るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第百十八幕『「サウスゴータは燃えているか」』-其の碌・『焦熱』-

 

「く、くるぞ! また『死竜(ドラゴンゾンビ)』だぁ!!」

 

 トリステイン・ゲルマニア連合空軍は、未だガリア空軍と壊れた竜相手に、空戦を繰り広げていた。

 総旗艦『ヴュセンタール』を中心に、全方位を円形に固める輪形陣で、小分けにやって来るガリア艦隊に対処。これは上空から、戦闘機のようにやってくる死竜への防御も兼ねている。

 

『ヴュセンタール』は今、徐々に降下を始めていた。避難した慰問隊や民間人、兵などがいる郊外の砦に緊急着艦させるのである。

 そこに、真っ先に逃げ出したアルブレヒト三世もいるということなので、乗せられるだけの人員を乗せることを決定したのである。

 勿論、真っ先に乗れるのは王族や高位の貴族や将校で、兵や民や慰問隊は、ここでは乗船できないだろうが。

 

(あぶれた者はロサイスまで自力で移動してもらうほかないよな……くそっ)

 

『レドウタブール』号で、指令を出しながらボーウッドは呻いた。彼だって、全員の乗せられるなら乗せてあげたい気持ちはある。だが作戦上、今回並べた船は戦列艦が全て。

 五百ある輸送船は、未だロサイスに停泊中なのであった。

 せめてもの対応として、慰問隊たちや民、そして下級の兵たちには「急ぎロサイスまで逃げるように」という連絡を出すことにした。

 勝手な行動なのは重々承知しているが……軍上層部が悉く死に、指揮系統が乱れている。それに乗じてこれくらいしても問題ないだろうと判断したのだ。

 このままでは、サウスゴータの外からやってくる怪物たちに、民たちが襲われかねない。それを助ける余力はもう、こちらにもなかった。

 さらに畳みかけるように、斥候からの報告が届く。

 

『ロンディニウムのアルビオン軍主力四万、サウスゴータへ向け進軍中』

 

 

 

第百十八幕『「サウスゴータは燃えているか」』

 

-其の碌・『焦熱』-

 

 

 

「……早く! 早く旗艦を降ろせ! 陛下と皇帝だけでも救出し―――」

 それを最後に、総旗艦を預かる提督の声が消える。突如迫った死竜に、身体を真っ二つにかみ砕かれたのである。

 ガリア軍より厄介なのがこのゾンビとなった竜である。船は砲弾が当たれば炎上するし沈みもする。だが、こいつらはそう簡単に砲弾は当たらないし、魔法が当たってもちょっと体勢を崩すだけですぐ復活する。

 

 上官がやられ、再び指揮系統が乱れる。

 その混乱は、『レドウタブール』でも起こっていた。

 

「報告! 『ヴュセンタール』号艦長が戦死!」

「くそぉ! 状況が一向に好転せん……っ!!」

 その時だ。

 ボーウッドの上空から、死竜が大口開けて迫ってきた。魔法の矢が何本も当たるが、一向にその動きは鈍くならない。

 

「ボーウッド殿!!」

 士官たちの叫びもむなしく、死竜の大口はボーウッドを遂にとらえんとする。

 とうとう自分か……。ボーウッドも軍人だ。こういうことはいずれ来るだろうとは思っていた。

 覚悟を決め、目を瞑る。

 

 その時―――。

 マンティコアに乗った一団が、迫った竜に突進してきた。

 

「なぁっ!?」

 突如の援護に、ボーウッドは大いに慌てた。

 さらに幻獣…グリフォン、ヒポグリフに乗った騎士隊たちが、死竜と戦い始めた。

 

「艦長! 後方より船団の影を確認!!」

『遠見』で見ていた士官が、ボーウッドに報告する。この船の上官が悉く死んでしまった今、彼がこの船の臨時艦長となっていた。

「今度は何だ!? ガリアからの援軍か――」

「いえ、それが…!!」

 

 それを伝える前に、幻獣に乗っていた騎士が一人、船上にやってくる。

 ボーウッドは驚いた。鞍についている紋章。それは……、

 

「ヴァリエール家の、紋章……」

「はっ。ヴァリエール公爵の命より、後詰の一個連隊、ただいま参上いたしました」

 ヴァリエール家の旗を掲げた船が、騎士隊が、殺到してきたのだった。

 

 

 サウスゴータの中。

 

「きゃあああ!!」

「た、助けてぇぇぇ!!」

 まだ避難できていない兵や民たちが、悲鳴を上げ火災や怪物たちから逃げ惑っていた。

 魔法を食らっても立ち上がる死人はもう、全て動きを止めていたが……、その代わりといわんばかりにオーク鬼やトロール鬼が暴れ回る。

 彼らの振り回す剣やこん棒は、並の兵を木の葉の如く吹っ飛していく。せっかく作った土壁や罠はもう、ほぼ機能しなくなっていった。

 

「きゃあああ!!」

 その、オーク鬼の振り下ろすこん棒が、街に住んでいた女性の頭を襲う。

 しかし間一髪のところを、五メイル程のゴーレムが防いだ。

 

「早く行きたまえ!」

 ゴーレムを召喚したメイジ、グラモン家の三男は杖を高らかに上げてそう叫ぶ。

 女性は礼を言って去っていく。ゴーレムはそのまま、オーク鬼を薙いで吹き飛ばした。

 王軍士官に務めている彼は、父ナルシス・ド・グラモンの家訓通り、最後の最後まで「果敢に戦い名を残す」ことに躍起になっていた。

 しかし……、

 

「はは、数が多い……」

 次いで現れるのは倍に増えたオーク鬼の群れ、そして先陣にはトロール鬼の姿が。

 その巨躯の腕で、ゴーレムは容易く粉々に吹き飛んだ。

 グラモン家三男は、震える腕を突き上げ叫んだ。

「父上! 見ててください! わたしは今から男に―――」

 その瞬間だ。

 

 

 突如舞い降りた一つの風と影が、トロール鬼の上空に殺到した。

 

 

 ドズゥン!! と、五メイルある怪物は無残な屍へと変わる。

 急な攻撃に驚いた鬼たちはしばし唖然とした後、気付く。

 暴風のような魔力の渦が、トロール鬼の死体の上に渦巻いていた。

 それを見た鬼たちは、雲の子を散らすように逃げ出していった。

 

「あ、あの、あなたは……」

 驚きで腰を抜かしていた三男は、上空から舞い降りる影を見る。

 

「全く、ナルシス……あいつにも困ったものです。奴の美談は話半分で済ませるぐらいがちょうどいいというもの」

 マントを翻し、顔を覆っている仮面を取る。そこにいるのはヴァリエール家公爵夫人の姿だ。

 

「あ、あなたはまさかっ!?」

 だがこの三男坊は、彼女の正体を知っていた。父から何度も聞かされていたからだ。彼女の武勇伝を。

 

「『烈風』……カリン殿……」

「若いころのあいつは、それはもう酷い歌と気障な格好で場を乱していたどうしようもないナルシストでしたよ。あとシャツの趣味が悪い」

 

 武骨と言われている父をぼろくそに言われて三男は恐縮する。元帥にこうまでずけずけ言えるのは、それこそ旧知の者だけだろう。

「何が『命を惜しむな、名を惜しめ』ですか、あいつはきちんと、逃げる時は逃げてましたよ。それで今の地位を得ているのです。分かったらあなたもさっさと退きなさい」

 それだけ告げると、烈風カリンの『偏在』は、未だ跋扈する怪物たちの群れに杖を向けて、こう言った。

「ここは、わたしが受け持ちます」

 

 

 

「成程、お前が噂に聞く『烈風』殿か。ワルドから聞いてるぜ。トリステイン一の風使いってな」

 杖から伸びる鞭を未だ掴みながら、志々雄は『烈風』カリンに視線を向けた。

「一昔前の最強か、俺も一度味わってみたいと思っていたところだ」

 志々雄は鞭を掴んだ手で引っ張る。その馬鹿力に一瞬引きずられるが、カリンも持ち前の魔力で持ち直す。

 水面下で行われる、力と魔力の引っ張り合いに、しばしカリンと志々雄は向き合っていた。

 これだけで二人は、互いの実力を察した。

 

(ホウ、ワルドの奴の更に上を行く風か。剣術も申し分なそうだ)

(奴の剣、ただならぬ熱気を感じる。あれは危険だ……)

「カリン殿!!」

 

 アンリエッタは叫んだ。烈風カリンの威光、名声は子供の時に聞かされ知っている。微かな希望の光が灯った瞬間だった。

「陛下、こやつはわたしが止めます。今のうちに街から脱出してください」

 

 一方のカリンは、表面上は淡々と、アンリエッタにそう告げる。

 

「ゼッサール。立てますか? 立てますよね。立って陛下を守りなさい」

 次いで、しこたま殴られたド・ゼッサールに向けて冷淡な声が飛んだ。それを聞いたゼッサールは、呻き声をあげながらも、のろのろ起き上がろうと奮起する

 

「早く!」

「は、はいぃいいいいいいいいいい!!」

 訓練時代そのままの怒声を浴びせられ、跳ね上がるようにド・ゼッサールは立ち上がって杖を拾った。

 

「さあ陛下! 逃げましょう!!」

「え、ええ!」

 ド・ゼッサールはアンリエッタを伴って、その場を立ち去る。

 その瞬間、緩んでいた『風のルビー』が、指から離れていった。

 

「あっ!」

 思わずアンリエッタは手を伸ばそうとするも、必死で女王を逃がそうとするゼッサールに抱えられ、取りにいけない。

 カラン、と小さく音を立てて転がる指輪は、そのまま吸い込まれるかのようにカリーヌの手に収まった。

 

「カリン殿……」

 アンリエッタの声に、カリーヌは軽く会釈することで返す。最後に彼女は、案じる目線を彼女にやった。

「お、お気を付け下さいまし! そいつはケンシン殿と同じ世界からきた人間です!」

 

 それを聞いてカリーヌは若干目を細めた。剣心が異世界の出というのは、ルイズの虚無を聞かされた時に知っている。

 だが、その情報が無くても、実際に剣心と相見えたカリンは分かっていた。雰囲気が、余りにも似ているのに、すぐ気付いたから。

 

 ただ一つ違うのは、彼には無い『悪意』と『殺気』が、暴風のように漂っているという事だけ。

 

「ええ、承知しています」

『風のルビー』を懐にしまい、改めて二人は見合った。

 ここでカリンが考えていることは……志々雄の剣。あれを絶対抜かせてはいけないという事だ。少なくともアンリエッタたちが街の外に出るまでは。

 

 カリンはここへ来る前、十体の『偏在』を街の各地に配置し、住民や兵たちの避難誘導に徹していた。それぐらい、今は場が混乱しているのであった。なので偏在は出せない。

 残りの魔力だけで、志々雄とやり合わねばならない。

 この状況でこの悪鬼を倒せるとまでは思っていない。『彼』が来るまで、そして逃げ惑う人々の避難が済むまでの時間稼ぎが目的だった。

 

(なんにせよ、我がヴァリエール軍が後詰としてきたのは、無駄にはならなかったという事ね……)

 

 いざという時のためにと用意していた公爵の慧眼を、内心賞賛しながらカリンは志々雄と対峙した。

 

「安心しな。楽しませてくれる分には、俺も適当に遊んでやるからよ」

 そう言って、志々雄は凄絶な笑みを浮かべた。

 どうやら今、自分が考えていることすら向こうは御見通しのようだ。無限刃の柄に左手を置きながらも、抜く気配はない。

 だが彼の笑みから凄まじい殺気が飛んだ。来る。カリンは気構えた。

 

「シャアアア!!」

 志々雄は再び、思い切り鞭を引っ張った。今度は全力だろう。カリンは魔法を唱える間もなく一気に引き寄せられる。

 

「――――フッ!!」

 カリンは優雅に身を翻すと、繰り出してきた志々雄の肘鉄を足蹴に、上空へ跳躍。さらに唱えた『エア・カッター』を放った。その速度、決して銃にも劣らない。

 上空から襲い来る鎌鼬を、ひらりひらりと志々雄は回避する。そして鞭を再び引っ張る杖は未だ、鞭状にしたままだ。その状態で魔法を放っているのである。

 

 そうやって『掴ませている』右手を封じさせておかねば……奴は使うからだ。あの『焔が充満する剣』を。

 だからまだ、鞭の魔法を解くわけにはいかないのである。

 

 さて、引っ張られたカリンはその速度の勢いを殺さず、蹴りを放つ。ただの蹴りではない。『エア・ハンマー』を纏った蹴りだ。

 志々雄の顔目掛けた一撃だったが、それを首をひねるだけで容易く避けた。そして再び鞭を引っ張っろうとして……気づく。

 カリンは空いた左手に予め溜めた魔力を、『エア・カッター』にして打ち放つ。手掌を振り、志々雄の顔目掛けて―――。

 

 ガキィィン!! と、金切り音を響かせながら、志々雄の顔は少しのけぞった。

(鉢金か――――!!)

 

 遅れてズガァンと、建物の屋根に大きく亀裂が入った。膨大な魔力のなせる業だった。

 だが、素早く体勢を立て直し、拳の乱打を繰り出してくる志々雄は依然無傷。カリンもまたひらひらと蝶のように舞いながらかわして後ろへ退いた。

 

 カリンは先ほどの戦闘を素早く振り返る。確かに風の刃は直撃した。奴の顔を真っ二つに出来る筈だった。

 だが奴は、額に巻いた鉢金に当てて防いだのだろう。そこは理解できる。問題は強度だ。

 自分の魔力を反射する強度の鉄なんて……と思い至った瞬間、志々雄は動いた。

 

「気になるようだな。鉢金の強度が」

 そして額に巻かれた包帯を取る。中から鈍色の光が現れた。

「こいつは『ヨルムンガンド』とやらの素材でできたモンだ。『反射』ってぇ先住魔法が仕込まれているのさ」

 

 だからか……と、カリンは小さく頷いた。

 ガリア国とこいつが懇意なのはここに来る道中で知ったが……まさか『先住魔法』にも手を出していたとは。

 実際、志々雄は『抜刀斎の血液』の交換として、ジョゼフからこういった素材を受け取り武器に変えているのであった、

 

「この火傷は頭の傷が原因だったからな。二の轍を踏まねえよう、ここだけは重点的に固めている」

 

 強いと知れば誰よりも早くその技術を取り入れる。ゲルマニアにも通ずるその貪欲な精神こそが、奴らの強さの根幹なのだろう。カリーヌはこの時思った。

 

(では、まさかその包帯も―――)

「で、もういいか?」

 志々雄のその言葉で、カリンは更に大きく後退した。

 

 ―――くる。

 もう、アンリエッタたちも脱出した頃合いだろう。カリンも鞭を解いた。

 全力でやらねば、あの『焔』には立ち向かえない。熟練の戦士としての経験がそう教えてきたのだ

 

「いくぜ」

 

 志々雄は自由になった右手で、柄に手を取る。抜刀術の構えだ。

 だがその殺気と熱が教える。脳裏に一瞬、彼……『天翔龍閃』の構えを取る剣心の姿が過

った。

 

「壱の秘剣」

 

 カリンは『ウィンド』で足元より爆風を起こして上空へ回避する。一瞬で建物の上にまで至る速度だった。

 下を、志々雄を見る彼女の視界に映ったのは―――。

 

 

「『焔霊』」

 視界の隅々にまで広がる、蒼い焔だった。

 

 

 サウスゴータで、怪物と戦う一人の『偏在』。

 かの『烈風』が作りし分身体は、そこらのスクウェアクラスのメイジの強さをはるかに凌駕する。

 彼女の偏在たちが、表になって避難誘導を進めていることで、街への脱出は確かに進んでいた。

 そのうちの一体が、今、消えた。

 

 

「―――――っ……!」

 着地して志々雄の背後に立ったカリンは、『その威力』にしばし、驚愕の色を浮かべていた。

 そのせいで集中を乱して、偏在を一体消してしまった。だが、それを気にする余裕もない。

 火竜のブレスをはるかに上回る熱量。砲撃のような衝撃波。凄まじい破壊力……。

 彼の視界の先……確か城壁があったはず。そこに今大穴が開いていた。

 蒼い焔が彩る先に、外の景色が垣間見える。

 

「こいつが、俺が異世界(ここ)へ来て積み重ねてきた『弱肉強食』」

 

 志々雄は悠然としてカリンに向き直る。刀に纏わりついていた焔は一瞬で立ち消え、それをとんと肩に置く。

 

「その、集大成だ」

 

 まるで操れるかのごとく揺れ動く、蒼い焔を背景に志々雄は笑ってそう言った。

「相当、殺してきたようですね。あなたは……」

 それを聞いて、カリンは一筋の汗を流した。

 

 

「フン……」

 膨大な熱量を探知したメンヌヴィルは、思わず其方を振り向かせた。

「ぜぇえぇえやあああ!」

 背後から斬りかかる兵士をやり過ごし、返す杖で『炎球』を放つ。

「そぅらぁ!」

 そのまま回し蹴りを放ち、兵は転がりながら燃えていった。

「くぅそぉ!」

「怯むな! 押せ押せ!」

 今度は壁の奥から魔法が飛ぶ。ここいらのメイジや兵はまだ、士気が高いようだ。怪物に交わって敵を燃やす自分に、意気高く攻撃を仕掛けてくる。

 

「ははは、ははははは!!」

 メンヌヴィルは笑った。まだまだ楽しめる。そう思うとどうしても顔を綻ばせてしまう。

 メイスの如き鉄棒のような杖を振り回し、壁を粉砕する。飛んでいった破片を炎で包ませる。

 当たった火の瓦礫が兵に着弾した瞬間、『錬金』で瓦礫を火薬に変える。刹那爆発音が周囲に轟いた。

 

「ぶごぉぉおおお!!?」

 爆炎で散った破片が、オーク鬼たちにも襲い掛かる。怪物たちは何をするんだと抗議の雄たけびを上げるが、メンヌヴィルは全く気にしない。

 悠然と戦場の路のど真ん中を歩き、立ち上がる者に火炎を見境なくぶつけていく。

 周囲が熱と炭でおおわれていく。メンヌヴィルは更に口を大きくゆがませた。

 

 

「良い香りだ。この生物が燃え尽きるこの香り。そこらの香水など霞みゆく、極上の香りよ……」

 

 

 だが……とメンヌヴィルは振り返る。黒焦げとなって朽ちゆく死体だけがある。それを見て、若干ため息を零した。

「まだ、足らぬか。あの『蒼い焔』には」

 奴は自分よりはるかに巨大な火力を操っている。しかも戦うごとにその焔はどんどんと強くなっているようだった。

 

「―――欲しい」

 

 奴の火力が、奴の強さが。

 それが、この『白炎』のメンヌヴィルが志々雄真実についてきている一番の理由だった。

 

 

 最初に奴……志々雄に会った時はびっくりしたものだ。

 

(炎が、人の形を成している……)

 それが、奴を見た時に抱いた第一印象。

 

 二十年前、両目を焼かれたことで自分は『体温で生物がどこにいるかを探知する』力を得た。

 その力でもう一度自分を焼いた隊長……コルベールに会いたいと様々な影の任務をこなすうちに。今度は志々雄と会ったのだった。

 

 当然、挑んだ。

 

 奴は「本来なら生きている筈のない高熱」を、その身に宿していた。それだけで十分興味を引いたから。

 

 当然、負けた。

 

 奴は地獄を何度も潜り抜けた猛者だった。恐らくは隊長よりも、はるかに上回る力を、熱を、持っていた。

「良い『目』をしてやがるな。強さを求め振るうことに正直な目だ。俺の炎が欲しいんだろう?」

 盲目な自分にそう問いかける志々雄は、ひどくニヤついた顔をしているのだろうと、思わせた。

 

「ならついて来い。なんならいついかなる時でも俺を殺しに来ても構わねえぜ。てめえなら俺が今集めている『杖』の格にふさわしい」

 

 そんなことを言い放つ志々雄に当然、ぞっこん惚れた。

 もう隊長なんてどうでもよくなってしまった。今は奴の焔に、力に興味がある。

 アイツみてえになりてえ。あの炎を操ってみてえ。そう思ったら、悠然と背中を晒し歩こうとする奴目掛けて、杖を振っていた。二十年前のように。

 

「だろうな。お前はそういうやつだ」

 

 分かってはいたが、奴は本物だった。

 志々雄は無傷で不意打ちをあしらい、両目の傷に向かって更に切り傷を与えられた。

 悲鳴を上げた。同時に茫漠たる熱量が脳内に流れ込んできた。

 これだ、これが欲しい。

 

「そいつは洗礼だ。それで強くなったと、てめぇが判断できるようになったら、更なる力を与えてやる。その時は俺に挑みに来い」

 

 以後、自分は『十本杖』の一角として、レコン・キスタの任務に明け暮れるようになった。ゲルマニアで貴族を殺しまわったり、刃衛に異国についての話を聞いたり、いろんな体験をした。

 

 

 そして確かに、自分は強くなったと思っていた。だが……奴は今この瞬間にも、成長を続けている。

 まだだ、まだ、挑むべきではない。

 だが……。

 

「必ず、その火をオレのものとしてやる」

 

 膨大な熱量が発生している地点に向けて、メンヌヴィルは手のひらをグッと握り締めた。

 

 

 

 さて、志々雄とカリンが激闘を繰り広げている中―――。

 

「――――っ!!」

「ったぁ……な、何なんだ一体?」

 

 エレオノール含む学生組が、呑気に体を起こしていた。

 周囲を確認すれば、いつの間にか町が、建物が、燃えているのだ。

 

「なっ、何よこれは……!?」

 

 気絶から目が覚めたエレオノールが、驚きの声を上げる。起き上がろうとして……マリコルヌが真上に乗っかっていることに気付いた。

「邪魔よ、この、豚ァ!!」

「ふぅげぇ!!!」

 そんなやり取りをしながら、二人は起き上がる。遅れてギムリとレイナールも気絶から覚めたようだ。

 

「え? なんで燃えてるの?」

「あれ、さっきエルフがいたよね……?」

 

 そこで徐々に思い出す。そうだ。爆発の如き大火に煽られ、今まで気絶していたのだ。

 

「そのエルフは一体どこに? って、あ……!」

 エレオノールはそこで、うつ伏せになって倒れているルクシャナを見つけた。

 彼女は爆発時、水路の近くにいたため、その衝撃のせいで気絶しているようだった。表立った外傷はないが、未だ目を覚ます気配はない。

「…………」

 ギムリとレイナールは互いを見合わせる。

 そして杖を振り、未だ気絶しているルクシャナの手足を縛り上げ、口に猿轡をかませた。

 

「エルフを捕まえたぞおおお!」

 そして二人で大きくハイタッチをかました。

 

「え、ぼくたち本当にエルフを捕まえちゃったよ!」

「褒章とかやべえんじゃねえか? 『シュヴァリエ』授与は当然あるよな!」

「あるよある! なんたってぼくたちご先祖様がどれだけやり合っても勝てなかった相手なんだから!!」

「何だったら領地まで貰えちゃうかなぁ!」

 

 勝手に盛り上がっていくギムリとレイナール。棚から牡丹餅とはいえ、街を騒がせたエルフを捕まえたという事実はゆるぎない。

 そんな感じでひとしきり盛り上がっていた二人だが…。

 

「………」

 と、やがて沈黙の目でルクシャナを見下ろした。

 

「―――いいのかなぁ、これ」

 捕まえはしたけど、特に危害も加えては来なかった。そんな彼女を突き出すことに、少しの罪悪感もまた覚える。

「てかあんたたち!! そんなことは後になさい! 今は周囲の状況を把握しないと―――」

 そう言ってエレオノールは周囲を見渡す。ここは路地だが、比較的広い空間になっている。

 水路は未だぼうぼうとした火柱が立っており、嫌でも街全体の異常が察せられる。

 とにかく、早くここから脱出しないと……と、彼女が思案した時だった。

 

「誰かぁ! 助けて下さぁあぁぁああいい!!」

 

 女性の声が目の前の小屋から聞こえてきた。少年たちはそちらを見やる。屋根の一部分に火が燃え移り、煙が立ち上り始めていた。

「あそこ! もしかしてあの子が中に!?」

 

 レイナールが叫んだ。ルクシャナが攫った給仕の子。シエスタが叫んでいた。

 彼女はまだ、椅子に縛り付けられたままだ。そのルクシャナが気絶して、精霊の結界が消え彼女の助けを呼ぶ声も聞こえるようになったのである。

 

「やだぁ、火が! 煙が! 誰かああああああああああああああ!」

 

 悲鳴はどんどん悲痛なものになっていく。ギムリが慌てて小屋に入ろうとするも、それをレイナールが止めた。

「待ってよ! もう部屋内に煙や火が充満している! 今きみが入っても巻き込まれるだけだぞ!」

「じゃあどうすんだよ! このまま放っておくつもりかよ!」

 ギムリがやるせなさそうに叫んだ。平民とはいえ、目の前で死にそうになっている子を見捨てるほど薄情でもない。

 

 今二人がこの時思ったことは「ケンシンがいてくれれば……」だった。

 彼ならば、こんな状況でも彼女を颯爽と助け出すという信頼があったから。

 でも……自分たちはまだそこまでには至ってない。

 少年たちが葛藤している間にも、シエスタの真上から燃える木々が落ち始めた。

 

「いやぁあああああああああああ!!」

 シエスタは涙を流して絶叫した。最後に剣心に会いたかった。そんな気持ちで目をつむった時―――。

 下から盛り上がった無数の手が、椅子にくくりつられたままの彼女を、椅子ごと外に押し出した。『アース・ハンド』である。

 

「きゃああああああああ……っ!」

 宙に放り出されたシエスタは…そのまま硬い地面にダイブするかと思いきや、クッションのような柔らかさが、今度は彼女を包み込んだ。

 シエスタの倒れる先に向かって、『錬金』を施し地面を柔らかくさせたのである。

 

「あっ……!」

「お姉さま!」

 

 呆気にとられたマリコルヌが叫んだ。シエスタを颯爽と救出したのは、エレオノールの魔法だったのだ。

「全く、剣を鍛えるのも結構だけど、それで魔法の修練もおろそかにしていい理由にはならないでしょう!」

 もっと精進なさい! と叱りつける勢いでエレオノールは学生たちに迫った。

「流石お姉さま!」とすりよる豚には裏拳で黙らせた。

 

「あ、あの、ありがとう、ございます……!」

 ここでシエスタも、ようやく自分が助かったという実感が出てきたようだ。恐る恐るといった体で、エレオノールにお礼を述べる。

「別にいいわよ。……ってかあなた、あの時の使用人じゃないの」

「えっ……! あ、わたしのこと覚えておいででしたか!?」

 シエスタは若干どもった。正直貴族のお偉方からすれば、自分達のことなど「使用人A、B、C」ぐらいという認識しかないと思っていたからだった。

 

「それは失礼じゃないの? わたしくらいになれば使用人の顔くらいはちゃんと覚えているわよ」

 

 そう言って、エレオノールは杖を振る。『錬金』で縄を一瞬で壊し、彼女を自由にさせた。

 

「も、申し訳ございません! ご無礼をお許しください!」

「そういうのも良いわよ。あなたこそ、エルフにさんざんな目に遭わせられたそうじゃないの。怪我は大丈夫なのかしら?」

「はい! 縛られる以外は特に……! って、そうだ、ルクシャナさんは…」

 

 そう言ってここで初めてシエスタは、縛られて気絶しているルクシャナに目がいった。

 

「ルクシャナさん!」とシエスタは慌てて彼女に駆け寄る。その甲斐甲斐しい仕草に、レイナールたちは疑問符を浮かべる。

「え? 彼女に酷いことされたんじゃないのかい? どうしてそんなに心配するんだい?」

「え、ええ。ですけどその…ルクシャナさんたちも相当苦労されていたというか、そんな話をしていたので……」

「エルフが? 嘘なんじゃねえのか? あんまり信じ込まないほうが良いぜ」

 

 気を取りなすようにギムリが言うが、シエスタは「ルクシャナさん!」と目を覚ますように呼び掛ける。相当心配しているようだった。

 

「ていうかあなた達! こんなところにいるのは危険よ! 早くここを出て街の様子を確認しないと!!」

 

 そう言って、エレオノールは元来た道の路地を行こうとする。ギムリとレイナールは杖を構え、マリコルヌが『レビテーション』を唱えてルクシャナを宙に浮かせる。

 そうやってここからの離脱を計ろうとした時だった。

 

「―――あれは?」

 路地の先に誰かいる。エレオノールは目を細めた。

 二人分くらいが余裕をもって通れる通路だ。彼女の後ろに控えていたシエスタが、遮るように立つその影を見た瞬間、驚喜の声を上げた。

「ケンシンさん!! 帰ってきてたんですね!! 良かっ―――」

 そこで言葉を切った。焔の色で、影になっていた彼……剣心の姿が、良く見えたからだ。

 

 シエスタの目の前に立つ男は…左腕が焼失して所々に焼け跡とヒビを覗かせ、緋色の髪は無残な焼け跡を残している。

 口は半開きで瞳は虚無。その左側は壊れたように砕けて無くなっており、その上にある目玉は下に伸びている。

 そんな異形なのに、当人は傷のことなどどこ吹く風。右手に持っている、若干溶解した剣を片手に、一歩、また一歩エレオノールたちに向かって行く。首はカタカタ揺れて挙動不審な動きをした。

 

「い、いや……いやぁっ!」

 その姿を見た瞬間、シエスタは「これは悪夢だ」と、何度も自分をだまそうとした。

 誰よりも尊敬し、惹かれた人の無残な姿…それが、何も言わずに自分たちに迫ってくる。

 だが何度頬をつねっても、鈍い痛みだけがシエスタに教えてくる。「これは現実だ」と。

 

「いやああああああああああああ!! ケンシンさああああああああああああん!!!」

 

 シエスタの絶叫と同時に、剣心人形は、一足飛びで斬りかかってきた。

 

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