るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第百二幕『フーケの願い』

 

「………あ…」

 ここでルイズは目を覚ました。

 視界がどこかぼやぼやする。手で拭うと、どうやら寝ながら泣いていたようだった。

 起き上がると同時に、白梅香の匂いがツンと鼻につく。

「…………」

 机の上に置いてある香水。その蓋がまた開いていた。

 剣心が、気を利かせて置いただろう。

 でも………―――。

「………っ!!」

 涙がこぼれた。夢の事を、思い出す。

 この香りは、嫌でも思い出してしまう。巴の事を……。

 強引に瓶をひっつかみ、蓋を閉める。いっそ地面にたたきつけてやろうかとも思ったが、流石に自重した。

 これはちいねえさまからもらった瓶だ。彼女を悲しませることはしたくない。

 そうしてひとり、気力なく項垂れていると…。

 コンコン、と扉がノックする音が聞こえてきた。

「ルイズ殿、起きているでござるか?」

 次いで、扉が開かれる、にこやかな笑みを浮かべた剣心が入ってきた。

「…ケンシン」

「良かった、起きたのでござるな」

 いつもなら嬉しく思うその笑顔だが…それを見た瞬間、気持ちが沈んでいくような感覚に襲われた。

「……なに?」

 思わず、冷たい声でそう返してしまう。

 一瞬、変な間が開く。向こうも、不機嫌な様子を察した様だった。

「体は大丈夫でござるか?」

 ここでルイズは、約半日以上寝ていたということを知った。虚無を使いすぎた反動だろうか…?

 だが、不思議と今はそんなこと、どうでもよく感じていた。

「………」

「…ルイズ殿?」

 剣心は、再び声をかける。

 気遣う声だった。その声がまた、あの時の巴へかけた言葉を思い出してしまう。

 駄目だ。ちらついて離れない。

 どうしても、夢の最後で見たあの二人の顔が…。

「どうしたでござる? 顔色が優れないようでござるが…」

 剣心がベッドに腰かけてきた。何が何だかわからず、気付かうような声色。

 その顔を見た瞬間、おもむろにルイズは起き上がった。

「なんでもないわよ。なんでも……」

「……ルイズ殿?」

 事実、剣心からしたら本当にどういうことなのかさっぱり分からないであろう。

 でも、これ以上言葉を発すると涙も出てきそうになる。

 彼の顔を見たら、自分はどうなるか分からなくなる。

 心の整理が追い付かないからこそ、今、剣心と顔を合わせたくなかった。

「もし体調がすぐれなければ、医者を呼ぶでござるが…」

 そういって肩に手を置こうとする。ビグッと、ルイズの体が跳ねた。

「触らないで!!!」

「おろっ!!?」

 そしてそのまま、ベッドから起き上がったルイズは駆けだした。あてはない。ただ、剣心と今は一緒にいたくはなかった。

 

 

 

 

 

第百二幕『フーケの願い』

 

 

 

 

 

 降臨祭最終日、午後十五時頃―――。

「…どうしたものでござるかなぁ…」

 剣心もまた、部屋を後にして外へ出た。

 まさかあそこまで拒絶されるとは…完全に想定外だった。

 心当たりはないわけではない。アニエスにも指摘されたように、自分は長いことルイズを放置してしまっていた。そのせいで、吸血鬼に襲われ怖い目に合わせてしまったのだ。

 その事で怒っているのだろうか?

(けど、あの時のルイズ殿は、そんな感じはなかったけどなあ…)

 昨夜の寝る前のやり取りを思い出す。あの時…そこまで怒っているような様子はなかった。

 では何か別のことで…? と考えを巡らせるも、それだと今度は思い当たる節がない。

 とはいえ、今日が降臨祭最終日なのだ。昨夜のこともある。あまり彼女と離れ離れになるわけにもいかない。

 そのため、剣心は今ルイズを探しに出ているのであるが…どこに行ったのか見当もつかない。

(こういう時、目と耳を共有できればいいのでござるがなあ…)

 片目を抑えたり耳を傾けるような仕草を何度かするが、特に今のルイズと感覚を共有できるような兆候はない。

 余程危急の時にしか発動しないのだろうか? だとしたらかなり不便だな…と、剣心は独り言ちる。

 結局、自分の足で探すしかないようだ。

(心当たりがある場所といえば…)

「あらぁんケンシンちゃん、こんにちわぁん」

「おろ、スカロン殿。こんにちはでござる」

『魅惑の妖精』亭へと足を進めようかとした時、丁度スカロンとシエスタの二人と、剣心は出会った。

「昨夜は大変だったみたいねぇ。あなたもルイズちゃんも」

「まあ、そうでござったな…」

「それで、エルザちゃん。あの子は…」

 そこで剣心は目を伏せた。エルザが吸血鬼でルイズを殺そうと画策していたいうことは、さすがに彼らには隠していた。

 だが、聞けば彼女は孤児を演じてこの『魅惑の妖精』亭の面々に厄介になっていたという。事情を知らないスカロンたちは、エルザの安否を心から案じ続けていたのである。

 真実を教えられなかった剣心は、眠ってしまったルイズたちに代わり「エルザは別のところで引き取ってもらうことにした」と、昨夜会ったときに伝えたのだった。

「シエスタ殿…」

「………」

 しかし、職業柄機微に聡いスカロンたちは、それが嘘だということはすぐに見抜いていた。シエスタでさえ、今は暗い顔をしていることから、何かあったのだということは感づいている様子なのはうかがえる。

「うぅ…っ…エルザちゃん…」

 とうとう、シエスタは泣き出してしまった。エルザと一際近かったからこそ、そのショックは想像に余りあるものだろう。

 スカロンは優しくシエスタの頭をなでる。剣心は何も言えずにそれを見守ることしかできなかった。

「ところでケンシンちゃんはどうしてここに?」

「ああそうだ。スカロン殿、ルイズ殿を見なかったでござるか?」

「ルイズちゃん? いいえ見ないわねえ」

 スカロンたちは丁度、食材の買い出し(とシエスタの気分転換のため)に、つい先ほど町へ繰り出したようであるが、天幕にもルイズはいなかったという。

「そうでござったか。一体どこに…?」

「あらん、喧嘩でもしたのかしら?」

 むむむ、と唸る剣心を見て、苦笑気味にスカロンが尋ねた。

「まあ、そのような感じでござるかなぁ…」

 剣心も同じく、苦笑したような感じの顔でそう返す。「立場が昨日と逆転しちゃったわね」とスカロン。

「昨日、長い間置いて行ってしまった事で怒っているのであれば、ちゃんと謝りたいのでござるが…」

「ああなるほどねえ。確かにしょっちゅう愚痴はこぼしていたわ」

 一緒に連れて行ってくれなかったことで確かにぐちぐち言っていたことを、スカロンは思い出した。

 それが火種になって燃え上って…喧嘩にまで至ったのか? とまで考える。

「怒っている…ですか? ミス・ヴァリエールが…?」

 しかし、それを聞いたシエスタは、涙を拭いて小さく首を傾げた。

 確かに怒ってはいたが、それは多分直接的な原因じゃないのでは? と、スカロンとは真逆の結論に達していたのだ。

 昨日、ルイズとずっといろんな話をしていたからこそ、怒りの根源は別のところにあると思い始めていた。

 そして、その原因があるとするならば―――。

『契約の所為なのか分からないけど、最近、ケンシンの昔の記憶を見るのよ』

『例えるなら、雪のような人…かな。トモエっていうの』

 十中八九、これかもしれない。

「あの…」とシエスタが伝えようとした時だ。

 

「きゅ~~け~~い!! 止まれ!!」

 そんな掛け声とともに、剣心たちに近づく一団があった。

 午後の訓練で街中を走っていた『水精霊騎士隊』たちであった。

「はあっ…やっと休憩だぁ…」

「し、しぬぅ…」

 大半の学生は止まるなり、息を切らして膝をついたり座り込んだりしていた。他よりも体を鍛えているギーシュ達も例外ではなかった。

 その先頭を走っていたアニエスは、剣心を見るなり尋ねる。

「どうしたのだ? 主人の元へ向かったのではなかったのか?」

「いやあ、実は…」

 と、ここで剣心はこれまでのことを話す。それを聞いたアニエスは、少しあきれたようにため息をこぼした。

「そこまでの亀裂を生んでいたか。なんともはや…だな」

「アニエス殿は、ルイズ殿を見なかったでござるか?」

「五芒星状の通路に沿って周回していたが、彼女らしき人影は見なかったな」

 お前たちはどうだ? と後ろの学生に声をかけるが、そもそも瀕死になりかけている彼らにまともな返答もできるはずもなく。

「いや…はぁはあ…いなかっ…げほっ…いなかったよ…」と、少しだけ息を整え回復したギーシュがそう答えるのみだった。

「では後は中央広場になるな」

 顎に手を当て推理するアニエス。

「そうでござるな。早速そこをあたってみるでござるよ」

 そう言って、アニエスたちに礼を述べ、剣心は去ろうとする。「待って!」と止めたのはシエスタだった?

「おろ、シエスタ殿。そういえば何か言いかけていたでござるな」

「ええ、実はその…ケンシンさんにお聞きしたいことが…」

 シエスタはしどろもどろな面持ちで、こう続ける。

「ミス・ヴァリエールは、その、泣いていましたか?」

「泣いて?」

 その問いに、シエスタは頷いた。剣心は顎に手を当て、記憶を掘り起こす。確かあの時―――、去り際に一粒の涙が光っているのが見えた。

「…泣いていた、でござるな」

「おいおい、ルイズになにしたんだいケンシン?」

 さすがのギーシュも、これには呆れたように首を振った。

「いやしたというか、ほったらかしてしまったというか…」

 剣心も、苦しそうにそう言うしかなかった。なんていうか、本当にそれぐらいしか心当たりがなかったのである。

 しかし、シエスタは確固たる意志を以て首を横に振った。

「いいえ。もしかしたらミス・ヴァリエールが怒っている…というより、悲しんでいる理由は、そこにはないと思っているのです」

「!? 本当でござるか?」

 では一体…? と首をかしげる剣心に向かって、シエスタは続ける。

「その理由なのですが…その…」

 そこまで言おうとして、不意にシエスタは固まった。彼女もまた、ここから先を聞く勇気がまだ、なかったのである。

 それはつまり、巴との関係をきっぱりと聞き出すことに等しい。

 覚悟していたはずなのに…二番目でもいいと思っていたのに…、もしきっぱりと「恋人」という答えが返ってきた場合、自分の時間は止まってしまうのではという確信にも似た強迫観念があった。

「シエスタ殿?」

「………」

 しばし、シエスタは押し黙ってしまう。目を閉じ、何とか心から勇気を絞り出そうとする。

やがて、意を決したように口を開いた。

「あの、トモ―――」

「ああああああああああああああ!!! あいつ!!! あいつはあああああ!!!」

 突然、ギーシュは路地を指さし叫んだ。それでシエスタの言葉も勇気もかき消されてしまう。

「どうした!?」アニエスもまた、鋭い視線で周囲を見やる。剣心も同様だ。

 

「フーケ!! 今、確かに土くれのフーケがいた!!!」

 

「なんだと!!?」

 アニエスはとっさに腰の剣に手をかけた。周囲が緊迫で包まれる。

 ギーシュの指さす方向を見たが、既にフーケの姿はなかった。ただ、彼の様子から「いた」のは確かなようだ。

 学院長の秘書ことミス・ロングビルの正体が、怪盗土くれのフーケであったこと、彼女は捕まったのち脱走してレコン・キスタの一員になったのではということは、生徒たちにも伝わっている。

「フーケ!? フーケがいたのか!?」

「やっぱりレコン・キスタに入ったのか?」

「くそう! 来るなら来い!!」

 疲れていた生徒達は、我を忘れたかのように杖をほうほうに向けあっている。場が一気に混乱した。

「静まれ!! 静まらんかぁ!!!」

 それを制したのはアニエスだった。彼女の怒号が響き渡ったとき、生徒たちの狂乱も徐々に収まった。

「まずは冷静になれ! 戦場では気を乱した奴から死ぬぞ!」

「ギーシュ、確かなのでござるな?」

 剣心は鋭い目線を称えて問う。ギーシュは先ほどまで他の学生同様あわあわしていたが、声をかけられたことで冷静さを取り戻したようだった。

 しばし唸った後、確信をもって答える。

「うん。あれは間違いなくミス・ロングビルだった。この僕がレディの顔を見間違えることはないからね」

 そして、さらにこう続ける。

「なんか彼女、ケンシン…かな。きみを見ていたようだったよ」

「狙いは拙者と」

 確かに、剣心は二度ほど彼女と相対している。そしてそのどちらでも彼女を下していた。恨まれる下地は十分にある。

「個人的な復讐か、それとも誘いか…」

「なんにせよ、ここで手をこまねくわけにはいかんな」

 アニエスはそういうと、ギーシュを軽く小突いた。

「何してる。お前がこの隊の隊長なのだろう? 早く指示しないか」

「え、ええぇ!! そ、そんなこと急に言われても…」

 しどろもどろになるギーシュ。アニエスははぁ…とため息をついた後、助言をするように耳打ちした。

「まず隊を分けろ。お前が信頼できると思う者たちをリーダーにして、捜索班を三つまで作れ」

「ま、まずマリコルヌ! 君はその周囲にいる者たちをまとめて、向こうへ行きたまえ!!」

 すごい拙い様子であるが、それぞれに指示を出すギーシュ。やがてマリコルヌ、レイナール、ギムリを筆頭に三体に捜索隊に分けた。

「よし! 土くれのフーケを見つけてくるのだ!」

「お、おお!!」

 やがて、ぎこちない動きで隊はフーケ探索に動き出した。「ど、どうかな…?」とギーシュはアニエスに伺う。

「…個々の剣技だけではなく、隊全体の動きもみてやればよかったな」

 少し後悔したかのように、アニエスはつぶやく。正直自分が率いる銃士隊と比べると稚拙もいいところだ。

 集合場所も決めてないし、隊ごとの連絡役も決めてない。時間指定もろくにしていない。これでは仮に見つけられてもすぐにまかれてしまうだろう。

 要は報連相が全くできてないのであった。

「いいか、これだけは伝えておくぞ」

 真剣な表情で、ギーシュを見ながらアニエスは言った。

「この隊がただのお遊び部隊で終わるか、それとも未来のトリステインを担う精鋭部隊になるか…それはお前の手にかかっているということだ。ギーシュ・ド・グラモン」

「…っ…!」

 それを聞いたギーシュは、ごくりとつばを飲み込んだ。

「今の私の発言も、先達からの助言と取るか、それとも元平民のたわごとと聞き流すかも、お前の自由だ」

 それだけ伝えると、アニエスは今度は剣心の方を向いた。

「心中察するが、貴殿も来てくれるか? どうやら奴は貴殿を狙ってるようだ」

「…そうでござるが…」

 昨日の今日である。このままルイズを放置するというのは大きく気が引けた。

 しかし、そうも言ってられないのも事実。

 そんな折、叫ぶようにシエスタが詰め寄った。

「ミス・ヴァリエールのことでしたらわたしに任せてください! 多分…今のミスはわたしの言葉になら耳を貸してくれると思いますので!!」

「シエスタ殿…」

 先ほどとは一変、自信をもって叫ぶシエスタ。そんな彼女を見ていた剣心は、ふと彼女が言いかけたことを、再び問いかける。

「そういえば先ほど、何を言おうとしたのでござるか?」

「あっ! えっと…その…ぅ…」

 すると今度は再びしどろもどろになってしまう。先ほどの自身が嘘のようにしぼむその姿に、剣心は大いに疑問に思った。

「いいのか? 今言っとかないと、後々後悔するのではないのか?」

 助け舟を出すように、アニエスがそう言う。

 やがて考えていたシエスタは…小さく首を振った。

「いえ、今はいいです。その…今聞いちゃうと…ミス・ヴァリエールに呼びかける力を…失くしてしまいそうで…」

「? 一体なんでござるか…?」

 本気で理解できてない剣心をよそに、アニエスは彼を軽く小突き、スカロン小さくため息をつき、ギーシュもやれやれと首を振った。

「僕はよくわからないんだけど、ルイズが泣いたのって…そういうことなんだろうねきっと」

「そういうことなんだろうな」

「そういうことね」

「おろぉ…」

 三者三様の反応に対し、そう答えることしかできない剣心。

「と、とにかく、今は危急の時なのでしょう?! ミスはわたしに任せて行って下さいませ!!」

「か、忝い。では行ってくるでござるよ!!」

 剣心も意を決し、アニエスやギーシュを伴って駆け出そうとした。

「…あ、やっぱりちょっと待ってください!」

「おろっ…!!」

 剣心たちはずっこけた。やはり聞きたいことがあるのだろうか?

 そんなことを考えていた矢先、シエスタはバスケットから白マフラーを取り出し、それを剣心の首筋に巻いてあげた。

「シエスタ殿…これは?」

「アルビオンの夜は冷えますから、せめて…と思って編みました」

 シエスタはにっこりとした表情を浮かべて、そう言った。

「いいのでござるか?」

「はい。…もう大丈夫です。行ってください」

 しばし沈黙が流れる。やがて意を決したように、剣心は優しい笑顔を浮かべて言った。

「忝い。ありがたく頂戴するでござる」

「はい。…お気を付けて」

 そう言ってシエスタは、颯爽と去っていく剣心の姿を、見えなくなるまで目で追った。

 

 

 

 

 剣心たちが去って少し経った後。

「…良かったのかしらん? トモエちゃんとの関係、彼に聞きたかったのでしょう?」

 伺うような声で、スカロンはシエスタに尋ねた。

 シエスタの本心をすぐ察したからこそ、あえて何も言わずに見守っていたのだ。

「…いいえ、いいんです。聞いちゃったらわたしも…ミス・ヴァリエールと話しているときに…泣いちゃいそうですから…」

 小さく首を振るシエスタ。

 逆に言えば、まだ聞いてないからこそ、希望を持つようにルイズに話せるのかもしれない。

 ただ、彼女が泣いて剣心を拒絶したということは…本当に『そういうこと』なんだろうというのは、覚悟しなければいけないのかもしれないが…。

「わたしも、ミス・ヴァリエールを笑えませんね…聞こうって思えば思うほど、答えに怖がってしまうのですから…」

 しばし空を見上げたシエスタは、ここで意を決したように前を見ると、スカロンと別れルイズを探しに中央広場へと向かった。

 

 

 降臨祭最終日、午後十五時半頃―――。

「待てぇ!! フーケ!!」「こっちにいたぞ!!」

 しばし、水精霊騎士隊と土くれとの鬼ごっこが、至る所で発生していた。

『至る所』でというのも、フーケは隠し持っていた数枚のマントを己の『ゴーレム』に被せて動かすことで、複数体のダミーを生み出しかく乱していたからであった。

「よし! こっちだ!」「動くなよ!!」

 マリコルヌ率いる捜索隊が、フードを被ったフーケらしき人物を追い詰める。

 杖を捨てて投稿するよう叫ぶも、相手も杖を抜いたことで、何人かがとっさに攻撃魔法を放った。

 ドドン!! と火炎や風の刃が炸裂するも…その瞬間フードの中身が土くれになって炸裂する。

「くそぉ! こいつもゴーレムだったか!?」

「じゃあ本物はどこなんだよぉ!!」

 ふたたび、足を使って捜索する学生たち。こんな様子なので実質、成果はいまだ皆無のまま。

 フーケ自身がサウスゴータにいるのは間違いない様子ではあるものの、今だ本物は、影も形も見つからなかった。

 

 

「見つからないようだな」

「…どうやら、そうみたいだね」

 アニエスの問いに、ギーシュは苦い顔でそう返した。

 そもそも、相手は長年トリステインを騒がせてきた盗賊である。軍に協力を仰いでも彼女を捕らえられるかどうか…少なくとも学生たちでは相性が悪いのは確かだった。

「軍をかく乱するのが狙いか?」

「それにしては、動きが消極的すぎるでござるな」

 対する剣心、アニエス、ギーシュの三人は、特に走ることもせず入り組んだ路地の近くを探るように歩いていた。

 敵の狙いが見えてこない以上、躍起になって走っても無駄に体力を消耗するだけ。まずは彼女の真意を探ることに考えを割いていた。

 そしてフーケは、学生たちを欺くために多数のゴーレムをダミーにしているものの、裏で破壊活動や工作を働いている用には見えない。

「ということは、つまり…」

「やはり、狙いは拙者か」

 ゴーレムは徐々に、町の外へ向かうように操っているようだ。学生たちの姿が、喧騒が、徐々に遠くなっていく。

 学生たちを遠ざけさせ、孤立させるのが狙いなのか…。

 そういう考えに至ったとき、不意に剣心は立ち止った。

「ケンシン?」

 ギーシュが尋ねる。しかし、剣心は入り組んだ細道の入り口の一つを注視し一言。

「いた」

「えっ!?」

「あそこか」

 驚くギーシュをよそに、剣心とアニエスは駆け出した。

「まっ待ってくれよう!!」

 慌てて駆け出すギーシュ。二人の後を追って細道に入ると、一瞬、長い階段の最上段にマントを被った人影が過った。

「フーケ!!?」

 本当にいた。

 剣心たちは走る足に力を籠める。

「誘っていると思うか?」

 走行中、アニエスは剣心に尋ねた。

「でござろうな。ただ…」

 そこで剣心は言葉を切った。彼女から、殺気を感じないのだ。

 だが間違いなくゴーレムではない。足音から、動きから、それをすでに察していた。

 今追っているかの人影は、本物のフーケである。それは間違いない。

 だが、目的がいま一つ見えてこない。

「…まあ、捕まえて吐かせればいいだろう。何を企んでいるかをな…」

 やがて、路地はどんどん細くなっていく。ついに行き止まりの袋小路で、マントを被った人影を追い詰めた。

「もう逃げられんぞ!! 大人しく投降しろ!!」

 翻すマントを視認するなり、アニエスは銃を突きつけ叫んだ。

 ギーシュも肩にかけたデルフを手にかけ、剣心はキンと、逆刃刀の鯉口を切る。

「…ここなら、あんたたち以外に声は聞こえないわね」

 声の主は、そう言ってフードを取り外す。

 くすんだ外套から、元学院の秘書…ミス・ロングビルこと土くれのフーケが顔を出した。

 

 

「ミス・ロングビル…本当にあなたが…フーケだったのか…?」

「ええ、お久しぶりねえミスタ・グラモン。正直あなたと女剣士さんは御呼びじゃあなかったけど…まあいいわ」

 不敵な笑みを浮かべて優雅に会釈するフーケ。アニエスは目を細めて銃の撃鉄に指をかけた。

「やはり貴様の狙いはケンシン殿か。今更、復讐にでもしに来たか」

 その問いに、フーケは答えない。笑みから一転、鋭い視線を剣心に投げかける。

「これであんたと会うのは三回目かしら、ミスタ・ケンシン」

「そうでござるな」

「あんたのことは、シシオ…様から聞いているよ。『向こう』じゃ名の馳せた伝説の剣士だとね」

 志々雄。その名が出た瞬間、剣心たちに緊張が走った。

「やはり貴様も、レコン・キスタの走狗に成り下がったか」

 アニエスが殺気を込めた目線をフーケに投げかけるが、フーケはどこ吹く風。

 やがて剣心は、アニエスの銃口を優しく手で遮り、一歩前に出て尋ねた。

「フーケ…殿。おぬしは何を考えているのでござるか? 今のお主の様子を見るに、拙者への復讐…というようにはどうしても思えぬ。かといって…志々雄から何か命じられたわけでもないのでござろう?」

 彼女の表情を的確に読み取りながら、そう話す剣心。それを見たアニエスとギーシュは、内心(どうしてこれをルイズに活かせないのか…)と仲良く首を振っていたのだが、彼のために声には出さなかった。

 対するフーケは、混じりっ気のない笑みを浮かべて答える。

「…正直ありがたいよ。そこまで汲んでもらっちゃってね。そうさ。別にあんたのことなんて恨んじゃいない。むしろ驚嘆しているくらいさ。あんたはそこらのメイジとは全然違う。別次元の強者だってことにね」

「なれば、拙者に一体何用でござるか?」

 その質問を聞いた瞬間、フーケは剣心の足元に向けて、何かを投げた。

 それは杖だった。メイジにとって杖は命に等しい。これが無ければ、何もできないからだ。

 突然の行為に驚くギーシュ達をよそに、フーケは真剣な表情で、彼に向って片膝をついて頭を下げた。

「異国から来た強者のあなたに、お願いがあって参上しました。降参するから、どうか話を聞いてもらってもよろしいでしょうか…」

 

 

 突然の降参宣言。一瞬呆気にとられる三人だったが、いち早く立ち直ったアニエスは、未だ油断なく銃を突きつけながら言った。

「降参するというなら、話の詳細は女王陛下の御前でしろ。それが筋だろうが」

「…馬鹿だねあんた。貴族や王宮の連中に話したくないから彼に頼んでいるんじゃないか」

 顔を上げ、真顔でそう告げるフーケ。アニエスはふんと鼻を鳴らす。

「言い方が悪かったな。信用ならんと言っているんだ。そんな見せかけの投降を素直に信じろと?」

 アニエスは再び、撃鉄に指をかける。その瞬間、フーケはマントの中から何かを取り出した。

 それを見たギーシュは「ひっ!」と驚愕する。マントの裏地には、火薬を詰めた小さな爆弾がぎっしり詰められていたのだ。

「いいのかい? 撃ったらここら一帯が吹っ飛ぶよ。もちろん、あんたたちも無事じゃすまない」

「なんだって!? どういう…」

 そこでギーシュとアニエスは気づいた。上からはらはらと、何かが降ってくる。

 そう、火薬の粉だ。

 どうやら、杖を渡しても問題ないように、時間差で上から火薬の雨を降らせる仕組みを作っていたようだった。

 これでは…剣や銃の火花だけで爆発するだろう。その捨て身の行動に、ギーシュ戦慄で唾をのむ。

 こちらの攻撃手段を封じられた。アニエスは舌打ちして銃をしまった。

「そうそう、それでいいのさ」

 フーケもフーケで、冷や汗を流しながら一息つく。最終手段とは言え、こんなところで死ぬわけにはいかない。

 その一連の様子を見ていた剣心は、フーケの杖を拾い上げ、彼女の前に立った。

「おい、相棒…」

 デルフが呼びかけるが、剣心は小さく首を振った。

 魔剣デルフリンガーを使えば、このような状況でもすぐに対処できる。この火薬は『錬金』で作られたものだとデルフはすぐに察した。振っても吸収できるから問題はないはずだ。

 デルフを用いれば、一足飛びで彼女を気絶させることも可能だったろう。

 しかし、剣心はそれをしなかった。フーケと、話をするために。

「どうやら、志々雄にも知られたくない秘密のようでござるな」

「…っ…」

 小さく、首を縦に振るフーケ。それを見た剣心は、優しい声でこう続けた。

「済まないが、ここから先は全て、正直に話してほしいでござる。内容如何であれば、拙者も力になることを約束するでござるよ」

「おい!」

「ケンシン!!? いいのかい!?」

 アニエスとギーシュは驚愕したが、剣心は真摯な目でフーケを見つめた。

 確かにかつては敵だし、今も敵組織の一員なのは確かだ。だが、それとは別に彼女は本気で困っている。

 なれば、手を差し伸べるのが緋村剣心という男なのであった。

「ありがとう。本当に…」

 やはり彼を信頼して正解だった。

 フーケは小さくうなずいた後、ぽつぽつと語り始めた。

 

 

「この国にはね、孤児だけが住む村があるの。ウエストウッドっていうんだけど…」

 シティオブサウスゴータと港町ロサイスを結ぶ街道から、ちょっと外れた森の中にある小さな村。

 森を切り開いて作った空き地に、小さな藁ぶきの家がぽつぽつ並んで立つ。貧相な村だ。

 剣心とアニエスは互いに顔を見合わせた。「聞いたことがない」その情報だけを素早く共有する。

 フーケもまた、二人の雰囲気を見て連合軍が探りを入れたわけではないようなのを察し、胸をなでおろした。

「その子たちを、預かってほしいの」

「拙者に、でござるか?」

 フーケは頷く。本心を言っているのだろうが、まだ隠している事柄があることを剣心は察した。

「そんなこと、ケンシン殿でなくとも女王陛下に頼めばよかろう。よもやそんなことのために己の命をなげうっているわけではあるまい。…ほかに、何を隠しているか言え」

 アニエスの問いに、フーケ一瞬、小さく彼女とギーシュを睨みつけた。「お前らには用はない」という表情。

 しかしアニエスも一歩も引かない。観念したように、フーケは続けた。

「子供たちを助けてほしいのは本心だよ。あの子たちは革命やら戦やら病気やらで親を亡くした子たちでね…わたしが、ずっと匿っているのさ」

「…もしや盗賊をしていたのも、その生活費の工面のため…でござるか?」

 フーケは頷いた。その眼には慈愛の表情が見え隠れしてる。相当大事にしていることが、剣心にも伝わった。

「でね、あなたに頼みたいのは、そのうちの一人の少女…」

 フーケはここでいったん言葉を区切り、一息ついて…少女の名を告げる。

 

 

「名前はティファニア。わたしの父がかつて仕えていたモード大公の一人娘で…エルフの血を引く少女なのさ」

 

 

「エルフだって!!!?」

 それを聞いたギーシュは大いに呻いた。エルフの名前は、貴族にとって不倶戴天の敵だからだ。

 その反応を見て、フーケも苦い顔をする。だが、剣心とアニエスは引き続き、驚きはしたが不快感をおくびにも出さずに話を聞く。

「その子を助けてほしい、と」

「ああ、エルフを目の敵にする連中には渡せない…。かといって…あの子は弱肉強食の世界に生きられるほど、強い子じゃないんだ。とっても優しくて、子供の世話を楽しそうにやる子なんだよ」

 フーケはうつむきながら、話し続ける。昨夜の夢が、フラッシュバックしたからだ。

 何の抵抗もできず、胸を貫かれて殺されたあの悪夢…今フーケが抱えている絶望を、具現化したかのような悪夢…。

 気づけば、地面に向って一筋の雫が零れ落ちた。手は恐怖で震えだす。

 泣き落としと言われてもかまわない。フーケは涙目になって訴え出る。

「お願いだよ…あの子を…助けてやって…。この世界は、あの子にどこまでも優しくできていないんだ…」

 エルフと人間、両方の血が入っているからこそ、どちらの世界にもなじめない。それはティファニア自身も自覚しているという。

 行き場所を与えてやろうにも、もうその猶予すら、今はない状況なのだった。

「あの子はわたしにとって、妹のように大事に想っているんだ。彼女が生きられるなら何でもする。だから―――」

 フーケは二の句をつむごうとして、優しく肩に置かれた手を見て中断する。

 それ以上はいいと言わんばかりに、剣心が優しく微笑みを以てフーケに歩み寄ったからだ。

「場所を案内してもらっても、いいでござるか?」

「ケ、ケンシン!?」

「おい本気か!?」

 再びギーシュとアニエスが呻いたが、剣心はもう、完全に行くことを決めた表情をしていた。彼の性格と理念を考えれば、そうなるのも納得ではある。

 アニエスも、流石に今のフーケの話が演技ではないことは分かるし、エルフが絡むのであれば貴族に話したくない態度もうなずける。しかし…。

「貴殿はもう、わが軍の影の主力なのだ。勝手に動き回られると、女王陛下もお困りになる」

「安心しな、ウエストウッドは馬で一時間ほど。往復で二時間。和平会議までには間に合うさ」

 涙をぬぐって立ち上がったフーケが、そう付け足す。この口ぶりから、志々雄の作戦についてもある程度知っていると思ったアニエスは、続けざまに聞く。

「ならば教えろ! 奴らはやはり地中から攻めてくるのか? その配置と編成は!?」

 するとフーケは、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、それをアニエスに投げた。

 受け取って羊皮紙を開くと、軍の編成とサウスゴータの地図が書かれていた。

「わたしが携わった面で、できる限りの情報を書き出した。それを軍の連中に見せてやりな」

「いいのか? シシオを、レコン・キスタを裏切ることになるぞ?」

 情報の譲渡。それは立派な大罪である。ばれれば死刑だ。

「…まあ、…そうね…覚悟の…上さ」

 若干歯切れの悪そうな顔をするフーケ。志々雄を畏れているが、ティファニアのためなら命を惜しまない。そんな五分五分の感情が渦巻く表情であった。

「あともう一つ、聞きたいのでござるが」

 ここで今度は剣心が、フーケに尋ねる。

「先ほどティファニア殿は、モード大公の娘と言っていたでござるな。となると彼女も…」

「ああ、もちろん彼女もメイジさ。ただ…ちょっと不思議な魔法でね」

 言いにくそうにそう続けるフーケを見て、剣心は胸の中に抱えていた疑問が、解消されていくのを感じた。

 そう、ティファニアの名を聞いた時から抱えていた違和感。

「どの系統魔法にも属さない、原理不明の魔法なのさ。『忘却』って言って…相手に物事を忘れさせるのさ」

 

 もしや彼女こそが、ロマリアやガリアが探していた、最後の虚無の担い手なのでは―――と。

 

「それってつまり…『虚無』の魔法ってことではござらんか?」

 それを聞いて、再びギーシュが仰天の声を上げた。さっきからリアクションしかできていないのだが、それほどまでに衝撃が大きいためであった。

 アニエスも若干目を見開く。『虚無』の事はアンリエッタから聞いていたし、彼女がアルビオンの担い手を助けたがっていることも知っている。

 そしてフーケもまた、改めてその事実を突きつけられ、やるせなさそうに両手で頭を抱えた。

「あぁぁぁ…やはりそうなんだね。ずっと疑問に思ってたけどさ…。なんで、なんで神様はあの子にそんな試練を課すんだい…?」

 エルフの血を引くだけでも持て余しているのに、さらに虚無の担い手ときたもんだ。これがばれれば…レコン・キスタだけでなく、露悪的な連中も彼女をこぞって狙いに来ることだろう。

 そうなる前に、剣心に接触できたのは、やはり行幸であったと言わざるを得ない。

 

 一方の剣心は、再びアニエスに向き直った。

「エルフの血を引く虚無の担い手…か。なんにせよ、ティファニア殿をこのまま無防備にするわけにはいかぬ」

「…まあ、そうだな」

 今までの話を整理しながら、アニエスもうなずいた。確かに今は予断を許さぬ状況。

 担い手の救助はアンリエッタの望むところだし、時間も、今すぐに向かえば十分に間に合う距離。ならば、ここはいかせるべきだとすぐに判断する。

「拙者はフーケ殿と共に子供らとティファニア殿を迎えに行く。アニエス殿は、このことをアンリエッタ殿に」

「了解した。何事もないように祈っているぞ」

 アニエスはそういうと、羊皮紙を懐にしまい、踵を返し颯爽と去っていく。

「ね、ねえ! それぼくも行っていいかな!?」

「おろ? ギーシュ?」

 ここで今までリアクションだけしかしてなかったギーシュが、口を開いた。フーケは苦い顔で彼を睨みつける。

 しかし、ギーシュも止まらなかった。

「確かにエルフって聞いてビビっちゃったけどさ…聞く限り、そんなに怖い感じじゃなさそうだし…それに…」

 薔薇状の杖を取り出し、きりっとした面持ちで宣告する。

「困っている女の子を助けるのに、理由はいらない。そうだろう!!?」

 そうは言うが、実はどれほど綺麗な子なのか興味津々、というのももちろんあるのだが。これだけは血筋ゆえ譲れなかった。

 もちろん助けになりたいのも本心ではあるのだが。

「…分かった。ついてこい。ギーシュ」

 それに対し、剣心は快諾した。ギーシュは一瞬、新鮮な嬉しさが体を満たすのを感じた。

 やはり剣心にこう認められたようで、男として嬉しくなる。

 一方のフーケは、しぶしぶギーシュの同行を認めたようだが、鬼のような形相で一言。

「言っとくけど、彼女にちょっとでも何かしたら、ゴーレムで原形なくなるまで踏みつぶすからね。よおく肝に銘じておきなさい」

「は、はい…」

 では早速、とばかりにフーケも身を翻したとき、「待った、最後に質問が…」と剣心が呼び止めた。

「今度は何だい…?」

「おぬしの、本当の名前を教えてもらっても?」

 それを聞いて呆気にとられたフーケは、やがて意を決したように彼と真正面から向かい合って、本名を告げた。

「マチルダ・オブ・サウスゴータ。それが私の本当の名前さ。ミスタ・ケンシン」

 そのやり取りを最後に、三人は路地を出た。一刻も早く、ウエストウッドに向かうために。

 その頭上を、小鳥たちが通り過ぎて行った。

 

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