ガコン、ガコン、ガコン―――――。
鉄の巨人、『ヨルムンガンド』はアルビオン軍を掻き分け、先を進む。
乱暴に、乱雑に、優先順位は自分だろうと言わんばかりに―――。
ハヴィランドからようやく出撃の命を受けたホーキンスは、その巨人の行く先に兵を置かないよう、気を付けて行軍をしていた。
全くもって、恐ろしいという感想しか出てこなかった。
クロムウェルから四万の軍を動かすよう通達を受けた後は、既に連合軍は這う這うの体でこの大陸からの脱出を図っていた。
後は逃げゆく敵たちに追い打ちをかけるだけの、非常に楽な仕事。おまけにガリア軍も結果的に味方となった。ホワイトホールで、かの元司教が語った事全てが実現したのだ。これが「恐ろしくなくて」何なのだろう。
そしてもっと驚いたのは、消滅したサウスゴータ……その跡地。
軍がここ古都に着いた時は本当に、何もかもが消えていた。
無事な建物は一つもなく、油で汚れた水路は未だ火が立っており。五芒星の大通りですら瓦礫や残骸に埋もれて掻き消えている。
何より怖いのは、「何がどうなってこうなったのか?」結局それが分からないという事。
相手の軍だって、強力な幻をみせる未知なる技術を持っている筈なのに、それがこの結果。
正直、この総司令官は怖かったのだ。今まで自分が行ってきた戦の、常識常道が通用しないこの戦に。
自分たちは一体、これからどこへ向かうのだろう? それが分からないからこそ、怖いという感情が出るのかもしれない。
ただ、クロムウェル皇帝……彼にずっと従っていていいのだろうか? そんな疑念だけはずっと、付き纏っていた。
このまま本当に、聖地まで攻め込むつもりなのだろうか? と……。
「ぎゃああ!」
「や、やめ―――」
ホーキンスはそこで視線を落とす。見れば、邪魔だと言わんばかりに鉄の巨人は、近くにいる兵を吹き飛ばしていく。
まるで癇癪を隠しきれないかのように。肩に乗る操り手が、そうさせているのだろう。
文句を言いたいのだが、肩の乗り手はすさまじい怒気のオーラを放っている。口答えした瞬間、その苛立ちが此方へ向かうとも限らない。
だから、あまりそうならないよう、巨人に道を譲るように行軍しているのである。
そんな時、斥候が飛ばした使い魔のフクロウから、報告及び、クロムウェル皇帝からの伝令が来る。
サウスゴータからさらに進んだ先で、ガリア軍三万と合流できるだろうと。
そして我らはこのまま、逃げる連合軍を、市民諸共焼き払えと。
この行軍速度なら、夜になる頃には、逃げる連合軍、その列の最後尾に当たるだろうという事だった。
それを聞いたホーキンスは思う。敵軍の主力など、とっくに逃げ出した後だろうに……。
この最後尾の列にいるのは、逃げ遅れた……元は自国の市民や応援に来た慰問隊の面々だろうに。
彼らを焼き払え? 見せしめとしても効果は薄いだろうに。何を考えているのか?
(だが、やらなければならないのだろうな……)
本当にどうしてこうなったのか。ホーキンスは呻きながら、天を仰ぎ、一瞬だけ始祖を、心の底で恨んだ。
ハルケギニアの太陽が、真横に沈みかける。
そんな中、アルビオンの平原を進む、集団があった。
「このまま真っすぐで、本当に大丈夫なのかな?」
その一団の一人、ギーシュは白馬に乗りながら、そう言ってきた。
馬は今、後ろで台車を引いていた。その中には未だ疲れているのだろう、アリィー、ルクシャナ、そしてカリーヌが横になっていた。
この三人は、昨日の闘いで想像以上に精神力を消耗していたようだった。台車は昨夜作ったギーシュのお手製だった。
「合っているでござるよ。人が踏み鳴らした跡が、あっちに見える」
ゆっくりと馬を走らせている先で、剣心がそう言ってきた。彼の視界の先は、大勢の人が歩いたであろう足跡の列ができている。
「ねえケンシン、きみは休んでなくていいのかい?」
そんな中、おもむろにギーシュは尋ねる。
何せ最強を謳われた『烈風』ですら、満身創痍の様相なのである。剣心は昨日、彼女以上に色々動いていたのを、ギーシュは知っている。
なのに、平然と彼は動いている。「同じ人間とは思えない」と言っていたマチルダの気持ちが、大きく理解できた。
「問題ないでござるよ。ギーシュこそ、昨日は―――」
「大丈夫なわけねえだろ。無理しねえで相棒も、台車で寝てたらどうだ?」
朗らかにそう言ってくる剣心の声を、剣のデルフリンガーが遮ってきた。
「いつまたあんな戦闘になるか分かんねぇんだからよ」
だが、デルフは分かっていた。剣心は今、相当に疲労しているのを。
志々雄戦にて、『ガンダールヴ』の力をかなり使っていたのである。疲労が抜けている筈がない。
それを聞いたギーシュは、思わず大声を上げた。
「ええ! そ、それなら尚のこと、ケンシンも寝ていた方が良いんじゃないかい?」
「……そういうわけにもいかないでござるよ」
剣心は屈んで足跡を調べた。まだ新しい。
視線を向けると……暗くなっていくので見辛くなっているが、人影が薄っすらと視認できた。
そして背後では、軍靴の音が薄っすらと、だが段々と大きくなる音が聞こえてくる。
剣心は確信した。このままでは、いずれ最後尾の列と、敵軍が衝突するだろうという事に。
敵の数は相当なものだ。軽く数万以上はいることだろう。
いずれにせよ、重傷者もいる中で、自分達が発見されるわけにはいかない。
「ギーシュ、一旦道を逸れるでござるよ」
「え、何でだい? もうすぐ逃げた人たちと追いつくんだろう?」
「敵軍が迫ってきている。ここにいたら見つかるでござるよ」
それを聞いたギーシュは、ひぃ! と声を上げた。剣心は馬の手綱を引っ張り、林の道へと入っていった。
幸い、この林の道は、ロサイスへの道と繋がっているようだった。ここなら空を飛ぶ敵使い魔の哨戒を避けられる。
このまま進んでいけば、いずれは港に着く。しかし……、
「うわあ、あの数は危ないよケンシン……」
茂みの影に隠れながら、ギーシュは思わずつぶやいた。
彼の視界の先には、数万もの松明が動く光景が映っていた。
その光が映すのは、アルビオンとガリアの鎧に身を包んだ傭兵。その後ろにオーク鬼やトロール鬼の群れ、上空には竜や幻獣を駆る騎士たち。
宙船こそないものの、空も地上も黒い影が、蟻の列の如くひっきりなしに蠢いているのであった。
そしてその一団の先頭を行くのは、鉄の巨人『ヨルムンガンド』。
「やっこさん、生きていたみたいだな。相棒」
「そうでござるな」
同じく茂みから様子を見ていた剣心とデルフは、淡々と会話する。
「で、どうすんだ? この行軍速度だと、いずれは逃げている連中の最後尾にかち合うぞ」
「………」
剣心はしばし考えた。
やがて、ドズン!! という轟音が、敵軍から響き渡った。
「な、何だなんだ!?」
ギーシュは思わず身をすくめた。
「相棒! 今の音は……!」
「砲撃か!?」
やがて、着弾と共に轟音が響く。一瞬、逃げる列の方がピカっと光った。
どうやら列から大幅にずれたところに着弾したようだ。被害はないだろうが……逃げる人々に心理的な恐怖は、相当なものだろう。
小さな悲鳴が、僅かだがこちらにも聞こえてくるようだった。
「大砲? だが、距離が長くねぇか?」
思わず、デルフは疑問符を付けた。
ハルケギニアで流通している大砲とは、比べ物にならない射程距離だ。外れたとはいえ、あんな数千メイル先を狙える砲なんて……、デルフの中では初めてだった。
(あの風切り音…間違いない)
だが、剣心は覚えがあった。今あの鉄騎士が右腕に装着しているあの兵器。
あれはかつて、自分の国で使われた兵器だ。
幕末三大兵器の一つ、『アームストロング
「聞こえているか抜刀斎!! 貴様が来ない限り、逃げる奴らに悲鳴を届けさせてやる!!」
どす黒い殺意を湛えさせたシェフィールドが、ヨルムンガンド越しにそう叫んだ。
今のシェフィールドは、怒りを心内に湛えたままに行動していた。
志々雄への劣等感、愛する主人に構ってもらえない不満、任務すらまともに果たせない自身へのふがいなさ……。
そして何より、昨夜の剣心の言葉が……彼女の心情を大きく抉っていたのだった。
「ありえない、そんなことない。ジョゼフさまへのこの想いが、ルーンに依って作られたものだなんて……」
シェフィールドは気付いていなかったが、そんな心の声を実際に声に出して呟いていたのだった。
ただ、そんな彼女の思いとは裏腹に、額のルーンは赤く発光しているのだった。
自分の光を確認できないからこそ、洗脳されている自覚が今一つない彼女は、このやるせない怒りを、剣心にぶつけることに躍起となっていた。
「『ヨルムンガンド』! 次弾装填!!」
シェフィールドが叫ぶとともに、もう一発の弾丸を装填し始める。
ルイズの爆発によって葬られた個体が使っていた大砲とは違う、エルフの技術に迫ろうかという強力な大砲だ。
後込め式で砲身内にライフリングが刻まれている。これによって飛距離性能を大幅に上げているようだ。
剣心達の世界の出ではない、彼女には知らなかったが……このアームストロング砲は、かの『上海闇社会にて蔓延った武器組織』にて改造された武装だった。
かつて、生身の人間が右腕にできるよう、軽量化を計ったこの大砲は、当然ながらこのヨルムンガンドの右腕にも装着できた。
弾数はそんなにないし、まだこの距離だと正確に人の列を狙えなかったが……これだけでも狙われている相手側の心理的恐怖は相当なものだろう。それを狙っていた。
全ては剣心をおびき寄せるために。
これも全て、ジョゼフのため……と、言うよりかは、自分のためだった。
自分をここまでコケにしたあの男だけは絶対に倒す。昏い覚悟が、シェフィールドの心にどす黒い炎を燃やし続けていた。
自分を生かしてしまったことを、存分に後悔させてやろうと。
「さあもう一発だ! 発射ァ!!」
再び、構える。持ち上げた右腕から光と爆音が放たれる。
独特の風切り音が、空を圧する。次の瞬間、破裂と爆発音、そして人々の悲鳴が響き渡った。
「ちぃ、また外れたか。まあいい。この距離なら、後は……―――」
そう言うや否や、ヨルムンガンドは行軍より先に駆け出し始める。小高い丘に立つ。
「さあ出てきな。でなけりゃあ……次に死ぬのはあいつらだ」
「ひぃ……またあの巨人か! 一体何体いるんだい……?」
茂みで見ていたギーシュは、思わず震えた。どうやらあの個体は、強力な兵器を装着しているようだった。
同じく、隣で見ていた剣心は、一瞬だけ背後にいる、未だ眠っているエルフの二人とカリーヌに視線を落とすと……やがて意を決したように立ち上がった。
「……やっぱり行くのか? 相棒」
「えっ!? 行くって……まさか……っ!?」
ギーシュは驚きで目を見張った。一方の剣心は、デルフを構え直し、ギーシュに言った。
「彼女の目的は拙者一人。それに彼女を生かしたせいで今、逃げている人々を巻き込む事にもなっている。この決着は付けねばならぬ」
決意した声だった。こうなったらもう、誰も彼を止めることはできない。
だが、それでもギーシュは声を張った。
「分かっているのかい!? 敵は彼女一人だけじゃない! あの巨人の後ろには……あんな軍隊が……っ!!」
そう、敵はヨルムンガンドだけではなかった。その背後に控えるのは、ガリアとアルビオン、二つの大国が用意した計七万の軍隊。
対するこっちは満身創痍。剣心だって、デルフが気を使うほどに消耗しているのだ。少しは休めたが、まだ完全に疲労は抜けきってはいない筈。
勿論、ギーシュもあんな大群に挑めるわけがない。万全だって無理だろう。
「分かっている。だが、行かねばいずれ、逃げている人々はあの軍隊に捕まってしまうでござろう」
今逃げている最後尾の列。それは病か怪我で歩くのが遅い市民や兵たちであることだろう。それを蹂躙されるなんて真似、当然見過ごすことはできない。
緋村剣心とは、そういう人間なのである。
「今を苦しんでいる人々に、更なる悲劇を味わわせるわけには、決していかぬ」
「……でも! でも!」
ギーシュの声は震えていた。恐怖もある。だがそれ以上に、剣心を止めることができないという事、「自分も一緒に行く」という言葉を出せない自分へのふがいなさもあった。
「どうしてだい!? きみは平民で、トリステインの人間じゃないのに、どうしてそこまで、誰よりも気を張るんだい……!?」
気づけば、ギーシュは涙をこぼしていた。名誉に預かる気もないくせに、貴族の自分よりも、誰よりも体を張っている。
そんな剣心が、眩しいようで、悲しいような気持ちにさせられた。
「その十字傷が、そうさせているのかい? 自分の手で奥さんを殺してしまった、その後悔がきみを―――」
「それもある。だが、それだけではないでござる」
十字傷をなぞりながらも、その瞳は確かな光をきらめかせて、剣心は言った。
「目の前の人々が苦しんでいる、多くの人が悲しんでいる。それを放っておくことなど、拙者にはできぬ。『剣』と『心』を賭して、この闘いの人生を完遂させる。故に、ここが拙者にとっても正念場なのでござるよ」
ギーシュは思わず目を伏せた。アニエスとの練習試合でそんなことを言っていたのを聞いてはいたが、いざこうやってまた言われると、それがいかに重たい言葉であるのかが、嫌でも察せられたのだった。
「何、拙者とて無謀な突貫で、命を散らす気は毛頭ござらぬ。作戦があるでござるよ」
「……作戦?」
涙を拭いたギーシュは、そこで剣心の言う、作戦に耳を傾ける。
と言ってもそんな複雑なものではない。単純明快。
『ヨルムンガンドと、七万の軍を預かる総指揮官を探して打ち倒し、指揮系統を混乱させたのち、デルフの瞬間移動能力を使って素早く戦場から離脱する』というものだった。
「いかな拙者とて、七万を相手にはできぬ。けど、皆が逃げる時間稼ぎぐらいは、やれると思っているでござるよ」
「まあ打倒っちゃ妥当な作戦だけどよ……。昨日言った通り、魔力はもうすっからかんだ。幾何かの魔法を俺で吸収してくれねぇと動けねぇぞ?」
「大丈夫。心得ているでござるよ」
剣心はデルフを担ぎ直して、茂みの外に出ようとする。その途中、
「それで、本当に、帰ってこられるのかい?」
不安げな声だった。剣心はそんなギーシュに対し、少し微笑んだのち、腰の逆刃刀をギーシュに預けた。
「そうまで言うなら、この逆刃刀、お主が預かっていて欲しいでござる」
「……え?」
「デルフで魔力を吸収しながら兵をかく乱させ、また戻ってくる。本当に、それしかしてこないでござるよ」
ギーシュを安心させるように、自身の愛刀を渡したのだろう。しどろもどろながらも、ギーシュはそれを受け取った。
確かに、作戦上ではデルフを使うのだから、逆刃刀はいらないのであろうが……。
「では、行ってくるでござるよ」
それだけ告げると、剣心は颯爽と飛んでいった。
猫の様な機敏な動きで、兵隊の列より先んじて動いていたヨルムンガンドは、遂にその射程内を逃げる長蛇の列に納めた。
ここなら当てられる。『ヨルムンガンド』は右腕の大砲に、再び弾丸を込めた。
そして、ゆっくりと砲身を構える。着弾点の先に、逃げ惑い恐怖の顔を浮かべる人たちを見据える。
(今度こそ、あいつらもおしまいだね。恨むならわたしを生かした抜刀斎を恨みな!!)
ニヤリと獰猛な笑みを浮かべながら、シェフィールドは遂にヨルムンガンドに命じた。
「さあ、発射ァ!!」
次いで、砲撃音が轟く。
今度こそその弾丸が、逃げる人々に襲い掛からんとした矢先―――。
弾丸は、空中で爆発した。
遅れてたった一つの人影が、ヨルムンガンドに、壁となった兵に、竜に、怪物の前に、姿を現した。
「ようやく来たねぇ。『ガンダールヴ』。今度こそお前もおしまいさ」
その姿を視認したシェフィールドは怒気と笑みを混ぜた声でそう言った。
彼女の視線の先には、弾丸を上空で切り裂いた『ガンダールヴ』こと、緋村剣心が立っていた。
シェフィールドは手を翳す。その瞬間、構えていた七万の兵たちが、こぞって襲い掛かってきた。
「来るぞ相棒!!」
デルフの声に、剣心は動いた。刹那、『ガンダールヴ』の光は眩いばかりに光り始めた。
刹那、上空から覆わんばかりに矢の雨が飛んでくる。正面からは弾込めした銃兵の姿がある。それを紙一重で全て回避し、まずは兵の壁へと向かっていった。
「なっなんだあ!!?」
「ぐわあああ!!」
兵たちは悲鳴と共に吹っ飛んでいく。デルフの峰で気絶させ、敵を吹き飛ばしていったのだ。
(分かっちゃあいたけど、敵さんも全部『不殺』で済ませるつもりか)
何処までも自分の信念をつらぬこうとする剣心の姿を見て、半分呆れ、半分感嘆の想いを込めたため息をつく。
(いいぜ。その信念、最後まで付き合ってやるよ。相棒!)
デルフもまた、覚悟を決める。どうしてそこまで『不殺』を貫くのか、その十字傷の意味とか、聞く気はなかった。
そういう暗いことは、黙って察するのが本当の相棒というものだ。
剣心はデルフリンガーを一閃振り抜く。それだけで数十人は木の葉のように舞い上がった。
『ガンダールヴ』の力を最大に発揮した剣心だ。それに『飛天御剣流』の力も加えている。生半可な数で攻めたところで、今の彼には攻撃などかすりもしないだろう。
だが、消耗はそれ相応に高いはずなのだ。今の彼は、自分の命すら削っている猛攻を仕掛けている筈。
デルフもそれは分かっているので、なるべく魔法で応戦しようとしているメイジの元へ向かうよう、自分も声で助言する。
「相棒、西方向! 魔力の流れがデカい!! 火か風が来るぜ!!」
それを聞いた剣心は駆けた。次の瞬間、三十メイルはあろうかという火球が飛んでくる。
「飛天御剣流 -龍翔閃-!」
跳躍と共に縦一閃に、火球を切り裂く。
「-龍巻閃-!!」
次いで、横一閃。十字に斬られた火球は、爆発すら起こさずにすぐにデルフに取り込まれる。
「良し! だがまだ足りねぇ。もっと魔力を―――」
その時だ。「あぶねぇ!」とデルフは叫ぶ。今度は四方八方から竜騎兵の群れが、此方にやってくる。
竜は口からブレスを、騎手は杖で魔法を唱る。あと少しで攻撃が行われようとする瞬間だった。
剣心はゆっくりと、身動きできぬ空中で瞑目した。
刹那思い起こすのは、走馬灯……ではなく、ルイズと共に受けたとある授業。
『このように、竜は耳目が非常によく、また非常に頭が良い生き物として知られております。風竜はアルビオン、火竜はガリアの火山山脈が最も多く栄えており―――』
今思い起こす内容ではないように思うが。『耳目が良い』。その一点の情報が凄く大事だった。
「おい、どうするんだ相棒!?」
デルフの叫びに構わず、剣心は大剣の柄を逆手に取り、背にかけてある鞘を空いた手でつかむ。
そして―――。
「飛天御剣流 -龍鳴閃-!!」
思い切り、デルフリンガーを鞘に納めた。
瞬時に起こった事。それは龍の嘶きの如き超音の鍔鳴りと、それを聞いた竜が大きくよろめいていく光景。
「な!? おい何やって―――」
呪文を唱えていた騎士たちも、制御が利かなくなった竜の操作に気を取られ、攻撃する機会を逃してしまう。
「ぎゅうわっ……ぁ!」
「ぎゅああああ!!」
一方の竜たちは、完全に空中の制御動作を失ってしまっているようだった。
「すげぇ音、こりゃあ竜たちは効くだろうな……」
デルフが呻くように、呟いた。どうやらこの納刀で発生した音波には、至近距離で聞いた者の聴覚神経をマヒさせる効力があるようだ。
だが、聴力に優れるドラゴンたちなら、遠距離でも効果てきめんなのだろう。一頭、また一頭と竜たちは地面に落ちていった。
(なんなら俺にも利いてるぞ。マジで頭がガンガンしやがる……)
剣である故に、一番至近距離で音波を食らっているのである。この感想も致し方ないことだろう。
が、だからといって「もうしないでくれ」等とは、流石に言わないようにしたデルフであった。
だが、これで上空は大分澄み渡っている。これで残りの竜騎士たちも、安易な突撃はしてこないことだろう。
しかし、当然ながらこれしきで、相手の攻撃の手が緩むわけもなく。
「――――っと、相棒!! あの女、撃つつもりだぞ!!」
デルフは叫んだ。剣心が見れば、ヨルムンガンドの大砲が、此方に向いている。
どうやら砲弾の装填が終わったらしい。どうやら味方諸共打ち込もうとしているようだ。
それを確認した剣心の左手は、いっそう光り輝いた。
「さあ、今度こそ喰らえ!!」
シェフィールドはそう叫ぶ。そして今度こそ打とうとした瞬間。
アームストロング砲の砲身が、真っ二つに切り裂かれた。一筋の光となった剣心が、一瞬にして斬り捨てたのだ。
「なっ―――!?!」
驚く間もなく、砲身に詰めた砲弾が爆発。ヨルムンガンドは大きくよろめいた。
「――あぐっ!」
シェフィールドは吹っ飛ばされてしまい、しりもちをつく。幸い、ヨルムンガンド自体の損傷は軽微だ。
だが……換装した大砲に『反射』を仕込んでなかったことがここに来て仇となった。
「この、このおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
シェフィールドは何度も握り拳を地面に叩きつけた。
怒り、焦燥、焦り、それらを地面に叩きつけるものの、それで何が変わるわけもなく。
一方の剣心は、再び他の兵を相手しているようだった。
まずい、このままでは……潰走とまではいかないが、統率が乱れてしまう。
(だがまだだ、まだ秘策が、こっちにはある!!)
シェフィールドは素早く身を翻し、騎士人形の肩に乗りこんだ。
「ケ、ケンシン……!」
木陰で隠れていたギーシュは、七万の前衛が壊滅していくところを、その目でしっかと見た。
彼が色んな意味で異次元の強さを持ち合わせているとは思っていたけれど、まさかここまでとは……。
けど、今はどちらかというと、不安の方が勝っていた。
いくら人外のような強さを誇る剣心であっても、只の人間である以上、限界はある筈。
それに……まだ彼の前方には、埋め尽くさんばかりの人の影が覆っている。
ギーシュは思わず、逆刃刀を握り締めた。冷や汗が、鞘に向かって落ちて行く。
その時だ。
「おい、ここはどこだ……?」
そう言って、ギーシュの肩に手を置く影があった。
「あ、アリィー! 起きたのかい?」
ギーシュはアリィーを見上げた。見れば、彼の左耳はネズミに齧られたかのように歪な形でかけていた。
そのせいか、未だにフラフラしているようだ。息も絶え絶え。表情は苦痛で歪んでいる。
「い、いいのかい? 寝てなくて…?」
「……蛮人の地だぞ。寝ていたら何されるのか、分からぬだろう」
「はは、それもそうだね」
一瞬、沈黙が起こる。それに耐えきれなかったのか、アリィーは尋ねた。
「……何故、助けた?」
「え?」
「あの燃え往く街で、ぼく達を助けた理由はなんだ?」
「ああ……」
サウスゴータにて、メンヌヴィルから自分とルクシャナを助けたことを聞いているのだろう。
それについて、ギーシュは特に、それらしい答えを返すことはできなかった。
ただ―――。
「困っている誰かを助けるのに、理由なんていらない。ケンシンを見て、そう思っただけさ」
「―――敵でもか?」
アリィーの問いに、ギーシュは振り向いてこう返した。
「はっきり言うよ。ぼくはもう、きみたちを敵として見ていない。敵だったら、こんなことを聞いたりしないだろう?」
その答えに、アリィーも「そうか……」と、疲れたように返した。そしてそのまま、茂みから戦の様子を見守っていた。
「あいつがやっているのか?」
「うん」
どうやらアリィーも察したようだ。今剣心は、たった一人で戦っていると。
そして、ギーシュが持っている逆刃刀に、視線を落とす。
「何故それをお前が持っている?」
「彼……が、必ずここへ帰ってくるっていう、証みたいなものだって」
「それを、見せてもらってもいいか?」
アリィーの問いに、ギーシュは一瞬考えたが、今更持ち出すこともしないだろうと、彼に渡す。
アリィーは逆刃刀の鞘を引き抜き、刀身を月光に移す。峰と刃が逆になった、奇妙ななりの剣だ。
だが、この剣に宿っている精霊で分かる。この剣は……シシオと無限刃と同じように、剣心と深い所で根付いていると。
仮に自分がこの剣を『意思剣』にして剣心に襲わせようとしても、絶対拒否することだろう。
(ルクシャナは、この剣をカスバの地下室で見かけたと言っていたが……)
後で聞いてみるか。そう思いながら、鞘に戻して再びギーシュに返した。
「んんっ……あれ……?」
「ここは、どこです……?」
そんな声が、台車の方から聞こえてくる。どうやらルクシャナとカリーヌも目を覚ましたようだ。
「あ、アリィー! あなた大丈夫なの!?」
「大丈夫じゃないが、まあ……」
そう言うや否や、ルクシャナはアリィーの元へとひっついた。そして小さく、嗚咽を零す。
「怖かった、怖かったよお……」
「ルクシャナ……」
「本当に、あの炎も、あの町も、何もかもが。アリィー……あなたが本気で死んじゃうんじゃないかって、怖かったんだから……」
ルクシャナの双眸からは、涙がこぼれていく。普段絶対見せない彼女のしおらしい姿に、アリィーも思わず彼女を抱きしめた。
「ぼくもだ。きみを失うのかと思うと……怖かった」
「アリィー……」
そうしてしばし、二人のエルフはひしと抱き合った。
それを見ていたギーシュは、少し微笑んでいた。
エルフも人も、誰かを愛する気持ち自体は変わらないという事が、これでよく分かったからだ。
それと同時に、自分もまた、早くモンモランシーに会いたいという、そんな気持ちが強くなっていた。
。
「戦況は……どうなっていますか?」
「あ、烈風殿」
いつの間にか、ギーシュの隣にはカリーヌが来ていた。取り敢えずギーシュは今起こっている事を簡潔に説明した。
「そうですか、彼が……」
カリーヌもしばし、茂みから様子を見ていた。
「ケンシンは言ってました。必ず帰ってくるって。だから信じて待っているんです」
「その割には、不安の色が濃い顔をしていますね」
その言葉に、ギーシュはギクッとした。だが、その通りなのだ。
何故、こんなにも言いようのない不安に襲われているのだろうか。
そう思うぐらいに……。
「ケンシン……」
思わず、ギーシュは呟く。一瞬、ルイズのことを思い出した。
彼はここで絶対死なせてはいけない。アニエスが言ったように、彼女を元に戻せるのは、剣心だけなのだ。
ギーシュは思わず、逆刃刀を握り締める。そんな彼らの目のまえで、一際大きい爆発が起こった。