互いに最強の奥義。
それが交わりかけた瞬間、無粋な闖入者による二つの巨人が、割って入ってきた。
「貰ったぁああああああああ!!」
シェフィールドはそう叫びながら、頭のルーンを、『ミョズニルニトン』をより一層光らせる。
愛する主人を、これ以上失望させないためにも。と。
今の彼女が思いついた事。
それは『志々雄と闘っている最中の剣心を、奇襲で仕留める』というものだった。
流石の奴も、同格の志々雄と闘っていれば疲弊も凄まじいことだろう。その隙を狙えば……と、思ってきたのだ。
あわよくばそのまま志々雄もくたばってくれれば……といった邪な考えもしていた。
そんなわけで、二人が絶賛互いに集中しているこの状態を狙って、攻撃をかけたのである。
鉄の巨人、『ヨルムンガンド』。装甲は勿論、『反射』の魔法を満遍なくかけてある。
闘技場では遅れは取ったものの、『反射』を破られることはなかった。その強さを前面に押し出したこの攻撃は……。
「――――え?」
そんな、呆気にとられるかのような声で、いったん途切れた。
「……うぅ?」
シェフィールドはここで瞼を開けた。どうやら一瞬、気絶していたようだった。
自分はさっきまで、ヨルムンガンドの肩に乗っていたはずだが、今は大通りの地面に倒れている。
あれ、ヨルムンガンドはどこ行った? 一瞬呆けたように周囲を見渡すと、まず最初に目に入ったのが……。
「てめぇ、良い度胸してやがるな」
志々雄真実だった。
彼にしては珍しく、本気の怒り顔を見せている。
それを見たシェフィールドは、静かに冷や汗を流した。周囲に溢れる蒼い焔が、より一層恐ろしく感じた。
「折角の天王山だってぇのに、邪魔しやがって。……急にしらけちまったぜ」
そう言って、少しやるせなさそうに無限刃を納めた。それに続いて段々と、焔の勢いが静まっていく。
どうやら八つ当たりで殺されることはないようで、そこに若干の安堵を覚えた。
それによって少し余裕も出てきた。泡を食ったように尋ねる。
「ば、抜刀斎は! 抜刀斎はどこ行った!?」
そう、剣心の姿が無いのである。攻撃する前は、確かに眼下にその姿を納めていたというのに。
すると志々雄は、つまらなさそうに親指で大通りの向こう側を指さす。
「この勝負、『逃げ』ってことで俺の勝ちでいいんだよな? 先輩?」
少し皮肉を交えた笑みを受かべて、志々雄は言った。
シェフィールドも慌てて指先の方を見る。そこにはたしかに剣心の姿があった。
「……――?」
対する剣心は、疑問符を浮かべて固まっていた。
どうやら自分の身に何が起こったのか、まだ把握できてないようだった。
あの瞬間、自分は確かに『天翔龍閃』の二撃目の踏み込みを、しようとした時だ。
急に視界が、志々雄から離れていったのだ。
気づけば自分は今、志々雄から十メイル以上下がったところで、二撃目を振り切っていた。
左足で踏み込んだ地面は、蜘蛛の巣の如き大きなひび割れが起こっている。それだけでも威力のすさまじさが分かるというものだった。
しかし何が起こったのかだけはさっぱりわからない。
何故こんなことに? そんな風に思案に暮れていた時だ。
「すまねぇ。本当にすまねぇ相棒……ッ」
「デルフ、お主が何かしたのでござるか?」
剣心は背後に収まっているデルフリンガーに問いかけた。彼にしては珍しい、心底怯えた口調だった。
「ああ、今わの際で思い出したんだ。俺は……吸収した魔力を使って、『使い手』をある程度動かすことができるんだ」
「……それでか。あんなに志々雄と離れているのは」
ようやくこの奇妙な現象に、剣心も得心がいったようだった。要はデルフが勝手に『逃げ』を打ったのだろう。
結果的には、ヨルムンガンドの奇襲を回避できた恰好であった。だから、デルフを責める気は剣心には無かった。
「まあ、助かったから結果良しでござるよ。そんなに気に悩まずとも――」
「違う! 違うんだ相棒! あの巨人にも驚いたけどそうじゃねぇんだ……!」
デルフは今にも泣きだしそうな声で続けた。彼にしては珍しい口調で、剣心も神妙になる。
「俺は、あの炎が本気で怖ェって、思っちまったんだ! あれは恐らく、当たれば『俺』という意思すらも喰らいつくすって、分かっちまったんだ。だから本能で、逃げちまった。……この、重要な大一番の中で!」
デルフという力の本質は、剣自体にない。いわば剣は入れ物、容器なのである。
だから壊されようとも、別の剣に直ぐ乗り移る力も備わっている。今まで忘れていたが、やろうと思えばいずれは復活できる。
だが、あの焔は違う。もしあれに当たって剣毎焼かれたら……恐らく、あの焔に見え隠れしている『悪霊』に、ずっと食われ続けるのだろう。
精霊すら喰らう力である。どうなるのか分からないが、恐ろしいことになるという警鐘だけはずっと鳴り響いていたのである。
だがそれは、『剣』として生きてきた彼からすれば……屈辱以外の何物でもない。
一番大事な局面で逃げてしまったのである。その事実が、デルフを苛んだ。
「済まねぇ! マジで済まねぇ! 本当に、俺は剣失格だ……! 死ぬのはこわくねぇ筈なのに、あの炎に喰らわれるのだけは嫌だって、馬鹿みてぇだよな……。そんな手前勝手な理由で、相棒の勝負にケチつけちまって!」
「……デルフ」
「結局俺は、相棒の底力を信じてなかったってぇことだよな……ハハ、何が伝説の剣だよ。無駄に六千年生きて、耄碌してきただけじゃねぇか!! もう俺は忘れて捨ててくれ相棒。所詮俺は――」
そこまで言わせず、剣心はデルフの鍔を叩いた。
「それ以上は言うな。デルフ」
「相棒、けど俺ぁ……」
今にも泣きそうな声だ。実際、人の姿だったら滂沱の涙を流しているのだろう。
しかし、剣心は露ほども気にした風もなく続ける。
「お主がいなければ、拙者はあの炎に近づけもしなかった。それにお主の声を、拙者がどれだけ頼りにしているかも、気付いていないのでござろう?」
「けど、けど……!」
「良いのでござるよ。拙者もお主の力をもっと信じてやれなかった。だから、これでお相子でござる」
もっと常日頃からデルフを使ってあげれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。剣心はそう言っているのであった。
そうやって『引き分け』に持ち込んでくれる剣心のやさしさに、デルフは泣きそうな声で言った。
「済まねぇ……てか相棒。本当にいいやつだよなぁ!」
「そうでもないでござるよ」
最後だけ、すこしやるせなさそうな表情をして、剣心は志々雄の方を向いた。
「……本当に『いいやつ』だったら、もっとお主のことを慮っていたでござるよ」
「なんで、抜刀斎はあんな遠くにいるんだ?」
剣心とデルフがそんな会話をしていた時だ。
シェフィールドは心底あんぐりとした口調でそう言った。
「さあな。ま、一つ言えることがあるとしたら……てめぇが介入しようがしまいが、どのみち抜刀斎はあそこにいたってことだ」
そう言いながら、真下の地面のヒビでできた小石を、志々雄は蹴った。
『天翔龍閃』で踏み込んだ時の衝撃が、彼の足元にまで届いてたのである。それぐらい強烈な踏み込みだった。
志々雄もまた、あの瞬きの中で何が行われたかをちゃんと把握していた。まあ、急に剣心が後ろへ後ろへ下がっていくのには驚いたが……あの様子を見るに、あの剣、デルフリンガーの能力なのだろう。
それだけ告げると、志々雄は踵を返した。それを見たシェフィールドは跳ね起きる。
「ちょっと! あいつを殺らないのかい!?」
「あぁ、言ったろ。しらけちまったって。……ってかそうさせたのはてめぇだろ」
もう戦う気は失せたようだった。
懐から懐中時計を取り出し、時間を確認する。
「もうあいつ……ジョゼフが動く頃合いだからな。俺はこの街を出ていく。奴とやるなら好きにしろ」
「はあ? あいつはお前の宿敵じゃないのか!!?」
シェフィールドは叫んだ。この二人は、てっきりここで宿敵との因縁に決着を付けるかと思ったからだ。
しかし志々雄は笑ってこう続ける。
「なあに、俺もあいつもこの『ハルケギニア』にいる以上、いつかケリはつける。……それが今日じゃなかったってだけだ」
それよりいいのか? と、再び志々雄は、親指を指してこう告げる。
「お前こそ、後『一体』のヨルムンガンドで、抜刀斎と闘うつもりか?」
「……は?」
何を言う。シェフィールドは思考を真っ白にした。二体で強襲をかけた筈だ。後一体……一体?
そう思いながらも、ゆっくりと視線を、志々雄が指した方へと向ける。
そこにあったのは……、
「お前、俺と抜刀斎の全力のぶつかり合いを阻んでおいて、無事で済むって、本気で思ってたわけじゃねぇだろうな?」
上半身がすっぽりと消え、残った下半身がどろどろに燃えて溶けゆく、騎士人形の哀れな姿があった。
今燃え滾っている焔は、志々雄の『終の秘剣』によるものだ。その火力は『反射』の効力など「知 っ た 事 か」と言わんばかりに燃えている。
足と腰だけ残った哀れな巨人は、やがて青色の光に包まれぐつぐつとみじめな土くれと消えていった。
じゃ、じゃあ上半身はどこいった!? シェフィールドは内心叫んだ。
その感情を察したのだろう。志々雄は次いで、人差し指で上空を指した。
その方角を見て、嫌な予感を覚える。シェフィールドは片眼鏡を使う。そこには…、
愛しの主人が乗る、『シャルル・オルレアン』号。その後方部分に、めり込んだ上半身が映っていた。
「――ぇ?」
クラヴィル卿は、呆然と呟いた。
悍ましい焔と競り合う風と地震。それにぎりぎりの距離で何とか俯瞰していて、この様子を見守っていたのだが……。
次の瞬間、砲弾もかくやという速度で、『それ』は飛んできた。
ドズゥゥゥン!!
と、衝撃音で船全体が大きく揺れた。
「な―――!!」
「何―――起こ―――!!」
「―――に――――弾!!」
突然のこの攻撃に、対応できた者は当然、皆無。あんな至近距離から攻撃されるなんて、思考の及ばざるところ。
「ぐおっぉおおおお!?」
さしものジョゼフでさえ、揺れる船上で無事でいられるわけもなく、倒れてごろごろ転がっていく。
立派なマントが、どんどん汚れていく。しかしそれを楽しいと、この時の王様は感じていた。
「おおぉ、今日がおれたちの命日なのかもしれぬなぁ。クラヴィル卿よ」
そんな、冷静に分析している自分にも内心、ジョゼフは驚いていた。当然ながら卿は今、彼の戯言に耳を貸す余裕が無かった。
「は、早く!! 状況を報告しろ!!」
結論から言えば、『シャルル・オルレアン』号を揺らした要因は、剣心の『天翔龍閃』で吹き飛んだ、ヨルムンガンドの上半身であった。
ヨルムンガンドが上空から殺到する直前、デルフの能力により、剣心は既に志々雄から遠く離れていた。
遅れて振り切った最強の二撃目は、そんな着地で固まっている騎士人形を、いともたやすく吹き飛ばしていた。
『火産霊神』との火力勝負になると思った剣心は、二撃目の剣風を使ってあの亡霊の如き焔を引き裂き、その余波を志々雄自身にぶつける腹積もりで振っていたのである。
その……『火産霊神』を裂くために放った攻撃が、丁度ヨルムンガンドに当たったためにこうなった恰好であった。
上空に浮かぶ巨艦は今、不安定にくるくる横回転している。高度こそ落としていないが、ヨルムンガンド着弾の衝撃を、上手く制御できていないようであった。
シェフィールドは唖然としていた。志々雄は可笑しそうに笑う。
「まあ、あれだったら墜落はしねぇだろう。多分。良かったな。主人殺しにはならずに済みそうで」
それだけ言い置いて、今度こそ志々雄は去ろうとする。シェフィールドは茫然自失としていた。
「待て! 志々雄!!」
それを察した剣心が、此方に向かって駆けてきた。その声で一瞬、志々雄は立ち止まる。
「このまま尻尾を撒いて逃げる気か?」
「アァ? 勘違いしてんじゃねぇぞ『ガンダールヴ』」
志々雄は首を鳴らしながら、剣心に向き直る。
「俺は逃げも隠れもしねぇよ。大体そんな必要がどこにある? さっきの勝負、どちらに軍配があったのか、背中に担いだ剣に、聞いてみたらどうだ?」
それを聞いた剣心は、無意識にデルフに視線をやった。デルフは何も言えず、鍔を震わせていた。
その様を見た志々雄は、ニヤリと笑う。
「それが、俺とあんたの、紛れもねぇ現実だ。そうだろう?」
「………」
剣心は、肯定も否定もしなかった。先の勝負、あのまま続けていたらどっちが勝っていたのか、分かる筈もない。
「だが俺はな、もっともっと楽しみてぇ。国盗りも、余興も、このハルケギニアって世界の全てを、しゃぶりつくしてぇのさ」
志々雄は握り拳を作って、そう言った。このハルケギニアに来て、誰よりも楽しんでいると分かる風情だった。
「そんなに俺に追いつきたきゃあ、今度は『虚無の小娘』でも連れてきな。そうすりゃあ、その左手の力も、もっと強く発揮できるんだろう?」
「志々雄、貴様……!」
ルイズの名前が出たことで、剣心は一瞬目の色を変える。しかし志々雄はそれ以上、何も言わず、無限刃で蒼の壁を作り出した。
「じゃあな、『ガンダールヴ』。次はもっと楽しませてくれよ」
それと高笑いを残して、志々雄は去っていった。
剣心がデルフで薙いだ時はもう、彼の姿は消えていた。
「志々雄、真実……!」
剣心は歯噛みした。彼にしては珍しい、焦ったような様子だった。
そして身体をガクンと傾かせる。飛天御剣流の奥義に加え、『ガンダールヴ』の力も発揮させたのである。さすがの彼も、体力が大幅に削られていた。
それでも、よろよろと歩を進める。そして考えを改める。もう逃げ遅れた市民はいないようだ。結果的には志々雄を退けたという事で、良しとするしかない。
「相棒、本当にすまねぇ……」
不意に、デルフがまたそう言ってきた。
「良いのでござるよ。気にせずとも」
「良くねぇよ、マジで怖かった……。あんな感覚は六千年生きて初めてだったんだ」
さめざめとデルフは泣いていた。余程怖かったのだろうな……。と、剣心は先ほどのやり取りを振り返って思う。
確かにあの焔は、強烈だった。冥府の門からの手招きが、はっきりと剣心にも分かっていた。
果たして、今の『二撃目』で、あれをやり過ごせたのか? 志々雄に届いたのか? そんな考えが過らないと言えば、嘘になる。
そんな中だ。デルフはおもむろにこう言ってきた。
「なあ、相棒は怖くなかったのか? あれを見て、『やべぇ』って、思わなかったのか?」
「……?」
言われてみれば、確かにそうだった。
ふと、手を見る。仄かに震えている。
思考はあまり恐怖を感じてなかったけど、本能ではどうやら、志々雄の火を『危険』と確かに察知していたようだった。
この感覚には覚えがある。そうだ。師匠、比古清十郎が放った最後の『九頭龍閃』。あの時も、静々と迫りくる絶対的な『死』を、確かに感じていた。
だが不思議と、二撃目を打とうとしていたあの時は、そんな感情は蚊帳の外だった。
あまりに刹那過ぎて、その考えが過る暇が無かったのだろうか? だが、震える手とは裏腹に、思考は未だ『恐怖』の二文字を受け付けない。
まるで、『畏れる』という思考をしないよう、心に鍵をかけたかのような…―――。
「まさか……」
心当たりがあるかのように、剣心は左手のルーンを見つめた。
「いや、俺ももう、『洗脳』と呼べるような力が今更、働いているようには見えねぇんだ。それは確かなんだ。けどよ……」
剣心と『ガンダールヴ』は上手く付き合えている。それは確かだ。いくら使おうとも『人斬り抜刀斎』に戻るように、呼びかけてこないのだから。
「何か、心当たりがあるんじゃねぇか?」
デルフの問いに、剣心は押し黙ってしまった。左手はもう、何の光も発していない。武器を握っていないからというのもあるだろうが……。
「俺、思うんだ。相棒の闘いは、凄いようでかなり複雑な心理で成り立ってるんじゃないかって。気持ち一つで百の力を五百や千以上に変えるけど、あの焔はそんな数じゃ効かねぇから、無意識に『死を恐れる』気持ちを、ルーンに預けちまったんじゃねぇかって…」
「………」
そう言われるともう、何も言えなくなってしまう。
事実『天翔龍閃』は、気持ちの揺らぎだけで威力がかなり増減する。それは義弟との闘いでよく分かった事だ。
「生きる意思は何よりも強い」と、口で言うのは、そう考えるのは簡単だ。でも……それをあの時あの一瞬で発揮できたのかと言われると……分からない。
自分のことは、自分が一番分からないものなのだから…。
「わりぃ。相棒を惑わすつもりはマジでねぇんだ。ただ……嬢ちゃんたちにも言われたろ。相棒は娘っ子のところに戻らなきゃならねぇんだ。今の娘っ子、相当キてるのは知ってるだろ?」
デルフの問いかけに、剣心は「そうでござるな……」と頷いた。
志々雄との決着、精霊すら喰らう悪霊の火、今の精神状態……思う点は山ほどある。
けど、今はそんなことに思考している状態でもない。剣心は首を振った。考えのは今の窮地を脱してからだ。
そんな時だった。
「今度こそ死ね! 抜刀斎!!」
絶叫と共に、『ヨルムンガンド』の踏みつけが飛んできた。
「はぁ……、はっ……、くそぉおおおおおおおおおおお!」
シェフィールドはもう、地団太を踏みながら叫んだ。
確かに不意を突いたと思った。だが手ごたえは感じない。
巨人の肩に乗った彼女は今、肩を怒らせ怒鳴り散らす。
「いい加減にくたばれ! お前が死なない限り、わたしはずっと愛されない!!」
シェフィールドの怒りの目は、二階建ての建物に一瞬で移動した剣心に向けられていた。
剣心はそれに一瞬驚く。自分で動いたわけでは無いからだ。
「デルフ、またお主が?」
「後生だ相棒! 逃げちまった詫びをさせてくれ! 今のうちに体力を回復させるんだ! 暫くは俺が何とかしてやるからよ!」
デルフの声を遮るかのように、上空へ跳んだヨルムンガンドの剣が夜空に翻った。
ズドン!! と建物を一瞬で真っ二つにするが、当然そこに剣心の姿はない。
デルフの『移動能力』により、背後の建物の屋上に動いていたからだ。
「何故だ! 何故貴様はそんなにもしぶとい! 何故だ! 何故何故何故何故ェェえええええええええええええええ!!」
「ありゃあそうとうキてるな。相棒」
「そうでござるな……」
一方の剣心は、デルフとそんな会話を繰り広げる余裕すらあった。確かに疲弊しているとはいえ、今の剣心はただ突っ立ているだけである。
勝手にデルフが移動してくれているおかげで、冷静に物事を俯瞰する余裕すらあった。
再びヨルムンガンドが大剣を使った横薙ぎを繰り出す。しかしもう、そこに剣心の姿はない。
今度は城壁の上に剣心はいた。振り返ると、必死になって逃げている人々の列が、松明の群れが見えた。
剣心は一瞬、上空を見やる。回転から立ち直った巨大船『シャルル・オルレアン』が見える。
「あちらに向かわずとも良いのでござるか? お主の主人が、あそこに乗っているのでござろう?」
「貴様がそれをやったんだろうがあああああああああああああああああああ!!」
怒号と共に、ヨルムンガンドの拳が飛んでくる。当然当たる瞬間にはもう、彼の姿は露と消える。
今度は城門前の大通りに移動していた。それを見るなりヨルムンガンドは大股で此方に向かってくる。
こうやって見るとやはりゴーレムとは思えない運動能力である。改めてガリア国の技術に内心、剣心は舌を巻いた。
ただまあ、肝心の司令塔があのザマなので、全然脅威には思えていないのではあるのだが。
「いやまあ、確かにそうなのでござるが……、拙者としても急にお主が仕掛けてきたから何とも……」
剣心はそう答える。事実、彼からしても完全な事故である。彼女が向かってこなければ、こうはならなかったのだから。
しかし、シェフィールドはもう、まともな答えを返さなかった。
「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!!」
完全に聞こえていないな……。ここで剣心は『走った』。そして遅れて飛んでくる大剣の衝撃をかわした。
「相棒、もういいのか?」
「ああ、問題ない。もう動けるでござるよ」
剣心は走りながら思考する。どうやら彼女、シェフィールドは自分と同じ『虚無の担い手』であり、ああいった『魔法具』を操れる力を得ているようだ。
さっきから頭のルーンが光っている。それを見ていた剣心は一瞬、怪訝な顔をした。
そして飛んでくる投げナイフを跳躍で回避しながら、デルフに向けて言った。
「デルフ、もう一度だけ、先程の移動術を頼んでもいいでござるか?」
「良いぜ、どこ行きゃあいいんだ?」
剣心は小声で、『行きたい場所』を伝えた。その真上に、丁度鉄の巨人が迫ってきた。
「死ねぇえええええええええええ!!」
地面を揺るがす踏みつけに、周囲の建物すら根元から崩れていく。
シェフィールドは涙ながらに眼下を見た。
(今度こそ今度こそ今度こそ……ッ!!)
「もうそこまでにするでござるよ」
その声が、シェフィールドの隣に響いた。見れば剣心は今、彼女の隣にいたのだ。
巨人の頭……丁度鎧と鎧の合間を見極め、デルフで突き刺す。それで肩から落ちないようにしていた。
シェフィールドはたたらを踏んだ。もう攻撃する手段はこの巨人しかない。しかし巨人を動かそうとすれば自分も巻き込まれる。
一瞬、事態は膠着する。それを見計らって、剣心は口を開いた。
「お主、さっき言っていたでござるな。『拙者を倒さねば、主人に愛されぬ』と」
「そうだ! 貴様が死なねば、ジョゼフさまはわたしを振り向いてはくれぬ!」
シェフィールドは両手を広げて、そう叫んだ。どうやら彼女は、ジョゼフに愛されたいがために、自分を倒そうとしているのだろう。
「わたしはジョゼフさまのためなら、あのお方の力になれるのなら何もいらぬ! だからわたしがいかに必要であるのかを、貴様を殺すことで証明するのだ!!」
しかしだ。ここで再び、剣心は顔をしかめた。
今の彼女の、額の光は……。
「その気持ち、本当に心からそう思っているのでござるか?」
「―――は?」
それを聞いて、シェフィールドは絶句した。
「お主の額の光。少し前の拙者と同じでござる。『赤く』光っているのでござるよ」
え……? と、シェフィールドは頭を無意識に触った。
だが、当然、見える筈もない。
四つのルーンの中で、唯一『自分の目で確認が取れない位置』にあるからこそ、頓狂な声を出すしかなかった。
「拙者も昔、同じような悩みを抱えていた故、お主の気持ちはよく分かる。そうやって逃げねば、やっていけぬのでござるか?」
「……は、――っ、は?」
「お主にとって唯一縋れる者が、あの男なのでござろう? 奴のためと自分をごまかしその結果、ルーンに洗脳される流れを、作ってしまっているのでござらんか?」
ルーンにはどうしたって、主人の使い魔たれという気持ちが、作用するようになっている。一度それで、『人斬り抜刀斎』になることで悩まされたのだ。
今の彼女は、まさにそれだった。恩義を『愛』に、すり替えられているのではないか……、そう考えたのだ。
「お主があの男を想う気持ちは、本当に、本物なのでござるか? 違うというのであれば、謝るでござるが……」
今の彼女の精神状態からして、冷静ではないのは確かだ。それを問う意味で、剣心は彼女の隣に立った。
その反応は……当然、
「ふっざけるなあああああああああああああああああああああ!!」
怒りだった。
それと共に巨人が暴れ始める。素早く剣心はデルフを抜いて跳躍する。
再びヨルムンガンドは剣心に向かってくる。しかし……暴れ方は目に見えて変わった。
剣心とは無関係な建物を、壊しながら迫ってくるのだ。より攻撃が雑になった。
「違う! ちぃがう! 貴様に、貴様に何が……ッ、ぁ!」
「おお、効いてらあ。間違いなく図星だなありゃあ……」
剣心お得意の口達者ぶりに、デルフは思わずそう言った。剣を使わずとも、言葉だけでシェフィールドを追い込んでいたのだ。
彼女は今、両手で頭を抱えて呻いていた。恐らく、冷静な部分と感情のせめぎ合いをしているようだった。
剣心はもう、大して回避もしなかった。そうする必要が無いくらい、ヨルムンガンドの攻撃は周囲を巻き込みながらも、剣心の方へはあまり向かわないものとなっていた。
まるで使い手と一緒に苦しんでいるかのように、この鉄の巨人も身もだえしていた。
(違う! ジョゼフさまから頂いたこの力が、想いが! 偽者だと! そんな……こと、っ……!)
シェフィールドは呻いた。貴様には分かるまい。
エルフとの攻防で暮らしていた教会が壊れ、必死の思いで『東方』から流れ、浮浪の暮らしを経てガリアの国王に見初められた気持ちが!!
たとえ彼からは『余興』だったとしても、『実験』だったとしてもだ!!
この恩義が、恋じゃないなどと、そんなふざけた……こと……。
ただ、そう思えば思うほど、『違う』という感情もまた、胸を抉ってくる。
『ジョゼフさまは、わたしを本当の意味で必要としてくれていない』
契約したらたまたま成功した。それ以上も以下もない。そんな思いがどうやったって去来する。
誰でも同じと思っているから……、自分は存在を許されている。
けど剣心とルイズ、あの二人は違う。お互いを尊敬し、心から寄り添っている。だからどちらにも勝てない。
そして勝てない理由はガンダールヴの能力でも、飛天御剣流でもない。その『絆』にあるのだと。
身震いするほどに、シェフィールドは憤りと……それと同じくらい、寂しさを感じた。
「ジョゼフさま! ジョゼフさま! 教えてくださいませ! 導いてくださいませ! わたしに与えてくれたこの力は、決して嘘偽りではないと!!」
そう叫ぶシェフィールドは、剣心から見ても悲痛なものしか見えなかった。
しかし、彼女がいくら叫ぼうとも、主人は決して、答えを返そうとはしない。
そうする余裕がないのかは知らないが……、懐から取り出した、ジョゼフによく似た人形は、ただ黙っていた。
「ジョゼフさまああああああああああああああああああああああああああああああ!」
そんな様相のシェフィールドとは裏腹に、上空の『シャルル・オルレアン』号はゆっくりとサウスゴータの中心部に向かって飛び始めた。
「もっと飛ばせぬのか?」
そう問うのはガリア王、ジョゼフだ。彼は今、肩から息をしているクラヴィル卿に向かって言っていた。
疲労困憊が顔にもくっきり現れているこの船の艦長は、しかしそれでもこの国のトップの命に、従うほかなかった。
幸い、先程の衝撃で人死には出なかった。『風石』も問題なし。ただ、未だに船の側面には巨大な騎士人形の上半身が埋まっているのだが。
飛行に問題ないと知った王様は、いきなり今度は『サウスゴータの中央地』に向かうよう指示してきたのである。
まあ、それは前々から受けていた指令であるからして、億劫と思いながらも反対まではしなかった。
それより気になるのが……。
「あ、あの……陛下!」
「なんだ?」
「さっきからその、懐から、陛下を呼ぶ声が聞こえるのですが……」
そう、ジョゼフの懐から、女の泣き叫ぶような声が聞こえているのである。
ジョゼフは今、クラヴィル卿の肩に手を伸ばしているため、余計強く聞こえるのであった。
無視しようかとも思ったのだが、流石に気になってしまう。
「ああ、これか」
そう言ってジョゼフはやっと、懐から人形を取り出す。黒髪の女の人形だった。そこから悲痛な声を発していた。
しかし、ジョゼフはどうでも良さげにそれを船の上から投げ捨てた。耳障りだと言わんばかりの態度で。
「知らん。使えぬ駒など、あってないようなものだ」
貴様もそう思わんか? そう言いたげな視線に、クラヴィル卿は竦み上った。
ちょっとでも彼の機嫌を損ねねば、自分もあの人形のようになる。それだけは嫌でも分かってしまった。
「何をやっている貴様等! さっさと中央市街地に向かわんか!!」
国王の不機嫌を察知したクラヴィル卿は、疲れ果てている船員に間髪入れずに怒鳴りこんだ。
やがて、船は中央地に向かって行く。そこまで着くとジョゼフは、船の先頭からサウスゴータを見下ろした。
燃え往く街並み、闊歩する怪物、宵闇に照り付ける紅蓮の灯火…。
それをにやけた表情で、国王は眺めていた。
「あの、陛下……一体何を?」
「よい。貴様等は船内へ下がっておれ」
それだけ告げると、しばし呆然と眼下を見た。「出ていけ」と言われた艦長含むクルーたちは、渋々室内へと姿を消した。
やがて、一人となったジョゼフは誰に言うでもなく呟く。
「流石だなマコトよ。やはりお前は大したものだ。お前のおかげで……今までおれを『無能』と影で嘲っていた連中に一泡吹かせることができた。それには感謝しておるぞ」
だがな、と寂寥を覗かせ続ける。
「それでも未だ晴れぬのだ。おれの上に降りかかる雨は、雲は、未だ分厚いままなのだ。おれの時間はあの日…シャルルをこの手にかけた時から止まったままなのだ」
目を瞑るとすぐにでも思い出せる。三年前のこと、呆然とくれる弟を、毒矢で射ったあの時のことを……。
「なあマコトよ。お前は何か知っておるのだろう? 何故シャルルが、愚物に過ぎないおれが王になったと知っても尚、満面の笑みを向けておれの支えになると言い切ったのか。あ奴の裏を、お前は知っているのだろう……?」
先王は、秀才で人格にも優れた弟ではなく、無能で人間不信になりかけていた自分を推戴した。あの時は心底彼に勝ち誇ったものだ。思えば彼に対して優越感に浸れたのは、その一瞬だけだったのかもしれない。
さぞシャルルは悔しい思いをしている筈。
そう思っていたのに、返ってきたのは……。
『おめでとう! 兄さんが王になってくれて、本当に良かった! ぼくは兄さんが大好きだからね。ぼくも一生懸命応援する。一緒にこの国を、素晴らしい国にしよう!!』
心からの賛辞と満面の笑み、それと拍手。それがジョゼフを壊した。
気づけば、彼を猟に誘い毒矢で殺した。何でかは分からない。ただ、そうせねば自分が保てなかった。
そして、殺したら殺したで今度は、心の中の雲はずっと雨を降らしてきた。それっきり、自分の時間は止まったままだった。
瞼の外では炎が見える夜だというのに、瞼の裏では降りしきる雨と悲嘆に暮れた弟の死に顔。そればっかりが鮮明に残る。
ただ、これだけは分かる。ああまでも自分に笑顔を向けてきた弟が裏で……志々雄のやつと相対していたという事だけは。
あの時は不貞腐れて、ずっとソリティアに明け暮れていた。だから彼を召喚しても何の感慨も見いだせなかった。『契約』なんてどうでも良かったし、どこに行かれようが…それこそ『野垂れ死にした』と報告を受けても、「そうか」の一言で済ませてしまった。
そうやって引きこもっているうちに、気付けばすべて変わっていた。そんな気がしてならないのだ。
どんなことが起こったか、その内容は分からない。ただ奴のあの自信ある笑みは、間違いなく『弟と何かがあった』、それだけは確信を持って言えるのだった。
だから、あいつとは『友』になった。奴の懐を探りたくて、弟の事情を知る、数少ない人物として…。
そうして共に悪だくみをするうち、こうして気に食わない連中にすべて唾を吐きかけることができた。それは楽しかったし、一瞬だけ心が晴れたものだ。
しかし同時に悟る。奴は、自分がこれまで出会ったことのない『食わせ者』だということに。
チェスではいつも自分が圧勝していた。――それどころか、『将棋』でさえコツを掴めば、奴に勝つことも少なくなくなってきた。
だがその裏で、奴は圧倒的な智謀を持ち、裏の事情にも通じた『闇の住人』であることが分かってきた。それこそ『元素の兄弟』でさえ霞んで見えるほどの……。
もしかすると弟は、その奴の深謀遠慮に手を出し、『何か』を壊してしまったのかもしれない。そんな考えが、頭をよぎり始めていた。
もしそれが、あの『笑顔』へと繋がっているのだとしたら……。
だとすれば、おれは……何をすればいいのか……。
そんな折だ。
「―――うん?」
眼下に誰かいる。ジョゼフは遠眼鏡を使った。
除いた先は燃える中央広場だ。そこに見慣れた包帯男がいる。
「―――マコト¥」
そして次の瞬間、思わずジョゼフは吹き出してしまった。そして可笑しそうに言の葉を紡ぐ。
「ああ、そうだな、|邪魔者
望遠鏡の先で見たもの。
それは、志々雄が笑って自分に親指を下に突き立てている光景だった。
まったく奴は期待を裏切らないな。それを受け、ジョセフは一瞬だけだが、心の底から笑った。
「おれたちの
互いに知りたいこと欲しいものを賭けた、大一番の闘い。
エルフを巻き込んだ、ハルケギニア全てを将棋盤にして行われる、最大の
ずっと心の底で臨んでいたことを、存分やり合える。思えば……こうやって自分と対等と渡り合える人間はもう、弟以外にはいないと思っていた。
雲は晴れぬが、心は踊る。こんな感情を想起させてくるのは、彼しかいない。
「ではまずは、それにふさわしい宣戦布告をせねばな」
そう言ってジョゼフは、手に持っていた赤い石、いわゆる『火石』を前に掲げた。
「見ておるかエルフ共! お前たちが欲していた『光景』を、今からくれてやる!」
この『火石』は、志々雄が使っている天然物ではない。エルフが強力な『精霊の力』によって押し込めた、熱という熱が凝縮して生まれたものだ。故に破裂した時の破壊力は、天然物のそれをはるかに凌駕する。
それこそ、こんなサウスゴータ一帯を消滅させてしまう事も容易かろう。
何故こんな代物を『ヨルムンガンド』の設計図と共に送ってよこしたのか、ジョゼフも大体察していた。
奴らは知りたいのだ。この『火石』が生み出す光景を、どれほどの威力なのかと。
ちなみに本来、エルフが使う『火石』は暖房や街灯代わりにするものであり、こうして破壊に使うこと自体、発想の外であったはずなのだが……。どうして彼らがこのような方法を『知っている』のかは、定かではない。
ただ、これだけは言える。
エルフの集団の中に、『破壊や殺戮、殲滅』を是とする連中が言うという事を。そ奴らは恐らく、人間を打ち滅ぼすために暗躍をしているという事。
そして同じように人類に対し殺戮衝動のある高位の人間(ここでいうなら自分か)と接触し、何か謀をするつもりなのだろう。
こういう時、つくづく『無能王』という肩書は役に立つなと、ジョゼフは思った。
しばらくは呆けたふりをして奴らの出方を窺うとしよう。当然、そのエルフの連中も対志々雄用の『駒』として扱う予定であった。
さて、下らぬ思考もここまでにするか。ジョゼフは目を閉じ、周囲に聞こえぬ位の小声で、ルーンを唱えた。
先ほどオルゴールで聞こえてきた新たな調べ。その正体は……、
エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ……
ルイズの『爆発』だった。
かの呪文なら、強固な膜で覆われたこの『火石』の外郭を破壊出来る。
オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド……
恐らく聞くものが聞けば震えあがるような音調で、口語は紡がれる。
一通り唱えたジョゼフは、最後に小さく杖を『火石』に当てた。
バギン!! という音を立てて火石の中から光と熱が漏れ始める。
それを見たジョゼフは、思い切り放り投げた。
赤い秘石は音を立ててドンドン落ちて行き、やがて光が満遍なく覆っていく。
最後にジョゼフは、懐中時計を取り出し、一言。
「一時ジャスト」
次の瞬間、赤い閃光がサウスゴータ全体を覆った。