るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第百十幕『ティファニア争奪戦』

 

「……っなんだい!?」

 突如発生した、地面を揺るがすほどの轟音に、ギーシュは呆気にとられた。

 対面していたアリィーも同じ気持ちなのだろう。素早く飛びのき、轟音の正体を探る。

(何かが上空から落下してきた。ゴーレムかガーゴイルの類か?)

 蛮人世界では、労働力として魔法人形が比較的ポピュラーとは聞く。

 しかし、これほどの轟音を発するという事は、それなりに大きいなにかが此方へ来たという事。

 アリィーが真っ先に考えたのは援軍だった。ギーシュ達を助けに来た兵が来たのかと。

 そこまで思案した刹那、煙の中から数体の兵が、アリィーとギーシュに殺到してきた。

 

 

 

 

 

第百十幕『ティファニア争奪戦』

 

 

 

 

 

「うわわっ!! 何だ何だ何なんだ!!」

「来るぞ坊主!!」

 

 煙から突如現れた刺客に、ギーシュは大いに慌てた。

 兵はその手に持つ剣を、振り上げながら殺到する。

 

「上段からの縦斬りだ! かわせ!!」

 デルフの叫び声に対し、ギーシュは反応した。それができるだけの経験や反応が、培われていたからだ。

 ギーシュは身を翻していなし、続けざまに横薙ぎで切り裂く。真っ二つになった兵は元の、ただの小さい人形へと戻っていく。

 

「あれ…こいつってまさか…!」

「スキルニルだなこりゃあ。どうやら新たな敵さんのお出ましのようだ」

 

 スキルニルを操る勢力…それはもうガリアしかいない。

 どうやら追手が来たと思ったらしい。ギーシュもさすがに絶望した。

「ええええぇ!? ここにきて! ケンシン早く来てくれよおおおおおおおお!」

 ギーシュの叫び声が虚しく響き渡る。

 ちなみにこの時、剣心はルイズを助けに別方面へと赴いていた。なので彼の助けは期待できないのだが……当然、そのことを知る由もなかった。

 

(加勢が来たのかと思ったが、どうやらそういうわけではなさそうだな)

 

 ギーシュが兵と戦っているのを見て、彼への援軍ではないことを、アリィーはすぐに察した。

 ただ、こちらにも何体か魔法人形が襲ってきたので、此方の味方でもないと。

 すなわち第三勢力か。大方ガリアあたりだろうか。

 と、するなら目的は当然。

 

(彼女だろうな!)

 

 アリィーが上空に目をやると、エイのような空飛ぶ人形に乗る人影が、丁度ティファニアを攫う場面が映った。

「ふふっ、この子は頂いていくよ!」

 草の蔓で縛られ、眠らされたティファニアを抱えながら、人影は上空へと飛ぼうとしていた。

「この! ぐあっ!!」

 

 ギーシュもそれに気付いたが、周囲にいるスキルニルがそれをさせない。

 単騎の実力は其処まででもないが、数が多すぎるのである。

 

「まずいぞ! 囲まれる状況だけは避けろ!!」

 デルフが的確に指示するが、現状、自分のことでギーシュは精一杯なのであった。

 このままではティファニアが連れ去られる。そんな状況で動いたのはアリィーだった。

 

「悪いが、彼女はぼくが連れ帰る」

 風の精霊の力を借り、アリィーが跳躍する。しかし、人影…シェフィールドには一歩届かない。

 仕方ないとばかりに、アリィーは手に持つ曲刀を彼女目掛けて投げつけた。

 

「ふん! くだらないねえ!!」

 シェフィールドもまた、嘲笑の笑みを浮かべながら指を鳴らす。

 すると一メイルにも満たない小型の魔法人形(アルヴィー)が、飛んできた曲刀をはじき返した。

 

「いくらエルフといえど、『ミョズニトニルン』を受け継いだこのわたしには敵わないよ!!」

 そう叫んで高度をさらに上げさせる。実際、エルフ『如き』に苦戦していたら永遠に剣心達には敵わない。昏い自負がシェフィールドの中に芽生え始めていた。

 一方のアリィーは、優雅に地面に着地するも、依然冷静な表情のまま。

 

「そうか」

 それだけ告げると、アリィーもまた、指を鳴らす。

 すると、あらぬ方向へ飛んでいった曲刀が、軌道を変え再びシェフィールドに襲い掛かる。

「あぐっ!!?」

 シェフィールドは困惑した。

 弾いた剣が、死角から襲い掛かり肩を切り裂いたのだ。

 まるで剣自体が意思を持つかのように、流暢に動き回る。

 

『意思剣』。

 アリィーが得意とする『先住魔法』であった。

 

「ぼくは蛮人のように『手』で扱うのが得意じゃなくてね。どうやら……『彼ら』の意思に添わせた方が良さそうだ」

 アリィーは更に、懐から二、三本の曲刀を持ち、投げ上げると、それらもまた蝶の如く動き回る。

 

「好きにやりたまえ。きみ達のやりやすいように」

 そう言うと、曲刀は一斉にシェフィールドに襲い掛かった。

 流石のミョズニトニルンも、これには困惑した。

 これらの曲刀は、ただ直線的な動きをするわけじゃない。まるで手練れが操る戦士のように、自在に動き回るのだ。

 ある意味では、スキルニルと同じような感じであった。

 

「くそっ、『先住魔法』……!」

 シェフィールドは呻きながらやり過ごす。

東方(ロバ・アル・カリイエ)』はハルケギニアにとっても未知の領域。ただ、年がら年中エルフとやりあっているという噂だけはあった。

 それ自体は間違いではない。そこの神官の娘であったシェフィールドは、エルフに対抗する技を、知識を吸収し、磨いてきた。

 

 そのたびに辛酸をなめさせられてきた。

『精霊の行使』とエルフが呼ぶ技術。『先住魔法』。

 

「どうしてお前たち蛮人は、そのような無粋な呼び方しかできんのだ」

 

 個人の意志で『理』を変える系統魔法。それとは根本的に異なる、自然の力を借りる。『理』に沿う魔力の総称。

 長年、メイジがエルフに勝てない原因の一つとして、真っ先にやり玉に挙げられる能力であった。エルフは亜人の中で誰よりも、この『先住魔法』の利用に長けているのである。

 

「ぐっ!」

 曲刀が容赦なく襲い掛かる。シェフィールドはアルヴィーでやり過ごしていたが、捌き切れなくなったのか、そのうちの一本が、ティファニアを縛っていた蔓を斬った。

 それにより、自由になった彼女はそのまま落下していく。

「―――しまった!?」

 シェフィールドは慌てたが、そこからさらに数本の『意志剣』が襲い掛かる。その対応に追われてしまった。

 アリィーはすぐさま動き出し、ティファニアを風魔法で包もうとして…。

 

「ぬっ!?」

 足を蹴って跳躍。離脱した。

 遅れて、巨人の剛腕がその場に轟いた。

 

「もう起きたのか」

 アリィーは目線を変える。巨人を生み出した主は当然、土くれのフーケだった。

 

「テファは誰にも渡さないよ!!」

 顔に若干の火傷を残しながらも、未だその目は爛々と光っていた。

 ゴーレムはそのまま、叩きつけた剛腕を動かし、落ちてくるティファニアを包むようにキャッチした。

 逆にアリィー側には手の甲を見せることで、彼女への行く手を阻ませる。

 その隙を狙って、フーケはもう片方の巨腕を、エルフに向かって振り上げる。

 

「何だ、またそれか―――」

 ここで一瞬、アリィーも驚愕した。

 何と、振り上げた腕がもげて、そのまま襲ってきたのである。俗にいう『ロケットパンチ』である。

 

「風よ――――ぐぅおう!?」

 アリィーは慌てて『風盾』を正面に何層も展開した。しかし、『質量』には勝てなかった。

 

 傷こそあまり追わなかったものの、それでもアリィーは大きく吹き飛ばされてしまう。

「ハッ! どうだい!? 流石に効いたろう?」

 腕を『錬金』で分解し、それを『土弾』として放つ。初めての連携技だが意外なほど上手くいったと、フーケは思っていた。

(今のうちに彼女を――!!)

 かなり荒っぽいが仕方がない。同じく『ロケットパンチ』の要領で、ティファニアをこの場から逃がそうとした時であった。

 

「隙ありぃ!!」

 それを、上空からのガーゴイルが掠め取っていった。『意志剣』の動きが鈍ったため、ここでシェフィールドが動き出したのである。

 

「ああっ!! テファ!!!?」

 フーケはぎりと歯噛みした。まずい、今上空に飛ばれたら、『フライ』の速度じゃあいつには追い付けない。

 シェフィールドもそれは分かっているのだろう。遠隔操作しているガーゴイルに、素早く上昇を命じようとした時だった。

「―――なっ!?」

 ガーゴイルの前に、一体の青銅ゴーレムが現れた。『ワルキューレ』である。

 

「ぼくを忘れて貰っちゃ困るな!!」

 

 息も絶え絶えながらも、ギーシュはニヤッと笑っていった。彼の周りには、斬られた人形がそこここに散らばっている。

 デルフの助言ありではあったが、無事スキルニル軍団をやり過ごしたのである。

 再び周囲を自由に見られるようになったギーシュは、ティファニアを攫わせまいと『ワルキューレ』を数体展開した。

 そして数体を跳躍用の高台とし、最後の一体を思いっきりガーゴイルに向かって飛び掛からせたのである。

 

「グラモン流剣術! 見様見真似-龍鎚閃-!!」

 

 ギーシュの高らかな叫びと共に、戦乙女は縦一閃。ガーゴイルは真っ二つに砕け散った。

 泣き別れになった怪物はそのまま地面へと落下。ワルキューレはそのまま、落ちて行く金髪の姫君を優しくキャッチした。

 

 

「ふっ、き ま っ た !!」

 

 

 文句のつけようもない一連の流れに、ギーシュは薔薇杖を咥えてキザなポージングでしばし、余韻に浸っていた。

 それを見ていたデルフは一言。

 

「……てか『グラモン流剣術』って何よ?」

「今作ったんだ。子々孫々まで語り継がせる予定だよ」

 

 髪を掻き上げながら、自信満々にそう言うギーシュ。

 真っ先に反応したのは、シェフィールドだった。

 

「くそっ!! あんなクソガキ如きに!?」

 怒りで顔が真っ赤になっている彼女の、背後に、翻る影が一つ。

「見たところ、お前が一番厄介そうだ」

 冷徹な声が、上空から飛んできた。

 

 しまった! とシェフィールドは空を見上げる。そこには数本の『意思剣』を従えたアリィーが、蹴りの構えで此方に殺到してきたからだ。

 

「落ちろ」

 アリィーの電を纏った蹴りが、ミョズニトニルンの乗り物に、曲刀がそのまま彼女に向かっていった。

 

「ちぃ!!」

 瞬時の判断。シェフィールドは飛びのいた。遅れて、アリィーの蹴りが乗り物を粉々にした。

 機動力を奪われた。それに顔をしかめながらも、遅れてやってくる曲刀に対応しようとアルヴィーを動かそうとした時だった。

 曲刀が、急激にシェフィールドの元から去っていく。

 

「――え?」

 危機を感じたからだ。『ここにいては危ない』と。

 やがて、ミョズニトニルンの上空を、巨大な影が覆った。

 それは、隻腕になったゴーレムの剛腕だった。

 

「っつぶれろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 苛立ちの全てをぶつけるかのように、フーケはゴーレムを使い、彼女に殴りかかったのである。

 

「あああああああああああああああ!!」

 シェフィールドもまた、怒り苛立ち憎悪を混じらせた声で、発狂した。

 このままでは土くれの巨腕と地面で自身の身体は押しつぶされてしまうだろう。有象無象の人形では役にたたない状況。勿論、行先は、地獄……。

 

 それだけは嫌だ! こんなところで! 死ぬならジョゼフさまの隣で死にたい!!

 

 それがシェフィールドを動かした。

 もう、仕方がない。出来れば取っておきたかった『切り札』。それを使うしかない。

 ジョゼフが、志々雄から貰ったという『抜刀斎の血が付いた刃物』二本。一本はティファニアを攫う時に使った。なので最後の一本。

 それを取り出し、胸にしまってある『スキルニル』に向かって突き刺す――――。

 

 ドォオオン!!

 

「はっ、はあっ……」

 フーケは肩から息しながら、腕を振り下ろしたまま固まるゴーレムを見やった。

 間違いなく倒したはずだ。なのになんだろう、この、言いようのない悪寒は……。

 しかし、今のフーケはそれを詮索する余裕などなかった。

 

「く、あっ!」

 上空から飛来する『意志剣』。それがフーケに襲い掛かった。

 杖を再び動かそうとするも、もうフーケには『精神力』が尽きかけていた。

 仕方なく『ブレイド』で対応するも、まるで手練れの戦士のような動きで曲刀は動き回る。

 やがて、太腿や腰、腕に切り傷が出来上がり、徐々に彼女を赤く染めていく。

 

「くそっ、くそおおおお!!」

 操り手の主、アリィーは…埃こそ被っているものの、傷らしい傷は一切見当たらない。

 やはり……エルフは、自分達メイジのはるか先を行く力を持っている。それをまざまざと見せつけられたようであった。

「テファ! お願い、逃げて……っ!」

 祈るかのように、フーケはそう叫んだ。

 

 

「さて、色々あったが再び戻ったな」

 アリィーは再び、ギーシュと対面した。

 ギーシュも剣を構えるが……正直、息も絶え絶え。精神力も枯渇した。絶体絶命に近い状況だった。

 

「満身創痍だろう。なぜそんなにもあがく?」

 フーケの方も見やりながら、アリィーは尋ねた。

 彼女も、そして目の前の青年も、未だ闘志が消えてはいない。勝ち目など、万が一つもないだろうに。

 

「もう無駄な抵抗はやめろ。ここら一帯の草原と、ぼくは既に『契約』した。大人しく彼女を渡せば、お前たちだけは生かして帰すと、約束してやってもいいぞ」

 

 ワルキューレにお姫様抱っこされているティファニアを見やりながら、ギーシュにそう尋ねた。

 

「でも……やっぱり、渡せないなぁ……」

 へらへら笑ってそういうギーシュは、アリィーからすれば、非常に滑稽に見えた。

 勝つ気なんてないはずなのに、なぜそんなにも…?

 

「彼女と、お前はどのような関係がある?」

「ん~、何の関係もないよ。ただ、ミス・サウスゴータが助けたがってるのでついてきた。それだけさ」

「それでお前は命を捨てるのか」

 その問いに対し、ギーシュは震える手で、それでも力強く言った。

「それでぼくは命を賭けるんだ」

 

 

 この問答に、アリィーは強い既視感を覚えた。

(なんだっけ、この問答、どっかであったような?)

 ルクシャナが持ってきた本……。蛮人の『小説』? か何かだった気がする。名前は思い出せないが……、確かそんなやり取りが彼女の心を震わせたと、嬉々として語っていたのを思い出す。

 

 まあ、どうでもいいか。

 アリィーはため息をついた。まあ、殺さずとも今のギーシュの状態なら、『稲妻』の拳一発で倒れるだろう。後は彼女を攫って、それで終わりだ。

 腰を据え、最後の一撃を放とうとした、その瞬間だった。

 

 土くれの巨人が、バラバラに砕け散った。

 

「―――!!?」

 アリィーも、ギーシュも、フーケも驚いた。

 一番驚愕したのはフーケだろう。まだ自分は倒れていない。解除も命じていない。なのにバラバラにされた。

 シェフィールド、あいつなのか? 皆が、その場に注目する。……そして、驚愕する。

 

 ミョズニトニルンを守るかのように、緋色の影が一つ。直剣を傾け、此方を見据えていた。

 

 その姿を見た瞬間、ギーシュは一瞬、喜びの声を上げ、

「ケン……!!」

 彼の表情、持っている得物、状況を見て、『あれは本物ではない』とすぐさま悟り…、

「――シンっ!?」

 刹那、どうしようもない絶望に、本物の恐怖に、顔を大きくゆがませた。

 

 

「嘘だ、なあぁっ……嘘だといってくれよおおおおおおおおおおおお!!」

「もうだめだ坊主! 逃げろ! 本気で死ぬぞ!」

 

 

(あやつ、『悪魔』の使い魔か……)

 その様を見ていたアリィーもまた、気を引き締め直した。

 先ほどまで笑いながらヘラヘラしていたギーシュが、奴を見た瞬間、この表情。

 

(いや…だが、人形かあれは……?)

 だが、魔力の流れですぐさま推察する。どうやらあれはただの『人形』のようだ。なら、そこまで恐れることもないだろう。本当に警戒せねばならないのは、悪魔ブリミルに由来する『力』。いかな人形とはいえ、その力まで完璧に再現などできはしないだろう。

 

 そう、ここでアリィーは、剣心の力は全て『ガンダールヴ』によるものだという誤解を、ずっと抱えていたのである。ある意味、始祖の力を脅威に思うが故の勘違い。

 それが致命になるのに、もう、そんなに時間はかからなかった。

 

「はっ、ははは……はぁははははははは!!」

 次の瞬間、狂ったような叫び声が響き渡った。声の主は当然、シェフィールドだ。

「そうさ!! もっと泣け!! もっと喚け!! このミョズニトニルンをコケにした恨み、万倍にして返してやるからね!!」

 闘技場で見た圧倒的な力を知るからこそ、『完全に勝てる』という確信が、事実が、シェフィールドを笑い壊していた。

「さあ! 我が忠実なる『抜刀斎』よ! まずはそこのエルフを血祭りにあげろ!!」

 命を受けた抜刀斎の人形は、静とした瞳を、アリィーに向けた。

 

(―――――っ!?)

 

 人形と、目が合った。

 その瞬間、心臓が鷲掴みにされる、恐怖が駆け巡った。

 汗が流れる。身体が熱を持つ。鼓動の音がはっきりと聞こえる。

 何故、何故たかが人形に恐れを――――。

 

「あああぁぁああ! 来るぞ! 上だ!」

 

 ギーシュの叫び声に、アリィーははっと我に返る。

 人形は、目の前から消えていた。

 いや、上空から迫ってくる。恐ろしい速さで――――。

 

 

‐龍鎚閃‐

 

 

「ぐあっ!!」

 上空からの唐竹割を、アリィーはもろに貰った。

 ガァン!! と、頭を強かに打ち付けられ、大きくよろけてしまう。

『風盾』を重点的に張っていたおかげで、頭が真っ二つになる事態は避けられたものの…それはギーシュの叫びあってのことだ。彼の助言がなくば……死んでいたかもしれない。

 そしてそれでも、余りに強力な剣圧と衝撃に、血が飛んだ。視界が、真っ赤に染まっていく。

 

「あぐっ、ぐっ……!!」

 膝をつき、アリィーは改めて人形を見上げた。頭を叩かれたせいで、意識がもうろうとする。

 一方、此方を見る。抜刀斎のスキルニルは……非常に冷たい目をしていた。

 何者も写さない、塵を見るかのような表情。これから何を斬るのにも、何の頓着も示さないかのような目。

 

 なんだ、この、恐ろしさは。

 

 エルフでさえ、もう少し感情に起伏がある。そう思わずにはいられなかった。

 

 

「……意思剣よ!!」

 すぐさまアリィーは『先住魔法』を唱えた。フーケを襲わせていた曲刀を、この人形にぶつけたのだ。

 手練れの戦士が操るかのような動きと速さで、人形に迫っていく。

 しかし、人形は事も無げに回避する。身を反らす。首を下げる。足を上げる。それだけで曲刀の動きを的確にさばいていた。

 まるで一緒に踊るかのような様子で、人形は曲刀の乱舞を防いでいた。

 それを見たギーシュが、一瞬放心するくらいに―――。

 

(バカな、何だあの身のこなしは! 『悪魔の力』は……受けてない筈だろう!?)

 

 だが、アリィーとしてはたまったものではない。

 続けて『先住魔法』を、精霊の力を行使する。

 

「石に潜む精霊の力よ! 我は古き盟約に基づき命令する! 礫となりて我に仇なす敵を討て!!」

 

 刹那、地面に埋まっている石が、弾丸の如く人形に殺到する。

 曲刀に弾丸、流石に回避は……そう、アリィーが思った時だ。

 

「あっ、屈んだ!! あれって……」

「龍翔閃か!?」

 デルフが呻いた。刹那、再び人形の姿が消える。

 人形は錐もみ回転しながら、弾丸を、曲刀をかわし本体を叩こうとする。

 

-龍巻閃・旋-

 

「ぐぅおっ!!」

 アリィーは立ち上がり、攻撃を防いだ。『風盾』による防御。『反射』を使えないのがこれほど恐ろしいとは思わなかった。

 しかし人形はまるで、防がれることすら想定内と言わんばかりの様子で、腰の鞘に剣を納める。

 そしてアリィーの頭を蹴って跳躍。そこから放たれる、着地待たずの抜刀術。

「があっ!!」

 アリィーはこれまた、『風盾』で防いだ。エルフは須らく、幼少期より戦士としての訓練を受ける。その経験が何とか生きている格好であった。

(さすがに、もうこれ以上は――――)

 そんなことを考えていたため。気付くのが遅れる。

 人形が放った攻撃は、刃物ではなく、鞘と一緒だったという事に―――。

 

-双龍閃・雷-

 

「ごブッ……っ!!」

 刹那翻る剣閃に、アリィーは対応できなかった。

『風盾』の薄かった肩に、思い切り刃物がめり込んでいく。

 真っ赤な鮮血が、夜空に飛び散る。

(肩、やら……れ……)

 アリィーはそのまま転んでしまう。だがまだまだ、追撃は終わらない。

 身を翻した人形は、そのまま剣を下に突き立て、迫った。

 

-龍鎚閃・惨-

 

 それが、アリィーの太腿に深く突き刺さった。

「があああああああああああああああああああああああ!!」

 エルフの悲鳴が、夜空に響き渡る。人形は素早く剣を引き抜いた。

 遅れて、曲刀が接近してくるが、それを人形は見もせず払っていく。

 まるで蠅を相手にするかのように。剣と剣同士を衝突させ、壊していったのであった。

 宙を浮いていた曲刀は、一瞬で消えた。まるでいつでも処理できたかのような表情だけ残して……。

 

 

「っ……」

「やっぱ相棒……てか飛天御剣流、えっっっぐいわ……」

 デルフがカタカタ揺れて言った。

 あれほど恐怖の象徴だったエルフが、彼の手にかかれば一瞬で、血みどろの雑巾となっていく。しかも『ガンダールヴ』の力すらない只の人形で。

 しかもこの人形自体は、既に剣心は余裕をもって破壊している。それを見ているからこそ、改めて剣心の……飛天御剣流の末恐ろしさに、ギーシュは息を飲むのであった。

 

「あははははははははっははは! あーーーーーーーっはははははは!!」

 

 狂乱の叫び声が夜空に響き渡った。シェフィールドだ。

「無様だねえ! ねえエルフ! どうだい! 蛮人蛮人と侮っていた奴に、ここまでコケにされている気分はぁぁぁさぁああああああああああああああ!!」

 それはもう楽しそうに。シェフィールドは愉悦の笑みを浮かべていた。

 アリィーはただ歯を食いしばり、立ち上がろうとするも……もう、『治癒』の呪文を行使する暇すら、無かった。

 月光に映る影に、無情に剣を振り上げる人形の姿が、映っていたのだから…。

 

『死』。

 それが、本格的に見えていた。

 

(ここまで……なのか?)

 アリィーは無意識に、手を伸ばしていた。誰に、ティファニアか?

 いや、違う。

 婚約者に……だ。

(ルクシャナ……)

 すると途端に、死ぬのが恐くなった。

(いやだ、死にたくない……)

 これからなのに、やっと祝言を、上げられる段階にまでなったというのに…。

 ここまでなのか……。

「ルクシャ――――!」

 刹那、人形が喉元を狙った。避けられぬ『死』が、遂にアリィーの首筋を掴んだ。

 だが…。

 

「ああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 発狂するかのような声で、それを阻んだ者がいた。

 ギーシュであった。

 人形は予定調和の動きで、ギーシュの鈍い剣をやり過ごし、そのまま鞘で強かに腹を打ち付けた。

「ごぶっ……!」

 そのままギーシュは、アリィーの元に転がり込む。デルフリンガーは宙を浮き、地面に突き刺さった。

 

 

「馬鹿野郎、坊主……お前(モグラ)が相棒《ドラゴン》に勝てるわけないだろう…」

 

 

 デルフが呻くように、鍔を鳴らした。

 ギーシュは、息も絶え絶えに叫ぶ。

 

「わかってるよ、そんぐらいっ……!」

 誰よりも、剣心の恐ろしさは分かっている。ヴェストリの広場で、さんざん教えられたのだから。

 もう、今のギーシュには笑う余裕すらない。歯はガタガタ震え、涙をこぼしている。

 そんな彼を見て、アリィーは尋ねた。

 

「お前……何故、そこまで……」

「だって、きみ、婚約者がいるんだろ!!」

「っ?!」

 それを聞いて、アリィーは一瞬目を見張った。

「言ったろう! ぼくは、レディを悲しませるようなことはしたくないんだ! それが誰であれ!」

 それだけのために、命を賭けるのか。

 どくどくと血が流れる中、何故か冷静な視線で、ギーシュを見るアリィー。

「それで、一緒に死ぬのなら世話ないぞ……。お前にはいないのか、恋人というものが……?」

「いるさ! いる! モンモランシーって名前なんだ! ぼくだって死にたくない! 死にたくないよ!」

 今度は情けない命乞いときた。だが、不思議とアリィーは笑う気はなかった。

 これが、蛮人……いや、人間……なのか? 本当によく分からない生き物だ。

 だが、分からないからこそ、人間に興味を、持ち始める。

 しかし、それすら意味がないのかもしれない。なぜなら―――

 

 何一つ、状況は好転していないのだから。

 

 人形は無常に剣を振り上げる。殺す対象が一人から二人に変わっただけだ。本当に、それだけなのだ。

 

「さあっ、やっておしま……―――」

 シェフィールドが狂気の目を浮かべて叫ぼうとした瞬間、気付いた。

 

「なっ、あいつ!! あの子はどこ行った!!?」

 そう、いつの間にか、フーケとティファニアは姿を消していたのである。

 もう、機動力のある人形は『抜刀斎』以外に持ち合わせていない。

 今のシェフィールドは、あらゆる意味で『冷静』とは程遠い状態であった。

「抜刀斎!! さっさとあの子らを探しに行きな!!」

 そのため、ギーシュ達の始末を後回しにしてまで、抜刀斎人形にフーケたちの捜索を命じた。

 

 

 

 あれは、いつ頃だっただろうか?

 ティファニアはまどろみの中で、幼少期に起こった事を、思い出していた。

 

『悪魔を殺せ!!』

『エルフと王族の血など、忌み子以外の何物でないぞ!!』

 

 自分と母は、ずっと屋敷の中で暮らしていた。その特徴的な耳故に、外に出ることすら叶わなかった。

 でも、つらくはなかった。両親は優しかったし、母はいろんなことを教えてくれたし、父の屋敷には楽器や本がたくさんあった。だから……退屈はしなかった。

 だが…そんな慎ましい暮らしは、ある日を境に一瞬で消えた。

 

『何の抵抗もしません。わたしたちエルフは、争いを好みません。ですから―――』

 

 その声を最後に、母は殺された。

 降臨祭の始まる日。それは自分たちの幸せが奪われた日。

 自分も見つかった。殺されそうになった。

 クローゼットから引きずり出され、自分に向かって呪文を唱える騎士たちの形相は……思い出したくもないのに、今でもはっきりと覚えている。

 それを助けたのが、かの呪文。『忘却』だった。

 

『ここはもう危ない。大丈夫。わたしは味方だよ』

 

 当てもなくうろつく自分を、助けてくれたのは父の家臣の娘。マチルダだった。

 彼女は、それはもう、手厚く保護してくれた。彼女だって、生活や立場があっただろうに……それでも、自分のためにそれらの一切合切を捨てて、守ってくれた。

 

『しばらくはここに住みな。心配しなくていいよ。必要なものはわたしが揃えてあげるからね』

 

 そうして、今度はウエストウッドという村での暮らしが始まった。

 最初はつらかった。夜で一人ぼっちになる度、泣いてしまった。

 なぜこんな目に遭うのだろう? 自分や母が何をしたのだろう? そんなことばかり考えてしまう時もあった。

 けど、そういった傷は…マチルダと、時間が癒してくれた。

 

『ごめんよぉ。これでもう…四人か。そこそこ賑やかになってきたねえ』

 

 マチルダはたまに、行く当てのない孤児を拾ってはこの村に預けてきた。

 孤独な自分を悲しませないため…というのもあるのだろうが、何より彼女は、そういった身寄りのない子たちを見捨てられない性分のようだった。

 でも……いや、だからこそ、マチルダの事は全面的に信用していた。

 そうして、いつしかその暮らしも、苦痛が無いものになっていった。

 悲しくないと言えば嘘になるけど、周りも辛い思いをしているから、自分も頑張らなくちゃ……と、奮起するようになった。

 そんな、再び生まれた慎ましい暮らしは……。

 

『お前が、虚無の担い手か? まさかエルフとはね』

『我が王が、お前の力に興味を示している。拒否権はないよ。さあ来な』

 

 また、一瞬で奪われた。

 

 

 

「……あっ」

 ここで、ティファニアは目が覚めた。

 自分は今、抱きかかえられている。

 

「マチルダ姉さん……?」

「あぁ、やっと目が覚めたかい?」

 

 どうやら彼女に背負われていたようだ。ティファニアは、笑うマチルダに視線を映した。

「とにかく、あんただけでも逃がさなきゃ。……ミスタさえ来れば、何とかなるんだけど」

「あれ……あの子はどうしたの?」

 

 ティファニアはここで、ギーシュがいないことに気付く。自分の胸をいやらしい目で見てくるため、苦手意識はあるのだが、いないといないで気になってしまう。

 

「分かってる。わたしもアイツを助けに行きたいけど…今は一刻を争うんだ。とにかくあんたはすぐに逃げな」

「なんで!? マチルダ姉さん!!? 何でそこまでわたしを…」

 

 そこまで言った時、気付いた。

 マチルダは今、体中から血を流している。そんな様子なのに、自分を背負って、あろうことか走っているのであった。

 

「嘘! 待って! どうしたのその怪我!?」

「ドジっちゃっただけさ、はは……大丈夫大丈夫。人間にはたくさん血が流れているんだ。ちょっとぐらい零れたって……」

「そんな怪我じゃないじゃないの!!」

 ティファニアは暴れた。降りて『治療』しようと思ったからだ。しかし、マチルダは歯を食いしばってそれを押さえる。

「やめて! 降ろして!! 死んじゃうよ!!? ねえ姉さん!!」

「分かってるよ……でもあんたには、生きててほしいのさ……」

 

 息も絶え絶えに、マチルダは言った。

 実際、自分のやっていることは、無駄な抵抗なのかもしれない。

 

 

 

「抜刀斎! さっさとあの子らを探しに行きな!!」

 

 

 

 そんな声が背後で聞こえるくらいには、まだ『奴ら』との距離がある。

 だが、マチルダは後ろを振り返るようなことをしなかった。ただただ、前だけ向いて走った。

 精神力が枯渇した以上、もうこうやって逃げるしかない。原始的だが、最後まであがいてやると、マチルダは気合を入れていた。

 

「それより、あんた……」

「姉さん!!」

「サモン・サーヴァント、やりなよ……」

「何言ってるの!?」

 

 ティファニアは未だ困惑気味に叫んだ。しかし、マチルダは止まらない。

 

「そして、今度こそわたしの事なんか忘れて……召喚したそいつと幸せに暮らすんだ。なあ、あんたはいっぱい辛い思いをしてきたんだ。これから楽しく遊んで暮らしたって、罰は当たらないだろ……?」

 マチルダの声は、徐々に弱くなっていく。もう、体力が限界なようだった。

 どうやらマチルダはもう死ぬ気らしい。それを察したティファニアは、涙を流して叫ぶ。

 

「忘れられるわけないじゃない!! 姉さんのおかげで、今のわたしがあるのよ!!」

「『忘却』があるじゃないの、それでわたしの事なんかきれいさっぱり……」

「ふざけないで!! そんなこと、嘘でも言わないで!!」

 

 そんなやり取りの最中、二人に強烈な衝撃が走る。

「ぎゃっ!」

「ぎゃぅ……ぅ!」

 マチルダとティファニア、それぞれ離れ離れになる二人。

 彼女たちの逃避行を邪魔したのは、…抜刀斎の人形であった。

 

「ははっ……最後の最後まで、あんたが立ちふさがるのかい。ミスタ……」

 

 学院での宝騒動を思い出し、苦笑するマチルダ。

 人形と分かってながらも……ここまで因縁めいたものを感じずにはいられなかった。

「姉さん!!」

 慌てて駆け寄ろうとしたティファニアに、抜刀斎が立ちふさがる。再びティファニアは絶句した。

「まさか……また、あの人の人形……なの!?」

 攫われる前の記憶を思い出し、恐怖した。

 こいつは人形であるため、『忘却』が通じないのだ。それだけでティファニアは無力だった。

 人形は、ティファニアを気絶させようと、柄尻で叩こうとする。

 その前に、投げられた石を回避するため、距離を取った。

 

「……ティファニアを攫うのなら、まずわたしを殺してからにしな!!」

 マチルダは地面に転がっている石を、手あたり次第投げつけた。もう、これしか攻撃手段がないのである。

 抜刀斎人形は、何の感情も窺えない様子で、飛んでくる小石をかわしていた。

 

「いいじゃないの。見せしめだ。まずはそいつから殺してやりな」

 

 そう言ってきたのは、追いついてきたシェフィールドだった。これ以上ないほどのにやけた表情で、人形に……抜刀斎に命ずる。

 即座に命令を聞いた人形は、丁度飛んできた小石を鞘で打ち付け、はじき返した。

 

「ぎゃぁっ!?」

「姉さん!!?」

 

 撃ち返された小石は、マチルダの太腿に容赦なく食い込む。そのまま転がり、倒れてしまう。

 

「姉さん!!? 姉さん!! 嫌だ!!? 死んじゃヤダよぉ!?」

 涙を浮かべて、ひたすらに叫ぶティファニア。

 しかし……にこやかな笑みを浮かべて、マチルダは言った。

 

「幸せに、なりな……ねえ、テファ」

 

 ただ、こちらを案ずる声色。母のような優しい顔。

 しかし、無情にも抜刀斎人形は、彼女の首筋を掴み、刃を向ける。止めを刺す気のようだった。

 ティファニアは震えた。

 家族を亡くした自分にとって……かけがえのないもう一人の家族。

 それを、また、奪われる。失くしてしまう。

 そんなのはもう、嫌だ。

 

(助けて、誰か……)

 

 気づけばティファニアは杖を構えていた。震える声で、ルーンを、唱え始める。

 

「我が名はティファニア。五つの力を司るペンタゴン……」

 

 それは召喚の儀式。使い魔をこの地に召喚する、運命(さだめ)の魔法。

 聞いたシェフィールドは大いに慌てた。余裕ある顔が、一瞬で消える。

 

(まさか、いや、ありえない。そんなことはない)

 

 剣心に志々雄。

『あいつらと同格の連中』など、錚々いてたまるものか。

 だが、不安はぬぐえなかった。勿論、阻止させる。絶対に。

 

「人形!! その呪文は絶対――――」

 

 阻止せよ。そこまで言おうとした時―――突如シェフィールドに曲刀が飛び交った。

アリィーの『意志剣』が、飛んできたのである。

 

(あいつっ、まだくたばって……ああぁ何であの時殺らなかった!?)

 

 最後の嫌がらせとばかりに、三本の曲刀が襲い来る。

 回避に集中しているおかげで、指令が行き届かなかったのだろう。

 抜刀斎人形はそのまま、ティファニアではなく、マチルダを刺し殺そうとしていた。

 

「ちがっ、そっちじゃ……」

 しかし、上手く指令が出せない。アルヴィーを取り出し、生成するので時間を使ってしまった。

 その合間にも、ティファニアは力を振り絞り、後半の言葉を紡ぎ出した。

 

 

 

「我の運命に従いし『使い魔』を召喚せよ!」  

 

 

 

 呪文が完成した。

 目の前に、光る円形のゲートが現れた。

 シェフィールドは絶句して見る。ティファニアも、暫くその場で佇んだ。

 しかし、いくら待っても誰も来ない。来る気配もない。

 

 

 まさか……失敗した? 誰も、来てくれないの?

 

 

 見れば、シェフィールドは徐々に勝ち誇ったような顔をしていた。マチルダもまた、絶望を浮かべたような目をしている。

 抜刀斎人形は、そんなことをお構いなしに、剣を振り上げた。彼女の首筋を、一撃で刺し殺す腹積もりのようだった。

 

(嫌だ、助けて)

 心臓が早鳴りする。祈る。でも…誰も来ない。

 抜刀斎人形の目が見開く。マチルダも覚悟を決め、目を瞑った。

 ティファニアの涙ながらの絶叫だけが、虚しく響き渡った。

 

 

「誰か! 誰か助けてえええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 

 刹那、一陣の風が、ティファニアの金髪を優しくなでた。

 

 

「―――あっれ……?」

 一番最初に呻いたのは…シェフィールドだった。

『意思剣』をアルヴィーでやり過ごし、そして撃ち落としたため、此方を見る余裕ができていたのだ。

 精霊の行使力が弱まっている所為か、動きがぎこちないのが分かる。アルヴィーで十分対応できる理由でもあった。

 いや、そんなことよりもだ。

 目の前にいるのは剣を振り切ったまま固まる……ちょっと間抜けな様子を晒す抜刀斎の姿。

 

 そう、マチルダだけが、消えていたのである。

 

「―――えっ?」

 やがてティファニアも、それに気付く。

 マチルダは、何処に行ったのだ?

 そんな時だ。

 

 

 

 

 

「僕に助けを求めたのは、あなたですか?」

 

 

 

 

 

「……えっ、え?」

 礼儀正しい声に思わず、後ろを振り向いた。何故なら……声は背後からかかってきたのだ。

 ティファニアの目の前にあったゲートは、徐々に消えていく。

 二つの月が、彼女の背後に回った正体を明るく照らす。

 

「あ、え?」

 ティファニアは驚いた。そこにいたのは脇に抱えられたマチルダと……。

 あどけない笑みを浮かべて此方を見る、黒髪の青年の姿だった。

 

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