るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第百二十四幕『迷界の鼓動 後編』

 

「はぁ……。はっ……」

 アリィーはこの光景を見て、ただ息をのんでいた。

 何とかルクシャナを助け出そうと、ダミアンをずっと追跡するも、刹那起こったカリーヌと志々雄の最後の一撃、その衝撃波に呑まれ、姿を見失ってしまったのだ。

 瓦礫を風の精霊を使ってはねのけ、何とか大通りに出ると、そこは『死』の匂いが充満する世界。

 

 荒廃した建物、そこここに散る灰。そして、燃え盛る蒼い火。

 

 地獄と呼ぶも生ぬるい世界。本当にここは、サハラと地続きの土地なのかと、一瞬そんなことを考えてしまう。

 そしてなにより、その業炎が最も猛っている場所の近くに、婚約者は囚われていた。

 もう、彼女を助け出したくば、かの者を倒すしか道はない。

 悲壮な覚悟を持って、アリィーは遂に、志々雄相手に一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

第百二十四幕『迷界の鼓動 後編』

 

 

 

 

 

「もう一匹いたんだな、エルフよ」

 志々雄は無限刃を肩に担ぎながら、此方へと向かってくるアリィーに目を向けた。

 

「あ、アリィー……」

 地面で寝そべっているルクシャナは、アリィーを見るなり、そう呼びかける。

 それを見て志々雄も察した。どうやらこの二人は友人以上の関係のようだと。

 

「ルクシャナ……」

 アリィーは彼女に向かって歩を進めるも、志々雄が当然ながら遮った。

 

「そこの蛮人に要求する。彼女から離れろ」

 毅然とした態度で、アリィーは言った。しかし志々雄はそんな彼をあざ笑うかのように。

 

「おいおい、誰に向かって言ってんだてめぇ」

「聞こえなかったのか、もう一度要求する。彼女から、離れろ」

 

 遮るように、アリィーはもう一度命令する。

 怒りを抑えつけるかのような声だった。しかし志々雄はくだらなさそうに鼻を鳴らした。

 

「人にものを頼む態度じゃねえだろ。上から目線もほどほどにしとけ」

 そう言って、志々雄は無限刃をルクシャナに向かって突き刺した。

 

「ルクシャナ!!」

 アリィーはとっさになって叫ぶ。彼の視点からすれば、刃が彼女の喉元を突きささったようにも見えたからだ。

「あ、アリィー……」

 

 彼女の不安げな目を見てようやく、只の脅しだと何とか理解できた。

 同時に驚いてもいた。いつも快活で自分を振りまわす彼女が、こんなにも弱っている。

 それを見るなり、アリィーは歯噛みした。震える手で拳を握りめる。

 

「蛮人、きさま……っ」

「そうそう、それでいい」

 

 やっと切れてくれた。志々雄は内心笑った。実はわざと彼を焚きつけたのである。

 本気になってもらわねば困る。さっきのようなしょっぱい戦闘は御免だ。

 立ち振る舞いから、腕は相当立つのは分かる。このアリィーとの闘いでようやく、エルフの本来の実力が見れると思っていたのだ。

 

 

「『要求』とか回りくどいコトほざいてねぇで、返してほしけりゃ力づくで奪いに来いってんだ」

「うおわああああああああああああああ!!」

 

 アリィーは叫んだ。恐怖から振り切るように。

 彼ももう分かっていた。こいつは剣心や宗次郎と同じ類の人間だ。

 強さの域をはるかに極めたかのような男。まともにやって勝てるかどうかなど…もう考えたくなかったというのに……。

 

 思えば、剣心戦は数段性能を落とした人形だった。それでさえギーシュと一緒にいて何とか優勢といったところ。

 そして宗次郎は、結果的に敵対しなかったが、まともにやり合ったらまず勝てないと、あそこでそう判断した。

 故に、初めてなのだ。彼らと互角と思しき者と、正面切って対峙するのは……。

 だが、奴を倒さねばもう、ルクシャナを救えない。アリィーは駆けた。

 

「『意思剣』よ!!」

 

 アリィーは剣一本を精霊に任せ、もう一本を自分の手で抜き放って攻め入ったのだ。

 対する志々雄は、突き刺した無限刃をそのまま置いて、アリィーに向かって歩いていく。完全な無手で迎え撃つ腹積もりのようだった。

「――なめるなぁ!! 蛮人!!」

 その叫びと共に、意志剣が先に振りかぶった。

 しかし――――、

 

「てめぇこそ」

 志々雄は目を瞑って飛んでくる意思剣、その柄をキャッチすると、

 

「俺を」

 跳躍して振りかぶるアリィーの剣に向かって思いきり打ち放ち、

 

「なめんな。阿呆が」

 そのまま馬鹿力を持ってアリィーごと吹き飛ばした。

 刹那、バギャッ!! という破砕音と共に、剣は二本とも真っ二つに砕けた。

 

「ぐわぁっ!?」

「あ、アリィー!?」

 アリィーはそのまま、折れた剣の柄を手にごろごろと転がり込んでいった。

 

(嘘でしょ? アリィーの意思剣を、ああも簡単に打ち破るなんて……!!)

 

 エルフでも強力な行使手で、騎士でもある彼がまるで子ども扱い。ルクシャナは唖然とするしかなかった。

 

「ぐっ、くそッ……!」

 逆にアリィーは呻きながら、上半身を起き上がらせた。

 分かっていたことだ。宗次郎でさえ、意思剣は難なくつかみ取られてしまっていた。

 あの青年に出来て、この包帯男に出来ぬ道理はないことぐらい、分かっていた筈なのに……。

 

 それでも、精霊に頼ってしまった。自分で打開することを意識しないが故の行動。こうなるのも至極当然の結果。

 

「まだ……、がぁっ!!?」

 膝を叩いて、なんとか立ち上がろうとする。しかしその足に向かって容赦なく、折れた剣の先端が飛んで刺さった。

 あまりにも立ち上がるのが遅いので、志々雄が折れた剣を投げつけたのである。

 

「アリィー! アリィーぃぃぃぃ!?」

 

 ルクシャナはもう、悲痛な声を上げて叫ぶしかできなかった。ダミアンでさえ、「うわあぁ……」と、若干引き攣った声を漏らす。

 

「どうしたエルフ、それで終いか?」

「あぐっ、ぐっ……ぅ!!」

 

 再び蹲ったアリィーは、必死になって剣を引っこ抜いた。流れ出る血を、『治癒』の呪文を使って完治させる。

 

「ホウ、流石、治すの()()は速ぇな」

 ぱちぱちぱち、と志々雄は拍手した。その声には何の感慨も籠ってない。まるでそれしか取り柄がないかのような言い草だった。

 アリィーは再び立ち上がった。しかし、さっきまで感じた痛みまでは消せていない。その表情は自然と苦悶が大きく表れている。

 そもそも、ここに来るまでにこなした戦闘の数が、余りにも多かった。体力的にも精神的にも限界が迫ってきていたのだった。

 

 ここでアリィーは一瞬、ルクシャナの隣にある『無限刃』を見つめる。

(何とかあれを『意思剣』で操れまいか? いや……)

 

 その考えはすぐに遮断する。精霊は必ずしも、自分達に味方するとは限らない。特に持ち手に愛着を抱きやすい『物の精霊』は、気難しいことで有名だ。

『契約』破棄された場合、そのまま敵対して此方に害をなさんとも限らない。ルクシャナが焔を操ろうとして、契約を迫った時に起こった現象がそれだ。

 志々雄もそれは分かっているのだろう。ああやって抜身を地面に刺したままでいるのは、「操れるものなら操ってみろ」という、ある種の挑発でもあった。

 

 恐らくあの剣は……それほどまでに長く志々雄と共にあるようだ。

 そんな剣が、自分に味方することなど、まずあり得ないといっていい。

 第一、操れたとて自分の力量では、また掴まれて終わりだろう。

 

 

 では結局どうすればいいのだ? どうやったらやつを倒せるというのだ?

 

 

 周囲は焔が滾っているのに、寒気ばかりが襲ってくる。矛盾した体温を感じながら、アリィーはそれでも、精霊に頼るしかなかった。

 

「石の礫よ!!」

 

 アリィーは地面の精霊と契約する。しかし力のある聡い精霊はもう、志々雄の火を見て粗方逃げてしまったらしい。

 ふわり……とおぼつかない浮遊感で小石の粒だけが持ち上がる。

 ここに棲んでいるのは、その逃げる力もない弱弱しい精霊だけだ。

 それでも、弾丸の速度で石は飛んでいく。しかし志々雄は歩きながらそれをぱしぱしと片手で受け止めていった。

 

「おっせぇ……」

 

 ルクシャナの時のように、至極つまらなさそうな表情で、志々雄はそう嘯いた。

「ぐ、くそ……ッ!!」

 心底ふざけるなという視線を志々雄に送りつけるも、当の本人はどこ吹く風。

 やがて志々雄は、右手にたまった小石の粒をそのままアリィーに投げ返した。

 

「がぁ!?」

 かなりの距離近づかれたこともあって、さながら散弾銃(ショットガン)の如く小石が返ってくる。

 それを食らい、再びアリィーは倒れる。

 

「……なんかもう、見ていて可哀そうになってきましたね」

 

 それを傍目で観戦していたダミアンは、ぼそりとそう呟いた。

 彼もまた、蒼い焔を間近で見ている。エルフに正直遅れを取ることはないだろうと思っていたが……流石に素手でもこうまで圧倒すると思ってなかった。

 ふと、眼下にいるルクシャナに視線を移す。彼女はもう、絶望の表情浮かべて、涙を流し始めている。

 

「アリィー、いや、いやぁ……」と、縛られた体で必死になって婚約者のもとににじり寄っていった。

 それもひっくるめて、もう止めを刺してあげた方が……と思うも、アリィーは再び立ち上がった。

 彼の瞳は未だ、ルクシャナの方へと向いている。彼女のためと、満身創痍の身体に鞭を打って起き上がってきたのだろう。

 そんな彼の目の前に、遂に志々雄はやってきた。互いに拳で殴り合える距離であった。

 

 

「精霊がどうだのこうだの、いつまでも他人の褌締めてねぇで、()()()()()()()()()()

 

 

 わざわざ土俵を作ってやったかのような物言いで、志々雄はそう言った。

 そして拳を握り締めて静かに待つ。徒手空拳の闘いだ。

 アリィーは、時間をかけて何とか立ち上がった。もうボロボロだ。『治癒』で治す余力はもうない。

 故に、最後の力を振り絞って、魔力を拳に溜めた。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 アリィーはあらん限りの叫びでもって、『稲妻』の力を溜めた拳を志々雄に向かって打ち放つ――――。

 

 雷撃の拳は、志々雄の顔面に直撃した。

 

「おおっ!?」

 志々雄が攻撃を貰った。それを見たダミアンは心底頓狂な声を上げた。恐らく他の弟妹が今の彼を見たら、「兄さんもこんな顔するんだ……」と思ったことだろう。

 それほどまでにありえない現象が今、まかり通っていた。

 

「うらあああああああああああああああああ!」

 

 そのままアリィーは志々雄に向かって乱打を仕掛ける。拳が直撃するたび、稲妻が迸っていく。

 対する志々雄は、ただただそれを貰っていった。ガードすらしていない。

 いける! アリィーは最後にあらん限りの一撃を、足先に込めた。

 

「―――喰らえ!!」

 強烈な前蹴りが、志々雄の腹に炸裂。その瞬間、志々雄は立ちながら大きく後ずさっていった。

 そしてそのまま、顔を下に俯かせたまま動かなくなった。

 

 

「ルクシャナ!!」

 アリィーは志々雄の方を見ずに、婚約者たる彼女に駆け寄った。

 志々雄を倒せたかどうか、そんなことを確認する余裕はない。あとはダミアンを何とかやり過ごし、彼女を連れて脱出を――――。

 

 

「効かねぇよ」

 

 

「――――ぇ…っ…?」

 背後から肩を、掴まれた。

 掴んできた腕は万力の如き握力で強引にアリィーを引き戻し、そのまま顔面を殴りつけてきた。

 

 ドゴン!! その衝撃音と共に、アリィーはよろけた。顎を打ち抜かれたせいで、しばしまともな思考すらままならない。

 

「ぃ―――! あ―――ぃー―――!」

 

 恐らくルクシャナの声だろう。そんな声が耳の奥から聞こえてくる。

 やがて意識が定まってくる。目に入ってきたのは、包帯に巻かれた悪鬼の顔。

 

「やたらビリビリするだけじゃねぇか。俺を沈めたけりゃ『二重の極み』でももってこいってんだ」

 

 まあ、平和主義者の手前らにそんな技思いつかねぇか。続けてそう嘯いてきた。

 そして悪鬼はそのまま、胸ぐらをつかんで持ち上げてくる。身体の自由はまだ奪われたままだ。全身が甘いしびれを満たしている。まともに呂律すら回らない。

 そのまま悪鬼は、ガツン! と鉢金が着いた額で頭突きをかました。

 

「あぐっ……ごぉ……!」

 ガツン! 血が飛び散る。『反射』の魔法が着いた分、凄まじい衝撃が襲っていた。

 

「げぁ、がぁ……!」

 ガツン! 視界が火花となって飛び散る。

 そのまま悪鬼……志々雄は、アリィーを壁際に押し付けそのまま大きく振りかぶり……そしてまた頭突いた。

 

 

「ぐぅ、ぉ……っ……」

 ガツン! 後ろの壁が蜘蛛の巣のごとき形を作った。

 視界が赤に染まり始める。しかしもう、抗う気力すらない。

 

 

「アリィー! アリィー! もうやめて! 死んじゃう! アリィーが死んじゃううううう!!」

 ルクシャナの叫び声が、街中に響き渡る。目から溜まった涙は頬を伝い、地面に落ちる。

 それを拭いてくれる優しき手は、どこにもなかった。

 

 やがてアリィーはぐったりして動かなくなった。頭がゆっくりと力なく傾く。

 エルフの象徴たる長い耳が、志々雄の前に現れた。

 それを見た志々雄は、にたりと笑う。

 

 

 

 

 そして口を開け、アリィーの左耳を、思い切り噛み千切った。

 

 

 

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 思考じゃない。本能からの痛みで、アリィーはあらん限りの叫び声を上げた。

「ぇ、あっ、ありぃ、ー……っ……」

 もうルクシャナは、叫ぶ気力すらなくなっていた。婚約者の絶叫が、獄炎の中で響き渡る。

 

 ここは地獄であることを、強く実感した瞬間であった。

 

 隣にいるダミアンですら、「えぇ……」と声にならない声を零すしかなかった。亜人二人が、本気で人間の蛮行にドン引きした瞬間であった。

 次いで志々雄は、アリィーを背負い投げの要領で投げ飛ばす。地面に叩きつけられたアリィーの全身に、痛みが電撃のように走っていく。

 

 志々雄はそのまま、口に何かを含んだかのような面持ちでルクシャナ……ではなく、突き刺さった無限刃を引き抜く。

 そして、刃の部分に向けて口に含んでいた耳と、一緒に飛び出たエルフの血を吹き掛ける。

 刃と欠けた耳が交わった瞬間、それは激しく燃え上がり消えていく。次いで飛んできた血が刃と交わるも、ばちばち……と、小火のようなこそばゆいあがり方しかしなかった。

 

 

「ちっ、どうやらエルフの血はあんま相性良くねぇようだな。こんなしけた反応は初めてだぜ……」

 

 

 口から垂れた血をぬぐいながら、心底つまらなさそうに志々雄は言い切った。

 異形の怪物を狩った時は、大なり小なり刀から火柱が迸ったものだ。それがこんな様子。正直まだオーク鬼を狩った方が糧になる。

 博愛主義思考が血の方にまで巡っているのだろうか、だとすれば本当にくだらない。エルフを斬る度こんなしけた反応を見なければいけないのだろうか…。

 

「血も駄目、戦法もゴミ、てめぇら一体何があるんだ?」

「ぁ……っ、ぁ……!!」

 

 アリィーはもう、立ち上がるどころか問いかける気力すらなかった。

 左耳から訴えてくる激しい痛みが、それを許してはくれなかった。

「一応、技術力はかなりのものですよ。シシオさん」

 代わりに補足してくれたのは、エルフでもないダミアンだった。

 

「そうか、そんじゃそっちの方に期待だな」

 それを聞いて志々雄は再び笑顔を取り戻した。勿論、邪悪に満ち満ちた笑みだが。

 彼の笑顔を見た瞬間、アリィーは心底思ったことを、遂に言い放った。

『虚無』とかどうとか、そんなことはもう、関係ない。

 こいつが、こいつこそが、本物の……、

 

 

悪魔(シャイターン)め……!!」

 

「褒めても何も出やしねぇよ」

 

 

 志々雄は悠然とそう返しながら、遂に無限刃を振りかぶった。

 剣心人形の時も感じた『死』が、再び迫ってくる。

 あの時はギーシュが助けてくれたが、もう、自分達を助けてくれる酔狂な者などいないことだろう。

 

 自分は本当に、ここまでなのだ。

 何も果たせず、なにも掴めず。侮っていた蛮人に手も足も出ず。

 故郷と遠く離れた地で、果てていく。

 

 アリィーは最後に、連れてきた婚約者……ルクシャナの方へ向けて、無意識に手を伸ばした。

 彼女も手を伸ばせば、互いの手が触れられる距離だったが……、肝心のルクシャナはまだ後ろ手に縛られたまま。今わの際に手をつなぐことさえ、二人には許されなかった。

 

「ルクシャナ……ごめ、ん。ぼくは、もぅ……」

「アリィー……や、ぁ。やだ! やだぁ!!」

 

 一方のルクシャナは涙を流して振り上げる無限刃を見上げていた。

 

 

 

「やだ! 助けて! 誰かアリィーを助けてぇえええええええええええええええ!!」

 

 

 ルクシャナは必死になって叫んだ。希望に縋った。

 だが、帰ってくるのは火が燃ゆる音と建物が崩れていく音のみ。 

 

 ここは蛮人の国で、エルフは敵。

 敵地で手を差し伸べてくれる者なんて、いるはずもない。

 それでも叫ばずにはいられない彼女を、心底可哀そうな子供を見る目で、ダミアンは言った。

 

「無理ですよ。ここはサハラじゃないんですから。あなたたちを助けてくれる『蛮人』なんて、いるはずないじゃないですか」

 

 そう言う間にも志々雄はついに振りかぶった刃を、アリィーに向けて下ろした。

 ズガン!! 刀を突きさす音が、街に反響した。

 

「―――やだ!! やぁ、だ……。アリィー、アリィーぃぃ…!!」

 

 それでも必死に首を振って、目を瞑って泣いているルクシャナ。嫌でも婚約者が死んだことを、認めないかのようだった。

 そんな時だ。暗闇の中、志々雄の声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

「いいや、一人いるぜ。エルフだろうと何だろうと、困った奴を見たら何処からともなくすっ飛んでくる酔狂な()()がな」

 

 

 

 

 

 

「―――ぇ…?」

 ルクシャナはここで目を開けた。涙があふれている所為で、視界が滲んでいる。

 そのため、何が起こったのが理解できなかった。

 そんな、混乱している彼女の耳に、声が届く。

 

 

「大丈夫でござるか?」

 

 

 優しい声だった。思わず安堵で心が暖かくなる。

 ネフテスにいた時ですら、こんな心の底から安心できる声色はなかったといっていい。

 ここでやっと、視界がはっきりと見えてきた。

 自分は今、アリィーと一緒に誰かに抱きかかえられている。それに気付いた。

 やがて自分を抱えていた主は、ゆっくりと地面に降ろして、ルクシャナの縄を切る。

 ようやく自由になった身体で、一瞬自分を抱きしめる。そして、自分達エルフを助けてくれた人間の、顔をここで見た。

 

 

「遅れて済まなかった。けどもう安心するでござる」

 

 

 声の主は、緋色の髪を流した蛮人だった。

 その顔は、この地で見てきた蛮人の、誰よりも優しく、誰よりも力強い瞳をしていた。

 そして頬に残った十字傷。それが彼の印象を、より強く鮮明に、記憶に残していく。

 

 

「あとは拙者が、引き受ける」

 

 

 そう言って、彼は立ち上がり、志々雄と同じような剣の鯉口を切って歩き始める。

 彼が立ったところには、痛みで呻くアリィーの姿があった。よく見ると、欠けた左耳に包帯が巻かれている。

 

 ここでルクシャナは、あの一瞬でアリィーと自分を連れ去り、一気に志々雄から距離を取ったという事に、つまりは助かったということに気付いた。

 

 

 

「―――えっ?」

 逆にこの一連の行動に、一番驚いたのがダミアンだった。

 さっきまで自分の眼下に、泣いているルクシャナがいた筈だった。まばたきした一瞬だ。

 そのまばたきした後にはもう、彼女は消えていたのである。何も、消えたことすら分からなかった。

 

「―――あぁ……そう。彼が、そうなのか……」

 

 ダミアンは頬に薄っすらと冷や汗を流した。いつも不敵な笑みをたたえるこの長男からみれば、かなり珍しい表情である。

 実際、内心ではそれほどまでに動揺しているのであった。

 見れば、志々雄の真下にいた筈のアリィーも消えている。突き刺した無限刃を引き抜きながら、その視線は別の方向へと向いている。

 その志々雄の視線を見て、ようやくダミアンもあのエルフ二人がどこへ行ったのかを察したのだった。

 そして今眼前にいるのは、かつて殺しの依頼を受けて弟妹を差し向けたことのある目標の一人。かの地では『最強』とまで謳われたという伝説の剣士。

 

(ジャックたちがやられるのも、仕方ないかもなぁ。ぼくも分からなかったし)

 

 そして実際に対峙すると分かる。勝てる気がしない。

 志々雄と同等の『異質さ』を、彼は湛えているのだ。

 兄弟全員立ち向かえばワンチャン……。という甘い考えはこの時点で消し飛んだ。

 自分が今無傷でいるのは、本当に彼に『その気』がなかったから。それだけでしかない。あったら今頃地面に倒れ伏していたことであろう。

 

「これはもう、ぼくが出る幕はないかもなあ」

 

 ともあれ、依頼はほぼ果たしたのだ。これ以上は贅沢というもの。

 そう思ったダミアンは、最後に志々雄に向かって、

「じゃあシシオさん、あとで請求書送りますから、よろしくお願いしますねー」

 それだけ伝えて、この場を去った。

 

 

 

 燃えるサウスゴータで、遂に二人の剣客は対峙した。

 エルフを助けた主、緋村剣心は、逆刃刀を腰に、デルフリンガーを背に、そして左手に『ガンダールヴ』の証を光らせながら、志々雄と正面から対峙する。

 

 対する志々雄は、無限刃を鞘に納めて同じように剣心と対峙する。

始 祖のルーンに依る力の恩恵はない。代わりに主張するかのように、一歩一歩進むごとに、蒼い焔は猛っていく。

 この地にやってきて狩ってきた異形の力が、そこに凝縮されていた。

 

 

 

「よう」

 まる知古に挨拶するかのような気さくさで、志々雄は言った。

 

「遅かったじゃねえか先輩。待ちくたびれたもんだから勝手に遊んでいたぜ」

 

 それを聞いて剣心は眉を細める。志々雄は変わらずにやけた笑みを浮かべて言った。

「ともあれ、ここまで来るとは流石だな。腕は錆び付いてねえと見える。安心したぜ。小娘は良いのか?」

 と、ここで志々雄はルイズのことを指して言った。聞けば担い手と使い魔は一心同体。ならば彼女も当然ついてくると思っていた。

 

「お前の下らぬ理論主張に付き合わせる程、彼女は暇ではござらん」

「まあ、別にどっちでもいいがな。『虚無』の力ってぇのを、間近で見てみたくはあったが」

 いないならいないでいい。どっちでも構わない。

 今はただ、主人…ルイズが剣心に与えたというルーンの力に興味を示していた。

 

「ごほっ、ごっ……!」

「あ、アリィー!!」

 と、ここでエルフの戦士…アリィーが目を覚ましたようだ。周囲を振り回し、ルクシャナを確認すると、心底安堵したかのような表情を浮かべる。

「ルクシャナ……ぼくは…生きてるの……か?」

「ええ、あそこにいる……蛮人のおかげで」

 

 ルクシャナは涙目の笑顔を向けて、剣心の背を指さした。それを聞いた志々雄はくっくと笑う。

「蛮人か。おい先輩。別に助ける必要もなかったんじゃねぇか? こんな言い方する奴をよお」

 助けてくれた人間にもこの物言い。どうやらエルフ共は、『蛮人』という言い方が骨身に染みて根付いているようだ。

 そんな、人間ではない異種族の連中でもその逆刃の刃で守る剣心に向かって、志々雄はそう言ったのだった。

 

 しかし一方の剣心は、蛮人呼びにも全く気にするそぶりを見せず、アリィーの元へと向かって行く。

 

「左耳は今、応急処置は済ませた。けど早く医者に看てもらうでござるよ」

「あぐっ……お前、『悪魔』の使い魔……、なぜぼくを……」

 

 アリィーは歪んだ視線で剣心を見た。どうやら彼は本人のようだ。今まで人形と相対して恐ろしさしか感じなかったが、当人にその気配は一切ない。

 本当に、自分の身を心から案じる表情だった。それに触れたことで、乱れていた心が少し落ち着いてくる。

 アリィーは尋ねる。思えば、彼とこうして面と向かって会話するのも初めてだった。

 

「お主たちにも色々あるのでござろうが、今は時間がない」

 対する剣心は、懐から薬瓶を、ルクシャナに渡してきた。ジュリオにも渡した傷薬だ。

 

「奴は拙者が引き受ける。その間に早くこの街からの脱出を」

「どうして、なんであなたはそこまでしてくれるの?」

 

 今度はルクシャナが、興味と疑問を持った眼で、剣心に尋ねた。

 蛮人の地で、自分たちエルフはどれほど恐れられているか理解した。その力を受けた蛮人は、それはもうエルフ憎しで迫ってくるのではないのかとも思っていた。

 それに彼の左手の光。これはあの『聖者アヌビスの光』ではないのか? どうして彼がそれを?

「そんなこと、決まっているでござる」

 一方で剣心は、力強い目を宿しながら、きっぱりとした口調でこう言った。

 

 

 

「目の前の人が苦しんでいる。困っている。そんな人を見過ごすことは、拙者にはできぬ」

「わたしたち、エルフだよ? 人じゃないよ。それでも助けるの?」

 

 

 単純な疑問符を浮かべて、ルクシャナは問いかける。

 しかし剣心は、再び立ち上がって、志々雄に目線を向け、悠然と歩を進めながら、こう言った。

 

 

「当然。ならば今そこに、エルフも加えるでござるよ」

 

 

「ふっ……くはは、はぁーーーっははははは!!」

 それを聞いた志々雄は大笑いした。

「ったくあんた、本当に頑固だな。弱い奴は誰であれ助けるってか」

「それが、この刀に込められた想い故。お前もそれはもう、分かっているでござろう」

 そう言って、剣心は遂に腰から、逆刃刀を引き抜いた。

 峰と刃が逆さまになった、奇妙な刃。それを見たルクシャナは…思わず、叫んだ。

 だって、あの奇妙な形は、見覚えがあった。叔父がずっと調べていた、あの……、

 

「それ! カスバの地下室にある剣じゃん! なんで? なんであなたが持ってるの?」

 

「―――おろ?」

 流石の剣心もその言葉に思わず反応したが……今は危急の時。

「雑談もそこまでにしようぜ。先輩」

 見れば同じように、志々雄も無限刃を引き抜いてきた。

 同じ刀匠が打った兄弟刀。それが再び、異世界で相見えた。

 剣心もまた、無限刃から発する強烈な『熱気』には、既に気付いていた。

 

「お主ら、名は?」

 今にも斬りかからんと構える志々雄に目線をやりながら、剣心は後ろのエルフたちに尋ねる。

 

「あ、わたしはルクシャナ。彼は婚約者のアリィーよ」

「お前こそ、名は、何という……?」

 

 アリィーが呻くような声で、今度は尋ねた。

「拙者の名は緋村剣心。そしてこれは『逆刃刀・真打』でござるよ」

「サカバ、トウ……? それが、その剣の名前なの?」

「ああ、ではルクシャナ殿、アリィー殿。まだ歩けるでござるか?」

「……っ、あ、あぁ」

 ここで、よろよろとだがアリィーは立ち上がった。ルクシャナが飲ませた飲み薬が、少し効いてきているようだった。

 

「では行くでござる。詳しい話はあとでするでござるよ」

「……わかったわ!」

 

 言うやいなや、ルクシャナはアリィーを肩に担いでいそいそと去ろうとする。

 最後に、剣心に向かって叫んだ。

 

「えっと、『助けてくれてありがとう! また会いましょう!!』 蛮人の言葉のお礼って、これで合ってるのよね!!?」

「……合っているでござるよ。お主らこそ、また後で」

 少し苦笑するかのような笑みをこぼして、剣心は去っていくエルフたちを見守った。

 

 

 

 再び、ここに立つのは異世界に現れし剣客。この二人だけとなった。

 

「エルフにも慈悲の手を差し伸べるたぁ、本当に先輩は御優しいこって」

「拙者はまだ、エルフのことについてよく分からぬが……少なくともお前の『道理』に巻き込まれる謂れまではないでござろう」

 

 何処までも自分を曲げぬ口調で、剣心は言った。

 片や『不殺』、片や『弱肉強食』。

 異世界に渡って、『力』を得て、様々な人と出会いと別れを繰り返してもなお、二人が掲げる『信念』は、変わらぬままであった。

 それが再び、このハルケギニアで交わろうとしている。

 

 

「だから『道理(ワケ)』じゃなくて『摂理(せつり)』だって言ったろ」

「摂理だろうと拙者は出来ぬ。そう言ったでござろう」

 

 

 そう言いながら、二人はゆっくりと刀を前に掲げた。

 二本の兄弟刀が、斜め十字に交差する。しばしそこで、二人は佇んだ。

 

 

 闘いの始まりはいつからだったか―――?

 

 

 ルイズに、剣心が召喚された時からか?

 

 ジョゼフが、志々雄を呼び寄せた時からか?

 

 京都で、灼熱の死闘を繰り広げた時からか?

 

 思うにそれは更に前、『始祖』と『飛天』が交わりし時から、それは始まっていたのかもしれない。

 しかし今の二人に、その背景が分かる筈もない。

 今はただ、互いに譲れぬ思いを、ここでぶつけることのみ。

 

 

 そして今、異世界に渡った二人の剣客は、再び剣を交わらせる―――。

 

 

「いくぞ志々雄真実!!」

 

「来いよ緋村抜刀斎(ガンダールヴ)!!」

 

 

 交わらせていた剣を互いに振りかぶり、剣心と志々雄、二人は衝突した。

 二人の剣気に、サウスゴータの街並みは一層燃え上がった。

 

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