るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第百四幕『エルフの血を引く虚無の担い手』

 

 ウエストウッドの村では、激闘が行われていた。

 剣と剣がかち合う音が、ひっきりなしに聞こえてくる。

 

「だあっ!!」

 ギーシュがデルフを振るい、人形を切り裂く。切られた人形はすぐに縮み、手乗りサイズになって消える。

 

「右来るぜ! 坊主!!」

「よし!」

 

 右からくる槍をかわし、交差法でデルフを横薙ぎに切り捨てる。

 ガツン! と人形は真っ二つになった。

 

「よく聞けよ坊主。お前さんは今、ガーゴイル人形を二体斬り裂いた。分かるな。杖を使わずに、それを成したんだ」

「うん!」

「自信を持ちな。今のお前さんの腕なら、奴らには負けねえ。絶対勝てる」

 

 デルフはそう言ってギーシュに自信づけた。剣心に化けた人形を除いて、他の人形騎士の動きは思いのほか単調だ。

 昔の、ただワルキューレを並び立てる昔のギーシュならいざ知らず、屍人鬼や吸血鬼との戦闘を経て、それなりに経験を積んできた今の彼の敵ではない。

 

「坊主、ワルキューレを一体作りな。吸血鬼との闘いを思い出せ」

「よし!!」

 

 ギーシュは杖を振り、ワルキューレを一体だけ生成する。その青銅の乙女を他の人形騎士にぶつけた。

 

「囲まれると厄介だ。なるべく周囲から攻撃を受けないように気を配りながら動かせ」

「なかなか、難しいことを言うね」

「それぐらい、やって見せろよ坊主」

 

 デルフの挑発に、ギーシュはニヤッと笑みを返した。戦闘中にこうやってデルフと軽口を叩けるのが、楽しいとさえ感じていた。

 

「よし、次はあいつだ!!」

 そう叫んでギーシュは、大剣を振り上げ向かってくる一際大きい人形に斬りかかった。

 遅い。ギーシュは一瞬で懐に詰めて、それを横なぎで払う。

(ケンシンやミス・アニエスに比べたら、本当に全然大したことないや)

 ギーシュはそう思案する。彼の動きに倣ってワルキューレも動く。

 こちらはさらに機敏な動きで、他の人形を屠っていく。敵の動きを的確に読むことを覚えたため、下手なアルヴィーより強くなっていた。

 

「よし、今度はあいつだ!!」

 調子に乗ったギーシュは、槍の刺突をやり過ごしながら人形の手前まで構えると、一気に刺突を放った。

 

「あっ馬鹿! 突くな!!」

「……えっ?」

 

 しかし遅かった。ガツンとデルフの刀身が人形の腹に食い込む。

 その瞬間、ギーシュは狼狽した。

 

「あれ、抜けない!!」

「だから突くなって言ったんだ!! 多数を相手するときは絶対突くな!! 相棒も言ってたろ!!」

「ええっ!! そんな!!?」

 剣を引っこ抜こうとするギーシュの背後から、新手の人形が斬りかかってくる。

「ど、どうしよう!?」

「手遅れだよ! はい終了! さようなら!!」

「うわあああ!!」

 ギーシュは叫んだ。人形が剣を振りかぶって叩き割らんとした時―――。

 ガヅン!! と巨大な衝撃音が走った。それにギーシュは吹っ飛ばされる。

「うおっ!! 何だ!?」

 何とか起き上がったギーシュは、目を剥いた。十メイルはあろうかという巨大ゴーレムが、人形を踏みつぶしていたのだった。

 

「あ…あれはミス・サウスゴータのゴーレム!!」

 土くれのフーケが作り出したかの土人形は今、これまた十メイルはあるだろうガーゴイルと、取っ組み合いを繰り広げていた。

 

 

 

「この、中々にタフだね!」

 ゴーレムの肩に乗ったフーケは、杖を振りかざし己の人形に指令を下す。右腕を使い、ガーゴイルに殴りかかろうとしていた。

 それをガーゴイルは両手で受け止める。ゴーレムの左手の方は、守るように子供たちを乗せ包んでいるため、使えないのであった。

 

「マチルダお姉ちゃん! がんばれぇー!」

「あんなやつ、やっつけちゃえ!!」

 

 子供たちは必死になってフーケを応援する。それを聞くだけで、フーケの心は責任感と闘争心で溢れていくのであった。

「ああ、任せな!!」

 フーケは力強く杖を振った。すると片腕の筈なのに、そのまま受け止めているガーゴイルを吹っ飛ばした。

 巨大な土埃を撒き上げながら、ガーゴイルは転がった。翼や爪や四肢の一部がかけ、無残な姿になる。

 

「やったあ!!」「やっぱりマチルダお姉ちゃんは強いな!!」

 

 子供たちから歓声が沸き上がる。フーケは自慢げに胸を張った。

「ほほほ、当然じゃないの。マチルダさまを舐めるんじゃないよ―――」

 その瞬間、フーケは目を見張った。ガーゴイルを薙ぎ倒した右腕が、宙を舞っていた。

「は―――――」

 上空を見れば、腕を切った正体―――剣心の人形が、大きく跳躍してフーケに斬りかかる。

 

「あっ――――」

 しまった。そう思った時にはもうすべてが遅かった。

 あの時…二回彼と闘い植え付けられた恐怖が…再び蘇ってきた。

 

 

 そうだ…こいつは…こんなにも速くて…常識外れの強さを持っていたんだった…。

 

 

 剣心人形は剣を真下に突き立てフーケを突き殺さんとしていた。飛天御剣流 -龍鎚閃・惨-だ。

 

 もう、防御も回避も、なんなら死を覚悟する暇すら間に合わない。

 呆気に取られて『死』を見つめていた彼女を助けたのは、逆刃の刀だった。

 

「飛天御剣流 -龍翔閃-!!」

 

 土くれゴーレムの膝から跳躍した『本物の』剣心は、逆刃刀の腹を向けて人形の下突きとかち合った。

 強烈な火花が飛び交い、二人の剣心は空を舞う。

 飛天の剣を継承せし二人の剣客は、優雅に流麗に、そして何より疾風の如く戦場を動き回る。

 剣心はゴーレムの肩に、人形はまだ宙を舞っていたゴーレムの巨腕を足場に、再び跳躍する。

「うおおおおおおおおおお!」

 剣と剣が衝突するたび、火花が飛び交い剣気が辺りを吹き飛ばした。

 

 

 

「まさか、『スキルニル』相手にここまでやるとはねえ」

 村の外れにある森の中、そこから漆黒のマントを羽織った女性が、闘いの様子を見やっていた。

 その手には、ガリア王、ジョゼフの姿を模した人形が握られている。

 

「ジョゼフ様、聞こえていますでしょうか? 見えておりますでしょうか?」

『おお、よおく見えておるぞ余のミューズよ。まるで余もこの場にいるかのような迫力だ』

 

 手乗り人形は声を発する。

 高みの見物を決め込んでいる存在。それはガリア王ジョゼフとその使い魔、『ミョズニルニトン』のシェフィールドだった。

 

「古代の王たちはこうやって本物と偽物を、互いに争わせていたと聞くが、なるほどこれは病みつきにもなるだろうな」

「相手が相手です。ジョゼフさまの余暇になってもらわねば」

『余暇か、確かにそうだ。こんなのに苦戦してもらっては困る。所詮前座に過ぎんからな』

 

 それを聞いて、シェフィールドはニヤッと笑った。

「『本命』ことヨルムンガンドは、いつでも稼働可能です」

『そうか、ところでこの村にいたという虚無の担い手はどうしたのだ?』

 

 この村にいたという、虚無の小娘にしてエルフの血を引く少女の行方を、シェフィールドに尋ねた。

「すでに確保済みです。今はダータルネスの港に移送しております」

『では、そ奴を餌に『ガンダールヴ』をおびき寄せろ。奴なら乗ってこよう』

「了解いたしました。しかしながら、この闘いで奴は果ててしまうのではないのでしょうか?」

 

 視線の先には、強烈な剣気を迸らせながら本物と偽物の『ガンダールヴ』が争いあっている。

 本体の能力を完全に再現するだけあって、飛天御剣流の全ても網羅しているようだ。先ほどから強烈な技の応酬を繰り広げている。

 能力は同等。ならば相応の消耗を強いられるだろうし、油断すればそのまま本物の敗北にも繋がるだろう。

 どちらにせよ、此方の優位は揺るがないとばかりにシェフィールドは笑みを作った。

 それに対し、ジョゼフは笑う。

 

『それは奴を甘く見過ぎだ。…その様子だと気づいておらぬようだな? 余のミューズ』

「は? 何をですか?」

『奴は既に、我々の存在を察知しておる。操り手のお前を探っておるぞ』

 ゾクッと、シェフィールドの背筋に怖気が走った。

『安心せい、居所まではバレておらんだろう。だが我々の視線を気にして本当の実力を隠しながらやり合ってるようだ。その証拠に奴の左手は全く光っておらん』

「なっ!」

 

 シェフィールドはハッとして戦場を凝視した。本物の剣心は、時折止まりながらギーシュやフーケの安否確認を取っている。

 だがよく見ると、目線がしばしば森の方に向いていることに気付く。どうやら此方の気配を探っているようだ。

 そして彼の左手は、確かに光っていない。どうやら『あえて』抑えているようだった。

 

『念の為だ。見辛くなっても良い。少し下がれシェフィールド。奴にバレたらお前じゃ太刀打ちできん。まだやってもらわねばあることが山ほどあるからな』

「……お気遣い頂き感謝いたしますわ」

 

 ジョゼフの気遣いに心底ありがたく思うも、闘いに関してはきっぱりと戦力外通告を受けたシェフィールドは、少し悔しそうに唇をかんだ。

『今の奴に勝てるとしたら、それこそ『俺』が召喚したマコトぐらいしかおらんだろうな』

 

 

 

 

 

第百四幕『エルフの血を引く虚無の担い手』

 

 

 

 

 

 剣心と人形との闘いは続いていた。

 ゴーレムとガーゴイルの巨人合戦の合間を縫いながら、二人は打ち合う。

 肩、膝、腕、頭と、戦う巨人を足場にしながら激闘を繰り広げていたのだ。

 

「本当に、ケンシンが二人いるみたいだ……」

 粗方人形を倒し、此方を見る余裕ができたギーシュは、中空舞いながら刃を合わせる、二人の剣心を見やって呆然としていた。

 

 互いに飛天御剣流の技を遠慮容赦なく繰り出している。龍鎚閃、龍翔閃、龍巻閃、龍巣閃、そして得意の双龍閃まで。

 本物が上空から攻撃を仕掛ければ、人形は地を蹴り対空技を放つ。そして一瞬で姿を消したかと思えば、今度は乱打の応酬を別の場所で繰り広げる。

 そして瞬きの合間に得物を納めると、抜刀術の打ち合いが行われていた。

 それでいて未だ、二人は手傷らしい手傷は負ってない。それほどまでに実力が拮抗しているのであった。

 

「こ、これ大丈夫なのかな…? ケンシン……」

「………」

 

 ギーシュは不安げな声を漏らす。デルフは黙ったままだった。

 やがて剣心はフーケのゴーレムの、偽者の剣心はガーゴイルの頭の上にそれぞれ立つ。

 そして、剣を両手でしっかと構える。

 

「あ、あれは!!」

 飛天御剣流の必殺技にして、一瞬九撃を放つ神速の突進術。ギーシュもその技の名前は知っている。

 

「飛天御剣流!」

「-九 頭 龍 閃-!!」

 

 刹那、九つの瞬撃が空間を圧倒した重なるような音と火花が、まるで花火のように夜空に煌めく。

 そしてこれでもなお、人形への傷は与えられなかった。それはつまり……。

 

「そんな、九頭龍閃まで通じないなんて……」

 流石のギーシュも呻いた。

 このままでは体力を消耗する剣心の方が徐々に不利になる。相手は人形だ。魔力がある限り動き続ける。

 これではティファニアを助けることもできなくなってしまうのでは…と、暗い考えが過った時だ。

「安心しな坊主。相棒は全然本気でやっちゃいねえよ」

「えっ!?」

「まあ見てなって。お前さんが信じている相棒が、今更偽者如きに負けるわけねえだろ?」

「……それはまあ、そうだね」

 それを聞いて、ギーシュもまた力強く頷いた。そして闘いの様相を見守っていた。

 刹那―――。

 

 

 ガキィィン!! と、逆刃刀が宙を舞った。激闘の末、剣心の愛刀が弾かれてしまったのだ。

 武器が無くなった剣心を見て、フーケは唖然として見やる。

 このまま負けるのではないか。という強迫観念にとらわれたのだ。もし剣心が死んでしまったら、誰があの人形を止めるのだ? そう思うだけで震えが止まらなくなる。

「ミスタ・ケンシン! 危ない!!」

 フーケのヘルプも間に合わず、人形は無常に剣を、上段から一気に振り下ろす――。

 

 

「飛天御剣流 -龍咬閃-!!」

 

 

 その振り下ろされた刃を、剣心は白刃取りして受け止めた。

 両手を使い、まるで竜の咢の如く剣をわしづかみにする。

「どうやら本当に拙者の技全てを模倣できるようでござるな。なれば自分の剣ゆえ、太刀筋など百も承知」

「おお!! さすがケンシン!!」

 思わずギーシュが快哉の声を上げた。

 

 今まで剣心が力を抑えて人形と闘っていたのは、人形の力を見る為ともう一つ、森の奥に潜んでいるであろう、この人形たちの操り手を探るためであった。

 先ほどまではその操り手の視線を強く感じていたため、油断を誘う意味合いで苦戦する様子を見せていたのだが…どうやら不自然さを察知したようだ。逆に気配が引っ込んでしまった。

 もう少しで炙り出せそうと思ったのだが、致し方ない。

 なのでこれ以上情報を与えないように、速やかに人形の撃破に思考を切り替えたのだった。

 

「はあっ!!!」

 気合と共に、掴んだ刃を使って『ガンダールヴ』の力を引き出す。間接的とは言え『武器を持っている』状態であるため、ルーンの力が適用されるのだ。

 いかな人形とて、始祖の力たる『ガンダールヴ』までは当然模倣できない。

 急激に変わった力の差に人形はついて行けず、そのまま柄尻を喉元にぶつけられ、大きくよろける。

 ここで剣心は刃を手放す。遅れて落ちてきた逆刃刀を手にし、それを鞘に納める。

 対する人形は、ここで同じように直剣を鞘に納めた。

 

 互いに抜刀術の構え。

 

 刹那、人形は『左足』を踏み込み斬りかかる。飛天御剣流奥義『天翔龍閃』だ。

 だが、当の剣心は『右足』で斬りこんだ。いわゆる、只の抜刀術である。

 奥義と普通の抜刀術の撃ち合い。普通に考えれば、圧倒的に前者の方が威力も、速度も勝る闘いだ。

 

 しかし―――。次の瞬間、打ち負けたのは人形の方であった。

 刀身は完全に真っ二つになり、人形はそのまま吹っ飛んでいき、動かくなくなった。

 

 

(なるほどねぇ、奥義の撃ち合いなんざ、するまでもねえってか)

 奥義の詳細を知るデルフは、その光景を見て当然と言わんばかりに鍔を鳴らした。

 ただの抜刀術が奥義に打ち勝った原因、それは三つ。

 一つは『ガンダールヴ』による力の差。

 二つは抜刀術で、既に脆くなった直剣を用いたこと。

 実はこの武器自体、既に限界が来ていた。度重なる打ち合いで金属疲労を起こしていたのだ。

 対する逆刃刀は、名刀匠新井赤空が作りし名刀。強度で敵う筈もない。そもそも西洋の直剣で居合をしようという無謀さもあるのだが。操り手がそんなことにまで気付く筈もない。

 そして三つめは、『奥義』に対する……というより、闘いに対する気構え。いわゆる精神力の差であった。

 

(そりゃあ上辺だけ相棒の技をなぞったって、百パーセントの力を引き出せるわけねえわな)

 

 飛天御剣流最後の奥義は、何よりも「心の在り方」が大事なのだ。

 生と死の極限の間で、更に一歩前へと踏み出す。死中に活を求めるなどという後ろ暗い気持ちで左足を出しても、それは「剣心の天翔龍閃」とはなりえない。

 

 ましてや相手は人形。本体の性格通りに動けても、その心内まで再現はできない。当然、信念や感情も引き出すことは不可能。

 結果、本来の力を十全に引き出すことはできず、ただの「奥義もどき」を人形は放っていたのである。

 以上三点の理由により、結果的には無傷でこの人形をやり過ごしたのであった。

 

「やったあ!! さすがケンシン!! 所詮偽者は偽者ってことだね!!」

 ギーシュが調子よさそうな声で叫んだ。フーケもほっと胸をなでおろし、巨人ゴーレムの魔法を解く。

 剣心人形が倒れた瞬間、他の人形たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。先ほど殴り合っていたガーゴイルも、完全に機能を停止したようだった。

 

「ふぅっ、あんたたち、怪我はないかい?」

 一息ついたフーケは、今まで守っていた子供たちの安否を確認する。

「うん! 大丈夫だよ!!」

「やっぱりマチルダお姉ちゃん強いね!」

 子供たちは興奮冷めやらぬ様子でわいわい騒ぐ。問題なさそうと見たフーケは安どのため息を零した。

 

「ねえ、お姉ちゃん。あいつは何者なの…?」

 

 子供の一人、ジムがおずおずと剣心の方を指さし言った。

「まあ、頼れる連れさ。このハルケギニアで一番強い剣士サマかもしれないね」

「じゃああの人形は?」

「あれは『スキルニル』と言って、本体そっくりに化ける人形なの。彼は強いから、敵がそれを利用したようだね」

 そうだったんだ……。と、子供たちは呆気に取られた様子で剣心を見る。

 逆刃刀を納めて一息ついた彼を見て、やがてジムはおずおずと前に出て、頭を下げた。

「さっきはごめんなさい。石とか投げちゃって。悪いのはあの人形なのに……」

 それに倣ってか、他の子どもたちも剣心に謝る。そんな彼らを見て優しい笑顔でこう言った。

 

「気にすることではござらんよ。元はと言えば拙者の油断が原因でござる」

 そして、只の小さい人形に戻ったスキルニルを手にする。

 何故自分の血がガリアに渡ったのか…仔細は分からぬが、今はその思考を後にする。

 人形の後ろには、ガリア語で小さく文字が書かれていた。

 

 

『エルフの娘を返してほしくば、ダータルネスの闘技場に来られたし。親愛なる兄弟より』

 

 

「ダータルネスって確か……」

「北方の港さ。今はガリアが占拠している」

 その文字を同じく覗き込んできたギーシュとフーケが、そんなやり取りをしていた。

「噂じゃガリアの連中、この戦で攻めもせず何か建てていたって話を聞いたことがあるけど、もしや闘技場って……」

「恐らくは」

 

 ボーウッドから聞いていた、謎の建築物の正体がこの闘技場なのだろう。

 そして文面に書かれた『兄弟』という単語。ジュリオも確か同じことを言っていたことを思い出す。

 つまり、ティファニアを攫った連中もまた、まず間違いなく虚無が関わっているという事。その使い魔である自分が狙いという事か。

 剣心はそこまで推察した。

 

「…そこにティファニアがいるのね」

「で、ござるな」

「よし。では早速向かおうじゃないか!」

 十中八九、罠が待ち受けているに違いはないだろうが、だからといって手を拱くわけにはいかない。

 ティファニアを助けるため、剣心、ギーシュ、フーケの三人は改めて決意した。

 

 

「とりあえず、こいつは有効活用してやろうじゃないか」

 フーケはそう言いながら、剣心からスキルニルをもらい受けると、それに自分の血を一滴たらした。

 彼女そっくりになった人形に向かって、フーケは指令をくだす。

「この子たちを、サウスゴータまで運びな。何に代えてもね」

 そして、壊れかけの家の板を、魔法で台車に作り替える。三頭いる馬の一頭を、この人形と子供たちに渡してサウスゴータまで運ぼうとする算段であった。

「マチルダお姉ちゃん……」

「しっかりおし。テファは必ず助け出すから、あんたたちは向こうで大人しく待ってるんだよ」

 台車に乗せた子供たちを名残惜しそうに、フーケはなだめる。

「預かり先でござるが、『魅惑の妖精』亭なら事情を話せば分かってくれるでござる」

「じゃあそこに、この子たちを届けるんだよ」

 フーケは人形にそう命令する。

 人形は頷くと、馬に跨り台車を走らせた。

「マチルダお姉ちゃん!! 気を付けてね!」

「絶対、テファお姉ちゃんを助け出してねえええええ!!」

 子供たちはあらん限りの声でそう叫び続ける。そんな子供たちの姿を、フーケは見えなくなるまで手を振り続けた。

 

 

 

 降臨祭最終日、午後八時頃――。

 剣心、ギーシュ、フーケの三人はあれからさらに馬を走らせ、ダータルネスの港が見える高台へ着いた。

 一頭をスキルニルに貸したため、今剣心の後ろにはギーシュも乗っていた。

 

「ようやく着いたね」

 馬から降りたギーシュが、一息つく。これからティファニアを救い出すため、まずはダータルネスの港の構造を把握しようと高台へ来たのだ。

 

「やはり、警備は厳重だね」

 既に港はガリアの軍に完全占拠されたらしく、街には交差した杖の紋章をつけたマントの人影が激しく往来している。皆ガリアの騎士なのだろう。

 フーケはマントから遠眼鏡を取り出す。暗闇でも昼間のように明るく見える魔法のレンズを使用しているため、夜でも使えるのだ。

 

「…あった、多分あれだね」

 そう言って、剣心に遠眼鏡を渡す。受け取った剣心も同じようにフーケが見ていた方向を覗き込んだ。

 視線の先には、円形状の建物があった。まるでローマのコロッセオのような作りだが、積まれた石は比較的新しい。つい最近できたのは想像に難くない。

 

「領土を広げることもせず、ずっとあれを作ってたってことかい。…全く、よくあれで部下たちが反乱を起こさないものだね…」

 アルビオンの終焉を目にしたフーケだからこそ、そんな感想がまず真っ先に出てきた。

 魔法が全くできない無能の王と聞くが…それほどまでに政治手腕に長けているという事なのであろうか?

 どちらにせよ、『虚無』の存在にいち早く気付きティファニアを攫った連中だ。今更彼らを無能と侮る気にはなれなかった。

 

「警護はどうやら…いた。やはり『花壇騎士』がついているね」

「花壇騎士?」

「聞いたことある。ガリアの東西南を守る近衛の兵ってね。トリステインでいう幻獣騎士に匹敵するって聞いてるよ」

 

 剣心から受け取った遠眼鏡を覗き込みながら、ギーシュが説明した。ガリアの三方向を守る騎士団。それぞれその方向に植えた花になぞらえた名前が入っており、ガリア貴族の憧れの象徴である。

 

「三方向? 北は無いのでござるか?」

 先ほどの会話を聞いていた剣心は、疑問を口にした。なぜか四方向ではないからだ。

 それに対し、フーケは険しい顔で答える。

「いるにはいるさ。公にはなってないだけでね。汚れ仕事を担う『北花壇騎士』って連中が」

「成程」

 それだけで剣心は大体内容を察したのだった。自分も昔はそう言った組織に所属していたのだから。

「近衛の花壇騎士があんなにいるってことは…まず間違いなく、王の護衛も兼ねているだろうね」

 

「そんな中、あの建物に忍び込むってことかい?」

 ギーシュは冷や汗交じりに言った。三十メイルはあろうかという高い壁に、入り口という入り口に警備兵が敷き詰められている。三人で突破できるか…と、一瞬考えた。

「まあ、強引に突っ切るって手もなくはないでござるが」

 闘技場は港の外に建設されている。あんな建設物を建てたせいか、港の中の建物は未だ崩壊したままだ。

 未だ戦の跡を残す赤レンガの工廠と、花壇で彩られた闘技場を見比べるとなんというか、奇妙なちぐはぐさを感じさせる。

「今何時か分かるでござるか?」

「えと、八時……だね」

 

 これまた魔法式の懐中時計を取り出しながら、フーケは確認を取った。

 ここからティファニアを救い出し、馬で走らせるとなるとサウスゴータまで三時間はかかる。

 戦争予定時刻ギリギリになりそうだ。あまりこうしている時間すら、今はもったいないと感じ始めていた。

「ごめんよ。まさかこんなことになるなんてね…」

「マチルダ殿が謝ることではござらんよ。―――よし決めた」

 剣心はすっくと立ちあがって告げる。

 

「奇襲で行こう」

 少数の突撃は『迅速さ』がモノを言う。それに任せて強引に突っ切り、ティファニアを救出する。それが剣心の立てた策だった。

 

「な、なんかものすごい脳筋作戦のように聞こえるけど、大丈夫なのかい?」

「敵はこちらに気付いていていない。拙者の剣とマチルダ殿のゴーレムを使えば、向こうは大いに動揺するでござろう」

「その隙を突くってかい? いいねえ楽しそう!!」

 それを聞いてギーシュも目を光らせた。下手に頭を使わず敵兵をバッタバッタと薙ぎ倒せるシチュエーションを、イメージしているようだった。

 フーケは少しため息をつくが……他に妙案があるわけもなし。反対する気も、そもそもなかった。

「分かった。それでいこう。可愛い妹分を攫った『借り』も、返してやりたいしね」

 相手がレコン・キスタだった場合、志々雄への恐怖で動けるか不安ではあったが、幸い敵はガリアだ。思う存分鬱憤を晴らせるというもの。

 杖を取り出し、盗賊時代の獰猛な笑みを浮かべながら、フーケは言った。

 

 

 

「交代です」

「ご苦労」

 若い騎士が、禿頭の大男に向かって挨拶する。大男は彼を見て頷いた。

 西百合花壇騎士、ソワッソン男爵だ。豪傑で有名な貴族であり、その武勇は他国でも知られている。

「しかし、我らが王は一体、何を考えておるのやら」

 あまり政治批判はしない男爵でも、この建物を見ると心底そう思わざるを得なかった。

 共和国制を名乗り出たアルビオンを潰すため、この白の国に来たこと自体はまだ納得もできる。自分は軍人だし、何より名を上げる良い機会でもあるからだ。

 

 だが、いざ空の大陸へ来てみれば、やることは朝も夕もこの建造物の建築だけ。一応、報奨金はそれなりに出るからあまり不平は無いものの、不満が無いかと言えば嘘にはなる。

 まさかこんな建物を建てるために空の国くんだりへ来たわけでは無いからだ。

 

「アルビオン産の竜共でも争わせるおつもりなのでしょうか?」

 隣で話を聞いていた若い騎士が、そう尋ねてきた。「さあな」と、男爵は首を振った。

「どうせならこの闘技場の中で大会でも開いて欲しいものだ。そうしたら私はいの一番に杖を掲げて参加してやろうじゃないか」

「勇ましいですね。流石です」

「おいおい、お前も西百合花壇騎士なら、私に続くという気概を是非とも見せてもらいたいものだ―――」

 その時だった。

「敵襲!! 敵襲!!」

 その声を聞いて、すぐに騎士たちは臨戦態勢に入る。杖を抜き、素早く動き出した。

「レコン・キスタですかね? 港を取り返しに?」

「何にせよ、退屈からは解放されそうだな」

 ソワッソン男爵は獰猛な笑みを浮かべながらそう言ったが…すぐさま、その表情は驚愕に変わった。

「は―――?」

 視界の先、他の騎士たちが戦っているのは…龍巻とゴーレムだった。

 

 

「ひぃ!! なんだぁあああ!!」

「うわああああ!!」

 闘技場前を警備していた騎士団たちは、ただただ翻弄されていた。

 巨人のゴーレムはまだいい。現にこちらも同じくらいの大きさのゴーレムを何体か展開しようとしている。

 しているが……生み出した瞬間すぐにまた土に還っていく。

 詠唱者が『竜巻』にすぐ倒されるため、巨人を展開できないのだ。

 そのため、この戦場では相手側の土ゴーレムしかいない。

 

「何が花壇騎士だ!! おらおら吹っ飛びなああああああああああああ!!」

 

 肩に乗っている詠唱者らしきメイジが、そんなことをさけびながら兵を蹂躙していく。

「ええいどいてろ!! わたしが出る!!」

「ソワッソン男爵!!」

 男爵が前に出た時、ガリア側から歓声が沸いた。それほどまでに男爵の名声と腕前は浸透しているようだった。

 男爵は素早く杖を振る。フーケほどではないにせよ、それなりの大きさのゴーレムが精製された。

「ふんっ―――!!」

 それを相手のゴーレムにぶつける。敵もそれを迎え撃つが、相手側の方が火力が高いのか、此方は崩れ落ちた。

 だがそれでいい。そもそも囮に使うつもりだったから。

 男爵は素早く跳躍し、肩に乗っているメイジに風の刃で斬りかかろうとして――。

 

「うりゃあ!!」

 掛け声と共に、誰かが跳躍して斬りかかってきた。

 その攻撃にいち早く気付いたソワッソンは、杖の向きを変え剣の攻撃を受け止める。

 相手は金髪の少年だった。身の丈に合わない大剣で此方に斬りかかってきていた。相当鍛えていることが察せられる。

 男爵は一度地面に降り立つ。そして油断ない目で少年を見た。

 

「ほう、少しはできるようだな」

「……当然さ。鍛えているからね」

「ならば、手加減は無用と見た」

 いざ尋常に、とばかりに男爵は攻め立てた。少年は呆気にとられるも、素早く反応して剣を振りかぶった。

 成程、防御は洗練されている。こちらの剣戟を難なくいなすとは。部下にも見習ってほしいものだ。

 だが―――。

 

「詰めが甘い!!」

「なにっ―――!!」

 

 刹那、背後から襲ってくる青銅のゴーレムを、『ブレイド』で横一文字に切り捨てた。

 前後からの挟み撃ちを狙っていたようだが……残念ながら表情でバレバレだ。

 将来性は感じるものの、まだまだ実戦経験では自分に遠く及ばない。男爵はそう結論付けた。

 

「殺すのは惜しいが致し方なし」

「あっ―――」

 呆気にとられた少年に向かって、風の刃を飛ばす。刹那―――。

 

「坊主!! 諦めるな!! 俺を翳せ!!」

 剣から発した声が、少年を動かした。ほぼ反射のような格好で、少年は剣で刃を防御する。

 すると、魔法の刃は見る見るうちに弱まり、そして剣に吸い込まれていった。

 

「なに!!?」

 流石の男爵も驚いた。あの剣…インテリジェンスソードだったのか。おまけに魔法を吸い取るらしい。妙な力を持っているようだ。

「そうか、ならば直接斬りかかるまで!!」

 そう言って、男爵は『エア・ニードル』で直に少年を貫こうとした。その時―――。

 

 

「お主は退かぬのか?」

 

 

「―――――っ!?」

 真後ろから聞こえてきた底冷えする声に、ソワッソン男爵は戦慄を覚えた。

 こんな感覚、戦場で味わったのは生まれて初めてだ。

 男爵は素早く身を翻し、声の主と対峙する。

 

「もう他の者は逃げたぞ。後はお主だけだ」

 

 声の主は……緋色の髪をした男だった。

 先ほどの少年とは違い、メイジではないのだろう。

 だが、気迫だけでもわかる。強いと。過去渡り歩いた戦場でもこれほどまでの敵と遭遇したことは、今までになかったといってもいい。

 見れば、確かに立っている味方は自分独りだけ。他の者は皆倒れているか逃げ出したようであった。

 緋色の男の隣には、先ほど自分と駄弁っていた若い騎士が呻き声をあげ倒れている。どうやら彼に負けてしまったらしい。

 

 

 ソワッソン男爵は確信した。先ほどまで上がっていた『竜巻』の正体。それがこの男なのだと。

 

 

「……貴様、名はなんという?」

 本当ならまずは何処の軍か、目的を聞かねばいけないのだろうが、此方もまた生粋の武人。なので先に名前を尋ねた。

 それに対し、緋色の男は一言。

「緋村剣心」

「聞かぬ名だが、まあいい。我はガリアの西百合花壇騎士、ピエール・フラマンジュ・ド・ソワッソン」

 男爵は改めて杖を構えた。決闘のような所作で。ただ本気でこの男と仕合ってみたい。武人として生きる騎士故の性だった。

 

「参る」

 対する男……剣心は、すっと腰の鞘に手をかけ少し屈んだ。どうやらあそこから剣を抜き放って攻撃するようだ。

 ピリピリとした緊張感が周囲を覆う。冷や汗が頬を伝う。その汗が地に落ちていく。

 一滴の雫が地面に到達し飛沫となった。その瞬間、ソワッソン男爵は動いた。

 

「うおおおおおおおおおお!!」

『エア・カッター』を放ちながら、杖で攻めかかる。

 しかしその風の刃を、紙一重でかわした剣心が放つ、白銀の閃光を、ソワッソン男爵はまともに喰らってしまった。

「……見事」

 一瞬の静寂の後、ソワッソン男爵は倒れた。

 

 

 

「これで全員片づけたってわけね」

 ゴーレムを崩しながら、フーケは周囲を見下ろした。

 気絶した兵の一体から一枚の紙をくすねる。闘技場の内部詳細図のようだ。

「し、死ぬかと思ったぁぁぁ」

 対するギーシュは、ソワッソン男爵との闘いで危うく死にかけたことに、腰を抜かしかけていた。

「まあ相手が悪かったな坊主。さっきの奴は恐らく花壇騎士の中でも上位クラスの奴だろう。生きていただけめっけもんさ」

「そういうけどね。まあ、ぼくでも勝てるかな……って思ったんだよね……」

 

 剣心のような無双を早くしてみたいギーシュにとって、この闘いはまさに鼻っ柱をへし折られたようなものだった。

 

「あんまり相棒の姿を追い求めないほうが良いけどな」

 ぽつりと、デルフはそう漏らした。

「何か言ったかい?」

 ギーシュはそう尋ねるが、デルフは「別に」と返す。

「ほかに警備の者はいないようでござるな。先を急ごう」

 剣心の声に、フーケは反応しギーシュも立ち上がる。まごついていたら増援が来る。そしたら折角の奇襲の意味がなさなくなってしまうからだ。

 

 

(港の方が少し静かなのは気になるが……今は気にしても仕方がない)

 

 

 剣心達は、闘技場の中へと足を踏み入った。

 

 

 幸い、闘技場の中はそこまで迷うようには作られてはいなかった。まっすぐ進むだけで、建物の中心位置。いわゆる武舞台に来ることができたからだ。

 

「地図いらなかったねこれは」

 図面を捨てながら、フーケはそう呟く。剣心は周囲を見渡すが、特に誰もいないようであった。

「これだけの観客席を作っておきながら誰もいないって言うのは、なんかちょっと寂しいね」

 円形の中央台に向かって歩き、そこから見える高台の観客席を見て、思わずギーシュは言った。

「本当、不気味だよ。早くテファを見つけて帰ろう―――」

 そんなことを、フーケが行った時だった。

 

 中央台の所に、誰か立っている。否…縛り付けられている。

 ハルケギニアの中では見慣れない装束…いわゆるエルフの服装に身を包んだ少女が…棒に、手足を雁字搦めに緊縛されているのを、見つけた。

 顔はズタ袋でおおわれており、苦しそうに呻いている。

 

「……テファ」

「―――ぅ―――っ――――」

「テファ!?」

 彼女の姿を見るなり、フーケは走った。剣心とギーシュも後に続く。

「待ってな!! 今助けるから!!」

 そういってまずはズタ袋を取り除く。「ぷはっ!」と苦しそうな声と共に、まずは流れるようなブロンドの髪が姿を現した。

「はぁ…はあっ…ぁ…」

 少女はゆっくりと気だるげに顔を持ちあげる。眩い、波打つ黄金の海のような長い見事なブロンドが、砂が崩れるようにさらさらと身体の上を泳ぐ。

 驚くべき髪のきめ細さであった。そんな細い髪が動くとしゃらら…と柔らかく 空気をかき乱す音が聞こえる。その髪のように、身体は細い。

 

 神がまさに自らのみをふるったかのような出来栄えの肢体であった。くびれたウエスト の上、身体の細さに比べると、歪ぐらいに大きな胸が薄絹の服を持ちあげている。今は縄で巻かれているため、より大きく『それ』は強調されていた。

 

 彼女……ティファニアを見た瞬間、ギーシュは完全にドギマギしてしまった。美しいなんてものじゃない。なんだあれは。何だあの胸は。キュルケ以上なんて初めて見たぞ。

 初めて見る『胸革命』に、しばしギーシュは名乗ることも忘れて呆然とするのであった。

 

「マチルダ……姉さん?」

 エルフの少女は、虚ろな視線をまずフーケに向けた。

「良かった!! 良かったよ本当に!! 大丈夫!? 怪我はないかい!?」

「わたしは別に……ってあれ、あな、た!?」

 次いでティファニアは、剣心の姿を見るなり驚愕した。村を襲い自分を攫った張本人が、何故マチルダと一緒にいるのかと混乱したのだ。

 

「ああ大丈夫だよテファ。この人は頼れる連れさ。事情は村の子たちから聞いているよ。あんたを攫ったのはこの人の姿に化けた人形だったのさ」

「そう、なの……?」

「拙者の名は緋村剣心。事情はマチルダ殿より、すべて聞いているでござる」

 

 剣心の優しい表情を見て、ティファニアも心を落ち着かせる。自分を攫ったあの男は、この優しさからほど遠い冷徹な顔をしていた。だが、今向けているこの表情は偽りのない慈愛なものだという事に、すぐ気づいたのだ。

 

「そう…マチルダ姉さんのお知り合いなの。良かった……」

「テファ!?」

 ここでティファニアは項垂れてしまう。どうやらずっとここに縛り付けられていたようだった。体力的にも限界が来ているのかもしれない。

 フーケは急いで、彼女を戒める縄を切ろうとした時だった。

 

 

「初めまして、偉大なる虚無の担い手。その使い魔よ」

 

 

 その声と同時に、中央台に向かって光が当てられる。

 魔力を与えることで夜でも発行する特別な鉱石を、まるでスポットライトのように当てたのだった。

 更に周囲から、人形の大群が現れる。此方を包囲するかのように。

 そしてその中から、フードを被った人影が一つ、此方に向かって来た。

 

「森の中で戦いを盗み見ていたのは、お主か」

 

 鋭い眼光で睨みつけながら、剣心は問う。

「ふふ、そこまで分かっているとは流石ね。『人斬り抜刀斎』」

 その名を聞いて、フーケと、今まで呆然としていたギーシュは反応した。

 

「『人斬り抜刀斎』って、そういやワルドもそんなこと言ってたっけ。それがきみの二つ名なのかい?」

「………」

 

 剣心は答えない。ギーシュは彼の目を見て少し気後れした。フードの人物を見る目は、刃のように鋭かったからだ。

 

「黙って察してやりな。ああいう男には聞かれたくない過去の一つや二つ、あるもんさ」

 

 フーケはそう言ってギーシュの肩に手を置く。そしてフードの人物を誰何した。

「あんた、何者だい? わたしの可愛い妹分を攫って、何を企んでいるの?」

「そりゃあ勿論、『闘い』を見せてもらうためさ。そのためにわざわざこんな闘技場まで作って待ってたのよ」

 

 そう言ってフードを上げる。出てきたのは、長い黒髪を流した女性であった。その額は

 文字が光っている。さながら、剣心の左手のように。

 

「この古代語のルーン、あなたは当然ご存知よね」

「そうか、ではお主が…」

「ええそうよ。『兄弟』。わたしも虚無の使い魔なのよ」

 シェフィールドはニヤリと、笑みを浮かべてそう言った。

 

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