るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第百十六幕『「サウスゴータは燃えているか」』-其の四・『叫喚』-

 

 降臨祭最終日、午後十一時二十分頃―――。

 同時刻丁度、ルクシャナとシエスタが『虚無』について話し合っていた頃―――。

 

「……で、あるからして! 我がレコン・キスタはハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった連盟である! 我々に国境はない! 今こそ! ハルケギニアは我々の手で一つとなり、始祖ブリミルの降臨せし『聖地』を取り戻すものである!!」

 

 志々雄の隣で立っているオリヴァー・クロムウェルは、声を高らかにあげてそう言った。

 こんな感じでしばらくの間、この仮の新皇帝は熱弁を振るっているのだった。

 しかし先ほどから述べているのは、こういったレコン・キスタの立ち上げ理由と『聖地』降臨のお題目のみ。この戦に対する「和平」の和の字も出てこない。

 

「美味いもんだな、これ」

 対する志々雄は、皿に乗っている鶏肉を切り分け口に運んでいる。一流のシェフに作らせた豪華な料理に、舌鼓を打っていた。

 

「そうだろうそうだろう! アルビオンの料理など塩気が無くて食ってられんからな! わざわざガリアの食材や調味料を持ってきて調理させたのだ」

 隣のジョゼフも笑いながらそんなことを言っている。どうやら彼はもう、会議早々に叩きつけられたあの言葉を、忘れているようだった。……もしくは、気にしてすらいないのか。

 

『お前ら全員、俺の傘下に入れ。そうしたら命だけは見逃してやってもいいぞ』

 

 その言葉を思い出し、アンリエッタは思わず、唇をかんだ。

 

 

 

第百十六幕『「サウスゴータは燃えているか」』

 

《center》-其の四・『叫喚』-

 

 

 

「どうした? せっかくの豪華な食事を、食べないのかアンリエッタ殿?」

 ジョゼフの声に、アンリエッタは「お構いなく、夜も更けてますし…」とやんわり断った。

 彼らの出す料理に、手を付けたくはなかったからである。周囲は普通に食べているが、自分のだけ何か盛られているかもしれない。そう考えるとワインの一滴すら口にしたくなかった。

 志々雄はあれから、何も喋っては来ない。もう伝えることは伝えたといった風体で、この無能王と駄弁っている。

 後はもう、隣に控えているクロムウェルに喋らせているようだった。クロムウェルは指を舐めて手に持った紙のページをめくる。

 

(……分かっていたことですけど、この戦の調停をする気はさらさらないって事なのでしょうね)

 

 目的は時間稼ぎ。降臨祭が終わるまで暇をつぶしているだけのようだった。

 それはアンリエッタも分かっている。彼女も見せかけだけの交渉をする気はさらさらなかった。

 アンリエッタは時間を見た。今十一時半。後三十分後で降臨祭は終わる。

 だが、この席でもなるべく情報を引き出したい。奴らの目的、真意、背後関係、それを少しでも明らかにせねば……それが、女王である今の自分の闘いなのだから。

 隣のアルブレヒト三世は、少し臆したように先ほどから口ひげをいじっている。このままではずっと平行線だ。

 そう思ったアンリエッタは、料理の小皿を脇に退けて、尋ねた。

 

「ご高説はよく分かりましたオリヴァー・クロムウェル殿。……では、ここから先はシシオ・マコト殿に尋ねます」

 

 ここでクロムウェルは口を閉じた。一瞬志々雄に目配せし、すぐ後ろに下がる。

 恐らく、自分が切り出さなければこいつはずっとしゃべり続けていたのだろう。彼らにとっては各国の王が集まる……ハルケギニアの歴史においても滅多にない会議すら『茶番』でしかないようであった。

 

「現皇帝たるあなたにお聞きします。結局あなたは……何をしたいのですか? 古き良き伝統を踏みにじり、民意を蔑ろにし、平然と他国を弄ぶ。今のあなたの行動は、先程から後ろの方が述べている『お題目』すら、欺瞞と周囲がとらえても、仕方がないと思われるのですが」

 

 後ろのクロムウェルに一瞬目を移しながら、アンリエッタは毅然として言った。ジョゼフは何も言わずに、椅子の背に体重を乗っける。

「そして会議初めに放ったあの言葉……それは今の状況を、よおく鑑みての発言と、とらえてもよろしいのでしょうか?」

 今夜何か仕掛けてくるのは確定としても、戦況は一応、盤上ではトリステイン・ゲルマニア連合とガリア側の有利ではある。

 

 この三国は、今の共和制を敷いたアルビオンを潰しに兵を出している。そして彼らが構えている本城まで、あともう一歩というところまで来ているのだ。

 今夜さえしのげれば、後はもう一気呵成に攻め立てるだけ。ド・ポワチエ元帥含む軍上層部はそう考えていたし、アンリエッタも一応、戦局は有利であるという情報だけ頭の隅にとめてはいた。勿論、楽観視は毛ほどもしていないが。

 

 ただ、此方には剣心やルイズもいる。『虚無』の奇跡……そして『飛天御剣流』の力があれば、この困難な状況でも、決して打破は難しくはないとも考えていた。

 

「うむ、そうだな」と、アルブレヒト三世も同調する。

 もう少ししっかりして下さいよ……。とアンリエッタは内心思っていた。

 

 先ほどから彼は、何故か怯えているのだ。志々雄が来る前は、かなり尊大な態度で椅子に座っていたのに……。彼を見た瞬間、人が変わったかのように怯懦になっていた。

 やがて、志々雄はナプキンで口を拭きながら、女王の問いには答えず、そんなゲルマニア皇帝を見て言った。

 

「あんた、系統は『火』か?」

「―――っ!?」

 

 一瞬、皇帝の目が大きく見開かれる。どうやら当たりだったらしい。

 

「何故、分かった……?」

「分かるさ。俺を見た瞬間、露骨に怯んだからな」

 

 くっくっと笑いながら、志々雄は鋭い眼光を皇帝に飛ばす。

 元は平民の筈なのに……そう聞いていたのに。

 この男は今、野心で上り詰めたゲルマニア皇帝を、目と言葉で恐れさせている。

 

「――そしてあんたは『水』とみた」

 次いで志々雄は、アンリエッタを指さす。

 

「……ッ!?」

 アンリエッタは目を見開いた。

 

「――何故? そうだと…?」

「皇帝サマと違って、俺を見てもなんとも思ってなさそうだからな。『火』と『水』、正反対の相性だろうと推理したまでだ」

 その様子だと当たりだな。志々雄は其処まで言い切った。それを聞いたガリア国王は思わず、感嘆の口笛を吹いた。

 アンリエッタは思わず唾をのんだ。系統を当てた洞察力といい、なんというか、『悪い剣心』を相手にしているような錯覚を覚えたのだ。

 

 彼にもし、野心や悪意があればこんな風になるのだろう。心の底から頼りにしているからこそ、彼が敵に回った時はこんなにも恐ろしく感じるのか……という思いが巡っていた。

 

 

「多少『火』を使える奴は、相手の体温や温度を見抜く力も持っているそうだな。だから皆、俺を見た奴は、一度は驚くんだ」

 心底可笑しそうに、志々雄は続ける。

 

 

「そして内心、必ずこう思うそうだぜ。()()()()()()()()()()()()()ってな」

 

 

 それを聞いてまた、皇帝ははっきりと目を見開かせた。その額には大量の汗の粒が浮かんでいる。

 どうやら丁度考えていたことを言い当てられたことに、動揺を覚えたようだ。

 

「……何人殺した?」

「――は?」

「何人殺してその席にまで上り詰めたんだ? 皇帝サマ」

 

 それを聞いた供が「貴様ぁ!」と騒ぎたてた。杖を抜きかねない勢いだが、志々雄やジョゼフは笑ったまま。

「静まれぇ!!」と、皇帝の怒号が飛んだところで、ようやく供も怒りを鎮めた。

 彼としては、精一杯の威厳を保とうとした結果なのだろう。志々雄も別に、それ以上追及せずにこの話を打ち切った。

 

「まあ、ゲルマニアという国は俺好みだがな。単純明快な真実を、多少は分かっているようだ」

 

 そして優雅にワインを呷る。血のように真っ赤な色。それがアンリエッタの視界を、小さくも一瞬だけ彩った。

「質問に答えて頂けますか? 新皇帝殿。あなたは共和制を謳っておきながら……一昔前の君主制より酷い差別を、生んでいるようにも思えますが」

 サウスゴータ攻略前の市民たちの怯えようを聞き、アンリエッタは問う。

 

 弱い者は塵以下。そんな対応がまかりとおっては、民意など集められるわけもないだろうに。

 それを聞いて、志々雄は……。

 

「ふっふふふ……」

 

 顔を卓の下に落とし、

 

「はっははは……」

 

 小さく震え出したのち、

 

「あーーーーーーーーーーっはっはっはっは!!」

 

 顔を上げて大声で笑い出した。しばし志々雄の呵呵大笑が、この会議室上に響き渡る。

 

「貴様! 陛下に向かって何様のつもりだ!」

 今度は後ろに控えていたド・ポワチエ元帥が怒鳴り出す。平民風情と侮っていればこの対応、癪に障るのも当然だった。

 

「静まりなさい! 静まれ!」

 今度はアンリエッタが怒声を上げた。勿論志々雄ではなく……いやちょっとはあるが、ド・ポワチエ元帥に向かってである。

 ポワチエ元帥は赤ら顔で、渋々杖を納めるが……それでも志々雄はくっくっと笑っていた。相当おかしいようだった。

 笑い声が静かに消えていく。やがて志々雄は、ポツリと言った。

「なあお姫さま?」

「……何ですか?」

 女王ではなくお姫さま。そんな対応でイチイチ怒ってはいられない。冷静にアンリエッタは聞き返す。

 

「あんた、『地獄』って信じるか?」

「……ええ、信じていますわ。多くの人を死に追いやった者には、相応の罰が死後に下ると思っていますわ」

 

 勿論それは自分も含まれているだろう。この戦を起こし主なのだから。と、アンリエッタは目を伏せる。

 だが、今だけは皮肉を込めた視線で、志々雄にそう言ってやった。

「ほう、そんな目もできるか。なら質問を変えよう」

 今度は何を言うつもり? アンリエッタは構える。

「『地獄』は死後だけしか見れないものだと、あんたは思うか?」

「……質問の意図が、分かりかねますわ」

 意味を理解しようとして、ちょっと戸惑った。疑問を浮かべた顔を、志々雄にしてしまう。

 それを聞いた志々雄は、にたりと笑った。

 

「所詮あんたも、そこが限界みたいだな」

「……どういう意味ですか? 分かるように仰ってください」

 

 ペースに乗せられまいとしながらも、若干身を乗り出してアンリエッタは志々雄を見た。

「フン、まあこれは『後で』話すとしようか」

 意味深な言葉だけ残して、志々雄は話題を変えた。

 

「この火傷はな、かつて俺を良いように扱った『上』の連中から貰った洗礼だ。不意打ちを額に貰い、追い打ちとばかりに火をつけられた」

 

 と、包帯だらけの手首を見せながら、話し始める。

「お? ここに来て自分語りか?」とジョゼフの茶々が飛ぶ。

 

「以来、発汗による体温の調整ができなくなり、俺の身体は……医者や『火』系統使いから言わせてみれば、生きている筈のない高熱を宿すようになった。いわば、地獄の業火の残り火だ」

 アンリエッタもまた、その辺の話は剣心から聞いていたので、特に怯みもせずに静聴する。……隣の皇帝はもう、滝汗を流して震えているようであるが。

 

「この火傷はもう、お前ら『魔法使い(メイジ)』でも、『精霊の力(先住魔法)』とやらでも治せねえといわれた。抑えることはできるようだがな。……まあそんなことはどうでも良い」

 そう言い置いて志々雄は続ける。

 

「おかげで俺は、お前らの言う平民の身でありながら『高温の炎』を、手繰れるようになった。苦難さえも糧とし強さに変え、更なる高みを目指す。それが俺の理想であり、『自然の摂理』だ」

「……弱肉強食。ということですか……」

「ああそうだ。流石はお姫さま、よくご存じのようで」

 アンリエッタは目を細める。志々雄は笑いながらこう続けた。

 

「『所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ』。単純明快な真実だ」

 

「たとえ今は……、あなたたちが喰われる側であっても……。ですか?」

 震え声で、そう尋ねる。精一杯の脅迫なのは分かっているが……、何か言わずにはいられなかったのだ。

「まあ、もう少しで分かるさ。どっちが喰われる側かってえのをな」

 ただ……と、志々雄はフォークを持ち上げ、ぷらんと先端を下にさせる。小さな三叉の先には食い残した鳥肉があった。

 

 

「少なくともこの国の王子サマたちは、弱いから『喰われる側』だった。それだけのことだ」

 

 

 そしてフォークを落とす。サクッと、鶏肉に深々と三本の槍が刺さった。ついで志々雄はそれを大口あけてかっ喰らった。

 

「――――っ!!?」

 アンリエッタは一瞬、席を立ちかけた。怒りが顔を真っ赤にする。

 叶うのなら、望んでも良いのなら……今すぐにでも杖を振ってこの男を串刺しにしてやりたい。殺気に呑まれかかった。

「もう一度言うぜ、お姫さま」

 しかし志々雄はそんな小娘の殺気など、心底どうでも良さそうに受け流して言った。

 

「大人しく下れ。俺はお前らの『(くに)』を()んで高みを目指し、ゆくゆくはエルフ共も従えさせる。そして頂上に立つ。覇権を握るはこの俺一人」

「っ……!」

「そうすりゃあ、お前らがいつかくたばった時、『聖地』とやらの前で墓標くらいは建ててやってもいいぜ」

 志々雄はそう言って、笑いながら周囲を見た。

 本気だ。この男は本気で聖地奪還に動き出している。勿論、ブリミル教の教えからくるものではない、自信の理論のためにだ。

 

 

『虚無』も、『魔法』も、『精霊の力』もないのに……ただの平民の剣士の筈なのに。

 この男が放つ言葉には、本気でそうさせるのかもしれないという『凄み』が、身体から立ち上っていた。

 

 

「……っぐぅ!」

 アルブレヒト三世は、完全に飲まれていた。さっきから志々雄とアンリエッタを交互に何度も見ている。

 今からでも裏切ろうか……、そんなことを考えているかのような瞳に、彼女も内心、冷や汗を流す。

「―――っ…!」

 アンリエッタは視線を、志々雄に移した。そしてしばらく二人は互いに睨み合う。

 沈黙が流れる。

 気づけば指針はもう、十一時の五十六分になっていた。

 

 

 やがて、アンリエッタは椅子から半分立ち上がり、歯を食いしばって志々雄を見て言った。

 

「……しない」

「あ、何だ?」

「どんなことを言われようと、どんなに下に見られようと、わたくしは絶対、屈しない。お前なんかに!!」

 

 力強い言葉で、アンリエッタは吠えた。怒りも勿論あるが、自分の中で信じられる人々が……剣心やルイズの姿が、彼女に力を与えていた。

 

「あんたはどうなんだ? 皇帝」

 志々雄のこの声で、アルブレヒト三世はビクッとした。同時にアンリエッタの睨み殺しそうな目も飛んでくる。

 裏切るならどうなるか分かっているのか? 気迫ある形相に皇帝は内心、(嫁に取らなくてよかった……)と冷や汗をかいた。

 皇帝もかなり長時間(といっても二分ほど)熟考し、やがて答えを出す。

 

「わたしも……良いだろう。この女王と共に戦う道を選ぼう」

「ホウ? あんたは『弱肉強食』の摂理を少しは分かっていると思ったんだが。意外だな」

「だからこそだよ。お前が掲げる理論は、わたしの『安寧』の妨げになりそうだ」

 既に国の頂点に立ったからこそ、今は地位を守る戦いを考えている皇帝にとって、この男の『火』は、余りにも強すぎる。最悪良いように使われ捨てられる可能性も高いのだ。

 何より魔法と実力、立ち回りで頂上に立ったプライドもある。突然現れた……魔法も使えぬ平民に一生媚びるなど、考えたくもない。

 最終的にそれで自分を、納得させた。今ならまだ、戦局的には五分と見ている。こ奴の首は、ここで獲ったほうが良いと思っていた。

 

「だ、そうだぞ新皇帝殿? どうするんだ」

 ガリア王ジョゼフは、最後まで他人行儀を崩さずに志々雄に言った。

 時計の針は今、十一時五十九分。降臨祭終了まで、あと一分。

 

「そうか、交渉決裂……だな」

 想定内ではあったのだろう。特に感慨を見せずに志々雄は片手を上げる。

 

「じゃあ始めようじゃねえか」

 長針は今、緩やかに上がり始めている。五十、五十一、五十二……。

 

「このアルビオンで、最後の闘いをよ」

 五十七、五十八、五十九――――。

 志々雄は指を鳴らした刹那―――。

 

 

 

 

 ドズン!! という衝撃音が、屋敷全体を揺らした。

 

 

 

 

 降臨祭が終了する、その少し前。

 シティオブサウスゴータから三十リーグほど離れた雪深い山中を、一人の小さい影が歩いていた。

 

「あー、つかれるなぁ……全く」

 独り言をぼやきながら、影……見かけからして少年か。は、悠々と進んでいく。険しい山脈だが、出っ張りを上手く使い跳躍していたのだった。

 

「地図だとこのあたりか」

 フーケの詳細なメモが乗った地図を見ながら、少年は疾駆する。

「そろそろかな」

 やがて開けた岩場に出る。雪が積もっているが、隙間に水が見える。こんこんとわき出す清水のおかげで、中心部は凍ってない。

 

「この水源か。ジャネットかジャックがいれば、すぐに分かったんだけどなぁ」

 今や絶賛牢獄生活中の三兄弟の顔を思い浮かべながら、少年……『元素の兄弟』最後の長兄。ダミアンは呟いた。

 まあ、彼らならいずれ牢獄から脱出することだろう。そんなに心配はしていなかった。

 ただ、そのおかげでアルビオン・ガリアからくる依頼をほぼすべて一人でこなさなきゃならなくってしまったが。

 

(でもまだ足りないんだよなあ……。夢をかなえるには)

 

 ダミアンには夢があった。他人が聞けば笑うか蒼白するか……でも自分たち兄弟にとっては希望の詰まった夢だ。

 そのためにはまだ資金が足りない。だから多少無理してでも、お得意様となったアルビオンの依頼を蹴る気はなかった。

 

 今日の昼は新しい間諜役のために、参謀総長を攫って再び返す仕事。昼間で酒を飲みに一人繰り出す隙はあったから攫うのは容易だった。

 

 夕方にはクロムウェルより依頼された『ある任務』のため、ロサイスに赴いた。どういう意図かは知らないけど、特にダミアンは聞かなかったし、興味もなかった。

 

 そして夜。この仕事。

 降臨祭から……いや、連合軍がサウスゴータに来る前からやっていた仕込み。

 今ダミアンの目の前にある水源は、シティの三分の一ほどの井戸や水路に繋がっている。

 しかし『この策』のために、水路や井戸を勝手に開けて『三分の一』から『シティ全体』にまで、密かにつなげたのである。

 

「時間は零時丁度だから……もう少しかな」

 懐中時計で正確に計る。どうせだったらタイミングはピッタリにさせたい。

 零時丁度に燃えるよう、先んじて用意を開始する。

 ダミアンは担いでいた機械を取り出した。それは『魔法研究所』にて『交渉』の結果入手した……エレオノール作の『常時錬金できる装置』だった。

 

 形は巨大な管楽器のよう。カタツムリのように真鍮でできた管がいくつも合わせられ、先はラッパのように広がっている。

 そのラッパ部分を、水源にピタリと当てる。細雪が降る夜空の中、白い息と共に小さな牙がちろりと見える。

 吸口に当たる部分にあるスイッチを入れる。すると低い唸りと共に装置が震え出した。管の内側が光り出し、水が怪しく光り出す。そう、油に変わっていくのであった。

 やがてこの魔法は、シティの水路や井戸全体を侵すことだろう。

 

「さて、これはここに置いておくとして……と」

『精霊の力』を使い、震える機械を見えないように隠しておく。まあ、こんな夜にこんな険しい山脈に訪れる人なんていないだろうけど、念の為。

「これで良し、あとは……」

 ダミアンはにこやかな笑みを浮かべながら、隣で座っていた風竜の背に跨った。

臨時収入(ボーナス)も、狙ってみようかな。『いる』みたいだし」

 次いで街を偵察させていた子鳥を肩に乗せ、暫くしてそんなことを呟いた。

 

 

 

 降臨祭、終了間際。

 サウスゴータの補給部隊は夜ぎりぎりまで必死に働いていた。

 

「けどよ、こんなところに火薬を集めてどうするつもりなんですかね?」

 運搬する兵の一人が、そんなことをぼやく。彼の目の前には、火薬が詰まった袋を、一か所に集めていたところだった。

 

「分かるかい。とにかくお偉方が言うにはここにありったけ集めろってさ」

 同じく袋を放り込みながら、別の兵が汗を拭く。

「全く、祭りの最終日ぐらい派手に騒ぎたかったぜ。明日になったらきちんと働くってのによぉ」

「ああそういや聞いたか? 何でも慰問所でエルフが出たって話」

「マジか! 見間違いじゃなくてか? ってか噂じゃあ屍人鬼もうろついていたって言ってなかったか?」

「あぁあったなぁ……。サウスゴータって、実は結構ヤバい街なんじゃねえのか……って、あれ?」

 一人の兵が顔を上げる。そしてこちらに向かってくる影を指さす。

 それはウェインプフェンだった。流石の兵たちも参謀総長の顔は知っている。すぐさま敬礼して応えた。

 

「火薬は積んだか?」

「ハッ! これで全てかと!」

「よろしい」

 

 それだけ告げると、ウェインプフェンはおもむろに杖を取り出し風の刃を兵たちに放った。

 

「ぐわっ!?」

「なっ!」

 

 当然、兵たちは対応できず無様に胸を切り裂かれ、倒れる。

「なっ何を……!? っ!」

 その時に気付く。参謀総長の目は、怪しげな文様と光で彩っていることに。

 異様なまでの狂気を孕んだ笑みを浮かべ、火薬庫へと近づいていく。

「やっやめ――――!!」

 そこから先はもう、何も見えなく聞こえなくなった。

 参謀総長の偏在が放った『着火』により、油で敷かれた街は一気に燃え上がった。

 

 

 

 降臨祭終了、午後零時―――。

 

「きゃあああああああああ!」

 強力な揺れに、アンリエッタたちは戦慄いた。次いで熱気がゆっくりと、周囲を包み込んでいく。

 控えていたド・ポワチエ元帥も、一瞬体勢をぐらつかせてしまう。

 

「な、何が―――ぐわぁあ!!」

 元帥の悲鳴で、アンリエッタは振り向いた。そして驚愕する。

 

「な……ウィンプフェン!! 一体何を!?」

 参謀総長が、元帥の胸を背後から貫いていたのである。

 

「ふっ、ははっ……はははっ!」

 ウィンプフェンは先ほどとは打って変わって、狂気の笑み浮かべて叫ぶ。

 

「あーーーーーっははははは!! レコン・キスタ万歳!! シシオ様ばんざああああああああああああああああああああああああいいいい!!」

 狂った叫びが、壊れた声が、ホワイトホールを侵す。アンリエッタはそれを見て、絶望を浮かべたような表情で……ゆっくりと志々雄を見た。

 

 志々雄は何も言わず、ただ、笑っていた。

 

「――――お前ぇえええええええええええええ!!」

 テーブルをバン!! と叩き、怒りでつっかかる。しかし志々雄は愉快に口を開く。

「おいおい、俺に切れてる場合じゃねえだろ。そんな余裕があんのかよお姫さま」

 貫いた杖を引き抜いたウィンプフェンは、そのまま今度はアンリエッタを刺し殺そうと迫った。『エア・ニードル』を唱えて襲い掛かる。

 

「ぐがっ……!!」

 そのウィンプフェンの肩を、風の刃が翻った。ド・ゼッサールがすぐに援護をしたのである。

 

「女王陛下!! 大丈夫ですか!?」

 転がったウィンプフェンに向かって、ゲルマニアの供たちが魔法を放つ。火であぶられ矢で射られ鎌鼬で切り刻まれ、参謀総長の身体は無残なものへとなっていく。

 しかし、残された者たちは一息つく暇すら与えられなかった。

 次いで、大きな衝撃音と共に、鋼鉄の巨腕が天井と壁を壊した。

 

 

「なっ―――今度は何だ!!?」

 アルブレヒト三世が今度は叫んだ。

 やがて、瓦礫の隙間から一人の女性が現れる。シェフィールドだ。

 

「これで、よろしいのですかジョゼフさま?」

 それを聞いたジョゼフは、ゆっくりと立ち上がった。アンリエッタが、アルブレヒト三世が、それを見て嫌な予感を覚える。

 

「おおよくやった余のミューズよ! 時間ピッタリ! 流石の手際だな褒めて遣わすぞ!」

 

 そう言ってシェフィールドを抱きしめた。彼女は心底嬉しそうな表情で、それを受け入れる。

 

「あ、その……!」

「ああ言ってなかったな! 紹介しよう」

 

 未だ呆然としている皆に向かって、ジョゼフは自信満々に告げた。

 

「余の右腕にして始祖の力を受けし使い魔『ミョズニルニトン』よ! ほれ、お前も自己紹介せぬか、重鎮たちの御前ぞ!」

「はい、ジョゼフさま」

 

 始祖の使い魔。それだけでも受け入れがたい言葉なのに……。さらに畳みかけるようにシェフィールドは優雅に一礼して告げる。

「お初にお目にかかります。シェフィールドと申します。虚無の担い手ことジョゼフさまの使い魔をさせて頂いております。以後お見知りおきを」

 

 静寂が、しばし流れる。その様を見ていたジョゼフは大笑いした。

 

「だはははは!! やはり驚いておるな! いやあ各国の王や重鎮が揃いも揃ってアホ面並べるこの光景!! これを見たいがためにおれはこの席に参列したのだ! 分かるかマコト!!」

「おいおい、言って良いのかよ」

「構わぬよ! もう茶番はここまでにしよう!!」

 そして更に、王は爆弾を投下する。今度は志々雄の肩を叩いて、こう続けた。

 

 

「そしてこいつは、余が召喚した、異国より来た友。シシオ・マコトだ」

 

 

「―――――!?」

 沈黙。しばし呆然として、周囲は佇む。

 やがて、皇帝……。アルブレヒト三世は、わなわなと震えた。怒りではない。恐怖でだ。

 この光景で分かること……。それは、アルビオンとガリアは最初から繋がっていたという事だ。

「ぁ、ああっ……」

「皇帝サマ。言いたいことは山ほどあるだろうが……俺からは一言だ」

 志々雄は未だ、この揺れる室内でも優雅に椅子に腰かけながら、告げる。

 

「もう遅ぇよ」

 

「―――っ!!」

 それを聞いて、アンリエッタもふるふると震える。恐怖もある。

 が、それ以上に怒っていた。

 してやったりとニヤニヤし続けているこの悪童二人に、どんどん気持ちが高ぶっていく。マザリーニからの警告も忘れ、怒りをあらわに大声で叫ぶ。

 

「お前たちは!! どうしてそう!! 人を弄ぶことしか――――」

 ドズゥン!! と隣の壁が崩壊した。砲撃音だ。アンリエッタは衝撃で吹き飛んだ。

 

「きゃああっ!!」

「陛下!?」

 

 ポワチエ元帥を介抱していたド・ゼッサールが、倒れたアンリエッタを助けようと風の魔法を放つが……。

 

「では皆の者。結論も出たようだし、会議もお開きとしよう。ミューズ。彼らを丁重にお返しするように」

「はい」

 

 ニタリとシェフィールドは笑みを浮かべると、館を壊した巨人……ヨルムンガンドの腕を振るわせる。

 

「ひっ……うわああああああああああああ!!」

「うげぶぅ!」

 

 悲鳴が響き渡る。中には誰か潰れたようだ。巨人の腕は赤い液体で滴っていた。

「皇帝!! 御逃げを!!」

「陛下!! 何処ですか!! 陛下あああああああああ!!!」

 供の絶叫が、やがてどんどんと小さくなっていく。どうやら館から逃げ出したようだ。

 アンリエッタの行方は露と知れず。ヨルムンガンドの腕で潰れたわけじゃなかったようだが、叩きつけた時の衝撃で、そのまま崩壊した穴から吹き飛んでいったようだ。

 

 ただまあ、彼女をどうこうしようという意思は、志々雄は特になかった。

 強ければ生き、弱ければ死ぬ。ここで死ぬならそれだけのタマだった。それだけだ。

 そしてこの場にいるのは志々雄とクロムウェル、ジョゼフとシェフィールドだけとなった。

 

 崩壊した、無残な迎賓館の天井からは……ガリアの旗艦『シャルル・オルレアン』号が見える。先ほどの砲撃音は、間違いなくあの船によるものだ。

 

 ジョゼフは何も言わず、ゆっくりと椅子に座った。志々雄もまだ、座ったままだ。

 しばしの沈黙。上空からの砲撃音だけが、背景音となってこのホワイトホールを包んでいる。

 既に、サウスゴータの街はどこもかしこも燃えていた。真っ黒な闇に、赤い焔が建物を、街を彩る。残酷ながらも、それは絵画の如き美しさもどこか誇っている。

 耳をすませば怪物の咆哮と砲撃音。そして民や兵の悲鳴。

 それはまさしく、地獄の顕現―――。

 

 

「「ふふ……ふ」」

 やがて、志々雄とジョゼフの二人は、

 

 

「「はっははは……」」

 小さく震え出すと、

 

 

 

「「はーーーーーーっはははは! はぁぁぁっはっはっはっは!!」」

 大口開けて、笑い始めた。悪童二人の高笑い。

 

 この四人以外に誰もいなくなった迎賓館にて、心底この光景(じごく)を楽しんでいるかのようだった。

 

 

「いやあ上手くいったなマコトよ! あ奴らの顔を見たか? おれが『虚無』と知った時のあれを! 無様ったらなかったなあ!!」

「てかてめえ、俺が話している途中で余計な茶々いれんじゃねえよ。あのお姫さまは薄々感づいていたみたいだったぞ」

「マコトこそ! お前が仰々しく現れてきた時、おれがどんだけ笑いをこらえていたと思っている! おかしいったらなかったぞ!」

 だはははは!! と笑いながら志々雄の背中をバンバン叩くジョゼフ。

 まるで対等な悪友といった風情に、側近のクロムウェルとシェフィールドは困惑の表情を浮かべていた。

 

「船は一隻だけか?」やがて、『シャルル・オルレアン』を見上げながら志々雄は尋ねる。

 

「ああ、既に準備は済ませた。他の連中は連合空軍がここへ来させぬよう時間稼ぎをさせるつもりだ」

 

 ガリアはずっと遊んでいると周囲には思わせていたようだが、実はそうじゃない。地図を見て停泊できる湖を事細やかに調べ上げ、魔法で霧を作り上げ、巧みに艦隊を隠していたのだ。

 ここらあたりは、空にも水にも浮かぶ『両用艦隊(バイラテラル・フロッテ)』の本領発揮であった。

 

 ルイズとジュリオが飛行中に見た光景も、それの一つに過ぎなかったのだ。

 

 そうしてこの十日間、ジョゼフも準備を進めていたのである。まるで将棋の如く的確に船を配置し、ロサイスから一直線に向かうであろう連合空軍の腹を突くために。

「まあ、連合軍の船に関しては、こいつも一応仕掛けていたみたいだけどな」

 志々雄は親指でクロムウェルを指さした。見れば、彼は少し震えている。それは恐怖なのだろうか……? よく見ると、『アンドバリの指輪』もなかった。

 

「では奴らの船が来ることはないだろう。この眺めを思う存分楽しめるというものだ」

 そしてジョゼフは、今度はシェフィールドに命じる。

 

「ではミューズよ。お前も行け。派手に暴れてよいぞ」

 それを聞いたシェフィールドは、畏まった様子で「はい」と傅く。

『シャルル・オルレアン』に搭載したヨルムンガンド。その数三体。一体はここ迎賓館を壊すために上空から落とした。

 残念ながら、他の二体はまだ動力源たる『風石』の積載が完了していないが、それも時間経過で完了する手筈となっている。

 シェフィールドは巨人の肩に乗った。

「……そこで見ててくださいませ、ジョゼフさま。わたしの活躍を」

 最後に志々雄を、一瞬だけ憎たらしそうに見つめた後、巨人と共にその場を去った。

 

 

「嫌われたものだな。俺も」

 勿論志々雄は、シェフィールドの視線に気付いていた。特に感慨もなく、そんなことを呟く。

「まあ仕方あるまい。お前と比べられたらああなるのも必然というものよ」

 ジョゼフは笑った。そんな彼に、志々雄は懐からあるものを取り出す。

 

「あぁそうだ。ほれ」

 それをジョゼフの机の前に置く。それを見た彼も、目を見張った。

 

「……これは、もしや」

「ああ、恐らくお前らの言う『秘宝』とやらだろうな」

 

 古ぼけたオルゴール。それがガリア王の前に置かれていた。恐らくは、アルビオンが代々秘蔵していたお宝だろう。

 ジョゼフはそれに触れる。指輪に嵌めた『土のルビー』が薄っすらとだが光り出す。

 共鳴。間違いない本物だ。

 

「これをどうやって見分けたのだ? 虚無の力がないお前には分からぬだろう?」

「簡単なことだ」

 

 フッと笑って、志々雄は続ける。

 

「アルビオン中の骨董品を集めて火をつけてみた。燃えカスとなった山の中に、無傷なそいつだけが転がってきた。それだけさ」

 

 それを聞いたジョゼフ、今度は涙が出るほど大笑いした。

「がははははは!! そんな力業で見つけたのか!? 秘宝を燃やして確認するとは!!」

「六千年の所縁あるブツらしいからな。相応の『保護』がされていると見ても不思議じゃねえだろう?」

「逆に言うなら、燃やした程度で壊れる秘宝は秘宝ですらないと。全く始祖が聞いたら何を思うのであろうなあ」

「その始祖の力で俺が来たんだから、案外予定調和ってほくそ笑んでいるんじゃねえか?」

「だはは! 確かにな!!」

 

 ジョゼフはオルゴールのふたを開ける。志々雄は何も聞こえないが、王は少し目を見開いた後、蓋を閉じた。

 

「調べが聞こえた。なるほどな……」

 後でゆっくり聞くとしよう。そう言ってジョゼフは懐にしまった。

 

「本当に貰って良いのか?」

「構わねえ。俺が持っていても仕方ねぇし、そっちの方が後々楽しくなりそうだしな」

 

 余裕を持った笑みを浮かべて、志々雄は言った。新たな『虚無』の魔法の力に興味があるようだった。

 

「まあもし、『礼』というのならこいつの頼みを聞いてやってくんねえか?」

 そう言って、後ろ指でクロムウェルを指す。彼は優雅に一歩踏み出て頭を下げた。

 

「うむ。よかろう。話ぐらいは聞くとしようか」

 そんなことを言いながら、ジョゼフはふと「あぁそうそう」と、話題を変える。

 

「アルビオンにいた担い手が、使い魔を召喚したそうだぞ」

「ホウ……!」

 

 それを聞いて、少し身を乗り出す志々雄。

 

「シェフィールドが追い詰め過ぎて召喚させてしまったようだ。まあ、おれとしては楽しい見世物だったから別に良いのだがな」

「藪をつついて鬼を出したってわけか。で、どんな奴だった?」

 

 志々雄は思考を巡らせる。自分や剣心に近い強者。

 そうすると、数は限られてくる。もしくは、まだ見ぬ諸外国からの猛者か……。

 真面目に誰かを当てようとしている志々雄を見ながら、やがてジョゼフは言った。

 

 

「見た目は平民の書生といった風情だが……、卓越した剣の使い手だったな。そして走るととにかく見えなんだ。もしかしたらおれの『加速』より速いやもしれぬ」

「……!!」

 

 

 志々雄は目を見開いた。珍しい彼の驚いた顔に、「知り合いか?」とジョゼフは尋ねる。

「ああ……、よおく知っているぞ」

 ニヤリと、口元を浮かべた。

 そうか、予想としては斎藤一あたりかと見ていたが……、確かに奴なら納得だ。

 

 

 

(お前が来るか、宗次郎よ)

 

 

 

 いずれ会うのが楽しみだな。そんなことを考えながら、あいつを呼んだ奴も相当苦労するだろうな、と、柄にもなくそのアルビオンの担い手のことも思った。

 

「まだまだ、楽しくなりそうだな。なあ先輩」

 

 そう言うと、志々雄は三階のホワイトホールから跳躍。壁の出っ張りを使い巧みに外へ降りた。

 

「行くのか?」

「ああ、折角の祭りだ。派手に騒いでやらねえとな」

「そんな大通りを歩きおって、空から弾が当たっても知らんぞおれは」

 

 悪友(ジョゼフ)からの野次を気にせず、志々雄は優雅に歩き出す。周囲には突如現れた怪物……、トロル鬼やオーク鬼、死人の群れの対処で混乱状態であった。

 誰も彼も、志々雄のことを気にかける余裕がない中、一人の影が立ち塞がる。

 

「き、きさま……、よくも陛下を……、このおれを……、コケにしたな!!」

 ド・ポワチエ元帥だった。肩から血を流し、怒りと屈辱に塗れた眼で、志々雄に杖を向ける。

 

「平民に無能王が……、こちらが下に出てればいい気になりおって!!」

 志々雄は何も言わず、ただ笑みを浮かべるだけ。やがて、まだ部屋にいるジョゼフの声が飛んだ。

「おーい、マコト! 一時だ!! それを過ぎたらおれも動くからな!!」

 

 同時に懐中時計も投げつける。志々雄はなんと、眼中にないとばかりにポワチエに背中を見せ、時計を受け取ろうと片手を上げる。

 何処までも舐められた態度に、ポワチエは遂に怒号と共に杖を振った。

 

「どこまでおちょくる気だ、貴様ああああああああああああああああ!!」

 巨大な『エア・カッター』数本が志々雄の背を襲う。対する志々雄は優雅に時計をキャッチすると、

 

「―――なっ!!?」

 ひらりひらりと、此方を見向きもせずに回避して迫ってくる。背を向けたまま襲ってくる志々雄を見て、ド・ポワチエ元帥はここで怯んでしまった。

 そしてその間に、志々雄は愛刀『無限刃』を鞘から引き抜くと、ポワチエの腹に思い切り突き刺した。

 

「ごぉあああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 次の瞬間、ポワチエの耳から、目から、鼻から、口から、炎が噴き出した。内臓から迸る熱の傍流に、全てを焼かれていった。

「魔法使いを名乗るんなら、地獄の業火も操ってみろよ」

 そのまま志々雄は上に向けて切り上げる。腹から頭が真っ二つになったポワチエは、体内から湧き出る焔に肺を、喉を、目を、そして脳を余すことなく焼き潰し……。

 

 

 そして、灰となって燃え尽きた。後には骨すら残らない。

 かろうじて残っていた元帥杖は、からりと音を立て転がった後、志々雄が足で思い切り踏み砕いた。

 

 

「ひっ!!!」

「あ…あぁぁ…っ!!!」

 

 総司令官が焼き滅ぼされた。

 その一部始終を垣間見ていた兵は、一気に恐怖した。

 得体の知れぬ怪物の中でも一際目立つ『化け物』。それを見た兵たちは……。

 

「逃げろおおおおおおおおおおお!!」

「ここはもうだめだああああああああああああああ!!」

 

 銘々、逃げ出してしまった。

「ったく、ちと脅かしすぎたか」

 

 肩に無限刃を置きながら、志々雄は周囲を眺める。

 相手のいなくなった怪物……トロル鬼は、普段の暴虐さが嘘のように両膝をついてやり過ごした。

 傲慢なオーク鬼は、武器を置いて服従のポーズをアピールした。

 小賢しいゴブリンは、片膝をついて、人間の騎士のような真似事で敬意を示そうとしていた。

 そして死人は言うまでもなく、優雅に一礼をする。

 皆、分かっているからだ。この男に逆らった者はどうなるか……その末路を辿った同胞たちを、沢山見せられてきた。だから、『アンドバリの指輪』を使わずとも、怪物は彼に平伏するのである。

 怪物たちの敬意を、それでも気にした風でもなく、志々雄は肩を回して、首を鳴らし、そして夜空を見上げた。

 

 

「さあて、そろそろおっぱじめようじゃねえか。先輩、小娘よ」

 

 

 怪物たちの百鬼夜行。先に行くは獄炎より現れし悪鬼。

 廃墟の壁は炎の光により、異形の影がより色濃く、大きく突き出ていた。

 

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