るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第百二十六幕『因縁の決戦』

 

 炎上するサウスゴータ。その大通りにて。

 一際大きい破砕音を驚かせる二つの影があった。

 一方は桃色の閃光を残光にしながら、優雅に宙を、そして誰もいなくなった通り道を駆けていく。

 それを追従するのは蒼の焔。『悪意』というものの存在を知ったその火は、明確にその桃の光をかき消さんと迫っていく。

 

 やがて、残光は三階建ての建物の屋上へと一瞬で駆け上がった。その一瞬、光は人影に戻った。それほどまでに速い動きを、この残光の主はしていたのである。

 主……剣心は眼下で赤々と燃える道並みを見る。こうやって闘いの合間に、逃げ遅れた人々の確認をしていたのである。

 勿論、目的の一つはあの蒼の焔の主…志々雄との決着だが、それより大きな目標は逃げ遅れた者の避難誘導。そしてその間、志々雄の相手である。

 

「ここはいないか」

「さすがにもう、粗方この街を去ったようだな」

 剣心と会話するのは、彼の左手に収まっているデルフリンガーだ。彼の主武器である逆刃刀は今、鞘に収まっている。

 

「……ルイズ殿、大丈夫でござろうか」

「今心配してたってしょうがねぇさ。しかし相棒の過去ねぇ…」

 

 剣心は一瞬、憐憫の表情をしながら遠くにいるルイズを想った。まさか、自分の過去を夢で見ていたなんて思ってもみなかったからだ。

 しかも巴の名前が出たってことは、抜刀斎時代で、一番血生臭かった暗殺稼業の頃の記憶。彼女には相当堪えただろう。

 

 無表情で人を斬り殺す自分を見た彼女は、一体何を思ったのだろうか……。

 

 その上、彼女はまだ……巴とは悲壮な別れをしたことまで知らなかったようだった。

 早く帰って、彼女とはきちんと話をせねばな……。と、一瞬瞑目する。

 そして目を開けた瞬間、再び蒼の焔が、迫ってきた。

「来るぜ相棒!!」

 デルフが叫ぶ。その瞬間、剣心は『ガンダールヴ』の力を発揮した。

 刹那の動きで真横に跳躍する。再び緋色の影は、桃色の残光となって街を駆けた。

 

 

 

 

 

第百二十六幕『因縁の決戦』

 

 

 

 

 

「オイオイ、速くなったのは逃げ足だけじゃねえだろうな!!」

 対する志々雄は、大通りを闊歩しながら街の上を飛び交う桃の閃光を、しっかと目で捕えて追っていた。

 右手で無限刃を肩に担ぎあげ、開いた左手で軽く横に振る。

 

『シシオさま。精霊を従わせたかったらさ、口でどーこーいうより、手で思いっきり()()()()って命じた方が動いてくれるよ』

 

 エルザが賢しらにそうアドバイスしてきたのを、思い返す。

 数多の精霊を食らったこの焔はもう、志々雄の忠実なる『駒』であり、『手足』でもある。エルフでさえ、契約を許させぬ自分だけの精霊だ。

 

『もうその焔は、シシオさまの忠実な|僕()()()なわけなんだからさ。下僕を従わせるのに、イチイチ言葉なんていらないでしょ?』

 

『弱肉強食』の理念の下、異形の血と精霊の涙で象った業火。

 まるで魔法だな……と思う時はあるが、そもそもそれを言えばこの世界に来たこと自体が既に『幻想(ファンタジー)』なのである。

 魔法、亜人、怪物、精霊という、摩訶不思議で成り立つこの世界。ならば自分がその恩恵に預かっても、構わないであろう。

 むしろ、こんな風に意識的に炎を操れるのだ。京都にいたころは想像すらできなかった。楽しいことこの上ない。それを最強の宿敵相手に試せるのだ。

 

 三階建ての建物に移動した『光』に向かって、手を翳す。すると焔は刹那の動きで大きな掌を形作り、建物ごと飲み込むだろう大きさとなった。

 そして翳した掌を握りこむ。すると焔もそのように動いた。建物は一瞬で蒼の光に包まれ潰れ落ちて行く。

 もっとも、その前に桃の閃光は一瞬で脱出していったが。

 

 刹那、

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!

 

 

「今度は宗次郎の真似事か?」

 苦笑交じりに、志々雄は壁や地面から響き渡る衝撃音のする異常光景を、憮然として眺めまわした。

 これが『飛天御剣流』と『ガンダールヴ』の合わせ技とでもいうのだろうか?

 確かに速度は上がっている。だが、それでもだ。

 

「『縮地』の一歩手前程度の速度しか出せねぇで、俺が惑うと本気で思ってんのか?」

 

 それでもなお、奴……瀬田宗次郎の『本気』には一歩及んでいない。

 奴の本気の移動は、何度も見てきた。そしてあの速さの根源は『感情欠落』といった先を読めぬものにも起因している。

 一方で高速で移動する光。剣心のそれは、速さだけはご立派だが、攻撃の瞬間発する『敵意』までは隠せない。

 勿論、達人の更に上を行く超一流の剣客だ。極限にまで薄っすら消しているのは確かなのだが、残念ながら志々雄もまた、その域の剣客なのである。当然ながら察せられていた。

 

 左だな。

 志々雄は空いた手をそちらに翳す。

 次の瞬間、ダァン!! と、志々雄の左方向で衝撃音が走った。

 

 来る―――。

 

 志々雄は左手を軽く振り上げる。志々雄と凹んだ場所の間に、突き出るような火柱が上がった。

 そのまま向かってくるのなら、焼死は確実。

 しかし次の瞬間、焔の柱は横一文字に立ち切れた。

「おおおおおおおおおッ!!」

 刹那、姿を現した剣心が、『ガンダールヴ』の左手を光らせ殺到する。

 志々雄もまた、こうなることは予想していたのか、一切動揺することなく迎え撃つ。

 

「飛天御剣流 -龍翔閃-!!」

 

 デルフの腹を突き出す格好で、疾風の如き速さで翔撃を繰り出す。

 しかし―――、

 

「四度目だぜ。その技」

 志々雄は悠然とした態度でそれを掴みとめる。

 尖角の時、京都の死闘で一回。中盤戦、龍鎚閃と絡めてきた時に一回。そしてこれ。いくら速さが上がろうとも、もう、見飽きた。

 

 

「チィ、くそったれ……バケモンが……」

 剣心の心情を代弁するかのように、デルフが呻いた。間接的につかまれているため、そこから志々雄の力量が伝わってくるのである。

 

(マジで相棒以上がいんのかよ。ジンエといい、セタの坊主といい、相棒の世界はこんな奴しかいねぇのかよ!!)

 

 しかも『ガンダールヴ』の力を十全に発揮している緋村剣心である。その気になれば千と言わずに万の軍隊であろうと無双できると思わせる強さだというのに。

「相棒! いったん退け! 後ろから炎が来るぞ!!」

 デルフが叫んだ。事実剣心の背後では蒼色の掌が上から掴みかからんとしている。

 その手が志々雄ごと飲み込んでいく。剣心はすぐさま横へ飛びのいた。火はそのまま器用に志々雄を避けて地面へと消えていった。

 

 

「――まったく、マジで厄介だぜあの炎……」

 右手で持っているデルフが呻いた。剣心は何も言わなかったが、同じ気持ちを共有しているのは確かだ。

 

 あれはもう、ただの炎じゃない。業火に包まれた者の悲鳴と叫喚で出来上がった……炎という名の『ナニカ』だ。

 

 志々雄の自由意思で動き回るため、どう来るか分かりづらい。相手の『殺気』を読むことで攻撃を察して回避、防御できているが……一度でも捕まったら終わる。

 常に即死攻撃が飛んでくるようなものだ。対応も慎重にならざるを得なかった。

 ただ、剣心にとって幸いなのは、あの火は魔力で動いているようだった。怪物の中に流れる血の中に、そういった成分が含まれていたのであろう。

 故に、デルフリンガーで吸収できるのだ。唯一と言っていい僥倖である。

 ただ、それは逆を言えば……。

 

 

 

(相棒……シシオの奴が本気になってから逆刃刀を、一度も抜いてねぇ……)

 

 

 

 その理由を、デルフは痛いほど察していた。抜かないのではなく、『抜けない』のだ。

 先の『龍翔閃』もそうだ。あれはデルフでも逆刃刀でも、『腹』を使って打ち付けるから問題なく対応できる。故に、見切られると分かっててもそれしか使えなかったのであった。

 ただの『炎球』程度なら逆刃刀でも問題なく対応できる剣心が、この焔はデルフ無しでは対応できないと、認めているようだった。

 

 それはこの闘い自体、デルフリンガーがなくば成り立たないという事でもあった。

 

(一度は限りなくうざったかった逆刃刀だってぇのに……いざ使われねぇとなると、こんなにも悲しくなってきやがる……)

 

 デルフもそれは分かっている。逆刃刀は愛刀以前に剣心の『信念』、その形象なのである。

 だから、鬱陶しいと思いつつも、仕方ないと一歩下がった対応をしていた。

 それゆえに十全と振るえない現状に、剣心以上に歯がゆい思いを、覚えていたのだ。

 同じ『剣』として、振るってくれない気持ちは嫌というほど分かっているから。

 

「どうした『ガンダールヴ』。その腰の|剣()()は飾りになったのか?」

 当然、志々雄も気づいていたのだろう。にやけた顔で、剣心にそう言ってきた。

「赤空も浮かばれねぇよな。そいつは奴が最後に打った御神刀なんだろ? こんな盛り上がる局面で使ってやんねえとは。可哀そうだなぁ?」

「挑発だ。乗るんじゃねえぞ相棒」

 デルフが諫めるように言ってきた。剣心は無表情だが、内心では怒りが滾っているのが震える手越しに伝わってきた。

 

「貴様……その焔になるまで、一体何人の血を、『脂』に変えて吸わせてきた…?」

「お前は今まで食った米粒の数を数えたことがあんのかよ」

 

 どっかで聞いたセリフだな!! 内心デルフは突っ込むも、剣心がそう問いたい気持ちは嫌というほどわかるので、黙っていた。

 

「こねぇのなら、今度はこちらから行くぜ」

 

 志々雄は再び、手を此方に翳してくる。

 刹那、地面から衝撃が迸る。剣心はすぐさま後方へと跳躍する。遅れて剣心が先程まで『いた』場所から、火柱が突き上がった。

 避けた剣心は、ここで頭を下げる。建物の壁から、横から火柱が襲ってきたのである。

 次いで、縦横無尽から突き出る火柱に、剣心は対応させられることとなった。

 

 しかし、ネタさえわかれば攻撃の速度はそこまで早くはない。ルーンと不和だった頃ならばともかく、今の、力を十全に発揮した『ガンダールヴ』なら、かすりすらしなかった。

 

「お前こそ、火遊びすることばかり覚えて、『剣客』の矜持も燃やして捨てたのか?」

 

 回避しながら、今度は剣心が挑発を仕掛ける。

 

「今のお前の闘い方は、とても剣に生きる者の闘い方とは思えぬ。メイジにでも転職したのでござるか? いつから無限刃はただ火を操るだけの杖になり下がった?」

 

 上手く接近戦ができるように、志々雄が拠り所とするところを的確に突く。こきおろす。

 

「沈みゆく煉獄で見せたあの意気は、もう露と消えたのでござるな。『剣客の先輩』として、正直今のお前には失望したでござるよ」

「ハッ! いうじゃねぇか、先輩!」

(おお、効いてやがる。流石相棒、舌が回るな)

 

 舌戦で少し優位に立てた事で、デルフは少し安堵のため息を零す。

 どうやら内心、志々雄もこの戦い方は剣に身を預ける者の戦い方じゃないな……、とは思っていたようだ。

 次の瞬間、パチンと志々雄は指を鳴らした。するとフッと蒼の火は姿を消した。

 

「来いよ。『ガンダールヴ』。派手にやり合おうじゃねぇか」

(マジか。マジで接近戦させてくれるのか)

 

 内心あんぐりしていたデルフだが、すぐに気を取り直した。こうまで潔いと、まあ確実に何かあるだろう。

 とはいえ、これでようやく懐に潜り込める。

 

「相棒、油断すんなよ」

「承知しているでござるよ」

 

 剣心は一度、デルフを背にかけた鞘に納めて、腰の逆刃刀の柄に手をかける。志々雄もまた、無限刃を肩に担いで待った。

 

「デルフ」

「何だ、相棒」

 

 腰に力を溜め、動き出す前。

 剣心はゆっくり目を瞑り、そして吐き出すように、デルフに言った。

 

(本当に、頼りにさせてもらうでござるよ)

(おう、任せな!!)

 

 心の底から信頼してくれている声。それを聞いて、デルフも意気を上げるのだった。

 そして次の瞬間、剣心は左手を光らせ閃光の如く奔った。

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 瞬きの間に、剣心は志々雄の懐へ侵略する。腰から白銀の閃きが放たれた。

「シャァア!!」

 志々雄はそれを柄尻に当てて防御する。そうやって逆刃刀の攻撃を防いだ後、上段から思い切り振り下ろす。

 蒼い閃きが、剣心の脳天を直撃しそうになる。その一歩手前、すかさず空いた手でデルフを抜刀、それによって炎の侵略を防いだ。

 

 疑似的な二刀流。剣心は左手にデルフを、右手に逆刃刀を握って闘っていた。さながら先代『ガンダールヴ』がそうだったように…。

 

(ああそうだ。サーシャのやつもこうやって……、何かやべぇ奴らと闘ってたんだっけな……)

 

 激闘により一瞬だが、過去の映像がデルフに過る。こんな感じで、後ろには必死になって詠唱するブリミルと、それを守るサーシャ。

 後……誰だ? 誰かいたような気が……。

 

 

「飛天御剣流!!」

 剣心の叫びで、デルフの意識は六千年前から現代に戻ってきた。

 そうだ、今はこっちの方に集中しねぇと。デルフは気を引き締め直す。

 デルフを使い、相手の無限刃をはじき返した。剣心は一瞬だけデルフを上空に放し、両手で逆刃刀を握りこむ。

 

「-龍巣閃-!!」

 目にも止まらぬ乱打が志々雄の下へと繰り出されていく。

 最初の数発は当たっていくが―――。

 

「効かねぇよ!!」

 残りは全て、無限刃と裏拳で防いでいった。しばし火花が散るインファイトが繰り広げられる。

 

「どうした抜刀斎!! まさか『ガンダールヴ』を使ってその程度とは言わねぇよな!!」

 わざわざ土俵を作ってやったかのような物言いで、志々雄は乱撃をいなしていく。

 事実、焔のみならず純粋な剣術においても、志々雄はかなりの強さに成長していたようだった。

 対する剣心は、無表情で乱撃を繰り出していく。しかし徐々に志々雄の方が優勢になっていった。

 時間にしてわずか二秒ほど。しかしその間にそれだけの展開が繰り広げられた。

 

「貰った!!」

 志々雄の叫びと共に、無限刃で剣心の逆刃刀を弾いた。手放しはしなかったが、大きく隙を作る。

 

 それと同時にデルフが宙から戻ってきた。

 

 剣心はそれを再び握る。遅れて飛んでくる蒼い閃光を、それで見事に防ぎ切った。

 そのまま剣心は、逆刃刀を納めて一旦後方へと飛び退く。しかし下がる剣心の背にはいつの間にか炎の壁が差し迫っていた。

「-龍巻閃・凩-!!」

 すると剣心、回転しながらデルフで一閃。炎の壁に切り目を作りながら無事脱出し、志々雄と距離を取る。

「まさか、そのまま逃げるつもりじゃねえだろうな!」

 刹那、志々雄は懐から何かを取り出し、剣心に向けて親指で弾いた。

 何やら小石のようなものだ。それを視認したデルフがまず叫んだ。

 

「やべぇぞ! あれは『火石』だ!! 爆発するぞ!!」

 

 火の力が凝縮された魔法の秘石。大きさこそスゥ銀貨ほどしかないが、炸裂した場合とんでもない爆発が巻き起こる。

 志々雄は飛ばした『火石』に向かって、握りこむ仕草を取る。

 すると連動して、地面から巨大な炎の掌が、同じように握りこむ仕草をした。

 

「弐の秘剣『紅蓮腕・改 大爆殺』!!」

 

 そのまま炎でできた掌は、『火石』を握りこんでいく。

 デルフは焦った。下がろうにももう、背後は城壁だ。

 追い詰められてしまった。この距離では炎の手は逃れても爆発までは防ぎきれない―――。

 しかし剣心はことここに至っても焦りの顔を見せず、デルフを納めて逆刃刀を抜いた。

 そして、剣を両手で握り正眼に構える。そして迫りくる炎と火石の先―――志々雄の姿を見据えた。

 

「相棒!! 何を―――」

 

 デルフが問うが、もう、あちらの攻撃が速い。

 火石が蒼の火と混ざり合う。その刹那、紅蓮の大爆発が巻き起こり建物を吹っ飛ばして行った。

 そんな中、志々雄は見る。真っ赤に染まった壁から一瞬、桃の閃光が飛んでくるのを―――。

 飛天御剣流。

 

「-九 頭―――――」

 

 その二文字を口にした時にはもう、剣心は志々雄の背後にいた。

 

「―――龍 閃-」

 

 九撃全てを、相手に叩きこんで。

 刹那志々雄の身体から、九連撃の音が街中に鳴り響いた。

 

(逃げられねぇと悟ったから、あえて前に出ることでやり過ごしやがった!!)

 

 デルフは内心叫んだ。もう下がれない後方より、火の手で完全に塞がりかけた前方に活路を見出し動いたのである。

 恐らく『ガンダールヴ』の力を最大限発揮させて。逃げと同時に攻撃も重ねる。

 

(相棒のやつ、速度の誤認を誘うために、わざとルーンの力を抑えていたのは知ってたが、これを狙ってたのか……―――)

 

 先の『龍巣閃』は、あえて力の半分しか出さずに攻撃していたのである。全力時の速度を誤認させるために。

 その攻撃を、ここで発揮させたのだ。

「やったな相棒! あの野郎、油断してたからモロ全弾当たったはずだぜ!!」

 デルフは快哉の声を上げるが、剣心は未だ神妙だった。

 

「―――いや、三撃だけだ」

「はい?」

「当てられたのは、三撃だけだった」

 

 その言葉にデルフはぞわっとした。まさか、『飛天御剣流』と『ガンダールヴ』の速度を持ってなお、それだけなのか……と。

「抜刀斎の言う通りだぜ、そこの剣。『伝説』という割には抜けてやがるな」

 いうや否や、志々雄はこちらを振り向いた。

 未だその表情は、笑みを色濃く残して、こう言い放つ。

 

 

「油断だと、これは余裕というもんだ」

 

 

 志々雄もまた、言葉ではああ言ったが剣心が力を抑えているのには気づいた。

 だからあそこで『紅蓮腕』を放てば、絶対詰めてくる技を使うことは想定していた。

 飛天御剣流で此方にも有効打を持つ攻撃。それはもう『九頭龍閃』しかない。

 予めそれが来ることは想定していた。それでも速度の差は流石と言ったところか。三撃貰った。

 

 とはいえ、その三撃も全て『かすり傷』である。真剣でも少し血が出るくらいの軽傷で済ませていた。

 

 それに、次は全弾対処できる。どころか、距離が近ければ初動を潰せる自信がある。

 たとえ、『ガンダールヴ』を発揮されようとも……。

 

「あんたの技はもう、京都の時点で分かってんだ。たとえ速度を上げようとも、俺に同じ技はもう通用しねぇ」

「………」

「ったく、マジでバケモンかよアイツ……」

 

 デルフは震えた。剣心の時点で、六千年を振りかってもまずお目にかかれない、化け物剣士であるというのに……。

 鵜堂刃衛に瀬田宗次郎。そして志々雄真実。皆、ハルケギニアの歴史に名を刻むだろう『メイジ殺しの剣客』だ。

 その中でも志々雄は本気でこのハルケギニアの版図を変えかねない。あの業火はまず間違いなく、エルフの操る精霊でも対処できないだろう。

 

 

 

 これはヤバい。言ってはいけないと思いつつも、それでもデルフは鍔を鳴らした。

「本気でまずいぞ相棒。こりゃあもう、『不殺』とか言ってねぇで、マジで殺しに行かねぇと……、こっちが殺されちまう」

「その剣の言う通りだぜ。さっきの『九頭龍閃』だって、そいつで斬りかかったらまた話が違ったんじゃねぇのか?」

 

 志々雄は笑いながらそう言った。

 しかし、剣心はデルフの言葉に静かに首を横に振った。「……悪かったよ相棒」と、デルフもそれだけ返した。

 

 デルフも分かっているのだ。もう今の剣心にとって、あらゆる意味で『不殺』は活力の

源となっている。それを今更、破る方が弱体化することに。

 ただ、それでも言わずにいられなかった自分を、デルフは恥じた。

 ならばあとは何があるのか……。『不殺』破りが駄目なら、後はもうルーンの力を、更に発揮するしかない。

 この時、ふとデルフに過った可能性。

 

 

(この場に娘っ子がいたら……また、結果は違うものになったのか……?)

 

 

 彼女を戦場に出すのは剣心が止めそうだが、それでも『ガンダールヴ』の力の拠り所はルイズにある。それに彼女が成長し、共に闘えるようになればあるいは……。

「さて、楽しい戦いだったが、もう時間が押しているからな。そろそろ終いにするか」

 そんな折、志々雄がそう言ってきた。そして無限刃を、一旦鞘に納める。

 

 

「撃って来いよ。今度はきっちり、その()()()を返してやる」

 

 

 それを聞いて、剣心は目を細めた。そしてゆっくりと深呼吸をした。

「正直驚いたでござるよ、志々雄真実。お前の強さは本当に、限界を知らぬのでござろうな。それには素直に感服するでござる」

 そしてゆっくり、逆刃刀を鞘に納めた。志々雄と同じように。

「だが、ここでお前を止めねば、この街のように、タルブのように、また多くの人々がその業火に呑まれて消える。それだけは絶対に許さん」

 さらに一歩、前に出る。左手の光が一旦切れるが、身体から発される『剣気』は、周囲に圧を飛ばすほど、強力なものになっていく。

 

 

「故にお前のその、怨念に塗れた不浄の火を、ここで斬り払ってみせる」

 

 

 二人の剣気がぶつかり合う。それだけで建物から燃える火が、激しく呼応していった。

 デルフはこれを、固唾を飲んで見守った。この局面で繰り出すとなったらもう、あれしかない。

 

 

(飛天御剣流奥義『天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)』。だが、奴の言葉を聞くに……、それも一回体験済みってわけだよな)

 

 

 そう、それだけが不安材料なのだ。

 確かにかの奥義は強力だ。たとえ逆刃刀といえど、あの剣風なら蒼の焔を薙いでくれることだろう。

 今の、『ガンダールヴ』の力を発揮できる剣心なら、それが可能だ。

 が……、逆に言えば一刀目は、その焔で潰される。故に本命は二撃目となる。その攻撃が、果たして志々雄に通ってくれるか……。

 この男相手でなければ、デルフもこんな心配はしないのだが、もはやこの勝負、絶対はない。

 

(くそぉ……、マジで逆刃刀に俺が入ってりゃあ、こんな、初動を潰されるなんて考えなくても良かったろうに)

 

 いっそのこと、自分を振るってくれれば……、と思わなくもないが、それは無理だというのも、嫌というほど察している。

 どうしたって大剣の自分では、剣心の抜刀術には向かない。逆刃刀も峰の反りの分、不向きの筈なのだが……、使い慣れている分、その欠点にもうまく付き合えている。

 この極限にまで神経を研ぎ澄ませた闘い。『一瞬』の遅さが命取りとなりかねない。それを考えるなら、自分より手に馴染んだ逆刃刀を、使うのは仕方のないことなのだ。

 

 だからこそ歯がゆいのだ。逆刃刀で魔力を、あの炎を吸収出来れば、こんな苦戦することは、本来なかったのだから。

 結果的にはこの闘いで、一番苦い思いをしたのはこのデルフリンガーとなった。

 この記憶だけは生涯忘れねぇ。デルフは内心、そう呟いた。

 

 

「相棒、マジで無茶するなよ。娘っ子が待ってんだからな……」

「……分かっているでござるよ」

 

 剣心はそう言って、背中のデルフに向けて微笑んだ。

 そしてゆっくりと迫ってくる、志々雄と向き合った。鋭い視線を持って。

 

 向き合う二人には、もう互いの目と手しか見えてなかった。

 焼け落ちる音がそこここに轟いているのに、二人の耳には何も入ってこない。静寂のみ。

 そんな、極限にまで研ぎ澄まされた集中の中、遂に動き出す――――。

 

 

「シャアアアアアアアアアアアアッ!」

 先に志々雄が動いた。神速の如き抜刀術が、蒼の閃光と共に襲い掛かる。

 噴出する焔が剣心の姿を覆う瞬間、志々雄は刮目する。

 

 ドォン!!

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 怒号と共に、一歩踏み出す左足が、確かに見えた。その衝撃は、『ガンダールヴ』の力により、一瞬地震が起きたかのようだった。

 次の瞬間、あらゆるものを焼き尽くす業火が、横一文字に斬られ真っ二つになった。

 それとともに、一撃目を振り切った剣心の姿が、確かに見えた。

 

 志々雄は自然と笑みを作った。遊び半分だったカリーヌの時とは違う。歯を食いしばって、全力で放った焔の壁を、確かに剣心は消し飛ばしてきたのだ。

 

 そうだ、それぐらいやってもらわねぇと困るってもんだ―――!!

 

 京都の時は、飛天御剣流抜刀術の本質を見誤り、直撃という辛酸を味わった。

 故にこの二撃目は絶対破って見せると、奴がこの世界に来たと知った時、意気込んだものだ。

 

 ――来る!!

 

 無限刃と逆刃刀が交じり合い、強烈な火花を叩き出す。

 次の瞬間、始まる。飛天御剣流、最強の二撃目。

 刹那、前方に、剣心に吸い寄せられる感触を志々雄は覚えた。

 あの時のように―――。

 

 

 飛天御剣流奥義。天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)

 

 

 初撃の時点で神速を越えた『超神速』の大技であるが、喩えかわされようとも、衝撃によって弾かれた空間に敵を吸い寄せ、その場に押しとどめる。

 だけでなく、回転による遠心力、そして吸い寄せる引力の交差法により、遥かに高い威力を発揮するのだ。

 

 天翔ける龍の牙をかわしたところで、吹き荒れる風に身体の自由を奪われ、爪によって引き裂かれる。

 

 そう、この『爪』を、ずっと克服したかったのだ。剣心が、このハルケギニアに呼び寄せられたと聞いた時から、ずっと――――。

 

 

「ッシャァアッッ!!」

 志々雄は振り切った無限刃の柄を、一瞬逆手に持ち替え、刀を背にやった。

 そして左手で掴んでいる鞘を、同じように背に向けて下げた。

 背後で鞘尻と刀の鍔元を、交わらせ、無限刃の全発火能力を開放する―――。

 

 

(つい)の秘剣『火産霊神(カグヅチ)・改 黄泉国(ヨモツクニ)』!!」

 

 

 無限刃を中心に、焔の渦が巻き起こっていく。

 それは灼熱の業火。神話の神の名を冠するにふさわしい、地獄の炎火。

 その時、デルフは確かに聞こえた。時間にすれば瞬きにしかすぎない筈なのに、長く、永く、がんがんと、耳鳴りするかのように―――。

 

 それは焼かれた者の阿鼻叫喚。焔の渦からは、目が、口が、どす黒い怨念を宿したかのような顔が、現れては消えていく。

 数多の異形の血を、化け物を、精霊を食らったことにより現れし悲鳴の協奏曲。

 

 やべぇ、やべぇやべぇ! 何なんだこの炎は!?

 

 デルフは頭で何度も叫んだ。よしんばこれ……二撃目が仮に通ったとしてもだ。

 この灼熱の炎が消えなければ、振り終わった剣心はこれをすっぽりと被るという事。

 もう志々雄だけ倒せばいいわけでは無い。この焔……今まで喰らってきた者の怨念も丸ごと払わないと、どのみちその身を焼かれてしまう―。

 しかしデルフの不安、恐れを他所に、剣心は止まらない。左手の『ガンダールヴ』はもはや、閃光の如く輝いている。

 そして今、丁度志々雄に向けて身体を捻っていた。今まさに、遠心力を興した最強の一撃を、放とうとしている。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 志々雄は両手で無限刃を上段に握りこみ、吸い寄せる真空の力にしばし耐える。

 その間は流石の志々雄も身動きできなかったが……剣心が此方に背を向けた瞬間、逆に駆けた。

 交差法の引力をこちらも利用とする構えだ。互いに突っ込む構えにすれば、速度でも負けることはないと踏んでいたからだ。

 そして火力勝負にさえ持ち込んでしまえば、強大な炎を操れるこちらの方が、分があるのは一目瞭然―――。

 

 逆刃刀と無限刃が、再び交わるその瞬間――――。

 

 

「貰ったああああああああ!」

 

 

 シェフィールドの叫びと共に、二体の『ヨルムンガンド』が二人の上空から殺到した。

 

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