るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第百二十八幕『消えゆくサウスゴータ』

 

 ジョゼフが『火石』を投げ入れる少し前。

 

「シシオ様!!」

 

 そう呼びかける声を聞いて、志々雄は後ろを振り向いた。

 今自分は丁度、上空で鎮座している『シャルル・オルレアン』に向かって中指を立てていたところであった。

 

「おう、お前か」

 志々雄の背後に現れたのは、フードを被った女性だった。ウィンプフェンを『制約』で操り、メンヌヴィルと共に密約していたメイジの片割れだ。

 彼女の姿を視認するなり、志々雄は言った。

 

「済まなかったな。わざわざアルビオンまで来てもらってよ」

「いえ、わたしは別に。この身はもう、シシオ様に捧げておりますので」

 

 恭しい態度で、女性は片膝をつく。貴族の如き洗練された所作である。それだけで彼に心からの忠誠を窺っているのが伺える。

 

「エルザのやつ、馬鹿やったみてぇだが、はてさて奴は生きているのかね」

「それより、シシオ様は今何を? ここはそろそろ危険です」

 

 彼女の問いに、志々雄は笑って答える。

 

「宣戦布告だ。ジョゼフの野郎に対してな」

「では!?」

「ああ」

 

 会話をしながら、女性の瞳は徐々に歓喜で彩っているようにも見えた。

 そんな彼女を他所に、きっぱりと告げた。

 

「ガリアの国盗りを、これから始める」

 

 

 

 

第百二十八幕『消えゆくサウスゴータ』

 

 

 

 

「そのお言葉を、ずっとお待ちしておりました……!」

 

 恭しい声色で、フードの人物は言った。

 

「トーマスや『地下水』は、どうだ?」

「既に、ガリアへ配置済みです」

「まあ、暫くはジョゼフのやつの動きを見る。先手は奴に譲ってやるつもりだ」

「良いのですか?」

「なあに、問題ねぇさ」

 

 志々雄はそう言いながら、女性に案内されて大通りで主張している、酒場の一つに入る。

 

「今、一番この状況を楽しんでいるのは紛れもなく奴だ。派手に動き回ることだろうし、それに伴って世情も動く。そこから状況を見て攻め込んだ方が良いだろう」

 

 誰もいない、屋根が燃え切れた酒場の隅の一角の地面を、女性は杖で軽くつつく。するとその場所は地下へと通ずる扉となった。

 人一人入れるかの狭い通路であるが、それは確かに暗闇への路へと通じていた。

 その中へと、志々雄と女性の二人は姿を消していった。

 

 

 

 誰もいなくなったはずの大通りの建物。

 燃える一軒家から、扉がギィ……と、開いた。

 

「はっ、はあ……はっ……!」

 

 開けたのはカリーヌだった。帽子は燃えたためか、煤けた桃色の髪が広がっている。

 マンティコアが刺繍されたマントはボロボロ、体のあちこちは傷が覗かせており、所々は赤く染まっている。

 こんなにフラフラになったのは、はたしていつ以来だったか……。そんなことをカリーヌは今、考えていた。

 精も根も尽き果て、身体は震えている。正直、良く生きているな……とまで思った。

 

(もう……しないと思っていたのに……)

 

 気づけばカリーヌは、手に『勇気』と書いてそれを舐めていた。

 旦那にたしなめられて以降はずっとしなかった筈なのに……。これじゃルイズに強く言えないわね……。

 

 

 カリーヌは空を見上げた。そして残った僅かな魔力で、周囲の気配を探る。

 とりあえず、人の気配はもうない。皆逃げたのだろう。それだけは分かった。

 

(『彼』が来てくれたのでしょうか……、少しでも状況が好転すると良いのですが…)

 

 剣心の顔を頭に思い描きながら、中央へと向かって行く『シャルル・オルレアン』号を見て……背筋を凍らせた。

 何故かは分からないが、船の上から得体のしれないオーラが立ち上っているように感じたのだ。魔法の熟練者だからこそ、微かに伝わってくる違和感。

 

(何……? この、ざわつくような感じは……?)

 

 これに近い気配を、カリーヌはかつて感じたことがある。そうだ、娘のルイズが、『解除』の魔法を唱えた時に感じたのと同じ―――。

 

「おぉーい! そこのきみ!! 何をやっているのだね!!」

 

 そんな声が、カリーヌの背後から聞こえてきた。

「あなたは……?」

「ここはもう危ないって……あれ? あなたは……」

 白馬と共にかけてきたのは、アリィーたちを探していたギーシュだった。

 

 

 

「しかし、まさか『烈風』殿までこの戦に参戦していたとは……驚きました……」

 ギーシュはカリーヌを後ろに乗せながら、大通りを駆けまわっていた。

 カリーヌの正体が『烈風』カリンであったことを聞いて、ギーシュは冷や汗を垂らす。かつての英雄と共に乗馬するなんて、もう一生ないだろう。

 

「あなたはグラモン家の四男ですね? もう皆は撤退しましたよ。こんなところで一体、何をしているのですか?」

 

 厳しい問いに、ギーシュは思わず背筋を正してしまう。

 彼女に嘘は通じない。だから本当のことを言った。

 

「あの……エルフの男女を見かけませんでしたか?」

「エルフの男女?」

 

 声のトーンが若干冷える。ギーシュは震えた。よくよく考えれば、ハルケギニアの民にとってエルフは仇敵なのである。

 エルフを探していると聞いて、しばし妙な沈黙が流れる。ギーシュはふるふると震えながら彼女の言葉を待った。

 

「いいえ、見かけませんでした」

「そうですか……」

 

 カリーヌの声に、ギーシュは少しほっとする。しかし、次の質問でまた委縮した。

 

 

「その二人を探して、何とするのですか? この状況で今更、打ち倒して名誉に変えるとは言いませんよね?」

 

 

 どうやらカリーヌは、ギーシュが名誉欲しさにエルフを倒そうとこんなことをしているのかと思ったようだ。

「そ、その……」

 

 ギーシュは思いっきりどもった。まさか倒すどころか、助けにきているなんて、この厳粛を鋳型にして固めた彼女に行ったら何を思うのだろうか?

 ふざけるなと風魔法で吹き飛ばされるのだろうか? そんなことを考えつつも、後ろから「早く答えろ」という圧を放ってくる。

 その圧にギーシュは結局、屈してしまった。

 

「た、助けに……」

「はっきりと言いなさい」

「た、助けに来たんです!! その、放っておけなくてッ……!!」

 

 それを聞いて、少しカリーヌは頓狂な顔をした。

 ああこれは殺されるのかな異端認定されるのかなエルフに情をかけるなんて何事かって怒られるのかな……と、ひたすらネガティブな考えをするギーシュだったが……、

 

「では、早く見つけねばなりませんね」

「……へぇっ?」

 

 思わず、そんな声を返してしまう。自分の事情をすんなり組んでくれたことに、驚いてしまった。

 

「察するに、その二人はあなたの友人か恩人なのでしょう? ならば見捨てる方がトリステイン貴族の美徳に悖るというもの」

「カ、カリーヌ殿……!」

「この状況です。もし足で逃げるとするならば、出口付近で彷徨っている可能性が高い。そこから当たったほうが良いですよ」

 

 静々と答えるカリーヌを見て、ギーシュは疑問を覚えた。他の貴族であればこんな対応、絶対しないことだろう。

 おずおずと、ギーシュは尋ねた。

 

「その、怒らないので?」

「怒る? 何故です」

「いえその……ぶっちゃけ異端認定されるんじゃないかって。エルフを助けるなんて言ったから…」

 

 しばしまた、奇妙な沈黙が訪れる。やがてカリーヌは少しため息をついた後、こう言った。

 

「そこまで狭い了見の人間に見えますか?」

「ひぃ!!? いえ、そういうわけじゃあ……」

「わたしも昔、似たようなことがありました。だからあなたの今の気持ちは、理解できますよ」

 

 カリーヌはふと思い出した。若いころに出会った、二人の吸血鬼のことを。

 その時に迷ったものだ。討伐すべきか否か。

 迷いながらも、最後は歩み寄るという形となった。

 だから、ギーシュの気持ちはよく分かるのである。勿論、口にはしないのだが。

 

「それより早く向かいなさい。何やら嫌な予感がします。時間はもう、あまりないのかもしれません」

「は、はいっ!! って……あれは!?」

 しばし馬を走らせていたギーシュは、突き当りの通路を見て、驚きの声を上げた。

 

 

 

 

 そこにいたのは、探し求めていた二人のエルフが、巨大な炎に襲われている光景だった。

 

「やめてよ!! 止めなさいよ!!」

「止めろと言われて、止める奴がいるのなら聞きたいものだな。エルフよ」

 

 未来の旦那に肩を貸しながらルクシャナは、『精霊』を使って必死に炎をやり過ごしている。しかし体力も精神力も限界な上、そもそも強力な精霊がいないため炎の軌道をそらすことが精いっぱいな様子だった。

 

 対する炎の操り手は志々雄ではない。両目が焼き潰れた伝説の傭兵。『白炎』のメンヌヴィルだった。

 

「お前たちエルフは、果たしてどんな残り香を嗅がせてくれるのかね……!」

「いや、いやあ!!」

 

 蛇のようにしつこい火を打ち放ちながら、凶悪な笑みを浮かべるメンヌヴィル。それにルクシャナは必死になって耐えていた。

 

「や、やめろ!!」

 その光景を見ていたギーシュは、思わず叫ぶ。そして杖を振って『ワルキューレ』を精製した。

「―――うん?」

 メンヌヴィルは一瞬、反応が鈍った。視界が消えた分、『体温感知』を広範囲で行える力を得たが、それ故熱を発さないゴーレムの攻撃は、一瞬対応が遅れる。

 一体の青銅騎士が剣を持って攻めかかるも、しかしメンヌヴィルもまた歴戦のメイジ。勘と経験で攻撃をやり過ごす。

 こん棒の如き杖を使って剣を防いだ。次いで詠唱。青銅の人形はドロドロに溶け消えた。

 

「援軍か。―――二人と一頭か」

「あ、あなたは―――!!」

 

 馬に乗ったギーシュとカリーヌ。それを察知したメンヌヴィルは静かに眉を顰め、対するルクシャナは……、

 

 

「誰!?」

「ええぇ……!?」

 

 

 思いがけない答えに、ギーシュは思わず落馬しそうになった。寸前でカリーヌが掴んで落馬を防いだが。

 だがこれも無理からぬこと。ギーシュと会ったのは魅惑の妖精亭での時以来。そしてその時の彼女は完全に酔いつぶれていたのである。

 仕方なく、ギーシュは叫んだ。

 

「そこの彼との、ええと……知り合いだ!! とにかくきみたちを助けに来た!! 乗りたまえ!!」

「え? アリィーと!? うそぉ…このコチコチ頭の頑固者が蛮人と…?」

 と、思わず肩に担いでいる婚約者を見るルクシャナ。ここでアリィーも薄らと目を開け、そしてギーシュ達を見た。

 

「お、お前……何で……、こんなところに……?」

「説明は後だ!! 早くここから――」

 

 その時だった。カリーヌは突如寒気に襲われた。

 そしてハッとなって上空を見上げる。巨大艦『シャルル・オルレアン』号から、何かが投げ落とされるのを確認した。

 

(何ですか……? あれはッ!?)

 

 何が落ちて来ているのかさっぱり分からない。だが、『危険だ』という感覚だけははっきりと伝わってくる。

 早くこの街から逃げねば、あれは恐らく……街全体を巻き込む規模の攻撃になるかもしれない。

 メンヌヴィルもそれを『熱』で探知したのだろう。カリーヌと同じように夜空を見上げた。

 

(膨大な『熱量』が落下してくる。そうか、もう時間か……)

 それを悟った熟練者二人の動きは速かった。

 

「すぐこの街を脱出します! 馬を城門へ走らせなさい!」

「え、でもまだ―――」

「早く! 彼らはわたしが!」

 

 有無を言わせぬカリーヌの怒号に、ギーシュはビグッとなった。そして言われた通り、馬を目と鼻の先である城門方向へと向けさせる。

 

「逃さんよ!」

 対するメンヌヴィルも動いた。ここにいては危険だ。だが目の前の獲物を逃がす道理もない。

 

「ウル・カーノ・ジエーラ・ティール・ギョーフ!!」

 

 それはコルベールが隊長時代、よく愛用していた呪文。

 炎を蛇に変え、一気に襲わせる魔法だった。

 それがエルフ二人を襲わんとする瞬間、二人の身体はふわりと浮いた。

 

「――えっ?」

「今です!!」

 

 カリーヌの叫びと共に、ギーシュは鞭を入れる。馬を走らせ、出口へと向かう。

 遅れてエルフの二人は、まるで見えない糸に引っ張られるかのように馬の後ろを追随した。カリーヌが二人に向けて『レビテーション』魔法をかけたため、こうなった恰好だ。

 城門へ向かう馬。引っ張られゆくエルフ。遅れて追随してくる、巨大なヘビの形をした炎。

 その行方を見届けたい思いもあったが、時間が無い。メンヌヴィルもまた、素早く隣の建物の窓を割って入った。

 前転し、スライディングしながら、室内の隅を杖で叩く。

 すると志々雄たちがやったように、地下洞窟への扉が開いた。そこへ素早く身を潜り込ませた。

 

 

 

『火石』は落下する。サウスゴータの中心街へ向けて。

 膨大な熱は先の『爆発』による亀裂により、どんどんと外へと放たれていく。

 熱は赤い光となって、眩いばかりの力が球から漏れていく。

 

 

「――――あれは!?」

 

 

 城壁の上に移動して、『ヨルムンガンド』の攻撃を避けていた剣心は、中心街で発する赤い光を確かに視認した。

 

「……やべぇ。あれは『火石』だ」

 

 背中のデルフもまた、声を失ったかのような口調で呟く。

 

「『火石』って、志々雄がさっき使っていたあの…?」

「ああ……ッ、だが……ありゃあ何だ! かなりやべぇぞ!!」

 

 天然由来だった志々雄のものとは違う、火の精霊が凝縮された人工物である。その分威力もケタが違う。

 理屈はともかく、感覚としてあの光は危険というのは、剣心もデルフも瞬時に理解した。

 剣心は視線を、シェフィールドに移す。彼女は頭を抱えて悶えている。中央街で発されている光に気付いていない。

 このままでは――――。

 

「―――っ!」

「おい! マジか相棒!! あの女を助けに―――」

 

 デルフが叫んだ。しかし、今から彼女を気絶させて担いで逃げるには、あまりにも時間が無い。なさすぎる。

 それは剣心も分かっていた。だから仕方なく、別の策を取ることにした。

 彼女……シェフィールドに謝りつつも、今は怒りを此方に向けさせる。

 

「はっきり言うでござるよ! それほど苦しんでいるという事は! 心当たりがあるのでござろう!!」

 

 剣心は声を張った。身体はもうボロボロだ。だがやるしかない。

 

「それはつまり、お主と奴との間に、そんな大それた関係というのは―――」

「それ以上はいうなああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 刹那、絶叫と共に、怒りと共に、『ヨルムンガンド』は城壁に向けて走ってきた。

 自分を殺しに来る巨人と共に、剣心は街の外へ向けて跳躍する。

 

「デルフ!!」

「わあってるよ相棒!!」

 巨人が確かに街の外へと出るのを確認した瞬間、剣心はデルフを抜いた。

 そして次の合間には、一人と一本の剣は消える。再び魔剣の『瞬間移動』を行使したのだった。

 遅れて、ギーシュ達もエルフを伴って、別の城門から脱した瞬間――――。

 

 

 

 赤い閃光が、街全体を覆った。

 

 

 

 光は、何もかもを消していった。

 建物を、大通りを、そして、そこに人が住んでいたという記憶と光景、それそのものを。

 アルビオンという国ができた時からあったと言われる、美しい古都は、あっけなく、地図上から消え去っていった。

 それを遠目で見ていた人々は、ある者は嘆き、ある者は泣き崩れ、ある者は悲嘆に暮れる。

 

 悪夢のような光を見ていた、この街を暮らしていた人々は……しかし、立ち止まることすら今は許されなかった。

 

 先の爆撃から逃れた怪物たち。オーク鬼などの面々が、今度は命を食らおうと迫ってきているのだから。

 満身創痍ながらも今の彼らは、逃げゆく連合軍の指示を受けて、ロサイスへと向かわねばならなかった。

 生きるために。市民も慰問隊も、なんなら連勝街道を突っ走っていた筈の連合軍兵たちも、誰もこの大陸へ留まることを望んではいなかった。

 動物のような生存本能だけが、逃げ出す彼らの頭の中に渦巻いていた。

 

 彼らにとって唯一といっていい幸いな点。それは『逃げ遅れた市民は一人もいなかった』ということだった。

 カリーヌと剣心、それと闘った兵たちの必至の敢闘が、それを成し遂げたのだった。

 

 

 さて、視点は常闇の通路を歩く志々雄達に移る。

「軍の連中、結局気付かなかったな。街の至る所に『隠し通路』を作ってたってことに」

「『ディテクト・マジック』にも引っかからぬよう、綿密に作りましたので」

 そんな会話を続けながら、志々雄と、松明を持ったフードの人影は長い時間をかけて、階段を下りていく。

 途中、ズシン!! という衝撃音が通路にも響いた。ジョゼフが『火石』を使って爆発させたのだろう。

 

「やりましたね」

「ああ、奴なりの宣戦布告だろう」

 

 この通路自体は『固定化』をかけているため、揺れはしたが落盤などは起こらなかった。

 そうやって下っていくと、やがて『風石』の鉱脈へと進んでいった。

 青い煌めきが、暗闇だった空間を明るく照らす。

 

 このサウスゴータの中心位置自体が、アルビオンという大陸を浮かす『核』たる風石が、密集しているのであった。

 

 やがて、その『核』へと続く洞窟へぶち当たると、志々雄と女性は足を止めた。

 次の瞬間、ぐらぐら、と地面が揺れた。その揺れは段々と大きくなってくる。どうやら何かが此方へと向かって来ているらしい。

 志々雄はそちらへと身体を向ける。やがて衝撃は彼の目の前で大穴を作った。

 大穴を作った主は、このアルビオンに潜む、巨大なジャイアントモールだった。ギーシュの使い魔たるウェルダンデより、遥かに大きい、二十メイルはあろうかという土竜だった。

 

「シシオ様! こちらにおりましたか!!」

 

 その土竜の上から、ひょっこりと姿を現すのはオリヴァー・クロムウェルだった。どうやら彼がこのモールを操っているらしい。

 モグラの瞳は、怪しい光を放っていた。

 

「ようオリヴァー。その様子だと、見事に『成った』みたいだな」

「ハッ! おかげで今、意識はかつてないほどに澄み渡っておりまする」

 

 モグラの上で、クロムウェルは優雅に一礼した。そして、本当の主たる志々雄を乗せようと巨躯をかがませた。

 

「聞くが、今のお前には、自分の意思があると思うか?」

 

 志々雄の問いに、クロムウェルはしばし考える。

 

「正直分かりませぬ。きちんと現状のことを思考できますし、シシオ様を迎えに行かねばという使命感が、死人ゆえの本能なのかと言われれば……そうなのかもしれませぬが……」

「が?」

「それに対し、一切の後悔などはありませぬ。死ぬ前の自分でしたら、必ず一度はネガティブな思考をしていたと思います。しかし今はそういったモノがない。正直今感じている気持ちは、そんなところです」

「いやいい。分かった。それだけ頭を回せりゃあ十分だ」

 

 志々雄はそれっきり、クロムウェルの言葉を遮った。操ってきた死人と今のクロムウェルは、雰囲気が全然違うという確信が、先の会話で得られた。

 

「これで名実ともにお前も『十本杖』の一員になった。頼りにしてるぜオリヴァー・クロムウェル」

「ハッ!! お任せくださいませ!!」

 

 志々雄は土竜の上に乗った。そこから一度、ニューカッスルの地下港hと向かう予定だ。

 今掘った穴は、ニューカッスルからの直通通路なのだ。空大陸に棲む土竜の主を狩って操れるようになったのは幸いだ。これで地下通路の拡張もよりスムーズに進むことだろう。

 

「あ、シシオ様。最後にこれを」

 

 そう言って女性は、懐から紙を取り出す。それはフーケが書いた敵配置図だった。

 それを一瞥した志々雄は、軽く手を振った。

 

「ああそれか、安心しろ。奴の処遇については既に考えてある」

「では、後は彼女を連れて来ればいいのですね?」

「ああ、頼んだぞ」

 

 それだけ告げると、「了解いたしました」と、フードの女性は頭を下げた。

「行くぞオリヴァー」その声にクロムウェルは頷くと、死体となったジャイアントモールを操り、その場を去っていった。

 女性はしばし、消えていく志々雄とクロムウェルを見守っていた。

 

 

 

 

 光が消えた後、何もかもが消し飛んだサウスゴータの郊外にて。

 そこでは大の字になって寝ていた剣心と、彼の手に握られているデルフの姿があった。

 

「―――大丈夫か、相棒」

「ああ、何とか……」

 

 剣心は顔を手で覆った。

 そしてそこでしばらくの間呼吸を整える。彼の身体はボロボロだった。思えば、ウエストウッド村からこっち、ずっと闘い続きだったのだ。そしてやっと相対したというのに、結局、志々雄を止めることはかなわなかった。

 

 体力もそうだが、志々雄を倒せなかったという事実も含めて精神力も大幅に消耗してしまっていた。本当だったらこのまま気絶してもおかしくは無かったのだが、まだ倒れるわけにはいかないと、気力を振り絞っていた。

 

「わりぃ、相棒。溜めていた魔力はさっきの移動で品切れだ。もう動けねえ」

「そうか。彼女は、無事でござろうか……?」

 

 こんな時にまであの女の心配かよ……と、自分の身体よりも敵を気遣う剣心を見て、軽く嘆息するデルフ。

(まあ、相棒らしいかな……)と、思いながらもその問いに答える。

「さあな。まあ、消し飛んだとまでは思ってねぇが……。俺も必死だったもんで、そもそも何処まで移動したかすらわかんねえ」

「そうか……」

 

 ここで剣心は上半身を起こした。いつまでもここで寝ているわけにはいかない。

 周囲を見る。草木生い茂る森の中だ。何処にいるのかさっぱり分からないが、とにかく今は、歩くしかない。

 アルビオンから無事に帰れるかどうか、不安は付き纏うが、そういった感情から振り切るように、剣心は歩き出した。

 

「デルフ」

「何だ……?」

 

 途中、剣心はおもむろに口を開いた。

 デルフもそれに応える。

 

「済まなかった。そして……」

 

 最初は謝罪の言葉だった。今まで使ってやれなかったこと、彼の真価を引き出せなかったこと、それらをひっくるめて。

 そして次は……、

 

「ありがとう」

 

 共に志々雄と闘ってくれたことに対する、混じりっ気のない感謝の言葉であった。

 

「……いいって事よ。俺も、折角の勝負にケチ付けて悪かったな」

 

 デルフはこそばゆそうに返した。

 

「とにかくさ、帰ろうぜ。娘っ子の所によ」

「そうでござるな」

 

 そう言って歩き出す。やがて、森を出ると、一頭の白馬が目に移った。

 

「あれは……?」

 剣心はそちらに注目する。あれは自分が乗ってきた馬だ。何でこんなところに…?

 そしてよく見ると、上に誰か乗っているのが確認できる。

「ケンシン! あぁケンシンだ!!」

 馬から聞き覚えのある声を聞いて、剣心は目を見開かせた。

「お主、ギーシュか!?」

「ああよかった! ここで君に会えたのは本当についてたよ!」

 ギーシュは剣心の姿を見るなり、満面の笑みでそう言った。

 

 

 

「お主、何故ここにいるのでござるか? ジュリオ殿たちと一緒に街を去ったのでは?」

「ああ、実はね……」

 

 と、二人は乗馬しながら、ギーシュの話を聞いていた。

 ダータルネスで別れた後、エルフの追撃にあった事、そこにシェフィールドも乱入し、危うく死にかけつつもそのエルフと仲が良くなった事、そして……彼を助けに街へとどまったという事を。

 

「そうでござるか、お主なりの行動という事でござるか……」

「君の身の上話を聞いて、居ても立ってもいられなくなってね。……怒らないのかい?」

「それで結果、カリーヌ殿やそのエルフの二人を助けられたのでござろう? なら、お主の行動は多分、正しかったと拙者は思うでござるよ」

 

 剣心の言葉に、ギーシュは嬉しそうに頭をかいた。だが同時に不安もよぎる。結局…軍はこれからどうするのだろうか?

 

「ぼくたち、これからどうなるのかな?」

「城壁から見た感じ、ロサイスに皆撤退しているのは確かでござる。拙者らも一度、そこへ向かうでござるよ」

 

 その言葉にギーシュも頷いた。そしてここで、ティファニアが宗次郎を召喚したことについて、まだ話してなかったのを思い出す。

 

「あぁそうそう、そう言えば―――」

 

 そこまで話そうとした時だ。

 ぬらり……といった不気味な感触が一瞬、二人の体にかけめぐる。

 すると先ほどまでの視界は草原だったのに、急に眼の前に焚火が出てきたのだ。

 エルフが張った結界の領域に、足を踏み入れたのだった。

 

「―――おかえりなさい」

 

 そう言ったのはカリーヌだった。彼女もまた、今は帽子やマントといった装飾を取っ払い、大岩を背にもたれかかっている。

「カリーヌ殿、大丈夫でござるか?」

 剣心は馬を降りて、彼女に尋ねる。次いで袖や懐を探って、最後となった傷薬を取り出した。

「大事ありません、それはまだとっておいた方が良いかと」

 差し出された薬瓶を、手で制してきた。剣心は一旦、薬を引っ込める。

「少し休めば、大丈夫ですよ……」

「すまなかったでござる。もう少し拙者が速く来ていれば……」

「謝ることはありません。こうして命は拾えましたから」

 彼のおかげで、と、彼女はギーシュの方を見た。ギーシュは再び、顔を赤らめた。かの『烈風』に褒められるなんて、この先一生あるかないかだろう。

 

「それより、あ奴……あの『悪鬼』は、斃せましたか……?」

 

 カリーヌが悲痛な顔でそう問いかける。武人の雰囲気を今まで崩さなかった彼女が、初めて怯えた少女のような面持ちをしてきた。

 それを聞いて、剣心もまた、心底申し訳なさそうに首を、横に振った。

 

「そうですか……」

 

 それを聞いて、カリーヌは背にした大岩に、頭まで身を預けた。そして何か言おうとした剣心に先んじて、口を開く。

 

「何も言わなくて結構です。こうしてあなたもわたしも、ルイズもエレオノールも生きている。それだけでも良しとしましょう」

 

 娘たちの行き先については、既にギーシュから聞いているのだろう。不安は残すが、安どの色も混じった声で、カリーヌは言った。

「エルフの二人……アリィー殿とルクシャナ殿は?」

 次に剣心は、エルフの二人の安否について尋ねた。カリーヌは無言で、静かに指を指す。

 そこにはすやすやと眠る、二人のエルフの姿があった。

 

「心底疲れたのでしょうね。わたしたちのことなど構わず、あの様子です」

 

 どうやらエルフの二人は、この周囲に小さな結界を張った後、そのまま眠ってしまったようだった。

 それほどまでに疲れていたのだろう。剣心も何も言わなかった。

 

「しばし休みましょう。休息も大事です……」

 

 そう言って、カリーヌも寝息を立て始めた。ここにいる全員、大きく消耗している。闘ったこともそうだが、敗戦したというのがなによりも来ているようだった。

 

「ギーシュ、拙者らも休もう」

「そうだね……」

 

 剣心も同じく、と逆刃刀を外して立てかけ、岩にもたれかかる。

 ギーシュもここで、大の字になって寝転んだ。そしてすぐさま寝息を立て始める。

 それを傍目で見て苦笑しながら、剣心も目を瞑る。

 眠りの世界に入る前、最後に過るのはルイズの泣き顔だった。

 彼女は今、どうしているのだろうか……それだけが今は不安だった。

 

(済まぬでござるな……。ルイズ殿)

 

 必ず帰るから、そう呟いて、剣心も眠りについた。

 

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