「は……はっ、はっ……っ!」
剣を振る。敵が飛ぶ。
これをもう、何十回繰り返した事だろうか。
敵の司令部を発見しようと何とかあがくも、『肉の壁』があまりに分厚すぎる。七万という数は、決して伊達ではない。
無理して動きすぎると、魔法や銃の被弾で『敵』が死にかねない。全てを俯瞰する余裕はないが、なるべく殺しではなく気絶で済ませていたい剣心は、そこにまで気を払って闘っていた。
だがもう、それにも限界は来ていた。
昨夜からこっち、ずっと闘い続けだった。
ヨルムンガンドとの初戦、ワルドとの闘い、サウスゴータで怪物退治、そして……因縁の相手たる志々雄真実との決戦。
そこで必要以上に『ガンダールヴ』の力を使ってしまった。このルーンの力は、使う時は身体が軽くなる程素早く動けるが、使い切ると一気に消耗が襲ってくる。
それにプラス、『天翔龍閃』の大技である。本来なら、暫く休息が必要なほどの疲労が、体内に蓄積されている。
「止まるなよ相棒!! ハチの巣にされるぞ!!」
デルフもまた、ひっきりなしに叫んでいる。魔法の攻撃を吸収し、移動用の力を溜めているのだが……まだまだ量が足りないのだ。
メイジの数よりも兵隊の数が多いため、自然、魔法よりも矢弾の方が多く飛んでくる。それらをかわし、時にはいなしていくが……当然ながらそれで、魔力が溜まる筈もない。
これでは、戦場からの脱出も厳しい。デルフの声も、焦りが出始めていた。
(くっそ……! マジで今の相棒、いつぶっ倒れてもおかしくねぇってのに……っ!)
いつ糸が消えて、倒れてもおかしくない。周囲から超人扱いされるが、彼もまた人間なのだ。
しかし、剣心の動きは未だ衰えない。
彼もまた、分かっているのだろう。一度止まってしまったらもう、動けなくなってしまう事を。
故に、「最後まで動き続けるしかない」のだ。止まったら死ぬ鮪のように。緊張の切れが、ルーンの切れ目となっているのだろう。
だから、動き続けるしかなかった。
さて、剣心が七万の軍勢と闘っている、その裏で。
ロサイスに向かって、必死になって逃げ惑う人々の列。それとは逆方向に進む、人影があった。
影は、衝撃音を鳴らしながら一歩、また一歩と進んでいく。
やがて、列から遠く離れた小高い丘にまで「影」はやってきた。一際大きい衝撃音を響かせて。
「ふぅ。ここで、少し休みましょうか」
爆音と共に立っていたのは、瀬田宗次郎だった。彼は背負っているティファニアに向かって、そう言ったのだった。
「……ぅ~、ソウ? もう、終わった……の……?」
一方のティファニアは、顔を真っ青にしてそう聞いてきた。『縮地』によってかかる圧に、まだ慣れてないのである。
なお、宗次郎は笑顔でこう返した。
「いいえ。まだまだありますけど、ちょっと草鞋も変えたいし」
ティファニアを一旦下ろした宗次郎は、自分の履いている草鞋を確認した。
衝撃が迸る程の強靭な足運びである。靴をすぐダメにしてしまうのが、この体技の数少ない欠点でもあった。
「あっ、ホントだ。壊れちゃってる……」
ティファニアもまた、宗次郎の靴を見て感嘆の声を漏らした。草鞋という、初めて見る構造の靴に、興味の視線を移していた。
「替え、あるの?」
「まあ、あと一足ほどですが」
そう言いながら、振分荷物から新しい草鞋を取り出す宗次郎。何かあった時用にと、予備のを事前に用意していたのが幸いした。
「でもこれも、いつか使ってたら壊れるだろうなぁ」
またまだ伸びる人の列を見ながら、宗次郎は言った。
壊れたらどうしようかと一瞬考えるが、まあ、その時考えればいいか。
と、楽観的な感じで靴ひもを結わえ始める。
「ごめんねソウ。わたしもマチルダ姉さんのように『固定化』を使えればいいんだけど……」
ティファニアはここで、申し訳なさそうに言ってきた。この時の宗次郎はまだ、魔法の知識について皆無に等しい。
故にあっけらかんとした感じで、「固定化、って何です?」と尋ねた。
「わたしもよく分からないんだけど、土系統の魔法に、そういうのがあるって聞いたことがあるの。なんでもずっと劣化しないようにする魔法なんだって」
「へぇー。そんなのがあるんですね」
宗次郎は興味津々といった風情で、ティファニアの話を聞いた。思えば、魔法についての話は森で彷徨っている時にはしなかった。
「テファも、魔法を使えるんですか?」
無邪気な笑顔を乗せて、宗次郎は尋ねた。テファも「まあ、少しは」と、懐から杖を取り出す。
幼いころから使っている、小ぶりの杖だ。それ見た宗次郎も、不思議そうな顔を浮かべた。
「綺麗ですね」
「ありがとう。でもわたしが使えるのって、『忘却』って魔法だけなの。相手から記憶を取り上げることができるんだけど……」
ここでティファニアもまた、不思議そうな顔を浮かべて話をつづけた。
「でもマチルダ姉さんからはね、四大系統のどれもに当てはまらない魔法だから不思議だって、よく言ってたの。……実を言うとね、わたしもよく分からないんだ」
ここで一度、ティファニアは言葉を切った。どうしてこんな魔法を敵が狙ってくるのか、さっぱり分からないのだ。
血筋もそうだけど、魔法の体系もまた、他の人とは違う。それがまた、ティファニアから自信を奪う要因となっていた。
「どうしてわたしって、こんなにも他の人と違うんだろうなぁ……」
ため息とともに零れる本音。ネガティブな思いが去来する中、ふとティファニアは我に返った。
「あっ、ごめんね! ソウの前で弱音言っちゃって……」
「気にしてませんよ。そういう時もあるんでしょう」
分かっているかのような、もしくは分かってないかのような口調で、宗次郎は言った。
言いながら、立ち上がる。草鞋も結び終えたのか、足先を何度か地面で叩いていた。
「分からないことに、ずっと悩んでたって仕方ないですよ。そういったことは大抵、前を向いて進んでいけば、分かることかも知れませんし」
「ソウ……」
「まあ、今進んでいる、というより、走っているのは僕だけなんですけどね」
それを聞いて、申し訳なさにティファニアは俯いた。
「ごめん、本当にごめんね。わたし、何から何までソウに頼りっぱなしで」
「大丈夫ですよ。それも『使い魔』としての仕事なのでしょう?」
「うぅ~、ソウとはお友達になりたいのに……」
『使い魔』という単語が出て、今度は別の意味でモヤッとしてしまうティファニア。
そういう関係で終始するのが嫌という感情が、この時確かに、彼女の中に灯っていたのだった。
でも今の自分では、まだ『守られる側の人間』でしかない。弱音はもう吐かない、ティファニアも立ち上がった。
「もう休憩は良いんです?」
「大丈夫! 早くサウスゴータまで行こう!」
威勢のいい声で、ティファニアがそう返した瞬間――――、
ドォン!! というけたたましい音が、確かにこちらにも鳴り響いた。
「きゃっ!? な、なに……?」
「――――どうやらもう、サウスゴータに行かなくても良さそうですね」
丘から遠くを見やりながら、宗次郎は言った。
「ど、どういうことなの?」
「行ってみればわかりますよ。行きますか?」
宗次郎の問いかけに、ティファニアは力強く頷いた。
「うん! ソウ、お願いね!!」
爆発音が鳴り響く。誰かが犠牲を覚悟で大砲を撃ったのだろう。
「-龍巻閃-!!」
剣心は周囲を取り巻く敵兵を薙ぎ倒す。巻き込まないように。
そして次の瞬間、剣心も跳躍した。遅れて砲弾が着弾。周囲を火と煙が覆う。
「――――ッ!!」
跳躍した最中で剣心は呻いた。砲弾の破片を少し喰らったようだ。
だが、それで立ち止まるわけにはいかない。止まったらもう、動けなくなるという確信が、彼の中であった。
「大丈夫か相棒!?」
デルフの声に応える余裕すら、今の剣心には無かった。
遅れて上空から、竜騎士たちの
「来た! 来たぜ相棒!! 早く俺を翳してくれ!!」
その声と共に、剣心は跳躍する。再び『龍巻閃』で、魔法を巻き取り、素早く鞘を納めた。
再び、キィィン!! と強烈な異音が周囲を圧する。『龍鳴閃』に、そのまま繋げたのだ。
「ぎゅうっ!?」
「ぎゅいっ……!?」
この攻撃で何頭かの竜は墜落していったが、流石にもう、向こうもタネを悟ったのか、攻撃前に離脱されてしまっていた。
着地するときにはもう、目の前まで迫ってきていたトロール鬼のこん棒が飛んでくる。
息をつく間もなく、剣心は再び跳躍。『龍翔閃』でトロール鬼の顎を強かに打ち据えた。
だが、一向に数が減らない。
次から次へと、敵はやってくる。
そろそろ退きたいが……まだデルフの魔力も溜まってないし、それらしい指揮者も倒していない。
小隊中隊を預かる将は何人か撃破したが、それで大軍が止まる筈もなし。
この大隊を預かる総指揮官を倒すのは、よくばりなのだろうか……。
そんなことを考えているうちだ。背後から、隻腕の鉄人形が迫ってきた。
「相棒! せめてあの『ヨルムンガンド』だけでも倒してしまえ! そして一度撤退だ!!」
もう限界と思ったデルフが、剣心にそう忠告してきた。余力がもうなかった剣心は、無言で振り返って――――、
そして、目を剥いた。
「ふふっ! 喰らえぇ! 抜刀斎!!」
シェフィールドの叫びと共に、ヨルムンガンドは残った左腕――手の部分が外れた、中身を突き出した。
どうやらアームストロング砲と同じ要領で、内部に仕込んでいたようだ。
そしてそれを見た剣心は、一瞬驚愕してしまったのだ。それはこの魔法の世界では決して、見る筈のない兵器だったから……。
「――――――
かつて死の商人を自称する男が使用していた兵器。
一分間で二百発の弾丸を発射する。マスケット銃が主流なこの世界においては、オーバーテクノロジーも良い所の強力な銃火器だ。
そして剣心にとっても、悪い意味で印象深い兵器だった。かつて闘った御庭番集たちは、これによって葬られたのだから……。
脳裏に過る、かの豪邸での闘いを思い出した剣心は、眼前で振りまかれるマズルフラッシュの光景を見て、我に返った。
「―――ぐぅっ!?」
だが、極限にまで達した疲労で一瞬、反応が遅れた。
幾重にも連なるかのような銃声音と共に、弾丸は殺到してくる。
それでも『飛天御剣流』と『ガンダールヴ』である。致命傷は避けられた。
だが、無傷で済むわけもなかった。
「がぁっ!?」
「相棒!?」
銃弾の雨を避け切ったものの、衝撃でデルフと離れ離れになってしまう。
飛んでいったデルフリンガーは、ヨルムンガンドの目の前で突き刺さる。
武器を手放したことで、ルーンの力も消えた。
剣心はその場で、遂に片膝をついた。
「ふうぅぅ……ついに底を見せたわね。『ガンダールヴ』」
シェフィールドはもう、驚喜を必死に隠しているかのような様子で、剣心を見下ろした。
「あんただけは絶対に許さない。このままこの『最新兵器』で、見るも無残なひき肉に変えてやる」
どす黒い殺気を湛えて、そう付け加えた。
剣心は周囲を見る。こちらを取り囲む兵。武器はない。そして満身創痍な体……、現状、どうあっても『死』を、回避できそうもない。
だが、どうして心はこんなにも澄んでいるのだろうか……?
死は何度も体験した。幕末で、明治で。
より具体的に言えば、志々雄の時も、奥義伝授の時もそうだったはずだ。
あの時は、『生きるという意志』で、それを乗り切った。帰りを待っている人の顔を、思って奮起したはずだ。
その顔に、若干のノイズが走っている。
なんだったか……大事なことのような筈だったのに……。
志々雄のあの『火産霊神』を見たからだろうか? 紫の焔が迫る瞬間、何かを、忘れてきたかのような……。
(いや、俺ももう、『洗脳』と呼べるような力が今更、働いているようには見えねぇんだ。それは確かなんだ。けどよ……何か、心当たりがあるんじゃねぇか?)
デルフの言葉が脳裏を過る。その意味を、今わの際で剣心は考えていた。
だがその前に、ヨルムンガンドの左腕に据えられた、回転銃が動き出そうとしていた。
ここまでか……。
剣心はそう考えた瞬間だった。
ふと、曇りがかった夜空を見上げた。一つの『三日月』が、薄っすらと光っている。
(……一つ? いや、この世界の月は二つの筈――――!?)
はっとした表情で、剣心は顔を上げた。
よく見ると光は、夜空ではない。小高い丘で光っていた。
シェフィールドも、一瞬そちらの方を見た。
そこにいたのは――――、
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
泣きながら逆刃刀を抜いて怒声を上げる、ギーシュ・ド・グラモンの姿だった。
先ほどの三日月の光は、逆刃刀の刀身だったのだ。
「わあああああああああああああ!!!」
ギーシュは何とそのまま、逆刃刀をぶんぶん振り回して剣心の元へと向かおうとしていた。
慌てた敵兵が銃をかまえるも、アルビオンで鍛えた経験値はもはや、有象無象の兵ではどうしようもなくなっていたのだろう。
泣きべそをかきながらという、今一つ締まらない様相ながらも、的確に敵の急所に攻撃を当てていた。
だが当然、それで倒せる兵の数は雀の涙も良い所。こんなことを続けていたら当然、ギーシュは間違いなく死ぬ。
それを悟ったのだろう。彼の暴走を見た剣心は思わず叫んだ。
「何をやっているギーシュ!! 早く逃げろ!!」
しかし、ギーシュは剣心の言葉に耳を貸さずに突っ込んでいく。
「死にたくない!! 死にたくないよぉおおおおおおおお!!」
「だったら逃げろ!! 何をやっているんだ!?」
「きみを、置いて、行けるわけ!! ないじゃないかああああああああ!!」
剣心は唖然とした。どうやらギーシュは、自分を連れ戻しにこんな無茶をしているのかと。
「いいから拙者に構わず逃げるんだ! お前にも大切な人が、モンモランシー殿がいるんだろう!?」
「ああそうだよ!! 早くモンモランシーに会いたいさ!!」
「だったら彼女を泣かせるような真似は止めろ!! あの時言っただろう!! 俺のようにはなるなと――――」
「そういうきみはどうなんだよ!! きみが死んだら、ルイズも、シエスタって娘も、みんなみんな悲しむじゃないか!! 鈍いぼくだってそれぐらいは分かるさ!!」
ギーシュは必死になって今、敵兵の一人を倒した。しかし今度は十人ほどが立ち塞がる。
それでも止まらなかった、杖を振り、ありったけのワルキューレを出して、進む道を確保しようとしていた。
「ぼくは、モンモランシーを泣かせたくない!! けど、ルイズ達も泣かせたくないんだ! レディが泣くばっかりの戦なんて、もうこりごりだよ!! だから――――」
戦乙女が作る道を、ただひたすらに進みながら、ギーシュは走った。彼に、伝わるように―――と。
「死に逃げないでくれよケンシン!! きみが死んじゃったら、ルイズの涙は一生止まらなくなっちゃうよ!!」
その言葉に、ギーシュの泣き顔に、剣心は反応した。
決して、死に逃げているつもりはなかったはずだが、彼からは自分はそう見えているようだった。
刹那思い起こされるのは、大切に想う女性達の、顔と、声。
これで良いんです。だから泣かないで下さいな。
雪の中、そう言って笑顔で息絶えた女性のこと。
みんなで一緒に、東京へ帰ろうね。
激戦地へ向かう自分に、笑顔でそう言ってくれた女性のこと。
わたしの許可無しに、勝手にいなくなるのだけは許さないんだからね!
強気に笑顔で、そう言ってくる女性のことを。
ノイズがかっていた筈の声と顔が、急に鮮明となって脳裏に去来したのだった。
このまま自分が死んだら、彼女達は全員、泣いてかなしむ事であろう。
(まだ、俺は死ねない。死ぬわけには、いかない――――!!)
刹那、武器を持っていない筈の左手のルーンがまた、おぼろげながらも光り輝き始めた。
剣心の身体にまた、変化が訪れている時だった。
「このクソガキが!!」
兵士の怒号と共に、ギーシュの逆刃刀は遂に、上空へと弾かれた。
「あっ……!?」
「死に晒せ!!」
刹那振り下ろされる刃を、呆気に眺めるギーシュ。それを見た剣心は、膝に再び力を込めた。
何故だろう、もう疲労も限界だった筈なのに―――『動いていた』。
(へばってる場合じゃないでしょ。未来のバカ弟子。あなたのお師匠は、何を教えていたのよ)
気づけば剣心は、宙に浮く逆刃刀を握って、剣を振りかぶる兵士を薙ぎ倒していた。
「うぎゃあ!!」と、悲鳴を上げて倒れる兵。
その声を聞いて、ようやくシェフィールドは反応した。
まさか、こんな状況でまだあんな動けるとは思ってなかったからだ。
「くそっ――――!!」
シェフィールドは思わず、ヨルムンガンドに装着した『ガトリング』で、剣心が逃げたであろう方角を撃ちまくる。
しかし、剣心とギーシュ、二人の影はまどろみの中に消えていき、弾丸が当たることはない。
ようやくあらぬ方向に、二人はいるとシェフィールドが気付いた時は、弾切れを起こし装填の時間を余儀なくされた。
一方、剣心はというと。
(お主は……?)
靄がかかった視界の先に、光が集まっていくのが見える。
光はやがて、女性となった。金色の髪、草色のローブ、そして……顔の両方から伸び出る耳。
エルフだ。だが、ティファニアともルクシャナとも違う。
(あんまりにも心配だから出てきたのよ。全く、生きる意志どうこう言ってるのに、それを教えてる側に諭されるんじゃ、あなたもまだまだね)
志々雄戦の最後、『火産霊神』を見た瞬間に感じた怖気、死への恐怖。
無意識にそれを『ガンダールヴ』へ封印する方向へと押しやってしまったのだった。
今回ばかりは、気持ちをルーンの所為ではなく、ルーンに気持ちを押しやってしまった格好となった。
しかし思う。この女性は一体何なんだ? 何故それを……?
だが、剣心には心当たりがあった。
デルフが言っていたこと、ジュリオの会話、それが一瞬、脳裏にフラッシュバックする。
では、彼女はまさか……?
(サーシャ……殿?)
しかしエルフの女性、サーシャは何も答えず、剣心の左手の甲、『ガンダールヴ』の手を見て言った。
(聞いて。今、この左手に込められた『ブリミルの魔力』で、あなたを無理やり動かしている状態なの。暫くはわたしの記憶で闘うことになるけど、いいわよね)
全くあのバカは勝手なことをして、もうちょっとエルフに対する敬意というものをね……、と、何やらぶつぶつ言い始めるサーシャ。
(えっと、サーシャ殿?)
(ああ、勝手に話してごめんなさいね。……正直、ヒコのやつにも言いたいことはたくさんあるけど、今はわたしが助ける番よね)
今度はそう言って、剣心に近づく。翠色の瞳が、くりくりとよく動く。その顔は、不敵の笑みを浮かべていた。
(あいつらに教えてやりましょ。時代時代の苦難から弱き民を守る『飛天御剣流』に、底なんてないってコトを)
そう言った次の瞬間、サーシャは光の粒子となって、剣心の身体を包み込んだ。
「ケンシン……?」
ギーシュは涙声で、助けてくれた剣心の姿を見上げた。
傭兵が振り上げた剣を見た時は、流石にもう終わったかと思ったのだけれども、剣心がこうして助けに来てくれた。
「答えてくれぬか、ギーシュ」
やがて、剣心はいつもの優しい声色で、こう尋ねる。
「もしトリステインに帰っても、モンモランシー殿が待ってなかったら、お主はどうする?」
真剣な問いだった。しかしそれでも……!! と、ギーシュは声を荒げて言った。
「ぼくは、モンモランシーが好きだから、だから……絶対にあきらめない!! それが貴族だから!!」
「……そうでござるか」
それを聞いた剣心は、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「だったらまだ、死ねないな。俺も、お前も」
ござる口調が消えた、少し乱雑な声。
恐らくギーシュは、これこそが彼の本当の口調なんだなと、強く感じた。
「……うん!」
鼻水を、涙を拭きながら、ギーシュは頷く。
剣心は再び、逆刃刀を構えて、シェフィールドに言った。
「悪いがまだ、拙者は死ねぬ。死ぬわけにはいかぬでござるよ」
それを聞いたシェフィールドは、それはもう血管が三本ほど切れたんじゃないかというような怒声で、叫んだ。
「……ふざけるなぁ!! 貴様等はここで!! 大人しく!! 死に晒せぇ!!」
シェフィールドは叫んだ。そしてヨルムンガンドの『ガトリングガン』を、剣心に向ける。
彼女は暗い笑みを浮かべた流石にまだ、距離がある。これならあちらが斬りこむよりも、斉射する方が速い。
「はっ!! 今更無駄なあがきを!! 剣がこの銃に勝てるとでも――――」
「勝つ!!」
いうや否や、剣心は逆刃刀を投げつけた。神速の飛刀。それはガトリング銃の銃口を、かっちりと抑え込んだ。
刹那、機関銃が動き出す。しかし銃口に刀身を詰められてしまい、弾丸が暴発。ハルケギニアの中でも最先端をいっていた兵器は、呆気なく壊れてしまった。
「しまった……!!?」シェフィールドがそう叫んだ時にはもう、剣心は鉄巨人のはるか上空を跳躍していた。デルフリンガーを掴み、駆けあがっていたのであった。
『とくと味わえ! 飛天御剣流秘刃――――!!』
声が、一瞬被るのをデルフリンガーは確かに聞こえた。
かの剣の視界には、剣心の背後に薄っすらと、見覚えのある……懐かしい人影を確かに垣間見た。
その合間にも、剣心はデルフリンガーを掲げて、両腕を失った騎士人形に向かって、剣を振り降ろす――――。
『-飛 天 無 限 斬-』
その瞬間、ヨルムンガンドは粉みじんになった。
『反射』がかかっていた筈の鎧も、壊れた兵器も、分け隔てなく。
(あ、思い出した)
秘刃を繰り出した時、デルフリンガーの脳裏に久しく過った、ある一幕。
『ったぁ……!! もう、手加減してよヒコ!!』
『何を言っている。そんな甘ったれていると死ぬぞ。ヴァリヤーグから民を守りたいのだろう? あと、師匠だろう?』
『ねえサーシャ。思ったんだけど、そのルーン、まだ改良の余地があるんじゃないかな? 後で実験に付き合ってくれないかい? そうすればもう少し飛天御剣流を覚えやすく――』
『だったら!! あんたが!! 代わりにやりなさいよこのバカ蛮人!!』
『うぎゃあ!! 待って!! ごめんって!! それは本当にごめんって!!』
『やれやれ、また始まったか。痴話喧嘩が』
『全くだ、お前の主人はうるさいな。デルフよ』
(あぁそうだ。そうだったなぁ……。懐かしいなぁ、ヒコ。ブリミルとサーシャの隣に、お前さんが、居たんだよなぁ)
ブリミルが開発したという、『とある魔法』により、時空間をいじって聖地の向こうへ渡ていた時に会った、とある剣客。
それによって始まった、三人の奇妙な修行の日々を、デルフは確かに振り返ることができた。
(そうか、相棒はあいつの弟子の弟子のはたまた弟子ってわけか。これもまた、『運命』って、やつなのかね……)
連綿と紡がれゆく飛天の宿命を想いながら、
シェフィールドは大きく吹き飛ばされ、もんどりを打って倒れた。
彼女が次に見たのは、塵となって帰っていく鉄の巨人の前で、流麗に立つ剣心の姿だった。
「あ……あぁ……ぁう」
シェフィールドは言葉を失った。周囲の兵も、唖然としている。誰も彼も、何ならギーシュでさえも、声を出せなかった。
シェフィールドは恐怖した。何だあいつは、何だ? どうやったら倒せる? どうやったら勝てる?
いやもう、逃げたい。逃げ出したい。あいつはもう、人間じゃない。化け物。そう、化け物だ。
エルフなんて目じゃない。未知の領域にいる怪物。今のシェフィールドはもう、恐怖のあまり剣心を、人の皮を纏った怪物としか見えてなかった。
まだ七万の手勢があるというのに、心は既に敗北を認めていた。本気で今の彼に、勝つ手段が思いつかない。
助けて。本当に助けて。そう心の中で主に問いかけるも、当然、返事など戻ってくるはずもない。
もうシェフィールドは無我夢中だった。もう、声がかれるまで、叫ぶしかなかった。
「何をしている!! 殺せ!! こいつらだけは殺すんだ!!」
その叫びに、兵たちはようやく反応した。彼らの目はもう、恐怖と動揺でいっぱいだった。
それでも、戦わねば。戦わなければ……!! 戦士としての本能、貴族としての見栄。それが彼らを動かした。
『オオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおお!!!』
万を越す兵が鬨の声を上げながら、周囲に殺到してくる。
ギーシュは慌てて立ち上がった。剣心は素早く判断を下す。
遅れて落ちてきた逆刃刀を別の手でつかみながら、デルフに言った。
「デルフ。済まぬがまた、ギーシュを守ってやってはくれぬでござるか?」
「……あぁ」
「? どうしたデルフ?」
自分がまた振るわないことに、不満を覚えたのだろうか? そんなことを考えていた時だった。
次のけたたましい彼の声に、それは違うと剣心は察した。
「ああ任せろ相棒!! ヒコの弟子よ!! 何万いようと怯える軍相手に、飛天御剣流が、負ける筈ねェもんな!!!」
「!? デルフ、お主まさか……」
「ああ!! サーシャの奴ぁ、確かにヒコの弟子だった!! 思い出したぜ!! よくぶっ叩かれてたん瘤創ってぶつくさ言いながらブリミルシバいてたのをなぁ!!」
それはもう嬉しそうに、デルフは叫んだ。それを聞いた剣心もまた。顔を綻ばせる。
「後で、ゆっくり聞かせてもらうでござるよ」
「おうよ! 娘っ子も交えながらな!!」
そしてすぐさま「俺を投げろ!!」と叫んだ。剣心も頷いて、無手のギーシュに剣を投げ渡す。
「おわっ!!」
「もう少しだけ耐えてくれ!! お主の周囲に、敵は来させん!!」
叫ぶや否や、剣心は俊足の光となった。疲労困憊の筈なのに、今まで以上に生き生きとしている。剣心は飛んで、跳ね、駆け、敵の間を滑り抜けた。
今の彼に、『ガンダールヴ』を追い越せる生き物は、存在しない。
否、並ぶものはいる。それは――――。
「お久しぶりです。緋村さん」
逆刃刀を振って、敵を打ち倒す剣心の背後に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
振り返って、一瞬。驚愕してしまう。
そこに立っていたのは――――。
「お主……宗次郎!?」
困惑の色を浮かべて、剣心は大層驚きの声を上げた。そこにいたのは、かつて京都で二度も相まみえた、懐かしの顔だった。
「何故、お主がここに……っ?」
向かってくる兵三人を一振りで薙ぎ倒しながら、剣心は問いかける。忙しすぎたせいでまだ、宗次郎がハルケギニアに来たことは、ギーシュから聞いてなかったのであった。
「多分、緋村さんと同じです。彼女に『呼ばれて』来ました」
クスリと笑いながら、宗次郎は背中に抱えていた人物を降ろす。それはティファニアだった。
「あ、あの……あの時は助けてくれて、ありがとうございました」
「ティファニア殿!? っていうことはお主が宗次郎を?」
「はい。ソウにはその……沢山、助けてもらいました」
そう言いながら、ティファニアはぺこりと頭を下げた。通りで。と、剣心も納得する。
(しかし、宗次郎か。確かに今の彼ならば、拙者も安心でござるが……)
彼の今の表情だと、多分知らないだろう。志々雄真実が復活して、このハルケギニアを征服しようとたくらんでいるという事はまだ――――。
それを聞いた時、どういう対応に出るのか、そこだけが不安材料であるが……。少なくともティファニアとは、それなりに良好な関係は築けているようだった。
今は、二人の成り行きに任せるのが正解か。ただ、後で宗次郎にはきちんと伝えるとしよう。
「でもよかった。早めに緋村さんに会えて。……ところで、手助け必要です?」
宗次郎は依然にこやかな笑顔を浮かべて、周囲にいる兵隊たちを見やっている。兵たちはこの闖入者に、驚きの表情しか浮かべられなかった。
何より……彼女、ティファニアの耳を見て、ある兵は叫んだ。
「え、ええエルフだああああああああああああああああああああああああ!!」
その声で、周囲は騒然となってしまう。
「え、あっ……しまった……!!」
対するティファニアは、慌てて両耳を隠すももう遅かった。『縮地』中だとどうしても帽子が飛んでいってしまうため、宗次郎に持って貰っていたのが仇となってしまった。
しかしここでエルフの乱入は、剣心達にとって良い意味で影響を及ぼしていた。
ただでさえ手に負えない化け物を相手にしているのに、更にエルフの追加だ。元々低かった戦意が、ガタガタと崩れていく。
中には、ひっそりと逃げ出す兵がいた。それを見た兵は一人、また一人と背を向け始める。
「に、逃げるな!! 戦え――――がぁ!!?」
督戦を任されていた司令官を、一瞬の足運びで倒したのは瀬田宗次郎だった。
マンティコアに乗り、高台から指揮していたその司令官は、自分が瞬きのうちに倒されることなど、想像すらしなかった。
「才槌老人は言ってました。『督戦を呼びかける奴から倒した方が、より敵の意気を挫きやすい』って」
アリィーから貰った曲刀を手にした宗次郎は、冷や汗をかいて微動だにしなくなったマンティコアの頭に立ち、おびえる兵たちをゆっくりと見下ろした。
「ひぃ……ひぃいいい!?」
「逃げたければ、逃げてもいいんですよ」
宗次郎の得体の知れない『笑顔』に当てられた兵たちは、それはもう、脱兎のごとく逃げ出した。
「うわあああああああああああああああああ!!」
「逃げろオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
化け物にエルフ。それに七万が本気で動揺している。
無論、数の差では圧勝の筈なのである。だが、実際に現場を間近で見ている人間たちは、それを自信にして、彼らに立ち向かうことなどもうできなかった。
だが、それでもメイジクラスは動揺しながらも、まだ怯まない。
「ば、馬鹿者!! 踊らされるな!! 向こうはたった数人ぽっちだろうが!!」
そう叫ぶ別の司令官が、今度は強力な風によって吹き飛ばされた。
「な、なんだあ!?」
「一体何が起こった!?」
周辺にいた兵は泡を食って叫ぶ。やがて現れるのは、桃色の髪を湛えた騎士。
「……まだ、身体がぎこちないですが、それでも少しはまだ動けますよ」
「カリーヌ殿!? 大丈夫でござるか?」
「大丈夫では……ありませんが、ここが正念場です。勝って、帰りましょう」
そう言ってやってきたのは、ルイズの母、ヴァリエール夫人だった。
彼女もまた、実力の差を知って動けなくなってしまったマンティコアの背に立ち、おびえる兵を見下ろす。
「あの風……、もしや、『烈風』……カリン……えっ?」
貴族の一人が、震える指でカリーヌを指す。
他国とはいえ、それでも『烈風』の異名は知れ渡っているようだった。
「いかにも。我が名は『烈風』カリーヌ・デジレ。逃げゆく民を守るため、ここであなた達は宙を舞ってもらいます」
これを聞いて、今度は貴族側が騒然とした。
竜の群れを薙ぎ倒し、ゲルマニアの兵団を異名だけで追い返した英雄。敵の戦意はもう、遥か下降にまで天元突破していた。
「あ、ああああああああああああああああああああ!!」
「もう駄目だああああああああああああああああああ!」
兵たちの悲鳴が、阿鼻叫喚が、夜空に響き渡る。
これに反応したのがオグル鬼などの怪物だった。彼らは人間が上げる戦意とは無縁。ただ憎たらしい敵を叩き潰せればそれでよかったのだから。
「うわあ!! こっち来た!!」
怪物の一人が、ギーシュを叩き潰そうと迫ってくる。
そんな怪物に向かって、竜が攻め立ててきた。
「な!? なんだ!?」
慌てて見上げると、竜から二人の人影が舞い降りて、やがてギーシュの前に着地する。
その正体は……。
「あ、アリィー! 何でここに?」
「ちょっとお。わたしもいるわよ」
アリィーとルクシャナ、二人のエルフまで、戦場にやってきた。
ギーシュは少し緊張した。もしかして、ティファニアをまた攫いに来たのかと思ったからだ。
事実、アリィーを見たティファニアは、身をすくめて身構えた。
「……彼女を、また連れに来たのかい?」
恐る恐る、尋ねる。勿論それは絶対にさせない。
一方のアリィーは、特大のため息をつきながら、ゆっくりと手を翳す。
すると、ギーシュの後ろで迫ってきていた狼の使い魔が、急に苦しんで地に倒れ伏した。
「へ? 何で……」
ぼくを助けたんだ? そんな疑問の目を剥ける彼に対し、アリィーはもどかしそうな呻き声をあげた。
「……ぼくももう駄目だな。完全に、蛮人に染まってしまった」
「……どういうこと?」
「放っておけないからだ!! きみたちを!! 悪いか!?」
それはもうずいっと詰め寄りながら、アリィーは言い切った。何と彼は、純粋な恩義で自分を助けたのだという。
「目覚めが悪いんだよ。ここで彼やきみを見捨てるのが。『悪魔』についてはとりあえず、後で考える。今はさっさと、ここを脱しよう」
アリィーはそう言って、「大いなる意思よ、下らぬ戦に精霊の力を借りることをお許しください」と、小さく呟いた。
そして倒れている敵兵から剣を奪い取り、敵兵と睨むギーシュの隣に立った。
「なあ、一つ聞いて良いか?」
「何だい?」
「……この、さっき言ったもどかしい感情を、蛮人はなんて言い表すんだ」
純粋に疑問に思ったのだろう声だった。それを聞いたギーシュもまた、少し考えた後に、こう返す。
「『友達』……とか?」
それを聞いたアリィーは、心底驚いた感情を浮かべて、やがて小さく、笑みを作った。
「友達、そうか……これが、そうなのか」
思えば、そう言う友という概念自体、エルフの中では希薄だった。
何か少し、ちょっとだけ、楽しい。勿論それは、口には出さないが、確かにそう思っている自分がいた。
「ほおら言ったでしょ! 蛮人を調べるのって、楽しいでしょ?」
同じく勝ち誇ったかのような仕草で、ルクシャナはアリィーに詰め寄った。
はぁ……と、アリィーはため息をついた。
「結局きみもついてきてしまったんだな。何度も止めたのに」
「良いじゃない。それに今度こそ、わたしを守ってくれるんでしょ? 信じてるわよ。アリィー」
「ははっ。大変だねぇきみも」
二人のやり取りを見て、自然とギーシュも笑った。エルフとこんな会話をするなんて、アルビオンに来る頃には想像すらできなかった。
でも、悪くはない。絶対にない。ギーシュはそう思っていた。
その様子を見ていた剣心は、窮地を助けてくれたみんなを見て、思わずつぶやいた。
「みんな、済まぬ」
剣心の声を聞いて、カリーヌが優しい声で、言った。
「いいんですよ。早く終わらせて、帰りましょう」
それが誰かは分からないが、少なくとも気持ちは皆、同じだと剣心は強く感じた。
剣心は力強く、前を見据える。彼の心情に応えるかのように、『ガンダールヴ』は強い煌めきを見せていた。