るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第百十七幕『「サウスゴータは燃えているか」』-其の五・『大叫喚』-

 

「で? お前は何をおれに頼みたいのだ?」

 ジョゼフはそう言って、残ったクロムウェルに向き直った。

 志々雄の側近にして、現在は怪物や死人、アルビオン軍の統括を務めるこの男。元は一介の司教であり、魔法も使えなければ特に大きな武力もない。

 正直言って、ただの雑魚。自分が利用するなら、只の駒程度で飽きたら捨てる程度の価値しかない。

 だが志々雄は意外なほど、この男を重用している。聞けば幹部級『十本杖』の一人に入れているとか。

 志々雄がコイツに何を見出したかは不明だが、ジョゼフは別に聞く気はなかった。知っていることと言えば……志々雄がこの世界に来て引き入れた幹部級の中では最古参、ということぐらいだ。

 やがて、クロムウェルは再び一礼をして、こう言った。

「恐れながら、国王陛下に私を殺してほしいのです」

 

 

 

 

 

第百十七幕『サウスゴータは燃えているか』

 

 

-其の五・『大叫喚』-

 

 

 

 

 

「ほう」

 流石のジョゼフも、目を細めた。

「何故?」

「さらなる力を、求めて」

 

 クロムウェルはそう言うと、『シャルル・オルレアン』の船を見た。

 表情はこわばっている。分かりやすく『死』に怯えているようだ。

 だが誰かに強制されてのものではない。自分で決めてのことのようだった。

 

「……『アンドバリの指輪』」

「はい?」

「それが関わっているのか?」

 

 志々雄が、この司教に死者を蘇らせる指輪を渡していることは知っている。だが今彼はそれを持ってはいない。

 すると、クロムウェルはゆっくりと胸に手を当てた。

 

「……今、アンドバリの管理運用は、シシオ様よりわたしに一任されております」

「うむ」

「ですがどうやら使うごとに、指輪の魔力が減っているのようなのです。使えねば私の戦力は激減。死人を操れねば今度の作戦にも確実に支障をきたすことでしょう」

 

 ジョゼフは椅子の背にもたれて静聴する。まあ精霊の力を、何のデメリットも無しに使用し続けられるわけがないのは確かだろう。

「だから何だ? 今更それで臆したから死に逃げるというのか?」

「まさか。もう私はシシオ様に全てを捧げると誓った身。むしろ私が望むはあの業火に飛び込む勇気なのでございます」

「要領を得ぬな。もっとわかりやすく述べよ」

 ここでクロムウェルは大きく息を吸って、そして吐いた。そして再び語り始める。

 

 

「私は今、アンドバリの指輪を飲み込んでいます」

「!?」

 

 

 流石のジョゼフも驚いた。何故そんなことを? 目が語り掛ける。

「そして思ったのです。この状態で死んだらどうなるのだろうと? 体内にある指輪が、私の『もっと生きたかったという意思』と共鳴を起こし、死人となって蘇るのではないか? と」

「自らをゾンビと化すという事か? それはまた何故そんなことを望む」

 自ら死人と化す。

 そう聞いてジョゼフもこの司教の顔を覗き込んだ。だが、この司教がしている目は、今まで誰にも会ったことのない、言いようのない狂気を滲ませていた。

 志々雄と出会っただけで、ここまで変わるか。ジョゼフは改めて、自分の悪友の評価を修正する。

 やがて、クロムウェルは再び口を開いた。

 

「魔法を極めし者は大体こういうのです。魔法は感情に左右されると」

 

 まあ、そうだな。と、虚無の担い手たるジョゼフも其処に異論はないと思い、無言で頷いた。

「指輪を腹に入れたことで、魔法も使えぬ私でも『見えぬ流れ』が、少しだけですが探知できました。『水』系統の力という事で、私の中に流れる血と、指輪の力が、少しずつですが交わり始めているのでしょう」

 アンドバリの指輪は、虚無ではなく精霊の力で動いている。そして精霊……先住魔法の力はメイジにとっても未知の領域。そして水の精霊の力は、身体の組成を司ると聞く。

 故に今述べたことも、そしてこれから述べることも、絶対『ない』とは確かに言い切れない。

 

「この流れを更に理解するには、指輪という力の本質を自分の身体に近づける必要があると思ったのです。そしてこの指輪の本質は『死人』。つまり同じ死人になれば……」

「より使いこなせるようになるでは? と……まあ、言いたいことは分かる」

 

 魔法も使えぬ者は苦労するな。とジョゼフは続けた。こんなことせずとも、ミョズニルニトンだったら手間なくこの指輪を使いこなせることだろう。

 だがこの司教は、『自分が死ぬという狂気』だけでそれに並ぼうとしている。何とも面白いことになったな。とジョゼフは思っていた。

 

「だが今言ったことは全て机上の空論だろう? そのまま死んだらお前はただの阿呆で終わるだけだぞ」

「どのみちこのまま使い続けたら、指輪の効力はいずれ消える。ならば賭けに出るのもいいでしょう。今のわたしは死ぬことではなく、シシオ様のお役に立てず見捨てられることの方が堪えるのです」

 

 そう言ってクロムウェルは優雅にお辞儀した。ジョゼフもまた、言いたいことは分かったといったような顔をする。

 

「で、なぜおれがお前を殺さねばならぬのだ? 死ぬならいくらでもやりようはあるだろう」

「死ぬ前に、強烈なイメージを叩きこみたいのです。今夜の作戦を聞いた時から、ずっと考えておりました」

 

 そう言いながら、クロムウェルは穴から覗く軍艦を見る。武骨な大砲が、ここまでも見えるかのような物々しさを放っていた。

 

「あの巨大な船から放たれる閃光は、さぞ綺麗な事でしょう。魔法が想像と感情で作られるのであれば、より強力な死亡体験をした方が良いと愚案した次第」

 

 志々雄の炎……は、死体が炎に弱いことを考えれば、まあ頼めないのも仕方のないことなのだろう。

 ジョゼフは美髯の髭に手を置きながら、暫く黙考する。やがてこう言った。

 

「ようは、強烈な想像(イメージ)を受けながら死ぬことで、アンドバリの指輪の『核心』に触れ、より使いこなせるようになりたいと、そういうことか」

 

 クロムウェルは無言で頷いた。しばし後……ジョゼフは静かに笑みを浮かべる。

「まあいいだろう。オルゴールの礼もある。それに、『そっちの方が後々楽しくなりそうだしな』」

 志々雄が言っていた言葉をそのまま返しながら、ジョゼフは口元を歪めた。

 

「しかしお前も中々に狂っておるな。少し見くびっておったぞ。人間、そんな風に変わるのだな」

「全てはシシオ様に出会った事が理由でしょう。あの時……酒場で交わしたたわいもない会話が、いつの間にか国をも動乱させる現実となった。私はこの野望の火を、最後まで見届けたいのです。そのためには一寸たりとも立ち止まることは許されぬのです」

「だはは!! そうか、おれがもしお前を使うとしたら、適当な小間使いで最後はポイ。が関の山であったろうが……そうか、これが『カリスマ』というやつなのだな」

 

 自分には無いものだな……。と、一瞬だけ、ジョゼフは寂しそうな顔をしたが、それもまた、再び笑みに変わる。

 

「良かろう。そこで待っておれ、最高の景色を見ながら逝くがよい。運が良ければ、また会おうぞ、オリヴァー・クロムウェル殿」

 

 そう言ってひとしきり笑った後、ジョゼフは杖を振った。加速とは別の、もう一つの移動魔法『瞬間移動』である。音もなくガリア王は姿を消した。

 一人残ったクロムウェルは、再び息を吸って吐いた。ああは言ったが……やはり、死ぬのは怖い。

 

 だが、だからこそだ。自分は狂いたいのだ。

 でなくば、自分は一生志々雄の掲げる理論『弱肉強食』の弱者から抜け出せない。

 強さを求めるという事は、どこか頭のねじを外さねばならないのだ。他人から正気を疑われるぐらいのものでなくば……いけないのだ。

 

 そして、ドラゴンを始めとした魔物共を屠ったあの、蒼い焔。

 あれより恐ろしい景色が、果たしてあるのか? いや無い。断言できる。

 ならば、何を臆する。

 クロムウェルは両手を広げた。そして目をかっぴらいて『その時』を待つ。

 再び船を見つめる。数百ある舷門が一斉に光った。

 それは三十余年のクロムウェルの人生の中で…二番目に美しい光景であった。一番は勿論、志々雄の焔だ。

 何百発もの砲弾、その一斉放射が、クロムウェルがいる迎賓館を襲った。

 一瞬で、館は瓦礫の山と化した。

 

 

 

 降臨祭終了と共に、サウスゴータは一瞬で、地獄と化した。

 まず、水路からいきなり立ち上った爆炎が、構えていた隊を襲った。それによって建物にも火や煙が充満していく。

 やがて、侵入口から姿を現したのは……オーク鬼、トロール鬼、死人を中心とした怪物たちの群れ。

 最初はメイジ達も奮戦した。仕掛けた罠や布陣により、怪物の群れをことごとく粉砕していった。

 

 だが……次第に燃え盛っていく炎。上空から突如行われる、ガリア軍からの砲撃。絶えず沸く異形の怪物、死人達。そして次々と飛んでくる、上官たちの殉職の報告。

 それらが、徐々にゆっくりと、兵たちの士気を削いでいった。消火作業も間に合わない。する暇もなく怪物たちは攻め込んでくる。

 今回、奴らは周囲を気にする必要がない。遠慮なくそのこん棒を、武器を、振り下ろしながら迫って来た。

 そして兵たちは逆に、命を賭けてまでこの街を守る意味は無い。所詮仮で占拠した街の一つに過ぎないからだ。

 

「退却だ! 退却うううううううううううう!!!」

「総司令官も参謀総長も殉職された!! ここはもうだめだああああああああああ!!」

 

 わが身が惜しい兵たちは即座に逃げだした。誰もこんな混迷とした戦に付き合う義理も道理もなかったからだ。

 逃げた兵は民たちと共に、かつてエレオノールが採掘した……そして今は潰れた鉱山口が近くにある城門に殺到した。侵入口が潰れているため、そこは絶対敵が沸かないからこそ、逃げる者は皆、そこから街の外へと脱出していくのである。

 これもクロムウェルが提案した作戦の一つ。敵が逃げる場所を一か所だけ残しておくことで、追い詰められた敵の、決死の猛攻をやり過ごすためであった。

 

 

 

 死の間際。……いや、死んだのだろうか。

 真っ赤に染まり……徐々に黒くなった視界で、クロムウェルは手を伸ばしてあがく。

 失敗する……とは、絶対に考えなかった。そんな思考をした時点で終わると、確信していたからだ。

 

 やがて、微かだが一筋の光が仄見えた。それはあの時……船から放たれた幾重もの砲撃から見えた閃光だ。それに必死で手を伸ばす。望むべきものが、あそこにあると確信していたからだ。

 やはり、死の直前に焼き付いた……強いイメージが、死んで消える筈だった自分の感情を、確かに生かしている。そんな気持ちが、今は彼を満たしていた。

 やがて、直前に思い出すは……志々雄とのやり取り。

 

 

『私でも……王になれると思うか?』

『知らねぇよ。俺に聞くな』

 

 

 たわいもない会話だ。本当に、それだけしか出てこない。だが、その時交わした会話が、彼とのファースト・コンタクトだった。

 

 

『ひぃ!! 何なのだお前は!?』

『死人さ。ついこの前まで地獄を彷徨っていたけどな』

 

 

 突如巻き込まれた暗殺劇で、彼に無礼な口をきいたことを思い出す。だが同時に……来る敵来る敵を潰して従えさせる彼の力に、魅力を感じたのもこの頃からだった。

 

 

『どうせ酔うなら、酒よりも野望に酔いたいものだな』

『へえ……、随分言うようになったじゃねえか』

 

 

 アルビオン王族の『エルフ騒動』に巻き込まれ、ささやかな司教の職すら追われ、ガリアで食い扶持を探していたあの頃。

 思えば、ずいぶん遠くへ来たものだ……。

 

 

 

『アルビオンへ行くぞ。国盗りをする。お前はどうする? まだ燻ぶっているつもりか?』

 

 

 

 いきなりの誘い文句も驚いたが……、不思議と彼の言葉は、自分の中に燻ぶっていた復讐と野望。小火程度だった火を、更に猛々しいものへとさせてくれた。

 そして、いつしか泰然と輝く青色の焔を見た時、思った。

 

 

『どうしたオリヴァー、まだ俺が怖いか?』

 

 

 正直言えば、怖かった。

 だが、それ以上に焦がれた。それほどまでにあの炎に、惹かれてしまっていた。恐らくどんな『魅了』の魔法でも敵わない、そんな力を、あのきらめきは宿していた。

 もっと見ていたい、近づいてみたい。焼かれても構わない。いつしか、そう思うようになっていった。

 無意識に手を伸ばす。やがてその光は徐々に……広がっていく。光は徐々に、揺らぐ炎になっていく。

そしてその色は、赤から蒼へ、あの、何よりも美しいと思った焔の色へとなっていった。

 

 

 これだ。遂につかんだ。指輪の力。その本質に!!

 

 

 瓦礫の山となった迎賓館。

 その一部が、カタリと揺れた。

 次の瞬間、そこから一つの手が、にょっきりと顔を出す。

 

「ぶぅはっ!?」

 そこから、確かに死んだはずのオリヴァー・クロムウェルの上半身が、次いで現れたのだった。

 

「はあっ!! はぁ……はっ、はぁ……っ!!」

 息も絶え絶えに、クロムウェルは立ち上がった。着ていた服は所々が焦げ付き、破れ、顔や髪は煤がべっとりと張り付いている。

「うっ……ぶぅうっ!」

 やがてクロムウェルは口を抑え、やがて膝をつき思い切り嘔吐する。血が混じった吐しゃ物の中から、『アンドバリの指輪』が顔を出した。

 

「………」

 オリヴァーは無意識に手を伸ばす。指輪は今、宝石に当たる部分が血のように赤く染まっている。自分の血だ。それを感覚で理解していた。

 やがて、指輪の方からオリヴァーの中指に向かって行き、すっぽりとはまる。まるで自分のもののように、自由に動いた。

 

「おぉ……」

 ちょっとの感嘆の後、次いで、地面に転がっている、一本の剣に目が行った。取っ手の部分は、握られたままのもげた手首もついている。

 クロムウェルは慌ただしい動きで、手首を捨てて剣を取ると……震える手で、自分の心臓に当てる。

 

「―――っ!」

 一瞬の躊躇の後、クロムウェルは自刃した。血が、背中から吹き出す。

 

「ぐぅ……!!」

 痛い。どうやら五感は生きているようだ。激痛が、確かに胸の部分から体中に広がっていく。

 だが……心音は絶えず鼓動を続ける。

 やがて、刃を胸に埋め込んだまま、クロムウェルは立ち上がる。周囲を、上空を見る。

 燃える家、彷徨う鬼ども、飛び交う砲撃音。自分は今、間違いなくサウスゴータにいる。それもまた、理解した。

 

「は、っははは……」

 やがて、無意識に笑みを浮かべた。やった。遂にやってやった。

 自分は間違いなく蘇ったのだ。しかも容易には死なない身体を身に着けて。

 他のゾンビ共と同じように、感情は消えるのかと思ったが……、今の所、頭はさえているし、何が起こってこれからどうするべきかもちゃんと覚えている。

 

「はーーーっはははは!! やりましたぞ!! シシオ様!! 遂に!! わたしも修羅の道へと至りましたぞ!!」

 

 そして両手をパンと手合わせした。それに伴い、周囲で動いていた死人は急に動かなくなった。倒れた死体は皆、そこから青い小さな光が現れるものの、『それ』は皆クロムウェルの指輪へと集まっていく。

 集まった分だけ、縮んでいた宝石の大きさは、再び元へと戻っていく。

 

「これだ! 死人化の自動解除!! これでもう、誰を蘇らせるか、死体に戻すかを自在に決められるようになった!!」

 

 本質を掴んだことで得た新たな力。それを確かに感じたクロムウェルは高らかにそう叫んだ。

 これでもう、懸念事項だった『蘇らせ過ぎて力が枯渇する』という問題も消え去ったというワケだ。死体から力を戻すことで、指輪の効力もまた元に戻ることが実証されたのだから。

 これならばいけるだろう。クロムウェルは高らかに笑い、再び両手を合わせた。

 今度は指輪の赤石が一気に小さくなった。枯渇寸前までいってしまう。その分クロムウェルの上空に浮いた赤い光が、一気にロサイス方面まで駆けた。

 

 

 

「撃てぇ!!」

 ロサイスからサウスゴータまでの道中。その上空にて。

 ボーウッドが乗る『レドウタブール』号にて、ガリア艦隊との砲撃戦が行われていた。

 

「着弾確認!!」

「ようしこのまま―――」と、ボーウッドが言った時だ。

 

 ズドン!! と衝撃音が船を揺らした。一瞬転びかけるが何とか持ちこたえる。

 

「左舷被弾!」

「消火作業急げ!!」

 

 すぐに消火隊のメイジが殺到する。ボーウッド自身も水メイジだが、既にこの船の指揮を任されるまでに至った彼は、持ち場を離れるわけにはいかなかった。

「全く、ここに来てガリアか!! とんでもないことになったな!!」

 ボーウッドはそう叫びながら、ここにいたるまでを軽く思い返す。

 

 アンリエッタ及びアルブレヒト三世からの命より、サウスゴータ上空に船を構えるようにという報告が来たのは四時間前のこと。

 かなり急だったこともあって動かせる艦隊数は二十程度だったが、総旗艦『ヴュセンタール』含む戦列艦隊は、本来ならばなんとかサウスゴータまで間に合う筈であった。

 

 しかしその道中に、突如現れしガリア艦隊からの、執拗な砲撃を受けることとなった。

 彼らは湖にて巧みに艦隊を隠し、攻め入ってきたのだ。

 

 まるでチェスを巧みに指すかのように。前から横から下から。艦数そのものは少ないが、その分練度はあちらの方が上。

 そもそもガリアと事を構えると、完全に思ってなかった連合軍は、先制攻撃すら許してしまう事態となった。

 それでも何とか必死にやり過ごし、何とか連合艦隊はサウスゴータが見えるところまでやってきた。

 しかしその時はもう、サウスゴータは街全体が燃えていた。

 

「王軍より報告! ガリアが我ら連合軍への宣戦を表明! サウスゴータ駐在の軍は今、亜人と猛火で劣勢とのこと!」

「だろうな、見ればわかる……」

 船上からの戦火を見て、ボーウッドは呻いた。

 元アルビオン兵であった彼は、かつての美しい古都が燃え盛っていることに、寂寥の思いを抱いていた。

 

「悪魔どもが……何なのだ奴らは一体……っ!!」

 

 ボーウッドはぎりと歯を食いしばる。無論、志々雄たちへの怒りで。

 奴らは一体、何処まで踏みつぶすつもりなのだ。伝統を、王族を、そしてかつての古都まで、笑って壊していく。

 瞼を閉じれば……志々雄の高笑いやクロムウェルのにやけた表情まで見事に現れるようだ。

 

 ボーウッドは首を振ってそれらを振り払った。

 とにかく今は、やるべきことをやらねばならない。

 

「陛下や皇帝は、ご無事なのか?」

「皇帝の安全は確認できたとのことですが、女王陛下はまだ……」

 

 報を告げに来た士官が、そこで目を軽く落とす。

 この状況で最優先事項は国のトップ……アンリエッタとアルブレヒト三世を、素早く保護しこの地を離れること。

 一番効率が良いのは空船に乗せることだ。旗艦『ヴュセンタール』は竜騎士を乗せることに特化させた船であり、積載量は他の船よりも余裕がある。

 余分な資材を落とせばその分多くの人間が乗せられる。それでできるだけの兵を乗せて撤退。それが今、空軍が急場で考え付いた作戦であった。

 

「よし、では我々がガリア艦隊と戦う間に、『ヴュセンタール』を緊急着地させるぞ!」

 

 総旗艦より発されし命令を聞いて、ボーウッドも素早く動く。

 しかし―――。

 

「緊急! 右前方より多数の『アンノウン』接近!」

「何だ!? 竜騎士か!?」

 

 ボーウッドは『遠見』の魔法で確認している士官の話を聞く。この状況で現れるとしたらガリア軍の竜騎士ぐらいだと思っていた。

 

 だが、士官は顔を真っ青にして叫ぶ。

 

「な、何だあれは……ど、ドラゴン?」

「何だ、はっきり報告せんか―――」

 

 その時だ。『レドウタブール』上空で、そのアンノウンは姿を現した。

 それは確かに、竜だった。だが上に誰か乗っていない。それが群れとなって襲い来る。

 

「なんだコイツは!?」

 ボーウッドは呻き声をあげた。

 彼の視線の先にあるのは、体の一部から内臓がまろび出たり、骨の一部が見えてたり、目玉がなくなっていた竜だったのだ。一言で言って『異形』の群れ。

 

 ドラゴン・ゾンビ。死んでいる竜。それが襲ってきたのだ。

 

「来るぞ! 魔法斉射!!」

 ボーウッドは油断することなく命じる。船上に控えていたメイジ隊が杖から魔法の矢を放つ。

『マジックアロー』が竜の身体を貫くが……いくら喰らえど当たれど、竜は止まらない。

「うわあああああああああ!!!」

 魔法を貰っても止まらず襲い来る化け物を見て、船上の軍人たちも、恐怖に見舞われた。

 

 

 

「はははは! 上手くいった! 死人のみならず、死んだ竜や魔物も復活させられる!! これで戦略の幅が、大きく広がったぞ!!」

 体内に残留した『水』の魔力の流れを感じながら、クロムウェルは再び高らかに声を上げた。

 これこそが、ダミアンに予め頼んでおいた『策』にして、対艦隊用に講じた手段。

 ダミアンには今日、かつて志々雄が殺した竜の死体を、ロサイス各地に放り捨てるように頼んだのであった。

 そしてパワーアップさせたアンドバリの指輪を使い、死体の遠隔蘇生も可能としたのだ。

 

「だが……流石に自分が触れていない死体の竜までは蘇生できなんだか。まあ、仕方ないか」

 

 志々雄が殺した後、自らの手で処理した竜は蘇らせることはできたが……。流石に与り知らない遠くの死体を、復活できる訳ではないようだ。

 この策自体はできるかどうか、賭けではあったが、自分が復活できるのなら『できる』という確信は抱いていた。そして実際、できたのである。

 

「見ててくださいシシオ様!! これをつかって必ずやあなたを、覇道の道の果ての果てまで進ませてみせますぞ!!」

 

 こうしてまた一人、狂信の修羅が産声を上げたのだった。

 

 

 

「―――ん、ぅ」

 砲撃音で、アンリエッタは目が覚めた。

 虚ろな視界が、段々と鮮明に戻っていく。そうだ、確かわたしは、あの巨人の腕に吹き飛ばされて……そのまま気を失って……。

 そこまで思い至った時、今の状況にようやく目が行った。自分の上に今、瓦礫の山が覆いかぶさっている。

 

「う、ぐぅぅ!!」

 

 身体を必死になって動かす。だが上からの重石のせいで、ここから動けない。

 丁度目の前には杖があった。必死になって手を伸ばす。衝撃で緩んで少し下がった『風のルビー』が視界に映る。

 だが動けば動くたび、不安定な瓦礫はさらにぐらぐら揺れた。

 もう少しで、更なる岩の塊が、自分に襲い掛かる。アンリエッタは歯を食いしばって、杖の先端に、指が触れた。

「フル・ソル・ウィンデ……!」

『レビテーション』の呪文。自分に乗っかる岩を、一時的に宙に浮かせる。その隙を見計らって、アンリエッタは抜け出した。

 

「はっ、抜けた……っ!!」

 遅れてズガァン! と、瓦礫全体が惜し潰れる音が聞こえてくる。一歩間違えれば、完全に自分の身体も潰れていたことだろう。

 何とか助かった。アンリエッタはフラフラな体で立ち上がる。

 周囲を見渡す。ここは何処かの建物内らしい。ただ、無残な傷跡や砕けた破片だけが視界を彩っている。

 再び、衝撃音。身体が揺れる。

(こうしてはいられない……!!)

 ボロボロに壊れたヒールの靴を投げ捨て、アンリエッタは走った。

 

 

 

「ぁ……はっ、はあっ!!」

 荒廃と火災漂う中、少女……アンリエッタは走っていた。

 

「ぁ……あぁ、ぁ……っ!」

 歯を食いしばってみる光景は…赤い焔。焼けた大地。逃げ惑う人々…。

 

「お前らの所為だ!!」

「だからいったのだ!! わしらの平穏を汚すなと!!」

「何が女王だ! この人殺しどもめ!!」

 

 レコン・キスタの恐慌に誰よりも怯えていた市民は、自分の姿を見るなり口々にそう叫ぶ。

 それ以上何かしては来ないのだが……その罵倒に、野次に、アンリエッタは心を痛ませる余裕すらなかった。

 会議のことを思い出し、アンリエッタは歯噛みした。

 

 もう、操られるがままのマリオネットは嫌だったのに……っ。

 どう暴れても、もがいても……上から伸びる糸は、自分の手や足に絡まって放さない。

 

「アニエス!! アニエスは何処ですか!!」

 必死になって、一番心に置く忠臣の名を呼ぶが…、返ってくるのは悲鳴、砲撃、衝撃音のみ。

 どうしてこうなっている? どうしてこんなことがまかり通っている?

 誰よりも信じた……二人の姿が影も形も見当たらない。

 無力な少女のように、アンリエッタは絶叫した。

 

 

「ケンシン殿! ルイズ!! みんな、何処に行ったの!?」

 

 

「危ない!!」

 その後、ド・ゼッサールと、魔法衛士隊となんとか合流。

「と、とにかくわが軍の状況の確認と……あと、逃げ遅れている民の避難を!」

「承知……と、言いたいのですが、肝心のポワチエ元帥が……何処に行ったのか……」

 この時はまだ、元帥の訃報が届いてなかった。逃げ出す兵と民で、大きな混乱が生まれているのである。

 

「ならばわたくしが……元帥の代わりに指揮を執ります。混乱している兵を集めてください。一度体制を立て直さねば―――」

 

 何とか、状況を理解せねば……。そう考える時間すら、

「うわあああああああああ!!!」

 あの蒼い焔に、奪われた。

 

 

「さっきの話の続きだぜ。お姫さま。あんたは『地獄』を、信じるか?」

 

 

「修羅が蠢く、現世(今この瞬間)こそ―――『地獄』と呼ぶに、ふさわしいと思わねえか?」

 

 

 周囲を業火で包みながら、志々雄は、静かにアンリエッタに問うた。

「ぅ……、うぅ……!」

 

 アンリエッタは、泣きそうになるのを必死にこらえて志々雄を見る。

 嫌だ。見せたくない。こんな奴に、泣き顔など……。

 

「貴様!!」

「よくも女王陛下を!!」

 陛下の泣き顔を見ていたド・ゼッサール含めた隊員たちが、奮起した。杖を向け、目の前の男を倒さんとばかりに向かって行く。

 しかし志々雄は取るに足らない笑みを浮かべて、ふと、たまたま壁に刺さっていた、剣の一本を手にする。

 引き抜く。焼きが甘かった剣なのだろうか、先端が折れて、使い物にならない武器だけが手元に残った。

 だが……、

 

「てめぇら貴族は、剣で殺されることに、とても屈辱を覚えるそうじゃねぇか」

 悠然と折れた剣を手に、襲い来る貴族を見据えた。

 

「丁度いい。この折れた剣で相手してやる」

「舐めるな貴様ああああああああああ!!」

 

 ただの平民、しかも折れた剣で闘うと抜かすこの包帯男相手に、衛士たちは奮起する。

 だが―――。

 

「ぐぅおっ!」

『エア・ニードル』で刺突を放とうとした隊員は、驚愕する。

 あっさりとそれを避けられただけでなく、杖を持つ手首を掴まれ、次の瞬間万力の如き握力でへし折られた。

 

「ぎゃあああああああああああ!!」

 悲鳴を上げて杖を落とす兵の首根っこをひっつかむと、遅れて飛んできた『フレイム・ボール』への盾とした。

 ドゴォン!! と、肉壁にされた兵はそのまま志々雄に、乱暴に投げ飛ばされる。

 

「がぁああああっ!!」

 それを受け止めた衛士は、それで一瞬よろけてしまう。焼けた衛士と受け止めた衛士、その二人に向かって、志々雄は……。

 

 

「『突き』ってぇのは、こうやんだよ」

 

 

 牙突もかくやの瞬速と突進で、折れた剣を片手に刺突を放つ。

 それをもろに喰らった二人は、一瞬で壁に押しやられ、叩きつけられる。壁に蜘蛛の巣の如きひびが伝播した。

 焼けた衛士は、根元からの刺突を心臓に喰らい、即死。受け止めた衛士は、壁と志々雄の突進、両方の衝撃に負けて圧死した。

 

「脆いんだよ。お前も、皇帝も、あのウェールズって奴も、全てがな」

 

 さらに根本が折れた剣を悠然と携え、志々雄はアンリエッタの元へと歩を進める。

「う、うわああああああ!!」

 残りの衛士は、恐怖を抑えながらも必死で魔法を放つ。しかし―――。

 

「ら、ラグーズ・ウォータル・イ―――」「『ジャベリン』か」

 言い当てられた。遅れて形成される氷の槍を、志々雄は裏拳だけではじき返す。

 ドゴォン!! と、一メイルある氷の槍は建物の壁に深々と突き刺さった。

 今度は別の衛士が唱える。

 

「デル・ウ―――!!」「『エア・カッター』、もう見飽きたぞ」

 刹那飛んでくる風の刃をひらりとかわすと、折れた刃を手に、まず隊員の喉を突きさす。

「ぐぉ……っ!」

 血が吹き飛ぶ。その合間にも志々雄は、アンリエッタに向けて言葉を続ける。

 

 

地獄(せんじょう)を直で感じたことのない、甘えたお前らを見るたび、俺の中で滾る炎熱が声を荒げる。『これでは駄目だ』と」

 

 

突き刺した刃を引き抜くと、遅れて飛んでくる氷の矢を片手で受け止めながら、最後の隊員の心臓を貫いた。

「ぐぶぅ……っ」

 それを最後に、志々雄の剣は完全に折れた。

 残ったのは、ド・ゼッサールとアンリエッタのみとなった。

 

「『修羅だけが生きる資格を有す強国。これこそ地獄に相応しい』」

 

 一歩、また一歩と志々雄は女王へと近づいていく。

 ついに最後の護衛となった、ド・ゼッサールが動いた。

 

「ここから先はやらせん!!」

 

 ド・ゼッサールは杖を抜く。「ユビキタス・デル・ウィンデ!!」と、二体の偏在を召喚し、呪文を唱えながら志々雄に襲い掛からせるが―――。

 

「遅ぇよ」

 何と志々雄は完全な徒手空拳だけで、三体いるゼッサールの一人に詰め寄り、顎を叩いて詠唱を封じる。

 

「ごブッ―――!!」

 すると、途端にほかの偏在の動きが鈍った。本体を叩かれたことで、魔力の流れに支障が出たのである。

「『偏在』。馬鹿の一つ覚えだな。大体動きでもう分かっちまうんだ。どれが本体か、てぇのはな」

 顎を叩かれピンと伸びる身体に容赦なく、腹に一撃を入れる。

 

「ぐぼっ―――」

 それだけで他の偏在はすべて消えた。集中が切れ、魔力の供給が絶たれたのである。

 その合間にも胸部に拳の乱打を食らわせていく。強烈な打撃にゼッサールは吐しゃ物をまき散らしながら宙を舞う。

 

「てめぇら程度、『無限刃(かたな)』を抜くまでもねぇよ」

 

 仮にも魔法衛士隊という、トリステインでも屈指の戦力だというのに、それを無手で事も無げに制圧していく。

「ごぅばっ―――!!」

 殴りに殴られたゼッサール隊長は、アンリエッタの目の前にまで吹き飛ばされてしまう。

 人の良い彼は、ボロボロにされた自分よりも、呆然として蹲っているアンリエッタを案じてこう言った。

「御逃げ……下され、陛、下……」

「そんな…あなたを見捨てることなど―――ッ!!」

 

『水』魔法で隊長を治そうとする間もなく、志々雄は既にアンリエッタの前にやってきた。

 完全なる間合い。剣を抜けば刹那で首を飛ばせる距離だった。

 

「何か、言い残すことはあるか。お姫さま」

 

 それを聞いたアンリエッタは、顔を下に、倒れている隊長の方に落とした。

 ポタ、ポタ……と、涙が雫のように落ちていく。身体を静かに震わせた。

 自分はもうここまでだろう。アンリエッタは覚悟を決めた。

 だから……だからこそだ。

 

「……しない」

「何だ?」

「何度も言わせるな!! お前なんかにわたしは絶対屈しない!! たとえわたしがここで斃れようと、わたしの意志を継いでくれる人が、お前を必ず地獄に送ってくれる!!」

 

 ルイズを、剣心を。今わの際までアンリエッタは信じた。彼らなら、自分の仇は必ず取ってくれると。

 故に、最後まで心だけは絶対に渡さない。涙を流しながらも、毅然とした表情を志々雄に向け、アンリエッタは叫んだ。

 しばしの沈黙。やがて……志々雄はふっと笑った。

「覚悟は決めたか。上等だ」

 アンリエッタはジッと志々雄を見据えていた。何が来ようと受け入れる覚悟を決めた眼だ。

 まあ、胆力に関しては認めてもいいか。と、志々雄は少しだけアンリエッタの評価を改めた。

 ならば、ひとおもいに一撃で葬ってやろう。

「じゃあな。女王陛下」

 志々雄はそう言って、ここで初めて無限刃に手をかけようとして……。

 

 パシッ!

 

 と、鞭のようにしなる何かが、志々雄の背後から飛んできた。

 志々雄は右手でそれをつかみ取る。

(――出来るな)

 自分だから悠然と掴めたが、恐ろしいまでの速度だった。配下では対応できなかったであろう。

 志々雄は後ろを向いた。そこにいたのは―――。

 

「全く、隊長になって腕が鈍りすぎたのではないですか? ちゃんと鍛えているのですか? ド・ゼッサール」

 

 その声を聞いたゼッサールは、懐かしさと苦い恐怖を同時に思い出して震えた。

「あ、あなた……まさか……!」

 志々雄の前に立った新たな人影。顔を仮面で隠し、全身をマントで覆っており、そこに大きなマンティコアの刺繍が縫い込まれている。

 アンリエッタはそれを見て唖然とした。一体誰なのだ? 隊長しか身に着けられぬマントと帽子。あんなメイジがまだいだろうか?

 すると、ゼッサールが震える声でその正体を言い当てた。

 

「カリーヌ……隊長……!」

 

 それを聞いたアンリエッタは目を見開かせた。

 ということは……あの……。

 

「『烈風』カリン殿……ですか?」

「お久しぶりでございます陛下。王家に変わらぬ忠誠を、ここで」

 

 鞭に変わった杖を志々雄に向けたまま、優雅な礼で、かつての最強……『烈風』カリンは志々雄と対峙したのだった。

 

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