るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第四十二幕『黒笠襲来 前編』

 

 その日の夜、チェレンヌ伯の屋敷では、警護のための人員で大わらわだった。

 門の前に貴族が何人も立っており、一歩入ればそこには今回、急造で募集した腕利きぞろいのメイジや兵隊で溢れている。これだけでも既にネズミどころかアリ一匹忍び込めないような厳重さだったが、屋敷の中は更に凄かった。

 どこもかしこも軍人や兵隊で塗り固められ、入口という入口には必ず数人のメイジが配置についているのだ。

「全く、まるでお祭り騒ぎのようだな」

 その屋敷の中心部、自分の部屋に篭もり、数十人の部下に囲まれているチェレンヌは、この様子にやれやれと首を振った。

「所で、チェレンヌ殿は今までどちらに? 部下の者たちが探しておりましたぞ?」

「…貴様に話して何になるというのだ?」

 チェレンヌが苦々しげに呻く。アニエスも大体の察しはついた。

(夜遊びか……。呑気なものだ)

 狙われている立場というものを、この男は全く自覚してないようだった。この事態にもまだ半分夢見心地な気分なのだろう。

「大体たかが賊一人に、ここまで騒ぐことないだろうに。王宮というのはどうも大げさでいかん」

 大層のんびりとした様子で、しかしどこかイライラした感じのチェレンヌはそう言った。ついさっき酒場で起こった出来事を、未だに引きずっているようだった。

 それを聞いたアニエスは、すかさず口を開く。

「お言葉ですが、相手はあの『黒笠』ですぞ。今まで一度も仕損じたことのない正体不明の兇賊。万全の準備をもってかからねば」

「フン、一端の平民風情が。騎士とはいえあまり舐めた口をきくな」

 侮蔑を込めた目で、チェレンヌはアニエスを睨みつけた。しかし、アニエスはどこ吹く風の様子でチェレンヌを睨み返す。

「此度の指揮権は、陛下から直々に私に賜われました。平民風情とお思いでしょうが、今はご容赦願いたい」

「チッ、全く陛下も何を考えておられるのか、こんな成り上がりに私の命を預けろとは」

 忌々しげにチェレンヌは呟いた。

(貴様こそ何も考えておらずに、何を偉そうに……)

 アニエスもまた、侮蔑の感情を内に隠してチェレンヌを批判した。正直アニエスにとって、この男などどうでもいい。

 ただ今回をもって、この襲撃事件に幕を下ろしたいだけなのだ。

 

 トリステインは今、ゲルマニアと同盟を組んでアルビオンへ戦争を仕掛けようとしていた。そんなわけで本当に必要な軍隊は今、来るべき戦に備えて、準備を始めている。

 そんな時に降って湧いたのがこの殺人事件だった。

 余り大きく人員を割きたくない王宮は、出来るだけ最小限の戦力でこれを解決しようとしていたが、その悉くが返り討ちの憂き目にあっていた。こんなことのために編成中の軍を使うわけにもいかない。

 そんな訳で今はもう、各地で腕利きの傭兵を募集しなければやっていけないほど、深刻な人不足に悩んでいるのだった。これを逃したら、もう自国にはこの事件を解決出来るような余力は残っていない。本当に崖っぷちに追い込まれている状態だったのだ。

 

 

 そして、アニエスにとって何よりも重要なことは、間違いなく犯人はここトリステインからの手びきを受けているということだった。

 

 

 こんなに貴族を殺しておいて、未だ正体不明でいられるのは、国内の何者かが糸を引いているに他ならない。

 暗殺をしているこの裏で、まだネズミやキツネが潜んでいる。それを炙り出すためにも、この襲撃はなんとしても止めねばならなかった。

(まだ、時間はあるな)

 アニエスは、ひっそりと部屋を出た。時刻は既に残り十分を切っている。

 大事ないか装備の点検でもしようと、すぐ隣の一室の扉を開ける。するとそこには、既に先客がいた。

 

 

 

 

 

第四十二幕『黒笠襲来 前編』

 

 

 

 

 

「何だ、お前か」

 ソファで本を読んでいるタバサに、アニエスは声をかけた。

「後十分もない。余裕を保つのはいいが、準備は怠るなよ」

 そう言って、懐から銃を一式取り出し、どこか不備がないか調べる。

 その光景をタバサが不思議そうに見ているのに気付いたアニエスは、銃に落としていた視線を彼女の方に向けた。

「可笑しいか? メイジでもない私が、何故貴族の格好を許されているのかが」

 弾を込め直しながら、アニエスは言った。タバサは特段興味のなさそうな表情でアニエスを見る。

「別に」

「そうか」

 今度は弾の方に不備がないかチェックを入れる。

「あの長髪の女はどうした?」

「使いに出した」

「そうか」

 そこで一旦会話が切れる。暫くして再びアニエスが口を開いた。

 

「『心の一方』か。聞いたことはないが……要は気迫で相手を怯ませるということか?」

 

 アニエスが、確認するようにタバサに尋ねる。

 心の一方について、タバサは事前に一応、皆には話しておいた。他の兵たちは「何を馬鹿な」と聞き流す中、彼女だけはタバサの助言を聞き入れてくれたのだ。

「そんなところ」

「何故お前はそれを知っている?」

「わたしも直接見たわけじゃない。だけど確かな情報」

 タバサは本のページをめくりながら淡々と話した。しかし言っている事は怪しいことこの上ない。ともすれば混乱を招くような情報だからだ。

「……それは信じてもいいのか?」

 当然、アニエスは疑問を浮かべた目でタバサを睨む。急造で募集をかけたが故に、相手の確かな身元が判明しきれていないという点が、この策の欠点でもあった。

 纏う雰囲気からして強いのはアニエスでも分かるのだが、どこの出身かまでは分からない。タバサはそういった手合いだった。

 故に、彼女が敵と手びきしている可能性も無いとは言い切れない。いやむしろ、この発言から聞いていればあやふやな点が多過ぎる。今まで神出鬼没だったのに、まるで遭遇したかのように敵の能力を知っていれば、誰だって怪しいと思うだろう。

 そんな意味合いをも込めてアニエスは言ったのだが、タバサは本を閉じると、小さくも鋭い目をして、きっぱりとこう言った。

 

「信じて」

「…………」

 

 アニエスは、しばしタバサと睨みあう。それから少し時間が流れた。

 タバサの目には、何物も写さないような冷たいものとは裏腹に、その中には強い炎が燃えていた。

 決して消えることのないような、大きな宿命。それをアニエスは感じ取った。

(同業者か。こんな年端もいかぬ子供がな……)

 アニエスは自分と同じ雰囲気を持つタバサを見て、そう思った。

 

 

 恐らく彼女も、私と同様に、大切なものを奪われて……。返ってこないとは知りつつも、それを果たさずにはいられない……。

 

 

 ただ、復讐に燃えていながらもその目は、純粋そのものだった。奸計とか巡らすようなものじゃない。それは人間の醜い部分をたくさん見てきたアニエスにとって、はっきりと伝わるものだった。

 故にアニエスは、それ以上の追及を取りやめた。

「分かった、信じよう。さて、今の時刻は……」

 アニエスは懐から簡素な時計を取り出す。予告時間は残り一分を切っていた。

 確認後、時計をしまうと銃の最後の点検をする。幾度か狙いを定めるような動作を取ったあと、ホルスターにしまって席を立った。

「時間だ。行くぞ」

 部屋から出るアニエスに続くように、タバサも本を閉じ、杖をとって立ち上がった。

 

 

 

 いよいよ予定の襲撃時刻の、一分前を切ろうとしていた。

 配置に不備がないか、アニエスは自身が率いる『銃士隊』の面々から、各自の状況報告を受けていた。

「人員配置、滞りなく完了!」

「監視、偵察も異常ありません!」

「ご苦労。引き続きこの状態を維持しろ」

 それぞれの隊からの報告を受けたあと、アニエスはチェレンヌのいる部屋へと入り込む。

 先程までチェレンヌは、余裕ぶった様子を見せようと取り巻きの部下たちに大言壮語を吐いていたのだが、時間がゆっくりと押し迫るごとに、口数は少なくなっていき、今となっては殆ど喋ろうとはしなかった。

(ここに来て、ようやく自分の置かれている立場というものに気づき始めたか)

 何とも鈍いことだ。アニエスはそう思いながらも、取り敢えず隊員たちから受けた報告を、チェレンヌにも話しておく。

「チェレンヌ殿、隊員の配置が終わりました。今のところは問題ないようです」

「あ、ああ……」

 亀のようにブルブルと四肢を蹲らせながら、チェレンヌは呟いた。恐怖しか写っていない瞳を、アニエスの方にゆっくりと向ける。

「も、問題ないんだよな……?」

「ええ」

「本当なんだな、わたしの命がかかっているのだぞ!!」

 チェレンヌは、張り叫ぶようにアニエスにくってかかった。極限の緊張状態で、余裕を保つ事が遂に出来なくなってしまったのだろう。

 そこにいるのはただ怯えるだけの弱い人間だった。

「少なくとも、この問題を解決することには、わたしも陛下も尽力しております。安心してください」

「なら、どうしてわたしの警護にあんな子供までいる!!?」

 チェレンヌは部屋にいるタバサを指差し、そして叫ぶ。

「分かっているのか? 遊びではないのだぞ!! そもそも女神だか何だかしらんが、あんな女に何が出来――」

 皆まで言わせず、アニエスは剣を抜いてチェレンヌの首元に突きつける。すかさず取り巻きの貴族たちが杖を抜いた。

 しかしアニエスはその中でも表情を変えず、鋭くつり上がった目でチェレンヌを睨んだ。

「殿はいささか疲れておいでですな。今のはやむなしと言う事で聞き流しますが、本当なら軍法会議ものですぞ。努々発言には充分に注意して頂きたい」

 アニエスはそう言って、流暢な動作で剣をしまう。

 シンと静まり返った空気が、辺りを覆う中、時間は遂に襲撃時刻を告げた。

 

 

「………っ!!!」

 今度はかつてない緊張感が、周辺を支配し始める。部屋にいる兵や貴族……タバサやアニエスも、油断なく武器を構えて様子を見る。物音一つ立たない静寂な世界。そんな状態が十秒、いや二十秒くらいだろうか……過ぎていった。

 一分近く経つと、流石に周りの連中もソワソワし始めた。まだ少数だが、この警備に恐れをなしたのではないか? そう口々にする者も現れ始めた。

「へっ、敵さんもビビってここまで来れないようだな」

「そりゃそうだぜ。この厳重な警備をどうやってくぐり抜けてくるってんだ」

 緊張感がほぐれつつあったのか、人々は皆そう言い合う中……それは唐突に起こった。

 

 

「ぎゃあああああああああああああああ!!!!」

 

 

 悲鳴が一つ、屋敷の中まで轟いた。タバサは急いで、声のする窓を開け、外からの様子を見やる。

 そこには、暗くて遠巻きにしか見えないが、確かにさっきまで警護に当たっていた騎士『だった』モノが、血を流して倒れていた。

(――――……来た)

 タバサの中でトクン、と鼓動が脈打つ。アニエスは素早く指示を下した。

「周りを急いで固めろ!! チェレンヌ殿は狙われにくい中心へ!!」

 突然のことに呆気に取られていた兵士達も、アニエスのこの言葉で我に返る。そして言われた通りに配置についた。

 もう敵は侵入してきているのだ。いつどこから襲ってくるか分かったものじゃない。

 窓を開けたタバサは、そこで待機し外から動向を伺うことにした。

 

(……でも、変だ)

 ここでタバサの中では、妙な胸騒ぎを覚えたのだ。

 いくら虚を突いたからといって、まだ数はこちらに圧倒的な分があるし、標的のチェレンヌがこの場所にいることなど分かるはずもない。敵が強いと言っても、馬鹿正直に突っ込んでくるには余りにも無謀が過ぎる。

『土くれ』と違って、命を奪う深刻な事件の中でも、それでも今まで正体不明を通してきた理由。それがこのような虚を突くだけでは、とてもじゃないが無理な筈。

(一体どうやって……)

 そうタバサが思考を張り巡らしていたとき、まるで答えを教えるかのように一つの出来事が起こった。

 

 急に、部屋という部屋の照明が消えたのだ。

 

「なっ、何だ!! 見えないぞ!!」

「ええい、早く明かりをつけないか!!」

 どうやら消えたのは、この屋敷全体の灯りらしい。いたるところでパニックを起こす兵の声が聞こえてきた。

 この部屋も同じで、暫く貴族たちが混乱を呈していたが、何人かは直ぐに冷静さを取り戻し、『ライト』の呪文を唱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 う ふ ふ 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――っ!!!?」

 その瞬間、タバサは体中が悪寒で包まれるような感覚を覚えた。

 そして慌ててまた窓から外を見る。だが、そこにはどこにも何もない。

 だがタバサは途中で気付いた。夜風を吹き抜ける音が、一つではないことに……。

(……まさか)

 隣の窓を、タバサは見た。

 そこには、誰も開けた記憶がないのに、何故か窓が開いていた。

 

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 タバサが急いで振り向くと同時に、悲鳴が部屋に響く。

 灯りが一瞬、辺りを明るくしたかと思うと、絶叫と共にまた暗くなる。

 最早パニックどころでは無い。恐怖と混乱が部屋の中を支配した。

「は、早く明かりをつけろぉ!!!」

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 また一瞬だけ明かりが灯ったかと思うと、何かを斬るような音と共に、次の瞬間には闇が再び辺りを覆う。それの繰り返し。

 ただ、闇の中になっていても、悲鳴と血の飛ぶような音だけは、ひっきりなしに聞こえてきた。それがまた、周囲の恐怖を煽る。

「な、何がどうなって――ぐぁ!!!」

「うわあああああああ!!」

 光をつけたメイジから次々と斬り殺されていく。阿鼻叫喚に包まれた地獄絵図。そう錯覚するような世界がそこにはあった。

(早く止めないと…!!)

 このままでは本当に全滅する。

 そう危機感を覚えたタバサは、今度は自分が『ライト』の呪文を唱えようとした。その時だった。

 

「ええい、鎮まらんか!!」

 

 火を灯したカンテラを掲げながら、アニエスが叫んだ。強い光ではないので、部屋全体を見回すことは出来ないが、それでも彼女の顔はくっきりと見えた。

「恐れをなしてどうする!! それこそ相手の思う壺だぞ!!」

 アニエスの檄が部屋に響き渡る。一瞬だけ本当に静まり返る。

 時が止まる。動き出したのは闇に蠢く暗殺者。

 距離を詰めるかの如く走る足音が、アニエスに向かって襲ってくる。

 刹那煌く白刃の光を、アニエスは反射と経験から防いだ。

「ぐっ……」

 ガキン!! と剣と剣の衝突音が響く。カンテラを掲げた片手とは別の手で剣を抜いて弾いたが、体勢は大きくよろけてしまう。

 しかし、それでよかった。一瞬でも隙を作ることができれば……少なくともタバサにとっては十分だった。

 

(――見えた!)

 タバサはすかさず、『ウインディ・アイシクル』を放つ。アニエスの周りにある灯りのおかげで、今は暗殺者の姿がはっきりと見えた。

 敵は素早く氷の矢をかわす。その瞬間、部屋は明かりで一杯になった。

 生き残った多数のメイジが、一斉に『ライト』の呪文を唱えたのだ。おかげで部屋は完全に明るくなり、はっきりと周囲を見渡せるようになった。

 

「ほう、少しは骨がある奴がいたようだ」

 

 タバサは、素早く辺りを見渡す。

 既に数人の死体があちらこちらで血だまりを作ってはいたが、まだチェレンヌは殺されていはいない。腰を抜かして隅っこでブルブルと震えていた。最早最初の余裕な面影は影も形も見当たらない。

 それより、今この部屋には、さっきまで居なかった異質な雰囲気を纏った人物が立っていた。

 

 

 

 その男は、一言で言うと『不気味』そのものだった。

 

 

 

 剣心と同じような異国の服を着け、頭にはこの事件の異名ともなっている黒笠を被っている。

 腰には二つの刀を差しており、その内のひと振りは、既に手に持ち血で赤く染めていた。

 だが、何よりも怖いと思わせるのが、その表情。

 白黒が反転した目に絶えず笑い続ける気味の悪い顔立ちは、見るものを一瞬で危険だと、そう判断させてしてしまうほどの恐ろしさと悍ましさを醸し出していた。

 アニエスも同じように、彼の不気味さを感じ取ったのだろう。一瞬怯みながらも、それをひた隠しにし、そして凛とした声で黒笠に告げた。

「貴様が黒笠か。ようやく捉えたぞ」

 カンテラを下げ、空いた手で銃を突きつける。黒笠はそれでも余裕そうな表情を微塵も変えない。

「貴様の凶行も、これで終わりだ。大人しく縄につけ」

「う、ふ、ふ……」

 タバサは、男の表情に嫌なものを覚えた。……そして。剣心の言葉が脳裏をかすめる。

(いけない!)

 タバサは心の中で叫んだ。しかしもう遅い。

「カッ!!」

「――――!!?」

 ギンッ!! と光るような目で黒笠はアニエス達を睨みつけた。今度はその異変にアニエス達が驚愕する。

「な、なん……だ? これは……?」

 身体が動かない。まるでそのままの状態で氷漬けでもされたかのように、腕や足が固まってしまったのだ。

 周りのメイジ達もそうなのだろう。呪文を唱えようとしては金魚のように口をただパクパクさせているだけだった。

「ぐっ、くっ……」

 アニエスは、動けないながらも何とか指に引き金をかける。そして黒笠に狙いを定めて発砲した。

 だが、銃弾は相手にかすりもせず、ただ虚しく砲撃の音を響かせるのみ。

「ほう、『心の一方』にかかってもまだ引き金をひけるとは。さっきの攻撃を止めたことといい、中々やるじゃないか」

 目の前まで跳んできた黒笠は、アニエスの首先に刀を突きつけた。

「残念だ。少しはまともな相手と巡り合えたというのに……」

 黒笠は刀を振りかぶる。凶刃がアニエスに向かって振り下ろされる中――。

 

 術から唯一逃れていたタバサが、黒笠目掛けて氷の槍を放った。

 

「うふ?」

 黒笠は飛び退く。氷の槍は胸あたりを掠めた。

 アニエスとの距離を置いた黒笠は、そこで初めてタバサの方を見る。

 タバサは一瞬、背筋が凍るような感触を覚えるも、負けじと黒笠の前に出た。

(……――目を合わせちゃ駄目だ)

 タバサはそう自分に言い聞かせながら、杖を前に掲げながら黒笠に向かって走り出した。

「はあっ!!」

「うふぁははは!!」

 杖と刀が、激しい衝突音を奏でる。皆が金縛りのせいで棒立ち状態の中、二人の剣戟がそこで繰り広げられていた。

 といっても、それは時間にしたらせいぜい二秒足らずの出来事。決着は一瞬だった。

「うふ!!」

 再び黒笠が、タバサに向けて『心の一方』を放つ。タバサはそれを、目線の先に杖を被せることで防いだ。

 剣気に押された、その反動で一瞬タバサに隙ができる。しかし黒笠の方も『心の一方』を知っているかのような動きをするタバサに疑問を覚えたのだろうか、攻撃の手が緩んだ。

 この刹那の隙を制したのは、タバサの方だった。素早く懐に潜り込むと、黒笠と一緒に開いている窓めがけて自身の身体ごと突貫した。

「……ん?」

 追い風を吹かせるように『ウィンド・ブレイク』を相手に目掛けて放ち、そのままタバサは黒笠と共に屋敷の外へと放り出される形となった。

 

 

 

 屋敷から落下する中、タバサは静かに『フライ』を唱える。

 身体がフワリと宙に浮く中、それでもその目は油断なく黒笠の方を見つめていた。

 対して黒笠は、落下中だというのに顔色一つ変えずに、近くにあった木の枝を掴むと、まるで軽業師のような動きで下へと降りていった。

「周りを巻き込ませないための配慮か? わざわざご苦労なことじゃないか。……どうせ皆殺しにすることに変わりはないというのに」

 優雅に降り立ちながら、二人は対峙する。タバサはなるべく、相手の視線を合わせないように出方を伺っていた。

 それを見た黒笠は、うふふと笑う。

「やっぱり。お前さん、『心の一方』について知っているねえ。でなければ戦いの最中にそんな視線をそらすような真似しないからねぇ」

 誰から聞いた? と黒笠は問うが、タバサは黙して語らず様子を見る。

 尋ねた黒笠の方も、大体検討はついているようだった。自然と唇が端までつり上がる。

「抜刀斎の知り合いか、とうとう見つけたぞ。お前さんの首を手土産に、奴に送り届けてやろう」

 同時に身の毛もよだつ悍ましい殺気が、タバサに向けて発せられる。ニヤリと薄ら笑う表情が、より恐ろしさを増長させた。

 タバサは、冷や汗を流しながらもそれに応じる様に杖を構える。

 別に命を懸けた戦いはこれが初めてではない。

 だが、今まで感じたものがお遊びだと思えるほどに、敵の放つ圧迫感は、過去に類を見ないほどに凄まじかった。

(だからこそ意味がある。もっと強くなるためにも……)

 タバサと黒笠、二人の衝突が今始まった。

 

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