るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第四十一幕『動き出す者達』

 

 その後、遅れてやって来た軍の人々から、ルイズ達は色々と質問を受けた。

 この騒ぎは何だとか、この兵達を倒していったのは誰だとか、そんな質問だった。

 ルイズ達は、取り敢えずタバサの言った通りに話し、事の発端はキュルケが起こしたが、軍を蹴散らしたのは「たまたま通り掛かった」タバサだったということにした。

 勿論、彼女との関係も幾つか聞いてきたが、それに関しても知らぬ存ぜぬの一点張りで通した。自分達の身を庇ってくれたタバサに対して、なんとも心が痛む結果になったが、そうでもしないと身の潔白の証明にはならない。

 特にキュルケの場合、原因は自分で起こしただけにかなり苦しそうな表情をしていた。

 その辛そうな顔は、ルイズですらどこか同情の視線を送ってしまう程だった。

 後は、スカロンやジェシカのフォローもあって、取り敢えずこれ以上の追求はなんとか逃れた。軍を蹴散らされたのは問題だったが、事の発端に関してはあちら側が絡んできた原因もあってか、厳重な注意を受けた程度で特に気にした様子は見受けられなかった。

 軍が帰った後は、キュルケはそのまま寝泊りすることに、ギーシュとモンモランシーは一旦学院に帰ることにした。

 キュルケはまた明日、タバサを探すことにしたらしい。

 

 

「でもアイツさ、何でこんな事引き受けたんだろう……」

 就寝する前、ルイズはポツリと剣心に呟いた。確かに彼女のおかげで、自分が身をやつしてここで情報収集していることがバレなくて済んだのではあるが、それをしてくれたのがタバサだということに、どこか納得がいかないようだった。

 しかし剣心は何も答えない。

「ねえケンシン、あんた今まで何してたの?」

 久々に剣心に会えたのに、彼はずっと黙したまま。何も喋ろうとはしなかった。

 それに耐え兼ねたように、ルイズは口を開いたのだった。

「そりゃあ、あんたがただ遊んでたわけないのはわたしだって知ってるわよ。でもさ……」

 もっとこう……、構って欲しい。その一言が言えなかった。

 こっちだって辛いのよ。貴族のわたしがあんな下賤な男共相手にして、それに必死に耐えているのよ……って、不満を爆発させたかった。

 でも、今の剣心は、そういう感情がとても身勝手と思えるほどに、深刻な顔をしているのだ。

 やはり、タバサのことを考えているのだろうか。そう思うと、ルイズの中にモヤモヤした感情が渦巻いていくのを感じた。

 確かに、自分を庇ってくれたタバサには感謝している。

(でもさ、何でそんなに深刻な顔しているのよ……)

 

 ルイズは、剣心が何でタバサをそんなにも心配しているのか理解できなかった。理由が分からないからこそ、ルイズの頭の中では「剣心とタバサ」という方程式が出来つつあるのだった。

 思えば、剣心とタバサはずっと一緒だった。戦いの時は、自分以上に気があったり、絶妙なコンビネーションを見せたり……。

(何よ、タバサタバサタバサって……)

 実際にはそんなに多くはないのだが、それでもルイズはタバサに対して、ある種の劣等感を抱かずにはいられなかった。

 

 ルイズは、再度剣心に話しかけてみた。何か、黙っていると色んなことが頭をもたげてくる。この状態では眠ることもできなかった。

「ねえ、ケンシンってば!」

「……」

 けど、剣心は考え事でもしているのか、ルイズの耳には届かない様子。ルイズは再び声をかけた。

「……何か言ってよ」

「…………」

「ねえ……」

「………………」

 とうとう、ルイズの怒りが爆発した。

「何か言いなさいよ!!」

「おろ!!?」

 その言葉で、ようやく剣心はルイズに気づいたようだった。それがまた腹立たしくて、ルイズは嫌な気分になった。

「もういいわよ、ずっとそこでぼけっとしてなさいよ!! このバカ!!!」

 ルイズはそう叫んで、ベッドの中へと潜り込んだ。そして思わずポロポロと涙をこぼした。

 何だろう……ここに来てから、どんどん剣心と距離が離れていくのを感じる。彼は今、重大なことを抱えているのに、それを教えてくれない。

 ルイズはただ、不安だった。これに似た感情は、今までも少しだけだが感じてはきた。

 

 

 召喚した当初、キュルケに取られるのではないのかと思った不安。

 

 

 アルビオンの時、ワルドと結婚したらいなくなってしまうのではと思った不安。

 

 

 それらは今まで取り越し苦労だと思いながらも、今度の不安は、それよりもずっと強く、そして大きくルイズの心を揺さぶるのだった。

 

 

 

『ケンシンは、いつか本当に自分の元を去っていくかもしれない』

 

 

 

 それが怖くて、ルイズは泣いていた。

 そんな事、考えたくもなかったから……。

 

 

 

 

 

第四十一幕『動き出す者達』

 

 

 

 

 

 あれから更に数日が経過した。

『魅惑の妖精』亭恒例行事、『チップレース』もいよいよ最終日を迎えていた。今回の仕事を持って、優勝者を決める運びになっているのだ。

 トップをぶっちぎりで独走しているのは、スカロンの娘であるジェシカだった。その端麗なる容姿も然ることながら、キュルケと同等かそれ以上に男の扱いが上手く、最早この差は揺るぎないものだろうというのが、おおよその見解だった。

 そんな彼女に対し、ルイズは逆にぶっちぎりの最下位。というかまだチップの一つももらえていなかった。

 特に剣心との邂逅があって以降、そのストレスを自重せずに客に撒き散らしている節があり、むしろ前より悪化している感じが見られていた。

 チップレース最後のこの日も、ジェシカが文字通り客を魅了する中、ルイズはいつも通り人を怒らせてはいつも通りスカロンが止めに入っていく。

 最早当たり前の光景になりつつあるこの騒ぎも、それでも今回は度が過ぎたのだろうか、ルイズは一旦皿洗いまで仕事を落とされてしまった。

 

 

(これも全部、ケンシンのせいよ……!)

 冷たい水に耐えながらも、ルイズはトロトロと皿を洗う。その目には生気がまるで宿ってなかった。

 いつも通り客に怒りをぶちまけてきた為、今はやるせない悲しみがルイズを襲っていた。

 そこに、今度はジェシカがやって来た。ルイズは思わず、不貞腐れた様子で目をそらす。

「何よ、何の用?」

「決まってるじゃない、皿が足んないのよ。誰かさんのせいでね」

 ジェシカは、腰に手を当てて頬を膨らませる。そして止まっているルイズの手を見て怒った。

「全く、もっとハキハキやりなさいよ。皿一枚に何分も使わないの」

 そう言って、手本を見せるかのようにジェシカが皿を洗う。ルイズの半分も時間をかけてはいないのに、その皿はルイズよりピカピカに輝いていた。

「ホラ、こうやってやるのよ。分かった?」

「……」

「返事くらいしなさい」

「……分かった」

「そうじゃないでしょ、ありがとうでしょ?」

 ずいっ、とルイズの顔を真正面に近づけながら、ジェシカは睨みつけた。

 その真剣な表情に、とうとうルイズは抑えていた気持ちを爆発させてしまった。

 

「もうやだ。辞めたい」

 

 とうとう、ルイズは涙を流してそう呟いた。

 剣心は構ってくれない、任務すら満足にこなせない、そして店では怒られる。

 大体、こんな仕事自体柄じゃない。無理があったんだ。

「じゃあ辞めればいいじゃない。わたしだって迷惑してんのよ。でもね、一つ言っとくけど、そんな調子だとどこ行っても通用しないわよ。貴族のお嬢ちゃん」

 厳しい眼でジェシカは言った。ルイズは若干驚いたようだったが、ジェシカは構わず続ける。

「隠さなくてもいいわよ。どうせバレバレだし。でもこの際だから言わせて。あのね、皆必死で働いているの。色々な事であくせくして、色んなことで怒鳴られて、それでも笑ってこの商売続けてるのよ」

 ルイズは、思わずジェシカの姿を見つめた。

「わたしだって、最初からこんな風じゃなかったわ。そりゃあ色々言われたわよ。注ぎ方がなってないだの、注文が遅いだの、云われないことで散々怒られたりしたわよ。でもね、誰だって最初から凄い人なんていないんだから、要はそれから逃げずに必死で今を受け止めれる覚悟が必要なのよ。それがないんじゃ、何やったって大成なんかしないわよ」

「何よ、言いたい放題言って……!」

 涙を貯めた目をこすりながら、ルイズはジェシカを睨みつけた。

 思わずそう言ったが、ジェシカのその言葉に少し心を打たれたのも事実だった。

 事実なのだが……、それでもここで引いてしまったら、自分の貴族としてのわずかなプライドまでもが無くなってしまうような、そんな気がしたのだ。

 

「やってやるわよ! 逃げてたまるものですか!!」

 

 ルイズはそう叫んだ。そうだ、貴族は背を向けない。どんな辛いことがあろうと、苦難から逃げるわけには行かないのだ。

 例え、今は独りだろうと……。

 ジェシカは、少しだけ感心したような表情を見せると、最後にルイズに手を振って厨房から出て行った。

「まあ、期待せずに待ってるわ。借金も返して貰わなきゃだし、それ洗い終わったらもう一度だけチャンスをあげるわ。だから頑張んなさい」

「何よ、もう!! 見てなさい、皿洗いなんてすぐに終わらせてやるわ!!」

 ジェシカが言い残した言葉を聞いて、ルイズは発奮したように皿を洗い始めた。

 

 

(これで少しは大丈夫かしらね)

 張り切ったように皿を洗うルイズを見て、少し期待するような感じで厨房から出たジェシカは、再び営業の方へと戻ろうとして……、そこで何人かのメイドが困ったような風で佇んでいるのを見つけた。

「どうしたの? 何かあった?」

「あっ、ジェシカさん。それが……」

 と、一人のメイドが恐る恐る指を、あるテーブルの方へと向ける。

 父が今接待をしている相手を見たジェシカは、瞬時に彼女達がなぜ迷惑そうな表情をしているのか、その意味を悟った。

「全く、このタイミングであいつか……」

 苦々しげにジェシカが呟く。

 テーブルに座っているのは、いかにも貴族といった格好の男だった。

 部下の取り巻きを連れ、優雅そうに見える(ジェシカ達からはただ勿体つけているだけにしか見えない)所作で、父スカロンと会話している。

「ここも寂れたなあ。最近不景気なんじゃないかね?」

「いえいえ、貴族様が上に成り立っているおかげで、私共は生活できるわけですので」

「そうだろうそうだろう。私もこうやって客としてやって来ているのだ。そう簡単に潰さんでくれよ」

 嘘つけ、料金どころかチップ一つ払ったこと無いじゃないか。ジェシカは心の中で忌々しそうにそう呟いた。

 

 スカロンも、口ではああ言っているが、この男、チェレンヌにはほとほと困っているの

だった。

 地位と権力を振りかざす傲慢な貴族の典型。

 気に食わないことがあったらすぐ杖を抜く。気に入らないことがあったらすぐ権力に頼る。おまけに楽しむだけ楽しんで銅貨一枚払ったことがない。

 だが、権力や暴力を使われたらすぐにこの店も潰されてしまうのも事実なため、スカロン達も大きく出ることが出来ないでいた。

 

 今回だってそうだ。どこをどう見たって今は満席の状態なのに、それを見かねたチェレンヌは部下の一人にサインを送った。

 すかさず取り巻きの連中が杖を抜く仕草を見せる。それを見た客たちは大慌てで店から出て行ってしまった。

 残ったのは給仕中だったメイド達と、隅でこの様子を見ながら飲んでいる少女一人。閑古鳥が鳴くような今の店の惨状に、チェレンヌは愉快そうに笑った。

「成程不景気なのは確かなようだな!! ふぉふぉふぉ」

 ジェシカが悔しそうに目を伏せる。スカロンも疲れ果てた様子でチェレンヌを見ていた。

 それに構わず、チェレンヌはどっかと一番大きいテーブルのある椅子に座ると、未だにどうしようかと佇んでいる給仕の女の子に向かって叫んだ。

「どうした!? 誰か私に酌をするものはおらんのか!!」

 しかし、周りの給仕たちは困ったようにオロオロするばかり。それはそうだ。あんな助平を絵に書いたような男に、誰がただで相手をする物好きがいるというのか。

 だが、誰も名乗りを上げないのを見たチェレンヌは、つまらなさそうにフンと鼻を鳴らすと、今度は取り巻きたちと店の費用の削減だの、課税率の見直しだの、声高々にそう話し始めていた、そんな時だった。

 

「い、いらっしゃいませぇ~~~」

 

 どこかぎこちない声が、チェレンヌ達の方へとかけられた。

 ジェシカが慌てて注目すると、そこにはルイズが作り笑顔を浮かべてヨタヨタと給仕に向かっている姿があった。

(あぁぁ、何かもっと話がこじれそうな気がする……)

 そんな不安を、ジェシカのみならず他の給仕達全員が抱えていた。

 しかし、ここで止めるのも不自然だ。チェレンヌの機嫌をこれ以上損ねるのだけは避けなくては……と思っていたジェシカだったが、どうやらルイズの体つきを見て早速難色を示しているようだった。

「何だこいつは! こんな子供に用はない!! この店は子供まで扱っているのか!!」

 それを聞いたルイズの額に、小さな青筋が浮かび上がる。普通ならこれで渾身と怒りの怪鳥蹴りを飛ばしてきてもおかしくはなかったのだが、ジェシカに諭された手前、何とか現状を奇跡的に維持していた。

「ま、まあお客様は……すす素敵ですわね……」

 震える声でお世辞を言うルイズは、何とも滑稽に写っていた。

 チェレンヌは相手にもしなさそうに手を振ったが、よくよく見ればルイズは子供ではなくて「発育の悪い娘」だということに気付いた。

 すると、早速チェレンヌの中の助平心が爆発した。たまにはこういうのも悪くは無いなあ……うん。

「どれ、どれだけの胸の小ささか、私が見てやろう」

 そう言って、何の憚りもせずにチェレンヌはルイズの胸を掴もうと腕を上げた。

 余りの出来事にルイズはビクッとする。あともう少しで、チェレンヌの手がルイズの胸に触れようとした瞬間……。

 

 

 チェレンヌの視界が、急に赤い世界で染まった。

 否、誰かが上からワインをぶっかけたのだ。

 

 

「き、貴様!!」

「チェレンヌ様に何てことを!!」

 取り巻きの部下が騒いで杖を抜く。ジェシカ達もこれには呆然としていた。

 ワインをかけたのは、先ほど隅で傍観していた少女だったのだ。

 

「見てられませんわ見てられませんわ見てられませんわ」

 

 少女は忌々しげにそう言うと、最後に空になったワイン瓶を振り上げ、未だあっけにとられているチェレンヌの顔めがけて叩きつけた。

 パリン!! と瓶が割れる音と共に、チェレンヌは椅子から転げ落ちる。

 漸く状況をつかめたチェレンヌは、ヨロヨロと立ち上がり、そして憎々しげな目でその少女を睨んだ。

「貴様、私にこんなことして、ただで済むと思うのか!」

「あら怖い。あなた如きが私をどうするおつもりなの?」

 少女はニヤッとした笑みをして、慣れ慣れしい手つきでルイズに寄り添った。黒を基調としたドレスに白いフリル。人形のような白い肌に冷たい翠眼が爛々と光る。

 一見すれば平民か貴族か、迷うような格好をしていたが、今のチェレンヌにはどうでもいいことだった。

「こやつとまな板娘を捕まえろ!!」

 激昂してチェレンヌがそう叫ぶ。すかさず取り巻きの部下たちは杖をルイズ達に向けた。

 しかし、今のルイズの頭の中には、先ほど吐いたチェレンヌの暴言がガンガンと響き渡っていた。

「まな……いた?」

 完全なとばっちりなのに、これでも最善を尽くそうとしたのに、その挙げ句の果てがコレ…?

 この言葉によって、プッツンと、ルイズの中の何かが切れた。

 気が付けば、誰よりも早く、誰よりも力を込めて、ルイズは『爆発』を放っていた。

 

 

 ドゴォォォン!!!

 

 

「ぎゃあああああああああああああああああ!!!!!!」

 チェレンヌと取り巻き一同を、まとめて店の外まで吹き飛ばした。

 チェレンヌ達は、何が起こったのか理解できない状態で、半ばパニックに陥っていた。

 しかし、それを許さないとばかりにルイズの地面を踏み砕くような音が聞こえてくる。

 その足はチェレンヌのすぐ目の前で止まると、鬼のような形相でチェレンヌを見下ろしていた。

「あ、あああ貴方様はどなたで……」

 完全にへりくだった様な口調で、チェレンヌはルイズを見上げた。

 ルイズはゆっくりと懐から手形を取り出す。アンリエッタ公認の許可証だ。

 それを見たチェレンヌは、顔を真っ青にした。とんでもない相手に喧嘩を売ってしまったことに、今更気付いたのだ。

「今夜この店での出来事、全て忘れなさい。またわたしの前に現れたらどうなるか、これで分かったでしょう?」

「はっはい!! それは勿論!! ししし失礼しましたぁぁぁぁぁ!!!」

 チェレンヌは大慌てで、自分の財布を迷惑代がわりに地面に落とすと、同じように蒼白な表情の取り巻きの部下を連れて、一目散へと逃げていった。

 しばらくその、みっともない彼らの後ろ姿を見送ったルイズは、一旦大きく深呼吸した後、どこかやりきったような、そんな清々しい表情をしていた。

 さっきの『爆発』により、今まで溜まりに溜まった鬱憤をぶつけることが出来たのだ。今のルイズの心の中は爽やかな風が吹いていた。

 そしてそんなルイズの後ろから、今度は晴れやかな拍手が巻き起こっていた。

「すごいわ!!」

「よくやった!!」

「あいつの慌てた顔ったらなかったわね!!」

 あ、しまった。とここでルイズは、遂に人目にはばかれずに呪文を唱えてしまったのを思い出した。

(どうしよう……)

 一瞬そのことに悩むルイズだったが、それを安心させるようにスカロンが笑みをたたえて言った。

「大丈夫よ。皆ルイズちゃんが貴族だってこと分かってたから」

 その言葉に、ウンウンと他の給仕の子も頷いた。ジェシカがペロッと舌を出してルイズに歩み寄る。

「だから言ったでしょ。バレバレだって」

「あんたが告げ口とかしたんじゃ……」

「んなわけないって。あのね、この仕事何年も続けてるわたしらを舐めたらアカンよ。人を見る目は超一流なんだから」

 ジェシカは小悪魔のような笑みを浮かべた後、今度はにこやかな表情で肩を叩いた。

「別にバラしたりとかしないわよ。ここの子達はみんな訳ありだし、仲間を売るような事もないわ。寧ろスカッとしたわよ。ああ愉快だったなぁ」

 ジェシカの言葉に、取り敢えず追い出される心配はないようだと思ったルイズは、ほっと一安心して胸を撫で下ろした。これ以上剣心の足を引っ張れない。

 

 と、そんなルイズの前に、今度はさっきの少女……ルイズを助けてくれた人形のような顔立ちの少女が近寄った。

「これ、戦利品よ」

 少女は、ルイズの手の上にチェレンヌが落としていった財布を乗せた。

「あっ、ありがと……。って、あんたは大丈夫なの?」

 ルイズは少し呆気にとられていたが、思えば少女がチェレンヌにした仕打ちまでは擁護出来ない。もしかしたらこの後彼等に八つ当たりされるかもしれない可能性もあった。

 しかし、少女は冷めた視線を遠くに向けながら、小さくポツリと、呟いた。

 

 

「別にいいわ。どうせアイツ、これからすぐ死ぬし」

 

 

「……えっ?」

「それにしてもあなたって面白いのねぇ」

 先程の言葉をかき消すように、グッとルイズに顔を近づけ、鳶色の目を覗き込むかのように少女は言った。

「魔法もそうだけど、さっきまであんなに怒った目をしていたのに。もうそんな清々しい顔ができるのね。……私はさっきの表情の方がよかったなぁ」

 と、何か変な魅力を放つ少女に、ルイズは少し後ずさった。それを察した少女はクスリと笑う。

「そう警戒しないで欲しいわ。折角お近づきになれたんですもの。私はジャネット。あなたの名は?」

「……ルイズ」

 何となく本名を明かしたルイズだったが、それを聞いたジャネットは一瞬、何かを思い出すかのように首をひねった。

(ルイズ? あれ、どこかで聞いたような……)

 何だっけ……確か、今回の『依頼』でお兄さま達が言っていた……。

 

 

(ああ!! そっか、この子かぁ!)

 

 

 途端に、ニヤッとした笑みをジャネットは浮かべると、ルイズの手に更に。零れんばかりの、黄金色のチップを乗せた。

「あなたの名前、覚えておきますわ。これは迷惑料としてとっておきなさいな」

 渡すだけチップを渡すと、最後にルイズにこう言い残して去っていった。

「あなたとは、また会うことになりそうね――――じゃあね!」

 

 

 

「……何なのかしら、アイツ」

 ルイズはしばらく、呆けた様子で少女が去った方を見つめていたが、スカロンの声でふと我に返った。

「それでは、チップレースの結果を発表しま~す!! ……まあ、今回は誰の目から見ても明らかでしょうけど」

 ルイズの手にある財布とチップを確認したスカロンは、ルイズの腕を思いっきりあげた。

「優勝、ルイズちゃん!! ホラみんな拍手!!」

「ルイズちゃんには我が家の家宝『魅惑の妖精のビスチェ』の一日着用権が与えられるわ!」

「え、あ……ちょっと待って!」

 しかし、盛り上がるスカロン達とは裏腹に、ルイズはどこか困ったような表情をした。

「どうしたの?」

「あの、その権利は、もうちょっと待ってもらえないかしら?」

 ルイズは、しどろもどろな口調でスカロンにそう尋ねた。『魅了』のかかったそのビスチェは、着ればたちまち色んな異性を虜にする強い力を持っている。店の中を歩くだけでチップをたっぷり儲けられるほどだ。

 でも、その時のルイズの頭の中には、剣心の姿が過ぎっていた。

 

 そうだ……結局のところ、見てくれないのでは、いないのでは意味がない。

 

 悩ましい表情をするルイズ。その気持ちを察したスカロンは、ニッコリとした表情でルイズの方をたたいた。

「お兄さんに見せてあげたいのね? わかったわ。使いたいときはいつでも言ってね」

 そう言って、スカロンは今度は給仕の子達に片付けを命じ、再び店を開く準備をした。

「さあさあ、まだ夜は始まったばかりよ!! 今日もたくさんの人に楽しんでもらいましょう!!」

 

 

 

 さて、その一方。

 チクトンネ街では、フードを被った二人の少女が歩いていた。タバサとシルフィードだ。

(あれから、だいぶ経つ……)

 あの後、面倒事を避けるために身を隠しながらも、自分も何か、この事件に迫る情報を一つでも掴もうとあれこれ探っていた。

 しかし……。

(もうこれで、目星いところは全て回った)

 やはり、身入りのある情報は入ってこなかったのである。

 これからどうしようかと考えて歩いていた矢先、今度はとうとうシルフィードが駄々をこね始めた。

「もう嫌、疲れたのね。今日はこれでおしまいにして何か食べたいのね!!」

 そのシルフィードの声に反応するかのように自分の腹も大きな音を立てた。今日一日ずっとまわっていたせいで食事をとることも忘れていたのだ。

「分かった」

「やったああ!! じゃああそこにしよう!! きゅいきゅい!!」

 仕方なくタバサも、一旦探索を打ち切って料理店に入り、そこで一息つくことにした。

 注文して、運ばれてくる料理を、フードを外したシルフィードが美味しく平らげる。

「う~~ん、まったりしていい心地の食感なのね。きゅいきゅい!! お姉さまも食べるのね!!」

 ご満悦そうな表情で肉を頬張るシルフィードを見ていて、タバサも本格的にお腹がすいてきた。自分もフードを外して、上手そうな匂いのする骨付き鳥に手をつけようとしたとき……。

 

 

「失礼する」

 店の扉から、一人の女性がそう言って入ってきた。思わず店内の人たちは、そちらの方へと注目した。

 その女性は、中々な存在感を放っていた。凛々しい目つきに短く切られた金髪。騎士のような格好に剣を下げた姿は、見るものに無骨なイメージを植え付ける。

 女性は、鋭い目でしばらく店内を見回していたが、やがてその目をタバサ達の方へと向けた。

 タバサは、特に気にする風でもなく料理を食べていたが、女性はそれに構わずカツカツとタバサの前にやって来た。

 女性は開口一番にこう言った。

「成程、お前か」

「――――へ?」

 シルフィードがびっくりして女性の方を見るが、逆に睨み返されただけで萎縮してしまった。

 その鋭い目をタバサにも向けるが、相変わらず彼女は無表情のままだった。

 女性は、全然臆さないタバサが気に入ったのか、少しニヤリと笑った。

「少しいいか?」

 返事を待たずに、女性は向かい側の席に腰掛ける。

「なっ、何なのね急に!!」

シルフィードはきゅいきゅい喚いたが、タバサはそれを手で制する。

「一体何?」

「単刀直入に聞こう。お前か? ナヴァール一個小隊を、たった一人で薙ぎ倒したというメイジは」

 タバサは目を少しつり上げた。途端に汗だくになったシルフィードがフォローになってないフォローを入れる。

「急に何言い出すのね。言いがかりなのね!! 証拠はどこにあるのね証拠は!!」

「簡単に言えば、お前たちのしている髪の色が、その証拠さ」

 女性は、不敵な笑みをしたまま続ける。

「お前達のような青い髪をしている連中は、そうそういない。私達の情報網を舐めてもらっては困る。一体どれだけの騒ぎだったと思うんだ? 証言者はたくさんいたんだ」

 うっ……とシルフィードは声を詰まらせる。そう言われては逆にどう返せばいいのか分からないのだ。

 しばらく沈黙が流れる。タバサはまず水の入ったグラスを手に取り、一気に飲み干した。

 グラスを下げたあと、タバサは言った。

「それで、どうする気?」

 そしてゆっくりと、机の下で杖に手を伸ばす。それに気付いたのか、女性は手で制する仕草をした。

「落ち着け、別に連行してどうこうする訳じゃない。それならこんな回りくどい会いかた、普通しないだろ? もっと堂々とお前達を捕らえにくるさ」

「なら、一体?」

 タバサは怪訝な表情で女性を見つめる。やがて女性はこう言った。

「その強さを見込んでな、頼みごとがある」

 

 

 タバサは、その女性から詳しく話を聞くこととなった。

「今この国に、殺人鬼が動き回っているのは知っているだろう? 高位の貴族ばかりを狙った悪辣で非道な殺人事件。先週も、また一人殺された」

 女性は、一枚の紙を取り出してタバサに見せる。それは自分も見たことのあった、記事の一つだった。

「何とかして、これを止めなくてはならない。そのために今、兵を募集しているんだ。地位や略歴は一切問わない、ただ純粋に強い奴をな」

「そんなの、軍を使えばいいのね」

「悪いが我が国は戦へ向けての準備中だ。そうやすやすと軍など動かせんし、それに……な」

「……?」

 シルフィードが無邪気に疑問符を浮かべる。やがて女性はタバサ達の近くに寄って、耳打ちするように言った。

 

「これは機密故に他言無用で願いたいのだが。先週起きた事件で、その貴族の私兵、王宮が送った護衛隊合わせて八十名近くを投入したんだが、……半分が重傷、半分が殺された」

 

 タバサとシルフィードは、一度驚きで互いの顔を見合わした。

「ちょ、ちょっと待ってなのね。何でそんなにいたのに大惨事になっているのね?」

「分からん。だがかろうじて生き延びた連中は口を揃えてこういうんだ。『金縛りにあった』と……」

 タバサは、思わず背筋が凍りつくような気配を感じた。剣心が言っていたことが、脳裏に蘇ってくる。

 

 

『奴は強いのではなく、危ないでござるよ……』

 

 

(心の一方……、目を合わせた相手を不動金縛りにする術……)

 術にかかれば自分でもどうなるのか……。だが女性の語りから見て無事では済まないのは確かなようだった。

 改めて、戦慄で汗がゆっくりと頬を伝う。

「奴は楽しんでいるんだ。王宮と貴族が手を打って作り上げた警護、それをどれだけ打ち崩し、人を斬るのかを……。これ以上好き勝手にやらせる訳にはいかない。とにかく今は急を要するんだ」

「……ということは、また誰かが狙われている?」

 彼女の熱のこもり具合から見て、タバサはそう察した。女性は小さく頷く。

「ああ、今夜の零時丁度。そう書かれてあったらしい。時間がないのだが、その前にお前たちに会えたのは幸運だった」

 今夜? タバサは壁にかかった時計を見る。襲撃予告まで、もうすぐではないか。

 そして、女性は遣る瀬無さそうな表情でタバサを睨みつけた。

「実を言うとな、本当は今回の襲撃の護衛で、ナヴァール隊の連中の一部も入れるつもりだったのだが、『誰か』のせいでそれが叶わなくなってしまってな……。おかげで対応が後手に回ってしまって、急遽この件で募集した連中を、投入せざるを得なくなってしまった」

 その言葉に、タバサも少し申し訳なさそうな顔をした。

「……御免なさい」

「別にいい。恐れをなして逃げる奴等に結果など求めても無駄だ。むしろ問いたいのは、お前が奴らの代わりになるぐらいの強さが、あるかどうかだ。だから頼もう」

 そして、改めて毅然とした振る舞いで、女性はタバサの目を見て、こう言った。

 

「その貴族の護衛を頼みたい。勿論報酬は約束するし、先の一件も水に流そう。どうだ?」

 

 タバサは、剣心の言葉を思い出す。未知の人斬り、自分では絶対に勝てないと言わしめる程の相手。

 まさか、こんなにも早くその機会に恵まれるなんて思ってもみなかった。

「お姉さま、どうするのね?」

 シルフィードが心配そうな表情でタバサを見つめていた。

 対策らしい対策はとっていない。でも、この機を逃したらもう、こんな機会は永遠にやってこない気がした。

 

 少しでも彼等に近づく為、そして本当の目的の為、今この地点が、自分を変える起点になると、タバサは強く感じていた。

 

 だからタバサは、こくりと頷いた。復讐、そして奪われた人を取り返すために……。今はただ、強くなりたかった。

 それを肯定と見た女性は、満足そうな笑みを浮かべ、そして席を立った。

「そうか、わたしはアニエス。よろしく頼む」

 

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