るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第四十幕『微熱と雪風の友情 後編』

 

 夕焼け空のチクトンネ街、剣心は人混みに紛れて歩いていた。その後をタバサとシルフィードが付いていく。シルフィードは、途中出店で買ってあげた大きな骨付き肉を、幸せそうにかぶりついている。

 中央広場の噴水まで来ると、剣心は一度ベンチに腰を下ろす。それに続いてタバサも座った。

 頑なにじっと見つめるタバサを見て、剣心はため息をついた。彼女の手には、さっき貼ってあった紙が握られている。

 その紙にはこう書かれてあった。

 

『ウィンストン伯、暗殺さる。護衛の兵も惨死』

『また出没か、貴族の惨殺体見つかる』

『死神の如く蔓延る暗殺犯。次のターゲットは誰か?』

 

 一種の新聞のようなものであり、そこには殺された貴族の名前やその時の様子などが書かれてあった。

 無断でこのような情報を勝手にばら撒くのは、王宮の威厳に関わる為御法度であり、摘発されたら最後、ただでは済まないのではあるが……、何ぶん上層部もそこまで気を回す余裕がないというのが現状だ。

 それほどまでに今トリステインでは、この暗殺事件は深刻な問題と化しているのだった。

 タバサはその貼り紙を読み直して、不意に剣心にこう言った。

「追っているの?」

「どうしてそう思うでござる?」

「あなたは多分、放っておかないから」

 タバサも、剣心の人の良さは大体把握していいた。彼なら、こういう事件には必ず首を突っ込むと思っていたからだ。

 だけど、タバサもそんなことを言いに剣心を追ってきたわけじゃない。別の理由があった。

 すなわち――――。

 

「わたしも手伝う」

「いや、タバサ殿には関係ないことでござるよ」

「それでもいい」

 タバサだって、普通だったらこんなことは言い出さないだろう。関係ない云々より、タバサはガリアから来た留学生だ。

 国を越えた問題に関わったって、碌なことにならないことぐらい百も承知だった。

 ただ、タバサには予感めいたものがあった。この事件は恐らく、生半可な覚悟では絶対に解決しないだろう、と。

 メイジである貴族を何人も殺しておいて、未だにその正体すら掴めないなんて、普通にはありえないことなのだから。 

 

『土くれのフーケ』以上の、残忍で狡猾な連続殺人事件。

 

 そういう危険で恐ろしい事件、だからこそタバサは関わってみたい、そう思うのだった。もっと、強くなるために……。

 今までこなしてきた任務以上に濃厚に感じる、死と隣り合わせの戦い。これを乗り越えられたら、これまで以上に強くなれる。確信に似た何かが、タバサを突き動かすのだった。

 

 

 

 

 

第四十幕『微熱と雪風の友情 後編』

 

 

 

 

 

「わたし一人でも、調べてみる」

 タバサは、剣心を見てそう言った。剣心もまた、彼女の瞳を見据える。

 その目には、ルイズとは違った危うい瞳があった。だけど、もう何を言ってもタバサは聞かないだろう。目がそう語っていた。放っておけば、一人でも奴を追うかもしれない。それは危険だった。

 なので仕方なく、剣心は妥協案を提示する。

「承知したでござる、だけど、決して一人で動かないことだけは約束してほしいでござるよ。今追っている奴は、ある意味では一番危険な男でござるからな」

 その、何かを知っているような口ぶりに、タバサは首をかしげた。

「目星がついているの?」

「まあ、そうでござるな」

「おう、俺も知りたかった。相棒が想定している奴って、どんな奴なんだ?」

 ここで、デルフが会話に割り込んでくる。

「『杖も詠唱も使わずに、相手を動けなくする魔法』ぐらい、この娘っ子にも教えてたほうがいいんじゃないか?」

「なにそれ、怖いのね」

 今度は肉を全部食べ終えたシルフィードが、会話に入ってきた。食べている最中だったから聞き役に回っていたのだが、流れはちゃんと把握していたのだ。

 韻竜として先住魔法を操るシルフィードでさえ、そんな魔法は聞いたことがなかったのである。

 タバサは俄然興味ある目で剣心を見る。剣心は、昔を思い出すような目で、みんなに語った。

 

 

「拙者の知る中で、それに該当する術は一つ――。二階堂平法、『心の一方』でござる」

 

 タバサ達は首をかしげる。無論そんなものは聞いたことがない。

「何なのねそれ、全然知らないのね」

 シルフィードが、せがむように聞いてくる。剣心は続けた。

「拙者のいた所であった剣術の流派の一つで、二階堂平法というのがあったでござるよ」

 

 二階堂平法。

 それは一刀流で「一文字」、二刀流で「八文字」、そして同じく二刀流で「十文字」に見立てた独特の構えをとる流派。これら「一」、「八」、「十」の構えを合わせると「平」の字になることから、『二階堂平法』と、こう呼ばれている。

 しかし、本当に二階堂平法が恐れられたのは、開祖のみが扱えたとされる秘技中の秘技『心の一方』だった。

 

『心の一方』……、またの名を『居縮の術』と呼ばれたその秘術は、剣気を目に直接たたきこむことで、相手を不動金縛りの状態にすることが出来る技である。魔法を使うのに詠唱が必要なメイジにとって、これほど相性が悪い術もないだろう。

 まさに『メイジ殺し』にうってつけといえる術であった。

 信じられない、といった様子でシルフィードは目を見開く。

「そんな秘術やっぱり知らないのね。出任せとか言ってるんじゃないのね?」

「けどよ、もし本当だとしたら暗殺にはこれ程便利なのはねえだろ。何せ今まで素性一つ分かってねえ奴だ。それぐらいじゃなきゃとっくにこの事件にカタはついてるだろ」

 デルフの言う通りだ、とタバサはそう思った。聞いたことはないにせよ、もはやそういう『魔法』もあるという認識がなければ、先に進めない。

 話を一通り聞き終えたタバサは、神妙な顔をして尋ねた。

「……対処法はないの?」

「あるにはある。……でござるが」

 剣心はタバサの方を向いた。『心の一方』を打ち破る唯一の方法、それは「相手の持つ剣気と同等、それ以上の剣気を放って解除する」。それだけだった。

「『心の一方』は、いわば気合いと気合いのぶつかりあい。だからそれを制することが出来れば術は破れるし、そもそも術そのものを無効にすることができるでござる」

 だが逆にいえば、それに等しい剣気を持たざる者は、一生動けないまま敵に嬲り殺しにされるということでもあった。

 タバサはふと、宝探しの時、オーク鬼達を気合だけで蹴散らした剣心の姿を思い出した。あれのことか……と。

「それだけに心配なのでござるよ。はっきり言うでござるが、今のタバサ殿に奴の『心の一方』を解除できるとは、とても思えない。……多分奴は、拙者の予想より遥かに強くなっている気がするでござる」

 

 

 人斬りの強さは、人を斬った数に比例していく。

 

 

 あの頃に出会った時から、この世界に来てさらに殺人を重ねているのだとすれば、もしかしたら志々雄も奴もかなり腕を上げているかもしれない。

 ルイズでは明らかに荷が重い、剣心が一人で追っている理由もそれだった。

「タバサ殿は確かに強い。それは拙者でもよく分かる。その年でその強さに並ぶものは、拙者の見てきた中でもそうはいないでござるよ。……だからこそ無理に強さを求めようとする今の状態では、かえって危険でござる」

 深刻な表情で、剣心はそう告げた。彼がここまで言うのだ。余程手強い相手だということがタバサにも実感できた。

 確かに、単独で闇雲に動くというのは得策ではないようだ。だけど、タバサとしてはそれで退くつもりは無かった。

 

「その……、相手の名は?」

 

 タバサのその問いは、一歩も譲るつもりはないという意思の現れでもあった。

 やはり止まらないか……、と剣心は少し残念そうにしながら、奴の名前を告げようとした時だった。

 

 

 不意にゾロゾロと、貴族の大軍が行進していくのが見えた。数からして五十かそこら……、いや、もっといるだろう。下手すれば一個小隊~中隊位の人数はいた。

「おい、ゲルマニアの女にこっぴどくやられたってホントか」

「面子保ちたいのは分かるけどよ、ちとやりすぎじゃねえか?」

 そんな声が、ちらほらと聞こえてくる。先頭を歩く男……、見かけからして騎士なのだろう……、は、所々焼き焦げた跡を作っており、その目は怒りで燃えていた。

「だからこそ示さねばならんのだよ。ゲルマニアの、しかもただの学生相手に、この国の作法というものをきっちりと叩き込んでやらねば」

 その男の隣数人が、そうだそうだとはやし立てる。見れば彼らも黒焦げだった。おそらく同じようにこっぴどくやられてしまったのだろう。

 道行く人々を掻き分けながら、その騎士の軍隊は進んでいく。その様を見た平民たちは、みんな何が起こるのかが怖くて目をそらしたり、道を譲ったりしていた。

 それに構わず、騎士たちは足音を鳴らしながら行進していくと、ふと一つの店の前で足を止めた。

 

 それは『魅惑の妖精』亭だった。

 

 遠目でそれを見ていた剣心達は、この状況になにか嫌な予感を覚えた。それを真っ先に口にしたのはシルフィードだった。

「ねえねえお姉さま。確かあそこって、キュルキュル達が入っていった店じゃあ……」

 ガタッと、タバサが立ち上がる。遅れて剣心も腰を上げた。

 さっきの会話の内容……、ゲルマニアの女。しかも学生。そしてあの騎士達を黒焦げにする程の炎の腕前を持つ人間とくれば、あの店ではもう一人しかいない。

「……喧嘩でござるか」

『魅惑の妖精』亭に駆け寄ろうとしながら、剣心は呟いた。

 恐らく先頭に立っていた数人が、あの店で彼女とひと悶着起こしたのだろう。そして決闘してボロクソに負けたから、今度は大群率いてやってきたのだろう。何ともわかりやすいことだった。

 余り目立つようなことは出来るだけ避けたかったが、この際そうも言ってられない。

 見れば、大多数の騎士たちが逃げられないよう入口の周囲を取り囲みながら、その中の数人、先頭に立っていた騎士たちが、店の中へと入っていった。

 

 

 一方その頃。

『魅惑の妖精』亭の一室で、キュルケはベッドに体を預けた。

 貴族を追っ払ったあの後、店内は拍手喝采だった。それに満足しながらワインを煽っていたのだ。

 しばらくそうやって盛り上がっていた後、そろそろ夜も更けたということでこの店に泊まることにした。無論ルイズのツケで。

「あああ、あの女、いいい、いつか絶対殺してやるんだから……!」

 遠巻きにそんなことを呟いていたルイズを思い出しながら、キュルケはふと起き上がった。

 夜で暗くなった外は、街の灯りだけが綺麗に映し出されていた。その中に、あの子の姿は見当たらない。

「本当にどうしたのかしら……」

 何か事件に巻き込まれたのだろうか、探しに行った方がいいかな。とそんなことを考えているキュルケだった。

 しかし今でも不思議に思う。最初に会った頃なんて「本の虫」以外の感想なんて無かった筈の彼女に対して、こんな気持ち…。

 

 

 もしあの時の決闘騒ぎがなかったら……、未だに彼女とは犬猿の仲だったろう。決闘の後、何であんなこと言ったのかは自分でも分からないけど、悪い気はしなかった。

 

 

 それに、あの子は今大きなものを背負い込んでいる。決して消えぬ復讐の怒りと、あるもの全てを奪われた悲しさ、その両方のせいで、あんな無表情が出来上がってしまったのだ。

 あの子の素性と過去を知った今、少しでも助けになってあげたい。それはキュルケの感情の中にも確かにあった。

「……やっぱり、探しに行こ」

 そう言って、キュルケは仕度を整える。するとドタバタするような音が、下の階から響いてきた。

 

 

 

 店の下では、大変な騒ぎとなっていた。何せさっきこっぴどくやられた貴族たちが、今度は一個小隊レベルの兵隊を連れてきたのだから。

 数からして五十かそこらだろうが、それでもその数が店の前に並ぶといいのはまさに圧巻と言えた。

 さて、そんな軍隊の前に立つ貴族の一人……、キュルケに瞬殺された男は、腰を抜かしているギーシュ達の方へと歩み寄った。

「な、何の用ですか?」

 震える声で、ギーシュは尋ねる。男はにっこりと笑いながら言った。

「いや何、是非とも我ら、先程のお礼を申し上げたいと思ってな。しかし我らだけでは十分なお礼が出来そうもないので、このように軍隊を引っ張ってきた次第」

 ギーシュ達は唖然とする。そして窓の外には更に何十人もいるのを見て、椅子から転げ落ちそうになった。

 そして直ぐに逃げようとしたが、その道をほかの騎士たちに阻まれた。

「ちょっと待って、アイツを今呼んできますんで!!」

「いやいや、お礼でしたらあなた達も一緒に。仇を討ち、討たれるのはこれ、友人の権利であり、義務でありますからな」

 そう言って、ギーシュやルイズ、モンモランシーを引っ張って外に連れ出した。

「助けて!!」

そう絶叫したが、それを聞き届けてくれる人は居なかった。

 

 

 

 外へと連れ出されたルイズ達は、そこで兵隊五十人以上を前にして囲まれていた。こんな数の軍隊を目の当たりにしたのはワルドの時以来かもしれない。

 あの時は、剣心が神速の剣術で敵を一瞬の内に薙ぎ払っていたが、今回その頼りになる使い魔がいない。

 ルイズ達はガタガタと震えた。彼女は今働き詰めで精神力を使い果たしていたし、ギーシュなんかはとっくに戦意喪失している。モンモランシーは必死で中立宣言していたが認められていないようだった。

「あんただけ逃げるんじゃないわよ!!」

「何よ、わたしは関係ないでしょ!!」

 騎士たちより先に喧嘩を始めるルイズとモンモランシーだったが、それで状況が変わるわけもなく。キュルケにやられた騎士の一人が、ニヤリと笑った。

「まあまあ、あのレディのご友人なのだから、あなた達も相当の使い手でしょう? ご遠慮なさらずに精々暴れていただきたい!!」

「いや、わたし達アイツの友人なんかじゃないから!!!」

 そうルイズ達が思いっきり叫んでも、その言葉は虚しく空に響くだけだった。

 騎士はゆっくりと杖を掲げる。それに合わせて周りの兵隊も杖を上げた。

「いやぁああああ!! 助けてぇ!!!」

 脳裏に彼の姿を思い浮かべながら、ルイズは目を瞑った。そんな時、向こう側から声が聞こえた。

 

「只の喧嘩でござろう? そんな大人数でするものではないでござろうに」

 若干呆れたような声、そちらをルイズ達は素早く振り向く。

 そこには剣心とタバサが立っていた。

「ケンシン!! タバサ!!」

 ようやくホッと胸をなでおろしながら、ルイズは叫んだ。

「あら、あんた達こんなとこで何してんの?」

 今度は、店の入口からそんな声が聞こえてくる。ギーシュ達が見ればそこにキュルケがいたのだった。

 キュルケの姿を見た騎士は、怒りで顔を歪ませながら言った。

「何、お礼参りに来ただけですよ。あなたの前にそこのご友人たちに相手をしてもらおうと思った次第」

「なあに、あなた達そんな殊勝なことしてくれていたの?」

 クスクスと笑いながら、キュルケはルイズ達を見る。すかさずルイズ達は叫んだ。

「んな訳ないでしょ!! 元はといえばあんたのせいでしょうが!! あんた何とかしなさいよ!!」

 しかしキュルケは、そんなルイズたちの心の叫びをスルーしてタバサを見た。

「あっ、タバサ!! 丁度良かった。今あなたを探しに行こうと思っていたのよ」

「人の話を聞きなさああああい!!」

 最早緊張感もへったくれもないような空気が流れていたが、それを振り払うように騎士が告げる。 

「なれば丁度いい。ここで今、わたしたちの仇も揃ったことだし、改めてお相手願いたい」

「まあまあ落ち着いて。ここで喧嘩したって周りに迷惑かけるだけでござろう?」

 剣心が諌めるように口を開いた。余り事が荒立つようなことにはなりたくない。敵に居場所を悟られるかもしれないからだ。

 だが、彼等はそんな剣心を一瞥して叫ぶ。

「貴様のような平民風情に用はない!! 私は彼女等に話しているのだ。引っ込んでいろ」

 どうにも彼らは止まりそうもなかった。既に掲げた杖は、ひっきりなしに剣心達に向けている。引く気は皆無のようだった。

「ほらキュルケ、あんた何とかしなさいって」

 ルイズがここぞとばかりに口を開く。キュルケはキュルケで、心底呆れたような顔で先程酌を誘った騎士の一人を見つめた。

「まったく……、男の嫉妬程醜いものはないわね。どうしてここの国はそんなにプライドや面子にこだわるのかしら。さして大事そうにも見えないのに」

 だがその言葉は、完全にここの兵隊連中(ついでにルイズたち)の心に火をつける結果となった。ふざけるな!! お前なんかに何がわかる!! この牛女!! 乳女!! と口々に怒鳴り込む。

(あ~あ、やっちゃったか。ま、いいか)

 そう思いながらもさして気にした風でもなく、キュルケは杖を胸の隙間から取り出す。

 と、その彼女の前にタバサが身を乗り出した。

「加勢なら間に合ってるわよ。あなたは関係ないんだから」

「借りがある」

 タバサは、キュルケの方を振り向いて言った。

「ラグドリアンの件? あれはいいのよ。あたしが好きで行ったんだし」

「違う。その前」

 タバサは、人差し指を突き立ててはっきりと言った。

 

「一個借り」

 

 それを聞いたキュルケは、優しげに微笑んだ。

「随分前のこと覚えているのね。でも今それを返さなくてもいいのよ。また別の機会にでも――――」

 と言いかけて、タバサの周りに冷たい氷が吹きすさぶのを感じた。思わず兵たちや騎士も後ずさりする。風自体が音を立てているわけでもないのに、異様な圧迫感を醸し出していた。

 それを気にせず、タバサは剣心の方を向いて言った。

「あなたは見ていて欲しい。目立つのは避けたいはず」

 まるで一人で全員を相手にするかのような物言いに、騎士たちは恐れながらも憤慨した。

「コラコラ、人を舐めるのを大概にしないか!! きみ一人でわたしたちを相手にするとでも!!」

「それぐらいできなければ、先には進めない」

 そう言い置いて、タバサは一歩前へ出る。それを見た騎士たちは笑うというより、呆れ果てた様子だった。

「子供がお遊びで首を突っ込むものじゃない!! そこまで我らを愚弄するか!!」

「ああ、言い忘れていたけれど、この子はあたし以上の使い手よ。何せ『シュヴァリエ』の称号を持っているのだからね」

 シュヴァリエ。そう聞いただけで兵隊達は顔を見合わせる。あの子供が…?

「その反応だと、シュヴァリエの称号を持つ者はここにはいないようね。なら相手にとって不足はないのでは?」

 キュルケはそう言ったが、流石にこの数相手だと心配なのか、こっそりタバサに耳打ちする。

「……無理だと思ったらあたしも手伝うから。元々あたしの蒔いた種だしね」

「大丈夫、見ていて」

 キュルケと、剣心を見てタバサは言った。二人共、いつでも加勢できるように油断なく構えていた。

「でもあの子ってば、つまらない約束をいちいち覚えているんだから」

 そんな中でもどこか嬉しそうに、キュルケはそう呟いた。

 

 

 

 既に周りでは、人だかりで一杯だった。誰も彼もが、恐れながらもこの決闘の行く末を見届けたかったのだろう。

 しかし、王軍の兵隊達からすれば、なんとも舐められたものだった。この数相手にたった一人、しかも『シュヴァリエ』を擁しているからとは言え、見た目は年端もいかぬ少女ではないか。

 これでは名誉も何も……と思ったが、軍隊を引き連れている時点でもはや名誉もへったくれもないのではあるが、それでも子供相手に本気など出せぬ。それこそ名誉が地に落ちてしまう。

 ならばどうすれば良いか?

「簡単だ。子供に教育を行うのは、大人の役目であろう?」

 先に杖を抜かせればいい。要はそういうことだった。よくよく見れば、あんな子供がシュヴァリエの称号を持つなんて笑わせる。

 どうせ詐称かハッタリだろう。ならばここで間違いは正さねばならん。

 誰も彼も、こんな少女に負ける姿なんて想像もつかなかったのであろう。

 騎士の一人が、前に乗り出して杖を構えた。

「お嬢さん、先に杖を抜きなさい」

 タバサは、ゆっくりと杖を構える。だがそれは、騎士や兵達から見ても独特の構えだった。

 腰を少し屈ませ、杖を左腰あたりに斜めに据え、居合をするかのように右手を添える独特の構え。

 

 剣心の抜刀術。それを彼女なりにアレンジしたものだった。

 

「おいおい、何だあの構えは!!」

「ひどいものだ。本当にシュヴァリエなのかも怪しいな!!」

 それを見た兵隊は、どっと笑った。だがタバサはそれを気にする風でもなく、ただその構えで佇んでいる。

 前に出た騎士が、呆れたようにため息をついた。

「やれやれ、構えすらまともに出来ん子供がシュヴァリエなどとは笑わせる。詐称は正せねばならん。悪く思うなお嬢さ――――」

 しかし、言葉はそこでうち切られた。

 タバサの居合を放つかの如く、杖を振り抜く動作と共に、『エア・ハンマー』を唱えたからだった。

「――――ぐわっ!!?」

 視界から、身を乗り出した騎士の姿が吹き飛ばされ消える。囲んでいた何人かの兵士を巻き込んで。

 彼らがそれに呆気にとられる隙に、タバサは走って前に詰めた。

「このガキ―――」

 騎士たちは驚き、そして怒りながらも杖を向けようとするも、その前にタバサの風によって薙ぎ払われる。

 返すように杖を振って、そこで四、五人が宙を舞う。その隙に敵の魔法が着弾するかと思えば、まるで翼人のように『フライ』で身を空に踊らせ、それらをかわしていく。

 

 その華麗でいて流暢、美しさすら感じられる動きに兵士たちが見惚れる、その隙を的確に狙い風と氷の魔法を撃ち込んでいく。相手も負けじと魔法を放つが、それすらも上手く同士打ちを誘うように狙わせて、その数を減らしていった。

 

「……凄い」

「え、彼女、ここまで強かったのかい……?」

「わ、わたしには何が何だか……」

 ルイズ達が呆然としてその光景を見ている。隣ではシルフィードが嬉しそうにきゅいきゅい喚いていた。

「ほら、そこ、今なのね!! お姉さまもっとやっちゃえなのね!!」

 そしてタバサの戦いぶりを見て、驚いたのはルイズ達だけではなかった。

 

「……あの子、やっぱり強くなってる」

 キュルケもまた、思わずそう呟いた。随分昔に決闘したときとは、まるで別人のように動きが違っている。

 もう一年以上前の話だが、それでもここまで強くなっていると感じたことは無かった。何せあの時以来ずっと一緒にいたのだから、こうまで腕を上げているのなら気付くはずだから……。

 そして剣心も剣心で、彼女の動きに中々に目を見張らせていた。

(あれは『見取り稽古』か?)

 彼女の身のこなし、あれは間違いなく自分の動きとかぶるものがあった。アンドバリの指輪の一件で、どことなく自分の動きを参考にしていたのは知っていたが、こうやって見るともう間違いなかった。

 

『見取り稽古』というものがある。日々の稽古に加え、更に強敵との戦いを見てそれを取り入れる練習法。

 自分のよく知る、活心流の一番弟子も、飛天の技を模倣とはいえ使いこなしているのを聞いたことがある。

 彼女の動きはまさにそれだった。小さな体躯を利用して動き回り、素早い魔法で的確に倒す。まだまだムラっ気はあるが、足りない部分は魔法でカバーしている。

 それはちゃんと一つの戦い方になっていた。

(そういえば、タバサ殿は隣で拙者の戦いをよく見ていたでござるな)

 フーケとの時や、ワルドだった仮面の男との時のことを、剣心は思い出した。式場でのワルドとの戦闘も、彼女は動き一つ漏らさず自分の剣を見ていたっけ。

 けど、だからといって直ぐに覚えられる程甘いものではない。それこそ血の滲むような努力と執念とも言える向上心があって初めて培われるものだ。

(一体何がここまで、彼女を動かすのだろうか……?)

 やはり、剣心はタバサに対してそう思わずにはいられなかった。

 

「くそっ、ここまで来て負けられるかぁ!!!」

 ここで、キュルケにやられたあの騎士が叫ぶ。

 既に兵の大半が倒れ、残りも恐れをなして逃げていく、そんな中で彼は怒りに任せて突進していった。

 杖を強化する『ブレイド』を唱え、接近戦を仕掛けてくる。騎士の振り下ろした一撃が、タバサの真上へと飛んでくる、そんな事態でもタバサは慌てなかった。

「喰らえ!!!」

 怒号と共に剣の一閃を放つが、そこにタバサはいなかった。

『フライ』を唱え、一早く上空へと逃れたタバサは、杖を振り上げてそのまま騎士目掛けて落下していく。騎士は、それに迎え撃つ形で杖を振り上げた。

 

 

『フライ』+龍槌閃

 

 

 騎士の杖が、落ちてくるタバサの頬を掠める。対してタバサは、落下の勢いに乗りながら杖を振り下ろし、騎士の頭へ打ちはなった。

 ガツン!! と小気味よい音を響かせながら、タバサはふわりと着地する。頭を打たれた騎士は、頭に星を回しながら昏倒していった。

「ひっひいいいいいいいいいい!!!」

「わ、分かった。あんたは本物の『シュヴァリエ』だよ!!」

「だっだから助けてぇぇぇぇ!!!」

 この攻防が決定打になったのか、残りの兵隊達は皆恐れをなして逃げ出していった。誰も彼も、進んであんな目に遭うのは御免被りたかったのであろう。

 タバサは杖をおろした。それと共に、周りからは拍手喝采で包まれる。

 

 

「すげえ!! あの数相手に対したもんだぜ嬢ちゃん!!」

「見たかよ、逃げたアイツ等の顔! みっともねえったらありゃしねえぜ!!」

 普段からの貴族の振る舞いに鬱憤を貯めていたのだろう。まるで英雄のようにタバサをはやし立てた。

 タバサはそれを気にせず、いつも通りの無表情でキュルケ達の元へと歩み寄る。その顔はとてもさっきまで戦闘を行っていたようには見えない雰囲気だった。

「これで一個返し」

「ええ……、でもあなた、いつの間にそんなに強くなったのよ?」

 驚きの感情が抜けきっていないのか、どこかポカンとしながらもキュルケは尋ねた。

 しかし、タバサはいつもの無表情で言った。

「別に、何でもない」

 そして今度は、剣心の方を向いた。

「どうだった?」

「今のは……『龍槌閃』?」

 剣心はポツリとそう呟いた。さっきの技は間違いない。自分の十八番、『龍槌閃』だ。

 それを聞いたタバサは、ゆっくりと首を振る。

「まだ完璧じゃない」

 けど、一応形にはなっている。『模倣』や、『見様見真似』がつくが、今のは確かに『龍槌閃』だった。

「これでもまだ、その人には敵わないの?」

 タバサは、周りの倒れた兵士達を見て剣心に問うた。その目は相変わらず、どこか危なげな印象を与えた。

 一見、確固たる信念を持ちつつも、少し崩すと脆く散っていきそうな、そんな目だった。

 

「……敵う敵わないではござらんよ。奴は『強い』んじゃなく、『危ない』でござるから」

 

 しばらくすると、向こうから更にたくさんの兵達が押し寄せてくる。どうやら騒ぎを聞きつけ本格的に動き出したようだった。

「いたぞ! こっちだ!!」

(これは、すこし厄介になったでござるな……)

 剣心は内心、どうすればいいかを考える。特にタバサの場合、先陣切って暴れた張本人なのだから、この場にいると厄介事になりそうなのは火を見るより明らかだった。

 そう考えるより先に、張本人であるタバサは動いた。

「しばらく身を隠す」

 タバサは、シルフィードを連れてそう言った。戸惑うルイズ達に、更にこう付け加えた。

「この騒ぎはわたしが起こしたことにして。それであなたたちに火の粉はかからない筈」

「タバサ殿……」

 剣心は、その意味を素早く理解する。このままではこちらの情報を敵に与えるようなもの。だから自分が身代わりになることでそれを一手に引きうけるつもりなのだ。

 それを聞いたキュルケは、慌てて口を開く。

「ちょっと待ってよ、事の発端はあたしよ。何もそこまでして――――」

 タバサは、皆まで言わせず首を振った。そして意味深げにこう呟く。

 

「これでいい」

 

 そして最後に、剣心の方を向いて言った。

「もし何か進展があったら、連絡する」

「もう、止まらないのでござるか?」

 タバサは、剣心を強く見つめた。その目はもう、留まることを知らない。

 剣心は、小さくため息をついた。

「分かった……。でも絶対に一人で追わないで欲しいでござるよ。必ず知らせて欲しいでござる」

 コクリ、と頷くと、シルフィードを呼んで一目散に駆け出していく。

「じゃあ皆、バイバイなのね~~!!」

 いまいち状況をよく分かってないシルフィードの呑気な声が、最後に辺りに残っていった。

 キュルケと剣心は、どんどん小さくなるタバサの後ろ姿を見つめた。考えることは違えど、恐らく二人は同じような気持ちをタバサに向けていた。

 そんな剣心の腕を、ルイズが不安そうな表情で無意識に掴んでいた。どこにも行って欲しくなさそうな表情で。

 

 

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