るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第百十五幕『「サウスゴータは燃えているか」』-其の参・『衆合』-

 

「はっ、はぁ……っ!」

 アニエスは息を切らしながら走っていた。

 複雑な路地だったが、的確に元来た道へと戻っていく。

 しかし―――。

 

「―――ぐっ!?」

 上空から飛んでくる『剣閃』に、アニエスは転んで回避した。素早く起き上がり、先程から強襲を仕掛けてくる人物の顔を見やる。

 

「―――偽者だよな」

 額の汗を拭きながら、苦い顔で呻いた。

 何故なら、先程から自分に攻撃を仕掛けているのはあの、緋村剣心だからだ。だが彼の身体からは『殺気』を立ち上らせている。

 

 一瞬操られているのかとも思ったが、彼がそんな下手を打つとは思えない。ならば魔法を使い、彼を模した存在が襲ってきたと見るのが妥当だろう。

(……だが、あれは間違いなく『飛天御剣流』\\)

 今朝、実際に剣を交えているのだからそれはよく分かる。さっきの攻撃は間違いなく『龍鎚閃』だ。

 しかし、一方で先ほどから自分でも対処できる攻撃しか繰り出してこない。本物だったら今頃死んでいる。

 

(聞いたことがある。本人そっくりに化けるという魔法人形があると……)

 

 アニエスは思考を巡らせながら、剣心……いや、剣心に化けたスキルニルを見る。

 何者も映さない虚無のような感情。その顔に、小さなひびが入っている。

 飛天の剣を振るうたび、この切れ目がどんどん大きくなっているようだった。

 

「まだ、わたしでも何とかなるか……?」

 普通だったら剣心に挑もうなんて命知らずな真似、自殺行為もいい所だ。

 だが、相手は偽者。今朝の手合わせで太刀筋も鮮明に覚えている。おまけに剣を振るうごとに、徐々に脆くなっていく身体……。

 アニエスは剣を抜いた。ひたすらにやり過ごして消耗させてやれば、勝機はあるのでは……―――。

 

 そんな彼女の背後に、伸びる影が一つ。視線を向けると……。

 

「―――あぁっ!」

 アニエスは絶句した。そしてふたたび、脇目を振らず逃げ出した。

 彼女の背後には、また剣心人形が現れたからだった。

 

 

 

第百十五幕『「サウスゴータは燃えているか」』

 

-其の参・『衆合』-

 

 

 

 剣心のスキルニル、その数二体。絶望が一気にアニエスを包んだ。

(奴ら、確実に殺しに来ているな……っ!)

 あれだけ盗聴していたのだから、当然と言えば当然だが。

 相手側の殺意の高さに少し戦慄いてしまう。

 

「くそっ!」

 アニエスは銃を構えようとして……すぐやめる。

 いくら性能が劣っているとはいえ、剣心に銃が当たる筈がない。むしろ接近させる隙を作るだけだ。

 その合間にも、人形の一人が神速の刺突を放ってきた。

 

「ぐっ……!?」

 アニエスはそれを剣で防いだ。火花が散る。その背後から別の人形が斬りかかってくる。

「うおわっ!」

 身体を大きくひねって、何とかやり過ごす。

 だがそのせいで剣を落としてしまった。そうせねば、とてもではないが逃げられなかった。

 だめだ。戦うなんてもう、愚策の極み。

 

(逃げろ! とにかく逃げ―――!)

 起き上がり、必死になって足を動かそうとする。その背に向かって、石つぶてが飛んできた。

 飛天御剣流 -土龍閃-。

 衝撃と土埃がアニエスを吹き飛ばす。

 

「―――っ、ぅ……ぐぅ!?」

 鈍い痛みが、アニエスを侵す。声にならない声が口から零れる。震える腕を使い、何とか起き上がる。

 彼女の前には、水路の底が広がっている。

 霞んだ視界を後ろにやれば、二体の人形がゆっくりと此方に向かってくる。土龍閃を撃った方の人形は顔のヒビがさらに広がっていた。

 

 絶体絶命。アニエスはもう賭けるしかなかった。

 

(逃げねば……早く、陛下にこのことを伝えねば……)

 最後の力を振り絞り、アニエスは水路に身を投げた。

 

(―――――っくそ!!)

 身をひねって上空を見ると……月光の影から飛来する、一体の人形。それが最後にはっきりと移った視界。

 刹那、アニエスの身体を、冷たい水が覆った。

 

 

 

「アニエス……?」

 アンリエッタは思わず、後ろを振り返った。

「どうしましたか? 陛下」

 隣にいるド・ポワチエ元帥が尋ねた。即座に「いいえ、何でもありません」と、アンリエッタは返した。

 彼女たちは今、各国の王を招いての『和平交渉』の席に向かう途中であった。

 

「いよいよですな。わたしはもう、奴らの泣き言が楽しみでなりませぬ」

 

 元帥の楽天的な声を聞くたび、アンリエッタは大いに頭を悩ませた。アルブレヒト三世でさえ、危機感を抱いているの言うのにこの男は……。

 だが、彼がそう思ってしまうのも無理からぬこと。

 間諜は潰したし、地中からへの攻めに対する防衛陣も万端。

 六万全てをサウスゴータに布陣させるとぎゅうぎゅう詰めになってしまうから、主戦力を突入予定地区に上手く配置し、そこに様々な魔法に拠る罠、仕掛けなどを施している。

 

 あぶれた兵は補給部隊として待機。押されてきたら逐次投入の準備も済ませている。

 最終手段として、空軍による出撃準備要請もしてある。本当に危なくなったら上空からの砲撃も加えられるが、これはあくまでも本当に最後の手である。この街に住む人々に迷惑がかかるようなことは、あまりしたくはない、

 

『敵がどんな編成で来るのかは今一つ分からないこと』だけが不安要素であるが……一応、やれるだけの策は、何とかこの日で整えることができたとは、アンリエッタも思っていた。

 

 ただ、やはり不安の種は……なかなか消えない。

 一応、アンリエッタは後ろにいるウィンプフェン参謀総長に尋ねた。

「参謀総長、住民、慰問隊への避難勧告及び……物資補給の配置。ちゃんと済ませましたか?」

 今日アンリエッタはずっと指令所内にいたため、外界の様子が一切確認できてなかった。何かあれば剣心やアニエスの方から伝えに来ると思っていたから、心配ないと思っていたのである。

 それに対し、澄ませた顔でウィンプフェン参謀総長は、一言。

「はい、全て問題なく」

「では、結構です」

 そうして遂にアンリエッタは、和平交渉が行われるという、迎賓館の扉の前に立った。

 

 

 白い石造りで作られたこの屋敷内は、どうやら首都ロンディニウムの影響を受けた装飾や家具が並んでいる。

 百年ほど前、ロンディニウムで起こった大火により、時の王は建築に木材を使うことはなくなった。

 その分、余ったその木材を宙船の資材に当てていたのである。アルビオンが、ハルケギニアに轟いた空軍力を編成できたのは、こういった理由で森林資源が保護されたことにも拠っていた。

 

 大理石に敷かれた赤い絨毯の上を、アンリエッタは進んでいく。

 

 使用人によって開かれた、大きな扉の先。ホワイトホールの円卓に、アンリエッタは腰掛けた。ポワチエ元帥やウィンプフェン参謀総長は背後に立って待つ。

 彼女の隣にはもう、ゲルマニア皇帝が腰掛けて待っている。相変わらず尊大な態度だが、同時にどこか硬く感じる。

 

「しかし……やつら、遅いですな」

 と、アルブレヒト三世が一言、呟く。

 

「そうですね」

 今、この席に来ていないのは皇帝オリヴァー・クロムウェルとガリア王ジョゼフ。

 時計の針はもう、予定時刻から十分を過ぎている。とことん舐められた対応だが、愚痴っても仕方がない。

 

 やがて、皇帝は更に口を開いた。

「しかし、ガリアもその国の格に似合わぬ王を戴いたものですな。ご存知ですかな? あ やつは優秀な弟を殺して、玉座を奪ったのです。恥知らず、とはあのような輩をさしていうのでしょうなあ」

 ガリアの王の顔を思い浮かべるアンリエッタ。その時だ。

 

 どかどか、と大きな足音が響き、ドアが、ばんッ! と開いた。見ると、青い髪の美丈夫が立っている。

「ガリア国王陛下のおなーーりーー!!」

 呼び出しの衛士が、慌てた口調で主役の登場を告げた。

 一方のガリア王は、供の一人すら連れずに、集まった面々を見つめ、やがて満面の笑みを浮かべた。

 

「これはこれは! おそろいではないか! このようにハルケギニアの王たちが一堂に会 するなど、絶えてないことではないか! めでたい日だ! めでたい日である!」

 ジョゼフはそのままアルブレヒト三世に気づき、その肩を叩いた。

 

「親愛なる皇帝閣下! 戴冠式には出席できずに失礼した! ご親族ともども、健康かね? そうだ、きみがその冠を抱くために、城を与えてやった親族たちだよ!」

 アルブレヒト三世は蒼白になった。城を与えてやった、とは痛烈な皮肉だ。ジョゼフは政敵を塔に幽閉したアルブレヒト三世を、からかっているのであった。

 

「彼らは、立派な鎖のついた頑丈な扉で守られているらしいな! その上食事にも気を使っている。パン一枚、水一杯、身体を温める暖炉の薪さえ、週に二本という話じゃないか。健康のためだね! 贅沢は身体に悪いからな。優しい皇帝だな、あなたは! わたしも見習いたいものだ」

 アルブレヒト三世は、うむ、おかげさまで、と、気後れした様子。ジョゼフはすぐに顔を背け、今度はアンリエッタの手をとった。

 

「おお! アンリエッタ姫! 大きくなられた! 覚えておいでかな? 最後に会ったのは、確かラグドリアンで催された園遊会であったな! あのときもなに、美しかったが、今ではハルケギニア中の花という花が、頭を垂れるであろうよ! このように美しい女王を抱いて、トリステインは安泰だ。うむ! 安泰だ!」

 

 そう言って、アルブレヒト三世の向かい側の席に座った。円卓の席は五つある。トリステイン、ゲルマニア、ガリア、ロマリア…そしてアルビオン。

 しかし、教皇は結局、参加表明しなかった。なのでそこは依然空席のままである。

 

「ま、取り敢えず腹が減った! わたしたちでまずは勝手にやろうじゃないか!」

 と、まるで自分の王匡のような仕草で、ジョゼフは給仕たちに呼びかけた。

 すると、どやどやと召使や給仕やらが、料理の盛られた盆を持ってなだれ込む。もう夜も更けているというのに、豪勢な料理が円卓の上へと並べられていった。

 

「ふむ、余もその席に交わってもよろしいかね」

 

 それを聞いたアンリエッタは、はっと顔を上げる。アルブレヒト三世も、少し目を見開かせた。

 そこにいたのは……。

 

「おお、来てくれたかね新皇帝オリヴァー・クロムウェル殿! ささ、どうぞこちらへ!」

 と、まるで召使かのような大仰な仕草で、上座の椅子を引いた。その席に、古き良きアルビオンを奪った皇帝。オリヴァー・クロムウェルが……。

 

「これはこれは、ガリアの王にそのような気遣いをされては恐縮千万。しかし…その席に余が座るわけにはいかないのだよ」

 そう、座らなかった。

 

「ほう! 立ったまま話すというのかね! 新皇帝殿は自身の健康にも気遣っておられるとは知らなんだ! このガリア王、一生の不覚!」

 

 ジョゼフも特段気を悪くした風はなく、そんなことを言いながら席に戻っていく。

 そんな対応に気後れすることなく、オリヴァー・クロムウェルは両手を広げて、アンリエッタたちに話し始めた。

 

「今夜はハルケギニアを統べる各国の王に、お集まりいただき誠に感謝する! 是非とも精一杯、今後のハルケギニアの未来を、行く末を、思う存分語って頂きたい!!」

 この戦に対する「和平交渉」の筈なのに、さらりと論点をすり替えながら話すクロムウェル。次に恭しく頭を下げて、更にこう続ける。

 

「そしてその前に…一つこの場で謝らねばなりませぬ。余は…正確にはわたしは…このアルビオンの本当の皇帝ではない」

 それを聞いて、アンリエッタは思わず身を乗り出した。心臓の鼓動がはっきりと聞こえてくる。

 来る。それが嫌でも分かった。

 

「ほう、では誰なのだ? お前を矢面に立てて今までコソコソ隠れていたという、この国の、本当の主というのは」

 ニヤニヤとした笑みを浮かべて、ジョゼフは問う。クロムウェルは帽子を取り、胸の前に置き、そして扉の前に構えた。

「では、ご紹介いたしましょう。この国の本当の王。そして」

 

 アンリエッタは閉じた扉を、食い入るように見つめていた。

 やがて、扉がゆっくりと開かれる。そして――。

 

 

「このハルケギニアを、本当の意味で統べる御方」

 

 

 青い着物をその身に纏い、その下に……全身に包帯を巻いた男。

 剣心が話した通りの男が現れた時。アンリエッタはあらゆる意味で冷静とは程遠い表情で、奴を見つめていた。

(こ、こいつが……ウェールズさまを……!!)

 ウェールズを殺し、弄び、国を、タルブを燃やし……そして親友(ルイズ)を何度も殺そうとし、自分もこいつらに誘拐されかけた。

 この戦の全ての元凶が……遂に、彼女の前に、姿を現したのだった。

 

 

「シシオ・マコト様でございます」

 

 

「よう」

 志々雄真実はそれだけ言うと、優雅に上座へと腰かけた。『和平』を請う立場なのに、さも当然といった対応で。

 アルブレヒト三世は、この男に対しただ唖然とした表情を浮かべていた。やがて…苦虫をかみつぶした表情へと変わる。

 

 その様を見て無理もない、とアンリエッタは思っていた。自分だって前情報なしに彼の姿を見たら、その雰囲気に呑まれてしまっていたことだろう。

 

「何だその姿、仮装パーティーから抜け出してきたのか? 新皇帝殿? まあ、つかみとしては満点だがな」

 

 一方のジョゼフは笑いながらそんなことを平然と言う。何処から本気でどこから冗談なのか、その表情からは推察できない。

 

「ここは和平……ああ、お前らアルビオンの命乞いを聞く場だぞ。お前たちの態度次第で、おれたちの大砲はいかようにも火を噴くのだからなぁ」

 なあアンリエッタ殿? と、ジョゼフはにこやかに問いかける。アンリエッタは「えっええ……」とどもりながらも、冷静になって志々雄を見た。

 そうだ、自分には剣心がいる。いざという時には、彼が助けに来てくれるはず。

 

(ウェールズさま……わたしに力を……!)

 

 テーブルの影で『風のルビー』を触りながら、アンリエッタは顔を上げた。

「ではアルビオンの新皇帝、シシオ・マコト殿。どのような形での和平をお望みか、ここで申しなさい」

 どんな策を出されようとも、対抗する準備は整っている。少なくとも呑まれるようなことだけは絶対避けなくては。

 毅然とした表情で、アンリエッタは問うた。

 対する志々雄は、じろりと一瞬、アンリエッタの方に目をやる。志々雄の表情を見た瞬間、またアンリエッタの中でぞわりとした恐怖が芽生え始める。

 

 瞳の奥に燃える野心。それを隠そうともしない表情。弱い奴は死んで当然と言う笑み。

 

 弱肉強食。その理念を教え込むかのような雰囲気。その四文字熟語に……自分の恋人は巻き込まれその身を焼かれてしまった。

 いや、下手を打てば自分もまた、その後を追う羽目になるのかもしれない。本当に、細心の注意をもってかからねば……。

 そんな風に考えていた時だ。

「じゃあ、端的に言うぜお姫さま」

 志々雄はニヤリとした口元を浮かべ、そして悠然と言い放った。

「お前ら全員、俺の傘下に入れ。そうしたら命だけは見逃してやってもいいぞ」

 

 

 

 降臨祭最終日、午後十一時半頃―――。

「ああもう! そうじゃないでしょ! この土壁の配置はこうじゃなくてね…」

「え、エレオノール殿…そろそろあなたは避難された方が…」

「何言ってんのよ! こんな無駄だらけな陣形しておいて、放っておけるはずないじゃないのよ!」

 

 サウスゴータの大通り地点。その一角。推定アルビオン侵攻地点口にて。

 五芒星に作られた路の頂点はそれぞれ、丸くて開けた広場になっている。その中心位置には時のアルビオンの王だった者の像が据えられており、その偉業を成した看板が立てられている。

 

 しかし、レコン・キスタ襲撃以降は、全ての像は打ち壊されてしまっていた。今はただ、下半身だけ残った哀れな『像だったモノ』が残されているのみである。

 エレオノールは今、その広場にて、魔法による仕掛け設計を布陣した設計者と大いにもめていた。

 優秀な土系統でもある彼女は、この像の真下がどこかに繋がっているというのを、すぐに突き止めたのである。

 十中八九、ここから敵軍は攻めてくる。なのでそれに対する防御陣……。土壁の配置、高台からの岩石、遠距離からの投石、踏むことで沼や落とし穴に変わる『錬金』トラップ等々……を仕掛け、その上で兵たちが攻撃を仕掛けるという策を取っているのであった。

 屋根の上や建物の窓には、主に『風』系統のメイジが詰めている。上から風の魔法を放ったり、岩を浮かせて落とすためだ。

 

 ここは市街地でもあり、守る戦でもある。そのため、大っぴらは『火攻め』はご法度。なのである程度家や壁が壊れても修繕しやすい『土系統』による魔法で対策することを、上層陣は決めたのである。

 

「だから、こんな質の悪い『土壁』じゃ突破されるでしょ! 製作したメイジを呼んできなさいよ!! まだわたしの方がもっと良いのを作れるわよ!!」

「そう言われましても……」

「大体何よこれ! 『硬化』どころか『固定化』もかかってないじゃない! こんなのトロル鬼のこん棒なら一撃で壊されるわよ!!」

『錬金』で立っていた土壁を破壊しながら、厳しい口調でエレオノールは詰め寄った。あまりにもつっけんどんな態度な上にヴァリエール家の令嬢である。どう扱っていいものか、と責任者も困り果てているようだった。

 

 彼女はずっと今日、こんな調子で働き詰めていた。良くも悪くもレコン・キスタに殺されかけたこと、妹もずっと闘っていることが、起因しているようだった。

 一方の軍人たちも、エレオノールの働きもあって詳細な侵入口の判明や魔法罠の配置がスムーズに進んでいる。そのため彼女を邪険に扱えないのであった。

 

「分かってるの!? 降臨祭が終わるまで、あと一時間もないのよ! 少しはしっかりなさい!」

「は、はいぃぃい!!」

 それを最後に、エレオノールはスタスタと去っていく。怒られていた責任者は、心底ほっとした様子で彼女の背中を眺めていた。

 

 

「さて、と。あとは……」

 そう言いながら地図を開いて、エレオノールは次の侵攻口の様子を見に行こうとしていた。そんな時だった。

 

「あいつ、一体どこに隠れたのかな!」

「さあ……路地に逃げられたら、流石に難しいよな」

「何か今日、おれたち走りまくっているよな」

 

 そんなことを言いあいながら向かってくる三人の影。エレオノールはふと其方に目を止める。

「あ、あんたたち、こんなところで何やってんのよ」

 その三人の影、それは勿論マリコルヌ、レイナール、ギムリの三人だった。目的は当然、ルクシャナの探索である。

 

「あ、お姉さま!」

 エレオノールの顔を見るなり、喜色の笑みをマリコルヌは浮かべた。

「お、お姉さまって、あんたね……!」

 そのあまりにも気持ち悪い顔に、怒りよりもドン引き顔のエレオノール。レイナールは彼の首筋をひっつかんで押し戻し、伝える。

 

「きみは引っ込んでて。それよりミス・エレオノール、ここいらでエルフを見かけませんでしたか?」

「え、っ、エルぅ――」

 

 大声で怒鳴りそうな顔を察したマリコルヌ、でぶっちょのくせに神速の動きでエレオノールの口を塞いだ。

 

「しぃぃぃ……こんなとこで『エルフ』なんて言ったら大騒ぎになっちまうぜぇ。お姉さまぁ……」

 周囲を見渡し格好つける。確かに周りはまだ、資材を運んだり配置転換で動き回る兵たちがそこそこにいる。

 エレオノールも少しずつ落ち着いたのか、マリコルヌの手を払って、杖を振り『サイレント』を唱えた。これで周囲に自分達の声は聞こえなくなった。

 

 改めて、大声でエレオノールは叫んだ。

「エルフってあんた!!? どこで!? 何人いるの!?」

「とりあえず、ぼく達が見た時は一人でした。慰問隊の営業地近くで見かけたんですけど……そのまま逃しちゃって」

「そいつって、レコン・キスタの手先なの?」

「さあ。あんまりそんな感じはしませんでしたけど、ぼくにはどうも……」

 

 小ばかにはするが凶暴と程遠い佇まいをするルクシャナの顔を思い出しながら、レイナールは質問に答えていく。

「エルフが沸いたってことで、とりあえず今慰問隊の方々の避難誘導が始まってます。ミス・エレオノールは避難されないんですか?」

 エルフについて特に何も知らなさそうだと判断したレイナールは、そんなこと彼女に尋ねる。

 エレオノールは「フン!」と鼻を鳴らしてこう言った。

「戦場は殿方の仕事って思ってたけど、こうしてみるとあまりにも頼りないから、残ることにしたのよ!」

 これに関しては、半分本音でもある。だが本音は「ルイズが戦っているのに自分だけ逃げるわけにはいかない」というのもあった。

「てかあんたたち、ルイズを知らな―――」

「? どうしました?」

 ルイズ……とあとついでに剣心の所在について尋ねようとした矢先だった。

 

 ふと、何となく目をやった先…細い路地に一瞬、綺麗な金髪が靡いたような……。

 

「ねえ、あそこ……」エレオノールはそう言って『サイレント』を解くと、恐る恐るその路地へと入っていく。

「どうしたんだいお姉さま? そんなに顔を強張らせちゃって」

 マリコルヌのちょっと不躾な質問に怒りもって答える余裕は、今のエレオノールには無かった。

 やがて彼女は、壁についた切れ目にひっかかっていたものを、『レビテーション』で手繰り寄せて手に納める。

 

「これは……髪?」

 

 しかも金色の色だ。『ライト』で照らすと、一本なのに眩いばかりの光沢を放ち始める。

 人間とはあまりに違う、滑らかな質感。

「……まさか、これ」

「うん、多分これ……」

「当たり、だよなぁ……」

 一瞬、四人は互いの顔を眺めた。

 

「やるしかない……ってこと……?」

 

 再び、沈黙。やがて、四人は盛大なため息を零した後……杖を構えて探索を始めた。

 

 

 

 降臨祭最終日、午後十一時四十分頃―――。

 

「はぁいこれ、おなか空いたんじゃ無いかなって、持ってきた」

 何処とも知れないボロ家の一室。ルクシャナはテーブルの上に、パンやら果物が乗った皿を置いた。

 

「大事な人質だもの。死なれちゃ困るからねー。どんどん食べなさいな」

「あ、あの、ルクシャナさん……」

 一方のシエスタは、苦笑い顔でルクシャナを見る。

 

「ん、なあに?」

「……帰してくれるんじゃなかったんですか?」

 

 シエスタは今、椅子に縛りつけられていた。食料を持ってくる間、逃げないようにというのはルクシャナの言だ。

椅子をカタコト揺らしながら、精一杯の抗議を彼女にぶつける。

 一方のルクシャナも舌をペロッと出して、

 

「ああごめんね。でもせっかくだし、色々聞きたいことや話したいことがあるのよ」

 エルフであることを隠さなくてもよくなったためか、ずいっとシエスタに詰め寄りながらそう言った。

 

「話したいこと……ですか?」

「そう」

 そしてルクシャナも椅子に座る。パンをちぎって、片方を自分に、片方をシエスタの口に放り込んだ。

「んぐ、んぐ……」

「食べ終わったら教えて欲しいの。あなた、ケンシン……だっけ? と、知り合いなのよね」

「んぐっ。え、ええ。まあ、はい……」

 何を聞きたいのだろう? 少し警戒しながら、シエスタは頷いた。

「じゃあさ。彼が『悪魔の使い魔』で、わたしたちエルフを過去に滅ぼしかけた『大災厄』の力の一端を、今は担っているっていうのも知ってるの?」

「ぇええ!?」

 当然シエスタは驚いた。言うに事欠いて剣心を「悪魔」呼ばわりされたのである。

 

「ケンシンさんが悪魔……? エルフを滅ぼしかけた……?」

「そう。……ああ、正確には彼自身じゃなく彼と契約された『力』の事を指すんだけど、まあ、どっちでもいいか」

 頭に疑問符を浮かべる彼女を見ながら、ルクシャナはさらに続ける。

 

「わたしたちはね、まああんまり色々語っちゃうと長くなるから省くけど、要はその『大災厄』を起こさせないように、四分割された『四の力』、その一つを盗みに来たってわけなの」

 

「『力』の一つ、ですか?」

「そう、何か心当たりない?」

 言われて、シエスタはう~ん……と唸った。平民なので魔法のことはよく分からないが、過去の記憶も思い返しつつ精一杯考える。

(力の一つって……そう言えばミス・ヴァリエールも確かご自身の魔法を『虚無』って名乗っていたわね)

 

 その『虚無』が、もしかしたら彼女たちの言う『悪魔の力』に当たるのかもしれない。

 だとすれば……彼女の狙いは、もしかして剣心とルイズなのでは? そこまで考えを巡らせた。

 

「ルクシャナさんは、ケンシンさんたちに、何を、させたいのですか……?」

「だからさっきも言ったじゃん。四の力の一つを、わたし達は持ち帰りたいの。内二つは『指輪』と『秘宝』なんだけど、その様子だとあなたは知らなさそうよね」

 

 片手で四本の指を立て、そのうちの二本を折り曲げながら、ルクシャナは続ける。

 

「だったら手間になるけど、『誘拐』になると思うの。残り二つは『担い手』と『使い魔』。どっちも蛮人だからね」

 

 それを聞いて、血の気が引くのをシエスタは感じた。彼女は、ルイズ達を誘拐しようということを考えているようだった。

 

「もしかして、その……わたしを攫ったのって……」

 ごくりとつばを飲み込みながら、恐る恐る問う。

 

「まあ、それはあくまで最終手段よ。聞けばその『使い魔』は相当に強いらしいじゃないの。わたしたちだって無駄な争いはしたくないし」

「じゃあ、どうするつもりなのですか……?」

 

 自分を『人質』にして脅迫する。それを考えてはいるようだが、彼女の様子を見る限り、余りそれはしたくないのだろうというのもまた、確かなようだ。

 

「だから、あなたからも彼らに『要求』して欲しいの。その四の力の一つを、わたしたちにくれって。『指輪』か『秘宝』、どちらでも良いわ。そうしたら別に誘拐する必要もないし、余計な手間もかからないしね」

 シエスタは静かに汗をかく。手で拭きたいけど…後ろ手に縛られている所為でそれはできず、やがて頬を伝って顎から零れ落ちた。

「要求……ですか、でも、平民のわたしの言葉など……素直に受け入れるか分かりませんよ」

 といいつつも、剣心やルイズは多分、自分を見捨てることはしないだろう……。うぬぼれとかではない。剣心は相当なお人よしだし、ルイズも、たぶん自分が攫われたと聞いたら眼の色を変える姿が容易に想像できた。

 

「でも、話を聞く限り、ケンシンってのはあなたを見捨てないのでしょう? あなたもそれを期待しちゃっているくせに」

 

 酒場での話を聞いていたからこそ、ルクシャナも自信満々にそう言ってきた。

 うぐっ……と、言葉に詰まるシエスタ。しばし、沈黙が場を支配した。

 

「ま、考えて頂戴。あなたがどうするかで、わたしたちの行動も決まるからさ」

 

 そう言って、ルクシャナは席を立った。そして窓から夜空の月を見上げる。

(アリィーの奴、戻りが遅いけど、大丈夫よね?)

 あまりに帰りが遅い婚約者のことを、柄にもなく心配していると……後ろからシエスタの声がかかった。

「あの……その『大災厄』っていうのは、どれほど酷かったのですか?」

 その言葉にルクシャナは再び振り向く。

 

「六千年前に起こったっていうやつね。あんたたちの始祖……で、いいのよね。そいつが放った『虚無』で、当時住んでいたエルフの大半が死に絶えたって話」

「始祖ブリミルがですか……? 何故そんなことを?」

「そんなの、わたしが教えて欲しいぐらいよ。でも『悪魔の門』が関係してるのでは? っていうのが、古くからある見解なの」

 

 シエスタは再び心を置いてきてしまう。なんというか……自分は今、とんでもないことを聞かされているのでは、というのが、平民たる彼女でも分かってしまった。

 一方、あっけらかんとした様子で、ルクシャナは話し続ける。

「でね、最近またその『悪魔の門』が活発化しているのよ。だからこうしてきたってわけ」

「悪魔の門が活発化すると、何が起こるんです?」

「それはまあ、極秘事項も入っているから、あんまり言えないんだけど…――」

 ルクシャナはテーブルの方に腰かけ、顔だけシエスタの方を向きながら話し続ける。

 

 

 

「今の統領、テュリュークは言ってたわ。数十年前、突如『悪魔の門』から現れし蛮人たちが、当時のわたしたちの水軍を壊滅にまで追い込んだって」

 

 

 

「っ……え?」

 それを聞いてまた、シエスタは震えた。

 蛮人、つまり人間が、エルフの軍を滅ぼした……?

 

「奴らは『兵器』を名乗っていたそうなの。ケン……かな? なんちゃら兵器って名乗る蛮人たち。そいつらは目を真っ赤に血走らせて、よく分からない謎の武器を操って、わたしたちエルフをちぎっては投げちぎっては投げ……を、繰り返していたそうなのよ」

 

 聞いたことない? と軽いノリでルクシャナは尋ねるが、シエスタは真っ青になって首を何度も横に振った。

 

「その時はまだ、わたしが生まれてないから詳細は知らないけど、テュリューク総統はその時の数少ない『生き残り』だそうなのよ。まあもう、彼以外に当時の現場を見たエルフはいないらしいんだけどね」

 皆死んじゃったらしいから。しれっと放たれる言葉にシエスタは息を呑んだ。

 

「けど、そういう実害もあるから、わたしたちとしてもこれ以上『悪魔の門』の活発化を抑えたいってワケなの。分かってくれるかしら、蛮人」

「そんなことが、あったんですか……」

 

 シエスタは大きく頷いた。そしてゆっくり深呼吸する。縄がミシミシとなって少し苦しいけど、とにかく精神的に落ち着きたかったのだ。

 

「なんていうか、エルフの方々も、苦労されているんですね……」

「分かってくれたかしら! じゃあ――――」

 

 ルクシャナは一瞬顔を輝かせる。しかし……突如目が鋭いものに変わった。

 彼女の変わりように、またシエスタは身を縮ませた。

 

「ど、どうしたのですか?」

「……何この臭い……?」

 

 臭い? そう聞いてシエスタもくんくんと周囲を嗅いでみる。すると薄らとだが…変な匂いが確かに漂ってくるのを感じた。

「これ、油?」

 それを聞いて、ルクシャナは建物から、張っていた結界から外へ出た。

「あの! 外してください!!」シエスタのそんな声に構わず、隣にある水路を見た。

 サウスゴータの井戸という井戸をつなぐ水路だ。場所によっては建物の下にも繋がっていることもある。路地と同じくらい、水が流れる道も複雑に絡まり合っているのである。

 そしてこれらは、三十リーグほどもある山脈から引いているのである。

 ルクシャナは近くに寄って手で水を掬った。妙にねばついている。

 

 

 

「水が、油に変わっている……?」

 

 

 

 おそらくメイジの魔法。でも、何でこんなことを……?

 その時だ。『契約』していたこの周囲の風の精霊が、『危ない』『逃げろ』と、警告してきた。

 

「動くな!」

「観念するんだエルフ!」

 

 それと同時に、ルクシャナの背後から声が聞こえてきた。

 見れば、杖を突きつけた学生三人組と、エレオノールがそこにいた。

 

「聞いているわよエルフ! 平民の給仕を攫ったそうね! その子を大人しく返しなさい!!」

 

 エレオノールが恐怖を隠しながらもはきはきした声で告げる。

 しかし、振り向いたルクシャナは必死の形相で叫んだ。

「何してるのよ蛮人!! 早く逃げなさい!! ここはもう――――」

 刹那、背後で発生した爆音と衝撃、そして高熱が、彼女の意識を一瞬で奪った。

 

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