るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第九十七幕『ルイズ対吸血鬼 中編』

 

「はあっ! はぁ……っ!」

 屍人鬼は倒れ伏した。それを冷静に見据えたルイズは、息も絶え絶えに腰から崩れ落ちた。

 疲れた、というより……勝てたという実感が、まだ湧かない。

 ただ、命を賭した闘いを制して、生き延びたという感覚が、今は上回っていた。

(勝った……の? わたし一人で、屍人鬼を……倒した?)

 時間をかけて、ゆっくりとその事実を脳に浸透させていく。

 一人で妖魔と戦い、そして勝利した。しかも魔法すら使わなかったのだ。

 修行の成果がちゃんと出ている。その実感が、ついにルイズの中で自信となって湧いてきた。

「やった、んだ! わたし……一人で!」

 嬉しさで涙がこぼれそうになる。犠牲になった人には申し訳なかったが……、一人で困難な状況に打ち勝ったという事実が、ルイズの中で長年燻ぶっていた靄を、少しだけ晴らしたような気がした。

 

 これが、後に『英雄』と呼ばれるようになる勇者の、最初の勝利。泥にまみれながらも、必死になって掴んだ最初の一歩だった。

 

 

 

 

 

第九十七幕『ルイズ対吸血鬼 中編』

 

 

 

 

 

「あっ、そうだ! エルザ!!?」

 ここでルイズはっとして立ち上がった。そうだ、自分はエルザを助けに来たのだ。

 周囲を見渡す。いた。彼女はまだ、岩の上で泣いていた。

 他に敵の影はない。二つの月が明るく、夜の草木を照らしていた。

 粉雪に少し覆われた、冬の花を掻き分けながら、ルイズはエルザに駆け寄った。

「大丈夫!? 助けに来たから安心なさい!」

 泣き続けるエルザを励ますように、声をかけるルイズ。

 敵を倒し、弱い人々を救う。ちょっと剣心の様になれたようで、ルイズは内心気持ちが高ぶっていた。

「ううっ、怖かったよぉ……ぐずっ」

 エルザは泣きはらした顔をルイズに向けた。「もう大丈夫だからね」と、その涙を拭いてあげる。

「さて、早くここから出なくっちゃね」

 ルイズは立ち上がり、周囲を見渡した。倒れた屍人鬼に目が行く。

 彼もまた、吸血鬼の毒牙にかかった犠牲者なのだ。平民とはいえ、ちゃんと弔ってあげねば。

 ただ、魔法の使えない今の自分では、彼の遺体まで自力で運べない。先にエルザを帰して、後でまた来よう。そう思った時だ。

 

「ねえ、お姉ちゃんの周り。お花さんが荒れてるよ……」

 

 エルザがぽつりと、そう呟くのが聞こえる。ルイズは思わず振り向いた。

 確かに、先程まで転がっていたせいで、周囲の花は潰れたり散らしてたりしていた。そこまで気を使う余裕なんてなかったからだ。

「ああうん、そうね……」

 気まずい雰囲気が流れる。仕方ないじゃない、と内心思うルイズだが、エルザの次の言葉で不安を覚え始める。

「ねえお姉ちゃん。お花さんの悲鳴、聞こえない? 痛いよ痛いよって……」

「……エルザ?」

 先程まで泣いていた様相から一転、冷たい口調になっていくエルザを、不気味に思い始めるルイズ。

「な、なに、どうしたのよ一体?」

 ルイズはエルザから一歩、後ずさる。

 すると――。

 

「蔓よ、地面に伸びし根よ。彼女を捕らえよ」

「えっ――!!」

 それはメイジが使う系統魔法ではない。口語によって、精霊の力を借りることによって発動する、先住魔法。

 呆気にとられるルイズの足元から、草が縄のように絡み合い、彼女をその場に縛り付けた。

「あっ――!!」

 ルイズは地面から延びる草や根にがんじがらめにされてしまった。杖はまだ手放してはいないが、腕力だけでは絶対に外せない力が、この戒めには宿っている。

 か細い身体をぎゅうぎゅうに締め上げられ、ルイズは呻いた。

「せん、じゅ……う、魔法。あなた……ま、さ……か?」

「うんそうよ。もう化かすのも止めにしたの」

 エルザは一転、にこやかな顔を浮かべた。無邪気な顔。しかし、その裏に潜むどす黒い悪意を、発散させていた。

 

「わたしが、あなたたちが追いかけていた吸血鬼。昨日の軍人さんや、あそこで転がっているおじさんを、化け物に変えたのもわたしなの」

 

 そう言って、エルザは口を開けた。その奥の犬歯が、牙のように鋭くとがっていた。

 ルイズは啞然とした表情を作る。そして悟った。自分はまんまと嵌められてしまったことに――。

 

 

「ほんとはねー、様子だけ見て帰ろうかなーって思ってたの。そしたらあなたの使い魔さん、全然帰ってこないから『行けるんじゃないかなー、これ』って、思い直したのよ」

 立ちながら縛られているルイズの周りを、一歩一歩足をあげながら歩くエルザ。子供のような可愛らしい仕草なのに、喋っている内容はおっかない。

 それがまた、ルイズの恐怖心をあおっていた。

「最初っから、わたしを……狙ってたの?」

「勿論。知ってる? 屍人鬼って、あなたたちでいう使い魔のように、目と耳を共有できるの」

 自分の目と耳を指さしながら、エルザは楽しそうに言の葉を紡ぐ。その目はもう、黄色く爛々と光っている、化け物の瞳だった。

「昨夜、あなたたちの女王様の挑発に、あえて乗ってあげたんだけど、どうやらあなた、あの小ぶりの杖じゃなきゃ魔法を使えないみたいね。だから――」

 そう言って、エルザは懐に手を入れる。そして、取り出した何かをルイズに見せつけた。

 それは――。

 

「わたしの杖! あんたが!?」

「うん。掠め盗るタイミングはたくさんあったからねー」

 

 ルイズは愕然とした。何処でなくしたのかとずっと思っていたが、まさか盗られていたとは――。

 そこまでは、流石に思考が及ばなかった。

 エルザはくるくると杖を指でいじくる。

「メイジさんって不便だよね。杖が無いだけで魔法が使えなくなるなんて」と、同情を送るかのような声だ。

「伝説の虚無って聞いてたけど。案外呆気ないよね。何で皆、あなた如きに苦戦するのかしら――って、そうか、使い魔さんがいたものね」

 エルザはルイズの背後に来た辺りで、一度立ち止まる。ルイズは振り向こうとするも、上手く首が回らない。

 首元にもしっかりと蔓が絡まっている。もがけばもがくほど、きつく締まってくるせいでこの状態を維持するのにも辛かった。

 

「使い魔さんがいなきゃ、あなたなんてそんなものよねー」

「ぐっ――!!」

 

 ルイズは反抗しようとして、全身を厳しく締め上げられてしまった。「止めた方が良いわよ。絶対に解けないようにしてるから」エルザの冷たい声が後ろから響く。

「あっ、あんたが……っ、情報を、敵に売ってたの?」

「そうよ。ゲルマニアにこっそり忍び込んでね。……あのおじさん酒臭くて超まずかったんだから」

 思い返したのだろう。ウエッっとした顔をするエルザ。吸血鬼にも好みはあるのだ。

「後はもう思いのまま。作戦も航路も日時も、全て把握してたわよ。だから正直、空戦でそのまま全てが海の藻屑になるじゃないかなーって思ってたけど、意外とここまで来たからまあ、そこは褒めてあげるわ」

 ぱちぱちぱち、と空虚な拍手が響き渡る。実際、剣心とルイズがいなければ、あそこですべて滅んでいただろう。それぐらい用意周到な作戦ではあったのだ。

 エルザは再び、ルイズの周りを歩き始めた。

「あの将軍さんを食っても良かったんだけど、当時は無駄にガードが堅かったし、それにまあ無能っぽかったから、あえて側近を狙ったの。笑っちゃうよね。みーんな屍人鬼が隣にいるって気付かないで、やいのやいの言っててね。ぜーんぶ筒抜け!! メイジさんって本当に――」

 そしてルイズの前まで来た。笑ってはいるが、心底軽蔑した目つきで、一言。

 

 

 

「馬鹿、ばっかり」

 

 

 

 それを見たルイズは、怒るより先に、悲しくなった。

 自分なりに善意をもって、助けようとしたのに、こんな侮蔑の表情を向けられるなんて、思いもしなかった。

「嘘つき……」

 ルイズは思わず、そう呟く。しかし全く悪びれてない声で、エルザは続ける。

「嘘はついてないよ。だって、天幕でも誰もわたしに『お前が吸血鬼ね?』 なんて聞かなかったじゃない。あと、両親がメイジに殺されたのも本当よ。わたしの目の前でね……」

 軽蔑を含んだ笑い顔が、一瞬、怒りで歪む。これだけは本当なのだろうと、ルイズにも思わせる顔だった。

「その後は一人でとぼとぼと歩いて旅を続けたの。んーとね、三十年くらい。長かったなー。いろんな村を回って生きてきたわ。……あの人に会うまでは」

 

 あの人……。

 それを聞いてルイズは一瞬、ワルドのことを思い出した。『あの方、あの方』と、熱狂を持って言っていた彼の表情と、今のエルザの表情が重なる。

 心当たりがあるのかのようにルイズは、呟いた。

 

「シシオ・マコト……」

「あったりー、知ってたんだ」

 

 クスッと、可笑しそうな顔に変わる。子供のような無垢な表情。

 そして手で回していた杖を高々と放り投げた。杖は暗がりの中、一瞬にしてどこかへと消え去ってしまう。

「ねえルイズお姉ちゃん。殺す前にもう一回聞くね? どうして人間は、生き物を殺して食べるの? あのメイドさんは言ってたよね。生きるためには仕方ないって」

 ルイズは答えに詰まった。まさかここで、またその問答を去れるとは思わなかったからだ。

「わたしね。ずっっっっっと疑問だったの。わたしや両親は血を吸わなきゃ生きていけない。人を殺さなきゃ自分が死んじゃうの。餓死するのよ。あなたも言ったよね。たくさん食べなきゃ体は強くなれないって」

「エルザ……」

「でもね、人間はそれされるとすごく怒るの。吸血鬼ってだけで、全てを目の敵にしてくるのよ。わたしの好物はお姉ちゃんのような可憐な少女の生き血なの。逆に鳥肉や野菜を出されても、腐った死骸を見ているようで気持ち悪くなっちゃうの。だけどそれを分かってくれる人間は、只一人を除いて絶無だったのよ」

 ここでエルザは、ぴょんとルイズに抱き着いた。そしてジャネットがしたように、汗を舐めあげた。

「ああ、汗も好きよ。血ほどじゃないけどね。あなた達で言う水分補給みたいなものかしら」

 そして再び、エルザはルイズから離れる。ルイズはただされるがままだった。一瞬、風に煽られ、マフラーの端がエルザの顔にかかる。

 気に障ったのだろうか。エルザは自分の首に巻かれたマフラー……シエスタがくれたそれに手をかけ、宙に放り投げる。

 

「何をっ……」

 ルイズは次の瞬間、手編みのマフラーが風の刃によってバラバラにされるのを目撃した。

 

「あっ、あんた……!!」

「ふん、こんな糸クズ寄越されたって、腹は膨れやしないのよ」

 シエスタの好意を平然と踏みにじる行動に、激高するルイズ。

「わたしが欲しいのは、血と、さっきの答え」

 エルザはそれを意に返さず続ける。

 

「さあ答えて、何が違うの? 同じ生きるためなのに、人が生き物を殺すのと、わたしが人を殺すのって、何が違うの?」

 

「違う! 違うの!!」

「だから、何が?」

「違わないけど、違うのよ!!」

 首を何度も振りながら、そう答えるルイズ。実際彼女自身、何を言っているのかよく分かっていない。

 ただ、今の状況と、エルザの価値観としでかしたこと、それら全てをごっちゃにした結果がこの答えだったのだ。

 まだいろいろと青く若い今のルイズには、この漠然とした問いに対し、上手く言語化する力は持ち合わせていなかったのである。

 そしてエルザもまた、冷めた目でルイズを見ていた。その様相は失望か、はたまた諦観か。

「ま、大したものは期待してなかったけどね。それにもう、答えは得ているし」

「答え……?」

「そう、答え」

 そしてエルザは、歌うようにこう諳んじた。

 

 

 

 

「所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ♪」

 

 

 

 

 踊るように、楽しそうに。エルザはにこやかにそう言った。

 それを聞いたルイズは、ハッとする。それは、志々雄真実が掲げているという理論だというのは、剣心から聞いていた。

 

「わたしの両親は弱かった。だからメイジなんかに殺された。わたしが殺してきた連中は弱かった。だからわたしの糧になった。あなたは弱いからそこで雁字搦めにされている」

 爽快な表情で、エルザは紡ぐ。

 

「正直その話を聞いた時、長年の疑問がようやっと解消された気分になったのよ。すっごい単純。そして明快。これ以上の答えを、あなたたちは出せるの?」

「なんですって……っ…」

「だからわたしね。シシオ様の下についたの。答えをくれたから……ってのもあるけど、あの人の下についていけば、やがてわたしが大手を振って血を吸っても、誰も咎めない、咎められない世界が、出来上がるでしょう? それを楽しみにしてるのよ」

 

 ルイズは再び唖然とした。この少女は、生き血を存分に啜るために、弱肉強食理論を本気で実践しているのだ。

 エルザの狂気もそうだが、何より、彼女にそういった夢を本気で見させる志々雄の強さ、その一端に触れたようで、思わず震えが来てしまう。

 この狂気は本物だ。間違いなく『アンドバリの指輪』なんかで操られてはできないものだ。

 そんなことをする必要がないくらい、エルザという狡猾な吸血鬼を、言葉と力で酔わせ、従わせているのだ。

 改めて、剣心と同格の男がアルビオンを制しているという、実感に思わず体を震わせる。

 そんなルイズをよそに、再びエルザは前に出ると、胸に手を当て、こう言った。

 

 

「改めて紹介するね。シシオ様直属の精鋭部隊。『十本杖(じゅっぽんじょう)』の一人、“屍繰(しぐ)り”のエルザ。それが今のわたしの真名よ」

 

 

 まあわたしは杖使わないけどねー、とあどけない口調を残しながら、「でもシシオ様、そういう細かいこと気にしないし」と続けた。

 

「さて、いっぱい喋ってお腹もすいちゃった……」

 

 エルザはにこやかな顔で、ルイズに再び抱き着いた。しかし今度はその口に、ナイフのような牙を覗かせている。

「安心して、一滴残さず美味しく食べてあげるから。ルイズお姉ちゃんは、わたしの中で永遠に生き続けるのよ―――」

 そう言ってルイズの首筋に牙が触れた。その時だった。

 

 

「そこまでだ! 残念だったな!!」

 その声を聞いて、エルザは瞬時にルイズから飛びのいた。

 遅れて、マリコルヌの風の刃がルイズの横をかすめる。

 ルイズとエルザは同時に、魔法が飛んできた方向を見た。

「ギーシュ! あんたたち!」

「間一髪だったようだねルイズ! 今助けるから待ってたまえ!!」

 ギーシュら水精霊騎士隊四人組が、ルイズを助けにやってきたのである。

 

「……あーあ、お喋りに時間を使いすぎちゃったかな。まあいいか」

 お喋りに時間を費やさず、さっさとルイズを食っておけば……と一瞬思うエルザだったが、思いの外楽しかったので後悔まではしてなかった。

 気を取り直して、やってきた連中を見る。相手はメイジなのだろうが、所詮は子供か。揺蕩う魔力も、最底辺クラスとみた。

 あのエルフ共でも来たのかと思ったが……、そういうわけではなさそうだ。エルザも勿論、帽子を被った二人組の正体はとっくに見抜いていた。

 逃げ隠れしなくても、問題ない。

 

「ねえあそこ! さっきの屍人鬼が転がってるよ!」

「吸血鬼の野郎! 今度は子供まで屍人鬼にしやがったのか!?」

 しかも相手はどうやら勘違いをしているようだ。屍人鬼になった哀れな操り人形を演じてやり過ごそうかな、と考えていた刹那、先にルイズの怒声が響いた。

「違うわよ! 気を付けてみんな! この子が吸血鬼なのよ!!!」

「ええっ!! こ、この子がかい……!?」

 吸血鬼、と聞いて心底驚いたような顔をする子供たち。まあいいや、とエルザは開き直って牙のある口を見せた。

「そうよ、わたしが吸血鬼。馬鹿ねぇ、大人しく天幕で泥酔してれば良かったのに」

 

 どうせ生かして帰す気はない。先にこいつらの血でも頂くとしよう。エルザは口語を唱えた。

 

「礫よ。我に仇なすものを穿て」

 瞬間、地面に転がっている石が宙に浮き、弾丸のように飛んできた。ギーシュ達は慌てて武器を構える。

「せ、先住魔法!!?」

「きたぞギーシュ!!」

 ギーシュは杖を振って土壁を使い、礫をやり過ごした。しかしエルザの放つ魔力の方が強かったのか、何発かは壁を貫き飛んでいく。

「ひぃっ!?」

「ま、間違いねえ! あいつが本物の吸血鬼だ!!」

 自然を操る口語の調べ。それを使えるのはエルフや妖魔の類しかない。

 

「森の木々よ、奴らを捕らえよ」

 次いでエルザは呪文を唱える。すると地面から、横幅二メイル以上はある木の根が、触手のようにうねり、エルザの周囲から飛び出した。

「さあ、精々楽しませて頂戴ね。お兄ちゃんたち」

 子供のようなにこやかな顔を浮かべながら、エルザはギーシュ達を指さした。そして次の瞬間、触手の先端が一気に襲い掛かった。

 

 

「うぉわあぁあ!!」

 ギーシュは横っ飛びによけた。先ほどまでいた場所は、土壁ごと粉々になる。

「わ、ワルキューレ!!」

 ギーシュは杖を振った。ワルキューレが複数体精製されるが、全員がすぐに薙ぎ払われ、穿たれ、捕まった後締めあげられ粉々になった。

 他の連中……レイナールやギムリ、マリコルヌも得意の系統魔法を放つも、木々の触手は全く意に介してなかった。

「ぎゃあ!!」「ぐわっ!!」

 そうするうち、マリコルヌとギムリが捕まった。触手が胴体に巻き付き、宙へと持ちあがってしまう。

 杖は落としてないので、必死になって触手を潰そうとしているが、やはり通じていない。

「まずいよ! このままじゃ……」

 レイナールが必死になって木の根をやり過ごしながら、ギーシュの隣に向かう。本物の吸血鬼が相手……自分達では荷が重い。

 だが……。

 

「分かってるよ、でもここで、逃げるわけにはいかない!!」

 捕まっているルイズ達を見捨てることなど、出来る筈もない。ギーシュは改めて身を奮い立たせた。

 その隣を、巨木の根が槌のように襲った。叩きつけられた衝撃で再び転がったギーシュは、とりあえず何とかしようと距離を取った。

「な、なあコーチ! あれどうにかならないのかい!?」

 杖が通じないなら剣しかない。ギーシュは肩に担いだデルリンガーを抜いた。

「あぁぁ……ありゃ吸血鬼か、うーん、今の坊主共じゃちとキツイなこれは……」

 状況を確認するなりそんなことをぼやくデルフ。「分かってるよそんなこと!」とギーシュも負けじと叫ぶ。

「でも逃げるわけにはいかないだろう! せめてケンシンが来るまで持ちこたえないと!」

「てか相棒、何やってんだ今?」

「ねえそんなことよりあれどうすればいいのさ!?」

 レイナールが声を張り上げた。再び襲い来る触手をやり過ごそうとして……ついにレイナールも捕まってしまう。

「わっわあああああああああ!!」

「レイナール!!」

 片足を掴まれ逆さまになるレイナール。『ブレイド』で触手を切ろうにも、ギリギリ届いていない。

「おおう、いよいよ俺と坊主だけか。大ピンチだなコリャ」

「言ってないで! 何とか! してくれたまえよ!」

「つっても俺は剣だぜ? できることは限られてるし……」

 まあとりあえず、とデルフは「俺を構えろ」と言った。言われたギーシュは即座に構える。

 

「魔法が効かねえ以上、やるこた一つだ。分かってんな坊主?」

「う、うむ!」

「俺がアドバイスするから、言う通りに動け。いいか、緊張すんなよ。いつもやってる組手のように思え」

「わ、分かった!」

 

 と言いつつも、やはり怖い。視覚が、聴覚が、「逃げ出してしまえ」と脳へと訴え続ける。

 もし鍛錬を経ぬままだったら、疾うに逃げ出すか、無謀な特攻で命を散らしていただろう。

「右に来る! 今だ横薙ぎ!!」

「おう!!」

 ギーシュはデルフの声だけを頼りに、それのみを信じて動いた。

 ズバン!! と触手が斬れた。

「前によけろ! 後ろを向け!」

 言われた通りに駆け出すと、背後から迫ってくる根が目の前に来ていた。

「上段振り上げ!! そこだ斬れ!!」

 再び、ギーシュは剣を振り下ろす。触手が根元からまっすぐに断ち切れた。

 

「……あら?」

 ここでエルザは声を上げた。ギーシュの意外な健闘もそうだが……斬られた触手がそれ以上動かないのだ。

 まるで、そこだけ魔力を吸われたような感覚。

 

(そういえば、魔力を吸う変な剣があるって言ってたっけ)

 

 あれのことか、とエルザは目を細める。聞いた話じゃそれは剣心が常に持っている筈だが、何故あの小僧が?

「けどまあ、だから何?」

 エルザは再び口語を唱える。既にここら一帯の精霊とは契約を終了している。どれだけ抗おうとも、この場にいる限り自分の敵ではない。

 それにもう、敵はあと一人なのだ。数の暴力でそのまま押しつぶして終わりだ。

「待っててねーお姉ちゃん。わたし、美味しいものは最後まで取っておくタイプなの」

 エルザは子供のような笑みを、縛られたままのルイズに向けた。

 

 

「っ、ぐぅ……!」

 ルイズはもがいた。しかし、どれだけ暴れようとも蔓が強く絡まるだけだ。

 見渡せば、ギーシュを除き全ての男子たちは捕まってしまった。みんな自分のように手を縛られてはいないが……頑丈な木々に手を焼いているのが、ここからでも分かる。

 次いで視線をエルザの方へ落す。彼女はご機嫌な様子でこの戦いを見やっている。ここまでほぼ自分の思い通りにいっていることで、浮足立っているようだ。

 油断している。先ほどの話しぶりといい、自分を殺すのは最後にしている様子が伺えた。

 この隙に……。ルイズは目を伏せ、神妙になった。

 それを傍目で見てたエルザも、ようやく諦めたと思ったのだろう。再び視線をギーシュに向けた。

 それをちらと視認したルイズは、顔を、視線を……未契約の軍杖へと向ける。

(お願いギーシュ、もう少しだけ粘って……!)

 心の中で剣心が来ることを願いながらも、なるべくなら自力で打破したい。そう考えていたルイズは、まだ魔法が通じないこの軍杖と、虚無に賭けた。

 

 

 エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ

 

 

 静かに、詠唱を始める。

 自分を縛っている蔓を解くために、小さな規模でいい。『爆発』を使おうとしていた。

 

 

 オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド

 

 

 自分のリズムが、心の中でうねるのを感じる。もう少しだ。もう少し……!

 

 

 ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ「あっ…!!」

 

 

 そこまで唱えた時だ。ルイズの口の周りを、蔓が覆った。

 ご丁寧に舌にまで小さな蔓が巻き付き、それ以上の詠唱を完全に封じる。

「うるさいよ。何? 聞こえてないとでも思ったの?」

 見れば、エルザが冷えた目で此方を見ていた。口元は緩んでいるが、瞳は笑ってない。

「ぐっ、うぅ……っ!」

「それが虚無の詠唱? 随分長いのね。でももう、それじゃ唱えられないわよねー」

 

 化かし合いでわたしに勝とうなんて、百年早いわ。エルザは吐き捨てるようにそう言った。

 

 どうやら油断しているフリをしていたようだった。わざとそうやって遊んでいるのが、嫌でも分かる。

「まあ、もう直ぐ終わるから。恨むならこんなになっても来ないあなたの使い魔さんを恨んでねー」

 エルザはそう言って、今度こそ完全に視線をギーシュに向けた。もう何もできないだろうと、本気で高をくくっている目だった。

 剣心は今、エレオノールを助けに向かっているのだ。そう速く駆け付けては来れないだろう。

 だからこそ、自分の力でここは何とかしなくては……。

 

(大丈夫、まだ魔力は残っている……)

 呪文は唱えられなくなったが、うねった魔力はまだ体内に残留している。普通の魔法ならば駄目だったろうが、虚無は特別らしい。呪文を途中で切っても、杖さえあれば発動は可能なのだろう。

 後はこの杖さえ、まともに動いてくれれば!

(お願い、発動して!)

 失敗してしまったらもう、今度こそ何もできなくなる。

 ルイズは目をつむり、ひたすらになって意識を集中した。残留した魔力を、腕へ、手首へ、そして杖へと渡していく。

 ここまではできるのだ。ここから先、杖全体に魔力を行き渡らせようとすると、すっと霧散してしまう。未契約時に起こる現象だ。

 

「馬鹿、坊主! フェイントだ!! 下からも来るぞ!」

「しまっ……た! うわあああああ!!」

 

 そうこうしているうち、ギーシュも遂に捕まってしまう。レイナールと同じように片足だけ根が巻き付き、逆さで宙に浮いてしまう。

「はいゲームセット! 終わり終わり! どうしよっかなー! 素直に全員たべちゃおっかなー!?」

 本気で悩みながら、エルザは目を輝かせた。相手は男だが、まだ若い。瑞々しい血を得られるだろう。

 若人の新鮮な生き血は、彼女ら吸血鬼にとって最上級の霜降り肉を提供されるのと同じ。しかも相手は全員メイジだ。こんな機会はめったにない。

 愛でるような目で宙に浮いたままの学生組を見やる。

 

 それを見たルイズは、今度こそエルザが慢心していることを確信した。

 やるならもう、今しかない。

 ルイズは、力を収束させる。するとどうだ。見えない壁を突き破るような感覚が、体の中を駆け巡った。

 いける! ルイズは内心叫んだ。

 

(契約が、ようやく成立したんだわ!)

 

 杖に魔力が完全に行き渡った。手足のように、この軍杖も扱えるようになったのだ。

 ルイズは、心中で叫んだ。

(―――『爆発』!)

 刹那、光がルイズとエルザを覆った。

 

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