るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第百十一幕『瞬きの来訪者』

 

 日本時間、十三時ごろ。

 北海道、某峠茶屋―――。

 

「こんにちは――」

「やあ、いらっしゃい」

 

 青年はニコニコ顔を浮かべて、茶屋の扉を開ける。

 

「ここの名物って何です?」

「そりゃあ勿論、『はしかぷ餅』さね」

 店主の親父は、そう言って外にかかっている旗をさす。

 

『はしかぷ餅。毎月十五日、不老長寿の実入り』

 

 そんなことが書かれている。

 不老長寿云々はまあ、セールストークみたいなものだろう。

 青年はそんなことを考えながら、店主に向かって言った。

 

「じゃあ一個。あ、包む事ってできます?」

「まあ、できますよ」

「では二個。お願いします」

 財布の銭勘定をしながら、青年は椅子に座って、一息ついた。

 はたから見れば何でもない会話である。実際、店主もこの青年が、かつて内務卿、大久保利通を殺害し、日本を裏から恐怖に陥れた『言禁の首魁』の輩であったことに、気付くことはなかった。

 

 青年もまた、かつての人斬り抜刀斎のように、『答え』を探す旅に出ていた。

 

 激闘の末、抜刀斎。いや、流浪人の緋村剣心と戦い、自分の中にある『本当の正しさ』を求めて……首魁の元を去ったのである。

 現在は悠々自適に全国を旅しながら、その答えを探している。その道中、こうした甘味巡りも楽しんでいた。

 

「あいよ、出来たよ」

「ありがとうございます」

 そういって青年は、たれが乗った餅を一口。うん、美味しい。

 

「この峠まで来たかいがありましたよ」

「そう言ってくれると嬉しいねえ」

 

 包んでもらったのは正解だったな。後で小腹が空いたらまた食べよう。

 そして茶をすすって一服。青年はしばしの間、憩いの時間を楽しんでいた。

 

(美味しかったし、毎年こよっかなー)

 そんなことを考えながら、青年は勘定を払って再び歩き出す。

 当てはない。まあ気の向くままに彷徨うつもりだった。今までもそうだったし、これからもそうなると思っていた……――。

 そんな時だった。

 

 

 

「あれ?」

 青年の目の前に、いきなり巨大な鏡が現れた。

 余りに突飛な現象に、いつも浮かべていた笑みに、若干、困惑の色を覗かせる。

 

「なんだろうこれ?」

 正面から見つめたり、横に回ったり、背後に回ったりと色々探ってみる。

 しかし、見れば見る程『よく分からない』という答えしか出てこなかった。

 そもそも『鏡』と書いたが、別に自身の姿を映しているわけでは無い。波紋のように揺らいでよく分からないが……どうやら別風景を映しているようだった。

 

「うーん、ま、いいか」

 青年はすぐに気を取りなす。特に害意はなさそうだし、と。そのまま鏡を放置して再び歩き出そうとした時だ。

 

 

 

『誰か! 誰か助けてえええええええええええええええええええええええええ!!』

 

 

 

 女性の悲痛な声が、鏡から聞こえてきた。

 青年は弾けたように再び、鏡の方を見る。

 見れば……波紋のような模様が消え、ある程度映しているモノの内容が良く見えるようになっていた。

 

 誰かが、誰かを刺し殺そうとしてる。

 

 それだけは理解できた。

 青年は手を伸ばした。すると、鏡に吸い込まれるような感覚を覚えた。

 よく分からないけど、向こうへ行けるらしい。ちょっと驚いたけど、飛びこむ事にためらいはなく。

 青年……かの十本刀最強、『天剣』の宗次郎は、ゲートをくぐり走った。

 

 

 

 

 

第百十一幕『瞬きの来訪者』

 

 

 

 

 

「僕に助けを求めたのは、あなたですか?」

「……えっ、え?」

 

 宗次郎は、そう言ってティファニアに声をかけた。

 ゲートをくぐり、刺し殺そうとした場面に丁度出くわした彼は、そのままマチルダを抱え、このエルフの少女の背後に回ったのである。

 たったそれだけ。そう、それだけなのだが……。

 

「あ、え……?」

 ティファニアは心底驚いていた。だって、全くもって何があったのか『分からなかった』のだから。

 本当に、気付けば背後から声をかけられていたのである。動きが全く見えなかった。

 

「って、あれ? うーん…?」

 逆に、宗次郎は宗次郎で困惑していた。気づけば周囲は夜なのである。自分は確か、先程まで陽光の指す北海道の道中にいた筈である。

 急に夜の場面に出くわしたことに、驚いていたのだ。

 

「えーと、あなたは……って」

 そしてティファニアに話しかけようとして、これまた気付く。金髪をはためかせた美少女なのだ。日本ではまずお目にかかれないといってもいい容姿と美貌を、湛えていた。

 

「へえ、すごい綺麗な金髪ですね!!」

「え、あ……っ?」

英国(イギリス)? 米国(アメリカ)? もしかして独国(ドイツ)? 耳も長いし、ガイジンさんって、みんなそうなんですか?」

 

 矢継ぎ早の質問に、今度はティファニアが困惑してしまった。

 先ほどまで、大切な家族が殺されかける程の、絶対絶命な場面の筈だったのに…そんな空気が解消されていく、頓狂な感じが場を圧していた。

「横浜には外国の人が沢山出入りしているって聞くけど、あなたも横浜から日本へ来たんですか?」

「あ、あの……?」

「ああ、この人ですね。はい」

 

 そう言って、脇に抱えていたマチルダを降ろす宗次郎。

「ところで、ここは一体どこです? 函館辺りに向かおうかと思ったんですけど……それに何故か夜になっているし」

「ちょ、ちょっと……」

「もしかして劇の練習かなんかですか? あ、だったら僕、お邪魔でしたか―――」

 

 返事は剣だった。

 いい加減業を煮やしたシェフィールドが、抜刀斎人形に殺害を命じたのである。

 そう、今はまだ、激戦の真っ最中なのである。

 

(誰を呼んだか知らないけど、見たところそんな強い奴じゃなさそうだ……)

 

 シェフィールドは内心、ほくそ笑んだ。どれだけ屈強な奴が来るかと思えば、あの志々雄や剣心とは程遠そうな、おおよそ覇気のなさそうな青年だ。

 最強の剣士人形を操れる自分が、負けるわけがない。

 人形は神速の刺突を宗次郎の後頭部に向かって放つ。切っ先が、彼の背後をとらえようとした瞬間―――。

 

 

「あなた誰です? 背後でずっと僕に『殺気』、飛ばしてましたよね?」

 

 

「―――――あぁっ!?」

 その声に、弾けたようにシェフィールドは背後を振り向いた。まるで幽霊に呼びかけられて心底驚いたような声を、思わず発してしまった。

 そこいたのは、勿論、瀬田宗次郎。彼は今だにこやかな笑みを浮かべているが、声のトーンは若干冷えている。

 

(いやそれより……なんだコイツ!?)

 

 なぜ、後ろにいるのだ。

 ティファニアと会話していたこの男と自分、おおよそ十メイルの距離はあった。それが一瞬で、自分の背後に回ってきたのである。

 

 この光景。既視感があった。そうだ、愛する主人が扱う魔法、『加速』。

 それを始めて見た時に抱いた衝撃……。。

 

 ちなみに、これにはティファニアも驚いた。先ほどまで話しかけていた彼が、一瞬でシェフィールドの背後にいるのだと気づいたのは、シェフィールドが悲痛な声を上げた後だったからだ。

 

「う~ん、恨みを買った人かな。でもあなたは見覚えないし……親族か誰かです?」

 

 青年は未だ呆けたようにそんなことを言っていた。

 シェフィールドは理性を飛ばした。もう、さっさと殺した方が良い。本能が警鐘を鳴らしていたのだ。

 

「『抜刀斎』! こいつを殺せ!!」

「えっ、『抜刀斎』……?」

 

 再び、一瞬真顔になる宗次郎。

 見れば、緋村剣心が直剣を翻し、襲い掛かってきたのだ。

 人形は上空に飛び掛かり、月夜から殺到する。

 しかし、この時の宗次郎は……、

 

(あれ? 僕の目がおかしくなったのかな?)

 

‐龍鎚閃‐

 

(月が、二つもあるように見える……、)

 

 迫りくる人形の殺意よりも、その背景に浮かぶ月の方に、目が行っていた。

 刹那、衝撃音が鳴り響いた。

 

 

 土煙が、周囲を覆う。

 

「けほっ、こほっ……」

 ティファニアは思わず咳をした。マチルダも、ここでようやく起き上がった。

 

「うー、ん、あれ……、一体何が?」

「あっ、マチルダ姉さん!!」

「テファ、そうだ! ゲートは!?」

 状況を思い出したマチルダが立ち上がる。その前に……と、ティファニアは手を翳して呪文を唱えた。

 彼女の指にかかっている……母からもらった指輪から『癒し』の力が流れ、マチルダの傷を全て塞いだのである。

 

「あっ、ありがとうテファ……」

「もう、愛してくれているのは分かったから、死ぬとか忘れろなんて絶対言わないで。約束!」

 

 頬を膨らませて怒るティファニアを見て、マチルダは苦笑気味に身体を起こした。

 

「わかったわかったわよ……って、あの人形は? 召喚はどうなったんだい?」

 マチルダはそう言って、土煙の先を見やる。ティファニアはただ、首をかしげていた。

 

「正直、よく分からない子がきたわ。でも……」

「でも?」

「わたしの耳、見ても恐れる感じじゃなかった。ああいう人は初めてだわ」

 

 ただひたすらに好奇の目で質問してきた青年の顔を思い出し、ちょっとはにかんだ表情を浮かべるティファニア。

 それを見たマチルダは内心、「当たったのか?」と呟く。とりあえず、エルフを知らない、知ってても恐れない人が来てくれたようだ。

 

(あとは、ミスタと同じくらいの強さがあれば万々歳なんだけど……!)

 

 期待を込めるが、……内心そんな人、本当にいるとは思えなかった。

 剣心の、志々雄の強さを間近で見たからこそ、ネガティブな疑問だけがこびりついて離れない。

 そんな中、土煙が晴れていった。……そしてマチルダは、ティファニアは、シェフィールドも、驚いた。

 

「緋村さん? いや違うよなあ。逆刃刀じゃないし。でもそっくりなんだよなあ……」

 

 抜刀斎人形の龍鎚閃を真横で眺める宗次郎が、そこにはいた。

 それはつまり……、あの神速の一撃を、事も無げに回避したという事である。

「緋村さん、あなた何をやっているんですか? 僕を忘れちゃったんですか?」

 ちょっと真剣な眼差しで、宗次郎は問う。しかし人形は、ただただ宗次郎を殺さんと迫りくる。

 

‐龍巻閃・旋‐

 

 錐もみ回転しながら接近してくる抜刀の刃をかわし、背後に回る。

「流石に冗談が過ぎますよ」

 

‐龍翔閃‐

 

 身を翻し、切り上げの技を真横でさける。

 

「……緋村さん?」

 流石の宗次郎も何か気付いたようだ。明らかに様子がおかしいと。

 マチルダは目を見開かせた。どうやらあの青年……剣心の知り合いなようだ。ウエストウッドに向かう途中で上げていた人の、誰かが来たのだろうか?

 その内情を察したマチルダが、彼に向かって叫んだ。

 

「違うよ! そいつは本物のミスタ・ケンシンじゃない! 彼そっくりの人形なのさ!!」

「えっ、人形? これがですか?」

 

 宗次郎が、マチルダの方を向いた。その顔は頓狂と疑問にあふれている。

 しかし、構わずマチルダは叫んだ。

 

「お願い助けて! わたしたちはみんな、そいつに殺されそうになってんだ!!」

「えぇ、どういう状況ですか? 緋村さんの人形が、みんなを殺そうとしているって……」

 

 宗次郎は困ったように頬をかいた。

 何というか……まだ色々と、話が追い付かない状況なのだった。

 とりあえず、今わかることは―――。

 

「そうさ! あんたも『向こう』の人間なら知っているんだろう? 『人斬り抜刀斎』と呼ばれ、恐れられた存在というのをさ! こいつはそいつそっくりの性能を誇る人形なのさ!!」

 

 この、剣心そっくりの人形は、自分を殺そうとしている。

 上空から再び殺到する剣心……そっくりの人形を見やりながら、宗次郎は思うように言った。

 

「ええ、知ってますよ。闘ったし、負けましたから」

 

 それを聞いて、マチルダは顔を真っ青にする。逆にシェフィールドは顔を興奮で赤くした。

「はっ! 恨むならそこのエルフの小娘を恨むんだね!! あんたをこの地に呼び出したのはそいつさ!」

 それを聞いて、おびえるように身を竦めるティファニア。見知らぬ人を巻き込んだことに、罪悪感が出たのだろう。

 一方の人形は、剣を下に突き立て迫ってくる。

 

‐龍鎚閃・惨‐

 

 それが殺到してくる。

 もう駄目だ……! と、絶望で頭を抱えるマチルダの耳に、再び宗次郎の声が届いた。 

 

「だから分かるんです。緋村さんは、こんなに弱くはないって」

 

 それを聞いて、マチルダは顔を上げた。

 刹那、轟音が再び轟いた。

 

 

 

「ぐっ……」

「大丈夫なのかい…?」

「まあ、な……」

 

 アリィーとギーシュは、互いに肩を貸して立ち上がった。

 あの後、抜刀斎人形に殺されるのではと覚悟を決めたのだが…どうやら人形は、シェフィールドと共に去っていったようだった。

 その間、精霊の行使で『治癒』の魔法を唱えて回復したのである。

 肩や太ももの傷は、すっかり消えていた。メイジのそれより上回その性能に、ギーシュは驚いた。

 だが、こうして動きがぎこちない辺り、完全に回復しきっているわけではなさそうだ。『自分』を治すというのは、精神力を大幅に削るのである。

 

「お前は良いのか? ぼくに肩なんか貸しても……敵だぞ?」

「まあまあ、良いじゃないか」

 

 ギーシュ自身、そんなにアリィーを恨めないのであった。そりゃあ敵だし、怖かったけど……酒場でのやり取りと、人形にあれだけボコボコにされていたという同情が、エルフへの恐怖感を完全に消し去っていた。

「彼女は渡せないけど……まあ、今は非常事態だ。きみの『先住魔法』が頼りなんだよ」

「結局ぼくに働かせようっていうのか……全くこれだから蛮人は」

 どうやらあの人形相手に『精霊』をぶつけさせようというらしい。ため息をつくアリィー。

 

「まあまあ、その代わり、ぼくがこう、あの人形の囮になるから、ほら……その隙に、ね?」

「……あの女をぼくが倒すと」

「そう!! 頼むよ……」

 

 声を震わせながら、そう言うギーシュ。操り手を倒して事態の収束を図ると。彼なりに考えての結論であるようだった。

 まあ、確かにあの人形と正面切って戦うのは『愚策』だというのは、嫌というほど思い知らされた。

 

「分かった。今だけ協力してやる」

「良かった!!」

 

 エルフとの協力を得られたことで、安堵するギーシュ。

 心なしか、力もみるみる回復していく気がする。

 

「―――っえ? あれ?」

 いや気のせいじゃなかった。事実ギーシュの身体は活力で溢れている。精神力も戻っているのだ。

 実はアリィーが、『治癒』の呪文をギーシュに唱えていたのだった。

 

「囮役がボロボロでは意味がないからな。礼はいらん」

「ははっ! でも助かったよ、ありがとう!」

 

 快哉の声を上げるギーシュに対し、アリィーは指を口元に突き立てる。『静かにしろ』という合図であった。

 ルクシャナに教えられた蛮人の仕草が役に立ったことに、ちょっと当惑しながらも続ける。

 

「実はさっき、『意志剣』をあの女にはなった。今は動きを『あえて』止めさせているが……お前があの人形と闘い始めたら、再び動き出させる…その隙を狙う」

「……分かった」

 ギーシュを囮に、アリィーがシェフィールドを討つ。そうすれば、あの人形の動きも止まるはずだ。それに賭けた。

 互いにそんなことを考えながら、まずギーシュはデルフを探した。

 

「あっいた! コーチ!」

「おう坊主。生きてたのか、良かったなぁ。しかもエルフを味方に引き入れるとはてぇしたもんだ。まじでおでれーたぜ。歴史上初じゃねえか、こりゃあ偉業になるかもな」

「味方になったわけじゃない。今だけ(・・)協力したほうが、効率が良いと判断しただけだ」

 むっとした顔でアリィーに対し、ケタケタと笑うデルフ。

「まあいいじゃないかそんなコト、とりあえず、コーチの力がまた必要なんだ。頼むよ――――」

 ギーシュはそう言って、デルフの柄を握ろうとした時だ。

 

 

 

「あっ、丁度いいところに剣があった」

 

 

 

 先に、別の手がデルフを掴んだ。

「――……」

「――っ……」

「……は――?」

 二人と一本は思わず、絶句する。

 いきなり目の前に、黒髪の青年……宗次郎がいたからだ。

 誰? そんな疑問を浮かべるギーシュだが、戦士たるアリィーは見る見るうちに顔を青くした。

 

(こい、つ……! 一体どこから……、現れた!?)

 

 全く気付かなかった。まるで瞬間移動したかのように、急に目の前にやってきたのである。そんなコトがありえるのか……。

 しかし、青年は構わずデルフを地面から引き抜き、使えそうか確認した後、呆然とするギーシュ達に言い放った。

 

「すみません、ちょっと借りますね」

「えっ、ちょ……!」

 

 しかしギーシュが何か言う前に、宗次郎はデルフと共にその場から消えた。

 

「――――――はっ?」

 今度はギーシュにも、はっきりとした異常事態が分かった。

 二人はしばし、仲良く呆然と立ちすくんだ。

 

 

 デルフもまた、驚いていた。

 いきなり変な青年に握られた時は、やいてめえふざけんな誰に触ってるんだ俺は伝説の剣デルフリンガー様だぞと、それはもう文句の嵐をかまそうとした。

 の、だが……。

(んだ、コイツ……ッ!? 冗談だろ……!?)

 触れられることで、剣士としての技量適性が分かる。でも、それでも最初は疑った。それは絶対ありえないと。

 しかし――――。長く握られようやく認める。認めざるを得ない。

 

(相棒と、同じレベルの……剣達者……)

 

 そして。

 

(足の速さに至っては相棒以上……あるかもだと!?)

 

 取っ手から伝わる使い手の実力に、しばしデルフもまた放心状態になっていた。

 

 

 

「お待たせしました。それじゃ、始めましょうか」

 

 再びにこやかな顔で、宗次郎は剣心人形の前に立った。

 シェフィールドはただただ困惑していた。この男、さっきから何処へ行っているのだ?

 あまりの移動術に、目が追い付かない。いや……そもそも『視界に映らない』。

 そして気付けば、彼の手にあの魔剣デルリンガーが握られている。あれはさっきギーシュ達との闘いで飛んでいったはず。何でそれをいつの間に持っている……?

 

「ねえ姉さん。さっきからあの子、急に消えたり現れたりするけど……、あれ何なの……?」

 

 ティファニアもまた、呆けたようにマチルダに尋ねた。未知の魔法道具でも使用しているのだろうかと考えていたのだ。それぐらいしか、分からなかったから。

 勿論、マチルダに分かる筈もない。

 

「さあね。ただ……」

「ただ?」

当たり(・・・)かもしれない。本気で……!」

 

 マチルダの中にある期待。ティファニアを任せるに足る男なのかどうか。

 希望を彩った瞳で、この闘いの行方を静観することにした。

 

 

「いやあ、剣なんて久しぶりだなあ」

 朗らかな表情でデルフを掲げる宗次郎を尻目に、人形は再び、上空へ飛んだ。

 龍鎚閃……いや、

 

「着地待たずの抜刀術ですか」

 

 剣を鞘に納めた人形の抜刀術が閃く。

 それに対し、宗次郎はデルフを上げて防御する。

 キィン!! と、剣と剣のぶつかる音が辺りに響いた。

 

「油断するな坊主! 鞘がくるぞ!! 双龍閃だ!!」デルフが叫んだ。

「わかってます―――――って、えっ!?」

 刹那襲い来る鞘の二撃目。

 それが宗次郎の頭をとらえんとした時……また、宗次郎は消えた。

 

「また!? どこだ! どこへ……!?」

 シェフィールドは必死に目を凝らすと、いた。人形の真後ろに。

(何だアイツ! 抜刀斎(スキルニル)より速いのか!? いや。そんなこと……!)

 

 ありえない。あっていいはずがない。

 剣心(あいつ)と同等の戦闘力など、考えたくもない。主人(ジョゼフ)以上の速さを持つ者など、存在していいはずがない。

 だが、ここで、闘技場で……抜刀斎に弄ばれた時の様子が、シェフィールドの脳来に再びフラッシュバックする。

 そのたびに、シェフィールドは心が悲鳴を上げるのを感じた。

 

 一方で宗次郎は、折角後ろを取ったというのに、呆然としてデルフの方を見やっていた。

 

「…………」

「何やってんだ坊主! 折角後ろ取ったんだ! チャンスだろ、早く攻撃しろよ!」

 

 業を煮やした声色でデルフが叫ぶ。鍔がカチカチと激しく揺れた。

 それを見て、宗次郎は思わず叫んだ。

 

「剣がしゃべった!?」

「オイ今それか!? そんなことは後にしろ!!」

「へえすごいなあ! どういう仕組みで声が出てるんですか?」

 ぱあっと顔を輝かせる宗次郎。その背後から九つの閃光が飛んだ。

 

‐九 頭 龍 閃‐

 

「やべえ!! あぶねえぞ坊主っ……」

「この鍔かな、ここに何かあるのかな?」

 

 デルフは途中で言葉を失った。

 飛天御剣流、九頭龍閃。剣心の速度で放たれるそれは、回避も防御も絶対に不可能。

 事実、対処できた手合いは…少なくともデルフが見た中にはいないといってもいい。

 だというのに…この坊主…。

 

(回避しやがった……。嘘だろ? 初動の瞬間から見切って逃げやがった……)

 

 しかもそれを、さも当然の如くとばかりに。

 今、宗次郎は振り切ったまま固まる剣心の背後にまた、回っていたのである。

 そのまま斬りに行けそうだが、依然として興味をデルフに向けているのか、一切攻撃しそうな気配はない。

 

(こいつもしかして、相棒とやり合ったことがあるのか?)

 

 宗次郎は未だ、デルフの鍔をコツコツ叩いている。人形が放つ神速の攻撃より、余程剣がしゃべることに驚いているようだった。

 

「おい坊主。相棒を、知ってるのか?」

「相棒?」

「お前が今闘ってるやつ……あいつ本人とだよ」

 

 宗次郎は、剣心人形を見る。

「ええ。知ってますよ。さっきのあれ、九頭龍閃ですよね。すっごい遅かったですけど」

「やっぱり、ってぇことはやり合ったこともあるのか?」

「はい。まあ……あれは初見でも全然対応できましたし、かわすのはわけないですよ」

 

 そう言ってころころ笑う宗次郎は、デルフから見ても『不気味』に感じた。

 ただ……剣心のことを知っているらしいというのは分かった。

(っつうことはつまり、こいつは多分……相棒の世界からから来た人間であると)

 ティファニアが虚無の担い手なのでは……って話は当然デルフも知っているので、どうやら彼女が『サモン・サーヴァント』で呼び出したのだろう。

 なら、逐一周りを見て困惑したり驚いたりする今の彼の様子にも、納得がいく。

 

(にしても、相棒の世界ってこんな奴ばっかなのか……驚きしかねえな。なあブリミルよ……)

 

「僕からも、一つ聞いて良いですか?」

 物思いにふけっていたデルフは、宗次郎のその声で我に返る。

「んあ……何だ?」

「あなた、先程緋村さんのことを『相棒』って呼びましたよね? ってことは緋村さんを知っているんですか?」

「あたぼうよ。誰よりも知っているってぇ自負があるぜ!」

 自慢げにそう鳴らすデルフ。何でも答えろや、って態度で宗次郎の言葉を待った。

「でしたら教えてください」

 そして宗次郎は、真面目な口調で、再び斬りかかる人形を眺めて言った。

 

「緋村さんって今、本物もあんな感じになっちゃったんですか?」

 

 事実、宗次郎は内心、結構ショックを受けていた。

 彼とは二度、やり合った。誰よりもその強さを、厳しさを間近で見た。

 そして身体を張って答えを、別の路を示してくれた。志々雄と同じくらい、自分を変えてくれた大きな人だという、特別な感情もあった。

 それが、人形とはいえ……こんな言われるがまま人を斬り殺さんとする姿を見て、心は穏やかではなかった。

 

「……んなわけねえだろ」

 宗次郎の圧に少し押されながらも、デルフは力強く鍔を鳴らす。

「坊主が見た相棒はどんな感じだったかは知らねえが、俺が会った時から相棒は『不殺』を貫いているよ。今はルイズって娘っ子の使い魔として、日夜あくせくしてらあな」

 剣劇を容易く回避しながら、デルフの言葉を聞いていた宗次郎は。

「そうですか……なら良かった!」

 心底安心したような笑みを浮かべて、再び剣心の背後に回って言った。

「ありえないと思いつつも、一瞬心配しました。緋村さんが今更、人斬りの片棒を担ぐわけないですものね」

「当り前だろ、そりゃあ……ぁ?」

 

 トン、トン、トン。

 

 デルフは不意に聞こえてくる音に、耳? を傾けた。

 どうやら宗次郎が地面を何度も蹴っているようであった。その音なのだろう。

 

「何してんだ、坊主?」

 しかしその問いに、宗次郎は答えない。

「あー良かった。じゃああれはもう―――斬っていいんですね」

 

 トン、トン、トン、トン。

 

 大剣を肩にとん、とかけながら、右足を何度も上げては地面を蹴り続ける。

 何かの予兆を、この時のデルフは強く感じた。

(なんだかわからねえが……やべぇことやり始めるってぇのはわかる)

「人形なんですよね? あれ」

 宗次郎の問いに、デルフは戸惑いながらも答える。

「あ? ああ、別に斬ったからと言って人殺しとかにはなんねえよ」

「まあ、僕は緋村さん程『不殺』に拘ってはいませんけどね」

 

 トン、トン、トン、トン、トン。

 

 笑いながら、しばし宗次郎は地面を蹴り続けた。

 

 

 

 それをしばし見ていたシェフィールドは、もう気が気でなかった。

 あいつ、何かしようとしている。地面を蹴り続ける動作を見て、すかさず叫んだ。

「抜刀斎!! とにかく最強の技で奴を殺すんだ!!」

 すると人形は動きを止め、剣を鞘にしまった。

 そして構える。『最強の技』と言えばもちろん、奥義『天翔龍閃』だ。それを人形は撃つ構えであった。

 

 トン、トン、トン、トン、トン、トン―――。

 

 しばし、状況は抜刀術を構える剣心人形、地面を蹴り続ける宗次郎で膠着した。

「あっ……ねえあそこ! 彼がいるよ!」

「あ奴、あそこで何をしているのだ……?」

 丁度その頃、ギーシュとアリィーもまた、此方にやってきて宗次郎を指さし叫んだ。

 マチルダも、シェフィールドも、召喚したティファニアも、この様子を固唾と見守る中……。

 

 

()歩手前、……いや、アレなら()歩手前でもいっか」

「何言ってるんだ坊主―――」

 意味深な言葉の真意を、デルフが尋ねようとした瞬間―――。

 

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!

 

 

「――――は?」

 その場にいる、全員の顔が凍り付いた。

 再び宗次郎が消えたかと思えば、地面を蹴る音だけが草原一体に響き渡り始めたからだ。

 草ははじけ飛び、土はへこみ、衝撃音だけが周囲を埋め尽くす異常光景。

 その中心位置にいた抜刀斎人形は……しばし居合の所作で固まっていたが、やがて思いっきり剣を振り抜かんとした。

 踏み込む足は左足。奥義『天翔龍閃』が閃き――――。

 

 

「遅いですよ」

 

 

 その言葉と共に、人形の首が飛んだ。

 柄を手にかけたまま、鯉口だけ切った状態の無様な姿の首なし人形の背後に、宗次郎は再び現れる。

「うん、やっぱり偽者だ」

 宗次郎はそう言って、剣を肩にかけ、人形に振り向いた。

 もうすべてが終わったかのようなさわやかな笑みで、こう続ける。

 

「飛天御剣流奥義、天翔龍閃が……こんなに遅く、こんなに弱く、こんなに容易く敗れるはずがない」

 

 刹那、人形にさらなる変化が訪れる。腕が、足が、腰が、胸が、ぴきぴきと音を立てて崩れていく。

 

「ガワだけ真似たって感じですね。本物には程遠いや」

 

 次の瞬間、人形は散り散りの破片となって飛散した。

 誰もがこの光景に目を奪われていく中、にこやかな顔で宗次郎は言った。

 

「勝負あり、かな?」

 

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