るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第百二十三幕『迷界の鼓動 前編』

 

 サウスゴータは燃えていく。

 水路から迸った火柱は今、家や屋敷を覆わんばかりとなり、一際強い赫の光源を、夜の中に映していた。

 街中では今だ、暴れる怪物たちと逃げ惑う人々、決死の覚悟で戦う兵で割れていた。

 

「早く、早く逃げなさい!!」

 そんな彼らを助けるのは、『偏在』で分身した烈風カリンだ。

 オーク鬼をその風の刃で切り裂き、逃げ場を失った人々を助ける。彼女の行動が、市民の避難誘導に大きく役に立っていた。

 しかし……、

 

「助かりました……、騎士さま、ありがとうございます!」

「礼には及びませぬ。それよりも、早くここを脱しなさ―――」

 それもまた、長くは続かない。

 

「へ? 騎士さま?」

 命からがら助かり、涙を浮かべて礼を述べていた市民は、いきなり消えた『偏在』に、戸惑いの声を残す。

 各地に散らばった十の『偏在』はもう、半分を切っていた。皆油断でやられたわけでは無い。集中が切れて、解除せざるを得なかったのであった。

 

 

 

 

 

第百二十三幕『迷界の鼓動 前編』

 

 

 

 

 

「待て! 彼女を返せ!!」

 燃え盛るサウスゴータの上空。

 屋根から屋根へと飛び移る二つの影。それはアリィーとダミアンであった。

 婚約者のルクシャナを取り返すため、必死の形相で今、この少年を追っているのであった。

 

「ついてきてますね。うんうん。流石エルフ。あれは『騎士(ファーリス)』クラスはあるかな?」

 

 当たりかな?

 そんなことをダミアンは呟いている。

 アリィーはしかめ面をした。まるで彼女を使って自分を誘導しているようにも見える。

 しかし、そんなことをして何が目的なのか、それがさっぱり分からない。

 

 故に、早くこの蹴りを付けなければならない。アリィーは残り二本となった曲刀を引き抜き、それを投げつけた。

「『意思剣』よ! 我の邪魔をする者を切り裂け!!」

 

 刹那、弾丸もかくやという速度で、曲刀は飛んでいく。しかしダミアンは一切の動揺を見せず、ルクシャナを巧みに動かし盾にする。

「……ぐっ!」

 流石のアリィーも、婚約者事切り刻むわけにはいかない。刀の速度は自然と鈍っていく。それを気と見たダミアンは、再び跳躍して別の建物の屋上へと飛び移った。

 つかず離れずの距離で、巧みにアリィーをおびき寄せていた。

 

「お前! 一体何が狙いだ!? なぜ彼女を攫う!」

「狙いかあ……、まあ、単純明快な話さ」

 

 ダミアンは走り続けながら、一際燃え盛る蒼い焔を見る。

 

「きみたちを連れて行けば、お金がもらえるかもしれない。それだけだよ」

「金? 金だと!? 一体だれに頼まれてだ!?」

 冷や汗を零しながら、アリィーは問う。嫌な予感はしていたのだ。

「そんなの、あなたももう、分かっているんじゃないのかい?」

 そう言って、ダミアンはあの青い焔へと、どんどん向かっていく。

 やはりか……! アリィーは内心呻いた。

 理由は分からぬが、誘拐を命じた首謀者は、あの焔の操り手だという事は、何となくだが察していたのだった。

 

 

 フフフ……―――

 

 

 街で響き聞こえる声に、アリィーは心臓を鷲掴みにされる気持ちを覚える。

 

 

 ハハハハハ――――

 

 

 声は何処までも響き渡る。歌うように、楽しそうに。

 だが聞く者からすればそれは、心底恐ろしい思いに駆られる音調を、それは含んでいる。

 

 

 ハァァーッハッハッハッハッハッハッ……――――!!

 

 

 エルフと吸血鬼が鬼ごっこを続ける内で、誰よりも恐ろしい悪鬼(にんげん)の高笑いが響き渡る。

 アリィーは冷や汗をぬぐった。温度は熱いのに、体内では寒気を感じていく。  

 あの焔にこれ以上近づくのは危ない。近づくのであればもう、付き合いきれない。

 契約している精霊たちが、口々にそう言ってきていた。

 ここに来てアリィーも、精霊たちが何に怖がっていたのか…その正体をようやくつかんだのであった。

 

 みんな、この焔を恐れているのだ。

 

「ルクシャナ、ルクシャナぁぁあああああ!」

 アリィーは絶叫しながら、ひたすらにダミアンの後を追った。

 

 

 

 さて、サウスゴータの上空。

「……何の声でしょうか?」

 

『シャルル・オルレアン』号船内にて、燃える街並みを見下ろしながら、リュジニャン子爵はそう呟いた。

 誰かが高笑いしている。こんな地獄のような光景で。

 一体誰が?

 

「気のせいだろう。貴様は疲れているのだリュジニャン」

 砲手に命じながらそう返すのはクラヴィル卿だった。彼は子爵の問いを、きっぱりと幻聴と断じたのだ。

 その様子を見るに、どうやら彼も、かの笑い声は聞こえていたようだ。しかし、ひたすらに『気のせい』としているようであった。

「いや、ではその……あれは一体……?」

 次いでクラヴィル卿は、震える指を向け、再び問いかける。

 

 彼の視界と指の先は、粉々に砕け散った建物が爆散し、火山弾のように周囲に散らばる光景だった。

 

 そしてその火山弾となった瓦礫を、粉みじんに切り裂く強力な鎌鼬。

 今度は二階建ての家が宙を舞った。それが『シャルル・オルレアン』ほどではないにせよ、それなりの高度にまで飛び上がっていく。

 しばしの後、それは急に燃え、そして爆ぜた。周囲には蒼い焔による火の粉が飛び交う。

 

 リュジニャンはただただ震えていた。軍人について数十年、いろいろな戦地を転々としたが、こんな光景は初めてだった。

 

 

 何が暴れているのだ? サウスゴータで何が起こっているのだ?

 少なくともあんな規模の風と炎、スクウェアクラスでもまずあり得ない。個人が使える魔力の範疇を、軽く凌駕したものであった。

 

 

「恐らく、レコン・キスタが連合軍用に仕込んだ罠なのであろう。そうに違いないわい」

 これまた淡々と、しかしどこか震えるような声色で、クラヴィル卿は答えた。

 だが当然、そんな答えにリュジニャンは納得しない。

 

「いや、流石にあれは罠の範疇を越えておりますぞ。卿!! まさかこの闘い、エルフが関わっているのでは……」

「エルフ、つまり先住魔法か」

 クラヴィル卿はふむ、と顎に手を置く。確かにありえなくはないだろうが……。

「仮にあれがエルフの仕業としてだ。奴らがこの闘いに肩入れする理由はなんだ?」

「それは、分かりませぬが……」

「分からぬことをいちいち思考するなリュジニャン。あれはレコン・キスタの仕掛けた罠だという事にしておけ。さあ次は船を南端に向けて動かすぞ――――」

 その時だった。

 

 宙を舞っていた火山弾が一発、『シャルル・オルレアン』号の船底にぶち当たった。

 

 ドゴォォォン! という轟音とともに船全体が衝撃で揺れる。

「船底に被弾!!」

「『風石蔵』が延焼!!」

「消火作業急げ!!」

「二次被害に備えろ!!」

 船員が慌ただしく駆けだす。流石のクラヴィル卿もこれには慌てた。

 まるで、目を背けていたかったものに『こっちを見ろ』と、肩を叩かれながら言われたかのような衝撃。

 

「卿!! 卿!! これもレコン・キスタの作戦なのですか!?」

「知らぬ!! 知らぬわ!! わしは何も見ていないし聞いてもおらん!!」

 

 それでも目を背けるかのように、クラヴィル卿は叫んだ。何がなんでもあの光景を、「人力で起こっているもの」だと、思いたくないようだった。

 ただそれでも、腐っても提督。「被害状況を報告せよ!!」と、船員に船の状態を確認する。

 

「船底に瓦礫が直撃。幸いにも内部まで破損はせず、火災も未然に防ぎました。しかし、『風石』が燃え落ちてしまいまして…」

「墜落の危険性は?」

「それは大丈夫です。ただ、それに伴い浮力が大幅に落ちまして……安定した飛行はもってあと二時間程かと」

 

 ふむ、とクラヴィル卿は思案する。この後逃げる連合軍の追撃を指揮するつもりだったが…この制限時間では、ダータルネスの港に帰るまでが精いっぱいといったところか。

 このままでは王からの心象も良くない。悔しさで唇噛んでいたクラヴィル卿だったが……。

 

「よい。『シャルル・オルレアン』はこのままサウスゴータ上空で待機。一時を過ぎたら他の船と共に一旦、ダータルネスへ帰還しろ」

 そんな彼に声をかけたのはジョゼフだった。いつの間にかクラヴィル卿の隣へと迫り、命令する。

 

「陛下!! その、よろしいので……」

「構わん。どのみち追撃には地上部隊を当てる予定だったからな」

 ジョゼフはニヤリと笑った。彼はガリアから連れてきた兵力三万を、アルビオン四万の部隊と共に、連合軍にぶつける腹積もりであったようだ。

 

 

 締めて七万の勢力だ。なにものも、それこそ半端なエルフの軍勢だろうと叩き潰せるであろう、巨大な戦力だった。

 

 

「だからもう少しこの船を街の上に飛ばせ。おれも下の光景を見たいからな」

 そう言って、ジョゼフは船端からサウスゴータを見下ろす。クラヴィル卿やリュジニャン子爵は恐れて直視できてなかったのに、この王様は純粋に楽しんでいるかのような様子だった。

 ただ、燃え盛る蒼い焔を見て、一言。こう呟く。

「楽しそうにしておるなぁ」

 

 

 

 

 

 蒼い焔は、燃え盛る。

 巨大な陣風を防ぎ、建物を飲み込む。

 

「どうした、もうバテちまったのか―――」

 

 蒼い焔は、天高く沸き上がる。

 まるで二つの月をも喰らわんとばかりに。

 

「……っはぁ、全く、歳は……とりたくありませんね!」

 

 蒼い焔は、古都を包み込んでいく。

 道中あった銅像、オブジェ、由緒ある建物も、全てすべて――――。

 

 

「だが、褒めてやるぜ。俺相手に『十五分近く』戦えた奴は、あんたで二人目だ」

「そうですか――――」

 

 

 そんなやり取りの中、触手のように伸びる蒼の火が、烈風、カリーヌへと迫っていく。

カリーヌはそれを『ウィンドブレイク』で吹き飛ばす。

 スクウェアクラスを越えた、その豪風に一瞬火はかき消えそうになるも、持ちこたえてすぐさま彼女に迫っていく。

「ぐっ―――!!」

 だが、カリーヌは怯まない。こんなやり取りをもう、十分以上も続けていたからだ。

 この火を操る主……志々雄と戦って分かった事。それは、この火は『普通の火とは違う、魔力がこもった火である』ということだった。

 

(ただの火であるならば、わたしの風で跳ね返して彼を炙ることもできたのでしょうが……)

 

 何度かこの火を志々雄自身にぶつけてやろうと、『ウィンドブレイク』や『エア・ハンマー』を放ったこともあった。

 だが跳ね返った火は全て、志々雄を避けるかのような挙動をした。彼に当てようとしても直前で割れるのだ。まるで『意志』が宿っているかのような動きだ。

 そして一方の志々雄は、この焔を巧みに操り、自分を燃やそうと迫ってきた。常識ではまずあり得ない動きをもって。

 

 カリーヌは確信する。この火はどうやら、『先住魔法』に近い魔力を持っているようだ。何故メイジでもない彼がその力を得るに至ったのかは定かではないが、少なくともあの『剣』が起因していることだけは分かった。

 

 次に火力。あれは絶対に当たってはならない。カリーヌはそう断じた。

 

 事実、あの焔は鉄をも軽く溶かしレンガ造りの家を飲み込み、味方であるはずの怪物を骨までしゃぶりつくしていく。

 一度でも食らったら、まず助からない。一瞬で解け消えてしまうことだろう。かすり傷すら、負うことは許されない。

 そのため常に回避を強いられる。ブランク明けの彼女にとっては、かなりきつい条件を付けられた闘いでもあった。

 

 

 ここでカリーヌは『ウィンド』を唱え、迫ってくる志々雄自身から距離を取る。

「ぶぅるあああああ!!」

 その背後から、数体のトロル鬼やオーク鬼が、こん棒を振り上げ殺到してきた。

「――――邪魔です」

 カリーヌは迫りくるこん棒や剣を、身を翻すことでさけていく。

 攻撃を外した怪物たちは二撃目を当てようとして……次の瞬間、身体はバラバラに四散した。

 すれ違いざまに『エア・カッター』を叩きこんでいたのである。技量と魔力の極致にいるからこそ、なせる技だった。

 

「――――ッ!!!」

 そんな彼女の視界に、再び蒼い焔が迫ってくる。今度は竜のブレスかと思うほどに、巨大な火炎弾が、砲弾の如き速さで迫っていく。

 すぐさま『ウィンド・ブレイク』を自分に当てて二階建ての屋根上へと飛び上がる。遅れてその火炎弾が、バラバラになった怪物たちを焼き消しながら大通りの方へと消えていった。

 

 

「はっ、はあっ……はぁ……!」

 カリーヌは肩から息をしていた。正直さっきから休む間もなく魔法を連発していた。しかもどれも相手の攻撃をやり過ごすためだけに…だ。

 逆に自分の攻撃は……あの焔の壁に阻まれて当たらないのだ。『ウィンド・ブレイク』じゃかき消せないし、『エア・カッター』でも一瞬切れ目が入るだけ。

 建物を持ち上げて叩きつけ、強引に消火しようとしたが、それすら呑まれて消えていく。

 

 さらに風を竜巻状にして火を持ち上げようとしても、焔の勢いに押されて霧消してしまうのだ。

 そもそもまだ避難している人がいるため、そこまで大規模な攻撃ができないというのもあるが。

 唯一通るのは『カッター・トルネード』だけ。真空の刃を極限にまで研ぎ澄ませれば、当てられるのだが……、

 

「はあっ!!」

 カリーヌはすぐさま『カッタートルネード』を唱える。巨大な真空の刃を、竜巻状にして打ち放つ。

「シャアアアアアアアアアア!!!」

 志々雄も同じくして、『無限刃』を振り切って、再び焔を撃ち放つ。

 焔と竜巻が競っている。そんな中、竜巻側から飛んでくる真空の刃が、志々雄に向かって行く。

 その刃を、しかし志々雄は蝶の如く避けていく。かと思えば―――。

「ッシャアア!!」

『反射』が込められた鉢金を使い、わざと刃に頭突きして、攻撃を返したりもしてきた。

「ぐっ―――!!」

 跳ね返ってきた真空の刃を、カリーヌは跳んで避ける。建物はすっぱりと両断され、崩れ落ちていった。

 

 

 カリーヌは再び、志々雄の前に立つ。

「次は何をしてくるんだ? 斬り合いか? 風の魔法か? お前が力尽きるまで何でも付き合ってやるぜ」

 肩に、火を納めた刀をとんと置いて、志々雄は憮然と言った。その顔は未だ余裕の笑みを保ったままだ。

 彼は未だ、疲弊すらしていない。傷を負っていないという条件で見ればカリーヌとも同じなのであるが、消耗の度合いは段違いであることだけは、嫌でも分かってしまう。

 

「まったく、わたしがもう少し若いときに来てほしかったですよ」

 愚痴ともいえる感情をほろりと、カリーヌはこぼす。それを聞いた志々雄も笑った。

「そりゃあ悪かったな。文句はお前らの始祖に言ってくれ。……だがまあ、それでもなおこの風は見事といったところか」

 純粋な賞賛なのだろう。志々雄はそう言うと、今度はこう言ってきた。

 

「どうだ、お前、俺の懐刀になるつもりはないか?」

 

「…………!」

 ここに来て、まさかの勧誘である。カリーヌは若干目を見開かせた。

「俺は今、異形の化け物を選りすぐって集めてんだが、お前なら俺の集めている『十一本目の杖』の格に相応しい」

「………」

「それだけの風を操りながら、燻ぶらせておくのは勿体ねぇぜ。俺ならあんな小娘より、もっとうまくあんたを使ってやれる」

 

 それを聞いて、すっとカリーヌは杖を下げた。聞く体勢に入ったのが分かったのか、志々雄も一旦、刀を鞘に納める。

 

「先に言っておくぞ。俺が直接手を下さずとも、トリステインは必ず、動乱の最中で潰れて消える。あんな、まともな王すらいない弱小国家にしがみついて何になる? あんただって、そんな力を持ってりゃ安寧の裏で見えない不満を抱えているんじゃねぇのか?」

 それだけの力を持っているなら当然、見えない不遇…つまり、『暴れられない』という不満を覚えていてもおかしくない。志々雄はそう思っていた。

「俺はお前を評価している。それだけの力を持ってるやつを、ただ消すのは惜しいのよ。領土が欲しいのなら、言うだけくれてやってもいい」

 力があるからこそ、それを常日頃から満足に振るえない現状。それを使い誘惑しているのであった。

 自分のもとに来れば、その風を思う存分、敵にぶつけられると…。

 

「そんな古惚けた外套(マント)なんざ脱いで、こっちにこねぇか『烈風』。お前はあんな弱い国に収まる器じゃねえよ」

 

 志々雄は握り拳を作って、雄弁に語りかけた。

 それを聞いていたカリーヌは一瞬目をつむり、そして志々雄に向かって歩き出す。

 一歩、二歩、三歩……、気付けば、互いに握手に応じられる距離にまで、近づいていた。そこまで来た時、カリーヌは目を開ける。

 

 志々雄は手を差し出してきた。しばしの沈黙が訪れる。

 対するカリーヌは、静かに首を横に振った。…そしてそこから、数秒の時間が流れた。

 

「―――そうか、それもいいだろう」

 

 志々雄のその言葉と共に、カリーヌは素早く『ブレイド』を唱えて斬りかかる。断られた側の志々雄は、依然笑みを崩さぬ飄々とした態度で、その剣を指で受け止めた。

「一応、聞いておくぜ。何がお前を、そこまで動かすんだ? 国か? 忠誠か? 伝統か?」

「……そこで『そうです』と応えられれば、格好もつくのでしょうが…わたしの力を認めてくれたあなたには、正直に言いましょう」

『ブレイド』を解き、一旦志々雄と距離を取ったカリーヌは、仮面を取って素顔を見せ、た。

 

 確かに、日に日に魔力が衰えていくのを、寂しいと思う気持ちは勿論ある。

 全盛期はもっと高く、もっと早く飛べたものだ。だが、今は昔のように動こうと思えば、もうこんなにも息を切らしている。若き頃の、もっと動けた自分に思いを馳せる日がないのかと言われれば、嘘にはなる。

 でも……カリーヌ自身は、それで志々雄側に着く理由までにはなってなかった。

 

 幼いころ、見知らぬ騎士に助けてもらった事。

 

 若いころ、今の旦那ことピエールにあった事。

 

 そして彼と無事結ばれ、三人の子を授かった事。

 

 武勇伝を立て、革命を鎮圧し、伝説とまで呼ばれるようになった名声を立てた事。

 

 色んな経験をしてきた。それだけで満足なのだ。

 今望むのは、自分の子供たちが健やかな未来を送れるように。こんなバカげた戦を、終わらせるために来たのだ。暴れるためじゃない。

 それを、一言でくくって、こう告げた。

 

 

「『愛』ですよ」

「『愛』ね……」

「あなたはないのですか? 誰かから『愛』を、感じたことが……」

 それを聞いて一瞬、志々雄の脳裏に過る面影があった。

 そして一瞬、薄っすらとだが、口元で穏やかな笑みを浮かべて、こう言った。

 

 

「ねぇな。地獄の窯の底に、置いてきちまったからな」

 

 

 死後も自分についてきた女性の顔を思いながらも、今を楽しむために、志々雄は笑ってカリーヌに迫った。

 交渉決裂。ならば当然、彼女を生かす理由はない。

 再び志々雄は『無限刃』を抜き放った。

 

 

 

「シャアアアアア!!」

 再び、志々雄は無限刃を振るった。それに伴い茫漠な熱がカリーヌに殺到する。

 

「―――ユビキタスッ!!」

 

 カリーヌは呪文を唱えながら素早く後退する。彼相手だと呪文の一語一句唱えるのにも神経をすり減らす。それほどまで強力な業火を操っているのだ。

 それに、むやみやたらに口を開けると、熱気が肺を焼いていく。呪文を唱えるのでさえ辛いのだ。

 

「デル!!」

 

 吐き出すように、唱え続ける。使うべき呪文を一回でも間違ったら、即、死が待っている。

 故に失敗は絶対に許されない。

 

「ウィンデ!!」

 

 刹那、五体のカリーヌが『偏在』となって現れる。内三体を土台にし、本体と他二体はそれを足蹴に跳躍。刹那迸る焔の波に、土台となった三体は瞬く間に飲まれて消えた。

 宙に浮いた二人と本体は、すぐさま『ウィンド』を自分の足先に溜めて放つ。それによって二段ジャンプの如く中空で動きを変えた。

 ただの『フライ』だと炎に掴まる恐れがある。それゆえ速度が高いこちらを使って避けているのである。

 そのうちの二体がどこかへ行き、一体が志々雄に迫った。『ブレイド』を唱え、果敢に斬りかからんとしてきたのだ。

 

「はぁあああああああああ!!!!」

「シャアアアアアアアアアアア!!」

 

 志々雄は一旦『焔』を納め、抜身の刃で応戦する。斬り合いを挑むその心意気や良し。

 触れたら死ぬ焔を見て尚、それに向かって突っ込む胆力を、賞賛していたのだ。

 なぜなら―――。

 

「『偏在』を使わずてめぇ自身が斬りかかるか。良い度胸だ」

 

 そう、今斬りかかっているカリーヌは『偏在』ではない、まごう事なき本物なのだ。

 分身があるこの状況下なら、『偏在』の方を向かわせてその隙を魔法で突くのが定石だろうに……その逆をしてきたのだ。ならそれに応えるのが礼儀というもの。

 キン、キン、キィィン! と、しばし刃が混じり合う音が聞こえる。

 カリーヌは呪文を使わず、迸る魔力を風に変えて跳躍する。そして上空から一気に斬りかかってくる。

 まさに『風』の精霊から寵愛を受けたかのごとく、悠然と空を舞い、蝶のようにとらえどころがない。

 そして一度攻撃に転じれば、ワシの急襲の如く鋭く速い。

 杖さばきも見事。剣腕も申し分なし。ただ、惜しむらくは……。

 

 

「お前みたいに跳躍して殴ってくる奴は、抜刀斎でさんざん見てきた。わりぃがな」

 

 

「――――ッぐッ!!」

 刹那、志々雄の動きが急に変わった。

 まるで今までの手合わせは完全な御遊びだと言いたげな様子で。こっちは余裕などもうないというのに。

 

「―――ッシャアアッ!!」

 次の瞬間、カリーヌが繰り出す神速の突きを、何とひっつかんで受け止める。そしてそのまま地面へと叩きつけようと迫った。

 カリーヌはそれを『ウィンド』を唱えてやわらげ、その隙に着地体勢を取る。しかし志々雄は更にその隙を突いて、回し蹴りを打ち放った。

 

「ぐっ!!」

 もろに喰らった。避ける間も防ぐ間もなかった。吹き飛ばされ壁に叩きつけられそうになるところを、『ウィンド』を放って何とか和らげる。

 死中に活を見出すために接近戦を挑んだというのに……、気付けばまた魔法を『その場しのぎ』で使い始めていることに、カリーヌは気付いていた。

 気付いているが……、それでも使わねば、死が待っている。

 カリーヌは蹴られた腹を抑えて、何とか立ち上がる。志々雄は悠然と迫ってこう言った。

「お前の剣技は全て、抜刀斎の劣化でしかねぇ」

「舐められたものですね」

「別に舐めちゃいねえさ。むしろ褒めてんだぜ。その年で抜刀斎に近い動きをできるなんて大したものだ。そんな風に速く高く上がれる奴は、俺が見たメイジ共の中じゃ初めてだぜ」

 そう言う志々雄の色には、混じりっ気のない賞賛の色があった。先の勧誘と言い、カリーヌのことを本当に認めている様子だ。

 

「だがそろそろ『時間』も迫ってきた。だからここは互いに―――」

「ええ、今のわたしの全力を――――懸ける」

 

 口元から垂れる血をぬぐいながら、カリーヌは笑った。

 彼女の背後には、一体の偏在が杖を振り回しながら魔力を溜めていた。

 

 実は先の攻防で『偏在』を展開していた際、魔力の大部分を一体の分身に渡していたのである。

 そして僅かな魔力と剣技で志々雄とやり合いつつ、止めの一撃を偏在の方が刺す。

 杖を掲げる偏在は、かつて剣心と戦った時のように、『カッタートルネード』で生まれし刃を、一本に研ぎ澄ませていた。

 流石に剣心の時のように巨大なものではなかったが、切れ味ならあの時以上に研ぎ澄ませている自信がある。

 

 そしてついにできた。巨大な真空の刃。正真正銘最後の一撃。

 

「腕に余程自信がおありなのでしょう? よもや、わたしの全てを『避けて』終わらせるなんて、そんな無粋なことは致しませんよね?」

 信じていますよ。と、皮肉な笑みを浮かべてカリーヌは言った。もちろんこれは挑発だ。絶対に避けさせないために、初動を潰されないように。

 彼ほどの自信家なら絶対乗ってくる。カリーヌもそこは分かっていたのだ。

 そして案の定、志々雄は乗っかってきた。

 

「言うじゃねえか。いいぜ。かかってこい」

 

 笑みを浮かべ、右手に嵌めた黒手袋を少し、口で噛んで緩める。

 これがどういう所作か、カリーヌはさっぱり分からないが、少なくともこちらの攻撃を立ち向かう腹積もりなのは理解した。

「では――――!!」

 カリーヌのその声と共に、背後の偏在が遂に、刃風を撃ち放つ―――。

 ブゥゥン…!! と、次元を擦るような音と共に、それは殺到する。

 攻撃の瞬間、本体のカリーヌは伏せる。その背後から、巨大な鎌鼬が、志々雄に向かって飛んでいく。

 

 対する志々雄は、そんな様相を見ても依然余裕の笑みを浮かべていた。

 そして緩まっていた黒手袋を、斬撃に向かって放り投げた。

 悠然と宙を舞う手袋にカリーヌの攻撃が当たろうとする、その一瞬、

 

 

「弐の秘剣、『紅蓮腕』」

 

 

 神速の抜刀術でもって、志々雄は黒手袋…その中に仕込んだ小型の『火石』に着火した。

「―――――…っ!!」

 刹那、カリーヌの視界一杯を閃光が覆った。

 次の瞬間、轟音と共に発生した火柱が、峻烈な風を飲み込み燃やし尽くしていった。

 

 

 

 各地で避難誘導していた、カリーヌの『偏在』。その数五体。

 それが、この轟音とともに一瞬で、すべて消えた。

 

 

 

 悠然と立ち上る火柱を真っ二つに切り裂きながら、志々雄は現れる。

 周囲は業炎と荒廃した建物。そして灰になった怪物の死骸のみ。

 暫くそれを見渡した後、志々雄は呟いた。

「……逃げたか。やるなぁ『烈風カリン』。腐ってもこの世界で伝説を名乗るだけのことはある」

 少し甘く見ていたか。そう言うも志々雄の口元は緩んだままだ。

 当然彼もまた、カリーヌがその後どうなったのかを理解していた。

 

 

『紅蓮腕』の大爆発。その瞬間、カリーヌは予め打っていた最後の保険を、使ったのである。

 着火時の閃光が迸った時、隠れていたもう一体の分身が、本体のカリーヌを掴んで、渾身の『エア・ハンマー』を打ち放っていたのである。

 それによる衝撃で、爆発が起こる前にカリーヌ本体は建物の壁を何枚も突き破って飛んでいった。

 凄まじい荒事であったが、そうでもせねばあの爆炎から逃げられなかったという判断をしたのだろう。実際それは正しいと、志々雄は思っていた。

 死にはしていないだろうが、流石にもう、立ち向かってくる気力まではないだろう。残念だとは思ったがまあ、闘い自体はそれなりに満足はしていた。

生きていれば、また会うこともあるだろう。奴ほどの強者なら、どこかで巡り合うこともあるだろう。

 その時に決着なり、誘惑なりすればいい。志々雄は焔が迸る無限刃を鞘に納めていった。

 

 

 

「そろそろか」

 一人になった大通りにて、志々雄は呟く。

 

 やがて、全身に巻いた包帯が青く光ると、次の瞬間、水蒸気が彼の身体から広範囲に迸っていった。

 

「成程なぁ、こんな感じになるのか。……思えば『十五分』もやり合ったことは、この世界に来てからは無かったな」

 一番のネックだった『制限時間』を取っ払うためとはいえ、火照った体にいきなり、冷や水をぶっかけられたような気分だ。

 水蒸気を発する腕を、正確には包帯を見ながら、少しつまらなさそうに、志々雄はそう呟いた。

 

 周囲に薄くだが霧が漂う。改めて気配を探ったが、やはりカリーヌが来る様子はない。

 しばらく、何処となく彷徨うような歩きで足を運んでいた志々雄だが、暫くして耳にドサッ……、と、何かが落ちてきたかのような音が入ってきた。

 

 

「お前か、ダミアン」

「ええ。どうやら終わったみたいですし、ね」

 霧が晴れ、そこから姿を現したのはダミアンだった。にこやかな笑みを浮かべて、志々雄に言った。

 

「はいこれ。約束のエルフです」

 肩に担いでいたルクシャナを、すごく適当な面持ちで地面に投げ落とす。

 そして満面の笑みで手を差し出した。

 

「てなわけで、ボーナスはずんでくださいね」

「お前も働き者だな。そんなに金が欲しいか?」

 

 朝から夜まで働き詰めの彼を見て、可笑しそうに志々雄は言った。

 

「そりゃあそうですよ。夢をかなえるには、まだまだ足りませんからね」

 ダミアンの言葉に、志々雄はまた笑った。随分前の「エルフの血は脂足りえるのか?」という発言を聞いて、金になる仕事だと判断したようだった。

 特にそういう依頼を与えたわけでは無かったが、志々雄の性格を考えれば、そこで依頼をこなせば金を払ってくれるだろうという、信頼があるようでもあった。

「いいぜ、後でオリヴァーの奴に言っておく。交渉は奴としな。まあ、生きていればだが」

 志々雄も当然、クロムウェルが何をしているのかをちゃんと理解していた。これで本当に甦ってくるのであれば、まず間違いなく『杖』の格に相応しい。それ相応の対応をしようとは思っていた。

 

「死んでた場合は?」

「わあってるよ。そんな顔すんな。きちんと払ってやるさ」

 そんな風にこの元素の兄弟の長男に、話をしていた時だった。

 

 

「んぐっッ……ぅ!?」

 ここで気絶していたルクシャナも目を覚ましたようだった。周囲を見渡し、そして志々雄を見た瞬間、驚きで目を見開く。

 

「んう? んううう!!」

「おいダミアン、口のやつを取ってやれ」

「いいんです? 精霊を行使してくるかもしれませんよ?」

「簀巻きにされた女を、ただ斬るだけってえのも味気ねぇだろ」

「はいはい」と、ダミアンはルクシャナの猿轡を外してあげた。

「ぷはっ……はぁ、はっ……」

 ようやく舌が自由になったルクシャナは…ここに来て、志々雄と、周囲で燃え盛る蒼い焔を直視した。

 そして怖気が走った。ようやく分かった。精霊たちが何に怯えているのか…。

 

 この焔だ。ルクシャナはすぐに分かった。この焔は今、精霊すらも喰らいつくす焔になっている。

 

『水の精霊』を焼いた時、志々雄の焔は自由に動かせる『意志』と、精霊の存在に干渉できる『力』を、得ていたのである。

 焼きこがした瞬間に纏わりついた、目に見えぬ水蒸気が、今は志々雄の刀に染みついていたのだ。

 そしてそれからというもの、『精霊の力』を行使できる呪文…『先住魔法』に対し、弱めの精霊ならそのまま食らいつくし、糧とすることもできるようになったのだ。

 まさに地獄の業火。人間、怪物、亜人、精霊、弱い者はどんな種族も関係ない。この焔の糧となって終わる。

 それを悟ったからこそ、ルクシャナは思わず身を震わせたのだった。

 

 

「確認するが、てめぇが『エルフ』って種族か?」

 なんせ見るのは初めてだからな。と、志々雄は言ってきた。その問いに対し、呆けていたルクシャナも志々雄を見る。

「あんた……なんなのよその炎、なんで、蛮人がそんな……炎を?」

「ホウ、エルフ共は俺達人間を『蛮人』って呼ぶとは聞いていたが、どうやら本当のようだな」

 くっくっと志々雄は笑った。常に居丈高に構えながらも、平和と知性を尊ぶ種族とも聞いていた。

 

 それを聞いた時、心底こう思った。「―――くっだらねぇ」と。

 

 そんな阿呆な倫理観に、今までこいつらハルケギニア人は苦戦しているのかと、本気であきれ果てたものだ。

 

「その様子だと、分かっているみてぇだな。この焔が、どんな風になっているのかが」

 後ろで燃え盛る蒼い焔に向かって、志々雄は握り拳を込める。すると一気に燃え盛った焔が立ち消えた。

 その様子には、ダミアンも少し感嘆の声を漏らす。彼もまた吸血鬼の血を引き、先住の魔法も操れる。志々雄の火の異質さには既に気付いていた。

 

「この世界に来てから、そりゃあもう色んな化け物を斬ってきた。オーク、トロール、ゴブリン、吸血鬼、ミノタウロス、コボルト、グリフォン、ヒポグリフ、マンティコア、ドラゴン、そして水の精霊……。俺のいた世界ではそんな奴らはいなかったからな。思いの外楽しかったぜ」

 

 指折り数えながら、志々雄は言う。言の葉を紡ぎながら、だんだんと口元の笑みを深くしていく。

 

「だがまだ斬ってねぇ奴がいる。それがお前らエルフだ」

 

 それを聞いて、ルクシャナは愕然とした。志々雄の身体からゆらりと殺気が立ち上っていく。

 身体が震える。汗が身体を浸していく。

「お前らの血は、果たしてこの刀の良い『脂』になるのかね―――?」

 

 

 蛮人を『怖い』と本気で思ったのは、当然ながらこれが初めてだった。

 

 

「石の礫よ!! かの者を貫け―――」

 ルクシャナはすぐさま『精霊を行使』した。小粒のような石が弾丸となって飛んでいく。

 しかし――、

「ちっ……」

 志々雄は心底つまらなさそうな舌打ちと共に、雑な剣閃で、無限刃で振り払った。

 蒼い焔に包まれ、石は跡形もなく消え去る。それだけではなく―――

 

『ぎゃあああああああああああああああ!!』

『熱い!! 熱いいいいいいいいいい!!』

 

「―――ぇ…?」

 精霊が叫び声をあげた。そして以後、一切地面の石は動かなくなった。

 彼女を助けようとした精霊は皆、あの焔に食われて糧とされてしまったようである。

 

「止めた方が良いですよ。彼に半端な精霊の行使は。あの焔に食われて消えるだけですから」

 

 隣で立つダミアンが、憐憫の表情で捕捉してきた。対する志々雄は、本気でつまらなさなそうにエルフを見下ろす。

 

「んだよ、オイ。ダミアン!! エルフってぇ奴はお前ら吸血鬼より強い『先住魔法』ができんじゃねぇのか!?」

「ええ間違ってませんよ。あなたの焔が強すぎるだけです」

 

 さらりとダミアンはそう答えた。

 先住魔法は何より、自然の理に沿うことを信条としている。なのでより強い自然には当然ながら絶対に勝てない。

 そよ風が台風に逆らえないように、さざ波が津波に吸収されるように、岩が鋼を壊すことなどできないように。小火と大火、比べることの無意味さを現わすように

 

 強ければ生き、弱ければ死ぬ。それが自然の摂理であり、絶対的な不文律なのだから。

 

 故に、ひたすら貪欲に強さを食らいすぎてきた志々雄にとってもう、有象無象が行使するエルフの先住魔法ですら、ただの餌程度にしかなってなかったのである。

 もう志々雄の操る焔は、精霊云々の次元を疾うに超えている。そう伝えたのだ。

 

 しかし志々雄としては憤懣やるかたない気持ちがせめぎ合っている。何せさっきまで『烈風』という極上の強敵と死合っていたのである。あまりにも落差がひどすぎると感じていた。

 誰もが皆、エルフは強敵だと嘯いていたからこそ、全員カリーヌぐらいの強さを持っていると心構えていたというのに……。

 

「ったく、マジで興覚めだ。こりゃあサハラを征服するのもそう遠い未来じゃなさそうだな」

「え? 蛮人……今、なんて……」

 ルクシャナは唖然としていた。この男は本気で、エルフの国へ攻めるつもりなのか…?

 普通なら、蛮人のたわごとと一笑に付すだろう。しかしそんなことは当然ながら、出来なかった。

 

「お前らエルフは六千年もの間惰眠を貪ってきたようだが、俺が来た以上もうそんなことはさせねえぜ」

 

 志々雄はニッと笑って、無限刃を肩に置く。そして悠然とした様子で、更にこう告げた。

 

「弱い奴は全て淘汰させる。所詮この世は弱肉強食、強ければ生き弱ければ死ぬ。お前らエルフも、それに適応できねえ奴は全員糧となってもらうつもりだ」

 

「そ、そんなこと……ッ!?」

「させねえってか? じゃあもっと頑張れよ。もっと強力な精霊を呼んで、俺を叩き潰しに来いよ」

 ルクシャナはあらん限りの力を使って、隣の二階建ての建物を石の巨人に変えた。

「ホウ、やればできるじゃねぇか」

 少し見直したような口調で、志々雄はそう言うと、巨腕で押しつぶそうとする巨人に向かって、一閃。

 

「が、駄目だ」

 

 蒼い焔に包まれ、巨人は粉々となった。精霊を使えるものはこの瞬間、焔に食われていく石の精霊の叫び声が虚しく響き渡るのが聞こえた。

 

「で、もう終わりか?」

「うぅ……ッ!!」

 

 ルクシャナは呻いた。そして…今度は彼の操る焔を使おうと、口語を唱える。

 

「炎よ! 我と契約し―――」

「あ、それはまずいですって!」

 

 瞬間、焔は急に燃え立ちルクシャナを襲った。

「きゃあああああっ!!」と、爆炎の衝撃でルクシャナは吹っ飛んでいく。

 まるで「触れるな」と言わんばかりの動きで、ルクシャナに威嚇してきたのだ。

 燃えることはなかったが、爆風の衝撃で身体を強かに打ち、痛みに呻いた。

 

「ぅうっ……!」

「少し考えればわかることじゃないですか。あの焔は誰にも契約できませんよ。彼以外には」

 しれっと逃げてまた戻ってきたダミアンが、そう言ってきた。この焔は全て、志々雄の理念信条あって作られたものだ。その意思は、水の精霊ですら屈服させることはできなかったのを彼も知っている。

 

 実際にその場で見たのだから…彼がその手で水の精霊を燃やし尽くすところを―――。

 

「本気で終わりか。ったく、最後にやるコトが俺の焔を操ろうってか……」

 志々雄はもう、失望を隠そうともしなかった。何処までも冷たい声でつまらなさそうに嗤う。

 

「てめぇらエルフに似合いだな。他人の念仏で極楽参りしてきた奴の末路ってわけだ」

 

「ぐぅっ……ぅうううぅっ……」

 ルクシャナはもう、何も言い返せなかった、そんな余裕もなかったし、痛みで喋る気力もなかった。

 志々雄はゆっくりと無限刃をルクシャナにつきつける。細い鋸で象られた切っ先が、彼女の首筋に触れたその時―――。

 

「あぁ、そうそうシシオさん」

 と、ここでダミアンがにこやかな顔で言ってきた。

 

「何だ、ダミアン」

「報酬なんですけど、どうせなら二倍の額を要求してもいいですか?」

 それを聞いて、フッと志々雄は笑った。そして刀を一旦ひっこめる。

 彼、ダミアンが何を言いたいのか、すぐさま理解したからだ。

 

「流石だな元素の兄弟。ガリアからの評価も高いわけだ。その仕事ぶりは認めるぜ」

 

 そう言いながらも志々雄は、この業炎渦巻く大通りにやってくる、一人の影に視線を落とした。

「いいぜ。俺もこのままじゃ消化不良だったからな。ちゃんとはずんでやらあ」

 そうして志々雄は、怒りと焦燥渦巻く様子の、アリィーと対峙した。

 

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