剣心と志々雄。二人は互いに向かって駆けた。
一方は血の一滴もない逆刃の刀。もう一方は血で塗れた刃。それが交差する。
ガキィィン!! と、強烈な火花がなった。京都の、あの時のように。
その衝突と共に、剣気が二人の間から迸った。それは周囲の窓ガラスに亀裂を作り、焔を火柱に仕上げる。
この世界に来たことで、二人の力量は日本に居た頃より、遥かに上がっていた。その裂帛の気合が、周囲に駆け巡っていった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
二人の剣劇が、街中に響き渡り始めた。
さて、視点はサウスゴータ郊外へと移る。
剣心と志々雄が火花を散らしている間、旗艦『ヴュセンタール』号は、遂に避難所になった砦への緊急着陸を試みていた。
「まだだ!! 『風石』をもっと落とせ!! 浮力を下げろ!!」
「『風』メイジはもうおらんか!? いるなら先端へ移動してくれ!! 重心を調節する!!」
そんな声が、旗艦から怒号のように響いている。彼らは船の動力源たる『風石』を投げ落とし、代わりに『風』系統のメイジの魔法によって微量な空力調整を行っているのだった。
勿論こんな緊急着地方法は、今までやった事がない前代未聞の行為。そこから紐や橋を何とか降ろして展開し、地上の人々を船へ移送させるというのである。
地上に船底がこすれない、かといって上がりすぎると降ろした橋や紐が届かない。絶妙なラインで船の高度を保たせるという荒業。『風石』を降ろしているのも、そういった微調整ができないが故の苦肉の策であった。
乗せるのは主に、王や皇帝、生き残った重鎮たち。そこから本作戦で格の高い士官と続く。当然ながら、この船に民間人や応援してくれた慰問隊を乗せることは量的に不可能。
そもそもこの緊急着地自体、かなりギリギリの線を見極めて行っているのである。いつ墜落してもおかしくはない。
かろうじて残った今の軍上層部は、最悪皇帝と女王陛下だけでも乗せねば……といった悲壮な決意でこの作戦を実行していたのである。
「ボーウッド殿!! もって後十五分が限界かと!!」
「それ以上は墜落の可能性が跳ねあがります!!」
旗艦『ヴュセンタール』号船上では、ヘンリ・ボーウッドが船員から、そう報告を受けていた。
今も上空で暴れている『死竜』により上官が相次いで戦死したため、船のベテランである彼が、引っ張り出された格好であった。
そんなわけで今、『レドウタブール』号を離れこの『ヴュセンタール』で指示やアドバイスを発していた。この緊急着地の方法を考え付いたのも、彼の経験と知識によるものである。
「何とか、何とか皇帝陛下と女王陛下だけでも乗せねば! それまで何とか持ちこたえてくれ!!」
「はっ!!」
ボーウッドは苦い顔で答える。思った以上に彼もまた、ギリギリなのであった。魔法を使っていないのに、精神力はがりがり削られていた。
上空では、援護に来てくれたヴァリエール家の幻獣軍が、死竜と戦ってくれている。だが彼らで今の戦況をひっくり返せるはずもなし。
とにかく今は、燃え往く街から湧き出てくる怪物から、みんなを逃がすこと。
「民間人や慰問隊に、『ロサイス』まで移動するように通達は済ませてあるな!!」
「はっ!! 問題ありません!!」
勿論、民間人や炙れた兵たちのことを考えてないわけじゃない。彼らには先んじてこの街を脱して港まで逃げるように、既に伝えてある。
既にロサイスに駐屯している兵たちには、輸送船の準備をさせている。港に到着次第、すぐに乗せてこの空の大陸を去ってもらうのだ。
幸い、上空からの護衛にはヴァリエール軍がいる。彼らに避難誘導と護衛を命じたのである。諸侯軍と空軍、普段なら反発もあるだろうが、彼らはすぐに受け入れて行動してくれた。
彼らも彼らで、この状況を見て誰が一番頼れるかを、見極めて行動しているようだった。恐らく公爵が課した、日々の訓練のたまものなのだろう。正直ありがたいとボーウッドは思った。
「ボーウッド殿! アルブレヒト三世、無事乗船いたしました!」
「そうか…あとはアンリエッタ女王陛下のみだな……」
とりあえず重鎮の一人を保護できた。ボーウッドは少し、安どのため息を漏らした。眼下を見れば、我先にと船内に入ってきている人たちで溢れかえっていた。
『フライ』を使えるメイジに至っては、勝手に船上に上がってくる。わが身可愛さで仕方がないとはいえ、こう沢山の人を乗せると大本の船が重さで沈んでしまう。
(やはり、もう女王陛下を乗せたらすぐに上昇させるか。このままでは木乃伊取りが木乃伊になりかねん……)
すぐさまボーウッドは、落とした『風石』の回収をクルーに命じる。アンリエッタが乗船した時、すぐにでも上陸できるように。
そこまで思った時、ふとボーウッドは振り返って背後で仕える甲板士官のクリューズレイに尋ねる。
「そういえば、今の空軍のかしらは、誰になっているのだね?」
「それが……もう、ボーウッド殿。貴官しか、歴も実績もある者がおりません」
それを聞いて、はぁ……と、ため息をついた。この旗艦に呼ばれた時点でそんな予感はしていたが、まさかこんな繰り上がる形で、空軍のトップの椅子に座ることになるとは、思ってなかった。
つまり、この戦で殆どの上官が戦死したという事なのだ。恐らくは、あの死竜に襲われて。
空海軍は、頭数さえ揃えればいい軍隊ではない。経験と日ごろの訓練が何より重視される。そしてそのベテランたちが、ことごとく葬られてしまったようだ。
こんな状態で、アルビオン軍やガリア軍とは戦えない。
戦争を続行するのであれば、一度本国に戻って、体勢を立て直さねば。後でアルブレヒト三世やアンリエッタ女王に、進言するとしよう。
「どうかご命令を。ボーウッド連合艦隊司令長官」
クリューズレイの悲痛な声に、ボーウッドは頷くことで応える。その時だった。
「うん? 何か来る―――」
ボーウッドの視界に、二つの幻獣の影が此方に向かってくる。
死竜か? とすぐさま『遠見』を使って確認した。だが違う。上に人を乗せている。
片方はマンティコア、片方は竜だ。
(なんだ!? 誰が乗っているッ……!)
ここでボーウッドは言葉を切った。マンティコアに乗っているのは紛れもない、アンリエッタその人だ。
彼女は顔面が膨れ上がったマンティコア隊長のド・ゼッサールに抱きかかえている形で、此方にやってきていた。
そうする内、先にもう一方……白竜の方が船上の甲板を滑り込みながら着陸した。
「な、何だ貴様!!」
「どこの所属だ!! 名を名乗れ!!」
当然、この珍妙な来客を快く迎え入れられるはずもなく。メイジの船員たちは杖を向けて誰何した。
「待て!!」そんな殺気立つ周囲を、ボーウッドが諫めた。
「貴殿、ジュリオ殿か?」
「あぁ良かった。顔見知りに会えて。お久しぶりです。サー」
竜……アズーロの上に乗っていたジュリオは、そう言ってボーウッドに握手を求めた。
それに対しボーウッドは「失礼」と、先に『ディテクト・マジック』をかけてから、その手に応じた。
「すまないね。間諜や死人や裏切り者が多い昨今、すぐに握手に応じられなくて」
「いいや、そちらの事情は痛すぎる程に分かってますよ」
そしてすぐ、竜の上に乗っている人たちを確認する。女騎士と女貴族、そして平民らしき少女と少年兵らしき人が三人ほど。
「彼らは?」
「ああ、客人です」
ジュリオは朗らかな顔で言って、エレオノールと寝ているルイズを指し、
「彼女たちはヴァリエール家の令嬢です。是非乗せてあげてください」と言った。
それを聞いてボーウッドは目を見開いた。この戦場の中、ヴァリエール家の人間は無下には扱えない。それぐらいはすぐ理解できる。
「分かった、きみには竜を貸してくれた借りあるしね。全員乗っていきたまえ」
そんな会話を続ける裏で、今度はマンティコアがゆっくりと着艦する。
「陛下、何とか……着きましたぞ……」
そう言って、人の良い隊長は遂にぐったりと気絶した。アンリエッタはそんな彼を慌てて介抱した。
「ゼッサール! 大丈夫ですか……痛ッ!」
座り込むマンティコアから降りたアンリエッタは、痛そうな声を上げてそのまま倒れ込む。
「陛下!!」と、すぐアニエスとエレオノール、ボーウッドが駆け寄った。
見れば、彼女は素足だった。足裏から血が流れている。『水』メイジであるボーウッドはすぐに『治癒』の呪文を唱えた。
「ご無事で何よりでございます」
アニエスはアンリエッタの顔を見るなり、心底安堵したような微笑みを浮かべた。そして次に、申し訳なさで少し、顔を曇らせた。
「あ、アニエス。い、今の戦況は?」
何とか治療が済んだアンリエッタは、よろよろと立ち上がる。そして次に、眠っているルイズに目が行った。
「る、ルイズ!! 大丈夫ですか!?」
「へ、陛下! まずは落ち着いてください」
「これが落ち着いていられますか!? ケンシン殿は!!? ケンシン殿はどこなのです!? 彼がいて何でこんなことに―――」
状況が追い付かず、この時のアンリエッタは一種の錯乱状態に陥っていた。気絶したように眠っている親友、誰よりも頼りにした剣士の消息。それがまた、彼女をじりじりと焦らせている要因にもなっていた。
「ボーウッド殿! 『風石』の積載、完了しました!!」
「よし、配置してる『風』メイジに、浮力を上げるよう伝えろ!!」
「イエッサー!!」
要人は全て乗せた。ボーウッドはすぐさま船の上昇を命じた。それを聞いたアンリエッタは驚きの表情を浮かべる。
「まって! まだ下に人々がいるのですよ!! 彼らを置いて行くなど―――!!」
「分かっております!! しかし、この船に全員を乗せたら沈んでしまいます!! 彼らには既に『ロサイス』へ向かうよう通達しております。避難船の準備も既に―――」
「どうして!? どうしてそんなことになっているのですか!? 一体この短時間で何が―――!!」
整理が追い付かず喚き続ける彼女の両肩を、ボーウッドはがしっと掴んだ。
「落ち着いて聞いてください。陛下」
そして、苦悶の表情を浮かべながら、それでも彼女にきっぱりとこう言った。
「奴らの策が一枚上手でした。王軍、空海軍共に、司令部が悉く戦死。我々の敗北です」
敗北。
それを聞いたアンリエッタは、力なくその場で崩れ落ちた。
「そんな――」
それっきり呟いて、しばし呆然としていた。その目には、一筋の涙が零れ落ちている。
「ここは危ない。いつ死竜に襲われるか分かりませぬからな。陛下を、作戦指令室に」
ボーウッドはアニエスに向かって、そう言った。そして再び、徐々に浮上していく船、その眼下に見える、恨めし気や悲壮な顔を浮かべる人々を見た。
自分は生涯、あの視線を忘れることがないだろう。
徐々に小さくなって、人々が豆粒になるまで小さくなってもなお、ボーウッドはそう思った。
旗艦、『ヴュセンタール』号の中で一番広いホール。作戦指令室。
空の大陸に来る前は、ド・ポワチエ含む上層部がここで作戦会議をしたものだが、その上官たちは皆、戦死した。
ただっ広くなった白テーブルの席で、アンリエッタは放心しながら状況の詳細を聞いていた。
あの後、ガリアが改めて裏切りアルビオン側に寝返った事を発布してきたこと。
ポワチエ元帥含む上層部は戦死。サウスゴータは街全体が炎上。市民や慰問隊、炙れた兵には避難誘導を始めている事。
突如現れたガリア空軍と死竜に、空海軍の戦力は大幅に削られたこと。助太刀としてヴァリエール軍が来てくれたが、情勢は決して良くはないという事。
混乱渦巻く中、アルビオン軍とガリア軍の大群が此方に押し寄せているという事。その数七万。
この状況下で反撃は不可能であるということ。なのでボーウッドが独断でアルビオン大陸からの撤退を決めたという事。
「―――敗走か。この状況じゃ仕方ないのかもね」
同じくこのホールで話を聞いていたジュリオは、目を瞑ってそう言った。
「すみませぬ、私がもっと早く……情報を届けていればこんなことには……」
その隣では、アニエスが悔しそうに拳を震わせていた。不穏な空気は掴んでいたのだ。なぜそれをもっと早くにアンリエッタに伝えられなかったのか。
「全ては自分の責です。処分は何なりと―――」
そう言ってアニエスは頭を垂れる。しかし、アンリエッタは俯かせながらも小さく首を振った。
「あなただけの所為ではありません。最後の最後で気を抜いたわたくしにも問題があります……――」
力ない声だった。疲れている。それが誰にも分かる様子だった。
「陛下、まずは休まれては?」
そう進言したのはエレオノールだった。彼女の背後では、白いベッドで眠りについているルイズがいる。
彼女は未だ、目を覚まさない。その隣ではシエスタがつきっきりでその様子を看ていた。
「休む? こんな……皆の生き死にがかかっているこの状況で、休むことなどできませぬ」
そう言いながら、ようやくアンリエッタは顔を上げた。目には涙が溜まっているが、まだ光も宿していた。
「戦うなら戦う、逃げるなら逃げる。その判断をきちんとせねば。それが上に立つ者の責務なのですから」
「ご立派になられましたね。陛下」
エレオノールは慈愛の笑みでアンリエッタにそう言った。多分、ルイズが見たらあんぐりと口を開けるだろう微笑みだった。
「そんなことはありませんわ。正直、いっぱいいっぱいで強がっているだけです」
アンリエッタはそう言って小さく首を振る。
ちなみに、アルブレヒト三世はこのホールにいない。別室で毛布にくるまり震えているとのことだった。
それほどまでに、志々雄を、虚無と言い切ったガリア王を恐れているかのようだった。
それに比べれば、がけっぷちに追い詰められつつも毅然としていられるアンリエッタは、まだ頑張っている。エレオノールはそう思っていた。
「わたくしも、ボーウッド殿の判断は正しいと思っています。今はとにかく、民たちを戦火に晒さぬようにしなければ」
そう言って、おぼつかない足でアンリエッタは立ち上がった。慌ててアニエスが、彼女に寄り添って支える。
そしてふと、と言った体で切り出す。
「ところで、ケンシン殿はどうしたのですか?」
それを聞いた時、学生三人組やエレオノール、シエスタは一気に顔を伏せた。それだけでアンリエッタは嫌な予感を覚えた。
「彼は……残りました。シシオ・マコトと、決着をつけるために……」
「なっ、なんですって!? じゃあ彼はまだサウスゴータに!」
アンリエッタは跳び上がった。大切な人がまだ戦火の中にいる。それを聞いては、いても経ってもいられなかった。
脳裏に、否応でもウェールズの姿が、過ってしまったから。
慌てて部屋から出ようとする彼女を、アニエスが止める。
「落ち着いてください。陛下」
「放して! 放してアニエス!! どうして彼を置いてきたのですか!? どうして――!!」
「それが、彼の闘いだからです。わたしたちでは、止められませんでした」
アニエスは瞑目してそう言った。彼女達は剣心の決意を、十字傷の秘密を知っている。だからこそ、止めることは出来なかったのだ。
しかしアンリエッタはそのことを知らない。故に、彼が何でこのような行動に出たのか、分かっているようで分かっていないのであった。
「だからって!! 彼をこのまま街に取り残すことなどわたしには―――っ」
その時だ。目の色を変えて叫ぶアンリエッタの上空に、雲が現れた。『眠りの雲』だ。
それを見たアンリエッタはゆっくりと意識を失った。アニエスはもたれかかる彼女を抱き留める。
「エレオノール殿……」
「仕方ありませんわ。わたしももう、こうするしか思いつきませんでしたから……」
アニエスの視線の先には、杖を向けたままのエレオノールがいた。
「みんな、疲れているのよ。少し、休みましょう……」
そう言う彼女の目にも、疲弊の色が溜まっていた。それを聞いた学生たちも、力なく頷き、椅子で項垂れた。
「ギーシュのやつ、本当に大丈夫かな?」
「……ケンシンが拾ってくれるさ。きっと」
「そうだな、そう思うしかないよなぁ」
そこまで考えた時だ。ふとマリコルヌは思うようにこうつぶやいた。
「もしギーシュが死んだら、モンモランシーのやつ、止めなかったぼく達を怒るかな?」
「やめろよもう、そう言うの」
ギムリの言葉に、「ごめん……」とマリコルヌも謝った。
一方のエレオノールは、机に膝をつきながら、こっくりこっくりと頭を俯かせた。瞼が降りるその瞬間、ルイズと、隣に寝かせられたアンリエッタの寝顔を見ながら、最後にこうつぶやいた。
「本当に、帰ってこないと承知しないんだから、ね」
「飛天御剣流!!」
「龍鎚閃か?」
刹那、上空から飛んでくる斬撃を、志々雄は剣で受け止める。ガキィン!! と、刃を弾かれ剣心は宙を浮いた。
跳んでいく彼の背には、建物の壁がある。それを蹴り、跳躍。
次いで鞘に納めて抜刀術を仕掛けた。
「おおおおおおおおおおお!」
「シャアアアアアアアアア!」
突進の威力も乗った一撃だ。志々雄は再び剣で防ぐも、大きく後ずさりした。
「ッシャァア!!」
しかし志々雄も防いでばかりではない。すぐさま横薙ぎを打ち放って反撃をする。
それを剣心は大きく飛び退いて回避した。その後を『赤い焔』が横切っていった。
「飛天御剣流 -龍巻閃-!」
剣心は回転しながら横薙ぎを打ちにかかる。その左手に宿り光は微弱のまま。
対する志々雄、それを掌で防ぐ。峰打ちが飛んでくるのが分かり切っているため、こういった防御で全然対応できるのだった。
「あめえよ抜刀斎!!
すぐさま無限刃を使った刺突を繰りだす。それが剣心の脳天に直撃するかと思いきや……、
「飛天御剣流 -龍巻閃-!」
「むっ!」
その刺突をかわして、今度は逆回転しながら再び龍巻閃を当てに来た。どうやら先の攻撃はわざとだったようだ。
今度は命中。ドゴン!! と、志々雄の脇腹に直撃、それに当てられ大きく後ずさった。
「成程な、そうきたか。小賢しい技だけは増えたみたいだな」
志々雄はすぐさま持ち直して肩を鳴らした。まるで効いていないかのような反応。
「お前も、その耐久力は相変わらずのようだな」
剣心はそう言いながら、逆刃刀を正眼の構えを取る。
「ホウ」
志々雄は目を細めた。そして空いている片手を翳す。
この状況で繰り出す大技。それはもう、あれしかない。
「飛天御剣流!! -九 頭 龍 閃-!!」
刹那の突進術から繰り出される九連撃。防御も回避も不能な、神速の斬撃が襲い掛かるも――――、
「ッシャア!!」
それを全て、翳した手で、あるいは刀の腹や柄尻で、受け止めていく。
最後に来る柄尻の突進は、真横に避けていった。
「言ったはずだぜ抜刀斎!! この俺に同じ技は二度通じねえと!!」
そう、この技は一度京都の死闘で見せている。あの時は怯んでいたこともあって全弾当てられたが、剣の動きは覚えられていたらしい。
志々雄はすぐさま上段に振りかぶる。しかし剣心も避けられることは想定していたらしい。
無防備な背中にわざと、半分引き抜いたデルフの刃元を当てることで防御する。
キィィン!! と、火花と共に赤い火が飛び散った。しかし志々雄もさるもの。
「シャア!」とすぐさま蹴りを放って剣心を押しやった。
剣心は前転しながら転がり、すぐさま受け身を取った。そしてしばし、二人は距離を取って膠着した。
「へぇ、そいつが噂に聞く『魔法を吸収する大剣』か」
珍しそうな表情で、志々雄は言ってきた。『不殺』を頑なに貫く剣心が、別の剣を持つなんて考えられなかったというのもあるのだろう。
「頑固なあんたが、よく逆刃でもねぇ剣を担ごうと思ったな」
「ただの剣ではござらんよ」
しかし剣心は、律とした視線で志々雄に言った。
「デルフは拙者とともに闘ってくれる、紛れもない『仲間』でござる」
「へっ、言ってくれるなぁ相棒。それだけでも嬉しいぜ俺はよ」
鞘越しにカチカチ鍔を鳴らしながら、デルフリンガーはそう言った。
本音を言えばもっと振るって欲しいのだが、仲間と言い切ってくれる剣心の手前、それは自重した。
「喋るってのも本当みたいだな。お互い、つくづく面白い世界に来たよなぁ。先輩」
意思を持って話す武器を見るのは、これで『二本目』か。志々雄は内心、そう呟いた。
「どうだお前、そこの剣。俺が使ってやろうか? そんな背中で寂しく埋って、内心飽き飽きしてんだろう?」
と、ここで志々雄は剣のデルフリンガーを勧誘してきた。
対するデルフは、少し考え込んでいるかのような風情で固まっていたが…やがてこう言い放つ。
「まあ確かになぁ。使ってくれねぇ不満がねぇかと言われれば嘘にはなるさ。けどな、それでも俺の相棒は相棒だけだぜ。生憎と勧誘は間に合ってらぁな」
「デルフ」
済まぬな。と、剣心は小さく言った。「気にすんな」とデルフ。
「それより相棒、向こうはそろそろ『本気』で来るみたいだぞ」
今度は予断を許さない口調で、デルフはそう言ってきた。見れば志々雄は首をゴキゴキ鳴らしていた。
「ま、準備運動もここまででいいだろう? 抜刀斎」
「そうでござるな」
そう、ここまで二人は『全力』の一割すら出してなかったのである。
剣心は『ガンダールヴ』の力をまだ抑えていたし、さっきから繰り出してきた志々雄の炎は、蒼ではなく赤いまま。
言うなればこれは、『京都』での闘いの地続きでしかなかったのだ。互いに実力が落ちていないかを確かめるための軽い手合わせ兼ウォーミングアップ。それ以上でも以下でもない。
「じゃあこっから先は……」
このハルケギニアに来て得たもの。それを解放する時間。
その言葉と共に、志々雄の炎はだんだんと蒼く染まっていく。それに伴い、周囲の焔も火柱の如く猛り始めた。
それに呼応するかの如く、剣心の左手も桃色に光り始める。そして右手に逆刃刀を、左手でデルフの柄をしっかと握った。
「『本気』でやるぜ」
「ああ、来い」
次の瞬間、志々雄は無限刃を地面に突き刺し、そのまま突進してきた。
ギャリリリリ……!! と摩擦音を起こしながら巨大な炎が切っ先から巻き起こっていく。
「壱の秘剣『焔霊』!!」
そして思いっきり斬り上げた。その瞬間、爆発音と共に竜のブレスの如き蒼の砲弾が、剣心に迫った。
「―――――ッ!!」
その爆音爆炎に、一瞬にして剣心は飲み込まれていく。
もしここに第三者がいれば、間違いなく剣心は消し飛んだと思われたことだろう。
だが……、当然、志々雄は気付いていた。
「―――それが『ガンダールヴ』とやらの力か」
志々雄は笑みを浮かべて、二つの月から仄見える緋色の影を見上げた。宙に浮いたその影は、今度は隕石の如き速さで突っ込んでくる。
「シャァアアアア!!」
上に掲げたままの無限刃を、上空に向かって振り降ろす。
再び強烈な炎が、剣心に向かって殺到する。上空なので逃げ場もない。
今度こそ、本当に焔に飲まれたかと思った瞬間、蒼い壁は、真っ二つに切り裂かれた。
「飛天御剣流!!」
逆刃刀ではなく、大剣デルフリンガーを用いて、魔力滾る焔に一筋の切れ目を作ったのである。
剣心はその切れ目を縫って入り、そのまま志々雄に向かって殺到する―――。
「-双龍閃-!!」
そして今度は、鞘の方の一撃を志々雄に喰らわせる。
無限刃を使い、笑いながら迎え撃つ志々雄。剣と鞘が交わった瞬間、巨大な衝撃音と共に、地面に亀裂が走った。
壁ガラスは割れ、木々は折れ、舞っていた火の粉は吹っ飛んでいく。
『本気』になった二人の闘いが、今、始まった。
サウスゴータ上空。『シャルル・オルレアン』号船上。
「そろそろ時間だな」
懐中時計を見ながら、ジョゼフはそう言った。時計の長針は今、零時の五十分を指している。
「何をやっているのだシェフィールド。いつまでそうしておるつもりだ」
そして今度は、懐から取り出した人形に向かって何やら話し始める。奇怪だが、無能王の行動なので周囲は今更といった反応だった。
「まだヨルムンガンドは二体もあるではないか。さっさと働かぬかグズめ」
乱暴な声で、最後にそう言うと、船内へと姿を消した。
「今の会話、一体誰としているのでしょうか?」
「余計な詮索は無用だ。リュジニャン子爵よ」
巧みに指揮を取りながらも、クラヴィル卿は冷たい声でそう言った。
無能王の奇行に一々反応してはキリがない。慣れているが故の対応だった。
刹那、船底に張り付けられていた鉄人形二体が、落下していった。
『シャルル・オルレアン』内には、こうしたジョゼフ王が持ち込んだ意味不明な道具がたくさんある。魔道具の一種なのは理解しているのだが、まるで見たことが無いものばかりなのだ。
結局あれは何なのだろうか? そう思うもこの艦長は当然、聞こうとは思わなかった。
「艦長、サウスゴータ郊外に配置した軍艦の移動ですが」
「ああ、全ての軍艦に撤退を命じろ。これは王からの勅命である。後は地上部隊がやるそうだ」
少し面白くなさそうに、クラヴィル卿は言った。逃げる連合軍を追撃できないのだ。こう思うのも致し方のないことである。
しかし、同時に今の状況や配置では追撃は難しいとも考えていた。腐っても連合艦隊。かなり削られてしまった。
被害状況を聞く限り、ダータルネスの工廠では修繕が難しい船も出ていると聞く。そういった船は修理のためガリアに戻さねばならない。
今後アルビオンとどう折衝するかは分からないが、艦隊の配備には気を付けないとな……と、そんなことを考えていた時だった。
ドズン!! と、地の底から鳴り響くかのような衝撃音が、船全体を揺らした。
「うわああああああ!!」
再び、船員たちが悲鳴を上げた。
風の炎の衝突がようやく止んだというのに、先程とは比べ物にならないほどの風圧が駆け巡ったのである。
それと共に、先程まで止んでいた蒼い焔が再び猛っていく。先ほどとは比較にもならない熱量だ。
「卿! 卿!! 一体何ですかあれは!?」
「知らぬ知らぬ知らぬなにも見ておらぬ聞こえておらぬわあああああああ!!」
そんな悲鳴を上げて現実逃避する二人を背に、大慌てで船内から姿を現したものがいる。
ジョゼフ王だった。
「おお!! 始めおったか!!」
王は嬉々とした表情で、船端から街の様子を見下ろした。
「ええい!! 全然見えぬぞ!! もっと近寄らんか!!」
「ええ!!? そんな!! 殺生な!!」
まるで子供のような笑顔を浮かべて、蒼い焔に近づこうと命じるジョゼフ。
その手には、赤々と滾る丸石が、握られていた。