るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第百一幕『追憶③ -The Last Wolves-』

 

 その夜、ルイズは再び夢を見た。

 それは剣心の辿ってきた道。人斬り時代の続き。

 京の都。昼は賑やか、夜は血飛沫。その二面を持った狂いの街。

 あれから少し時が飛んだらしい。けだるい暑さがルイズを包んだ。

 元治元年六月五日。その日は祇園祭が行われていた。

 

 ルイズは再び、京都の、抜刀斎時代の剣心の隣に立っていた。

(また、ケンシンの夢の中かあ……)

 ルイズは若干呆けたような様子で、隣を歩く剣心を見やる。

 そろそろ彼女も気づいていた。どうやら虚無を使うとその反動で、必ず使い魔の昔の記憶を見てしまう事に。

 それかもしくは……、自分が『続き』を見たいと思っていることに、それが起因しているのではないかと。

 今、京都は夏になっているようだった。炎天下の中、賑やかな雰囲気がそこここに漏れている。

 

 

「宮部さんからのお達しですか?」

 そんな中、剣心は飯塚に何やら話していた。

「そうだ。もし懇意にしている女がいたら、今夜までに京の外に逃がせって」

「前に言っていた『大事』というやつですか」

「他に何があるんだ?」

 それを聞いて、ルイズは考える。そう言えば桂の言っていた『会合』というものを思い出した。

 宮部……、という名前はそこで聞いた。何やらかなりの大きなことを、この京都でしようとしている事も。

「何するのかしら、あいつら」

 しかしルイズは何か嫌な予感を覚えていた。素直に剣心を応援したいのに、それができない気持ち。

 言いようのないもやもやを、この時のルイズは抱えていた。

 しかしそれを気にすることなく、二人の会話は続く。

「桂さんはなんと?」

「桂さんはここしばらく藩邸にも姿を見せていない。噂じゃ宮部さんと決裂したらしい」

 それを聞いて再びルイズは唸った。

「何よ決裂って? 何をしようとしているのよあんたらは……」

 どうしてか、すごくろくでもないことをしようとしているのでは……という不安が強く出ていた。

「本当に良いのケンシン、こんな奴らの言うなりになって」

 思わずそんなことを隣の剣心に投げかけるが…、やはり自分の言葉など、二人にはどこ吹く風。

 そうこうする内、再び飯塚は切り出した。

「お前、巴はどうすんだ?」

「何も、別に俺の女というわけじゃありませんし」

「誰もそう思ってないぜ。一度は助けた女だろうが」

 この会話で、さらにルイズはもやもやする。

 結局剣心は、巴の事をどう思っているのだろうか?

 いやそもそも、巴も剣心のことをどう見ているのだろうか?

 ただ、少なくとも飯塚の言ったように、二人の雰囲気は恋人……まではいかなくてもそれに近い何かを纏っているような感じはある。

 でもそれは、やっぱり認めたくない。

(何よっ、わたしだって……っ)

 そこから先の言葉を、しかしルイズは飲み込んだ。声に出そうとして…その気持ちを押しとどめた。

 なんでだろう? 認めたくないのだろうか? じゃあこのモヤモヤはどこから来るの?

 ルイズは分からなかった。でも、これだけは確かだった。

 

(ずるいわよ、トモエ……)

 

 いっそのこと自分も過去に飛びたい。この時代の剣心と、直に言葉を交わしたい。

 そんなことを強く思うほど、いいようのない気持ちを、この時のルイズは抱えていた。

「よく考えてみることだ。じゃあな」

 それを最後に、飯塚は去っていく。

 

 

 続いて、見るのは夕日が混じる京の都。

 萩谷の二階、剣心の部屋で丁度、巴は箒を掃いていた。

「じき終わりますから」

「いつもすまない」

 しばしの会話を交わした後、剣心にしては珍しく言いよどんだ顔で巴を見ていた。

 それを察したのだろう。巴もこちらを見て言った。

「何か?」

「いや」

 それだけ告げると再び窓際に腰かけようとする。これだけでルイズは気が気でなかった。

「何よもう…あんたたち本当に何なのよぉ~~~っ!!」

 ルイズは地団太を踏んた。これで「何もない?」このバカ犬が、殴ってやりたい。

 もしこの場にルイズがいたら、剣心を蹴飛ばして巴には、剣心とどういう関係なのか肩をゆすってまで聞き出そうとしたことだろう。

 残念ながら、それは叶わないのであるが。

 そんな悶々とした感情を抱えルイズを他所に、今度は巴が口を開く。

「あの、良かったら今晩お付き合いいただけませんか?」

「へ?」

 ドキリ、と……確かに心臓の鼓動が大きくなった。

 ついに巴が仕掛けてきた。そう思ったのだった。

「女将さんからお休みを頂いたのです。たまには外で気晴らししたいと思って…でも、一人じゃ所在無いし」

 ルイズはごくりとつばを飲み込んだ。どうするつもりなのだろう…。

 これで少しは、巴の腹の内が見えてくるのだろうか?

 そんなことを思いながら、ルイズは夜の街に繰り出す二人の後を追った。

 

 

 

 

第百一幕『追憶③ -The Last Wolves-』

 

 

 

 

 

 コンコンチキチン、コンチキチン。

 祇園囃子とともに人の入りが凄く露になる。

 駒形提灯が宵闇を明るく照らし、山鉾巡行が路を通りゆく。

「賑やかね…」

 そんなことを考えながら、剣心と巴はどこかの酒場へと繰り出していく。

 二人は間違いなく美形なのに、どちらも仏頂面。楽しそうにするわけでもなく、黙々と席についていく。

(せっかくの祭りなのに、もう少し楽しくなさいよ……)

 思わず、そんなことを考えるルイズだった。なんというか…いま彼女が思い描く「理想のカップル」とはかけ離れた姿なのである。

 かといっていちゃいちゃされるのも、それはそれで腹が立つので、まあ、これぐらいがいいのかな…とか、そんなことを考えていた。

 そんなルイズに構わず、剣心は巴に注いでもらった酒を一献。すると――。

「……久しぶりだ。まともな味がする」

 少し嬉しそうな声色で、剣心はそう言ってきた。ルイズもそれを聞いてちょっと驚く。

 まるで、今まで何呑んでも味がしなかったかのような口調だ。

「そう言えばケンシン、すごくまずそうに酒を飲んでたっけ…」

 巴に会う間に一人まずそうに酒を飲む剣心を思い出しながら、ルイズは呟いた。それだけでちょっと、よかったね剣心…という気持ちが、心の中で沸き上がる。

「きっとお祭りだからでしょう」

「そういうものかな」

 そうしてしばし二人は、静々と酒を飲みかわす。盃をあおった後、今度は巴が口を開いた。

「私はあなたとは逆。近頃はあまり飲まなくなりました」

「……まずいのか?」

「いいえ、前と違って、あまりお酒に頼る気がしなくなった…不思議ですけど…」

「トモエ……」

 そういえば巴も、一人で夜更けにお酒を飲んでたっけ。彼女も彼女で、何かあったのかな?

 よくよく考えると、巴も謎が多い。流石に間者…という風には見ていないけれど、何か深い事情があってあんな所にいたのではないのかと思うようになった。

 聞きたいけど聞けない。こういう時、トリステインの伝統に縛られ過ぎなのかしら…と思う時もあった。

 一方、剣心は今度は巴の盃に酒を注ごうとする。その時、巴は言った。

「その後、頬の血は止まりましたか?」

 それを聞いて、ルイズは無意識に剣心の頬……一本目の傷を見た。

 そういえば、巴に会う前、人を斬っていた時は、たまに血が垂れていたことを思い出す。

 人を斬る瞬間はほとんど目を瞑って何も見ないことに全神経を集中させている所為か、気付かなかったけど、時折熱い痛みが自分の左頬にも走っていたことを、この時ルイズは思い出した。

 そしてそれは当の剣心も同じ気持ちだったらしい。酒を注ぎながら一言

「忘れていた」

「じゃあもうすっかり良くなったのですね」

「血が滲まなくなっただけだ」

 しばしの沈黙、やがて、頬の傷を見た巴は、毅然としてこう言った。

 

「その傷を目にするたびに思います、斬られる人には、どんなものが見えたかしら…」

 それを聞いて、ルイズは少し目を見開かせた。

(トモエ、なんか怒ってない?)

 女の勘で、薄っすらとだけど察する。純粋に人を殺す剣心を、許せないのか、それとも何か理由があるのか。

 そこまではまだ、ルイズも分からなかった。

「あなたたちは、人を幸せにするために人を斬る、って言うけれど」

 その合間にも、巴は言葉続ける。剣心は何も言わず聞き入っている。

「人を殺して得られる幸せなんて、本当にあるとは思えない」

 それに関しては、確かにそうだと、ルイズも頷いた。

 だが、同時に考えてしまう事もある。かの吸血鬼の少女のことだ。

(でも、エルザを見逃したのは……果たして良かったのかしら)

 とはいっても彼女は怪物だ。人の倫理に当てはめることの方がどうかしているのは分かってはいるけど……。

 

 でも、あの時、自分は『殺せなかった』。恐かった。誰かを殺すことに、臆病になってしまった。

 けどその所為で誰かが犠牲になるのだとしたら…それは間違いなく自分にも責が出てくる。

 何が殺して良いのか、殺さねばいけないのか…多分その線引きはまだ、自分はできないのだろう。

 それを見誤ってしまうと、多分、今の抜刀斎のような剣心になってしまうのだろう…。それだけは分かった。

 

 やがて、剣心は静かに口を開く。

「毎日いろんなことが元で人が死んでいくが、俺はむやみに人を斬っているわけではない」

「つまり、その人にどれだけ生きる価値があるのか、分かっているのでしょう」

 やっぱりトモエ、何か怒ってる…?

 酒も入ったというのもあるのだろうけど、こんな彼女は初めて見た。いや、前々から、剣心の今の姿勢に否定的なのは見ていたけど…、

「しかも、それさえあなたは人に委ねてしまって…言われるままに…」

「相手のことを詳しく知れば迷いが出る。世の中を変えるためだ。俺にはそれだけの理屈でいい」

(……)

 ルイズは思わず目を伏せた。

 

 

 何よこの会話、もっとこう……恋人らしいことしなさいよ……。

 

 

 何で夜の街で二人きりになってまで、こんな血なまぐさい会話を聞かなきゃならないのか、若干ルイズは気が滅入ってきてしまった。

 もちろん、だからといって、それでいちゃいちゃされるのは腹が立つからしなくてもいいと思うけど……、少なくとも今の会話をされるよりかはずっとましだと、そんなことまで考え始めていた。

 そんな折だった。

 

「すぐにここを出ろ!!」

 急に、飯塚が店にやってきてそんなことを叫んだ。

「な、何よ急に!?」

 別に自分が言われたわけではないのに、急に立ち上がって飯塚を見るルイズ。

 しかし彼の剣幕見るに、そうとう厄介なことが起こっていることは否応なしに問理解できた。

「どうしました?」

「桂さんが危ない!?」

 アイツがどうかしたのだろうか?

 ルイズは疑問符を浮かべながら、剣心たちと共に店を出た。

 

 

 ここでルイズは、飯塚から件の密会の詳細について聞かされた。

 曰く、長州の過激派達は祇園祭の騒ぎに乗じて御所に火を放ち、その混乱に乗じて帝を幽閉、要人は暗殺し、天皇を長州へ連れ去るというものであったという。

「はあ何よそれ!! あんたたち何てことを企んでいるの!!」

 ルイズは思いっきり声を荒げた。彼女の国に置き換えれば、トリスタニアに火を放って、その混乱に紛れて女王を誘拐するという、完全にレコン・キスタがやってきそうなことそのものだったからだ。

 ただ、続けて飯塚の話を聞く限り、桂はその案に一人反対していたらしい。

 そして、件の密会には行かず主戦派の宮部鼎臓とは袂を分かったという。

 

(あいつ、ケンシンを人斬りにしときながら変なところで冷静なのね……)

 その話を聞いた時、ルイズは意外と思った。何というか、桂は真っ先にその案に乗っかっていたんじゃないかと思っていたからだ。

 だが、今の問題は其処ではなかった。

 飯塚は焦ったような声で続ける。

「まずいことに、この話が漏れているかもしれねえんだ!! 新選組に!!」

 新選組。その名を聞いてルイズは思わず身震いする。

 どうやら彼らが本格的に乗り出してきたらしい。ふと、あの二人組の男たちの顔が頭に浮かぶ。

(あいつらも来ているのかしら?)

 

 遠巻きながら、佇まいだけでいえば刃衛以上にも感じたあの二人。

 刃衛の実力と狂気を、直で見てきたからこそ、彼より上が何人もいるという事実が心底恐ろしく感じられた。

 

「ねえ止めましょうよケンシン」

 思わず剣心にそう呟く。だが分かっている。剣心が仲間を置いてすごすご逃げるような男ではないと。

 事実、剣心の目は完全に、戦火へ飛び込むことを決めた瞳に代わっていた。

「俺は応援を呼んでくる。お前はすぐ会合場所へ行け!!」

「場所は?」

「河原町三条、『池田屋』だ!!」

 こうしてルイズは、後に日本史の一端に残る事件『池田屋事件』を、遠巻きながらもその目で見ることとなった。

 

 

 

 池田屋事件――。

 謀を巡らせていた数十名の志士を、新選組が襲撃・鎮座させた戦い。

 その苛烈さゆえに、多くの浪士から『壬生の狼』として恐れられ、その名を知らしめた事件となった。

 

 

 

「いたぞ!!!」

「あいつに間違いない!!」

 池田屋に向かう途中。剣心が走る先に、あの『浅葱羽織』の男たちが姿を現す。

 思わずルイズは怖気が走る。ただ、例の二人組の姿はない。それにちょっと安堵する。

 ただ、現実に彼らの姿を見たら、恐らく身体を震わせたかもしれない。そうさせる殺気と気迫を彼らは湛えていた。

「ケンシン…!!」

「元来た道へ逃げろ」

 剣心はそう言ってルイズ…ではなく巴を背で隠し、刀の柄に手をかける。

 その手を、巴が止めるように握る。

「知っていますか? 刀には鞘が必要なのだと」

「トモエ?」

「何を言っている!?」

 困惑する剣心とルイズを置いて、巴は続ける。

「あなたがいつまで人を斬り続けるのか、私は見届けたい! この目で確かに!!」

 力強い目だった。思わずルイズも圧倒するほどの。

 しかし、止まる剣心達をよそに、新選組の隊士は抜刀して斬りかかろうとしてくる。

「ねえ、来るわ!!」

 そう叫ぶや否や、隊士の一人が刀を振り上げる。剣心は巴を遠くへ押しやるとすぐさま抜刀。返す刀で斬りつける。

「ぐうっ!!?」

 大きく吹き飛ばされるも、隊士はすぐさま立ち上がる。

「嘘でしょ!!?」ルイズは思わず叫んだ。今まで一撃で仕留めていた剣心の攻撃を耐えきったのだから。

 ただ、剣心は耐えた理由をすぐに察する。

「楔帷子か…邪魔だ!! どけぇ!!」

 刀を構え、剣心は叫ぶ。別の一人が今度は名乗り出た。

「北辰一刀流! 平門重助!!」

「名など無用!!」

 そう叫んで斬りこんだ。楔帷子で守られていると知った剣心は、戦い方を突き中心に切り替える。

「ぐおっ!」

「があっ!!」

 刺突で喉笛を裂く。血が飛び出る。背後から斬りかかる隊士の刀をへし折りながら、首を切り裂く。

 回転しながら、的確に相手の背後に回りながら、急所を突いていく。

「ぐふっ……!」

 最後の一人を壁際まで追い詰め突き殺すと、再び辺りに静寂が訪れた。

 剣心と巴……そしてルイズとの間に、多数の屍を残しながら。

 剣心はそんな二人を置いて駆けだす。池田屋に向かうために。

「ケンシン!」

 ルイズと巴は剣心を追った。

 

 

「あれ、もう終わってる?」

『池田屋』と血塗られた看板を見て、ルイズは思わずそう呟く。

 今自分たちは、新選組から見えない死角でこの状況を見ている。

 辺りには志士の死体が随所に散らばり、池田屋店内は閑散としている。

 どうやらもう、戦いはほぼ終結してしまったらしい。徐々に浅葱羽織の男たちが集まり始めている。

 

 そしてその中には…あの二人もいた。頬こけた男と、あどけない表情を残す青年。

 よく見ると青年の方は口元が若干赤みがかっているように見えた。…血を吐いたのだろうか?

 

 だが、それでも返り血を浴びながら堂々としているその姿は、やはり強者としての風格を感じさせる。

「ケンシン、もう帰りましょうよ…終わってるじゃないの…」

 しかし、剣心の目は完全に彼らに斬りかからんしていた。怒りを湛えた瞳だ。それにルイズは強い危機感を覚える。

「駄目、ケンシン!! もうやめて!!」

 思わずルイズは剣心の腕を掴もうとして…すり抜ける。

 そしてルイズの心情を代弁するかのように巴が、両手で剣心の刀を掴む手を握り締めていた。

「トモエ…」

 巴は静かに首を振る。それを見ていた剣心も、一瞬呆気にとられる。それを見たルイズは無意識に拳を強く握りしめ、そして唇をかんだ。

 その間に、遠くから声が聞こえる。

「やはり、桂はいません! 宮部は奥の間で腹を切っていました!」

 宮部。確か京都大火を企図していた一人だっけか。

 剣心には悪いけど…やはり都に火を放つなんて蛮行、ルイズは正しいとはどうしても思えなかった。

 その間に、巴は剣心を引き連れてその場を去る。

 慌ててルイズは二人を追おうとして…今度は周辺がいきなり炎に見舞われた。

 

 

「なっ、今度は何よ!!」

 どうやらまた時が飛んだらしい。今ルイズは、周辺が火事で燃え広がる街の中心にいた。

 

 禁門の変。またの名を蛤御門の変。

 池田屋の惨劇は誇張と誤報をはらんだまま伝わり、遂に長州藩は暴発。

 留まることを知らない狂気のままに約三千の軍を京へ新発した。

 

 その中には剣心もいた。

 しかし、いかな彼らとて、二万を越える幕府軍や新選組擁する会津藩、そして高い武力を誇る薩摩藩など多くの藩を相手にすることはかなわず。

 わずか一日足らずで長州は四百人以上戦死するも、対する幕軍は六十足らず。

『どんどん焼け』と呼ばれるこの戦火は、結果的に二万八千戸の家を焼き、街に道に多くの被災者が焼け出された。

 

 

「何よ…結局全部燃えるんじゃないの…」

 全てが終わり、焼け野原となった京にて、ルイズは剣心や巴と共に立っていた。

 ここにきて、戦の無常さ悲惨さを、嫌になる程ルイズは叩きこまれてしまった。

 ふと、父の言葉を思い出す。

 

 

『火はね、戦いに塗れた、積み深い系統だ。本当に、罪に塗れた系統だ…』

 

 

 今なら、この言葉は正しいとよく分かる。

 火は、本当に全てを奪っていく。

 楽しかった祇園祭りの雰囲気も、何気ない街の雰囲気も、何もかもを。

 

「私はしばらく身を隠す。萩にも戻れんがここにいてはいずれ捕まる」

 

 橋の下では、乞食のような姿になった桂がいた。

 今や長州は風前の灯火。味方の維新志士は壊滅し、帝に仇なす『朝敵』認定され、国中から後ろ指を指される始末。

 ただ、こんな目に遭ってもなお『革命』の意思は消えてはいないらしい。その根性だけは凄いなと、ルイズは素直に賞賛した。

(ケンシンの話だと、ここから盛り返すみたいなこと言っていたけど…本当にどうなるのかしら?)

 こんなんで革命なんて、夢のまた夢のように思う。だが、結果的にはここから幕府は完全に滅び去り、新しい時代の扉が開かれるという。

 歴史の切り替わる瞬間。それに立ち会っているようで、ルイズは思わずワクワクしてしまう。

 その間にも、剣心と桂の会話は続いた。

「俺はどうします?」

「京の外れ、大津に農村の家を用意した。次の行動が決まるまでしばらく身を潜めてくれ。連絡は飯塚を通してする」

 そして桂は立ち上がり、巴に声をかける。

「巴君」

「はい」

 そして次の言葉で、ルイズは固まった。

 

 

 

「もし行く当てがないのなら、君もそこで緋村と暮らしてくれないか?」

 

 

 

 長い、長い沈黙の後、一言。

「――――は?」

 それしか、絞り出せなかった。

 頭が真っ白になる。何も考えられなくなる。

 嫌な予感が、どす黒い靄に代わっていくのを、本能で感じていた。そしてそれを押さえる術が、見つからない。

 ただ、ルイズのそんな様子を置いて、桂は一人歩きだす。

「若い男一人より、若夫婦の方が周りの目をごまかせる。もちろん…形だけで構わない…緋村を頼む」

 その言葉を最後に、桂は去っていった。

「え、えっ……?」

 怒りより、悲しみより、困惑の方が勝っているせいで、上手く言葉が出てこない。

 まだ、先の会話を全部呑み込めてない、咀嚼できていない所為もあるだろう。

 ただ、体の方はもう、笑っているくらいに震えていた。

 そしてそんなルイズを置いて、巴は剣心を見つめている。

「どうします? 私は別に、行く当てはありませんけど…」

「全くないというわけでは無いだろう。路銀が入り用なら用意はする」

 相変わらずつっけんどんな言葉。これを聞いて、もしかして…という淡い希望がルイズの中で灯った。

 しかし、ここで一息ついて、巴を見る剣心の表情を見て、その灯りはすぐに立ち消えた。

「やっぱり、相手に答えを任せようとするのはずるいな…」

 抜刀斎時代から見せたことのない、優しい微笑み。今の剣心に通ずるかのような声色で、こう続ける。

 

 

 

「一緒に暮らそう。俺はこんなだからいつまで続くか分からないけど、できれば形だけではなく、共に……」

 

 

 

 それを聞いて、ルイズは心の中の何か大事なものに、ヒビが入るような音が、はっきりと聞こえた。

 嫌だ。やめて。それ以上言わないで。

 動悸が激しくなる。汗が滝のように流れる。涙が止まらない。

 ずっと、ずっと抑えていた気持ちが、張り裂けて溢れ出した。

 

 

 

 

 わたしだってケンシンの事、好きなのに!!!!

 

 

 

 

 今になってようやくその気持ちに気付いた。召喚してから幾星霜、密かに灯っていた淡い恋。

 ずっとプライドの高さでそれを認めなかったけど、こうやって別の人に気持ちを伝える剣心を見て、ようやくそれを認めた。

 だがもう、全てが遅かった。なぜなら、これはもう過去の出来事。自分じゃどう思おうと、決して抗うことができない。どんな強力な魔法だろうと、虚無だろうと、過去には干渉できないのだから―――。

 でも……―――。

 

「やだ…やだよぉ…いっちゃやだ……」

 

 駄々をこねる子供のように、触れもしない剣心に縋りつく。

 そんなことをしたって、何も変わるわけもない。

 しかしそんなルイズを置いて、巴ははにかんだ様子で、一言。

「―――はい。お供させて頂きます」

 

 ああ…。

 もう嫌だ。

 何もかもが、色褪せる。青い空が、灰色にまで霞んでいく。

 涙は、疾うに枯れ失せた。

 代わりに、虚無のような黒い空間が、心の中でぽっかりと空いてしまった。まるで、大切な一部が欠けてしまったかのような…。

 二人は歩き出す。ルイズは慌てて追いつこうとして…彼らとの距離が縮まらないことに気付く。

 どんなに走っても、二人の姿が遠く…小さくなっていく。

 

 嫌だ。待って。置いていかないで…!!

 

 だけどもう、二人にはどうあがいても追いつけない。

 剣心は、巴を連れて遠くに行ってしまう。

 心臓が張り裂けそうになる。手を伸ばすももう何も届かない。

 ただ、叫んだ。

 

 

「置いてかないで! 独りにしないでええええええええええええええええ!!」

 

 

 その声も、当然ながら何も生まず、何も残せず消えていく。

 暗がりに消えていく二人の姿が徐々に涙でにじんでいく。

 そしてそのまま、すべてが暗黒の闇に包まれていった。

 

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