るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第百二十幕『「サウスゴータは燃えているか」』-其の捌・『阿鼻』-

 

 屋上の闘い、剣心人形(万全)対、ギーシュ、アリィー。

 

「うわわっ! また来るぞぉ!!」

 刹那ドゴン!! という音を立てて人形が殺到する。

「意志剣よ!!」

 アリィーは二本しかなくなった曲刀を操りながら、人形に斬りかからせる。しかし人形はすいすいとかわしていく。

 ただ、シェフィールドの時とは違い、撃ち落とす余裕まではないようだった。やはり性能に差が出ているようだ。

 

 アリィーは呪文を唱えようとする。『稲妻』を、上空から打ち放つつもりだった。

「風よ! 我を助け敵を穿て!」

 すると人形の上空から雲が現れ、それは徐々に大きくなっていく。そこから雷撃が迸り始める。

 

「どうせこれも避けられるだろう。お前の土のゴーレムで追撃しろ」

「分かった! 任せたまえ!」

 

 ギーシュは杖を素早く振り、ワルキューレを一体作り出す。ここは数の暴力ではなく、精度ある一撃を放った方が良いという判断だ。

「今だ!!」

 その声と同時に、雲から三本の稲妻が人形に向かって轟く。

 しかし人形は雷の着弾地点を的確に見切り、回避していく。意思剣もあるというのに、大した洞察力と身のこなしであった。

 その回避した瞬間を狙う。ギーシュはワルキューレに素早く命ずる。剣心の動きを、頭の中で思い描きながら……。

 

「グラモン流剣術 -龍翔閃擬き-!」

 

 刹那ワルキューレが飛びあがった。剣を上に立てて跳躍し、斬りかかる。

 人形は剣を使ってそれを防ぐ。

 キィィン! という音と共に人形と青銅は上空に舞う。

 その隙を狙って意志剣が飛んでくるが、それを錐もみ回転しながらくるくると避け優雅に着地する。

「―――くそっ……!」

 アリィーは思わず、しかめ面を使った。もう意思剣はこの二本しかない。これがなくなったら、自分の攻撃手段は大幅に減る。そのせいで思い切った攻めができないが故の苛立ちだった。

 

 

 

 

 

第百二十幕『「サウスゴータは燃えているか」』

 

 

-其の捌・『阿鼻』-

 

 

 

 

 

「大丈夫かい?」

「ああ……」

 ギーシュに呼びかけに、短くアリィーはそう返す。

「今のは惜しかったね」

「そう思うのか……」

 

 アリィーはそう言って、建物の下を見やる。

 どうやら下にいる蛮人たちは、人形を倒し始めているようだった。

 特に広場にいるあの女剣士……人形を一突きで葬って見せた。意思剣ですら手を拱く、あの人形を。

 彼女もまた、剣心達の域に近づきつつある実力を、得ているようだった。

 それに比べて自分は何だ?

 

『ぼくは蛮人のように『手』で扱うのが得意じゃなくてね。どうやら…『彼ら』の意思に添わせた方が良さそうだ』

 

 あの言葉ですら、今や恥辱に感じていた。結局精霊に丸投げしているだけではないか。

 自分で鍛えることをしないから剣心や宗次郎、アニエスに大きな後れを取っている。その自覚がまた、小さくも芽生え始めていたのだろう。

 

「……おい坊主、確かにあの人形……ミョズニルニトンだったか? アイツが操る奴よりかは遥かに弱いけどな。正直ワルキューレと先住魔法だけじゃ平行線だぞ」

 

 状況を見ていたデルフが、カチカチと鍔を鳴らす。

「……やっぱり?」と冷や汗交じりに、ギーシュ。

「ああ。実際さっきの稲妻だって当たってねえじゃねえか。こっちにゃあどうしたって『精神力』という制限がある。そこのエルフだって、無限に魔法を連打できる訳じゃねえんだろう?」

 アリィーは無言だった。だがその雰囲気だけで図星なんだなと、デルフも察した。

 実際、もう大掛かりな『稲妻』を打つ集中力は残ってなかった。ティファニア争奪戦からこっち、ずっと闘い続けているという事情もある。いかな騎士で強力な『行使手』とはいえ、そろそろ限界が来ていたのだ。

 

「じゃあ、どうすればいいんだい?」ギーシュの問いに、「そりゃあきまってんだろ?」とデルフは言う。

「アルビオンに来てから、坊主が培ってきたもの、それをぶつける時だろう」

「例えば?」

「お前……さっきから自信満々に言ってるじゃねえか」

 半場呆れ声でデルフは呟いた。勘の鈍いギーシュも、この時ばかりは何が言いたいのか、はっきりと分かった。

 

「グラモン流剣術だっけか? それを俺で使ってみろよ。ギーシュ」

「よおうし!」

 

 ギーシュは再び杖を振る。ワルキューレ二体目。それを左右に置き、ギーシュもまたデルフを構えた。

「術師自ら特攻をかけるつもりか」

 アリィーの、正気を疑うような声に対し、「勿論さ」と短く返す。

「そのために鍛えてきたからね。青銅と共に自らも戦陣に斬りこむ。これこそがグラモン流剣術の神髄!」

 

 声高らかにギーシュは叫んだ。

(その神髄、ぜってぇ今考えたろ……)とデルフは思っていたが、彼の名誉のために何も言わずにおいた。

 それを見ていたアリィーも、操っていた意思剣を一本、自らの手に戻す。

 

「うん? きみも斬りこむのかい?」

「そうだな。長らく、精霊たちの意思に任せてきたが……」

 アリィーはひゅんひゅんと剣を振り回す。こうやって本気で構えるのは何年ぶりだろう。戦士としての教練を受けた時以来かもしれない。

 これでは駄目だ。

 

「それだと一生、お前たち蛮人を越えられなさそうだ」

 

 剣技においても、蛮人に決して遅れを取っていないという証明がしたい。アリィーは曲刀を構える。ピリピリとした緊張感が場を包む。

 次の瞬間、人形は再び動き出す。それにギーシュとアリィーは、自ら剣を持ってこれに応えた。

 

 

 

「上はまだ、戦闘しているな」

 屋上を見ながら、アニエスは呟いた。闘いが一段落して疲れが出ているのか、足を引きずっている。

「みたい、だね……」

 マリコルヌもまた、壁に背を預けてへばっていた。路地では同じような格好をしたレイナール、ギムリ、エレオノールの三人がいる。

 

「どうやら上にいる人形が、一番状態が良いみたいだな。援護したいが……今だと邪魔になるか」

 アニエスはそう言って、シエスタと縛られているルクシャナに目をやった。

 

「エルフか?」と、尖った長い耳を見やって、シエスタに尋ねる。

「え、ええはい。その…色々あって『虚無』の秘宝が欲しいとか何とかで…アルビオンに来られたようです」

「んぐううう!!」

 

 ルクシャナは猿轡越しに呻き声をあげる。今のシエスタの発言に対し、色々言いたいことがあるような顔をしているのは、アニエスにも伝わった。

 だが……、

 

「まあ、そちらはそちらの都合があるのだろうが、今はこの状況だ。しばしそのままで静観願いたい」

 と、特に縄も猿轡も外させるような雰囲気は見せずにアニエスはシエスタたちから離れた。

 

「んぐう!! むぅ!!」と、抗議の声を上げるルクシャナだが、それを無視する、

 実際、今の体力でエルフの先住魔法とやり合いたくもない。変に騒がれるよりこのまま簀巻きになって貰ってた方が良いという事情もあった。

 とにかく今大事なのは状況の整理、体制の立て直し及びギーシュの援護だ。

「ギムリ、レイナール、マリコルヌ。もういいだろう。そろそろここを脱出するぞ―――」

 そう言って再び、学生組からエレオノール、そしてシエスタたちの方へと視線を移していきながら……、ここで目を見開いた。

「あ、ちょっとすみません、失礼しますね」

 縛られ倒れているルクシャナに座るように、少年……ダミアンがそこに、いつの間にかいた。

 

 

 

「これでどうだ!?」

 ギーシュはワルキューレを操作しながら自身も一緒に殴りかかる。一体で横薙ぎ、二体目で縦斬り、そして自分は龍翔閃の構えを取る。

 人形はすらりすらりと身を翻し、青銅の攻撃を全て回避。続いてくる『龍翔閃擬き』に関しては剣の刃の上を器用に乗り、ギーシュが飛びあがるとともに跳躍した。

 その衝撃で人形はより高く宙を舞う。すると今度はくるくると縦回転しながらギーシュに迫りかかる。

 

-龍巻閃・嵐-

 

「風よ! かの者を吹き飛ばせ!」

「えっ、ぐわあ!!」

 アリィーの風を使った先住魔法により、あやうく斬られそうになったギーシュは吹き飛ばされる。代わりに二体のワルキューレが粉々に砕け散る。

 

「くそっ!」

 アリィーは人形の着地の隙を狙って斬りかかる。横薙ぎの鋭い一撃だ。

だが、それも首をひねることで容易く避けられる。しかしアリィーも続けざまに放つ。『稲妻』を纏った前蹴りだった。

 しかし――。

 

「なっ!?」

 人形の姿は一瞬で消え、伸びた右足だけが虚しく残る。

 その上になんと人形は乗り掛かってきた。そしてそのままエルフの首筋に向かって剣を振りかぶってくる―――。

 

「うおおお!!」

 すぐさまギーシュがそれを遮った。突きを放って人形の攻撃の邪魔をする。

 人形は再び跳躍し、回転しながら後方へ。その背後に向かって、意志剣の一本を突き立てる―――。

 しかし読まれていたのか、人形は身を翻す。その背後を銃弾のような速さで飛んできた剣が飛んだ。

 

「まだまだ!!」

 ギーシュは着地する人形に向かってデルフを投げた。

 

「おいいいいいいいいいいい!! 何すんだ―――!!」

 回転しながら飛んでいくデルフリンガー。当然剣心は身体をひねって開始するも―――。

 

「いけぇ! ワルキューレ!」

 なんとデルフを投げた先にワルキューレを展開。飛んできた大剣をキャッチし、背後で呆然としていた人形に斬りかかる。

 

 ザシュ!! と人形の背に確かな斬撃音が響き渡る。

 

「よっし!! いけた!!」

「なるほどなあ、そういう風な使い方をするか」

 

 剣を投げて、着弾地点に青銅を呼び出してキャッチさせ斬りかかる。これは確かにゴーレムを呼び出す土系統ならではの攻撃手段だろう。

 デルフも素直にこの青年の発想に感嘆した。

 背を斬られた人形はやっとよろめく。その隙を、アリィーも見逃さない。

 

「喰らえ!」

 

 その隙を突いて、『稲妻』を纏った前蹴りを打ち放つ。

 今度は直撃。人形はくの字になって飛んでいった。

 しかしそれでも、人形は素早く身を翻し、優雅に着地する。しかし先ほどの雷撃は強烈だったのか、一気に全身にひびが入ったような様相になった。

 

「やった!! いける! いけるぞアリィー!!」

 

 ギーシュが立ち寄って彼の背をバンバン叩いた。対するアリィーは一瞬しかめっ面をつくるも、不思議と「悪くない」という感情が芽生えていた。

 困難な状況に一丸となって立ち向かう。思えば、そんな状況になること自体、なかったといってもいい。

 そしてそれを共有できるのがこれほど楽しいとは……。と、ギーシュの手を払いのけながらも、目線を彼に合わせて告げる。

 

「まだ終わってない。完全に機能停止させるまで油断はするな」

「分かっているさ。でも偽者とはいえ、ようやくケンシンに一発与えられたと思うと、ちょっとね―――」

 そんな時だ。

 ギーシュは話しながら、ふと下に目をやる。アリィーも一瞬そちらに目をやって、そして驚愕した。

「なっ、あいつは何だ?」

 そう、アリィーの目にはルクシャナを椅子に座っているダミアンが其処にいたからだ。

 

 

「んううう!?(何よコイツ!?)」

 当然、椅子にされたルクシャナは抗議の大暴れをするが、ダミアンは指して気にしない。

「何だ貴様…っ!?」

 ここでようやくアニエスも反応するが、その前にダミアンは杖を振る。

「ぐぅおっ!?」

 すると突然杖は鞭のように伸び始め、それを彼女に向かって打ち放った。アニエスはとっさに折れた剣でガードするものの、威力に耐えきれず遂に壊れてしまった。

 

 そしてそのまま、アニエスは壁際まで吹き飛ばされる。

 

「っだっ!?」

「アニエス姉さん!!」

 慌てて彼女のもとに近づくマリコルヌ。無力なシエスタはただあわあわしていた。

 ダミアンは、そんな震えるシエスタに向かって、稚児のような笑みを浮かべて一言。

 

「ああ、あなたには何もしませんよ。用があるのはこの下のエルフなので」

 

 そう言って、ダミアンは立ち上がるとすぐ様にルクシャナを肩に担ぐ。子供なのに、大した腕力であった。

「んぅっうう!?(止めて! 放しなさい!!)」

「ほらほら、暴れないで」

 

 そう言うと、今度は『先住魔法』で雷撃を手から放ち、彼女をしびれさせ気絶させた。

 周囲が未だこの状況について行けず唖然とする中、ダミアンはにこやかに、

 

「それじゃあ皆さん、さようなら。早くこの街……いや、この国を出た方が良いですよ」

 

 と、老婆心を出したかのような声色を最後に、素早くその場を去っていった。ルクシャナと共に。

 

 

 

「―――っ、ルクシャナ!?」

 当然、これを見て一番驚いたのはアリィーだった。だがそれも無理からぬこと。いきなり謎の少年に、婚約者を拉致されたのだから……。

 

「待て! 貴様彼女に何をするつもりだ!?」

 アリィーは顔を赤らめてすぐさまダミアンを追う。元々彼女を助けるためにギーシュと共闘したのだ。この行動も当然と言えば当然となる。

 

「ちょっと! ちょっと待ってくれたまえよ! こっちはどうなるんだい!?」

 

 ただし、ギーシュとしてはたまったものではない。

 満身創痍とはいえ、まだ人形はこちらを見ている。剣を振りかぶり、こちらに迫ってくる。

「おい坊主、集中を切らすな! マジで死ぬぞ!!」

 ワルキューレの手にあるデルフが叫ぶ。この青銅は丁度、剣心の背後にいる。前後で挟んでいる有利な状況だ。

 だが……、

「うわっ! 速―――」

 人形は一足飛びでギーシュの懐まで詰める。距離がそんなに離れていないとはいえ、恐ろしい足さばきである。

 

-龍巻閃-

 

「ぎゃっ―――!!」

 回転しながら攻撃を繰り出してくる。ギーシュは慌てて剣を前に構えて防御するも、反動で大きく吹き飛ばされる。

 

「坊主! 早くこっち(ワルキューレ)を動かせ!!」

 

 仰向けに寝転ぶギーシュに向かって容赦なく人形は刃を突き立てようとしてくる。もう回避は間に合わない。

 

「ひぃい!?」

 

 死にたくない一心でギーシュは杖を振った。背後で止まったままの青銅が動き、人形に斬りかかる。

 ワルキューレはデルフを使って刺突を繰り出した。しかし人形は、顔をぼろぼろにさせながらもそちらに反応する。

 あっさりと避けられる。のみならず、返す刀で一気に両断された。

 

「くぅそっ! 敵に回すとマジで厄介だぜ相棒この野郎!!」

 衝撃で飛んでいったデルフリンガーは、剣心人形の遥か背後で深く刺さった。

 デルフを拾うには、この人形を押しのけていかねばならない。遂に主力の武器すら使えなくなってしまった。

 

「あ、ああぁぁ……」

 ギーシュは震え声をあげた。

 ふと脳裏に……かのヴェストリの広場で行った決闘が蘇る。

 あの時は彼がお目こぼししてくれたから助かったものの……今回はそうもいかない。

 人形は何の感慨も見せず、そのまま剣を振り上げる。あの時感じた恐怖が、ギーシュに襲い掛かってきた。

「うわあぁぁあああ……!」

 

 死が襲い掛かってくる。

 刹那蘇るのは……トリステインに置いてきた恋人の顔。

 

(――――モンモランシーぃぃいいいいいいいいい!!)

 

 嫌だ。死にたくない。

 ギーシュは本能で杖を振った。頭で考え付いたわけでは無い。防衛本能にも近い、反射のような行動だった。

「っ……なんだなんだ!?」

 デルフが思わず叫んだ。地面から手を伸ばす『アース・ハンド』を使い、大剣の柄を握る。

「おわっ―――!!」

 そして、それを思い切り剣心の背に向かって投げつけた。

 

 ―――……ドスッッ!!

 

 人形の背中から腹にかけて、大剣が深々と突き刺さった。

 唖然としながら目を見開くギーシュ。やがて人形は胸に刺さった剣の柄を、震える手で抜き、それを振り降ろす。

 

「うわっ!!」

「あぶねっ!?」

 

 デルフはギーシュの顔……の隣に突き刺さった。人形はそのまま千鳥足で後退し、剣を振り回しながら……最後は屋根の上から落っこちていった。

 

「はあっ、はあぁっ……」

「本当、よく生きてるよな、坊主」

 

 ギーシュは五体を地に投げ出した。

 隣にいるデルフも、感嘆したような声で称える。剣心人形と二度も相まみえて二度とも乗り越えたのである。

 

「もうっ、死ぬかと思ったよ……」

「数段性能が低いとはいえ、相棒は相棒だかんな。まあ最後の一撃はマジでよかったと思うぜ」

「ああ。気づいたら身体が動いたんだ。何だろう……モンモランシーにもう会えなくなるかと思うと、怖くなって……」

 息も絶え絶えに、ギーシュは言った。デルフは彼が何を言わんとしているのか、大体分かっていた。

 

 

 

「それが、相棒も言っていた『生きようとする意志』だな。お前さんはその一心で、あの人形から勝利をもぎ取ったんだ」

 

 

 

 それを聞いたギーシュは、ゆっくりと目を瞑った。

「そうか……これが、そうなのか…」

 死にたくないという活力がここまで身体を動かすものなのか……。と、ギーシュを不思議な気分にさせた。

 

「今の感覚、絶対忘れんじゃねえぞ坊主。戦う上で一番大事なことだかんな」

「ははっ。何か……ケンシンみたいな物言いだね……」

「まあ、相棒ならまず間違いなくそう言うだろうしな! 代わりに言ったまでよ」

 

 デルフは愉快そうにカチカチと鍔を鳴らした。ギーシュもようやくとここで身体を起き上がらせる。

「とにかく……っ 状況を整理しないとね……」

「おーいっ! そっちは終わったか!?」

 デルフの柄を握ると同時に、丁度マリコルヌが呼びかけてきた。

 ギーシュは剣を鞘に納め、『フライ』を使いながら下へと降りる。

 

「そっちはどんな塩梅だい?」

「ええっと……、急に街が燃えたかと思ったら、あの人形たちに襲われて……、ぼくたちも正直何が何だか」

 

 マリコルヌがしどろもどろに答える。彼の隣にやがて、フラフラのアニエスがやってくる。

「ぼくもさっき、ドラゴンに乗りながら街を見たんだけど、どこもかしこも火を噴いていたよ。サウスゴータはもう、駄目なんじゃないかね……」

「実際そうだろうな。すまない……」

 アニエスが申し訳なさそうにそう言った。そしてレコン・キスタとウィンプフェンが繋がっていたこと、この街を燃やす計画を立てていたことを、かいつまんで説明した。

 

「なっ、なんですって!? そんな大事なことを陛下に伝えず、あなた一体何をやっていたのよ!」

 

 事情を聞いたエレオノールは思わず、アニエスを責めた。彼女もまた、何を言われても仕方がないといった顔で目を伏せる。

 

「ま、まあまあお姉さま。もう済んだことだし、早くここを出ましょうよ……」

「……っていうか、さっきから思ってたけどあなた、『お姉さま』って何よ! 止めなさいその言い方!!」

 

 ジト目でマリコルヌを睨みながら、エレオノール。

 ここでギーシュは、そういえばあのエルフはどうなったのかを尋ねた。

 

「そういえば彼女……あのエルフはどうしたんだい?」

 これにはシエスタが答えた。

「えぇっと、かくかくしかじかこれこれこうこうなのでございます」

「何と! そんなことになってたのかね。……しかし、彼も災難だな」

 

 とりあえず、ルクシャナ発見から捕縛までの流れを、簡潔に説明を受けたギーシュ。それを聞いてなおのこと、首をかしげた。

 結局何で、あの少年……ダミアンは、ルクシャナを攫いにきたのだろう。

 

(彼、放っておいても良いのかな?)

 

 このままアリィーやルクシャナを見捨てることに、少し罪悪感が出始めてきていた。元は仇敵たるエルフなのに……いつの間にか、戦友のような感情を彼らに抱き始めてきたのだから不思議なものである。

 一緒になって、死線を潜り抜けるとこうまでも印象が違ってくるのか…と、ギーシュをやきもきさせるのだった。

 しかし、もうそんな時間もない。

 ボウッ!! と火の手がますます強くなったのである。

 

「ここはもう危険だ!! 早く街から脱出するぞ!!」

 このままでは、路地すら火の壁ができあがるかもしれない。

 皆、這う這うの体で路地から脱出した。

 

 

 しかし、迫る火の手を避けながら、何とか大通りに出た彼らを待っていたのは……。

 

「うわっ!」

「ひぃ……」

「何よこれは……!」

 

 火柱と煙が上がる建物に、跋扈する怪物。

 

「助けてくれェ!!」

 と泣き叫ぶ兵。それを楽しそうにこん棒で叩き潰す怪物たち。

 上空からは、巨大な船がひっきりなしに大砲を打ち放っている。砲撃は屋根を壊し、壁に穴をあけ、地面を大きくへこませる。

 

「酷い……」

「あっ、あぁぁ……」

 アニエスですら、手を口で覆う。シエスタに至っては、この状況に絶望の涙を浮かべていた。

 

 これは悪夢だ。悪夢に違いない。

 そう思って何度も頬をつねってみても、目が、耳が、鼻が、訴えてくる。

「現実だ」と。

 

 

 ふと、脳裏にタルブの惨状が蘇る。どうしようのなく燃える村。逃げ惑う人々、悪魔のような形相で殺しにかかる兵たち……。

「いや、やだよぉ……何でこんなことに……!」

 こうなると『魅惑の妖精』亭の皆のことも心配になってくる。彼女達は、無事に逃げられたのだろうか……?

 不安で押し潰れそうになる。涙がこぼれていく。でも、それで何かが変わるわけもない。

 

 やがて、怪物たちがぎろりとこちらに目を向ける。死体から武器を漁っていた鬼たちが、こちらに迫ってくる。

 

 学生たちやアニエス、エレオノールは慌てて杖を構えるも…もう戦えるだけの余力は、残ってない。

 皆、精神力が尽きているのであった。アニエスももう、身体を動かすだけで精一杯だった。

 さらに絶望的な状況は続き……。

 

「あぁ、あいつ!? まだ生きてるッ……!!」

 燃える路地から、剣心人形が迫ってくる。ギーシュが上からたたき落とした一体だった。どうやらまだ、完全に機能停止しているわけでは無いらしい。

「マジかよぉ、どんだけタフだよ相棒はもう……」

 背中に納刀されていたデルフが、愕然としたように鍔を鳴らす。

 人形は炎に煽られ、また異形然とした様相になっていた。瞼は焼けて目玉は下に垂れ、頬は壊れ、その分口が大きく空いている。髪の一部は剥げて燃え焼け、頭部は大きなヒビが入っている。こうなっては美形の顔も無残なものであった。

 それでも、足を引きずりながら此方に迫ってくる様子は、エレオノールたちにとってこれ以上ない絶望を味わわせるのに十分な光景だ。

 

 

「ははっ……もう、おわった……かも……」

 

 

 誰かがそう呟く。

 誰かは分からないが……みんな、同じ気持ちだった。

 大通りの周囲には鬼たちの群れ、背後の路地からは人形の剣心。逃げ場はもう、どこにもない。

 皆、生きることを諦めていた。折角生き延びたギーシュでさえ、それを自然と受け入れてしまった。

 

(やだぁ。いやだよぉ……)

 

 シエスタはへたり込んだ。何度も首を振る。彼女の目の前には、そのぼろぼろになった剣心人形が、感慨のない目でゆったり迫ってくる。

 このままでは、恋した人……の偽者に殺される。

 

(助けて……)

 シエスタは何度も祈った。子供の頃、絵本を読んで何度も憧れた情景。

 白馬の王子様が、颯爽助けて困っている少女たちを助ける物語を。それが、現実でも起こりますようにと。

 だが現実は、何処までも非情だった。人形は跳躍する。そして金縛りになっているシエスタに向かって、剣を突き立て迫った。『龍鎚閃・惨』だ。

 

(助けて……!)

 ここで死んだらもう、剣心に会えなくなる。

 でももう、どうしようもない。

 シエスタは最後に、声を振り絞って叫んだ。

 

 

「助けて!! ケンシンさあああああああああああああああああん!」

 

 

 目を瞑り、涙をこぼしながら、絶叫する。それゆえ気付かなかった。聞き逃したのだ。

 馬の足音が、こちらに迫ってくるのを。

 

「―――あ、あれっ!?」

 マリコルヌがとっさになって叫んだ。白い馬が、此方に向かって迫ってくる。

 やがて乗り手は跳躍する。それはシエスタを殺さんとする人形に向かって、白刃の剣を……逆刃刀を、振り降ろす―――。

 

 

「飛天御剣流 -龍鎚閃-!!」

 

 

『ガンダールヴ』の力も乗った神速の一撃は、ぼろぼろだった人形を容易く一刀両断する。

 学生たちやアニエス、エレオノールがあれだけ苦戦した『スキルニル』をあっけなく倒せる人物。それはもう……一人しかない。

 

「みんな、大丈夫でござるか?」

 

 そう言いながら、宙を跳んでいた影は彼らの前に着地する。

 それを見たシエスタは、今度こそ歓喜の涙を流した。

 

「あっ、あぁっ!!」

 

 この優し気な声色、慈愛のような微笑み、頼りがいのあるオーラ、間違いない。

「大丈夫でござるか? シエスタ殿」

 丹精込めて作ったマフラーを翻しながら、本物の緋村剣心が、シエスタに優しく微笑みかけた。

 

「うわああああああああああ! ほんものだぁぁぁ! 今度こそほんもののケンシンさんだぁぁぁぁああああああ!!」

 

 シエスタはもう、破顔して剣心に抱き着いた。

「おろぉ!?」と思わず剣心も驚きの声を上げる。

「もうっ!! 本当に怖かったんです!! 何処を見ても恐ろしいケンシンさんばっかりで……!」

「シエスタ殿……」

「でも、この匂い……この暖かみ……。やっと、やっと会えた……怖かったよぉ……!」

 そう言って、シエスタは剣心の胸元で嗚咽を零した。剣心は優しく、彼女の頭を撫でる。

 

「怖い目に遭わせてしまったようで、済まないでござるよ」

 次いで剣心は、その目をアニエスやギーシュ達にやった。

 

「無事サウスゴータへ帰れたようでござるな。ギーシュ」

「あ、ああ。でも……ミス・サウスゴータやティファニア嬢とは、その、途中で別れてしまってね」

 本物に会えたことで完全に気を緩ませたギーシュは、しどろもどろにそう返す。剣心もそれ以上何も聞かずに、一言。

 

「お主もよく頑張ったでござる」

「へへっ、まあ、色々あったけどね……」

 

 剣心に褒められて照れくさそうな顔を浮かべるギーシュ。次いで剣心はわなわなと震えるエレオノールに目をやった。

 怒りで顔を真っ赤にしているが、それよりも助かったという事実で泣きそうになっているのを、必死でこらえているようだった(そしてそれを察したマリコルヌは、彼女を見ながら終始ニヤニヤしていた)。

 

「あ、あなた、今まで何をしていたのよ! こんな大事な時に!」

「済まないでござるな。エレオノール殿」

「それに、ルイズ! その子はまたどうしてそうなっているのよ!!」

 

 エレオノールは剣心に背負われているルイズに指差す。

 彼女はまだ、寝ているのであった。

 

「まあ、説明はまた後で。とにかく今は、早くこの街から脱することでござるよ」

 剣心もまた、サウスゴータ炎上に間に合わず、申し訳なさそうな顔をして、周囲を見た。

 先ほど馬に乗りながら正面門を突っ切っていたのである。騎乗してオーク鬼どもを叩きのめしながら、怪物に囲まれている学生たちを発見したところであった。

 剣心はゆったりと背後に回る。彼の後ろには、たたらを踏んだオーク鬼たちの姿があった。

 だれも、突如現れたこの剣士に挑むという選択肢が、浮かんでこないようだった。

 

 その時。ドゥゥズン!! と、巨大な衝撃音と共に、『それ』は殺到する。

 

「ひいっ!?」

「また何だあれは!?」

 

 学生組はそれを見て驚いた。アニエスやエレオノールも唖然とする。

 彼らの視界の先……三十メイル先に突如、二十メイルはあろうかという鉄製の巨人が上空から姿を現したのだ。

 ギーシュは、呻くようにその人形の名を呟く。

 

「よ、ヨルムンガンド……!!」

「正解、よく覚えているじゃないのよ。褒めてあげるわ」

 

 そう言って、巨人の肩から一人の影が舞い降りる。

 それは勿論、『ミョズニルニトン』を扱う虚無の使い魔。シェフィールドだった。

 

「さあ、今度こそあなたにはここで消えてもらうわよ! 『ガンダールヴ』!!」

「やれやれ、懲りぬでござるな」

 剣心はため息をつきながら、『ヨルムンガンド』に再び対峙した。

 

 

 

 サウスゴータ上空、『シャルル・オルレアン』号船内にて。

 迎賓館を『瞬間移動』で移動した後、砲撃手に迎賓館の破壊を命じた。

 バラバラになった無残な館を見下ろしながら、ゆうゆうとクラヴィル卿たちを驚かしつけたのである。

 

「国王陛下!!」

「い、一体いつからここにっ!?」

「『いつから?』 余がこの船に乗るのに、いちいちお前に許可を取る必要があるのか? 偉くなったものだなあクラヴィル卿」

「も、っ……申し訳ございませぬ!!」

「ご無礼をお許しください!!」

 

 そう言って深く謝罪する部下二人を置き去りに、ジョゼフはマストに背をやって腰掛ける。

 そして志々雄から貰った始祖のオルゴールを手にすると、それを地面に置いた。

 蓋を開けると、再び調べが聞こえてきた。それは新たな『力』を得る調べ。

 子守唄に感じる時もあれば……自分をより深い深淵に誘うかのような、怪しい音楽。聞き終わったら、早速試してみるとしよう。

 そんなことを考えながら、ジョゼフは目を瞑る。するとそこから使い魔の視線が映る。

 

「どうだ、ミューズ。余のミューズよ。サウスゴータは燃えておるのか?」

『ええ、見てくださいませ陛下、こんなにも燃え盛っております』

 

 ヨルムンガンドの肩に乗るシェフィールドの視点からは、燃え盛る情景と怪物たちの饗宴が見える。

 やがて、ジョゼフは周囲の目を気にすることなく、空に言の葉を投げかける。

 

 

「そうか、『サウスゴータは燃えているか』……ふふ、ふはははは!!」

 

 

 そして最後に、どこか哀愁漂う顔でこう続ける。

「楽しいなあ。なあ、お前もそう思わんか、シャルルよ……」

 

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