!」

「ごおおうぅぅっ!!」

 結果、見事にクリーンヒット。こういうことに関してはとにかくルイズは手早かった。

 心の中で犠牲になった民間人に謝りながら、ルイズは次に喉元を狙う。

「だあっ!!」

 風を切る速度での突きだ。それが相手の喉に直撃する。

「ごっ――」

 相手は怯んだ。いける。ルイズは確信する。

 続いて乱打を浴びせた。腹、手、腕、頭、首、足、とにかく正確に相手の弱点を叩く。

 しかし、相手は余裕が消えたのか、遂にがむしゃらに迫ってくる。

「があぁああああああああああ!」

 叫びながら斧を捨て、ルイズにつかみかからんとする。

「ぎゃっ―――!!」

 ルイズは掴まれ、花が咲く草木の中で転がり合った。軍杖も手放してしまう。

「くっ、このぉ!」

 必死になって抵抗するが、腕力は相手の方が遥かに上だ。馬乗りにされ、力に屈服してしまう。

 敵はもう、勝ちを確信しているようだった。杖はない。力で勝てない。ルイズは絶体絶命だった。

 だが、ルイズは諦めなかった。最後の最後まで。地面に叩きつけられる瞬間まで、ロープが伸びると信じているから。

 必死に生きるという気合が、ルイズの魂を動かしていた。

「がぁあああああ!!!」

「っ―――!」

 屍人鬼はルイズを頭っから喰わんと迫った。その瞬間、ルイズは覚悟を決める。

 目をつむって、そのまま上半身を上げて頭突きをしたのだ。

「があっ――!!」

 再び、屍人鬼は怯んだ。大きく開けた口に丁度攻撃が入り、顔を大きく上にのけぞらせる。

 拘束が緩んだ。ルイズは必死になってその場から脱し、杖を再び拾う。

「がぁああああああああああ!!!」

 最後の抵抗とばかりに、屍人鬼は低い体勢から突進に入る。ルイズはそれを冷静に見据え、再び突きを繰り出した。

 それは正確に相手の額に、打ち当たる―――。

 

 一瞬、静寂が場を支配した。

 

 そして次の瞬間。

「がぁ……あっ、ぁぁ……」

 屍人鬼は力尽きたような演出をするかのように、その場に倒れ伏した。

 

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