るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

124 / 138
第百十九幕『「サウスゴータは燃えているか」』-其の漆・『大焦熱』-

 

 シエスタの絶叫を皮切りに、壊れた剣心人形は、一足飛びで彼女に斬りかからんと迫る。

 悪夢がそのまま迫ってくる光景に、シエスタは涙ながらに目を瞑る。

 その前に『土壁』が覆った。エレオノールの土魔法であった。

「早く! あなたは退きなさい!!」

 エレオノールは切羽詰まった声で叫ぶ。

 なんでルイズの使い魔があんなボロボロになって斬りかかってくるのか全く分からない。

 だが、ここで怯んでいたら皆死ぬ。それだけは本能で察したのだ。

 シエスタを素早く後ろに下がらせる、だがその合間に人形は壁を大幅に飛び越え迫ってくる。

 飛天御剣流 -龍鎚閃-だ。上空に殺到する人形は、そのままエレオノールを殺そうと迫ってくる。

 

「危ない!!」

「退いた退いた!!」

 今度はレイナールとギムリがエレオノールを押しのけ、『ブレイド』で防いだ。二つの杖と剣が交わり、巨大な火花が飛ぶ。

「ぐっ…」

「ごおぉ!!」

 呻き声をあげながらも、何とそのまま潰されず押し返す学生二人。日々の訓練が生んだ結果だった。戦争に行く前の状態だったら、このまま両断されていたことだろう。

 だがなにより、人形の方が限界のようであった。優雅に着地した人形は大きく体勢を崩す。袴で分からないが、膝にも亀裂が入ったかのような動きだ。

 垂れていた左目は飛び、顔の左側はより悲惨なものとなる。

 攻め込めそうかも……と考えた二人だが、ここで改めて剣心の人形を見やった。状況を整理したかったからだ。

 

「何だよアイツ……夢に出てきそうだ……」

「でも、あれって確かに『龍鎚閃』だよね?」

 

 震える声で会話する二人。目の前にいるのは確かに飛天御剣流を扱う剣心……もどき。

 流石の二人も、あれが本物だとは思ってないし、思いたくなかった。ていうか本人だった場合、一生モノのトラウマ確定だろう。

 口をカタカタ揺らし、再び起き上がってくる。そんな異形の怪物を見据え、ギムリとレイナールは気を引き締め直した。

 

「と、とりあえず……今わかることと言えば……」

「あいつ倒さねえと、先には進めねえってことだよな……!」

 悲壮の決意をする二人を他所に、剣心人形は再び殺到した。

 

 

 

第百十九幕『「サウスゴータは燃えているか」』

 

-其の漆・『大焦熱』-

 

 

 

「ったく何よアイツ! どういうことよ!!」

 学生二人に押しやられたエレオノールは、改めて「剣心が襲ってきている」という状況を理解し、喚く。

 

「一体どうして? 誰かに操られているとかないでしょうね……」

「ち、違いますっ!! ケンシンさんはそんなヘマをする人じゃありません!! あれは偽者です!! 絶対そうです!!」

 

 次の瞬間、シエスタが遮るようにエレオノールに迫った。

 遅れて後ろにいるマリコルヌのフォローが飛んだ。

 

「偽者……確かにそうだろうね。お姉さまは分からんだろうが、彼の剣技はあの二人組が受け止められる程度じゃあないのさ」

 無駄にカッコつけて、マリコルヌは観戦している。路地が二人分の大きさしかないため、自分は参加出来ないから棒立ちしているのであった。

「あんたは何カッコつけてんのよ!! さっさとあれどうにかなさい!!」

 エレオノールはすかさず突っかかる。しかしマリコルヌに考えあり。キランと目を光らせて人差し指を立てた。

 

「まあ任せなお姉さま。こっちには最終兵器がある」

「最終兵器? 何よそれは……?」

 

 疑問符を浮かべる長女に向かい、マリコルヌは颯爽と後ろを振り返る。

 そして縛られて宙に浮いているルクシャナに向かって、尻を叩いてこう叫んだ。

 

「オラ起きろぉ! いつまで寝てんだ! サッサと起き上がらねえとおめえも死んじまうぜぇぇぇぇええ!」

「んぐぅううう!」

 

 それでルクシャナは跳ね上がるように起きた。そして縛られ宙に浮いている状態に遅れて気づき、抗議の声を上げる。

 

「ん!? んぅう! んんん!!?(何よこれ! 降ろしなさいよ!!)」

「何言ってるかわかんねえぞオラぁ!! 早くあいつを先住魔法でぶっ飛ばしてくれよぉ!!」

「んうぅ!!(痛ぁ! 尻を叩くなぁ!?)」

 

 その光景を見ていたエレオノールとシエスタは、心底あんぐりとした口を開けた。

 どうやら彼のいう『最終兵器』とは、エルフの先住魔法だったようだ。そんな他人任せの発想にも驚いたが、何より命がけで闘っているギムリとレイナールもそちらを見やって……内心同時にこう思っていた。

 

((うわあ、マジでやりやがったよあの豚……))

『魅惑の妖精』亭での「お尻ぺんぺん」発言を本気で実行しやがった風の妖精に、得体のしれない恐怖を抱いていた瞬間……。

 

「ぐわっ!!」

「がぁあっ!!」

 

 剣心人形の『龍巻閃』が、二人を大きく吹っ飛ばす。実力が大きく落ちているとはいえ、腐っても剣心。わずかなスキを見逃すほど甘くもない。

 

「きゃああああああ!」

「ああっ!」

「ぐぅべっ!」

「んううう!」

 

 それに乗じて四人も一気に吹っ飛ばされる。その衝撃で、燃え盛る水路のある広い空間にまた、戻ってきてしまったのである。

 ギムリとレイナールは再び起き上がった。見れば剣心人形は路地の入口にまで迫ってきている。

 だが、技を使うたびにどんどんボロボロになっていく。それも確かだ。

 

「と、とにかく何とか倒さないと!」

「やるしかねえ!」

 

『ブレイド』を唱え、再び剣心人形と剣を交える。とにかく体力をひたすらに落としてその隙を突く。それが二人が共有した作戦だった。

 だが、それでもやはり剣技において、学生組と人形には大きな隔たりがある。素早く杖を弾かれ体勢を崩され、レイナールはたたらを踏んだ。

「しまっ!」

「レイナール!!」

 斬りかからんとする人形とレイナールの間に、土の壁が盛り上がってそれを防いだ。エレオノールの『土壁』だった。

「何をやっているのよもう! 早く片付けてここを出るわよ!!」

 前衛の学生二人の背後に、エレオノールが援護魔法を飛ばす。それでしばし、路地通路の闘いは膠着した。

 

 

「んうう!」

「ほら何やってんだよ! このままじゃお前さんも死んじまうぜぇえ!」

「んむぅ!(止めてよ止めなさいよ!)」

 

 そんな三人の闘いを尻目に、マリコルヌはひたすらルクシャナの尻を叩いていた。

 ドラムの如くリズミカルに叩く風の妖精に向けて、シエスタはおずおずと話しかけた。

 

「あ、あの……猿轡されているから喋れないんじゃないでしょうか? せめて口のものを取ってからの方が……」

「甘いぜ平民の嬢ちゃん! こいつらエルフってぇのは『先住魔法』を使うんだ! 口枷を外したら襲ってくるかもしれないじゃないか! だからこうやって納得させるのが先だ!!」

「んぅううううう!(あんたわたしの魔法目当てじゃなかったの!? これじゃ精霊を使えないじゃない!)」

 

 猿轡越しでルクシャナは呻いた。精霊の力を求めているくせに口が使えないからこれじゃあ使うこともできない。

 結局、ただ尻を叩かれているだけなのである。しかも叩くときのマリコルヌは段々と変な形相をし始めている。

 

 

「ほらどうなんだよぅ! それとももっと叩かれてぇのかぁ!」

「「「何 や っ て ん だ こ の 豚 ァ!!」」」

 

 

 そんな様相を見ていたギムリ、レイナール、エレオノールの三人は心の底からの叫びをぶつけた。

 命を賭けて必死に剣心人形と闘っているというのに、こんなことをされてはそうも言いたくもなるだろう。

 

「遊んでる暇があったらあんたも戦いなさいよ!」

「待ってお姉さま! もう少し! もう少しで説得できるから!」

「んむぅううう!!(これで何を説得するつもりなのぉ!)」

 そんなわけで一人遊ぶマリコルヌに、影が飛来する。

 

「―――へっ?」

 ドゴン! と、衝撃音がマリコルヌたちを吹き飛ばす。マリコルヌ、シエスタ、ルクシャナは壁に向かって吹っ飛んでいく。

 どうやら敵は、水路の方、今三人が激戦を繰り広げている路地の向かい側から来たようだった。

 そしてその影は……またもや剣心。

 

「あっ、ケンシンさ……!」

 それを見たシエスタは再び言葉を切る。その目は、人を斬ることに何の躊躇のない雰囲気と気迫を湛えていた。

「違う……あぁ、またっ!」

 

 それを見て戦慄くシエスタの更に上空、屋根の上に翻る影がまた一つ。

 

「うそだぁ、いやだぁよぉ……!」

 上空を見上げると、冷徹な視線で見下ろすもう一人の剣心が、そこにいたのだ。

 

 

 剣心人形、二体追加。

 シエスタは絶望の涙を流し始めた。

 

 

「なんで、どうして……本物のケンシンさんは一体どこなんですかぁ!」

 蹲って泣き出すシエスタと、額に汗を流すルクシャナ。口を使えないから、『精霊の行使』ができないのである。

 

「ヒェッ…うそん…!」

 これに驚いたのはマリコルヌも同様だ。遊んでいたら剣心人形が二人もこちらを見てきたのだから。

 しかも今エレオノールたちが闘っている奴とは違い、所々ひび割れているものの、四肢の破損や火傷等、大きな傷は追っていない。

 闘っていた三人はもう、現実逃避するかの如くマリコルヌに丸投げした。

 

「……そっちは頼んだよ豚」

「死ぬなよ豚」

「精々頑張りなさいよ豚」

「待って待って!! 死んじゃう! 妖精さんみじん切りにされちゃぅぅううううううう!!」

 

 満身創痍の一体でもう、メイジ三人が悪戦苦闘しているのである。無傷二体でやり合うとか、地獄以外の何物でもない。

 やがて、水路の方面からやってきた人形の一体が、ゆっくりと直剣を引き抜いた。鈍色の光がゆっくりと風の妖精に迫っていく。

「まって! ちょっと待って!! 一回話し合おう? ねえってば!」

 そんなマリコルヌの懇願を、問答無用。とばかりに剣が閃く―――。

 

 その瞬間、銃撃音が人形を襲った。

 直撃するかと思われたが、人形はそちらを見もせずに、身を翻して後退する。

 

「えっ……?」

 目を瞑ってわたわたしていたマリコルヌは、ここでようやく目を開けて様子を見る。

 水路側から、迫ってきた剣心人形の背後から、アニエスが銃を向けて立っていたのである。

 

「アニエス姉さん!!」

 マリコルヌは叫んだ。

 殺気を感じた剣心人形は、ゆるりとアニエスの方へと視線を向ける。

 アニエスは銃を投げ捨て、マリコルヌに向かって叫んだ。

 

「使わないなら腰の剣を寄越せ豚ァ!」

「は、はぃいいいいい!」

 

 マリコルヌは慌てて立ち上がり、腰に下げている鉄剣を投げ渡した。

 アニエスはそれを流暢に受け取ると、鞘から剣を引き抜いて剣心と剣を交わらせた。

 

「アニエス姉さん! 何でここに?」

「今それを聞いている場合か?」

 鍔迫り合いに持ち込みながら、アニエスは剣を弾かせ剣心人形と向き合う。

「まあ、色々あったと言うしかないな……」

 そう言って、路地で三人が戦っている、あの満身創痍の剣心人形を一瞬、見やった。

 

 

 

 あの時……。

 レコン・キスタの夜の密会から何とか逃げ出していた時。

 

 路地から現れた剣心人形三体。それらから逃げるために、ボロボロの身体ながらなんとか水路へと逃げるという博打を打った。

 しかし、そのうちの一体はそのまま殺しに、一緒に水路へ迫ってきたのである。

 暫くの間は、そいつから逃げ出すために必死になって迷路のような地下水路をさ迷い歩いた。

 しかし奴の追跡は厳しく、それでも何度も見つかりそうになった。おまけに入り組んだ迷路という事もあって、地上へ出ることすらかなりの時間を要した。

 

 そしてようやく地上への階段を見つけた時……不幸にも人形とも出くわしたのである。

 剣もない中、遂にここまでか……と、瞑目した時、水路から突如発生したあの業炎と爆風が、人形を襲ったのである。

 今、レイナール、ギムリ、エレオノールの三人が戦っている人形が、あれだけ満身創痍なのは、それが理由だった。

 自分は丁度、水路の外側に身体を置いていたので、吹き飛ばされる程度で何とか済んだ。気絶はしてしまったが…。

 そして起き上がって地上の路地を進んだら、この場面に出くわした…という塩梅なのであった。

 

 

 

「ギムリ、レイナール! そちらは任せたぞ!!」

 アニエスはそう叫んで、人形に再び斬りかかる。剣心人形もまた、それを受け止める。

 こうして打ち合うとわかる。やはり、本物には程遠い。

 そもそも、飛天御剣流の技を放つたび、人形の耐久値が減っていっているようだった。

(まだ、勝機はある!)

 こんな偽者にまで遅れを取るわけにはいかない。アニエスは柄を強く握りしめた。

 

 

 そんな風にやり合っている中、遂に屋根の上にいる、三体目の剣心が動き出す。剣を引き抜き、今眼下で戦っているアニエスに向かい、『龍鎚閃・惨』を見舞うつもりであった。

 足に力を込め、今まさに上空へと飛ばんとした矢先―――。

 

「あああああ! あれ! あそこ!」

「……またあいつか、しかも、ルクシャナもいる!」

 

 人形の更に上空から、一頭の竜が殺到した。その上から、二人の影が降りる。

 人形の思考は、アニエスへの奇襲より此方へやってくるその影に対処した。

 

「着地!」

『フライ』を使い、優雅に着地したのはギーシュ。その隣にアリィーも登場した。

 一瞬の動きだったが、地上で転がっていたルクシャナもまた、彼の姿を確かに見た。

 

「んぐぅ!(アリィー!)」

「まったく、何て格好だ。蛮人たちにつかまったのか? 一体どうしてああなったのか……」

 

 いつの間にか蛮人につかまっているルクシャナを見てため息を零しながら、アリィーはまず目の前にいる、人形に目をやった。

 この混戦状態の中、ルクシャナのみを助け出すのはかなり厳しい。やむなく覚悟を決める。

 

「……やるしかないか」

「えぇぇぇ、やっぱり、そうするしかないのか……」

 

 優雅に着地したギーシュははぁあ……と呻いた。肩からデルフを抜き放つ。

 

「オイ、坊主……せっかく拾った命をまた捨てに行くのかよ」

「ま、まあ今回はエルフも一緒にいるし、ねえ……」

「あてにするな。だがまあ……あの女が操る奴よりかは性能が低そうだ」

 アリィーは正面にいる人形と、下にいる二体に目をやった。

 そして考察する。シェフィールドが召喚していた剣心人形は、飛天御剣流を何度も撃っても壊れることがなかった。恐らく『ミョズニルニトン』で性能の底上げを施していたのだろう。だから奥義や九頭龍閃も撃てたのである。

 だがこいつらは、『ミョズニルニトン』の恩恵を受けていない。故に技を撃つたびに身体が壊れているようだった。

 それほどまでに飛天御剣流の反動は、スキルニルが想定している設計を大幅に上回っていたようだった。

 

(あの女もまた『悪魔の使い魔』だったか。奴を攫えばよかったな……)

 そうすればあそこまでこじれることはなかったろう。一瞬後悔するが、仕方ない。

 

「倒さねばならんのだろう。早くやるぞ」

「よし! ……でも、まさかエルフとこうやって共闘するなんてね。父上や兄さんたちが聞いたら何というのか…」

 屋根の上でギーシュとアリィー。広場でアニエス、マリコルヌ。路地でレイナール、ギムリ、エレオノール。

 三者三様の闘いが今、始まった。

 

 

 

「上か!?」

 路地通路の闘い、壊れた剣心人形対、レイナール、ギムリ、エレオノール。

 人形は再び跳躍する。剣を空高く構え、刃を月光で煌めかせた。

 

「龍鎚閃?」

「いや龍巻閃……?」

 

 正解は龍巣閃だった。絶え間なく飛んでくる剣の連撃を、二人の学生は必死になって耐える。

「ごおおおおおおお!!」

「ぐうううううううう!!」

 人形が着地するまでに数十の乱打は飛んできた。片手しかないのに、それほどまでに打ち込んできたのである。

 だが、二人は何とかさばききった。日頃から剣心の動きをイメトレしてよかった……と、二人は心の底から思っていた。

 そして人形が着地する寸前、地面が手の形になって掴みかかる。エレオノールの『アース・ハンド』である。

 しかし、人形はそれすらも見切って跳躍して飛びのく。

 

「ああ、もう!!! 大人しく捕まりなさいよ!!」

 エレオノールがしかめっ面で絶叫した。

「そんなんで捕まる程、ケンシンは甘くないってことだよ」

「うんうん、彼見てるとホント、魔法当たる気がしなくなってくるよね……」

「あんたたちどっちの味方なのよ!?」

 

 ここに来てなお剣心を賞賛する二人に、若干辟易するエレオノール。

 

(もう……嫌でも分かってるっての! わたしだってコイツのヤバさは!)

 だが、確かにこんなにまで魔法を回避されたのは生まれて初めてだ。あの人形が万全の状態だったらもう、確かに自分は死んでいる。

 ここまでボロボロになった人形でこれなのだから……当人の実力は推して知るべしなのだろう。ようやくエレオノールも、彼の強さを理解し始めてきたのだ。

 ただ、それでも相手は着実に弱っている。事実、飛びのいて着地した人形は、遂に大きく体勢を崩す。

 亀裂の入った左ひざが、遂に壊れたのである。片足になった人形は大きく蹲った。

 

「―――!?」

「レイナール、これって!」

「ああ、チャンスだ!」

 

 すかさずギムリが雄たけびを上げて畳みかけようとする。こんな機会はもうないだろう。

 今度こそ止めを―――。

「待って! やっぱり帰ってこいギムリ! 何か来るかもしれない!?」

 

 レイナールの制止に、ギムリも動きを止めた。彼の言う通り、人形は蹲ったまま何かをしている―――。

 

「っ危ない!」

 レイナールが必死になってエレオノールの前に出た。刹那、柄を先端にした剣が神速の勢いで飛んでくる。

 飛天御剣流-飛龍閃-。片腕でも鞘さえあれば使用できる飛刀術だ。

 それがエレオノールの喉を狙ってくる。恐るべき殺意と精度。しかしそれを察したレイナールが、『ブレイドを纏った杖』で何とか弾くも……衝撃で杖を落としてしまう。

 

「ぐがっ!?」

「レイナール!」

 ギムリが彼に呼びかけるが、そんな暇はない。人形は最後の力を振り絞り、手に鞘を持ち、片足だけで跳躍、回転しながら迫ってきた。-龍巻閃・旋-だ。

 

「ぐぁああっ!!?」

 ギムリは必死になって防いだが……、勢いまでは殺せなかった。彼はそのまま吹っ飛ばされ、人形はそのまま回転しながらエレオノールの元へと向かう。

 

「あ、危ない!」

「――――っ!?」

 

 エレオノールは目を見開いた。鞘とはいえ骨をへし折りかねない威力と速度の攻撃が、彼女の脳天に炸裂する寸前―――。

 

 バガァン!! と、人形は目の前で粉々に砕け散った。遂に耐え切れず全損したのである。

 

「―――ぁ……っ!!」

「っ!?」

「なぁ!?」

 鞘はそのまま、あらぬ方向へと飛んでいく。へたり込んだエレオノールの膝元に、壊れた人形の頭だけが転がってきた。

 それでもまた口をカタカタ言わせていたが…やがてそれもなくなり完全に機能を停止した。

「はぁ……っ!」

 それを見届けた瞬間、エレオノールは全身の力がガクッと抜けるのを感じた。路地にそのまま背を預けしばし呆然とする。

 見れば、レイナールやギムリもそうだ。五体を地面に投げ出し息は絶え絶えだった。

 やがて、やるせなさそうにレイナールは呟いた。

 

「結局ぼく等、ケンシンに勝てなかったね……あんなにボロボロで、しかも人形だったのに……」

「くそぉ、強くなりてぇ……」

 

 悔しさで身体を震わせる少年たち。死ぬことはなかったけど、まだまだその道は険しく遠い。それを嫌というほど思い知らされた闘いだった。

「だったら強くなんなさいよ……ちゃんと!」

 エレオノールはそんな彼らを見て、慰めるように激励の言葉を送った。

 

 

 

 水路広場の闘い、剣心人形対、アニエス、マリコルヌ。

「はぁ!!」

 アニエスは剣を打ち鳴らす。人形の動きに現状、何とかついてきていた。

 刺突を放つ。その瞬間、人形は剣を上に建てる構えを取った。

 

「龍翔閃だな!?」

 刹那、中空に上がらんばかりの昇撃が飛んだ。アニエスはそれを真横に避けて回避する。

 だが、人形はそのまま上空からマリコルヌを斬らかからんと迫ってくる。

 

「来るぞ! 防御しろ!!」

「そ、そんなこと言ったってぇ!」

 マリコルヌは慌てて地面ダイブしながら攻撃を避ける。人形の攻撃は何とか避けたが、無様にコロコロ転がるだけ。

 そのまま文字通り、彼女の隣へ転がり込んできた彼を、アニエスは思い切り蹴っ飛ばす。

 

「いだっ…なにす――」

「何すんだじゃない! いつまでふざけているつもりだ!!? これは殺し合いだ! 遊びじゃないんだぞ!」

 胸ぐらをつかんで鬼のような形相で叫ぶアニエス。

 しかし、その怒りはマリコルヌのふがいなさを、きちんと真正面から見据えたものだった。

「お前は何をしにここへ来た!? 弱い自分を変えたいんじゃなかったのか!! 貴様はケンシン殿から何を学んできたのだ!?」

 それを聞いてマリコルヌはハッとする。アニエスは自分の弱音をちゃんと聞いて覚えていたことに、驚きを隠せないでいたのだった。

「強くなるために来たんだろう!! だったら―――」

 しかし言葉は一度、ここで途切れる。剣心人形が、再び斬りかかってきたからだ。

 アニエスはそれを受け止める。鍔迫り合いに持ち込みながら、マリコルヌに向かって必死に呼びかけた。

 

「今が、その時だろう!」

「う、ううう……」

 それを聞いて、マリコルヌも奮起する。

「ぼ、ぼくだってなぁ!」

 息も絶え絶えに立ち上がる。手を震わせながらも、必死に魔力を溜めているようだった。

 

「ぼくだって! ケンシンみたいに、そりゃあなりたいさ!」

「……そうだろう。女のわたしだって、彼には憧れるのだからな」

 

 涙を浮かべて必死になって構える彼を見て、アニエスはフッと笑った。

 

「わたしが隙を作る。お前は最大の技を放て」

 そう言うと、アニエスは素早く動いた。剣を弾き、剣を交わらせる。

「くっ……龍巣閃か!」

 絶え間ない連撃だ。今朝の…本人の剣筋を見てなくば、ここで死んでいたかもしれない。性能が段違いに低いとはいえ、それでもなおそう思わせる強撃だった。

 

「だが……っ!」

 アニエスだって負けられない。学院襲撃とフーケの手紙……既に二回の大きなやらかしをしている。これ以上、羽織るマントに泥を塗るわけにはいかない。

 何より、ここで奮い立たねば、身体を張って自分の不調を治してくれた剣心に、申し訳が立たない。

 

「わたしだって、負けられぬ思いを背負っているんだ!!」

 

 刹那、周囲を舞っていた火の粉が全て弾き飛んだ。強力な剣気が、圧となって剣心人形に襲い掛かる。

 圧を剣で防いだ人形は、次の瞬間、目の当たりにする。

 剣を水平にし、右腕を標準のように切っ先に添え、弓を引き絞るかのように使を構える。

 それはまさしく、「左片手一本刺突」――――。

 

 

 

『新選組?』

『そう、拙者の中では最強ともいえる剣客集団でござった』

 

 今朝、学生たちを鍛えている傍らで、アニエスは剣心からそういった話を聞いていた。

『飛天御剣流』を得られぬなら仕方がない。ならば彼の経験から何か学べないかと、そう言った話題の中でその組織の名前が出てきたのだった。

 

『貴殿が言うのだから、恐ろしく強い者たちで構成されたのであろうな……』

『彼らも元は農家の出が多いと聞く。そう言う意味では、お主ら銃士隊と似ているなと思って、頭に浮かんだのでござるよ』

 

 特に実働部隊の一、二、三はついぞ決着がつかなかった。

 それを聞いてアニエスは驚く。彼と互角な連中が少なくとも三人以上いると知れば、その感想も致し方ないことだろう。

 

『まあ拙者は、副長の方がやりづらかったでござるが。剣腕はそこまでではないけど、頗る戦巧者で、一番相手にしたくない嫌な男でござった』

『戦巧者? となると色んな技や戦術を開発していたという事か? 例えばどんなのがあるのだ?』

 

 そこで剣心は、その鬼の副長が編み出したという技の数々を、つらつらとだが語っていく。その中には刃衛も使用していた「平刺突」の話もあった。

 

『成程、突きを外されても横薙ぎに派生させる……か。それなら硬直の隙も無くなるな』

『新選組の強さは、徹底的なまでの技の研鑽。自分が信に置く技を絶対の必殺技にまで昇華させるのでござるよ。かつて闘った三番隊の組長は、その「左片手一本刺突」を鍛えていたのでござる』

 

 突きか……と、アニエスは思案する。

 突きは集団戦に向かない、死に技になりやすいと聞くが、それでも極めれば剣心とも互角に戦えると聞くと、何ともすさまじいものだという認識が強く生まれる。

 

『成程、闘いにも色々あるのだな』

『まあでも、闘う上で一番大事なことは、絶対に揺らがぬ信念でござろう。だからこそ彼らにも、そういった気構えの方を教えているのでござるよ』

 

 あまり分かってくれないでござるけど……と、弁当を食べながら銘々駄弁っている学生組を見やってそう言った。

 

『信念か、確かに揺るがぬ気迫は大事だな。貴重な話、感謝する』

『何か得るものはあったでござるか?』

『ああ、それなりにな。ああ、そうだ。さっきの「左片手一本刺突」を極めた者は、その技を何て呼んでいたのかだけ、教えてくれないか?』

 そこまで極めた技術なら、愛着を込めた名称を別に付けていることだろう。そう思いアニエスは剣心に尋ねたのだった。

 

 

 

 そして今、アニエスはその「技」を、人形に向かって構えている。

 まだ練習を始めて一日も経ってない。当の本人から見ても、まだまだ不格好な突進突きにしか見えないだろう。

 だがアニエスは、今はまだそれでいいと思った。ここからだ。ここから鍛えていくのだから。

 自分たち平民が、貴族にも臆さず一噛みと、磨く牙。剣心からその技の名前を聞いた時、これだ! という感情がアニエスの中で渦巻いたのだ。

(いずれは、その壬生の狼の牙にまで、育ててみせる!!)

 剣気を受けて怯んだ人形に向かって、アニエスは突進した。刹那、引き絞った左腕を、大砲の如く打ち放つ―――。

 

 

 

『――牙突!!』

 

 

 

 その、神速のつもりで撃った刺突は……しかし、人形にはあっさり見切られる。

 剣を突き出し、彼女の得物を破壊しにかかった。俗にいう『武器破壊』である。

 ガキィィン! という音と火花と共に、アニエスの剣は根元から打ち壊れた。

 そして上段から人形は斬りかかる。それを見て、しかしアニエスは笑った。

「今だ! マリコルヌ!!」

 そう、彼女の後ろには魔力を溜めたマリコルヌがいた。感情によっては大きく強さを上げる彼は、ドットなのにも拘らず、雷撃の雲を起こしていた。

「ぼくだって、ケンシンみたいになったら……」

 そう、彼はある一点の気持ちで、呪文の威力を増幅させていた。

「絶対、ぜったい……」

 それは絶対、譲れない感情。

 

 

 

「絶対モテる筈なんだああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 刹那、彼の心の叫びから放たれた雷撃は、なんと人形に直撃した。

 マリコルヌは気付いてなかったが、この人形もまた、跳躍のし過ぎで足を痛めていたのである。それを薄々察していたからこそ、アニエスはこのように動いたのだった。

 人形はその体に電流を迸らせて吹っ飛んでいく。それを見たマリコルヌは快哉の声を上げる。

「いやったあああああああああああ!! どうだ!! ぼくだって―――」

 しかし次の瞬間、人形は立ち上がった。一瞬にして彼は顔を青くする。

 

「ええっ? 嘘でしょ!?」

 マリコルヌはぶるぶる震えた。もう魔法は一発も撃てない。一気に精神力が枯渇したのであった。

 だが、当然ながら人形は彼の事情など忖度しない。人形はゆっくりとマリコルヌに止めを刺そうと差し迫る中―――。

 

「こっちだ。木偶人形」

 人形は素早く、先の雷撃で舞った砂ぼこりの中を見る。

 そこにはアニエスが―――路地の人形が放った「飛龍閃」で飛んでいった剣を、素早く拾って立っていた。

 勿論その構えはまた、「左片手一本刺突」。

 

「牙突!!」

 

 アニエスは再び突進する。人形は剣を構える。だが、今度は結果が逆になった。

 マリコルヌの電撃で激しく消耗していた向こうの剣は……、この刺突で粉々に砕け散った。

 それだけに留まらず、切っ先はそのまま人形の胸を、背中まで貫通させていく。そこまで至った瞬間、人形自体がバラバラに砕け散った。

 

「―――ヒェッ……すご……」

 

 人形を一撃でバラバラにせしめた破壊力を見ながら、へたり込んでいたマリコルヌは思わずつぶやく。

「この人形が消耗していただけに過ぎん。粉々になったのだって、単に当たり所が良かっただけだろう。はぁ……まだまだ未熟だな」

 

 アニエスはそう呟きながら、また根元から折れた剣を投げ捨てた。

 

「まあ、その消耗を誘ったのは間違いなく貴様の雷撃もある。それに関しては褒めてやろう」

 混じりっ気のない賞賛に、一瞬マリコルヌは唖然とした。聞き違いか? とまで思ってしまった。

 だが……すぐに厳しい声もまた、飛んでくる。

 

「しかしだ、その後すぐ戦意喪失したのは駄目だな。それこそ…杖が駄目なら落ちている剣で闘ってやるという気概を見せんと。そのために剣の素振りをしているのではないのか?」

 

 うぐっ……と、マリコルヌは呻いた。確かに、アニエスは剣が折れてもすぐ動いて別の剣を取りに行っていた。そこまでの機転はまだ、持ち合わせてなかったのである。

「す、すんませんでしたああ!」

 そう言ってマリコルヌは顔を上げる。また顔を張られることを、内心期待したのであろう。

 アニエスはしばし彼と見下ろしながら、手を上げようとして……そして止める。

「えっ、ぶたないので?」

「こればっかりは、ぶって解決するものではない。経験だからな。……だからもっと精進しろ。マリコルヌ。『彼』になりたくばな」

 それだけ告げて、アニエスはマリコルヌに背を向ける。彼は少し悔しそうな…そして嬉しそうな表情で拳を握り締めた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。