「―――えっ」
ルイズの思惑通り、エルザは完全に慢心していた。
メイジとは何度もやり合っている。故に『詠唱を遮ってしまえば、魔法は使えない』というのも、経験則で理解していた。
しかもルイズが持っているのは未契約の杖。それは事前の調査で把握済み。だからこそ、この状況でルイズに逆転できる要素など、それこそ剣心が来る以外には無いと思っていた。
だが侮っていた。虚無の魔法を。
始祖が作りしかの魔法は、メイジの扱う系統魔法とは根本から違うということに、気付けなかったのだ。
その慢心が、背中から迸る謎の光への対処を、僅かながらに送らせてしまったのだ。
(―――『爆発』!!)
ルイズの心の叫びが、エルザを覆った。
「ぎゃっ――――!!!?」
無防備だったエルザは吹っ飛ばされた。
完全に油断していたせいで、光った瞬間放たれた衝撃波に対し、まともに抗えなかったのである。
小柄な体躯もまた、仇となった。力を込めようとも、遅れて発生する強風に逆らえない。
「この―――っ!?」
両指から鋭い爪を伸ばし、それを地面に食い込ませることで衝撃からやり過ごす。
しばらくそうしていると、徐々に爆風が弱まっていく。
「はあっ、はあっ……」
エルザは声を荒げながら、立ち上がった。そして先ほどまでルイズを縛っていた場所を見るも、やはり彼女はいない。
エルザは周囲を見渡した。吸血鬼の目は夜でも昼間のように見通せる。
すぐにエルザの視界は、桃髪の少女を捕らえた。
「……っ、たあ……ぁ」
呻きながら、ルイズは立ち上がった。縛っていた草は完全に解けたようで、今は口に絡まった蔦を吐き出しているようだ。
「木々よ! 彼女を捕らえよ!!」
エルザは苛立ったように唱えた。すぐさまルイズに木の根の触手が向かう。
「――くっ!!」
それを見るなり、ルイズは転がって避けた。なだらかな坂を転がりながら、改めてルイズはエルザと向き合った。
追撃しようとしたエルザは、一旦やめて彼女と対面する。
「ねえお姉ちゃん。わたし面倒なのは嫌いなの。大人しくまた捕まってよ」
「嫌よ、あんたこそギーシュ達を放しなさい」
ルイズは杖を構えた。レイピア状の杖から力がうねるのを感じる。ついに父と同じように、自分も『二本使い』が出来るようになったのである。
一方のエルザは、苛立った様子を隠そうともしない。
「ねえ聞いてよ。お姉ちゃんはさあ、わたしが今まで食ってきた女の子の中でも、とびきりの美味しさを誇ってるの。出来ればゆっくりと堪能したいのよ。お姉ちゃんだって、骨や手足が折れてイタイイタイまま喰われるの、嫌でしょう?」
先ほど舐めた汗の味で、彼女が極上の素材というのはもう分かっている。だからこそ、エルザは抵抗してルイズの身体が、泥などで汚れるのを嫌がったのである。
無抵抗のまま、存分に生き血をすすりたいからこそ、エルザはルイズの捕縛に拘っていた。
一方のルイズは、シエスタから貰ったマフラーを、大事そうに首にかけ直した。
視線が鋭くなるのを感じたエルザは、そう言えば自分はマフラー破ったっけ、と思い返す。
「なに、お姉ちゃん怒ってるの? マフラー破いたコト」
「……わたしはね、まだあなたの言う『殺して生きる』問いにどうとかっていうのは、上手く答えられそうもないわ。けどね……」
ルイズの周りを、魔力が包み込んでいくのをエルザは感じた。
得体の知れない力が、周囲を覆う。大気が少し、震えているようにも思えた。
これが虚無…? と思案している中、ルイズは冷静にレイピアを振り、そして叫んだ。
「あんたがやったコト! 何の関係もない人を操り人形にしたコト! シエスタたちの好意を踏みにじったコト! それだけは絶対に許せない!!」
瞳に確かな決意を宿らせ、エルザを睨みつける。
純粋な義憤が、今のルイズを動かしていたのだった。
「あんたは、わたしが倒す。ケンシンの、わたしの使い魔の手を煩わせるまでもないのよ!」
「……ふぅぅぅん、あ、そう」
一方のエルザは、そんなルイズの決意を心底どうでも良さそうな様子で見つめていた。
どうやって抵抗させずに捕らえるか、そんなことにしか今は思考していない。
「そう言って、果たして何秒持つのかしら? 見物ね。ルイズ・フランソワーズ」
精々頑張りなさい。その声とともに再び、木々の触手が動き出した。
木の根は再び、ルイズを捕らえんと襲い来る。
「わっ――!!」
頓狂な声を上げつつも、ルイズは紙一重で避けていく。足さばきがギーシュ達より洗練されているからだ。
加えて、捕縛にこだわるあまり叩きつけるとか突き刺すといった殺意ある攻撃を自重していたため、敵の攻撃速度が先ほどよりも落ちている。
だが、所詮はその場しのぎの回避。エルザは片手を上げる。地面から更に、追加の触手が現れた。
「あっ…危ないぞ!!」
逆さまのままのギーシュが叫んだ。自分がデルフを使って捌いてた時よりも遥かに多い。このままでは、いずれ捕まってしまうだろう。
「はい、これで――」
エルザは両手を踊るように動かす。精霊と同調し、徐々に速度や精密さを上げているのだ。
そして気づけばルイズの周囲一帯を、触手が囲む。逃げ場はない。
「おしまい」
エルザは手を突き出す。一斉に触手がルイズに向かっていく。
だがルイズの心は、不思議と冷静だった。
『ブレイドさえ何とか覚えれば、今まで学んだことは必ずどこかで役立ちますよ。ルイズ』
昔の、剣の訓練を己に課した母の言葉が過った。
もう忘れたかった。あの過酷な日々は。
「剣術などやらなかった」と言わんばかりに、学院に来てからはそれをひた隠しにしていた。開きかけていた剣才という扉を、無理やりに閉めて蓋をした。
そしていつしか、それを記憶の彼方へと、押しやって風化させていった。
だが、剣心との出会いが、この、一度は開きかけた扉と再び向き合うこととなった。
そしてこの十日の鍛錬で、かつての日々を、あの過酷な日々を、揺り起こしていった。
時間にすれば僅かかもしれない。だが、それで十分すぎる程、ルイズは在りし日のことを思い出せていた。
剣才という名の扉が、再び開かれる――。
「――やぁああああああああああああっ!!」
腰に溜めた剣を、一気に振った。自分だって、剣心を間近で見たのだ。彼の剣技は、よく分かっている。
まだ見様見真似なれど、動きの鋭さはギーシュよりもはるかに極まっていた。
そうして放った攻撃は、前方へ向かってきた触手二本を、斬り飛ばしていった。
「なっ!!?」
「あれは!!?」
エルザと学生組は、同時に驚いた。
ルイズの軍杖には、桃色の光が纏っていた。それは鋭い剣のようにもなっている。
「『ブレイド』!?」
「あいつ、使えるようになったのか?」
杖に魔力を絡ませて刃とする、騎士御用達の魔法『ブレイド』。
得意な系統ごとに、その色と威力は違う。その上、杖の周りのみに発生させるために、効果が持続する。極めれば岩をも両断することのできる、白兵戦用の呪文であった。
系統からは外れた魔法であるためか、どうやらこの呪文も無事会得できたようである。
「たっ!!」
ルイズは振り向きざま、今度は三本の触手を切り伏せる。魔力を吸い取るデルフではないためか、斬られても即座に触手は動き出すが、速度は格段と落ちていた。
ルイズは一度その場から離れ、後から追いついてくる触手を順に切っていく。その繰り返し。
(ケンシンから学んだことが、もう実戦できる時が来るなんてね―――)
この戦法は剣心から学んだことだ。一度退くと、戦意ある相手は追いかけてくるが、自然その速度はまちまちとなる。
その合間合間を狙えば、複数を相手することなく単独で各個撃破ができる。
あくまで知識の一つとして聞いていたこの戦法だが、ルイズはこれを的確に利用していた。
「――チッ!!」
エルザは本気で舌打ちした。まさかこんなに抗ってくるとは思わなかった。
触手を伸ばそうにも、どんどんと斬られていく。もう限界まで伸ばしているせいで、動きが鈍く、そしてやがては動かなくなっていく。
最後の触手を切り伏せたルイズは、改めてエルザを見やった。
「……もう、終わり?」
「ッッ!!!」
エルザは瞬間、沸点が一気に頂点まで沸き上がるのを感じた。
だが一方で、冷徹な部分もまだ残っていた。その冷えた声が、脳内で囁きかける。
「あぁぁぁそう、分かったわ……」
本気でやってやると。
エルザは詠唱開始した。とにかく長い口語の調べ。今度はもう、この地一体の木々全てを総動員させてルイズを潰す気であった。
「まずい、まずいぞ娘っ子!! 速く詠唱を止めろ!!」
ギーシュがまだ持ったままのデルフリンガーが叫んだ。経験則から、エルザの真意を速くに察したのだ。
ルイズは、杖を構え直してエルザに向かうも、その前に小さな触手が阻んできた。
「くっ――!!」
捕まらないように上手く切るも、続いて礫の弾丸が飛んでくる。ルイズは転がって避ける。
そうこうする内、エルザとの距離がどんどん離れていく。こちらも虚無で対抗しようにも、『爆発』じゃ時間がかかりすぎる。
どうしよう―――!! ルイズは内心焦り始めた。その時だ。
ドサッ……と、彼女の近くに何かが落ちた。それは懐に入れていた『始祖の祈祷書』。
どうやら転がった時に出てきてしまったらしい。
祈祷書はそのまま、風に煽られ頁が勝手に捲られる。やがて止まったページから、淡い光が現れているのをルイズは視認した。
「―――祈祷書! まさか新しい『虚無の呪文』が!?」
どうやら、新しい魔法が出たようだ。ルイズは急いで、それを見る。
今回の呪文は、かなり短かった。ただ、シンプルにこう書かれている。
初歩の上級『加速』。
ただ、急げ。あまねくものを置き去りにせよ。
ルイズは祈祷書を拾い上げた。口上すら短い。これなら時間も取られない。
「何ボーっとしてんだ娘っ子、くるぞ!!」
「ルイズ!!」
「危ない!!」
学生組やデルフが口々に叫ぶ。ルイズが見上げると、エルザの周囲には数十以上の触手が、夜空の中うねり狂っていた。
「今度こそ」
エルザは両腕を上げた。それに伴い、触手の動きも津波のように揺らぎ始める。
「これで」
地面がぐらぐらときしみ始める。地中という地中の根を総動員しているのだ。その力に、大気が、地面が震えた。
「おしまい――!!」
エルザは腕を振り下ろした。その瞬間、視界を覆わんばかりの木の根が殺到する。
その奔流に、ルイズはあっけなく飲み込まれていった。
「ルイズううううううううううううううう!」
ギーシュ達の虚しい叫びが響き渡った。根はしばらく、ルイズのいた場所を暴れまっていた。
「きゃっ――ったああっ、もう!」
エルザの背後で、そんな声が聞こえた。
「――なっ!!?」
慌てて振り向き、今度は本気の驚愕をした。
なぜなら、先程確かに潰したはずのルイズが、エルザの真後ろで倒れていたのだから。
(なに今の! 見えなかった……どうしていつの間に背後へ!?)
顔には出さないが、内心エルザは混乱していた。確かに叩き潰したと、そう思っていたからだ。
だが現に、ルイズはエルザの後ろにいる。立ち上がりの隙すら、見逃してしまうほどに放心していた。
「っ―――これ難しいわ……慣れが必要ね」
一方のルイズも、初めて使った新魔法にまだ、苦戦しているようであった。
一瞬にしてエルザの真正面から背面に回れるほどの移動術。
しかし使った瞬間、五感の全てが置き去りにされる感覚を味わった。
着地後の動きにもたついて転んでしまうようでは、まだまだだだろう。
(ケンシンって、いつもこんな風に動いてるのかしら……)
ただ、この呪文は間違いなく『使える』。ルイズは同時にそう確信もしていた。
この移動術を極めれば、いずれは飛天御剣流……その真似事くらいはできるようになるかもしれない。
勿論、本気で御剣流を会得できるとまでは思ってないし、速さも多分、剣心の方が速いのだろうとは思っているのだが。
「この――!!」
ここでエルザは再び触手を操った。地面が揺れるほど蠢く、複数本の触手。
普通だったら、間違いなく逃げ切れずにやられるだろうが――。
「『加速』!!」
ルイズは再び唱える。遅れて木々の奔流が殺到。しかしルイズはもう、そこにはいなかった。
「―――っ痛っ!」
「また!? このおおおおお!」
今度は遥か右奥でこけるルイズが目に映った。だがエルザももう、惑わされない。
手掌で操り、倒れている彼女目掛けて木々を襲わせる。しかしルイズの方が一瞬、速く体勢を立て直した。
そして、前転しながら呪文を唱える。
「『加速』!!」
ドドドッ!!! と、木々の先端が地面を貫く音を発する。理解不能な現象を前にもう、捕縛どうのこうの言ってられる状況ではなくなったからだ。
それはすなわち、エルザの余裕が完全に消え失せたことを意味する。
一方のルイズは、『加速』で丁度起き上がる動きでエルザの懐に入った。どうせ転んでしまうなら、最初から転んでおけばいい。発想の転換であった。
「――――ッ!!」
「はあっ!!」
エルザは見事、虚を突かれてしまった。ルイズの突きが、エルザの胸に入った。
「がっ……??」
「……って、あれ?」
ルイズもまた、ここで気付く。軍杖にかけた筈の『ブレイド』が消えていたのだ。
そのせいで斬撃を伴わない、只の突きがエルザに入っただけだった。
しまった!! と、ルイズは内心叫んだ。
(嘘でしょ!? もしかして『加速』と『ブレイド』って併用できないの!?)
まだ使い始めたばかりなせいで、そこまで分からなかったのである。
エルザはニヤァ……と特大な笑みを浮かべた。魔力の伴わない、ただの突きで傷など負う筈がない。
ルイズの足元から、巨大な根が現れるとそのまま彼女を掴んで持ち上げた。
「しまっ――!!」
ルイズは慌てて『加速』を唱えようとする。しかし、そうはさせまいとばかりに全身を締め上げた。
「あっ―――がぁ―――!!」
「あはあはっはははは!! お姉ちゃんが悪いんだよ!! さっさと捕まってればいいのに無駄な抵抗するからさあ!!」
エルザの狂気に満ち満ちた声が響いた。瞳はこれでもかと開き、唾を飛ばして叫ぶ。
そして、ルイズをさらに締め上げるよう命じた。このまま背骨をへし折ってやるつもりなのだ。
「見てくれは悪くなっちゃうけど、仕方ないよね。これも全部お姉ちゃんの所為だからね」
その合間にも、胴体部分を激しく締め上げるエルザ。ルイズは全身の骨がきしみを上げるのを感じた。
「がっ……ぁ!」
それを見ていたエルザは、ただ冷たい声で、一言。
「大人しく言うこと聞かないお姉ちゃんなんて、死んじゃえ」
エルザはぐっと、ルイズに向かって握りこぶしを作った。
止めの締め上げが、彼女の息の根を止めようとした瞬間だ。
「―――!!」
「間に合った!!」
ルイズを掴んでいた触手の根元が、すっぱりと斬れた。間一髪助かったルイズは、そのまま地面へと転がり落ちていく。
根を切ったのは、一体のワルキューレだった。
「大丈夫か娘っ子! 早く体勢を立て直せ!!」
ワルキューレが手に持っているデルフリンガーが叫ぶ。
「デルフ!? あんた……」
「出来る限り時間を稼いでやっから、早く呪文を唱えろ!」
ルイズはデルフと、そしてギーシュの方を見た。
見ればギーシュは、逆さ吊りのまま杖を振り回している。デルフをワルキューレに手渡し、遠巻きながらルイズのサポートに出たのだ。
「ぼく達のことは気にするな! 早く吸血鬼を!!」
「このおおお! ちょこざいな……!!」
そこまで言いかけた時、エルザは膝をついた。
「はぁ、はあっ……」
しまった……。と内心思った。力をあまりにも使いすぎた。
相手が自分より遥か格下と侮ったばかりに、力の行使量がとうに限界を超えていたのだ。
いかな精霊とて出来ることには限度がある。エルザはその力を引き出しすぎたあまり、精霊側から契約の拒絶を訴え出られたのである。
退くか……? エルザは逡巡する。元々ルイズ討伐は志々雄側の最終目標と定められてはいるが、別に自分がそれを任せられたわけでは無い。
自分の任務は「屍人鬼を使った諜報と情報収集」。それだけなのだ。ルイズに近づいたのも、只の様子見程度でしかない。
それにいくらなんでも、自分が『ガンダールヴ』こと緋村剣心に勝てるとは、全くもって思っていなかった。いっそのこと彼がこの場に駆け付けてくるのであれば、エルザとしても、完全に諦めがついたことだろう。その時はとっとと退散するつもりであった。
だが、未だに奴は現れる兆候が無い。そして何より……先ほど舐めたあの極上の汗が、エルザの諦めを抑制しているのであった。
汗であれなら、彼女の生き血はどれだけ美味しいのだろうか? そう考えるだけで涎が止まらなくなってしまう。
志々雄の理想に準じるエルザでも、「美味しいものを食べたい」という欲求までは、どうにも抑えられなかったのである。
そのため、普段なら間違いなく退いたであろうこの闘いで、柄にもなく粘りを見せてしまったのである。
(せめて一滴! 一滴だけでも啜ってみたい!)
エルザは無理やり、契約を続行させる。それに伴い大幅に魔力が奪われたが、気にしなかった。
「木々よ! 彼女を捕らえよ!!」
再び、精霊の魔力が迸った。地中から様々な根が再び現れる。
木々は、呪文を唱え始めたルイズに襲い掛かる。
しかしその木々を、ワルキューレがデルフを使って切り払った。
「この! 邪魔すんなああああああああああ!!!」
今度は狙いをワルキューレに定める。所詮あの小僧が作ったゴーレム。薙ぎ払えばそのまま吹っ飛んでいくだろう。
「来るぞ! まずは下! 続いて上だ!!」
しかし、ワルキューレは身軽な面持ちで触手の攻撃を避けていく。デルフの的確なサポートもあってなかなか攻撃が当てられなかった。
「やはりそうだ坊主! お前ワルキューレは単独で操ったほうが強いぞ!」
「そ、そうなのかい!? よおし!!」
実際、複数体操作した時のワルキューレは、どうしたって動きが盆雑になってしまう。
逆に一体のみに絞れば、その個体のみに全霊を注げばいいため、操作制度はグッと上がる。
ギーシュの練度の高さもあって、今のワルキューレは先ほどのルイズとそん色ない動きをしていた。
加えて、魔力を吸い取る魔剣デルフリンガーの力により、斬られた触手は使い物にならなくなっていく。
「この、ちょこまかと……!」
エルザが躍起になって青銅を破壊しようとすればするほど、時間を浪費する。そしてまず先に、ルイズの呪文の方が発動した。
「――『幻影』!!」
次の瞬間、エルザの周囲に数百体のルイズが現れた。
「しまった、これは……!」
エルザはこの光景に圧倒されてしまう。そして思い出す。先の空戦では、良く分からない『幻影』が登場したことで追撃の手が緩んだという話を。
エルザは手掌で動かし、幻影で作り上げたルイズを即座に討ち果たしていく。しかし本物は見当たらない。
幻影に紛れて再び、ルイズの詠唱が始まった。その口語は先ほど自分を吹っ飛ばした呪文『爆発』だ。
(幻影で時間稼ぎをしつつ、あの爆発を放とうっていうの――!?)
させるか!! とばかりにエルザは幻影を打ち払う速度を上げる。しかし、それを青銅の人形が阻んだ。
「いい加減邪魔しないで!!」
エルザも必死になって青銅を壊しにかかる。だが、もう触手の数も少なくなってきた。
どうすれば――と思案に回るエルザは、ここでようやっと気づいた。
「あ、そうだ! こうすればいいじゃない!!」
今頃気付いたとばかりに、エルザはギーシュを掴んでいる触手を指さした。
「な、何だ――!!!」
その瞬間、ギーシュはそのまま勢いよく地面に叩きつけられてしまう。
「がっ!!」
「この!! このこの!! 死ね! 死んじゃえ!!!」
何度も何度も、ギーシュを地面に叩きつける。すると遂に、ワルキューレの動きが停止し、そしてバラバラに砕け散った。
「あははは!! 後はこれで―――」
その瞬間、エルザの腹に衝撃が駆け巡った。
「ぁぐ……ぅ!」
何が起こった? エルザは分からず、そのまま吹き飛ばされていく。
思い切り地面に叩きつけられる。その隣に、デルフリンガーがころころと転がった。
(あのゴーレム、動かなくなる前に……投げつけたっていうの? あの剣を!?)
色々と焦っていた所為で、どうやら回転しながら飛んできたデルフを見落としていたようだ。
幸いにも刃の部分に当たらなかったようだが、強烈な衝撃にエルザは一瞬、呻いてしまう。
「悪いが、吸血鬼の嬢ちゃん。もう『手遅れ』みたいだぜ」
よろよろと立ち上がるエルザ。その姿を見たデルフはそう呼びかける。
彼女の目の前には、詠唱を完了し魔力を満たしたルイズが、杖を構えて立っていた。
「あ、ああ……」
その光景を見たエルザは一瞬、両親を殺したメイジの魔法が、脳内にフラッシュバックした。
詠唱は完了した。
吸血鬼に引導を渡せるくらいの威力を誇る『爆発』を、撃つことができるようになった。
ギーシュ達の敢闘や、自分の才を発揮させることで、遂に剣心がいなくても、戦えるくらいにまで成長をしたのである。
(これで、終わりよ――!!)
詠唱中、目を閉じていたルイズは、ここで目を見開き、エルザに向かって呪文を唱えようとして――。
「ぐすっ、痛いよぉ……っ。やめて、お姉ちゃん……」
お腹を押さえ、涙を流して必死に懇願する、少女の姿が目に入った。
「――――っ……!!」
その姿を見て、ルイズは一瞬、迷ってしまった。
本当に良いのか? あんないたいけな子供に、爆発を打ち込んでも……と。
(い、いや違う!! あの子は吸血鬼!! 倒さなきゃ、殺さなきゃならない敵なの!! 敵……――)
だが、そんな思いとは裏腹に、杖先は震えた。
あれだってどうせ、演技だろう。吸血鬼が狡猾なのはもう、身に染みて分かっている筈なのに……。
ふと思い出す光景。幾人もの斬り殺されていく人々の光景。
生きたかったと手を伸ばす清里の表情。無念のまま散っていく人々の顔。
その光景が記憶の底から湧き上がってくる。手が、動揺で大きく震えた。
『何が違うの? 同じ生きるためなのに、人が生き物を殺すのと、わたしが人を殺すのって、何が違うの?』
脳裏に何故か、そんな言葉が反響する。そう言えば自分はまだ、彼女に答えを返していない。
「……おい何やってる娘っ子! 速く撃て!」
デルフの焦った声が響き渡った。それを聞いたルイズは、遂に意を決する。
しかし、この迷いから生まれた隙は、既に致命の域にまで至っていた。
「木々よ!! 彼女を穿て!!」
見れば、エルザは狂気の目をもって叫んでいた。先ほどのか弱い姿はとうに消え失せ、吸血鬼たる狡猾な面を覗かせている。
「馬鹿だねえ! あんな苦し紛れの涙を真に受けちゃってさああああああああああ!!」
もう手加減はしない。動かなくなった触手の破片が鏃のように尖らせ襲い掛からせる。『
それが殺到してくる。
ルイズはまだ、呆気に取られていた。今から別の呪文を唱える時間はもう、無い。
「ルイズ!!」
「娘っ子!!!」
枝の矢が喉に、心臓に、太腿に、額に飛んでくる。
ルイズは思わず、目をつむった。
瞼の裏で、刃のような静かな音が、ルイズの耳に聞こえた。
「……っ、え?」
「大丈夫でござるか? ルイズ殿」
その声を聞いて、はっとルイズは再び目を開けた。
そこにいたのは――。
「ケンシン……」
「遅れて済まぬ。後は任せるでござるよ」
緋村剣心が、逆刃刀を構えて、自分を守る盾のように聳え立っていた。
「――あっ……」
終わった。
剣心の姿を見た瞬間、エルザの脳内はその一言で埋まってしまっていた。
彼に相対しただけで分かる。こいつは志々雄真実と同じ類の超越者であることを……。
加えてこちらは既に満身創痍。抵抗を諦め『逃げる』ことに全力を費やし始めた。
「木々よ! 敵を打ち倒せ!!」
エルザはあらん限りの魔力を総動員させた。精霊との契約がもう切れてもいい。最後の力を振り絞って彼らをかく乱させるつもりだ。
触手を、礫を、枝の矢を、あらん限りで打ちまくる。
しかし、ルイズの周辺はまるでそこだけ何事もないかのように、全てが撃ち落とされてしまっていた。
その威力はもう、彼女を守る『盾』というより『結界』に近かった。
「ぐぅぅぅぅっ!!」
エルザは逃げ出した。
やはり、勝てるビジョンが一切思い浮かばない。
精霊の力でさえ、あの男たちの前には無力なのだ。
そんなの、志々雄と最初に対峙した時から分かっていたことなのに――――。
「はっ、はあっ……」
走り出したエルザはふと、後ろを振り向く。そして…思いっきり歯噛みした。
ルイズが再び、自分に向けて杖を構えていたからだ。
もう騙されないとばかりに、その瞳には覚悟が滾っている。
「やめて!! やめてお姉ちゃあああああああああああああああん!!」
エルザの叫びをよそに、ルイズは冷静に見据えつつ、静かに唱えた。
「ごめんね――――『爆発』」
何故謝ったのか、何故そんな悲しそうな顔をしたのか、エルザは分からなかった。
ただ、次の瞬間流れた特大の衝撃波が、光が、エルザの視界一面を覆っていった。