るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第百五幕『ヨルムンガンド』

 

 シェフィールドはぱちんと指を鳴らした。その瞬間、周囲の人形たちがこぞって襲い掛かってきた。

 ギーシュはデルフを構え、フーケは杖を取り出し臨戦態勢に映る。しかし、敵側の狙いは全て剣心だった。

 その一方で、剣心はゆっくりと逆刃刀を抜く。刹那、一振りで五、六体の人形の胴体が一気に泣き別れた。

 

 二振りで十体。四振り二十体。三十体いた人形は十秒もせずにすぐ消えた。

 

 パチン、と逆刃刀を鞘に納める。その瞬間、ティファニアを縛っていた縄もはらりとと

れた。あの一瞬で、彼女の戒めも斬っていたのである。

 

「テファ!」

 フーケは崩れ落ちるティファニアの身体を受け止めた。

 一方、襲わせた張本人であるシェフィールドは、ぱちぱちと拍手を剣心に送った。

「流石だねえ。この人形たちは歴史の影で『メイジ殺し』と恐れられた連中だというのに、それを歯牙にもかけないかい」

「生憎と拙者、お主の人形遊びや下らぬ闘技に付き合う暇などない。これにてご免」

 そう言って剣心は踵を返した。目的のティファニアを救出したのだ。ここにいる意味など、もうない。

「つれないわね。始祖と同じ力を賜った者同士、もう少し付き合ってくれてもいいじゃないの――――」

 その時だ。

 

「成程、こ奴がトリステインの飛車こと『ガンダールヴ』で、わが友マコトの宿敵か」

 

 豪快な声と共に、一際大きな拍手をしながら、一人の人物がシェフィールドの背後から姿を現した。

 

 

 

 

 

第百五幕『ヨルムンガンド』

 

 

 

 

 

「いや見事! まっこと見事だ!! 人形のみならず我が花壇騎士を塵のように荒らすとは!! その昔はさぞやたくさんの敵を斬ってきたのであろうな! いや天晴だ!!」

 姿の主は青い髪と髭を生やした美丈夫だった。

 鍛えられた体にきりっとした容姿。メイジというより、古代の剣闘士のような様相と迫力を、その身に纏わせている。

 ガリア王、ジョゼフ一世である。

 

「ジョゼフ様!!」

 先ほどの余裕のある笑みとは一変、熱を上げたような声でシェフィールドは傅いた。

「ジョゼフだって!! ってことは……」

 ギーシュは戦慄く。フーケも苦い顔をして同調する。

 

「そうさ、こいつが現ガリア国王。ジョゼフ一世さ」

 

 それを聞いて、剣心は去ろうとする歩みを止めた。そして狂気の笑みを浮かべるガリアの王を見据える。

 

「真実……と言ったな。ではお主が、ガリア国の虚無の担い手で」

「そうさ。あやつをこの地に召喚したのは、他ならぬこのおれだ」

 

 胸に親指を当て、誇らしげにジョゼフは言った。

 志々雄真実を召喚した張本人。それと対峙した剣心は、ふと視線をシェフィールドに移す。

 

「ああそうか、気になるよな! ここまで来た褒美だ。特別に教えてやろう」

 剣心の思惑を察したのだろう、楽しそうにジョゼフは話し始めた。

「確かにおれは、最初にマコトを召喚した。だが別に奴とは『コントラクト・サーヴァント』はしておらん。考えてもみろ、あんな包帯モンスターに口づけしたいと思うか?」

 

 急に正論をぶっ込まれて、フーケは思わず吹き出しそうになるのをこらえた。

 

「だがな、奴とは別に忠実な手駒は欲しくてな。試しに『東方』から来たというこ奴に試してみたら、成功したのだ」

 そして陶酔の顔を浮かべる己の使い魔の顎を指で持ち上げる。シェフィールドはされるがまま、主人に身を預けているようだった。

 

「これは推測だが、どうやら今のおれと一番相性のいい者を呼び出すのが『サモン・サーヴァント』であって、別に二番手三番手に契約を結んでも成立するのであろう。まあ、考えても見れば当然だな。使い魔は死んだら別の奴を再度召喚すればよいのだから。何もおれと相性がいい者がこの世にたった一人しかいないということもあるまいて」

 

 つまり、召喚した者とは別に、主人と同調できる者であるならば『契約』は成功するという事なのだろう。

 勿論、自力で探す面倒はあるだろうが、どうやらジョゼフは色々試した末に見つけたようである。

 ジョゼフの話を聞きながら、この時剣心は別のことを考えていた。脳裏に、青髪の少女の顔が過ったからだ。

 

「……タバサ殿の仇が、お主で相違ないでござるか?」

 

 ジョゼフの名を出した時の、彼女の表情……怒りと恐怖で震える顔を思い出しながら、剣心は問う。

 

「ホウ、わが姪御のことも知っておるか。ああ!! 可哀そうなシャルロット!! 何であ奴はあんなにも苦しんでいるのだろうな! 昔は笑顔の絶えぬ明るい子だったというのに。父に似て、その優しき笑みで絵画や彫刻が作れるような娘だったのにな……!」

 

 歌劇の様な芝居がかった口調で、ジョゼフは唄った。最後だけ、本気で寂しそうな表情をしたのを、剣心は見逃さなかった。

「白々しい、あんたが謀殺したんだろ? 自分の弟を、妬み嫉みでさ」

 ここでフーケが割って入ってきた。優秀な王弟、シャルルを嫉んだ愚兄、ジョゼフが王冠を奪うために謀殺した。それが世間の裏でまことしやかに伝わる「ジョゼフが王になった経緯」である。

 それを聞いたジョゼフは、可笑しそうにフーケを見据えた、

 

「妬み嫉みか、確かにそうだな。流石『エルフを妾にした罪で兄王に裁かれた弟』に仕えていた娘は、言うことが違うな」

「……ぐっ!!!」

 

 フーケは歯ぎしりした。どうやらこいつもまた、自分の正体は既に気付いていたようだ。しかし彼女の怒りの目には一切触れず、「あ、そうだ」と一人で手を叩いた。

 

「どうせだったらここでわが姪御を『ガンダールヴ』にぶつけさせるのも良かったな!! ああ惜しい!! どんな闘いになるか、見物だったろうに!!」

「なんだって!!」

 

 今度はギーシュが叫んだ。別に彼女……タバサとは親しい間柄ではない。むしろ不愛想な態度で若干苦手にしていたぐらいだ。

 だが、そんな彼女を道具のように扱うこの王の態度に、腹が据えかねるのも事実である。しかもそれを、剣心にぶつけさせようとしているのだ。

「僭越ながら、今からでも御呼びいたしましょうか?」

「いやいい。チェスとは今ある駒で対局するものだ。外部から別の駒を無理やり引っ張ってきても面白くなかろう」

 主人と使い魔の会話を聞いて、拳を握り締めるフーケとギーシュ。一方、剣心は先ほどから冷めた眼で、この狂王を見ていた。

 何故か剣心の胸中に過った感想は……「寂しい人」であった。

 そしてその根源は恐らく……。

 

 

「そんなに弟を殺したコトが、澱になっているのでござるか?」

 

 

 瞬間、ジョゼフは真顔になった。

 狂った笑いを止め、時が止まったかのように呆然としている。

 

「弟……タバサ殿……シャルロット殿の父上か。その名が出た時、すごく苦しそうな顔をしていたが、それがお主の『本心』なのではござらんか? なれば―――」

 

 そこまで言いかけた時、ジョゼフは手を前に突き出した。「それ以上喋るな」と言いたげの様子と、「お前に何が分かる」という殺気が入り混じった様子だった。

 

「やめよ。貴様に『それ』は求めておらん。その答え探しはマコトの奴に、既に頼んである」

 

 それを傍で聞いていたシェフィールドも、悲しそうな表情をした。自分を見てくれていないという、そんな辛さを押し出したような目だ。

 

「志々雄に?」

「ああ、だからこそおれと奴は『親友』足りえておるのだ。貴様の役目は―――」

 

 ジョゼフはぱちんと指を鳴らした。その瞬間、真上から何かが落ちてくる。

「避けろ!!」剣心の叫びに、ギーシュは大慌てで、フーケはティファニアを抱えて逃げる。

 

 刹那、ドズン!! という巨大な落下音と共に『それ』は落ちてきた。

 高さ二十メイルはあろうかという、巨大な剣士人形が、そこに立っていたのであった。

 鈍色に光る鎧を纏い、手には身長程もある大剣を握り締めている。

 舞い上がる粉塵にギーシュがせき込む中、剣心は微動だにせず巨大な人形を見上げていた。

 

「ここで余の『暇つぶし』になってもらう事だけだ」

 いつの間にか高台の観戦席に座りこんでいたジョゼフが、冷たい視線でそう言い放った。

 

 

 

『ヨルムンガンド。これがこの剣士人形の名さ』

 ヨルムンガンドの頭頂部から、声が響いてきた。そこに入っているんだろうか。それとも、声を発しているだけで、別の場所にいるのか……いや、おそらく後者だろう。

 察するに、シェフィールドの能力はそういった『魔道具』を操る能力なのだろうと剣心は思っていた。

 

『我が主人はね。この時を長らく待ち望んでいたのさ。エルフと我が知識の集大成、ガリアの新しき『飛車』とトリステインの『飛車』ことガンダールヴ。あなたとの対局をね』

 

 シェフィールドの声と同調するかのように、ヨルムンガンドは剣を振り上げる。

 その古めかしい兜の奥には淡い明かりが灯っている。 その周りは黒く、まるで空洞のように空っぽだった。

 南の地方にいるという、一つ目鬼(サイクロプス)のようなヨルムンガントのその顔にギーシュは震え上がった。

 

 

「くっ!! 何がヨルムンガンドさ!! こんな奴!!」

 フーケはぎりと歯を食いしばって杖を振る。こんな真っ黒装甲のデクの棒に何ができる。

 ティファニアを傷つけられた怒りで、フーケの魔力は自然、『スクウェアクラス』にパワーアップしていた。

 三十メイルはあろうかという巨人のゴーレムが精製される。『土』の四乗。デカさで言うならヨルムンガンドよりもはるかに大きい。

 

「ホウ、なかなかやるではないか。我が騎士隊にもあ奴位の土の使い手は、今はおらんな」

 

 孤独の観客席からそれを見ていたジョゼフは、心底感心したかのような目線で土の巨人を見た。

 

「これはテファの分だぁああああああああ!!!」

 土の巨人は、ヨルムンガンドに向かって拳を打ち放つ。

 しかし―――ヨルムンガンドは避けた。それも拳でいなすような、手慣れた動きで。

 

「なっ――――」

 驚くフーケを他所に、ヨルムンガンドは手に持った大剣を横に振るった。それだけで、土の巨人は真っ二つになった。

 人間の様な機敏な動きをするヨルムンガンドに、フーケは唖然とする。あんなに動けるゴーレムなど、聞いたことが無いからだ。

 

『あはははははははは!!! これで分かったかしら!! このヨルムンガンドの恐ろしさが!!! デカいだけのゴーレムなんて、敵じゃあないのさ!!』

 

 シェフィールドの高笑いが、闘技場に木霊する。同じ土系統のギーシュもまた、口をあんぐりと空けていた。

 あらゆる意味でレベルが違う。こんな巨人がいるのか……と。

 

「こんな、ゴーレムがいるなんて……!」

『ゴーレム? 失礼な言い方だね。このヨルムンガンドを捕まえてゴーレムとはね!』

 剣を振りかぶり、ギーシュ達に向かって叩きつける。その衝撃は、まるで地震だった。

 

「うわああああああああああああ!!!」

 木の葉のように、ギーシュは吹き飛ばされる。フーケはティファニアを必死にかばいながら受け身を取った。

 ティファニアはどうやら気絶しているようだった。フーケは息も絶え絶えになって彼女を守る。

 

『ふふふ、いかな虚無でエルフと言えど、この鉄の巨人には絶対に敵わないよ』

 

 そう言って、今度は明確にティファニアに向かって大剣を振り下ろす。

 フーケは彼女に覆いかぶさって目をつむった。その瞬間、真横に引っ張られるかのような急な重力に襲われる。

「ミスタ……」

 剣心が、フーケ、ギーシュ、ティファニアの三人を抱えながら緊急回避をしたのであった。

 

『そうそう、わたしの目的はあんただよガンダールヴ。あんたを倒せば、ジョゼフさまもわたしのことを認めてくださる』

 

 熱を上げるかのような声で、ヨルムンガンドの目は剣心を見定めた。

 しかし剣心は、その視線をどうでもよさそうに受け流すと、まずは案じるかのような声を、フーケたちに向けた。

 

「マチルダ殿、走れるでござるか?」

「えっ、あ、ああ……」

「ギーシュ、動けるな?」

「ああ、勿論さ」

「よし」

 

 剣心は逆刃刀を抜き放って、鉄の巨人を見据えて言った。

「あ奴は拙者が目的のようだ。マチルダ殿たちは先に行ってくれ」

「ミスタは、どうするつもりだい?」

「拙者もあの人形を倒したら、すぐにサウスゴータへ向かう。そこで落ち合おう」

 どうやら剣心は、たった一人であの騎士人形を倒す腹積もりのようだ。

 普通なら、無謀に思うかもしれない。だが、相手は自分のゴーレムを難なく倒す男なのだ。

 なら、任せても大丈夫か。

 

「本当にすまないね。じゃあ、サウスゴータで待ってるよ!!」

「ギーシュ、二人を守れ。いいな」

「……ああ!! 任せてくれたまえ!!」

 剣心からの激励に、ギーシュは拳を握り締めてそう返した。

 フーケはティファニアを背負って、ギーシュは二人を守るかのように杖を翳しながら、闘技場を去ろうとしていた。

 

『おいおい、逃げるつもりかい! このヨルムンガンドを前に―――』

 刹那、シェフィールドは言葉を切った。

 剣心の姿が消えた。そして、ヨルムンガンドの遥か頭上に、剣を構えて現れたのだ。

 巨人の膝から、腕へ、そして肩から一気に跳躍したのである。その動きは、シェフィールドには一切見えなかった。

 

「-龍鎚閃-!!」

 

 ガァン!! と、頭に唐竹割が叩き込まれる。ヨルムンガンドは大きく怯んだ。

 だが、同時に剣心も弾かれる。衝撃がそっくりそのまま、跳ね返ってきたかのような挙動だった。

 

『無駄さ!! コイツの鎧には『反射(カウンター)』を纏っている!! あんたの飛天の技は、こいつには届かないのさ!!』

 

 シェフィールドは狂乱の叫びで笑う。そんな中、ジョゼフの冷ややかな声が飛んできた。

「真面目にやれ、シェフィールド」

『はっ―――!!?』

「いつまでこっちが『上』という認識で挑んでおる? 試作品を作った我らが挑む側だ。そうでなくては足元をすくわれるぞ」

 

 シェフィールドは冷や汗をかいた。まさか、そんな風に言われるとは、思ってなかったようだった。

 

「奴は、我々の知らぬ異国の地で『最強』を謳われた剣士。マコトでさえ、一目置く男だ。だからこそ、このような闘技場を用意して奴が来るのを待った。分かったら本気でやれ、余のミューズよ」

 

 ジョゼフは鋭い目線で剣心を見やった。弾かれた剣心は、そのままゆったりと宙を跳んで、そのまま観客席の端に着地する。

 弾かれることを『読んで』計算に入れた動きだ。でなくば、ああも優雅に着地できぬはずだ。

 剣心は一瞬、ジョゼフの方を見た。奴の脚力なら、このまま自分の元へ向かうこともできるだろう。

 

「ははは、見ろ! 俺は既に窮地に陥っているぞ? 今の奴なら一足飛びで俺の首を取ることだろう! 主人の危地に動けず何が『ミョズニルニトン』なのだ!?」

 

 そう言う割には、心底楽しそうにジョゼフは笑った。この戦いで一番楽しんでいるのは間違いなく彼であろう。

 逆に、シェフィールドは顔を真っ赤にした。主人を狙う気(と思い込ん)でいる『ガンダールヴ』に、激しい怒りを発散させる。

 剣心をひっつかもうと、否、観客席からたたき出そうと腕を振り降ろす。ドズンドズンと、腕を繰り出す度、客席は壊れていく。

 やがて跳躍した剣心は闘技場の中央台に戻っていく。その時には既に、フーケたちは完全に逃げだした後であった。

 

「で、他の奴らをみすみす逃したと。お前が油断なく戦っていれば、こんなことにはならんかったのだろうなあ」

『……申し訳、ございませぬ』

「まあよい。正直奴らは蠅のようなモノだ。邪魔者がいなくなったと捉えることとしよう」

 そして、シェフィールドと、そして剣心に向かって言うかのように、闘技台を見据えながら、冷ややかにこう言った。

「だから次こそは真面目にやれ。余を退屈させてくれるなよ」

 

 

 

『行くぞ!! ガンダールヴ!!』

 シェフィールドは叫びながら、気合を入れた。

 これ以上主人を失望させてはならない。故に今度は油断なくこの男を屠ろうとしているのだった。

 頭のルーンを光らせ、このヨルムンガンドと自身の動きを同調させる。

 大剣を振り上げ、剣心に向かって叩きつけた。

 

 ドゴォオォォオン!!!

 

 巨大な砂埃が一面に発生した。「まだまだ!!」とシェフィールドは再び振り下ろす。振り上げ、振り下ろす。振り上げ、振り下ろす。その繰り返し。

 動きは相手の方が速いだろうが、此方だってネコの様な機敏さが最大の持ち味だ、何処へ動かれようと、即座に対応できる自信があった。

 

「そっちか!!」

 極限にまで集中したシェフィールドは、剣心が右へ向かっていったのを見逃さない。機敏な動きで即座に対応し、再び剣を振り下ろした。

 しかし、剣心はそれを紙一重で回避すると、何とヨルムンガンドに向かってやってきた。

 

『―――なっ!!』

「飛天御剣流! -龍巻閃・旋-!!」

 

 錐もみ回転しながら、剣心は剣士人形の股下、左膝の部分を斬りつける。

 当然、弾かれる。

 

『っははは!! 無駄無駄!! どこを斬ろうとそんなちゃちな剣、通じないよ!!』

 そう言いつつも、今度は油断なくシェフィールドは剣心を見据える。ヨルムンガンドは左手を右肩に回すと、その器用な指先で、隠されていた投げナイフを動き回る剣心に向かって放つ。

 投げナイフと言っても、一本が人間ほどもある大きさの刃だ。当たれば当然、身体はバラバラに吹き飛ぶことであろう。

 しかし、剣心は全弾回避する。遅れて刺さった大剣は、闘技場の壁に深々と突き刺さった。

 すると剣心、今度はUターンしながら刺さった大剣を足場に、ヨルムンガンドに向かって跳躍した。

 

『この―――ちょこまかと!!』

 

 ヨルムンガンドは大剣で突きを繰り出そうとする。しかし、剣心は身を翻して大剣の上に乗ると、剣を足場に巨人に向かってジャンプした。

 今度は、肩、腕、腹、首と逆刃の刃を返して様々な方向へ斬撃を食らわせる。しかし、どれもこれも決定打には至らず。全て弾かれてしまった。

 そうする内、剣心は宙へ投げ出される。チャンス、とシェフィールドは嗤った。

 

『今度はとっ捕まえて締めあげてやるよ!』

 

 そう言って、巨腕の掌を伸ばしながら剣心を掴もうとした。しかし―――。

「うおおおおおおおおおおお!」

 逆刃刀を鞘に納め、掴みかかろうとする指先に向かって抜刀術を放った。

 刹那、『反射』が発動。弾かれる衝撃を利用し、掴みを無事回避する。

 剣心は再び優雅に着地する。『チィッ!』とシェフィールドは舌打ちした。

 

 

(『反射』を利用し、身動きできぬ中空から脱出したか。奴はもう、その特性に気付いておるのだな)

 その一連の流れを、ジョゼフは冷静に分析していた。

 相手の攻撃を弾き返す先住魔法『反射』。強力な行使手のみが扱える防御の極致。

 発動させれば、あらゆる攻撃を実質無効に追い込むその威力は、長年メイジたちの頭を悩ませてきた強力な魔法だった。

 今回、ヨルムンガンドはその鎧をすべてに適用させている。だからこそ、斬鉄が出来る筈の剣心の攻撃を、全てはじき返しているのだ。

 

 だが、奴はそれを回避に利用し始めている。それはつまり、特性に気付いているという事。

 

 先ほどから、様々な部分に攻撃を仕掛けているのは、その『反射』の力が薄い所を探しているからであろう。

(マコトが評価するのも納得だな。後は奴が、どうやってこの『反射』に対応するのか、見物だな)

 一応、作りは万全にしてある。どの部分にもぬかりなく、『反射』の魔法は適用させたはずである。

 

 だが……不安材料が無いかというと嘘になる。闘いに『万全』などないからだ。

 その上、このヨルムンガンドは試験に試験を重ねたとはいえ、実戦投入はこれが初。不備不具合など、あってしかるべきなのである。

 そうである以上、絶対に『粗』は出てくるはず。奴はそれを探しているのだろう。

(さあ余にも見せてくれ。貴様の力、そしてこのヨルムンガンドの弱点をな!)

 

 

『くそっ、ちょこまかとすばしっこい……』

 シェフィールドは呻いた。こちらにダメージは一切ない。むしろ走らせている以上、体力を消耗させているのは向こうの方の筈なのだ。

 だが、未だに決定打を与えられていないのはこちらも同じ。しかし此方にはあまりある火力がある。一撃でも与えられれば致命になる筈。

 

 一撃、そう一撃なのだ。

 その一撃が、遥かに遠い。その事実が、シェフィールドを徐々に焦らせていた。

 やがて、剣心は走り出した。攻撃を止め、様子を見るようだ。

 

『見に回るつもりかい!! 随分と余裕だねえ!!』

 なら見せてやろう、このヨルムンガンドの恐ろしさを。

 刹那、ヨルムンガンドはネコの様な俊敏さで剣心の背後を取ろうとする。俊敏性においても決してガンダールヴに引けを取っていないという事を、誇示するためだ。

 

 しかし、それで剣心を捕らえられるほど、『ガンダールヴ』を組み込んだ『飛天御剣流』は甘くはない。

 シェフィールドは分かっていなかったが……なまじ人に近い動きができるせいで、『人読み』がしやすいのであった。しかも動きは、昔のギーシュがやっていたような、ただ漫然とした『突撃』に近い。

 

 シェフィールド自身、何か武術に心得があるわけでもなし。ギーシュのように剣を学ぶことで動きにインスピレーションを加えられるゴーレム使いは、思いの外少ないのである。

 ある意味では、彼女もその口であると言えた。

 だからこそ、気付かない。

 

『貰った―――!!』

 

 壁を走りながら跳躍し、剣心に向かって殺到するヨルムンガンドに向かって―――。

 剣心は既に、仕掛けていることに―――。

 

「飛天御剣流!! -土龍閃-!!」

 刹那、剣心は地面を思いっきり抉り、土砂をヨルムンガンドに叩きつける。

 

『っはあ!! バカだねえ!! 何度やっても効くはずないじゃないのさ!!』

 

 シェフィールドは高らかに叫んだ。事実、飛ばしてきた土砂や弾丸など、『反射』の効果で容易く弾いている。

 濛々と立ち込める土煙で剣心の姿が見えなくなったのが、うっとおしいと思うぐらいだ。

 

『喰らえ!』

 大剣を振りかぶり、辺り一帯ごと拭き飛ばそうとするシェフィールド。

 しかし―――。

『おうっ―――!?』

 着地の瞬間、ヨルムンガンドが、こけた。

 シェフィールドは一瞬、何が起こったのか呆気にとられる。

 ジョゼフですら、何が何やら分からず目を細めていた。

 やがて、待った砂埃が消え、その原因が分かる。

 

『なっ―――!?』

 ヨルムンガンドの左ひざが、地面に強かに打ちのめされていた。

 土龍閃で抉った大穴に、左足がすっぽりと収まっていたのである。

(先の土砂と砂埃は、落とし穴を隠すためだったのか―――!)

 急激な段差を付けられたせいで、着地の際、ヨルムンガンドのバランスが崩れたのだろう。

 

 土弾で攻撃すると見せかけて、落とし穴を掘って足に手傷を負わせる。

 成程、自重による衝撃はいなか『反射』でも意味をなさない。剣による攻撃を諦めどう

するつもりなのかと思案を巡らせていたが、まさかこのような手段に出るとは――。

 

 流石のジョゼフも大いに唸った。純粋に裏をかかれたような、そんな気持ちにさせられたのは、志々雄とシャルル以外にはもういないと思っていた。

「ははっ!! 何と愉快な存在だろう!! なあシャルルよ!! こんな手に汗をかく闘いを、お前にも見せてやりたかったなあああああ!!」

 狂ったような大笑いを、ジョゼフはしばらく続けていた。

 

 

 

 ジョゼフは大笑いを続ける中、シェフィールドは大いに焦っていた。まさか、こんな手段で傷を負わせるとは―――。

 左膝の鎧を見る。へこみができている。無駄に高く跳躍したのが、完全に仇となってしまった。

 

 

「所詮、『人形遊び』に過ぎぬ」

 

 

 剣士人形の隣には、以前傷一つついていない剣心が、悠然と立っていた。

「拙者は以前、この類の人形遣いと戦ったこともある。その時にも言ったのでござるが……」

 恐らく、シェフィールドに向けてだろう。逆刃刀を納め、もう戦う気概すらなさそうな雰囲気だった。

 

 

「どんなに優れた人形を作ろうと使おうと、操り手が血の味も痛みも知らないうちは――」

 

 

 シェフィールドはわなわなと震えた。『人形遊び』? これが、遊びに、見えるのか!? と、ふつふつと怒りが湧いてくる。

 

 

 

「お主のやるコトは全て、遊びで終わる。……もうやめにしろ。拙者には勝てぬよ」

 

 

 

「……言われておるぞ。余のミューズ。お前は今まで遊んでおったのか」

 失望するかのような冷ややかな声が、シェフィールドの耳に届いた。

 刹那、怒りがシェフィールドの頭を支配した。

 

『っあああああああああああああああああ! 貴様ああああああああああ!!』

 

 ヨルムンガンドは、使い手の発狂に合わせるように立ち上がった。

 もう策などない。ただひたすらに、主人を失望に追いやったこの『ガンダールヴ』を潰そうと、躍起になった。

 

 俊敏な動きで、剣心の背後を取った。しかし剣心もさるもの。素早くヨルムンガンドの背後に回る。

 

『この!! うろちょろ!! するんじゃないよおおおおおおおおおお!!!』

 

 しかし、剣心はもう、抜刀すらしなかった。

 ただ『ミョズニルニトン』の癇癪に付き合うかのように、速さ比べ合戦に、興じていた。

 もちろんこれは遊んでいるわけではない。そもそもそんな時間もない。

 ただ、シェフィールドは完全に我を忘れていたため、気付かないだけである。

 

『そうよねそうよねええええええ! いくら膝をついたからといって、結局はこの『反射』が破られたわけじゃないんだからねええええええええええええ!!』

 

 膝に抱えていた『爆弾』が、既に暴発しかけてることに―――。

 

(そろそろか――――)

 剣心はここで、再びヨルムンガンドの背後に回った。

 

『いい加減にしな!! 逃げられるとでも―――』

 左足に、無意識に力を込める。その瞬間、左足が、砕けた。

 

『あっ――――――!!!!?』

 シェフィールドが呆気にとられる。しかし、左ひざを喪ったヨルムンガンドは、今度は完全にうつ伏せに倒れる。

 

『なっ、なんで……―――』

 純粋な疑問を口にするかのような弱弱しい声で、シェフィールドは呻いた。それに剣心は答える。

 

「速さを落とさず連続して動き続けた故、切り返しの際にかかる負担が、限界を超えたんだよ」

『ばっばかな!? あんたと同じ速さで動いてたんだよ!? なんで私が先に倒れてあんたは限界が来ないのさ―――!!』

「同じ速さだから体重が重いお主の人形の方が、身体にかかる負担も大きいんだ」

 

 ただでさえ、落下の衝撃で左ひざにダメージを追ったのである。この結果も、むべなるかなと言ったところであった。

 まさか、自重と負担だけでこのヨルムンガンドが、完全に機能停止してしまうなんて―――。

 信じたくない、信じられないといったような叫びを、シェフィールドは上げた。

 

 

『そんなバカな!!? 機能テストは何回もやった!! いくら膝をついたからって、これぐらいなら何の問題もないことは実証済み―――』

「馬鹿が、そんなことも分からぬのか。『神の頭脳』が聞いて呆れるわ」

 

 

 もはや吐き捨てるのも隠そうとせず、ジョゼフが言い放つ。シェフィールドは泣きそうになった。

 

「お前は完全に我を忘れて速さ比べに興じておった。それ故こ奴が『切り返しの度、徐々に速さをつり上げていた』ことに、気付かなかったのであろう。『自分とガンダールヴは同じ速さ』と思い込んだお前は、まんまと術中にはまったというワケだ」

 

 あ……と、シェフィールドは言葉を漏らす。絶望で涙が出てきてしまった。

 

 

「なんてことはない。敗因は『おつむの差』か。全く下らぬ。興が殺がれたわ」

 

 

 廃棄だな。実際にそう言ったわけでは無いが、そう口が動くのを、シェフィールドは気付いた。

 本当なら、もう動けぬヨルムンガンドのことを指していったのだろうが、そうではないことを、シェフィールドは嫌というほど察していた。

『あ、ああああ……』

 

「もうなにもないだろうな。ああつまらぬ。一騎当千の流派、『飛天御剣流』の奥義とやらも、この目で見ることが叶わんとは―――」

『うぅ、うううう……』

「死ぬ気で見せて欲しいものだなぁ……ていうか死んでほしいな。主人の意にそぐわぬ使い魔など、いて何の意味がある?」

 

 ヨルムンガンドが、必死にもがきながら動く。主のため、主のため……と、悲壮感溢れる様相であった。

 しかし、片足を喪った以上、機動力は失ったも同然。剣心ももう、相手にする必要はない。ないはずだった。

 

 

「なあ、余のミューズ」

『っ……ああああああああああああああああああああ!!』

 

 

 あらんかぎりの声をもって、シェフィールドはヨルムンガンドの身を宙に投げだした。

 剣心を、押しつぶそうというのだろう。

 

 剣心はそれを、しばし考え込むように見つめている。正直最後のあがきなのだ。逃げて終わりにしても良かった。

 

 だがこのままでは、彼女……シェフィールドは酷い目に遭わされることだろう。

 その情けが、剣心を動かした。

 

「……む?」

 ジョゼフは不思議そうに剣心を見下ろした。奴は腰を溜めて、柄に手をやっている。

 

 まさか、本気か!? 

 

 身を乗り出し、新たなおもちゃを与えられたかのように目をきらめかせながら、ガンダールヴを直視する。

 剣気が、辺りを充満する。左手のルーンが高らかに光る。

 刹那、覆いかぶさる騎士人形に向かって、強烈な抜刀術が閃いた。

『反射』は衝撃を跳ね返す魔法。しかしは上限はあり、強力な衝撃には耐えられず破壊されることもある。

 

 すなわち、大なり小なり対象者には衝撃がかかるのだ。なので衝撃を効率よく跳ね返すにはそれなりの『踏ん張り』も重要になってくる。

 今の騎士人形は宙に投げ出されたため、その踏ん張りが消えた。胴に向かって放った抜刀術の衝撃は、一瞬剣心に、大きく振りかかる。

 剣心は、それに耐えた。

 すると行き場の失った『反射』の衝撃は何処へ行くのか? 当然、宙である。

 

 

「うおあああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 次の瞬間、鉄の巨人は跳んだ。闘技場の更に上空。

 騎士人形が月夜の煌めく夜を泳ぐ光景に、ジョゼフは真顔になった。

 

 

「――――フゥッ」

 一息つき、背を向き、納刀する。

 遅れて、五十メイル以上飛びあがったヨルムンガンドは、落下の衝撃に耐えられず、今度こそバラバラになった。

 

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