るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第百七幕『閃光、再戦 前編』

 

 二頭の白竜が、月夜を飛び交う。

 ワルドの乗った風竜は、アズーロの背後をぴったりと追従しながら、動き回った。

 ジュリオは内心舌打ちした。まだアズーロは万全ではないようだ。身体のこなしがまだぎこちない。

 

「くくっ。『土くれ』の奴を尾行した甲斐があったというものだ。まさかこんなチャンスが巡ってくるとはな」

 

 腹の奥底からワルドは嗤った。

 フーケがごまかして『人形』をニューカッスルに置き、サウスゴータへ向かったのは知っている。知って、あえて泳がせていたのだ。

 あまり近づきすぎると剣心に察知されるから、詳細なやり取りは分からなかったが……察するに残りの『担い手』を抑えに行ったのは分かっている。

 フーケたちがダータルネスへ向かったあたりで志々雄に報告しようとしたところで、なんと風竜に乗るルイズと出くわしたのだ。

 この千載一遇の好機を逃す手はない。

 

「はあっ!!」

 ワルドは左腕で持った軍杖を振った。『エア・カッター』だ。風の刃が飛んでくる。

 

「アズーロ!!」

 きゅい、と白竜は鳴いた。次いで身体をぐるんと回す。仰向けになった腹の上に、風の刃がスレスレに飛んでいった。

「さあ観念しろルイズ!! 今度こそきみをこの手で貫いてやろう!!」

 剣心が乗っていないことを知っているからこそ、高らかな笑い声でワルドは叫んだ。

 

 

 

 

 

第百七幕『閃光、再戦 前編』

 

 

 

 

 

「――――ぐぅっ!?」

 ルイズは呻いた。竜の動きについて行けず、杖で呪文を唱えられないのだ。

 ただ、ワルドが……かつての婚約者が、自分を害せんと再び迫ってくるのは嫌でも理解できた。

(まさか……つけられていたの?)

 どこからつけられていたのか知らないが……少なくとも前々から狙っていたのは確かだろう。

 

「アズーロ!!」

 再び、ジュリオは叫んだ。するとアズーロは一気に減速し、後ろで追いかけていたワルドの、更に背後へと回る。

 

「ホウ」

「ブレス!!」

 

 アズーロはブレスを放つ。火竜さながらの豪火球だ。当たれば間違いなく撃墜できる威力を内包している。

 しかし、ワルドは手綱を素早く振った。風竜は翼を畳んでロールしながら降下する。

 ブレスは虚しく雲だけを焼いた。ワルドはふっと笑った。

 

「竜捌きに関しては認めるが、どうやら肝心の竜自体が不調のようだな」

 

 どうやらアズーロが万全でないことを見抜かれたようだ。

「ど、どうすんのよジュリオ!」

 ルイズは酔いを我慢しながら叫ぶ。こんな激しく動かれては『虚無』の詠唱どころじゃない。むしろぶんぶん振り回されて気持ち悪くなってきた。

 

 なんて言うか……本気で追い詰められて少し動きが乱雑になるところに、ジュリオの『ガキ大将』という本質を見たような気がした。

 

 しかし、ジュリオは真剣な表情をしながらも、まだまだ余裕がある声で言った。

「まあ、もう少しだけ我慢してくれたまえ。こっちには頼れる『(カード)』がある」

 懐に手を入れながら、ジュリオはワルドの竜目掛けて下降した。

 

 

 

 ワルドとジュリオは、竜を巧みに操作し、機織りの糸のように互いに迫ったり、離れたりする動きを繰り返した。

 竜の操作は現状、互角。ならば決定打になるのは乗り手の攻撃力。

 一撃必殺を狙おうと、ワルドは魔法を唱えながらジュリオに迫った。

 

「貰った!!」

 再び、『エア・カッター』が飛んでくる。ジュリオは高度を落として回避する。

 ワルドも降下しながら後を追う。下降しているであろうアズーロを視界に納めようとした瞬間、敵機は消えた。

 

「!!?」

 ワルドは目を見張った。しまった、上か!!

 ジュリオはあの一瞬で、アズーロに宙返りを命じたのである。ワルドの真上には、此方を睨むジュリオの姿があった。

 その手には、何か握られている―――。

 

「ちぃっ!!」

 ワルドは風竜にロールを命じる。ドン、ドン、ドン!! と連続した発砲音が上空に響いた。

「ぎゅわっ!!」

 

 ワルドの竜が、呻き声を上げた。どうやら飛来した『何か』に当たったようだ。

 風竜は太股を撃たれたらしい。鱗が剥け、血が少量とはいえ落ちていく。

 

(銃か? だがこの距離であの連射性……そしてこの威力は何だ!?)

 

 発砲音は連続で聞こえてきた。軍で流通している銃は、せいぜいが前込め式のマスケット銃。もしくは旧式の火縄銃が主だ。連発するとなれば銃自体を複数所持するしかない。

 だが、ジュリオが持っているそれはそのどちらにもあたらない。

 ジュリオは片手で手綱を、片手で銃を構える。ワルドは驚愕した。片手に収まる小ささで、連射できる銃など聞いたこともない。

 

 再びドン、ドン、ドン!! とけたたましい音が響く。しかし、流石に距離が離れている所為か、今度は一発も当たることはなかった。

 

「流石に月夜で動いているものに当てるのは至難だな。おまけに片手だと反動もすさまじいし……」

 銃を一旦下ろしながら、ジュリオは呟いた。だが、一発は入った。これはものにしたいと考える。

 ルイズもまた、ジュリオが持っている『それ』を見て驚いた。彼がワルドに向けて発砲していたのは知っていたが……こんな小さい銃があったのかと驚いた。

 

 

 ジュリオが持っている銃。それは薬室が複数開いた回転式弾倉を備えた……いわゆるリボルバー拳銃であった。

 ルイズは読めなかったが、銃身には「Colt Single Action Army」と彫られている。

 

 

「な、何よそれ。銃なの?」

「ああ、マスケット銃なんて目じゃないぜ」

 

 ジュリオはちょっとカッコつけたような仕草で、蓋を外し弾倉を回転させる。撃ち終わった薬莢が一個、また一個と空へ消えていく。

 すぐさま懐から弾を込め直す。ワルドは警戒を強めているのか、襲ってはこなかった。

 

「これでよし」

「六発連続で撃てるってこと? ロマリアの銃って、ずいぶん進んでいるのね」

 

 片手に収まる大きさで、六連射できるピストル。これがハルケギニアに普及したら、軍の銃火器に大きな革命が起きるかもしれない。メイジでもこれは持てあますだろう。

 だが、ジュリオはゆっくりと首を振った。

 

「残念ながら、我が国も其処まで冶金技術が進んでいるわけじゃない。これは更に『向こう』のモノ」

「……どういうこと?」

「これは東よりさらなる果て、『聖地』から来た武器さ」

 

 ルイズは「なんですって!!?」と叫んだ。

「ぼくたちは何百年も前から、こういったモノを集めてきたんだ。『場違いな工芸品』と呼んでいる」

 コルト・シングルアクションアーミー……「ピースメーカー」を、見せびらかしながらジュリオは言った。

「凄いよなあ。連射できるだけじゃなくて、暴発しない工夫もそこここに施されている。おまけに前込め式じゃなくてこの丸い弾倉に弾を入れられるんだ」

「今ので聞きたいことがたくさん増えたけど……きゃぁっ!?」

「ああ、その話はまた、今度にしよう。彼も交えながらね!!」

 アズーロは翼を大きく羽ばたかせ、高度を稼いだ。ワルドが再び、風の魔法を打ち放ってきたからだ。

 再び、二頭の竜が、上空を舞った。

 

 

 

 竜の手綱を握りながら、ワルドは思案する。

(あ奴、ロマリアの人間か?)

 

 そう言えばあの竜。見覚えがある。かのタルブ戦役で、レキシントン号に単騎で向かってきた風竜、あ奴か。

 雰囲気からして、メイジではなさそうだ。だが高性能な武器と、竜捌きの技術を持っている。

 得体が知れぬ、侮りは禁物。

 だが―――。

 

(何を恐れる、何を怖がる、あんな奴如き―――)

 

 剣心と、志々雄、刃衛の顔を思い浮かべる。

 異世界から来たという、かの三人に比べれば、『怖さ』が全くない。

 所詮、凄いのは武器と竜を動かす技術だけ。

 こんなところで燻ぶっていては……永遠に彼らの『域』にたどり着けないではないか。

 それが、今のワルドに活力を与えていた。

 

「フッ―――!!」

 ワルドは鞭を打った。竜は一瞬痛みで呻くも、主人に従い翼に力を込める。

 ジュリオは竜に対して銃を構える。だが、ここでアズーロの羽ばたく力がガクッと弱まる。

 どうやら、激しく動き回ったせいで、治りかけた毒がまた回り始めたようだ。息も上がっているらしい

 

「くそっ……!!」

 ジュリオが焦ったような声を出す。バランスが安定しなくなったせいで、より照準が定まらなくなってしまった。

 ワルドの竜に一発当たったのは、実は奇跡だったのかもしれない。

 いかな名銃といえど、状況があまりにも悪すぎるのであった。

 

(ここまでくればもう、後は賭けるしかないか!!)

 

 敵機は上空からこちらに向かって真っすぐ急襲してくる。杖には魔力が迸っている。『稲妻(ライトニング)』だ。

 修練に修練を重ねた結果、『(クラウド)』を用いずとも『稲妻』を当てられる技術を会得したようだ。大した執念と努力である。

 それに対し、ジュリオはあえて迎え撃った。アズーロは自分に鞭を撃つかのように、翼に力を入れ大きくはためかせた。

「ちょ、どうするつもりよ!」

 ルイズは叫んだ。今からワルドに特攻するなんて、自殺行為もいい所だ。

 だが、ジュリオも一歩も引かない。

 

「良いかいルイズ! 確かにケンシンと比べられると辛いけどね、今はぼくが『ヴィンダールヴ』だ! 虚無の使い魔の実力をきちんと見ててくれよ!!」

 

 担い手を守るのが使い魔の務め。そう言うかのように、語気を強めてジュリオは叫んだ。

(……ごめん、アズーロ)

 これからすることを考えると、この白竜といえど無事では済まないかもしれない。

 心で密かに竜に謝りながら、だが容赦なく敵機に向かって突撃を命じる。

 竜もまた、「きゅい」と一言応え、ワルドの竜に立ち向かっていった。

 

「これで終わりだ!! 真っ逆さまに墜落するがいい!!」

 杖を振り上げながら、ワルドは至近距離まで迫ったアズーロに対し、『ライトニング』を打ち放った。

 一筋の閃光が、稲光が、一直線に迫っていく。

 その紫電の行先は、アズーロの翼に直撃。翼膜の部分を容赦なく焼いた。

 

「ぎゅわっ!!」

 アズーロは悲鳴を上げた。しかし勢いはそのまま、ワルドとすれ違う形となる。

 その一瞬、限りなく騎手同士が近づいた瞬間。ワルドは防御の構えを取った。

 奴らからすれば、この距離であの銃を撃ってくるのだと予想しての行動だった。これさえやり過ごせば、後は勝手に奴らは落ちて行く。その後ゆっくり料理してやればいい。

 そう考えていたが……ジュリオのやったことは、全くの予想外の行動だった。

 

 ただ、右腕を此方に翳して、口笛を吹いたのだ。

 

(――――!?)

 その瞬間、ワルドの乗っている竜は暴れた。

 

「なっなんだ? おい、しっかりしろ―――!?」

 

 必死に御そうとするが、竜は我を忘れたかのようにもがき続ける。

 ワルドは焦った。コントロールが完全にできなくなった。このままでは―――。

 そこまで思考に至った時、ワルドは遂に気付いた。

 

(まさか、あ奴……奴もまた、虚無の使い魔か!?)

 

 王立図書館で『ガンダールヴ』を調べた時に得た情報。

 神の左手、ガンダールヴは一騎当千の無双者にしてあらゆる武器の操り手。

 対して右手に宿りし力は……あまねく動物を意のままに操るという。

 あの神官、右手に手袋をしている所為で確証はまだ持てなかったが……、この異常事態が、絶対そうだと確信を与えていた。

 そしてこの推論が正しければ……、先ほどの口笛もどういう意味で行ったか納得がいく。

 奴はあの口笛で、この風竜を洗脳し、狂わせたのだ。

 まずい、此方も墜落する――――!!

「くっ、そおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 二頭の竜が、落ちて行く。

「きゃあああああああああああああああああ!!」

 ルイズは叫んだ。必死になってジュリオにしがみつく。

「……アズーロ!!」

 ジュリオは大声で呼びかけた。白竜は最後の力を振り絞りながら、翼を広げて滑空の体勢を取った。

 直上からの腹打ちは避けられたが……、どこかの森林の中へ突っ込むこととなってしまった。

 上空で激しいドッグファイトが繰り広げていたせいで、ウエストウッドからこっち、何処へ向かっていたのか、ルイズもワルドも分かっていなかったのである。

 木々にぶつかる衝撃が、ルイズとジュリオを襲う。

 やがて、目の前に巨木が現れた。

 避けようと身をひねったアズーロだが、翼にぶつかり、その衝撃でルイズ達は弾き飛ばされてしまう。

「―――あぐっ!!」

 そこでルイズの意識は、いったん途切れた。

 

 

 

「ルイズ、ルイズ! どこへ行ったのですか! まだレッスンは終わってませんよ!」

 母の声が、聞こえる。

 幼いルイズは、ここで自分は今、必死になって母カリーヌから逃げている事を思い出した。

(何で!? 何でわたしだけこんな目に―――!)

 そうだ、先程まで、母直々に厳しい剣術のレッスンを叩きこまれていたのだった、

 魔法が使えないから、せめて他の者に馬鹿にされないようにと、始まったレッスン。

 それが当時の母は、思いの外楽しそうだったのだけど……ルイズにとってはたまったものではなかった。

 しごかれた体に鞭を打って、這う這うの体で逃げ出したのである。

 夢の中の幼いルイズは、屋敷の中庭を逃げ回っていた。迷宮のような植え込みの陰に隠れ、追っ手をやり過ごす。

 そしてあの……中庭の池にある小舟にやってくる。その中に隠れようとした途中だった。

 

「やあルイズ、また泣いているんだね」

「ワルド……さま」

 

 年の瀬は十六くらいだろうか、凛々しさを湛えた笑みで、手を此方に差し出してきた。

 幼いルイズは、その手に素直に答える。当時は、この手がカトレアと同じくらいに支えとぬくもりになっていた。

 

 憧れた。ただ、ひたすらに―――。

 勿論、結婚……の約束までは、ちょっと困惑が勝っていたけど、彼のようになりたいと、子供の頃にとってはただただ、彼の存在が眩しかった。

 

「ははっ。また夫人にしごかれていたんだね。可哀そうなルイズ。きみは剣より、花が似合う可憐な子だというのに」

「うぅ、母さまはわたしがお嫌いなのだわ。わたしには姉さまたちのような魔法の才能がないから……」

「そう卑下をしては、目覚めるものも目覚めないよ。きみにはすごい力があると、ぼくは思うよ」

「……本当に?」

「ああ、だから頑張ろう。ぼくに手伝えることがあったら、何でも言ってくれ」

 

 優しく微笑むワルドを見て、ふとルイズは……彼の首にかかっているロケットに目が行った。

 そういえば、彼はずっとこれを首にかけている。

 なんだろう? ルイズは興味心身に尋ねる。

 

「ねえワルドさま。そのロケットをいつもつけていますけど……それほど大切なものなのですか?」

 それを聞いたワルドは、ふっと寂しそうな顔をして、ロケットを握り締めた。

「ある意味では、形見みたいなものさ」

「形見?」

「ああ、母のね……」

 ルイズは顔を俯かせた。聞いてはいけない話に踏み込んだことに、申し訳なさがこみ上げてきたのだ。

「ごめんなさい。わたし……」

「いいんだよ。さあ行こう。もうじき晩餐会が始まるよ」

 ワルドの手に繋がれるまま、ルイズは歩いていく。

 

 

 あの時、わたしにむけてくれた笑顔は……全て嘘だったのだろうか?

 思えば彼……ワルドの事を、碌に知らなかった。

 畏れず踏み込んでいたら、あのロケットの話から彼の過去と本音を聞いていたら……また何か変わっていたのだろうか。

 

 

「……ワルド?」

 晩餐会の会場へ向かう廊下で、ワルドは立ち止まる。

 気づけばルイズ自身の身体は十六の姿に、騎士の姿に戻っている。

「ついたよ。会場に」

「えっ、でも……!」

 そこで気付く。血の匂い。ルイズは慌てて会場に入る。

 

 目の前にあったのは、ウェールズの死体、その父ジェームズの……吊るされた姿。血を流し倒れる、王党派の人々。

 

「ワ、ルド……」

「さあ、きみも彼らと共に逝くがいい」

 そこにあった笑みはもう、優しさではない、邪悪で歪んだ微笑み。

 レコン・キスタの紋章が象られたマントを翻しながら、ワルドは軍杖を、ルイズに向かって突き立てる――――。

 

 

 

 降臨祭最終日、午後八時半頃―――。

「――――っ、ぐっ……ぅ」

 ここでルイズの意識は、再びアルビオンへと戻ってきた。

 全身を打ち付けたような気怠い痛みが、身体中を支配する。

 昔だったら泣いて立てなかったかもしれないが、鍛えてきた経験と自負で、歯を食いしばって起き上がる。

 ルイズは周囲を見渡した。どうやら森林の中のようだ。ジュリオやアズーロの姿は見当たらない。

 鬱蒼と生い茂った木々の中、ルイズは暗闇の中独りぼっちだった。

 

(ケンシン……)

 一瞬、自分の使い魔の事を考える。だが今回も彼は、ティファニアを助けにダータルネスへ向かっているのだ。

 エルザの時同様、ここもまた、一人で乗り越えねばならない。

 そのために、自分を鍛えることにしたのだから―――。

 

(そうよ……ケンシンは今また、困っている人を助けに駆け回っている)

 

 彼の助けになりたいと、ジュリオの竜に乗ったのだ。『自分の気持ち』はまだ……伝える準備はできてないけど。この非常事態で、足手纏いになってしまっては彼を困らせるだけ。

 それだけは、絶対にしたくなかった。

 だから、ルイズは勇気を振り絞って立ち上がる。軍杖を抜き、周囲を見渡す。

 すると彼女のすぐ隣で、風の豪音が鳴った。

(――っ!! 何!?)

 慌ててそちらの方へ駆け寄ると、少し開けた場所で、巨大な熊が暴れ狂っていた。

 正気を失ったかのような様子で、剛腕を振り回し何かと戦っている。

 

「やはり、動物を操る能力か。だが―――」

 

 対する影は、その腕撃を軽々かわして上空へ逃れると、風を纏わせたレイピアで脳天に一撃。

 それで熊は震えたような所作の後、ズズゥゥン……と倒れていった。

「所詮それだけのようだな」

 杖に纏わりついた鮮血を振り払いながら、影の正体ことワルドは、その目をルイズに向けた。

 

「アルビオンで再び、きみに会うとはね。ルイズ」

「……っ」

 

 ワルドの気迫に、若干後ずさるルイズ。

 右腕を剣心に破壊されたとはいえ、纏う風にはいささかの衰えがない。

 

「フン。どうやら抜刀斎はいないようだな。いいのかい? 助けを求めなくて、あの時のように泣かなくて? 絶体絶命だぞ」

 ワルドはこれ以上ない笑みを浮かべて、杖を此方に突き付けてくる。

 まるで勝ちを疑っていない顔。心底自分のことを舐めきったような様子であった。

 

 それを見た瞬間……ウェールズを殺した時の光景がフラッシュバックし、ルイズは怒りの目線をワルドに向ける。

 

「―――ワルド、わたしをあの時の…泣き虫の小鳥のように思っているのなら、それは間違いよ」

 ルイズは杖を構えた。それを見たワルドは、高らかに大笑いした。

「あっはっはっは! おお怖いねえ、怖い怖い! これでいいかい可愛いルイズよ!」

 

 そんなワルドの嘲笑を、ルイズは無言で受け止める。ひとしきり笑ったワルドも、段々と真顔になっていった。

「まったくお笑いだよ。利き手を喪ったとはいえ、かつては魔法衛士隊隊長まで上り詰めたこのぼくに本気で勝てると思っている、その脳みそにね」

「あなたが言ったのよ。わたしに才能があるって。魔法じゃなくって、剣の方だったけど……」

「あの男に被れたか。強がるのは止めたまえ。奴の力無しで、一体きみに何ができるというのだ?」

 虚無とは、喩えるなら巨大な大砲。呪文の威力は強力だが、詠唱には時間がかかる。

 故にこうやって懐に潜り込んだ時点で、怖くもなんともないことをワルドは知っている。

 本来ならそれを守るために使い魔がいるのだが……今回、剣心はいない。

 それをわかっているからこそ、こんなにも余裕の笑みを浮かべているのだろう。

 

 しかし、ルイズは杖を振って、正面から啖呵を切る。

「ケンシンはね、わたしに大切なものを、二つもくれたの」

「ホウ、何だね?」

 どうせ大したものではないだろう。そんな風に嗤ってルイズの言葉に耳を傾けていた。

 一方のルイズは、強い目をして、杖を横に振りきって叫んだ。

 

 

 

「『剣』と、『心』よ!」

 

 

 

 それを聞いたワルドは、眉をしかめた。しかしルイズはどこまでも強気だった。

「ケンシンがいなくとも、それが今のわたしを守っている。昔のめそめそ泣いているだけのわたしだと思っていたら、大間違いよ!」

 

 次の瞬間、ワルドから笑みが消えた。

 杖を振り切り、若干中腰になって、力を溜める。

 

「では見せてもらうか。その培った力とやらを―――!!」

 

 刹那、ワルドは神速の動きで接近してきた。杖には『エア・ニードル』が纏っている。

 ルイズは冷や汗を流しながらも、それでも剣心程の速さではないため、反応はできた。『ブレイド』を唱え、迎え撃った。

 ガキィン!! と杖同士で火花が飛びかった。

 

「ぐっ―――!!」

 鍔迫り合いに持ち込もうとするが、やはり経験技量、共にワルドの方が高い。樹木の根を野放図にはなってくるエルザとは、攻撃に対する練度が違っていた。

『ウィンド・ブレイク』を放たれ、吹き飛ばされそうになるも何とか踏ん張って耐える。

 僅かながらにルイズに隙ができた。すぐさま斬りかからんとしたワルドは―――。

 

「むっ―――!!」

 背後から迫ってくる攻撃に素早く身を翻した。

 振り返って迫ってくる影を切り裂く。それは鷹だった。翼を斬られた鷹はそのまま地面に墜落していく。

 遅れて狼の遠吠えが聞こえた。次の瞬間、餓狼の群れがワルドを取り囲んだ。

 

「今度はそう来たか」

 ワルドは『偏在』を唱えた。二体召喚し、一体をルイズに、一体を恐らく『ヴィンダールヴ』で操っているであろう動物たちに向ける。

 

「さあ、どうするのだルイズよ!!」

 本物のワルドは、目線をルイズの方にやりながら、高らかにそう叫ぶ。

 一方のルイズは、『偏在』の攻撃を杖でやり過ごす。しかし、風の攻撃まではどうしてもやり過ごせそうもない。

 

「きゃぁっ!!」

 吹っ飛ばされながらも、素早く受け身を取る。森の中へ一旦隠れ、姿を消す。

「騎士ごっこの次はかくれんぼか? 所詮子供の遊びの域を出な―――」

 そこまで言った時だ。しまった。虚無の存在をついつい失念してしまう。

 時間を与えるわけにはいかない。素早く『偏在』を向かわせた。

 

「無駄にあがくな!!」

 見つけた。

 ワルドは素早く杖を掲げる。『ライトニング』だ。これで仕留める。

 だが、ここで背を向けていたルイズは、一気に振り返って呪文を唱える。

 

「『解除』!!」

 その瞬間、『偏在』は全て掻き消えた。

 瞬きで発された光が、分身全てを滅したのである。

 

「チィッ――!!」

 ワルドは舌打ちした。そうだ、奴にはこれがあった。

 魔法を打ち消す魔法。虚無の力は未知の領域なのだ。

 この隙を狙うかのように、本体のワルドに向かって今度は蜂の群れが飛んでくる。どうやら『ヴィンダールヴ』は、とことんこうやって姿を現さずに此方を邪魔することに力を注いでいるようだ。

 

「小賢しいわぁ!!」

 心の底からワルドは叫んだ。これが虚無の力により召喚された者の闘い方なら、『姑息』の一言に過ぎる。

 剣心を、志々雄を知っているからこそこんな人海戦術もどきを繰り広げている『ヴィンダールヴ』に、そしてそれに苦戦する自分に、心底腹が立ったのだ。

 

「ユビキタス・デル・ウィンデ!!!」

 

 ワルドは『偏在』を五体、召喚しそれを四方八方に散らせた。森の中で隠れているであろう『ヴィンダールヴ』を炙り出すためだ。

 そして本体の自分が、直々にルイズを仕留める。

 ワルドは駆けた。やがて森を抜け、広い草原へと戦場を移す。

 そこにはルイズが、迎え撃つかのように此方を睨んで佇んでいた。

 

「良いのかい逃げなくて? もう先ほどのような援護は来ないぞ?」

 嘲笑しながら、ワルドは問う。

 それでもルイズは、杖を前に構えながら毅然として言うのだった。

「終わりにしましょうワルド。かつての憧れの人。久遠に消えた、わたしの婚約者……」

 

 

 

「さて、と」

 森の中、ジュリオは静かに様子を見守っていた。

 アズーロはもう動かせない。幸い死んではいなかったが、巨木に頭を打って気絶してしまったのだ。

 自分は激突する前に、ブレスレットに嵌めてあった風石の力で宙に浮き脱出できたが……ルイズと離れ離れになってしまった。

 とりあえず、森の中に落ちたのは行幸でもあった。自身の姿を隠せるし、なにより生物の宝庫。『ヴィンダールヴ』で操り私兵として使うことができる。

 

「ちょいとごめんよ」

 そう言いながら、ジュリオは洞窟の中に眠っていた、冬眠中の熊に右手を翳す。手の甲が光り輝くと、熊はすっと起き上がり何も言わずにいそいそと走り出した。

 

(現状、こうやってミスの援護をするしかないか)

 とりあえずルイズだけでも見つけねば。そう思って五感に優れる動物を優先的に洗脳し、探索に当たらせた。

 

 やがて熊の咆哮が聞こえる。どうやら戦闘を起こしているようだ。

(先に、奴の方から始末するか)

 道中、使えそうな『仲間』を引き込みながら、ジュリオは駆けた。

 

 

 やがて、熊を打ち倒しルイズと対峙する場面に、ジュリオは遭遇する。

 彼女を助けてあげたいが、ここで姿をさらすのは戦術的に良くないと判断したジュリオは、隠れて手駒を次々繰り出した。

 鷹、蜂、蛇、狼の群れ。しかし風を極めしかの『閃光』では、どれも有効打に欠けてしまう。

 やがて、奴は『偏在』を五体召喚し、四方へ散らせた。自分を探すつもりだろう。

 とりあえず、厄介な『偏在』を使わせた。それだけでもアドバンテージとせねばならない。

(頑張ってくれよ。ミス・ヴァリエール)

 ここで躓くようであれば……所詮この後に起こる『大厄災』にはついてはいけないことだろう。

 見捨てるつもりはないが、騎士となって鍛えている今の彼女の実力を信じながら、ジュリオは再び、姿を隠した。

 

 

 

「見つけたぞ!!」

『偏在』ワルドは叫んだ。ジュリオのいた場所をみつけ、そこから何処へ逃げたかおおよそであるがつかんだのだ。

「どうした!? 逃げてばかりか!? ルイズよりも臆病者だなお前は!!」

 

 わざと大声で怒鳴りながら、ワルドは挑発する。大股で歩き、意識を引き付ける役目を、この一体に背負わせたのだ。

 

「お前ロマリアの神官だろう!? そしておそらくは右手に『始祖の力』を有している! それがこのザマでは、お前を使い魔にした主人も心底嘆いているだろうよ!!」

 ここからの言葉は本心でもあった。こうしてみてもやはり、怖さが奴からは感じられない。

 一目で分からせてくるような、あの気迫と剣気……それに誰よりも触れ合ってきたからこそ、この『ヴィンダールヴ』は心底大したことないと、分かっているのだ。

 恐らく、ルイズもそれは何と無しに分かっているのだろうとは、ワルドも察していた。もし信頼しているのであれば、何よりもまず合流を目指すだろうに。

 それをしないあたり、信頼のなさが伺えるというもの。

 

 

「貴様など所詮、異国より現れし本物の強者の、足元処か影すら及ばぬわ―――」

 

 

 刹那、挑発していた偏在は翻った。

 かの閃光に向かって襲ってくるのは……トロル鬼だった。

 魔物の類も操れるか。ワルドは逡巡する。竜も操れるのだから、まあそこは察するべきところだろう。

 こん棒を振り上げるトロル鬼を、ワルドは『ブレイド』ですっぱりと切り捨てる。

 顎から脳天にかけて一文字に斬られた魔物は、血を宙にまき散らしながらあっさりと倒れていく―――。

 その隙を、ジュリオは狙った。

 

「―――むっ!!」

 ジュリオは銃を此方に向け発砲。ワルドは身を翻して素早くかわした。

『ブレイド』で接近して斬りかかる。ジュリオは口笛を吹いた。

 すると周囲の茂みから一斉に、ゴブリンの群れが襲い掛かった。

 

「チィッ!!」

 仕方なしに杖の切っ先を小鬼の群れに向ける。苦戦はしなかったが……相手が小型の上、十数の群れで襲い掛かってきたので、一瞬戸惑った。

 ジュリオは再び両腕で銃を構える。背を見せた、撃てると思ったのだろう。

 

「馬鹿め!! 隙ありだ!!」

 そんなジュリオの上空から、別の偏在ワルドが斬りかかってきた。

 しかしジュリオもすぐに反応する。構えを解いて前転する。それを追いかけようとワルドは迫るも……、その途中、ジュリオは何かを落とした。

 それを見てワルドはぎょっとした。丸くて黒い物体。その中に薄っすらとだが火薬の匂いが漂ってくるのが分かる。

 

「爆弾か―――!」

 爆音と共に強烈な閃光が飛んだ。どうやら閃光弾だったようだ。

「ぐおっ―――!!」

 『偏在』はひるんだ。その隙を狙って弾丸が脳天に直撃する。一体のワルドが風とともに消えた。

 

「貴様っ!!」

 ゴブリンの群れを片付けた偏在が、撃ち終わったジュリオに向かった。

 更に隠れていた『偏在』がもう一体、計二体がジュリオに襲い掛かった。

 

「まだまだ!!」

 ジュリオは懐から丸い物体を取り出した。人差し指と中指で導線を挟み、素早く動かすことで着火する。

 二本の指には、着火用の摩擦紐を巻き付けているのだった。

 

「喰らえ!!」

 それを投げつける。ワルドは笑った。そんなもの、風の魔法で丁重に送り返してやろうと杖を動かそうとした時……。その寸前で爆発した。

「うおっ!」

 ワルドは再びひるんだ。ジュリオは快哉の声を上げる。

 

「油断したね!」

 先ほどの爆撃、導線の長さを調節することでワルドの懐に来る前に爆発させたのだ。

 相手は見事に油断した。ジュリオはニヤリと笑う。

 

「どうだい! 格下にいいようにやられる気分は!!」

 ジュリオが先ほどから使っている爆弾。それは『場違いな工芸品』由来のモノだ。

 このハルケギニアの流通しているものより上質の火薬を、精密に詰め込んでいる。間違いなく聖地の奥……剣心達が来た世界の技術によるものだ。

 

 この炸裂弾、製作者は誰か分からないが、『向こう』ではさぞ高名な人間なのだろう。とにかく、こんな高性能な武器や爆薬、使わない手はない。

 どうせ剣心達は見向きもしないのを理解しているからこそ、存分に利用してやろうとジュリオは思っていた。

 

 回転式拳銃を構える。発砲。

「―――ぐわっ!!」

 ひるんでいた偏在の一体が心臓を貫かれ、消滅。ジュリオは撃鉄を片手で弾き、素早くもう一体のワルドに撃つ。こちらも消滅。

 

(いける! ぼくだって少しは―――)

 ここまで上手く事を運べたことで、ジュリオの心は一瞬、浮ついた。

 

「貴様ああああああああああああ!!!」

 再び、偏在が激昂の瞳をもって斬りかかりに来る。完全に頭に血が上っているのが、目に見えて分かっていた。

(奴の残り偏在数は、これで……二体だな)

 どうせ最後の一体も、どこかに隠れて様子を見ているのだろう。恐らく背後か上空と見た。

 拳銃の弾倉は残り二発。だがこちらはまだ一個、炸裂弾がある。死角からの奇襲も、『ヴィンダールヴ』の動物たちで対応できる。

 万全の布陣、負ける要素はない。何せ相手は理性を失っているのだ。

 

(悪いけど、勝たせてもらうよ―――!!)

 

 その時だった。

「ぐぉっ!!!」

 接近してきたワルドの表情が苦悶に歪んだ。ジュリオは一瞬、呆気にとられる。

 

(何だ―――!?)

 しかし、偏在は一気にこちらへ詰め寄せてくる。しまった!! ジュリオは対応しようと動くも、間に合わない。

 

「があっ!!」

 偏在の腹から伸びた杖の切っ先が、ジュリオの腹に食い込んだ。

 ジュリオはとっさの動きで、背後に思い切り転がることでそれ以上の致命傷を避ける。

 

「なっ…まさか…!!」

「そのまさかさ。まんまと乗せられたな」

 

 その言葉と共に、偏在が消えた。更にその背後から……恐らく最後になる偏在ワルドが現れる。

 奴は……偏在を盾にし、その背中から杖を打ち貫き、接近してきたのだ。

 

「ジンエの奴がよくやっていた手法だ。肉壁を盾に接近し油断を誘う。同じ相手に二度三度通用する手ではないが……貴様のような愚物なら、一度通じれば十分」

 

 ワルドはふっと笑った。激昂して突撃するのも、此方の油断を誘う演技だったのだと、ジュリオはこの時悟った。

 

「もう一度言おう。貴様など、異国より現れし強者達の――」

「チィっ!!」

 

 ジュリオは銃を構えるが、ワルドは蹴りを素早く繰り出す。

 顔を蹴られ、ジュリオは吹っ飛ぶ。

 

「――足元どころか、その影すら踏めておらぬわ」

 

 嘲笑うかのように、ワルドは眼下で蹲っているロマリアの神官に、そう告げた。

 ジュリオは蹲ったまま動かない。ワルドは最後の止めとばかりに、杖を振り上げ魔力を溜める。『ライトニング』だ。

 

 

「さらばだ。身の丈に合わぬ力を受けただけの、凡愚よ」

 

 

 その瞬間、ジュリオは懐から取り出す。

 無駄だ、もう杖を振り下ろす。こちらの方が速い―――。

 

「ぐおっ―――!!」

 その瞬間、視界が真っ暗になった。鷹が一匹、爪をけしかけ頭上から襲ってきたのだ。

 ワルドは舌打ちした。これで次の攻撃は向こうの方が速く行える。しかしワルドももう、何度も同じ手に引っ掛からない。

 鷹を切り捨て、素早く地を蹴り後ろへ跳躍する。その瞬間、先程までいたところが爆撃で包まれた。

 

(己の身を犠牲に!? いや、そんな殊勝な奴ではないか……)

 

 マントで口元を追い隠し、飛び散った火薬をやり過ごしながら、ワルドは冷静に思案する。

 炸裂時の爆破の威力が、思ったより弱い。どうやらこれを利用し逃げ出す算段なのだろう。

 事実、立ち上った煙の後にジュリオはいない。

 かといって、消し炭になった死体の一部も見つからない。

 地面には人一人を引きずった跡がある。おそらくあの爆撃の後、動物を使い自分を引っ張らせるよう操作したのだろう。

 

 なんだかんだ言って、奴は偏在を四体も葬っている。そこいらのメイジよりかは厄介だと、認識は改めていた。

 しかし―――。

 

「もう抵抗する手段はそんなに残ってないと見た。所詮、道具や手駒が無ければ……奴は何もできんだろう」

 

 とはいえ、油断は禁物。確実に狩る。

 ワルドはゆっくりと、ジュリオの後を追った。

 

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