るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第四十七幕『襲われた妖精亭』

 

 トリスタニアの街外れにある人気のない路地裏。そこに一つの馬車が待機していた。

 元素の兄弟の末っ子であるジャネットは、未だ眠り続けているルイズを抱えて、その馬車の荷物入れに入る。

 途中で起きだしてはこないよう、念入りに眠りの呪文をかけ直したあと、最後にルイズの安らかな眠り顔を見つめた。

「向こうに行ったら、たっぷり可愛がってあげるわ。それまでの辛抱よ」

 愛おしそうな表情でジャネットそう言うと、ルイズの頬にキスをして外へと出る。

「余り標的に入れ込み過ぎるな。余計な顰蹙を買うぞ」

 馬車から降りたジャネットにそう言ったのは、二番目の兄ジャックだった。

「別にいいじゃないの。減るもんじゃないし。それになんだったら人形にすればいいじゃないですの」

「……そういう問題でもないだろうに。また面倒な事になりそうだ」

 はぁ。とジャックはため息をついた。妹のこの、気に入ったモノには過剰に入れ込む性格はどうにも困りものだった。

「それよりジャック兄さまこそどうしましたの? 確かドゥドゥー兄さまと一緒に抜刀斎とやらを追う手筈では?」

「予定が変わった。ダミアン兄さんがまた新しく依頼を請け負ったそうだ」

「ええっ! またですの!?」

 呆れたようにジャネットが口を開く。兄の掲げる『夢』は知ってはいるが……、それでもこれは少し節操がなさすぎやしないか?

「そういうな。お前も兄さんの計画は知っているだろう? あれには色々と金がいる。今が絶好の稼ぎ時だと、おそらくそう考えているんだろう」

「それで、そのダミアン兄さまは?」

「今は北花壇騎士の任務でガリアへ向かった。今日は帰ってこないらしい」

 ジャックはそれだけ告げると、懐から一枚の羊皮紙を広げ、それをジャネットに見せる。

「今丁度、ジンエがチクトンネ街を大暴れしている。予想としては恐らく……、ここで標的の抜刀斎と死闘を交えると考えていてな、そこに他の奴らの注目が集まるだろう。その隙を狙う」

 と、羊皮紙に書かれた地図を指差して、ジャックが説明を付け加えた。

「いいんですの? 抜刀斎の討伐を完全にあの男に任せてしまって」

「案ずるなジャネット。奴の強さは俺もよく知っている。抜刀斎への異常なまでの執着もな……」

 少し身を震わせながら、ジャックはそう告げる。ジャネットは首を傾げた。任務第一を主にする彼からすれば、完全に他人任せにするこの提案に少し疑問に思った格好だ。

 ……とはいえ、刃衛とジャックは長い間この国で暗殺任務で勤めていたという。昨日今日でこのトリスタニアにやってきたジャネットたちとは違い、刃衛の性格や実力をよく知っているのは間違いなくこの次兄である。その彼が言うのだからまあ、間違いはないのだろう。

 なので、長兄が請け負ったという任務の方に、改めてジャネットも耳を傾ける。

「それで、何の任務ですの? 人物を狙うのだとしたら殺し? 拉致? 女? 男?」

「拉致で女だ。言っとくが慎重にな。相手はこの国の女王様だ」

 女王。そう聞いたジャネットは、悪戯っぽい笑みをたたえた。

「それはそれは、何だか楽しくなってきましたわね」

 

 

 

 

 

第四十七幕『襲われた妖精亭』

 

 

 

 

 

 チクトンネ街は、今や悲鳴と阿鼻叫喚が支配する、地獄の魔都と化していた。

 いつもは陽気な雰囲気が流れる、活発的な街並みは、突如現れた一人の人斬りによって大きく変えられてしまったのだ。

「うわああああああああああああああああ!!!」

「たっ、助け……」

 視界に入るもの全てが獲物。鵜堂刃衛は、近くのものから片っ端に刀を振り上げていた。

 通り魔のように起こったこの事件は、たちまち民衆の恐怖を煽り、混乱がひしめいている。当然、この事態に対処すべく、失踪した女王陛下を散策していた兵士も駆り出されることになった。

 しかし……、

「う ふ ふ」

「なっ……」

「ひっ、うわあ!!」

 刃衛の目を見たものは、急に動かなくなり、なすすべなく刃衛に斬られていった。残された兵士は、その状況を見て、恐怖の余り逃げ出すか慌てるかのどちらかだった。

 手当たり次第斬りつける刃衛を相手に、事態を収容させる力は、最早今の警備兵には残されてはいなかった。

 

 

「何、それは本当か!?」

 あの後、尻尾を掴もうとリッシュモンの屋敷の死角でずっと見張っていたアニエスは、この報告を部下から聞き、目の色を変える。

「はい。今はわたし達『銃士隊』が抑えておりますが……、その、皆銃を撃つ前に……」

 部下の女性隊員も、恐ろしさで身体を震わせながらそう語った。

『銃士隊』。アンリエッタが新たに結成した、女王の身を守る近衛の部隊。全員平民の上、女王であることを慮ってかすべて女性のみで構成されている。

 そこの隊長でもあるアニエスは、この惨状をどうするべきか憂いていた。

(くそ……、今はそれどころではないというのに……!)

 アニエスは、苦々しげにリッシュモンの館を見つめていた。しかしその様子に変化はない。

 やはり無理があった。敵がどの程度構えているのか掴めてもいなかったのに。

 おまけにこの国最大の指揮者であるアンリエッタが、表向きとはいえ失踪しているこの状況は、結局のところ余計な混乱を招く結果しか起こしていないのだった。

 それでも、アニエスがアンリエッタの無理を通したのは……自分も、是が非でも討ちとりたい仇がいるからであった。

(あの夜は決して忘れはしない……)

 たった一夜で火の海になった故郷。殺された家族、友達、恩人。

 それを引き起こす手引きをしたあの男は、自分の手で殺してやりたいと、ずっと思っていた。なのに……。

(今ここを離れたら、もう奴を捕える機会をなくすことになる……)

 しかし、その我が儘のせいで、多くの人を巻き込む結果になってしまっている。

 アニエスは考えた。考えて……やがて決めた。

「場所はどこだ? 案内しろ!!」

 

 

 

「やっと行きおったか。手間取らせおって」

 アニエスが銃士隊の部下と共にその場を離れるのを、部屋の窓から見届けていたリッシュモンは、やれやれとばかりに首を振った。

「しかし平民の犬にしては、中々に粘ったな。何か私に恨みでも……」

 首をひねったリッシュモンは、ここでふと、アニエスが去り際に口にしていた言葉を思い出す。

 

『ダングルデールの虐殺は、閣下が立件なさったと仄聞したのですが』

 

(成程、奴はその生き残りか!)

 リッシュモンはニヤリと薄ら笑いを浮かべる。それならあの頑として離れようとしなかった執念も頷ける。

「さぞ悔しいだろうよ。仇におめおめと逃げられるとはな。だがまだまだこれから」

 亡命する準備を整えたリッシュモンは、たくさんの金や宝石が詰まった袋を馬車の荷台に詰め込んだ。この隙に指定の受けた場所に移動する腹積もりなのだ。

「貴族に逆らったことを、あの世で後悔すると良いわ」

 どっちにしろ、本当に女王を連れ去られたとあっては銃士隊の面目など丸潰れ。この事件が終わったら隊長を含め全員の首が飛ぶことだろう。

 それを想像し、そして下卑た笑みを湛えながら、リッシュモンは今まで住んでいた屋敷を後にした。

 

 

 

「こっちだ! 相棒!!」

 デルフの言葉を頼りに、剣心達はひたすら突き進む。

 人気のない細道から、やっとのことで大通りに出くわした時には、既に逃げ惑う人々で街中、大騒ぎだった。

「……酷いですわ」

 怯えた少女のような声で一言、アンリエッタはそう呟く。

「とにかく、こうしてはいられないでござるよ」

 剣心はそう言うと、逃げる人々とは逆の方向へと向かおうとした。その時だった。

「あっ、お~い、おちび!!」

 ここで、剣心に向かって手を振る人に目がいった。その人達は、剣心を見るなり、大急ぎで駆け寄ってくる。

「タバサ殿!!」

「わたしもいるのね!! きゅいきゅい!!」

 と、胸を張ってシルフィード……、もとい今は人型のイルククゥが答える。

 次いで、周囲の逃げる人民を見ながら、タバサが口を開いた。

「この騒ぎは?」

「刃衛の奴の仕業でござる」

 そう言うと、今度は神妙な口調でアンリエッタに、こう告げる。

「アンリエッタ殿は、一度王宮に帰ったほうが良いでござる。今はまだあっちの方が、ここよりかは安全でござるよ」

「そんな! あなたたちを置いて見捨てることなど……」

 必死に首を振るアンリエッタだったが、それでも剣心は、諭すようにこう言った。

 

 

「誰かを守りながらでは……、今の拙者では刃衛に勝てない」

 

 

 それを聞いて、アンリエッタは肩を落とす。そう言われてしまっては、仕方がなかった。

 次いで剣心はタバサの方を向いて、こう頼み込んだ。

「拙者が刃衛を止める。その間、アンリエッタ殿の護衛を頼んでも良いでござるか?」

 一瞬、タバサの表情が曇った。その理由を何となく察した剣心は、耳元でこう付け加える。

 

「……ルイズ殿が奴等に連れ去られた。拙者に代わって助け出して欲しいでござる」

 

 それを聞いて、タバサの表情が変わる。それなら、確かに話は別だ。

 剣心としても、刃衛程の恐ろしい奴を相手をするよりかは、まだ他の刺客なら与し易いだろうと思っての判断だった。

 剣心は左手のルーンを見る。このルーンは主人と使い魔を繋ぐ絆。これがあるということは、ルイズもまだ無事ではあるということなのだろう。

 とはいえ、事態は一刻も争う。タバサもまた、剣心の表情でそれを察したので、これ以上何も言わず、一言。

「分かった。任せて」

 それだけ言うと、アンリエッタの手を引いて、王宮へ向かうために再び路地裏に連れて行こうとした。

「あっ、待って!!」

 その前にアンリエッタは、タバサの手を振りほどいて一度剣心の元に駆け戻ると、神妙な顔つきで呟いた。

「わたしが引き起こしておいて、何とも自分勝手ではありますが……、せめて始祖ブリミルに祈らせてください」

 そう言って、アンリエッタは何やら祈り言を紡ぎ始めた。祈りの言葉を終えた後、悲しさを堪えるような瞳で言った。

「絶対に、生きて戻ってきてくださいな。あなたには、必ずお礼をしたいので……」

 それを最後に意を決したのか、タバサに連れられるように細道へと消えていく。その後ろ姿を、剣心は暫く見つめていた。

「生きて戻って……か」

 自分の本性を近くで見たはずなのに……。それでも彼女はそう言ってくれた。少し嬉しく思いながらも、剣心は鋭い目で宿敵の潜む街の奥を見る。

「行くか」

 刹那、神速の動きを持って剣心は駆け出した。

 

 

 

「うふふ」

 トリスタニアで中心に位置する、チクトンネ街の噴水広場。

 この街に住む人々の憩いの場でもある広場は、今は死屍が漂う地獄に成り果て、流れる水を血で赤く染め上げていた。

 その噴水と同じ色に滴らせている刀を持った刃衛は、ここで遠巻きに包囲している銃士隊の連中を見やる。

「動くな! さもなければ撃つ、大人しく投降しろ!!」

 銃を油断なく構えながら、銃士の一人がそう叫ぶ。この男に銃など無意味なのは先の惨劇で十分知っているのだが、それでも無いよりはずっとマシだ。

 しかしそれでも、これ以上踏み込んで欲しくはない。そういった恐怖と焦りを、取り囲む銃士たちはその顔に表していた。

 それを端と感じ取った刃衛は、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべながら、あっさりと銃士が言ったことを破る。ゆっくりと歩を進め、刀を構える。

「この! 撃てっ……??」

 引き金を引こうとした瞬間、指が突然動かなくなる。他の隊士も同様だった。

「な、なぜ……?」

 理解不能な状況に陥り、パニックが起きる士隊達を尻目に、刃衛はゆっくりと歩いてやってくる。

 怖い、逃げなくては。そう思うが、身体は思うように動かない。

「俺に銃を向けるということは、たとえ女といえども討ち死にする覚悟があるということだな?」

「やあ……! ぁあ……っ」

 恐怖で涙が溢れてくる。ガタガタと歯が音を立てる。それでも身体は動いてくれない。

 それに構わず刃衛は、血に塗れた刃を振り上げようとした。その時――。

 

 

 駆け抜けるように飛んできた白銀の閃光が、刃衛に向かって殺到してきた。

 

 

「――ふん!!」

 刃衛は素早く方向を変え、その剣閃と刀を交わらせる。そして体を捻らせ二撃目を放つが、相手は後ろに飛んで距離を置いた。

 丁度その時、銃士隊の隊長であるアニエスもまた、この噴水広場へと姿を現していた。

「大丈夫か、状況は!?」

「隊長! その……」

 銃を構えたままの格好で、隊士達は泣きそうになりながら己の隊長に呼びかける。

 それで大体の状況を把握したアニエスは、今度は噴水広場で戦う二つの人影に目線を向けた。

 

 

 その二つの人影は今、目にもとまらぬ速さを持って互角に斬り結んでいた。

 

 

「女性にまで手を上げるようになったか、刃衛!!」

「うふふ、だからどうだというのだ!! 抜刀斎よ!」

 血に塗れた刀を交えながら、刃衛は狂気するように嗤う。

 相対するは、逆刃の刀。それが蛇のように幾重にも連なりあう。それに伴い、鉄と鉄が交わる音が街中に木霊する。

「皆逃げろ! あとは拙者がやる!」

 剣心のその叫びと共に、ケガした者や怯えていた者も、足に力を込めて銘々逃げ出していく。

 剣心たちの周囲に、戦えない住民たちが退いていく。代わりに刃衛を包囲するかのように、銃士たちが詰めていく。

 しかし――――。

「どうした! お前の力はそんなものじゃないだろう! おとなしくその『ルーン』とやらの力を発揮したらどうだ!」

 口元を歪ませながら刃衛は叫ぶも、剣心は冷静な表情でその挑発を無視する。しかし、彼の思惑とは裏腹に、左手のルーンは再び鮮血のような色合いに発光し始めていた。

 幾度も刀を弾き、交わらせながら、踊るように刃衛と剣心は斬り合っていく。

 刹那で数十を越える剣の応酬の果て、ついに剣心は懐に潜り込んだ。

 

 

「飛天御剣流 ―龍翔閃―!!」

 

 

 隙を作らせた『つもり』になって、剣心は逆刃刀を振り上げるように打ちはなった。それゆえに、刃衛の隙が『わざと誘っていた』ということに気づかなかった。

 刀が打ち上がる前に刃衛の腕がそれを押さえつけきた。

「――なっ!!?」

「遅いわ!!」

 その隙を狙って、間髪いれずに剣心に向かって蹴りを打ち込む。受身を取りつつも、剣心は刃衛と大きく距離を離す。

「今だ!! 撃てェ!!」

 次の瞬間、アニエスの号令とともに、新たに来た銃士隊による一斉射撃が巻き起こる。

 対する刃衛は、素早く噴水の物陰に隠れるように障害物を利用して、これをやり過ごす。そして更に遠巻きから、相手に向けて的確に『心の一方』を放っていった。

「あっ!!」

「ぐっ!」

 それだけで、一人、また一人と銃士の動きが止まってしまう。

 振りほどこうともがく銃士達を見て、刃衛は嗤いながら斬り殺そうと接近した時、すぐ立ち向かってきた剣心の攻撃をうち交わした。

 ガァン!! と音を立てて再び二人はすれ違う。距離をとって向き合うと同時に黒笠にヒビが、剣心は軽く肩から血を流す。

 

「相棒、どうした!! マジでアイツの言ってることは本当だ、いつもの『キレ』を全く感じねえぞ!!」

 

 痛みで顔を歪める剣心を見て、デルフが不可解、といった声を上げた。いつもなら冴え渡るように敵を撃つ飛天御剣流の動きが、今回ばかりはどことなくぎこちない。

 それが、本来なら圧倒的に有利な筈の刃衛に対して、逆に一手及ばずの状況を生み出しているのだった。

 剣心は思わず顔をしかめた。原因は分かっているのだ。

(……このルーンか)

 無意識に剣心は左手に刻まれたルーンを抑える。奴と剣を交えるたび、誘うようにルーンが光り輝こうとする。奴の言葉を聞くたび、ルーンも『人斬り』になれと囁いてくる。

 

 

(――……ヒトキリニモドレ)

 

 

(……黙れ!!)

 剣心は必死にルーンの光を、力を抑えつけようとしていた。

 今までこれに近い現象はワルドの時や志々雄の時に少しだけ感じていたが……、刃衛に会い、ドゥドゥーと戦った時から、一気にそれが加速した。

 これは主人であるルイズが危機に陥っているという状況にも起因しているのだろう。一刻も早く彼女を助けるようにと。だから洗脳をしてまで剣心にルーンの力を使わせようとしているのだ。

 

 

 しかしそれは当然……、剣心が『人斬り抜刀斎』に立ち戻ることも意味している。

 

 

 刃衛とも戦いながら、ルーンを抑え、内なる自分とも戦う今の状況……、飛天の剣にいつもの『冴え』がないのも無理からぬことだった。

「おい相棒、危ねえ!!」

 剣心がハッとして見上げると、刃衛が血糊のついた刀を振り下ろし、そこからこびりついた血の粒を飛ばしてきた。

 思わず腕を前に出し顔にかかるのを防いだ剣心だったが、その隙に刃衛は一気に詰め寄り、剣心に向かって渾身の横薙ぎを打ち放つ。

「ぐっ……」

 これはかろうじて刀で防いだが、衝撃までは上手く吸収できず、刃衛はそのまま刀を振り切って剣心ごと吹き飛ばす。

 そのまま飛ばされた剣心はとある店の窓に衝突。その中へと入り込んでしまった。

 

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 と、店内で隠れていた女の子達が悲鳴を上げた。聞き覚えのある声に剣心はガバッと起き上がり、直ぐ様辺りを見渡す。

 

 ここは、『魅惑の妖精』亭?

 

「――って、ケンシン!?」

「何? 一体どうしたの?」

 驚いた様子のジェシカとスカロンが、急いで剣心に駆け寄ってくる。他の給仕の女の子達も、不安げな目此方を見守っていた。

「人斬りが暴れているっていうから、慌てて店を閉めたんだけど……、ルイズちゃんもケンシンくんも帰ってこないから心配で……」

「ねえ、この騒ぎは何なの? 外で何が起こってるの?」

 矢継ぎ早に質問してくるスカロンとジェシカを見て、一瞬ポカンとしていた剣心だったが、殺気を感じて素早く立ち上がった。

「うふぅはははああ!!!」

 扉を破壊して飛び込んできた、刃衛の縦斬りと剣心の横薙ぎ。十字の剣閃が光を作る。店の中が、たちまち戦場へと早変わりした。

「きゃあああああああ!!!!」

 給仕の子達の悲鳴が店全体に響き渡る。それを背景に刃衛は剣心に襲いかかる。

「――みんな伏せろ!」

 剣心は冷静に、努めて冷静になって、何とか刃衛を店から追い返そうと剣を交えた。

 しかし刃衛は店を出るどころか、軽業師のように机の上に乗り、身を翻す。その足元めがけて逆刃の横薙ぎを打ち放った。

 刃衛は素早く乗り上げた机を盾にして投げつける。それを剣心は真っ二つに切り裂き、そしてそのまま刃衛の懐にまで攻め込んだ。

 ガキィン!! と刃衛の体勢を崩させ、確かな隙を作らせる。

(今度こそ――!!)

 剣心は、ここぞとばかりに飛び上がる。刀を振り上げ、鋭い眼で刃衛を見据えた。

「飛天御剣流!! ‐龍槌……」

 すると刃衛は、何と近くにいた給仕の子を掴み取り、剣心への盾にした。

「なっ!?」

「いやああああああああああああ!!」

 給仕の子に向けて放ちかけた剣閃は、すんでのところで攻撃を逸らし、切っ先をずらす。

 しかし、それは剣心にとって致命的な隙を、刃衛に与える結果となってしまった。

「そこだ抜刀斎!!!」

 更に刃衛はこの期に及んで、給仕の女の子を身代わりにするかのように剣心に投げつけ、そしてそのまま斬りかかって来た。

 流石の剣心も、この時ばかりは女の子をかばうことで精一杯だった。

「――――っ!!」

 刃衛による袈裟斬り。それは剣心の背中に小さく一文字の傷を作り上げた。傷口から鮮血が飛び散り、身体を大きくぐらつかせる。

「とどめだ!!!!」

 息を付かせる間もなく、刃衛は大振りの横薙を、剣心の胴体目掛けて打ち放つ。

「……っ!!」

 刹那の刻、剣心は反射的に逆刃刀でその攻撃を防いだ。だが、やはり例によって衝撃までは打ち消すことができなかった。

「――ぐあっ!!!」

 ガシャン!!! と壁に思い切り叩きつけられ、その場に剣心はずるずると倒れこむ。棚にかかった酒瓶は、落ちて音を立てて割れていく。

 

「――――……」

 一方の刃衛も、壁に座り込む剣心にすぐさま斬りかかろうとせず、しばし様子を見る。

 遅れて、刃衛の服の袖口がすっぱりと『斬れた』。それを見て笑みを深くする。

 

(やはりそうか。理性ではまだ否定していても、俺と斬り合うごとに徐々に、だが確実に抜刀斎に立ち戻っている)

 

 もうすぐだ。

 もうすぐで『あの夜』の続きができる。

 それを思うとどうしても顔が綻んでしまう。

 

 そんなことを考えていた刃衛は、さてどうしようか、と思案を巡らせる。そしておもむろに、愉悦で歪んだその目を今度は妖精亭の皆へと向けた。

 ここでとっておきのダメ押しをする。そのためには――。

 

「ここに居る連中を皆殺しにすればいいのか。良し、そうしよう」

 

「―――なっ!!!」

 この言葉に、妖精亭の給仕たちに動揺が走る。周囲を見る刃衛の目。快楽で振り切れたその目の恐ろしさに、店は大混乱に陥る。

「いっ、いやああああああああああああああああ!!!!」

 逃げ出そうと必死になる給仕の子達に目掛けて、刃衛は容赦なく刀で斬り殺そうと迫っていった。

「ん?」

 その前を、スカロンが机を抱え上げて立ちはだかった。

「わたしの可愛い娘達を、傷つけんじゃないわよおおおおおおおおおおおおお!!」

 女声ではなく、迫力ある漢の声でテーブルを刃衛に向かってぶん回す。

 しかし、刃衛はそれを難なく避けると、返しの一刀で机ごとスカロンを斬り付ける。

「がっ! あっ……」

 グラリと身体をぐらつかせ、スカロンは崩れ落ちる。

「いやああああああああああああ!! お父さん!!! お父さぁぁん!!!」

 ジェシカのはち切れんばかりの悲鳴が飛ぶ。その声は剣心の頭に劈くように響いてきた。

 

 

『ヒトキリニモドレ』

 

 

 自分と関わったばっかりに、また人が傷ついた。それも自分の目の前で……。

 

 

 

『ヒトキリ ニ モドレ』

 

 

 

 内側から湧き出てくる怒りに、全てを忘れそうになる。導き出した『答え』も、貫いてきた『信念』も、何もかもが……。

 

 

 

 

『 ヒ ト キ リ ニ モ ド レ 』

 

 

 

 

 左手から発する紅の閃光は、剣心の心を……、たちまちの内に『怒り』で支配した。

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

「ほう!?」

 突如轟く怒りの咆哮が、スカロンに止めを刺そうとしていた刃衛の動きを一瞬だけ止めた。そして驚愕する。

 九つの閃光が、刃衛の視界を覆い隠し殺到してくる。

「おい待て!! やめろ相棒ぉぉぉ!!!」

 デルフが叫び声をあげるが、今の剣心には耳に入ることはなかった。

 

 

 

「飛天御剣流 ―九 頭 龍 閃―!!!!」

 

 

 

 ルーンが紅く光り輝くその手で、剣心は何の躊躇いもなく神速の九撃を打ち込んできた。

 唐竹、袈裟斬り、逆袈裟、左薙ぎ、右薙ぎ、左切上、右切上、逆風、それら全てを刹那の瞬間に叩き込んでいく。

 そして、最後の仕上げ、『刺突』を繰り出そうとした時――。

「……――ぐおっ!!」

 幸か不幸か、刃衛は滑りこけた。

 至るところで散乱したワインの水溜まりに、足を取られてしまったのだ。

 その瞬間、刃衛の視界の真上を掠めるように、刺突は飛んできた。

 

 尻柄ではない、正真正銘の刺突を――――。

 

 その刺突の方向は、そのままドゴォン!! と大きな音を立てて、壁に突き刺った。遅れて剣心は、そのまま刺突を放った事に気付く。

 それを見た刃衛は、ここぞとばかりに狂気の笑みを浮かべた。

「うふふ、そうだろう抜刀斎。お前はまだ『こっち』にいるだろう?」

「……――っ!!!」

 その言葉に、剣心は身体を固まらせる。刃衛は『九頭龍閃』受けた傷を庇いながら、ボロボロだというのに、獲物をいたぶる様な目を剣心に向けた。

「その刺突が……、何よりの証拠だ。お前は抜刀斎。それ以外の何者でもないだろう!」

「違う、――俺は!!!」

 その鋭い目で、剣心は必死に刃衛の言葉を否定しようとする。しかし相手の方は確信を得た笑いを作り上げるだけだった。

「うふふ、まあいい。そろそろケリをつけようじゃないか。ここではなく――向こうでな」

 そう言って、刃衛は懐から煙玉を一つ取り出すと、それを地面に向かって投げつけた。

 煙で視界を辺りが覆い、見えなくなる中、声だけが響く。

「小娘を助けたければ追ってこい抜刀斎。今のお前に必要なのは『逆刃刀』ではなく、人斬りの本能だ。今見せた……な」

 最後に刃衛は高笑いを残し、そしてその姿を忽然と消し去った。

(違う……。俺は……)

 剣心は、ただ……逆刃刀を強く握り締めながら俯くだけだった。

 飛散したワインと交わり赤く染まる逆刃刀が、まるで鮮血のように、ゆっくりと刀身を犯していくのを見ながら……。

 

 

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