るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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遅くなりました……。


第百九幕『エルフ襲来』

 

 降臨祭最終日、午後八時半頃―――。

 剣心がまだ、『ヨルムンガンド』と闘っている、その一方。

 

「うぅ、ん……」

 まどろみの中、ティファニアは目が覚めた。

 

「あ、起きたね」

 その声の主はフーケだった。

 

「あれ、ここは……?」

 ここでティファニアは、自分はフーケの背にもたれかかっていることを知る。

 馬上であるため、落ちないようにフーケと自分は紐で固定されているようだった。

 

「ごめんよ。でも事態は一刻を争うからね…」

「そうだ、子供たちは……」

「大丈夫だよ。今はサウスゴータへ向かっている」

 

 ここでフーケは、ウエストウッドの森で起こった事の仔細を伝える。

 それを聞いたティファニアは、そう言えばかの剣士がいないことに気付いた。

 

「あの人は?」

「ああ、彼は……」

 

 フーケが二の句を紡ごうとした刹那……、

 ドズゥン!! というけたたましい衝撃音が響いた。

 

 そしてフーケたちが音の発生源の方。闘技場方面に目をむけると……月明かりの中何かが宙に浮いているような光景が飛び込んで来た。

 もしやあの『ヨルムンガンド』であろうか…。まさか…と思いつつ、今度は落下音が地鳴りのごとく襲い掛かる。

 馬が一瞬、慌てて前足を上げてしまったので、フーケも「どうどう」と諫めた。

「…うん、問題ないわね。あの様子だと」

 震え声で、フーケは何度も首を縦に振った。

 

 

 

 

 

第百四幕『エルフ襲来』

 

 

 

 

 

「ねえ見た!? ミス・サウスゴータ!! あれあれ!!」

 フーケの後ろから、興奮冷めやらぬ声が届く。別の馬に乗ったギーシュもまた、巨大な剣士人形が宙を舞う異常光景を目撃したようだった。

 行きは二頭あった馬のうち、一頭は剣心用にと置いてきた。残りの一頭はフーケが使っているのだが、三人乗りするとティファニアにセクハラかましそうだと判断し、ダータルネスを出る際、ギーシュ用の馬を調達していたのである。

 なので今、彼はフーケとは別の馬の乗って彼女達を追いかけていた。

 

「全く、同じ人間とは思えないよミスタは……」

 フーケもまた、呆れたようにため息を零す。あんな二十メイルもある化け物人形を、たった一人で葬ったのだろうと思うと、心底そう感じずにはいられなかった。

 恐らく、志々雄を倒せるとしたら間違いなく彼しかいない。確信めいた予感がフーケにはあった。

 

「ねえマチルダ姉さん。あの人は一体何なの? 姉さんの知り合いっていうのは分かったけど……」

 

 背中に張り付いているティファニアが、疑問を浮かべたような感じでそう言ってくる。

 実際、彼女からすれば聞きたいことは山ほどあるのだろう。

 

「まあいろいろあってね。でも恐ろしく強いし、優しくて頼りになる。今後の安全は間違いなく彼が保証してくれるさ」

「…わたし、これからどうなるの?」

 

 不安げな声色。

 無理もないな……とフーケは思った。いきなり攫われ、長時間もあんなところで縛り付けられていたのだ。普通なら発狂してもおかしくはないだろう。

 しかも攫った相手が剣心そっくりの人形と来ている。誤解は解けただろうが、心の底では不安は付き纏うことだろう。

 だから、努めて安心させるような声色で、フーケは優しく彼女の髪を撫でた。

 

「何も心配しなくていいよ。ただ……もうあの村で暮らすのは難しいかもしれない。敵があんたの魔法を狙っているの。だからあの人のいる国(トリステイン)へ、亡命してほしいのよ」

「どうして? 何でわたしの魔法なんか……?」

「詳しくは後で。とにかく…まずはサウスゴータへ行かなくちゃね」

 

 今は一刻を争う。

 とにかく、簡潔な説明だけしてフーケは馬を走らせていた。

 

「あともう一つ、あんたって、『サモン・サーヴァント』はまだやってないわよね?」

「え? うん。なんか悪いかなって思ってて…」

 

 昔、まだ学院で働いていた時……ティファニアに『召喚術』と『契約術』のことは話したことがあった。そのやり方も。

 その時も、彼女は「わたしなんかに呼ばれたって、迷惑がかかるだけだわ。その子にも暮らしがあるんだし」と、やんわりと断っていたことを思い出す。

 するとフーケは、ティファニアの顔を間近で見つめながらこう言った。

「迷惑なんて思うんじゃないよ。こっちだって必死なんだ。もし、本当に何もかも駄目だと思ったら、あんたも迷わず召喚しな。口語は覚えているわよね?」

「えっ!? う、うん。まあ……」

 フーケの迫力に、若干気後れしてしまうティファニア。

 実際、彼女がこう言うのには理由がある。

 

 

 それはウエストウッドに向かう際の道中。

 

『ねえミスタ、本当にあの子…テファは、虚無の担い手だと思うのかい?』

『まあ、実物を見ないと何とも…でござるが、話を聞いてみても恐らくは』

 

 馬に乗りながら、剣心とそんな風に会話をしていた時だった。

 

『で、あんたはミス・ヴァリエールによって召喚されたと、そこまでは良いのよね?』

『合っているでござるよ』

 

 虚無の担い手の一人が、ルイズであることは既に知っている。志々雄も虚無の担い手ことジョゼフに召喚されたことも。

 で、あるならば……。

 

『あの子がもし召喚術を唱えたら、あんたぐらいに強い奴が、あの子の護衛についてくれるってことなのかい?』

 

 当然、そういった話に行きつくのは自然の流れであった。

 それに対し、剣心は首をひねる。

 

『拙者のいた世界の人間が呼ばれるとして、果たして誰が来るかにもよるでござるが……』

 しばし考えながら、剣心は続ける。

『左之、蒼紫、弥彦、斎藤辺りが来てくれるなら、拙者の名を出せば協力してくれるでござるよ』

 

 闘いの中で得た、頼れる『仲間』の顔の面々を思い出しながら、言った。

 

『そうかい、なら精々、あんたの知り合いが呼ばれることを祈るとしようかね……』

 今回は剣心の力を何とか借りられたが、彼はルイズの使い魔でもある。四六時中ティファニアを見ることなど不可能だろう。

 そう考えるのならば、彼女には自分の身を守ってもらえる強力な助っ人がどうしても必須。

 とりあえず、テファに会ったら『サモン・サーヴァント』は絶対にするように話そう。そう意を決して、フーケは馬を走らせた。

 

 

 再び、場面は現在へと戻る。

 

「ねえ、あれなんだい?」

 後ろで馬を走らせていたギーシュが、夜道で蠢く影を見て尋ねた。

 

「あれは……」

 確認したフーケは舌打ちした。どうやら傭兵の一団であるようだ。

 向こうもどうやら此方の存在を確認したらしく、向かってくる。

 

「止まれ! 貴様ら何者だ!!」

 馬に乗った、リーダーと思しき男が叫んだ。

 フーケたちは仕方なしに馬をとめる。

 

「我々はガリアの義勇兵である! その身なり……怪しい奴らめ。名を名乗れ!!」

 義勇兵? バカな冗談だ。

 フーケは思った。どいつもこいつも顔を赤らめているじゃないか。

 大方やることもなく適当に飲んでいただけの遊兵であろう。その証拠に、先程から自分やテファの肢体を舐めまわすように見つめている。

 こんな真夜中で美女が二人いることに、興味を持って止めたようであった。

 

「わたし共はガリア国に勝利を願って、始祖巡礼の旅をしている者です。どうかご容赦いただけますか?」

「始祖巡礼!? ハッ、馬鹿も休み休み言え! 大方祈祷ではなく色を売って歩いているのであろう? どうだ、我々の誘いに乗る気はないか!?」

 

 下卑た眼と声で、男共はそう言ってきている。面倒な奴らにつかまったという雰囲気で、フーケは髪を掻き上げた。

「おっ、やるかい? やるかい?」

 先ほどから蚊帳の外にされていたギーシュが、好戦的な笑みを浮かべてデルフに手をかけた。見たところ相手にメイジはないようだ。だから強気に出れるというのもあった。

 

「バカ言うんじゃないよ。こんなところでドンパチしたら他の奴らに見つかるかもしれないじゃないのさ」

 なので仕方なしといった感じで、後ろのティファニアに目線を送った。

「テファ、いいかい?」

「うん。わかった」

 フーケは杖をティファニアに渡す。受け取ったティファニアは、静としてルーンを唱え始めた。

 

 ナウシド・イサ・エイワーズ……。

 

「なっ!? 貴様等メイジか!!」

 魔法使いだと分かった彼らは、血相を変えて弓や剣を構える。

 

 ハガラズ・ユル・ベオグ……。

 

 その間にもティファニアの口語は続く。

 焦った兵の一人が弓矢をはなった。フーケも杖を振り、二メイル程の土人形を複数体作り出し、飛んできた矢を受け止めさせる。

 

 ニード・イス・アルジーズ……。

 

「まあ待ってなって。別に痛い目に遭うわけじゃないさ。ただ……」

「ただ…なんだ!?」

 土くれの人形に翻弄されながら、兵は怒鳴り声を上げる。

 フーケはニヤッと笑みを浮かべながら言った。

「忘れてもらうだけさ。わたしたちに会ったって記憶をね」

 

  ベル カナ・マン・ラグー……。

 

 そこまで言った時、ティファニアは目を開け、杖を振った。

 

「―――『忘却』!!」

 

 刹那、かげろうのように、空気がそよいだ。

 男たちを包む空気が歪む。

 

「はあっ……?」

 霧が晴れ、空気の歪みが元に戻った時…、兵たちは呆けたように、夜空を見上げていた。

「あれ? 俺たち何をしてたんだ?」

「ここどこ? なんでこんなところにいるんだ?」

 混乱する兵たちに対し、ティファニアが、落ち着き払った声で答える。

「あなた達は、偵察して夜道に迷ったのよ」

「そ、そうか?」

「港ならあっち。そのまま真っすぐ進めばダータルネスに着くわ」

「あ、ありがとうよ…」

 

 兵共はふらふらと、頼りなげな足取りで去っていく。

 呆然として、ギーシュはその背中を見つめた。

 

「えっ、あれってもしかして……」

「そう、彼女の魔法。『忘却』さ」

 ギーシュはあんぐりとする。サウスゴータで聞いてはいたが、まさかこれほどのものとは……。

 四大系統とは全く当てはまらない未知の力。

 

(あれ? ってえことは、もしかしてルイズも……?)

 

 いくら能天気で物事を深く考えないギーシュも、ルイズの能力も同じ系統なのではないかと考え始める。

(でも、彼女は『ゼロ機関』の一員で、それによる魔法実験って言ったし、あれえ?)

「ほら、何あんたまでボーっとしてんのさ。また面倒な奴が来ないうちに行くよ」

 一人悶々と考えるギーシュに向かって、フーケは再び馬を走らせようとした時だ。

 

 

「その力、やはり『悪魔』由来か」

 

 

「―――っ!!?」

 フーケはビグッと身体を跳ね上がらせた。そして見る。

 いつの間にか、目の前に一つの人影があった。まるで馬の進行を塞ぐように。

 顔はフードを被っていて分からない。だが、只者ではない。それだけは否応なしに理解できる。

 

「なっ―――!!?」

 フーケは杖を振ろうとした。対する人影は手を目の前に翳す。

 すると、急に二頭の馬が暴れ出した。

 

「ちょ、いきなりどうしたんだい!?」

 訳も分からず叫ぶギーシュ。しかし制御を完全に失った馬はギーシュ、フーケ、ティファニアの三人を振り落とす。

「うわああっ!!」

「きゃああっ!!!?」

 落馬する三人。固定していた紐が解かれ、フーケとティファニアは散り散りに分かれる。

 

「ったああ……何だねきみは一体!?」

 素早く起き上がりながら、ギーシュは問う。その疑問に答えるかのように、人物はフードを上げた。

 その顔を見た瞬間、ギーシュとフーケは驚愕した。

 

「きみは、あの時酒場にいた……」

 そう、会っている。酒の席で婚約者に完全に手を焼いていた、金髪の美男子。

 それがここにきているのにも驚いたが、なにより彼の両耳を見て驚ていたのであった。

「お前は……、そうか、こんなところで会うとはな。…蛮人の世界では、こういう時でも『久しぶり』と言うのか?」

 フードの人物の正体。それはアリィーであった。彼はエルフであったという事を、この時初めてギーシュは悟った。

 

 

「くっ……!」

 ギーシュはデルフを構える。杖ではなく、剣の方に自信があるという認識が、無意識にそうさせていた。

 しかし腕は震えている。デルフもまた、アリィーの姿を見るなり困ったように唾を鳴らした。

 

「オイオイ、吸血鬼の次はエルフかよ……。流石の坊主も、分が悪いどころの話じゃねえなこりゃあ」

「言ってる場合じゃないだろ? 何とかならないかい?」

「何とかって、それこそ相棒を頼るしか……てか相棒何処に行った?」

「だから彼は今いないんだって!!」

 ギーシュが悲痛な声を上げた。エルフの恐ろしさは、授業でさんざん教えられてきた。

 

 曰く、ガリア・トリステイン連合七千とエルフ軍二千…五百だったか? どちらにせよ、戦ったら此方が惨敗したと。

 曰く、十人で小国を滅ぼしたことがあると。

 曰く、捕えた人間を食べる凶暴性を持っていると。女子供にまで容赦がないとか。

 そしてかつての先祖が軍を編成し、聖地回復に向かった時も散々に負けて逃げかえってきたと。

 

 

『ハルケギニア中の貴族を敵に回しても、エルフにだけは敵に回すな』

 

 

 それが代々伝えられてきた教え。

 エルフの強さ、凄まじさを表す格言であった。

 ギーシュはアリィーを凝視するが…何度見てもその尖った耳は幻覚ではないことが分かる。

 普通なら、もうここで逃げ出したい。というか多分、脇目も振らず逃げ出していただろう。

 でも、ギーシュの中にある『本当に恐ろしいものの優先順位』が、未だ剣心から動かないのもあって、奇跡的にこうして向かい合うことができていた。

 

「なんで……きみが? だって、あの時ぼくを助けてくれたはずじゃないか……」

 しどろもどろながらにギーシュは尋ねる。確かにそうだ。彼は酔っていた自分を薬で助けてくれた。あれがなければ、ルイズを助けに行くことはできなかった。

 

「別に助けたわけでは無い。観察したかったからだ。我々にとっては『悪魔』のような力、お前たちが、『虚無』と呼び崇めるその力を」

 

 対するアリィーは淡々とそう答える。まるで昆虫に話しかけているかのような冷たさであった。

「ぼくたちに……一体何の用だ?」

 手先が震えるのを自覚しながら、それでも勇気を振り絞って尋ねる。

「別に、お前には用はない。用があるのは後ろのその娘」

 アリィーはゆっくりと、転んで倒れているティファニアを指さした。

「彼女を渡せ。そうしたら大人しく帰ってやる」

 慇懃無礼な態度で、アリィーは言い放った。

 

 

 アリィーはルクシャナと別れた際、まずウエストウッドの村へ真っ先に向かった。

 野生の風竜を捕まえ、操り、村へ辿り着いた時は、すでに別の人形部隊が、虚無の担い手と思しき少女を攫う瞬間であった。

 隠れてその一部始終を眺めていたアリィーは、攫い手があの剣心によく似た人形であること、そいつが、ガリアが占拠したダータルネス方面に向かったことまでは認識し、あえて見に回った。

 エルフの少女が『虚無』の力を得ていることとか、そもそもなぜここにエルフがいるのか……そんな疑問はあったが、今はどうでも良い。

 その後やってきた剣心達の闘いを、シェフィールドよりもさらに遠く、『結界』を用いながら観察し、彼らが動き出すとともに自身も行動。

 するとかの男……剣心は、ガリアの王……正確には、王が控える巨大な剣士人形と戦闘を開始したではないか。

 そこで別行動をとり始めたため、これを千載一遇の好機ととらえた。

 一応、本当に虚無かどうか確かめるため、遊兵を操り仕掛けてやったら、『忘却』なる力を使ってきた。まず間違いなく、悪魔の力によるものだという事を察知した。

 誘拐は手間がかかるが、ここで別の秘宝を盗るのほうが難しいと判断。なのでこうして襲撃をかけてきたというワケである。

 

 

「テファを、渡せですって!! 飲めるかいそんなコト!!」

 起き上がったフーケは激高した。エルフが何だ。知った事か。

 ここにきてまた、別の勢力が彼女を狙っている。それがフーケに怒りを、活力を与えていた。

「姉さん!」

「あんたは下がってな!!」

 フーケはすぐさま杖を振る。二十メイルの巨大なゴーレムが精製される。

「喰らえ!!」

 ゴーレムの巨腕が、エルフに向かっていく。

 ドズン!! と土埃が夜空を一瞬覆った。

 

「やったかい!?」

 ギーシュが期待を込めて叫ぶ。しかし―――。

「成程、土とはいえ、ここまでの巨人を操るか。蛮人も侮れんな」

 

 声は、土の巨人から響いた。

 フーケは顔をしかめた。そして声のする方へ見上げる。

 

「だが、無駄な抵抗だ」

 巨人の肩に、人影が一つ。勿論それはアリィーであった。

「こういう、何かを操る類の蛮人は、使い手を倒した方が速いと聞く」

 まるで実験をするかのような様子で、アリィーは跳んだ。そのまま、フーケの元に迫ってくる。

「くそっ!!」

 フーケはすぐさま、巨人を分解した。二十メイルあった土の怪物は、あっさりと砕け散り宙に土の塊が散布する。

 剣心みたいにすぐさま間合いを詰めてくる手合い用に開発した技…もとい、苦肉の策である。

 フーケは宙に舞った土の塊に杖を向けた。

 

「どいつもこいつも……わたしのゴーレムはアスレチックの玩具じゃないんだよ!!」

 

 心からの叫びを込めて、フーケは『土弾』を唱えた。

 次の瞬間、四方八方に飛び散った土は、まるで弾丸のようにアリィーに殺到した。

 ズガガガガ!! と、重い衝撃音が鳴り響く。しれっと『錬金』で土を鉄に変えていたのである。

 スクウェアに上がったからこそできる、魔法の練度であった。

 

「今度こそやったかい!!?」

 期待を込めるように、ギーシュは叫んだ。

 しかし―――。

 

「―――なっ!!」

 フーケは目を見張った。しこたま鉄の弾丸を叩きこまれたはずなのに、アリィーは無傷のままだった。

 

『風盾』。

 精霊の力による、見えない障壁が、弾丸を全て受け止めていたのである。

 アリィーはそのままフーケに蹴りを放つ。フーケはマントを翻して蹴りを防ぐ。

 刹那、爆発が起こった。まだフーケのマントの中には、爆弾が仕込まれていたのである。

 緊急脱出用にと火薬量は抑えめにしていたおかげで、軽い火傷で済んだが、それでもフーケは大きく吹っ飛ばされてしまった。

 対するアリィーは、同じく爆発を至近距離で喰らったにもかかわらず、『風盾』により依然無傷であった。

 

「マチルダ姉さん!!」

 ティファニアが慌ててフーケを助けようとするも、地面の草が蔓のように、縄のようになり、彼女をその場に縛り付けた。

「ぎゃっ……!」

「いいから大人しくしろ」

 淡々と、アリィーはティファニアに告げる。彼女は怯えたような目で、アリィーの両耳を見た。

 

 母以外で初めて見る、本物のエルフ。

 なのに、どうしてこんなにも淡白でいられるのであろうか。ティファニアは怖くなってしまった。

 

「何で? 何でこんなことをするの!? わたしたちが…あなたに何をしたの?」

「なにも、これは仕事だ。ぼくだって早く終わらせて帰りたい。それだけだ」

 それだけ告げると、アリィーは『睡眠』を唱える。彼女を眠らせ、連れ帰るつもりだった。

 

「あぁ……ぅっ……」

 ゆっくりと、意識は抜けていく。

 縛っている草木に身を預けながら、ティファニアは夢の世界に行った。

 その背後で。

 

「やぁああああああああああ!!」

 ギーシュが斬りかかってきた。勇気を振り絞り、突撃してきたのである。

 アリィーはそれを、見もせずに回避する。そしてカウンターで後ろ蹴りを放った。

 

「ぐぅ!!?」

 ギーシュは呻きながらも、何とかやり過ごした。

 

「……?」

 それを見たアリィーは一瞬、考える。

 先ほどから、蹴りの攻撃には『稲妻』の魔法をかけている。当たれば一瞬で意識を奪う攻撃だ。武器で防いでも鉄製である以上、通電は避けられない筈。

 

「大丈夫か坊主!!?」

「ああぁ…ケンシンの教えが何とか生きているって、実感しているよ…」

 

 カタカタとしゃべる剣を見て、あれか…と、アリィーは当たりを付けた。

 インテリジェンスソード。あれが自分の魔力を吸収したとみて、間違いないだろう。

 ただ、あの攻撃を防いだのは、彼の純粋な技量によるものだ。メイジは皆、詰められれば弱いと聞いていたが……例外も中にはいるようだ。

 

「やめろ蛮人、無駄な争いはしたくない」

「でも、ほうっておいたらきみは彼女を攫うんだろう!! それはいくらなんでも、見過ごせないよ!!」

 

 先祖の恨みとか宿命とか、そんなことは考えてはいなかった。

 

「彼女のような綺麗な……そして刺激ある花は、皆が楽しむべきものだ!! きみたちエルフだけに、独占させるわけにはいない!!」

 ただ、綺麗な女性のために。それが今のギーシュ・ド・グラモンを動かしていた。

 薔薇状の杖を振り、ワルキューレを生成すると、杖を口にくわえて再び斬りかかった。

 

 

 

「さて、どうしてやろうかね……」

 丁度その上空。

 ガリア王ジョゼフの使い魔、シェフィールドは憂いの表情を零していた。

 飛行型のガーゴイルの背に乗り、今夜零時に起こす『祭り』でどう動くかを、シミュレートしているのであった。

 ジョゼフからはただ、「暴れよ」としか言われていない。緻密に策を練る彼からすれば、あり得ない位の大雑把な指令。

 本当にこれはただの余興に過ぎないのだろう。ただ、彼はサウスゴータで遊びたいだけのようであった。

 

 その隣にいるのは、自分ではない。

 あの包帯男、志々雄真実なのだ。

 それを思うたび、シェフィールドは歯噛みした。

 

 奴が、ジョゼフが最初に『サモン・サーヴァント』で呼び出したことは無論、シェフィールドも知っている。

 奴との関係を誰何しても、ジョゼフは教えてくれなかった。ただ…自分との間には無い『特別な感情』があるというのは、何となくだが察していた。

 

(駄目よ駄目!! 余計なことは考えるな!)

 

 シェフィールドは首を振った。だから何だというのだ。

 今、虚無の担い手ことジョゼフさまの使い魔はこのわたし。『ミョズニルニトン』だ。

東方から流れ、ガリアに行きついた自分を拾ってくれた彼には、恩義以上の純情な感情が、渦巻いている。

 たとえ、彼からは『ただの駒』ぐらいにしか思われていなくても、それでも…。

 

(だからこそ、ジョゼフさまから与えられた任務は忠実に遂行する)

 

 愛しい思いをただただ込めて。

 ジョゼフの力になることがシェフィールドの全て。これだけは絶対に、譲れなかった。

 

 しかし……今の状態では、『異世界』より来たりし本物の連中に到底及ばないのは…先の闘技場で嫌というほど、思い知らされた。

『ミョズニルニトン』は、マジック・アイテムを自在に操ることに長けている。しかし逆を言えば、手持ちの道具がなくなってしまえば……一瞬にして無力な存在へとなり下がる。

 そしてシェフィールドには現状、この力と知識以外に頼れるものが全くないのだ。

 だから更なる手札を求めた。何かないか、何か―――と。

 その時だ。

 

「ん? 何かしら?」

 下で何か喧噪が聞こえる。

 眼下を見下ろす。夜でも鮮明に物を映す片眼鏡(モノクル)で、探った。

 そこであの虚無の担い手。エルフの少女らしき姿が見えた。

 それを見た瞬間、シェフィールドの中で邪な気持ちが沸き上がる。

 

(そうだわ、せっかくだしあの子にも『祭り』に参加していってもらいましょうかね)

 別にジョゼフから、ティファニアに関してどうこうしろというのは言われていない。

 だが、強力な手札を求めたシェフィールドは、彼女をここでうまく利用しサウスゴータで活用してやろうと考え始めていたのだ。

 

 そういった賢い立ち回りをジョゼフに見せれば、きっと彼も見直してくれるはず。

 闘技場でただただ無様を晒した思いから、この時のシェフィールドはただ名誉挽回、汚名返上を求めていたのだった。

「見ててくださいませ、ジョゼフさま」

 シェフィールドは懐にしまったスキルニルと、とっておきの切り札。『抜刀斎の血が付いた刃物』があるのを確認し、そして飛び降りた。

 

 

 

「――はっ!!」

 ギーシュは剣を振り上げた。

 しかしそれを、アリィーは余裕をもって回避する。

 再びカウンターで、雷撃を纏った拳を繰り出した。

 

「ぐぅ! ごぉ! がぁ!!」

 拳の乱打。三発は打ち込んだか。

 しかし、それらを全てギーシュはいなした。剣を器用に操り、剣の腹で受け止めたのだ。

 

(攻撃は鈍いのに、防御に対する反応は素早いな)

 

 次いで背後から襲ってくるワルキューレの剣閃を避けながら、アリィーは分析した。

 すれ違い様に回し蹴りを放つと、ガラゴロ……とあっけなく青銅の鎧が崩れていく。

 

「ッまだまだ!!」

 ギーシュは転がりながらも再び立ち上がった。

 アリィーは再び想起する。そういえばかの吸血鬼との闘いでも、こ奴は異様な粘りを見せていたな……と。

 まあ、続ければいずれは勝てるだろう。油断はしていないが、とくに脅威にも思ってなかった。

 

「やめろ蛮人。もうそろそろわかっただろう。ぼくには勝てないと」

「それでやめてしまえば、実際楽なんだろうけどね」

 

 ギーシュも分かっていた。やはり桁が違う。ただの徒手空拳なのにアニエス以上に押されている。

 向こうはまだ、虎の子の『先住魔法』すら使ってきていない。

 ただ、向こうはそれ故か慢心している。それが隙になるのではと、ギーシュは考えていた。

 

 剣心の教えを、愚直なまでに信じて剣を握る。

 彼みたいになりたくて、剣を振り始めてから……様々な試練が降りかかってきた。

 昨夜は吸血鬼、そして今はエルフ。どれもこれも、昔だったら怖くて逃げだしたであろうハルケギニア屈指の強力な亜人たちと、自分は今やり合っている。

 

 そういった自負が、今のギーシュを支えていたのだ。今、思いの外冷静でいられるのも、それが起因しているのだろう。

 ふと、それで気になったコトを無意識に尋ねた。

 

「そう言えばきみ。婚約者はどうしたんだい? 彼女もエルフなんだろう?」

「何故それを今聞く?」

 怪訝な顔を浮かべるアリィー。彼女を人質にでもするのだろうか?

 そんなことを考えている様子だった。

 

「いや、エルフにもあんなにきれいな人っているんだなって思うと……なんていうか、ちょっとうらやましく思ってね」

「………」

「ぼく、エルフってオーク鬼のように醜悪でドラゴンのように凶暴でゴブリンのようにずるがしこいってずっと教わってきたから……なんか、思ってたのと全然違うなあっって…何言ってるんだろうな、ぼく」

「本当だな。全く蛮人というのは、度し難いという感想しか出てこないぞ」

 

 こんなときにまで女性の話か。

 純粋にアリィーはあきれていた。

 

「残念ながら、こればっかりはどうもね……はは」

 ギーシュは笑いながらも、続ける。

「ただ、なんかあの時、親近感は沸いたんだよね。ああ、エルフたちも苦労はするんだって」

「慮ってくれるのなら、とっとと退散してくれないか?」

「それとこれとは話が別さ。まあ、やるだけやってやる」

 

 するとギーシュは真剣な表情で、再び剣を構えた。

 アリィーはため息をついた後、冷たい声で言った。

 

「そうか、なら死んでも恨むなよ。こっちも時間がないんだ」

 そう言って、腰から一本の曲刀を取り出した。彼の武器のようだ。

 ぴりりとした緊張感が、場を侵食していく。

 

(おい坊主、マジでやめとけ。本気になったエルフ相手に勝ち目なんてねえぞ)

(分かってる。とにかく昨夜のように……ケンシンが来るまで、粘ってみるさ)

 

 剣心なら絶対来てくれるはず。それまでティファニアを死守せねば…。

 そう思い、エルザのように時間稼ぎをしていたギーシュは…しゅんと迫ってくるアリィーを見やりながら、剣を構えようとして……。

 そこで、巨大な衝撃音がいきなり巻き起こった。

 

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