るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第百十二話『お祭り前夜』

 

 アルビオンの草原は、不気味なほど静寂に包まれていた。

 誰もかれもが、呆気にとられたように一人の青年に視線を注ぐ。

 そんな視線を知ってか知らずか、宗次郎はあっけらかんとした声で言った。

 

「で、これで終わりってことで良いんですか?」

 

 しかし、その問いに答える者はいなかった。

 まだ……先ほど起こった謎の現象に……理解が追い付かずフリーズしていたからだった。

 突如現れたこの男、平民にして流浪人。瀬田宗次郎。

 その実力の片鱗を垣間見た者たちは……呆けたようにこの様子を見つめていた。

 

 

 

 

 

第百十二話『お祭り前夜』

 

 

 

 

 

(すっごい。なんだろうあの子……?)

 ティファニアはぽけーっとしながらそんなことを考えていた。

 自分が呼び出した使い魔なのだから、ちゃんと理解しなきゃ……と思いつつも、『全然よく分からない』という感想しか、今のところ出てこなかった。

 でも―――。

 

(強くて速い。人間って、あんなにも動けるんだ……)

 

 勿論、ティファニアは宗次郎の動きは全然目に見えてなかった。

 ただ、瞬間移動の如く動き回るその姿勢から、なんとなくそうなのかなーっと、呆けたような感想を抱いていたのだった。

 そしてなにより……。

 

(わたしや姉さんを、助けてくれた――)

 それだけで今、ティファニアは彼に感謝の心でいっぱいだった。

 

 

(何だ彼? いや、本当に何なんだ彼は? 平民……だよな?)

 

 ギーシュ・ド・グラモンはただ困惑した。

 これから覚悟を決めて……あの剣心人形の囮になろうとした時だ。

 彼が、全てを持って行ってしまった。流星の如く。駆けつけてきた時には、全てが終わっていた。

 しかも相手はあの、剣心の人形だ。隣にいるエルフのアリィーを瞬殺した……誰よりも恐れた化け物。

 それを、こんなにもあっさり倒すのか……と。

(ぼくの決意、何だったんだ? あ、でも……助かったからいいか)

 そんな、困惑と安堵の入り混じった表情を、この時無意識に浮かべていた。

 

(ああ、バケモンだ。マジでこいつ、相棒より……飛天御剣流より……『ガンダールヴ』より、速ぇ……)

 

 握られていたデルフは、ひとしきりそんな感想で頭が埋まっていた。

 実力はもう、疑っては無かった。だが……あの移動術はそんな自分の想像をはるかに超えたものだった。

 何より恐ろしいのは…あれでまだ全然『本気』でやってないということ。

 

(多分、三歩だの二歩だのがあの『速度』の調整、指標なんだろうな。本気で走ったらどんなになっちまうんだ…?)

 

 燦然と輝く『閃光』にでもなっちまうんじゃないのか? ありえない想像をこの時デルフは、青年に抱いていた。

(少なくとも、ワルドの奴よりかはコイツの方が余程『閃光』の二文字が似合うわな…)

 

 

 二人と一本がそんなことを考えていた時、絶叫が響き渡る。

 皆が驚きながらそちらに目を向けると、そこにはシェフィールドが顔を覆って天を仰いでいた。

 

 

(嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!?)

 シェフィールドはただ絶望していた。

 虎の子の人形まで使用したのだ。何があっても絶対、失敗などしてはいけなかった筈である。

 と、いうより……先の闘技場での闘いで、シェフィールドはある意味、抜刀斎に対し異常なまでの過信をしていたのである。

 だって、奴はあの『ヨルムンガンド』を葬り去ったのだから。あんなことができる人間など、もういやしないと、勝手に思っていた。

 だからこそ、あの『抜刀斎の血が付いた刃物』は、彼女にとってヨルムンガンド以上の最終兵器と認識していたのである。

 それが……。

 

(バカなバカなバカな!? ありえない!? 何で負ける!? あの最強の人形が――)

 

 シェフィールドは混乱した。

 何よりあの、訳の分からない高速移動。

 認めたくない、認めたくない……が、脳裏にどうしても過ってしまう。

 あれはどう見ても、主人より……ジョゼフの『加速』より、速……。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 シェフィールドは絶叫した。

 絶望、混乱、焦燥、怒り、それらが全て綯交ぜになった叫びだった。

 ティファニアすらビクッっとなり、ギーシュも驚く。

「もう、こうなったら……『ヨルムンガンド』しか……!」

 そう言って、頭のルーンを光らせた。その時だ。

 

『やめよ。シェフィールド』

 

「はっ! ジョゼフ、さま……」

 シェフィールドは懐から人形を取り出す。ジョゼフの人形だ。

「もしや! 全部見ておられて……!」

『当然だ。おれは主人でお前は使い魔だからな』

 シェフィールドは愕然とした。どうやらジョゼフは使い魔としての能力で、この闘いの一連の流れを観戦していたようだった。

 

『中々、愉快な事になったではないか。そうか……また一人、異世界より剛の者が召喚されたか』

 

 お前の痴態も素晴らしかったぞ。と皮肉を交えた声でジョゼフ。シェフィールドは声にならない呻き声をあげた。

 

『とにかくだ。残りのヨルムンガンドは祭り用に使えと、おれは言ったよな?』

「はい…はい…!」

『これ以上の失態は許さぬ。面白い見世物だった故特に罰したりはしないが……そこから先はおれも本気で怒るぞ』

 

 冷ややかな声に、涙を流してシェフィールドは頷くだけの機械と化した。

 

『では行け。これ以上醜態をさらすでない』

「はい、申し訳ございませんでした……」

 するとシェフィールドは、刹那の動きで再びエイ型の人形を生成。それに乗り、素早く空を駆った。

 

 

「あっ逃げるよ!」

 ギーシュは宗次郎に向かって叫んだ。

 

「へえ、飛ぶ人形もあるんですねえ。面白いなあ」

 と、ぽやっとした表情で宗次郎は眺めていた。

 

「いやいや追いかけたまえよ!!」

「何言ってるんですか? 僕空飛べませんよ?」

 そう言って宗次郎は、駆けつけて隣に来たギーシュを不思議そうに眺めた。

 

「というより、あなた誰です? 日本人じゃないですよね?」

「いやそれはこっちのセリフだって!! きみこそ誰なんだい?」

 そんなやり取りをかわすギーシュ達に向かって、シェフィールドは最後のあがきとばかりに声を張って叫んだ。

 

「お前たちに教えてやる! 今夜零時にサウスゴータは火に包まれる! 連合軍も全て終わりさ! あーーーっはっはっはっは!!」

 

「なん……だって!!」

 ギーシュはそれを聞いて叫ぶ。ならば早く戻らねばならない。と、一人勝手に慌ただしくなっていく。

「? ? ?」

 

 隣にいる宗次郎は、未だ疑問符を大量に浮かべながら、ぼーっと突っ立っていた。

 そんな彼に声をかけたのは…。

 

「あ、あの……」

「はい?」

 ティファニアだった。彼女はおずおずといった体でお辞儀した。

 

「た、助けてくれて、その……あり、がとう……」

「ああ、礼には及びませんよ。たまたま通りかかっただけですから」

 そう言って、宗次郎はデルフをギーシュに返した。

 

「はいこれ、もういいです。ありがとうございます」

「えっ! あっ、ああ……」

 宗次郎からデルフを受け取るギーシュ。

 使い手が変わった瞬間、デルフは大きなため息を漏らした。

「……やべえ、実力の落差で風邪ひきそうだ」

「へ? どういう意味だいコーチ?」

「そのまんまの意味さ…ほんとによう……」

 そんなやりとりをしている中、剣を返した宗次郎はそのまま笑顔で言った。

 

「では、僕はこれで」

 

「えっ!?」

 ティファニアや周囲は驚いた。なんと宗次郎は再びどこかへと行こうとしているのであった。

「ちょ、ちょっと待ちな!!」

 彼を止めたのはマチルダだった。正面に立ちふさがり、進行方向の邪魔をする。

「? 何ですか?」

「何ですかじゃないよ!! あんたはあの子、ティファニアに召喚されたの! わかる!? あんたはもう、あの子の『使い魔』なのよ!!」

「……使い魔?」

 当然のごとく疑問を返す宗次郎。さっきからよく分からない単語の応酬で、内心頭がパンクしそうだったが表面上は未だ笑顔のままだった。

 マチルダも、彼が異世界から来たという認識は持っていたので…色々かいつまんで説明を始める。

 

「あんた、光る鏡をくぐってここに来たんでしょ? それが『ゲート』なの。ここはニホンとかいうところじゃなくてハルケギニアっていう世界。そこのテファに呼ばれてやってきたのよ。あんたは今後彼女を助けて守っていく義務があるの。それが使い魔なの。ミスタ・ケンシンも、その使い魔をやっているのよ」

「ああ、そういえばそちらの剣さんも言ってましたね。緋村さんが使い魔になったとか」

 

 デルフを見ながら、宗次郎は頷く。

 そして今度は、珍妙な様子でティファニアに視線を移した。

 

「僕が、あなたの使い魔になる……と?」

「ええっ! えっ、と……」

 

 ティファニアはしどろもどろになった。改めて見れば、自分と同じくらいの年齢の男の子と面と向かって会話したのは…これが初めてだった。

「そうなの! ねえお願いだよ! この子を守ってやって! 血は繋がってないけど…わたしの大切な家族なんだ!!」

 宗次郎の肩をゆっさゆっさ揺らしながら、涙ながらにマチルダは懇願した。

「あっ、でも姉さん。まだ『契約』はやってないわよ……」

「あぁそうね。じゃあ早く契約しないと……」

 そこまで行ったときに気付く。そうだ、契約するには接吻をする必要がある。

 見れば、ティファニアはめっちゃ顔を赤くして俯かせていた。見ず知らずの男の子と口づけすることに、色々な意味で抵抗を感じている様子であった。

 

 それを見たマチルダは思う。まあ、今流石にそこまでさせなくてもいいか。

 少なくとも、『強さ』は本物だ。それは剣心人形を葬った時点で確信していた。ルーンの恩恵なくとも、やってはいけるだろう。

 

 彼もまた、剣心や志々雄に並ぶ強者なのだろうということ。そして、剣心とは知り合いでいるということ。

 

 それだけで大当たりなのだ。それに『契約』を無理に強行させて、彼の感情を逆なでさせるようなことはさせたくない。

「わかった。まあそれは後でいいわ。おいおいあんたたち二人で解決なさいな」

 そう言って、二人を見た。まあ…外から見れば美男美女。するにしても様にはなる。

 とりあえず、今大事なのは…彼に納得させること。

 秘技、泣き落とし。お涙頂戴の身の上話。マチルダは涙をちょちょ切れさせながら話し始める。

 

「この子はね、ワケ合って幼少期に両親を殺されちゃってね。しかも多くの人に怖がられる立場にあるんだよ。幼いころは満足に外すら「いいですよ」歩けなかったんだよ。そんな不遇な立場に甘んじてもこの子は今まで元気に―――え?」

 

 あれ、聞き違いかな?

 マチルダは思わず、聞き返す。

 

「え、いいのかい?」

「はい、いいですよ。どうせ特に行く当てもありませんでしたから」

 にこやかな笑みを浮かべて宗次郎は二つ返事を返した。一瞬、何かの間違いかと思ったが。

 

「よろしくお願いいたします。ええ……と?」

「あ、ティファニアよ。こちらこそ、わざわざ来てもらってありがとう。よろしくね」

「て、てはにあ……さん?」

「ああ、呼びにくかったらテファでもいいわ。ええと……あの、お名前は……」

「宗次郎です。瀬田宗次郎」

「ソウジロウ? 不思議な名前ね…」

「言いにくかったら、縮めて『宗』でも良いですよ」

「ソウ? じゃあそう呼ぶね」

 

 見る見るうちに距離を縮めていく二人を見て、取り敢えずマチルダは、心からの安堵の表情を浮かべた。

(娘を手放す親の気持ちが、この年になってわかるとはね…)

 これでようやく、大きな荷物が降りたような気持ちを覚えた。

 しかし、逆にティファニアは尋ねた。

 

「でも……召喚しておいてあれなんだけど、本当にいいの? あなただって、やりたいことやご家族の方だっているでしょう?」

 そう、彼にだって立場や生活、家族がいるのだ。自分の一存で全てを決めるわけにはいかないと、彼女はこの時そう思っていた。

 しかし、宗次郎は、

「大丈夫ですよ。家族はもういないし、今は流浪人となって全国を回りながら旅しているだけですから」

 と、特に何の感慨もない表情で言い放った。

「あ、そうなの…聞いてごめんね」

 触れたくないような過去を聞いてしまったことで、思わず謝るティファニア。

「別に構いませんよ。それに――」

 

 宗次郎は上空を見上げた。やはり見間違いじゃない。二つの月が夜空を彩っている。

 流石の宗次郎も、ここは日本とは根本的に異なる国…に来たというのは、肌で感じ始めていた。

 だからこそ―――。

 

「あなたについていけば、緋村さんにも会えるでしょうし、『ここ』についての詳細はそこで聞きます」

 

 緋村剣心が、ここにいるというのは、ある意味助けでもあった。

 どうやらこの世界は、自分の考えや常識があまり通じなさそうだ。

 故に、この世界の事情を良く知った先人がいるのはありがたい。そこで色々聞いてみよう。

 そんなことを考えた矢先――。

 

 一本の曲刀が、宗次郎目掛けて飛んできた。

 

 パシッ!

 宗次郎は笑顔を崩しもせず、複雑に動き回る曲刀……その取っ手を優雅につかみ取る。

 

「―――きゃあ!」

 遅れてティファニアが叫んだ。マチルダはすぐさま杖を構える。

「あっ、きみ!?」

 遅れてギーシュが叫んだ。彼の視線の先では、アリィーが必死の形相で……宗次郎に『意思剣』を放っていたのだ。

 

(『意思剣』を、受け止めるか……)

 アリィーは内心、冷や汗をかきながら思案する。

 この男、どうやらティファニアにより召喚された使い魔……に、当たる蛮人なのは分かった。

 だが……。

(『悪魔』と契約せずにこの実力。先の人形といい……これが、蛮人の強さの極地なのか……!)

 

 ふと、エルフの長老の言葉が過る。

『精霊の行使』を歯牙にもかけない強さ。鍛えた自分たちの更に先を行く練度。異質な雰囲気。それが、こやつらの強さの源泉なのかと。

 

 そんなことを考えながら、キャッチした曲刀をくるくる弄ぶ宗次郎を見る。

 

『意思剣』はもう、再び動き出す様子を見せない。それはつまり、剣の精霊が負けを認めたのだ。「この男には敵わない」と、契約を打ち切ってきたから。

 自然の力に沿うのが『精霊の力』の神髄なのだ。故に精霊側が「無理」と言ってきたら、エルフ側もそれ以上を強いることができない。それが弱点でもあった。

 もう、あの剣は彼を殺す目的では動かない。加えて、目にも『映らない』あの移動術。そして剣心人形を一方的に屠る戦闘力。

 

 正直、彼に勝てるイメージが全く湧かないのであった。

 

(どうしたものだ……これではもう、目的を果たすのが難しく……)

 エルフの目的、『四の四の一つを奪取する』。その千載一遇の機会を逃したことに、アリィーは大きく頭を悩ませた。

 だが、ここで無理に戦っても結果は目に見えている。

「へぇー、不思議な剣ですね。僕、刀剣に関してはよく分からないんですけど、綺麗に手入れさているのは分かります」

 

 月夜に照らされた剣の装飾を眺めながら、宗次郎はアリィーに顔を向ける。どうやら今のを、『攻撃された』とすら思っていないようだった。

 剣が飛んできたからキャッチした。本当に、それだけのようだ。

 アリィーは答えず、一歩足を前に動かす。その正面をギーシュが遮った。

 

「ちょ、ちょっと待ちたまえよ! まだやるつもりなのかい!! せっかくいい感じに終わったんだから、きみもここは帰った方が……」

「そうだぜエルフ。やめとけ。相棒の人形にすら勝てなかったお前に、この坊主は絶対ぇ倒せねえからよ」

 

 断言するかのように、力強くデルフは言った。それを聞いてアリィーの表情は歪んだ。

 

「はっきり言ってやらあ。こいつは『本物』の相棒と同じ位の強さがある。さっきの闘いも、この坊主は全然本気でやってねえよ」

「―――えっ!? そんなにかい!?」

 今度は驚いた様子で、ギーシュは宗次郎を見やる。このぽけっとした笑顔を浮かべる青年が、剣心と互角なんて、俄かには信じられない。

 しかし、デルフはこう続ける。

 

「使い手の実力が分かる俺が言うんだから間違いねえぞ。相棒がドラゴンならこいつはさしずめワイバーンってとこだな。それも音速で動き回る……。こいつもどうやら相棒と同じところ出身のようだな」

「うむむ……『東方』だったかい。あそこはケンシン達みたいなのが沢山いるのかな、こわいな……」

 冷や汗交じりに唸るギーシュ。剣心と同格な連中……というより、剣心が何十人もいる光景を描き、次第に顔を真っ青にしていった。

 同じようにマチルダも、そのイメージを描いたのか、ギーシュ程ではないがゾクッと身震いさせる。

 

「てなわけだエルフよ。この坊主がヘラヘラ笑っているうちに帰りな。マジで。何なら数秒後、お前さんの首が繋がっている保証すらねえんだぜ。今のあんたは坊主の気分で生かされているってことを、早く自覚するこった」

 

 アリィーはこれを聞いて顔を強張らせた。デルフの言わんとしていることが理解できたからだ。

 あの目にも『映らない』動きをされたら確かにこの距離で、対応できる自信はない。しかも自分がやったコトとはいえ、丁度彼は刃物を持っている。

 アリィーは先ほどの光景……衝撃音だけが響き渡る光景を思い出し、身を震わせる。あんな動きで斬りかかられたら、精霊行使の口語を唱える間もなく、やられてしまうだろう。

 

「悔しいが、そのようだな……」

 

 拳を握り締めていたアリィーはここで、特大のため息をついた。

『騎士』のプライドがズタズタにされた格好であるが……命には代えられない。

 まだ自分には使命が…そして婚約者が待っているのだ。

 そして先ほどあの『ミョズニルニトン』が言っていた。サウスゴータ襲撃の報が本当なら、今度はルクシャナが危ない。

 そう考え直し、口笛を吹いた。遅れて風竜がエルフの隣に着地する。

 

「わぁ!! え、本物ですか? 本物の竜ですか?」

 それを見た宗次郎は驚きの声で、一瞬で竜の隣に移動する。相変わらず、目にも映らない神速移動であった。

 

「へぇー、なんかトカゲみたいですね。この鱗。手触りもざらざらしてるし」

 そんなことを言いながら、竜の足をぺたぺた触り始める。アリィーはこれ以上関わりたくないとばかりに、竜の背中に乗ろうとしたところを、宗次郎が引き留める。

「あ、これ。返します」宗次郎は『意志剣』で飛んできた曲刀を差し出す。

「いらん。それはもう、お前のものだ」

「え?」

「精霊の意思がお前を認めたのだ。いいからとっておけ」

 

 そう言って、逆にアリィーは空になったままの鞘を宗次郎に投げ渡した。

 宗次郎はきょとんとして鞘を受け取ったが、それならまあと、曲刀を鞘に納め腰に差す。

 

「じゃあ遠慮なく貰いますね」

 ぺこりと頭を下げる宗次郎。それを見て一瞬不思議な気持ちになるアリィー。あんなに強いくせに妙に礼儀正しい。何なのだコイツは。

「……礼を言われる筋合いはない」

 そう言って今度こそ、竜に乗ろうとしたところ―――。

 

「ちょっと待って!!」

 それを阻んできたのは、ティファニアだった。

 アリィーは仕方なしにと、竜から降りて気だるげに聞いた。

「……今度は何だ?」

「あの、あなたはなんで、わたしを攫おうとしたの?」

 悲しげな表情ながらも、確固たる意志を持った瞳で、ティファニアは尋ねる。

 攫われるのは嫌だが、困ったことがあるなら協力は惜しまない。そんな目をしていたのだ。

 

(攫いに来た張本人に、よくそんな目ができるな……)

「もし、その……困ったことがあってわたしを訪ねてきたのなら…その…わたしも…協力を…」

「必要ない。ことはそういった話ではない。向こうへ行ったら、最悪お前は『心』を奪われ一生監禁される。そんな待遇に甘んじたくはないだろう?」

「えっ!?」

 

 それを聞いたティファニアは大層驚いた。慌てたマチルダが、彼女を背に回し前に出る。

「なんで、そんなこと……」

「悪いがこれ以上語る気はない。お前を攫えない以上、全てがどうでも良いことだ」

 諦めの境地に立ったかのような口調で、アリィー。ティファニアはそのまま、絶句してそれ以上何も言えないようであった。

 そして再び竜に乗ろうとして―――。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ!!」

 今度はギーシュの呼び止めに、アリィーはずっこけた。

「いいかげんにしろ! お前たちはぼくを去らせたいのか留まらせたいのかどちらなんだ!」

「いや違うんだ! きみってこれから婚約者を助けにサウスゴータへ行くんだろう?」

 

 ギーシュは駆け寄りながら尋ねる。「だからどうした?」とアリィー。

 

「連れて行ってくれたまえ! ぼくもサウスゴータに戻りたいんだ! さっきあのミスが言っていたことが本当なら、早く伝えに行かないと…!!」

「正気か? 頼む相手を間違えているんじゃないか?」

 

 よく仇敵たるエルフに頼めるな。と思ったが、ギーシュはもう、アリィーをそんなに恐れてはいないようであった。

「まあいいじゃないか! 折角だし! 今から馬を調達しようとおもったら時間がかかりすぎるし、ここがどこだか分からないし……」

 心細そうな目でそう言うギーシュ。最悪このまま軍と逸れるかもしれない、という不安もあるのだろう。

 別にアリィー自身、そんな要求を聞いてやる必要は無いのだが、一応窮地を助けてもらった礼もある。それぐらいはしてもいいかと、考え始めていた。

 アリィーは気付いてなかったが、彼自身、蛮人に対する興味を持ち始めたが故の心境の変化だった。

「これでさっきの貸し借り無しだ。乗れ」

 そう言ってアリィーは竜を座らせる。「いやあ、ありがたいねえ!」とギーシュは乗った。

 マチルダは何も言わずにそれを眺めていた。竜の大きさからして二人までが限度らしい。自分やティファニアや宗次郎まで乗れる余裕はなさそうだ。

(仕方ない。わたしたちは馬でも調達するか……)

「じゃあ、ぼくは先にサウスゴータに行ってるから! ケンシンにはそう伝えてくれたまえ!」

 デルフを背負いながらギーシュとアリィーはそのまま竜の背に乗りサウスゴータへと向かって行った。

 

 

「……行っちゃいましたねえ」

 上空に消えていく竜を見上げながら、宗次郎はいつものにこにこ顔でそんなことを呟く。

「ええ。そうね……」

 そう言うティファニアの顔はまだ青い。エルフが自分を攫った後の処遇を聞いて、心底怯えているのだった。

「なんで? わたし、何かしたかしら? それとも『混じりもの』だから?」

 両手で自分を抱きしめ震えるティファニアに、優しく語り掛けたのはマチルダだった。

「そんなことないよ。前から言っているじゃないか。後ろ向きに考えるのを止めなって。あんたは自分の幸せだけを考えな…」

「でも、でも……」

 小さく首を振るティファニアを優しく抱き留めるマチルダ。

 ……そして未だ空を見上げる宗次郎に、目で語りかけた。

 

(何やってんだいあんた。早くこの子を慰めてあげなよ。気が利かないねえ……)

(え? それも使い魔の役目なんです?)

(あんた、はぁ……)

 

 それ以前の問題だろうが、と言いたかったがやめてため息をついた。使い魔云々の前に、普通泣いている女の子がいたら、手を差し伸べるのが男だろうが。と、内心呟く。

 しかしそんなマチルダの心境を知ってか知らずか、やがて宗次郎がにこやかな顔で一言。

「なんかよく分からないけど、大変そうですね」

 

 それを聞いたマチルダは、指に額を当てて悩ましい表情をした。

(こいつ大丈夫かい? 強いから託したけど……何か不安になってきたよ)

 こんなとぼけた奴に、本当に家族に等しいこの子を預けて良いのだろうか、と暗い考えが過るが時間も選択肢もないのも事実。

 

「あんた、ええぇっと……セタ・ソウジロウだっけ?」

「はい。何ですか?」

「あんた言ったわよね。まずはミスタ・ケンシンに会いたいって」

「ええ、そうですね」

 

 マチルダは宗次郎の心境に立って考える。

 右も左も分からない異世界に来た時、どうするか。

 まず、事情を知る同じ出身の人間に話を聞きたいだろう。それを念頭に置いて、説明を始めた。

 

「ミスタ・ケンシンはテファを助けに、ダータルネスの港に残って闘っているの。そこはガリア国のジョゼフって王が牛耳ってて、彼女を攫ったのもそいつの仕業。さっきミスタの人形を操っていた女がいただろう? あいつは奴の手先なの」

「うんうん」

 

 宗次郎は頷いた。

 

「じゃあ、その港に行けば緋村さんに会えるんですか?」

「いや、ミスタの事だからもう、全て終わらせていることだろうね。わたしたちはサウスゴータ……さっきエルフと坊ちゃんの二人が向かった街ね。そこで待合せましょうって、伝えたのよ。だからミスタは多分、別ルートでサウスゴータへ向かっているんだと思うの」

「じゃあその街に行けば、緋村さんに会えるんですね?」

「そうね。でもあんたそこへの行き方知らないでしょ? テファも分からないし……」

 

 それにティファニアは、申し訳なさそうに頷いた。

 

「わたしは知っているから、一緒に向かいましょうか。ミスタに引き合わせてあげるわ」

「分かりました。よろしくお願いいたします」

 

 マチルダは望遠鏡を取り出し草原を見渡す。幸い、離れたところに鞍がついた馬を一頭、すぐに見つけた。

 アリィーの魔法で逃げだした時の一頭がまだ、残っていたようだ。

 マチルダは指さし宗次郎に尋ねる。

 

「ソウジロウ。あの馬、連れてきてくれないかい?」

「いいですよ」

 

 再び、視界から一瞬で宗次郎が失せる。次に視界を映した時は、既に彼は二十メイル離れていた馬の隣にいた。

「すごいねえ。どうやって動いているんだろう? 魔法を使っているようには見えないし……」

 隣に居たティファニアが、感嘆とした声で呟く。その間、マチルダはもう一頭いた筈の馬を探しながら、思案していた。

 

(はたしてこのまま、テファをサウスゴータに連れて行ってもいいものか……)

 

 そう、それだけが不安だった。

 確かに宗次郎は強い。だが、まだ右も左も分からない状況。

 そんな中、いくら剣心がいるとはいえ火に包まれると分かっている街に……ティファニアを連れて行くことに、疑問を持ち始めていた。

 裏で志々雄が、ガリアが彼女を狙うとも限らない。まだ宗次郎の人格云々も理解しきれていないからこそ、そんな思いにも駆られていた。

 別に宗次郎は死なないだろうが……ティファニアを守り切れるのかだけが心配の種だった。

 

(けど、孤児の子たちも気になるし……)

 

 気にするのはもうやめよう。マチルダは馬探しに思考を切り替えるが、結局見当たらない。もう一頭……ギーシュが乗っていた馬は完全に逃げだしたようだった。

「はい、連れてきましたよ」

 そうこうする内、宗次郎が先に馬を連れて戻ってきた。

「ああ、すまないね」

 マチルダは馬の手綱を受け取った。その時だった。

 

 

 何か、鬨の声が薄っすら聞こえ始めた。

「――ん? 何だい?」

 マチルダは望遠鏡を覗き込む。するとそこには――。

 

「なっ!? ガリア軍!!」

「はい?」

「えっ!?」

 

 マチルダの声に宗次郎は疑問符を浮かべながら、ティファニアは悲鳴を上げる。

 どうやら、闘技場の襲撃で港に構えていたガリア軍が動き出したらしい。杖を交差させた紋章の旗が、こちらに向かっているのが見える。

 マチルダは顔をしかめた。どうやらまだここは、ガリアの占拠領地内だったようだ。

 馬の数からして小隊程度の規模らしい。宗次郎なら蹴散らしてくれるだろうが……ここでまた交戦すればドンドン援軍が増えていくことだろう。

「何か、戦国時代に来たみたいですね」

 どうしようか頭を回しているマチルダとは対照的に、宗次郎は能天気なコメントを残す。

「みたいもなにも、実際今この国……アルビオンは戦争中さ」

 マチルダは馬を見た。このまま馬で逃げ出そうと思っても、これではすぐに追いつかれることだろう。

 考えを巡らせていくうちに、一つの案が思いついた。

 

(この案が吉と出るか凶と出るか……、けどもう、やるしかないよね)

 

 マチルダは懐から地図を取り出すと、それをティファニアに手渡した。

「いいかい。今ここ。ここからまっすぐ進めば、三時間でサウスゴータに着く。右に森があるわよね。その道を突っ切った先に駅場があるから、足は其処で調達なさい」

「え? え? 何でそうなるの? マチルダ姉さんは一緒に来てくれないの?」

 不安な顔をするティファニアを、マチルダはぎゅっと抱きしめた。

「わたしはあいつらをかく乱する囮になる。倒してばっかじゃキリがないし、その方が効率も良いでしょ?」

 

 ティファニアは青ざめた。どうやらマチルダは、あのガリア軍を一手に引き受けるようだった。その隙に宗次郎の二人で逃げてくれと、そう言っているようだ。

 

「嫌だよ、姉さん……、」

 涙をほろほろながす彼女に、今度は心を鬼にしたかのように、突き放すようにしていった。

「しっかりおし! 大丈夫! 別に闘うつもりなんてないし、死ぬつもりもないからさ! あんたはソウジロウと共に、サウスゴータに向かうんだ」

「姉さん……、」

 葛藤していたティファニアだったが…やがて決意したかのように、頷いた。

 

「死んじゃやだよ。絶対、生きて帰ってきてね」

「ああ、だからあんたも頑張りな。……愛してるよ。ティファニア」

 

 そう言って、マチルダはティファニアの額にキスをした。そして、今度は宗次郎に向き直った。

「ソウジロウ。再三の頼みになるけど…テファのこと、本当にお願いします」

 頭を下げて頼み込む。しばし宗次郎はティファニアとマチルダを交互に見つめていたが……、やがて頷いた。

「……分かりました」

「……ありがとうね」

 マチルダはそう言うと、颯爽と馬に乗り呪文を唱える。

 四十メイルの巨大ゴーレムが再び現れる。ガリア兵も、この嫌でも目につく土の巨人を見て、銘々魔法を放ち始める。

 

「さあ、ガリアのボンクラ兵共、ついてきな!! こっちだ!!」

 

 土の巨人を巧みに動かし、挑発しながらマチルダは颯爽と去っていく。

 小隊の軍はあっさりと、進行方向をマチルダの馬へと変えたのだった。

 

 

 

「うわあ、すごいなあ」

 宗次郎は、しばしぽかんと立ち尽くしていた。

 彼にとって、これが初めて見る『魔法』であったからだ。

 

「何か、面白そうなところですね。ここ」

 今まで空想上のものとしか思えないような生物や現象がまかり通っている世界。『ハルケギニア』。

 それに強い興味を示していた宗次郎は、ここで目をティファニアにやる。

 

「……まだ、泣いているのですか?」

 

 俯き、顔を手で覆っている彼女に、宗次郎は問いかける。

 

「ううん。もう、泣かない」

 

 やがて、ティファニアはそう言って、顔を上げた。姉が必死になって作ってくれた時間を、無駄にするわけにはいかない。そんなこと、彼女ももう分かっていた。

 それを聞いた宗次郎は、ぽつりとこう言った。

 

「じゃあ、行きますか」

「うん……行こう。ソウ」

 

 やがて、二人は歩き出す。先に宗次郎が歩き出し、ティファニアがその後をついていく。サウスゴータを目指して。

 

 この時はまだ、不安げに揺れる彼女の手をつなぐ甲斐性は……宗次郎には無かった。

 

 こうして、様々な経験を経て一人の流浪人となった青年、瀬田宗次郎は、この異世界にてハーフエルフの少女、ティファニアと共に、様々な冒険をすることとなった。

 

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