るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第百二十二幕『古傷の意味』

 

 渾身の『爆発』により、遂に巨人は滅んだ。

 

「あ、あっ……」

 それを見たシェフィールドはただ呻いた。

 自分は……また負けたのだ。

 

「何で、なぜ勝てないの。何で……」

 しばし何も考えることも動くこともできず、壁にもたれかかりそのままへたりこむ。

 ただ、一応『神の頭脳』は未だ発動させたままだった。こんな時でも人形を動かすことだけは本能で止めてはいなかったのである。

「嘘だ……嘘だ……、あんな、小娘にまで……、」

 しかしそれでも、しばしの間、頭を抱えてうわ言をぼやいていた。

 

『あの、シェフィールドさま。ヨルムンガンド二体の動作準備、只今完了いたしましたが……』

 

 人形越しから聞こえる、そんな連絡すら、今のシェフィールドは聞こえていなかった。

 

 

 

 

 

第百二十二幕『古傷の意味』

 

 

 

 

 

「―――……」

 一方のルイズは、ただ衝撃でバラバラになったヨルムンガンドの残骸……、その中心に立っていた。

 

「ルイズ殿……?」

 そこから二十メイル以上遠く、使い魔の視点からそれを見ていた剣心は、ただ疑問に思っていた。

 

 一体彼女はどうしたのだろうか? 迸る魔力の強さもそうだが、なぜあんなにも、命を投げ捨てるかのような戦い方をするようになったのか。

 強くはなっているのに、成長している筈なのに……嫌な方へ向かいかねない危うさを、強く感じさせているのだった。

 

「ミス・ヴァリエール……一体どうしちゃったの?」

 後ろを振り向けば、シエスタが同じく呆然としている。いや、彼女だけじゃない。ほかのみんなもそうだ。

 みんな、彼女の変わりように疑問と不安を抱いている。街から脱出せねばならぬのに、ルイズが気になって皆足を止めているのだった。

 

「ケンシン殿! まだ上にガーゴイルが……!」

 そんな中、アニエスは上を指さし叫んだ。見れば二十メイルはあろうかという巨大ガーゴイルがやってくる。

 鋭い爪をぎらつかせ、上腕から振りかぶる。剣心はすぐさま反応した。左手を光らせ、抜刀術を仕掛ける。

 横薙ぎに一閃、それだけで巨大怪物は泣き別れとなる。しかしそれだけで終わらなかった。

 

「―――なっ!?」

 なんと、怪物の胴体の中から小型の怪物人形たちが現れたのだった。斬られた際の布石だったようだ。

 一瞬驚くが、数が増えただけだ。再び剣心は、返す刀で全てを断ち切ろうとして…―――。

 

「―――『爆発』」

 

 その声と共に、視界にあった小型の人形も全て破裂した。

 見れば、ルイズは杖を突きつけ毅然とした様子で立っていた。

 

「ルイズ殿……」

「大丈夫? ケンシン」

 

 話しかけてみれば、ルイズが逆にこちらの心配するような声で、そう言ってきた。

 勿論、それに剣心は驚く。こんなこと今までになかったからだ。

 いつもだったら「何やっているのよ早く逃げなさいよ!」とか、そんな風に喚くと思っていたからだ。

 

「ルイズ殿、お主、一体どうしたので―――」

 刹那、ルイズの背後から、再び人形が襲い掛かる。今度はスキルニルのようだった。それなりに名うての剣士だろう、動きが素早い。

 勿論気付いていた剣心は、素早く彼女を守ろうとするのだが……その前にルイズはそちらを見もせずに『ブレイド』で切り裂いた。

 背後から飛んでくる斬撃を、しゃがんでよけてその隙に斬り飛ばしていたのである。

 次いで迫ってくる、メイジ殺しの剣士たち。しかしルイズは再び呪文を唱える。

 

「『加速』」

 刹那、桃色の残光と共に人形は切り刻まれていく。そして今度は、闘えないシエスタへ襲ってくるスキルニルたちをバラバラにした。

 まるで使い魔のお株を奪うかのような勢い。剣心が動く前に、積極的に自分が敵を葬っていた。

 

 

 今のルイズは、何も、この人形たちを怖いと思ってなかった。

 さっき見ていた夢、優しき使い魔の記憶。その時に秘めた、必ず剣心を元の世界に返すという想い。

 その思いが、ルイズに力を与えていた。

 と、いうより……。

 

 

 

 ルイズはもう、剣心を助けられるのなら、自分が死んでもいいとまで思っていた。

 

 

 

 巴に対する、どこまでも自罰的な思いが、ルイズにそうさせていた。

 そのおかげで恐ろしい魔力を得ているものの、それは当然、命を削る諸刃の剣になっていた。

 

『ルイズ、あなたは人を好きになったことがないのね。本気で好きになったら、何もかも捨ててでも、ついて行きたいと思うものよ。世の中の全てに嘘をついてでも、これだけは……この気持ちにだけは嘘はつけないの』

 

 今なら分かる。あの時の、姫さまの気持ちも。

 大切な人を守れるなら、助けられるのなら、もう、自分の命さえ厭わない。その気持ちが、十全と理解できてしまった。

 好きだからこそ、それを自覚したからこそ、彼の存在を、全てを守って、そして元居た場所へ帰してあげたい。

 

「あああ……」

 人形を、ただただ切り裂いていく。もう大丈夫よ、もう自分独りでも、闘えるから。

 それを教えたかった。だからひたすらに、無茶をする。

しらず、声から鬨の声が漏れる。

 

「あああああああああああああっ!」

 気づけば叫んでいた。『加速』をひたすらに使い、敵を、目に映る人形を葬っていく。

 ルイズは知らず、『加速』の反動をやり過ごせる速度にまで、自然と落とすことでこける癖を直していた。

 

「ああああああああああああああああああああああああああ!!」

 がなる。吠える。

 

 懐から『何か』が飛んでいくも、それに気付かず、動く。斬る。

 やがて、その動きは強制的に止められた。誰かに抱き留められたらしい。

 離れようともがいた。その時になって、声が聞こえてきた。

 

「もうやめるでござるよ。ルイズ殿」

「ケン、シン……」

 

 どうやら『加速』で動いている自分を抱き留めたのは、使い魔の剣心だったようだ。

 

「はなして……っ!」

「教えて欲しいでござる」

「はなしてよっ……!」

「なにが、お主をそこまで追い詰めているのでござるか…?」

「お願いはなして! わたしに触れないで!!」

 

 ルイズは思わず、剣心を突き飛ばしてしまう。

 嫌いというわけでは無い。むしろ自分なんかに触れちゃってはいけない。自分を下げているからの行動であった。

 巴のことを思い出して、彼のためを思って……と。

 だが当然、剣心や、周囲にはそんな風には思ってはおらず、寧ろ剣心を一方的に拒絶したかのように映っていた。

 

「どうしたのですかミス・ヴァリエール! なんでそんなことに……」

 

 隣では、焦ったような声でシエスタが言ってきた。

「もしや、まさかあのことで―――「言わないで! もう、いいの!」」

 

 シエスタの声を、しかしルイズは大きく遮った。見れば彼女は涙を流している。

 おかしいと感じたのか、エレオノールも馬から降りてルイズに詰め寄った。

 

「癇癪もそこまでになさい! 一体どうしたというのですか!!」

「そうだよルイズ、何があったんだい?」

 

 ギーシュやマリコルヌら、学生組も、純粋に彼女を気遣うような目を送ってくる。

 その声を、目線を見て、ルイズは居た堪れなくなってきた。

 

「いいからみんな早く逃げてよ!! このまま、シシオもわたしが倒す!! だからもうみんな……は」

 

 そこまで言いかけて、ついにルイズはふらついた。

 無理もなかった。先の巨大な『爆発』の時点でもう、相応に精神力を削っていた。そこに『加速』の乱用。

 本来ならすぐに眠ってもおかしくなかったのに、それでも耐えていたのは、感情を……命をすり減らしていたからこそであったのだ。

 それをそれとなく察していたからこそ、剣心も止めたのである。

 

「無理はいけないでござるよ。志々雄は拙者が止める。ルイズ殿こそ、みんなと共にここを離れるでござるよ」

「いやよ、いや……いっちゃ、だめ……!!」

 

 駄々をこねるように、うわ言を述べるルイズ。今度はシエスタが、慌てて彼女を抱き留めた。

 しかし、剣心はもう、すでに志々雄の所へ向かう決心をしているようだった。

 

「だめよケンシン……あなたは、帰らなきゃいけないの……」

 

 苦しそうに、でも、それでもルイズは言わなきゃいけなかった。

 自分のことなんか忘れて、あなたは帰らなきゃいけない。

 だって、もしここで剣心をしなせてしまっては、今度こそ彼女……巴に申し訳が立たなくなる。

 

「ミス・ヴァリエール! しっかりしてください!!」

 シエスタはが心配そうに叫ぶも、ルイズは止まらない。

 

「アニエス殿、人形ももう襲ってこぬようでござるし、後を……ルイズ殿をお願いするでござるよ」

「……承知した」

 剣心はそう言って、街の中心へ……あの炎が最も燃え盛る方向へ、向かおうとしている。

 だめ、いかないで、いっちゃだめ……!!

 とうとう、ルイズは去ろうとしていく剣心の背に向かって、遂に、叫んだ。

 

 

 

 

 

「あなたには大切な人が、トモエがいるじゃないの!!」

 

 

 

 

 

「………ぇ?」

 間の抜けた声が、一瞬、聞こえた。

 この声を発した主、剣心は、遂にこちらを振り向いた。それを見たルイズも少し驚く。

 彼の表情は……今までにないくらいに驚愕の色が浮かんでいた。

 シエスタも、ギーシュも、アニエスも…彼があんなに驚く顔は、初めてだった。

 

「巴……と、言ったのでござるか? ルイズ殿……」

 

 反芻するかのように、聞き返す。そんな彼の様態も、初めてだった。心を置いてきたかのような、呆然とした表情。

 だがもう、ルイズには余裕が無かった。今にも瞼が降りようとしている。彼を説得しなければ……と、言葉を続けた。

 

「……ごめんね。ケンシン、わたし、夢でずっと見てたの。ケンシンの……人斬りの過去のことを…」

「拙者の…過去…を…夢で…?」

 

 それを聞いて、剣心は目を見開かせた。今までの彼女の様子に納得がいった感じと、自分の過去を見たのか……という、恐らく両方の気持ちが入り混じったかのような表情。

 

「だからだめ、あなたには大切な人がいる……。わたしのことはもう、忘れて。あなたは逃げて。付き合うことなんてないわ。だってあなたには帰るべき場所が―――」

 

 そこまで言った時だった。ルイズは思わず、目を丸くしてしまう。

 隣にいたシエスタも、エレオノールも、アニエスも、学生組も、驚いた。

 

「―――えっ?」

 

 急に剣心は、ルイズを、抱きしめてきたのだ。

 

「な、なにするの…?」

 抵抗するも、もうそんな力すらない。何よりこそばゆかった。そして……。暖かかった。

 本当なら、ずっと、こうしていたい。そう思うくらいに。

 でも……、

 

「や、やめてよ……あなたには……っ」

 

 そこで気付く。剣心の目は、何とも言えない、言いようのない微笑みを湛えていた。

その左頬に、くっきりと十字傷が見える。

 

(どう、して……なんで、そんな……)

 そんな、悲しい顔をするの……?

 

 言葉はもう、続かなかった。

 剣心の優しい抱擁に包まれ、ルイズはまた、眠りについた。

 

 

「ルイズ殿。戻ってきたら、今度こそ話すでござるよ。……今まで黙っていた、拙者のことについて」

 

 

 剣心の優しい言葉が、暗闇になっていく中で聞こえた、最後の言葉だった。

 

 

 

 

(巴……)

 眠ってしまったルイズを、剣心はやさしく抱え上げる。彼女の目にはまた、一筋の涙がこぼれていた。

 まさか、この異世界に来てまで、彼女の名を聞くことになろうとは…。

 

「アニエス殿、ルイズ殿を……」

「えっ? あ、ああ……」

 

 剣心はそのまま、ルイズの涙をぬぐってあげた後、アニエスに預ける。

 見れば周囲は、頓狂な表情で固まっていた。特にシエスタは、核心に触れたかのような感じで、汗を浮かべた顔をしている。

「あ、あの……」

 そんな空気の中、まずシエスタが、遂に思っていたことを聞き出そうとして―――。

 

 

「トモエって、誰だい?」

 

 

 先にギーシュが、その質問をしてきた。

 みんな、同じ気持ちだったのだろう。視線を一気に剣心に送る。シエスタに至っては、一気に表情が強張った。

 仕方もないことだろう。だって、多分、聞きたいようで聞きたくない言葉が来ると、思っていたから……。

 その質問に、剣心はゆっくりと口を開いた。

 

 

「……妻でござるよ」

 

 

「―――っ!!」

 やっぱりそうだった。シエスタは身を強張らせた。

 分かっていたはずだ。こんな答え、ルイズも「結婚していた」と、言っていたのだから……。

 一方のギーシュは、なるほどといった顔をしてきた。

 

「へぇ! 奥さんいたんだね!! まあそれもそうか、きみなら良い人がいても当然だろうね!」

 

 剣心の年齢は、ギーシュは知っている。それを考えればまあ、当然と言った反応をした。

 学生組も、やいのやいのと騒ぎだす。「どんな人だろうな?」「きっと綺麗な人だろうぜ」「ルイズも気の毒だよなぁ……」そんなことを銘々言い出す。

「ねえ、いつか紹介して貰ってもいいかい? きみのことだから、すごい美人さんを捕まえてきたんだろう?」

「……それは無理なのでござるよ」

「えぇー、どうしてだい? そんな減るものじゃないし、あ、もしかしてぼくに口説かれるのを恐れているのかい―――「拙者が、斬り殺してしまった」」

 

 

 沈黙。場の雰囲気が、一気に固まった。

 

「―――え?」

 

 

 誰もがみんな、聞き違いを疑った。幻聴だと思った。おおよそありえないような言葉が、聞こえてきたと思った。

 シエスタでさえ、言葉の意味が分からず、唖然として佇んでしまう。

 

「……ごめん、え? ちょっとまって。おかしい言葉が聞こえてきたんだけど。殺した……って、え……?」

 誰も彼も、信じたくないような様子だった。今までの彼の事を思えば、それも当然の事。

 しかし、剣心はもう、何も言わず、悲しくも優しい微笑みを湛えて、みんなを見るだけ。

 

 

「―――なんで? なんでそうなって……自分の妻をどうして――」

 

 

 戸惑うギーシュの言葉に、剣心はゆっくりと左頬の十字傷をなぞって、更に続ける。

 

「この十字傷は、その今際の際に巴に、そしてもう一本は、本来彼女が結婚するはずだった人に、つけられたのでござるよ」

 彼も拙者が斬ってしまった。と、剣心はそこまで言い切った。

 

 更に、場の空気が凍り付いた。先ほどまでが極寒なら今はもう、絶対零度の域にまで下がってしまった。

 誰ももう、言葉に出来なかった。あの十字傷に、そんな罪が込められているなんて、考えもしなかった。

 エレオノールも口を抑えて震えている。アニエスは苦虫をかみつぶしたような目をしていた。

 シエスタに至っては、もう、がくがくと震えていた。おそるべき量の爆弾を食らって、心が瀕死になりかけていた。

 

 

「それが、貴殿の罪だというわけなのか……」

 

 

 アニエスの言葉に、剣心は軽く目を伏せる。そして今度は、ゆっくりとギーシュの元へ向かって言った。

 

「剣は凶器、剣術は殺人術。覚えているでござるか? ギーシュ」

「え? あ、うん……」

 

 勿論忘れるわけがない。剣心の言葉はみんな印象に残っている。

 ショックで放心しながらも、彼の問いに何とか、心を戻すギーシュ。

 

「当時の拙者は、俺は……その言葉の持つ意味が、分からなかった。自力で答えを探すことをせず、只言われるままに人を斬った」

 言葉遣いを少し戻しながらも、剣心は優しく、ギーシュの肩に手を置いた。そしてさらに続ける。

 

「その果てが……この傷だ」

 

 ギーシュは、剣心の左頬を見た。今でもくっきりと残った古傷。先の話を聞いてからだと、もう決して治ることはないのだろうと、そう思わせてしまう。

 

「だからギーシュ、マリコルヌ、レイナール、ギムリ」

 

 それでも剣心は、優しい顔で、そして断じるかのような声で、こう締めくくった。

 

「お前たちは、俺のようにはなるな。大切な人を斬って、悲しみを負うような男にはなるな。……いいな」

 

 それを聞いたギーシュ達は、悲しい表情で、しかししっかりと、頷いた。

「よし……」と、剣心は悲し気ながらも微笑みながらそう言って、立ち上がろうとした時だった。

 

 

 剣心達の上空に突如、一等の竜が姿を現した。

 

「……あれは、アズーロ?」

「ふうっ、やっと帰ってきたよ。ケンシン」

 

 そう言って竜の上から、ジュリオが顔を出してきた。

 

「全くひどいものだね。もうサウスゴータは駄目だろう。早くここを脱出しないと……」

「そうでござるな。お主が来てくれたのは、正直助かるでござるよ」

 

 そう言うと、剣心は周囲を見渡し、ジュリオに向けてこう言った。

 

「彼らを乗せてあげることは、可能でござるか?」

「ひぃふぅみぃ……まあ、いけるっちゃいけるかな……」

 

 今のアズーロの調子を見て、指さし確認しながら、最終的にジュリオは頷いた。

「では、頼むでござる」

 そう言って、剣心は再び背を向ける。

「……きみはいいのかい?」と、ジュリオは尋ねた。

「拙者は志々雄を止めねばならぬ。それに、まだ逃げ遅れている人々もいる。それを放っておくことはできぬ」

 剣心の視線の先は、爆発と強風吹き荒れる地獄絵図が未だに繰り広げられていた。

 

 

 瓦礫が宙を舞い、焔が天まで突き出し、風が城壁や建物を切り裂いていく。

 

 

 自分の代わりに今、志々雄と戦っている人がいる。その正体を、薄々剣心は察していた。

(あの風、おそらくカリーヌ殿か……)

 

 あの強風を起こせる人は、彼女くらいしか思い当たらない。自分の代わりに必死になって志々雄を止めているのだとしたら……。

 ルイズの顔を思い起こしながら、剣心は力強く踏み出す。彼女の大切な家族を、ここで失わせるわけにはいかない。

 

「お主たちは、早く避難を。拙者が後は…決着をつける」

「だ、そうだよ。ほら、早く乗ってくれ!」

 

 ジュリオが急かすように叫んだ。アズーロは着地し、翼を畳んで乗せられる態勢を整える。

 まずはレディファースト。シエスタとエレオノール、そしてルイズを抱えたアニエスと続き、その次に学生組三人が乗る。

 それを見届けた剣心は、早速戦場へと赴こうとする。その後ろで、声が飛んだ。

 

「待ってくれたまえケンシン!! 彼も連れてってやってくれ!」

 

 叫んだのはギーシュだった。そして背に担いだデルフリンガーを、そのまま剣心に向かって投げる。

 剣心はそれを片手で受け止めた。

 

「……きみの奥さんについて、詳しい事情はもう聞かないよ。きみも色々、あったってことなんだろうからね」

 

 いつもの気障な様子は鳴りを潜め、真剣な表情で剣心にそう言う。

 剣心もまた、そんなギーシュを正面から見つめていた。

 剣心はおもむろにデルフを引き抜く。

「よっ、久しぶりだな相棒」と、いつもと変わらない口調で、このインテリジェンスソードは声をかけてきた。

 

「あの炎と、これから戦うんだろう? だったら、コーチの力はいるんじゃないかな? 持って行ってあげてくれたまえよ」

 

 剣心はしばらく、思案を続けていたが、やがて決心するとそのまま、デルフをしまい鞘を背に担いだ。

 

「……忝い。またよろしく頼むでござるよ。デルフ」

「おう!! 任せな相棒!! 俺と相棒なら何が来ようと負けはしねえさ!!」

 

 そして今度こそ去ろうとした時だった。

 

 

 

「ちょっと、ちょっと待ちなさい!!」

 再び彼を止めた者がいた。竜の上に乗ったエレオノールだ。

 

「あなたっていつもそうよね! 勝手に助けて勝手に去っていって! わたしが言葉を選んでいる時にはもう、そうやっていなくなろうとして……!」

「エレオノール殿……」

「あなたには言いたいことが、たくさんあるんですからね! さっきのことも含めて、もちろんルイズのことも含めてよ!」

 

 その言葉は震えていた。怒っているのも事実だろうが、彼女なりに剣心を案じての言葉だというのもまた、本心なのが伺える。

 その証拠に、彼女の瞳には涙が溜まっている。それに構わず、叫び続けた。

 

「だから絶対に帰ってらっしゃい! 何も言わずにいなくなるようなことだけは、わたし、絶対に許しませんから! いいですわね!!」

「……エレオノール殿の言う通りだ。貴殿は、生き続けなければならん」

 

 同じように身を乗り出したアニエスが、抑揚のない声で、剣心にそう言った。

 

「生きて、償うんだ。より多くの人の道を照らせるように。貴殿の力と意志ならば、それが可能なのだから……」

「アニエス殿……」

「彼女を、ミス・ヴァリエールの心を救えるのは、貴殿しかいない。それを肝に銘じておくんだ」

 

 それだけいうと、アニエスは次に、シエスタに目線をやった。

 

「お前も、彼に何か言いたいことがあるのだろう?」

 逆に視線を受けたシエスタは「えっ!?」とわたわたした。今の彼女は、まともな思考がまだできてなかったのだ。

 あれほどまでに対抗心を燃やしていた巴はもう、遠い人になっていて……それどころか、その原因は剣心自身にあるという事も知って……。

 

 言葉が出てこない。何を言えばいいのだろう? 事はそう単純な話ではないと分かって、かける言葉も見つからなくて。

 

 ただ、涙だけは零れていた。うるんだ目で、ただただ剣心を見つけることしかできなかった。

 それを見ていた剣心は、いつもの優しい笑顔を浮かべて、あげたマフラーを整えながら言った。

 

「済まぬでござるなシエスタ殿。屋敷の時のように、結局巻き込んでしまって…」

「え、いえその、わたしは……」

「……必ず帰ってくる故、もう少しだけ、ルイズ殿と共に待っていて欲しいでござる」

 

 それを聞いてシエスタは、無意識にルイズを見た。今の自分と気持ちを共有できる、数少ない人。彼女を見て、ようやくシエスタも涙を拭いた。

 

「分かりました! ミス・ヴァリエールはわたしが見ていますので……だから……」

 震える声で、涙が混じった声で、それでも力強い声で、シエスタは叫んだ。

 

 

「必ず、必ず帰ってきてくださいね、約束です!」

「……承知、したでござるよ」

 

 剣心はにこやかな顔で、そう言った。そして今度こそ、力強い一歩を踏み出す。

 そして次の瞬間、剣心は疾風の如く駆け出した。あの一際燃え盛る蒼い焔に向かって、一人でも多くの人を助けだすために。

 

 

 

「……いっちゃったね」

 それを遠巻きで見ていたジュリオは、おもむろにそう呟いた。

「じゃあぼくたちも……って、あれ?」

 ここでジュリオはギーシュを見る。何故か彼だけは、アズーロに乗ろうとしてなかった。

 

「何やってんだい? 早く行くよ!!」

「………」

 

 そう呼びかけるも反応せず、やがてギーシュは振り向いてこう言った。

 

「……先に言っていてくれないかい?」

「はあ? 何言ってんだよギーシュ!!」

「そうだろうなあ…何を言ってるんだろうな、ぼく……」

 

 ため息交じりにそう言うが、彼の目にはもう、強い決意が宿っていた。

 

「でも、どうしても気になっているんだ。あのエルフの男女がね」

「エルフ? 何でエルフなんかお前が気にかけているんだよ!!」

 

 思わずギムリがそう叫ぶ。マリコルヌもレイナールも、気持ちは同じだった。

 

「確かにね。でも彼……アリィーとは色々あったんだ。そして彼は今、目の前で婚約者を攫われていったんだろう?」

 剣心と巴の話を聞いて、やるせない気持ちが渦巻いていたのは、ギーシュも同じだった。

 

 自分だって、もしモンモランシーをこの手にかけるようなことがあったら……、そんなこと考えたくもない。愛しの人を殺す気持ちなんて、一生分かりたくないと思っていた。

 

 だからかもしれない。エルフとはいえ、婚約者の二人を見過ごすことなんてできないという、気持ちが芽生え始めていたのだった。

 

「彼らだけでも助けねば。今ぼくの中で、心がそう叫ぶんだ。それに、この子も放っておけないしね」

 

 そう言ってギーシュは、残ったままの白馬に跨った。どうやらこのまま、アリィーたちを探しに行くようであった。

 

「じゃあ、ぼくたちも一緒に行くかい?」

 レイナールが呼びかけるも、ギーシュは、毅然として首を振った。

「いいや、これはぼく一人でやる。きみたちは麗しきレディたちの護衛を任せるよ」

「でも……」

 マリコルヌがそう言いかけた時、遂にギーシュは目を見開いて叫んだ。

 

 

「いいか、きみたちは絶対にレディたちを護衛するんだ! これは隊長命令だぞ!!」

「ギーシュ……」

 

 

 有無を言わせぬ迫力に押される学生人たちの肩を、優しくたたいたのはアニエスだった。

 

「隊内にとって、隊長命令は絶対だ。彼の意図を汲んでやれ」

「……分かったよ。絶対帰って来いよギーシュ」

「帰ってこなかったらモンモンはぼくが貰っちゃうからな!」

 

 学生たちの野次を聞いて、ギーシュはフッと笑った。

 

「ああ、必ず帰ってくるさ。ぼくも、早くモンモランシーの顔が見たい」

 彼女の笑顔を求めつつも、でも絶対譲れない決意を踏めながら、ギーシュは言った。

「……じゃあ、今度こそぼくたちも行こうか」

 それを見届けたジュリオは、そう言ってアズーロに上昇を呼びかける。

 風竜は「きゅい」と一声鳴くと、翼をはためかせて勢い良く空へと飛んだ。

 

 さてと、といった風情でギーシュも馬に乗ろうとした時だった。

「おや……?」

 

 白馬の足元に、何か落ちている。ギーシュはそれを拾い上げた。

「これって、『始祖の祈祷書』……?」

 

 表紙だけそう書かれていた冊子を手に取ったギーシュは、そういえばルイズが『加速』で動き回っていた時、懐から『何か』を飛び出させていたことを思い出す。

 周囲はもう、剣心の話ですっかり忘れていたし、何ならギーシュも見つけるまで忘却の彼方にあったのだが、ここで今、それに行き当たった。

 

「……持ってた方が良いよな。多分」

 本物なのか分からぬ眉唾物だが、ルイズが持っている物なら何かしらの利用価値はあるのかもしれない。

 ギーシュは懐に祈祷書をしまい込み、馬に乗って大通りを走った。

 

 

 

「ルイズ……」

 風竜の背に乗ったルイズを、エレオノールは優しくなでた。シエスタもまた、ルイズに近づいていく。

 いま彼女は、どんな夢を見ているのだろうか?

 あの時の口ぶりからして、ルイズはまだ、巴は死んでいるという事を知らないようだった。

 それはつまり、剣心と巴、二人の別れの記憶まで見せられている可能性が高い。

 

「ミス・ヴァリエール…どうか、気をしっかりと持ってくださいね……」

 

 シエスタは思わず、ルイズの手を取って、またさめざめと泣いた。エレオノールは何も言わず、視線を妹から、燃え往くサウスゴータへと移した。

 

 古都と呼ばれた見事な街並みはもう、焔が全てのみ込んでいった。

 その中心位置では、白くて青い巨大な炎が、一際直燃え盛っている。

 火系統ではないエレオノールも、あの焔の質は別次元の恐ろしさを誇っていると理解していた。

 それでもなお、剣心は立ち向かっていった。まだ残っている人たちを救うために。

 

「絶対に、帰ってきなさいよ……」

 

 ひとりごとのように、エレオノールは小さく呟いた。

 それを同じく見ていたジュリオもまた、やるせなさそうな視線を、燃えるサウスゴータへと向けていた。

 

(ぼくじゃあ、まだ、力不足ってことなんだろうな……)

 

 結局やれることは、こうやって力の無い者たちを逃がすことだけ。あの焔に飛び込む力も勇気も、今のジュリオにはまだ、無かった……。

 それがまた一層、彼を歯がゆい思いにさせていたのだった。

 

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